< 時の流れに >
外伝 漆黒の戦神
今、私は軍の視察を兼ねて最前線の近くの街に滞在している。
例の彼は、ここから20kmほど離れた駐屯地にいる。
私の大切な家族と共に・・・
そして、今日は私の孫娘と彼がこの街に来る予定だった。
ディナーでもどうかと・・・私が三人を誘ったのだ。
彼にはサラとアリサの危機を救ってくれた、お礼も言いたかった。
昼食が終り・・・
丁度、時計の針が3時を指した頃。
二人の来客を軍のガードが私に知らせに来た。
勿論誰かは解っている。
私は来客を泊まっている部屋に通した。
そして、ホテルの部屋のドアが開き。
金と銀の髪を持つ二人の美しい女性が入って来る。
「お爺様!!」 × 2
「おお!! 久しぶりだなサラ、アリサ。」
私は二人の孫娘を見て目を細める・・・
二人とも綺麗になったものだ。
・・・息子が自慢していた気持ちも解るな。
だからこそ、アリサが軍に入る事を嫌っていたのだろうな。
求めたのは普通の生活、か。
一通り再開の挨拶を済ませた後。
私は予定より来客者が一人少ない事に気が付いた。
「それで、例の彼はどうしたのだ?」
私は孫娘達の同行者の事を聞いた。
「それが・・・」
アリサが少し沈んだ顔をする。
表情が豊かになったなアリサ・・・
これも、彼のおかげなのか。
「ホテルに到着したと同時に、逃げられちゃいました。」
サラが少し困った様な顔をして、私にそう言う。
しかし、全身からは何処か楽しそうな雰囲気を醸し出している。
・・・サラも変ったな。
昔は約束事とかには特に煩かったのだが。
「ふう・・・ではガードの誰かに連れて来てもらうか。」
私は後ろに控えているガードの者に視線で合図を送る。
その合図を受けてガードの者達が動き出す。
「あ、それは・・・」
サラが青い顔をして口を挟む。
「止めた方が宜しいかと・・・」
アリサもまた青い顔をしている。
・・・どうしたのだ二人とも?
二人の顔を見ているうちにガードの者達は、一人を残して部屋を出て行った。
外に待機している者を合せてガードは30人いる。
探索には10人程で行なうだろう。
この小さな街で一人の人を探すのには十分な人数だ。
それだけ優秀な者を選りすぐって連れて来ている。
「あ〜あ、私は知りませんからねお爺様。」
何故か拗ねた表情で私を非難するサラ。
「私も同感です。
無事に帰って来れればいいんですけど。」
何を心配しているアリサ?
「心配しなくてもガード達も手荒な真似はせんよ。
彼は大切な我が軍の主戦力なのだからな。」
しかし、孫娘達の顔色は更に変化した。
青から白へと・・・
「・・・アキトの前では絶対そんな事、言わないで下さいねお爺様。」
「アキトさんは自分が軍人と同列に見られる事を凄く嫌います。」
二人して私の言葉を必死に注意する・・・
彼は何に拘っているのだ?
自分が軍でこれだけ必要とされているのに。
私がそう悩んでいる時に、後ろから声がかけられた。
「あ〜、グラシス中将。
ちょっといいですか?」
「何だね?」
黒服にサングラス。
何だか典型的な・・・に見えるな。
まあ、軍人も紙一重かもしれないが・・・
「自分、今から逃げていいですか?」
「・・・何をふざけているんだ、君は!!」
私は目の前のガードに怒声を浴びせた!!
こんなガードを配置するとは、人事部は何を考えているんだ!!
「いえね・・・無線で連絡が入ったんですけど。
例の彼が既にガードを8人ほど病院送りにしたんですよ。」
そう言って自分の耳に付けているイヤホンを指差す。
その言葉を聞いて私は絶句した・・・
「あら〜」
「どうやら・・・ガードの方がアキトさんを怒らせる台詞を言ったみたいですね。」
私の後ろで孫娘達も困った顔をしている。
私に比べるとまだ余裕があるみたいだが。
「じゃあ、来るわねアキト。」
「来るでしょうね・・・どうしましょう姉さん?」
「事情の説明・・・だけで済むかな?」
「う〜〜ん。」
後ろで交わされている会話では、彼がこのホテルに襲撃をかけると言っている。
ここにはまだ武装したガードが20人もいるのだぞ?
そんな馬鹿な事をするわけが・・・
「で、自分としては折角の再就職を蹴って逃げるのですが・・・
許してもらえますか?」
「・・・君はもしかして彼、テンカワ アキトを知っているのか?」
私はこのガードの行動から彼を知っていると直感した。
「ええ、前の就職先でちょっと・・・
名前は知りませんでしたが、今日の来客予定者の写真で確認しました。
彼には全治一ヶ月の怪我をもらいましたよ。
ああ、でも自分はそれ程弱くないですよ中将。
これでも軍のガード採用試験での格闘・諜報戦ではトップでしたから。」
そう言って苦笑するガードには・・・確かに隙は無かった。
では、そのガードにすら恐れられるテンカワ アキトとは?
「彼は俺より修羅場の経験が豊富なんでしょうね。
諜報戦などのカン、ってやつは経験がモノを言いますからね。
でも、間に合わなかったみたいですね・・・はあ〜」
そう言ってドアを睨むガード・・・
そしてドアが開かれ。
「よっ、久しぶり。
テニシアン島では世話になったな。」
気軽にドアから入って来た男に話しかけるガード。
「・・・また、お前か。」
右手に気絶したガードを引きずりながら彼は現れた。
壮絶な気配を身に纏いながら・・・
ブッン!!
右手で掴んでいたガードを床に放り投げる。
既に待機していたガードは全て排除したらしい・・・
白兵戦すらも桁違いの実力なのか。
「いろいろと・・・実に気に障る事をやってくれる。
俺に用事があるならもう少しマシな使いの者を寄越すんだな。」
そう言いつつ私を睨む・・・
その無言のプレッシャーは、私が今迄感じた事が無い程に強烈だった。
「あ〜あ、アキトってば完全に戦闘モードね。」
「どうしましょう、姉さん?」
後ろでは孫娘達も頭を抱えている様だ。
一体、彼とガードの間で何があったのだろう・・・
「きさらまが守っているのは何だ?
国か? 名誉か? それとも一部の大富豪か?
もう少し軍のモラルの教育をしておくんだな。」
私を睨みながらそう言い放つ。
「おいおい、何があったかくらい説明してくれよ。
中将はお前さんを連れて来い、しか言って無・・・い、ぜ?」
横から口を出したガードの口調も尻すぼみになる・・・
彼から放出されるプレッシャーに、鬼気が混じり始めたからだ。
「ほう、いい・・・身分だな中将・・・
中将からの命令なら、民間人などガード達が拉致しても許されるんだな?
何か勘違いしていなか?
自分達の存在意義を。
手紙の一つでも寄越せば別だが・・・招待と拉致の違いすら判別出来ないのか?」
一言、一言、搾り出す様にして私に話しかける。
その黒い瞳には、漆黒の炎が宿っている様に見える。
「・・・クリティカルね。」
「そうですね姉さん。
私・・・ここから逃げ出したいです。」
後ろの二人の会話すらも、かなり焦ったモノに変っている。
「まあ落ち付けよ。
確かにこちらの不手際もあったかもしれないが。
別段、悪気があってやった訳じゃ無いんだからさ。」
「じゃあ、俺が誘いを断れば諦めたのか?
こいつ等は俺の意思など関係無い、とまで言い切ってくれたぞ。」
そんな馬鹿な・・・
私はそこまで命令をしてはいない。
「ふん、驚いている所を見ると本当に知らなかったらしいな。
だが、部下の不手際は上官の責任でもある。
・・・それが軍隊だろう?」
私に一瞥をくれた後で、ガードの方を向く彼。
現在、一番気を付けなければいけないのは、私ではなくこのガードと言う事か・・・
「それは否定しないが・・・はあ〜
一応これも仕事でね、お手合わせ願いますかね?」
ここで逃げる事は出来ない・・・そう判断したらしいガードの男。
思ったより職業意識は高い様だ。
「勝てない戦いをするのは馬鹿のする事だ。」
「そうかも、なっと!!」
パシュゥゥゥッ!!
私の視界が光に覆われる!!
閃光弾を使用したのか?
「きゃあ!!」
「アキトさん!!」
孫娘達の悲鳴が私の耳に響く!!
「くっ!!」
ガッ!!
ドガッ!!
ズゥゥゥゥゥン・・・
暫くして・・・私が視覚を取り戻した時には・・・
床にガードの男が蹲っていた。
彼は目を瞑った状態で、ガードの男の横に佇んでいた。
「ははは、結構良い手だと思ったんだけどな。」
胸に手をあててる所を見ると・・・肋骨を折られたのか。
しかし、あの視界がゼロの状態でどうやって?
「俺以外の相手だったらな・・・お前の勝ちだった。」
そう言って目を開く・・・
「視覚、聴覚はかく乱出来たはずだよな・・・
じゃあ、どうやって俺の位置を。」
苦しそうに息を吐きながら彼にそう尋ねる。
「触覚を忘れてるな。
お前が動いた空気の流れと・・・後は気配と、勘だ。」
「ちっ・・・そこまで化け物かよ。
少しは弱点くらい見せろ・・よ、な。」
そしてガードの男は気絶した。
「さて・・・残りは親玉か。」
彼のその眼光の前では・・・
私は肉食獣に捕われた獲物だった。
「アキト・・・お願い、お爺様を許して上げて。」
「アキトさんの軍人嫌いは知ってます。
でも、お爺様は私達の大切な家族なんです!!」
私の前に立つ二人の孫娘・・・
私を・・・庇ってくれるのか?
「いや、どくんだ二人とも。
彼の言い分の方が正しい・・・
私が自分の足で彼を訪ねるべきだったんだ。
私も何時の間にか傲慢な軍人になっていたらしい。」
「口上は立派だな・・・
何処まで本気で言っているのか解らんがな。」
彼はゆっくりと私に向って歩んで来る・・・
その瞳は私の目を凝視し、少しの嘘も許さないと言っている。
「アキト!!」
「アキトさん!!」
「・・・一つ質問がある。
あんたは何の為に軍にいる?
何の為に戦う?」
それは・・・
私が彼に聞きたかった質問ではないか。
「私は・・・祖国を・・・」
「建前を聞きたいわけじゃない。」
彼は一言で私の言葉を建前だと切って捨てた。
「中将としてではなく、あんた個人の答えを聞かせろ。」
「・・・今は亡き妻と息子夫婦守りたかった。
孫娘達を守りたい。
家族の思い出の土地を、小さな幸せを守っていきたかった。」
これが・・・私の本心。
何時も軍務の影に隠れていた想い。
妻には最後まで告げられず。
息子には己の矮小さを恐れたゆえ、話さなかった想い。
「お爺様・・・」
「・・・」
サラとアリサが私を黙って見詰めている。
「・・・ふん、まあマシな理由だ。」
そして彼は後ろを向いて部屋を立ち去ろうとする。
「二度は・・・無い。」
「私の質問も一つくらい答えてくれんかね?」
「お爺様!!」
しかし、私にも意地がある。
いくら相手が化け物じみていても、18才の小僧に何時までも気圧される訳にはいかん。
「・・・何だ?」
何かを私の言葉に感じたのか・・・
彼はドアのノブを手に掴んだ状態で私に聞き返して来た。
「君は・・・何故この最前線に来たのだ?」
「知らないのか?」
彼は驚いた声で私に返事を返す・・・
「俺の・・・俺の帰るべき場所を守る為だ。
いい孫娘を持ったな。」
バタン・・・
そう言い残して彼はこの部屋を出た。
「・・・ふう。」
やれやれ、寿命が縮まったな。
「お爺様・・・アキトの帰る所って?」
「ああ、多分ネルガルの新造戦艦ナデシコだろう。
・・・軍が何か彼に脅迫をしているかもしれんな。」
多分、その予想は正しいだろう。
彼ほどの戦力をそう簡単に手放すとは思えない。
しかし・・・何時まで彼を押さえておく事が出来るのだろうか?
彼は自分一人でも西欧方面軍を振り切って、ナデシコに帰る事は可能だろうに。
結局、彼を試すつもりが・・・
逆に私が彼に試されるとは、な。
末恐ろしい若者だ・・・
「じゃあ・・・何時かはナデシコに帰るんですね、アキトさんは。」
アリサが何かを考えながら呟く。
「ふむ・・・そうなるだろうな。
そうなってしまうと、彼を諦めるかね?」
私は孫娘達に確認をしてみる。
「そんな!! 私はナデシコまで追い掛けますよ、お爺様。」
「私も負けませんよ!! 姉さん!!」
データ通りだと多分ナデシコでは修羅場になるぞ、サラ、アリサ。
だが・・・それも面白いかもしれんな。
彼に一泡吹かせる事が出来る。
ふむ、悪く無い考えだ。
サラかアリサ・・・どちらかが彼と結ばれれば・・・
別に軍に入らなくても、彼は孫娘達を全力で守ってくれるだろう。
それに私が守りたかったあの深緑の光景も・・・
「よし!! 私も全面的に協力しよう!!
まずは彼の気持ちを掴むんだ!!
いいな、サラ、アリサ!!」
「はい!! お爺様!!」 × 2
そう言って孫娘達も部屋を出て行った。
さて、これから面白くなりそうだな。
「さて、最後の問題は・・・コイツをどうするかだな。」
私は床に倒れ伏すガードの男を見て・・・途方に暮れてしまった。