< 時の流れに >
外伝 漆黒の戦神
第八話 瑠璃の名を持つ少女
遂に敵と遭遇しました。
アキトさんがナデシコを出てから、初めての戦闘・・・
私は・・・寒空にコートを脱がされて放り出された心境です。
そして、ナデシコのクルー全員が同じ様な事を感じていると思います。
避けられない現実が今、目の前に・・・
あのユリカさんでさえ、緊張した表情をしています。
そんな不安定な精神状態のまま。
私達の・・・本当の意味での初陣が始まります。
そう、今の私達に守護神の加護は無いのです。
「総員戦闘配置に付いて下さい!!」
「了解!!」
ユリカさんの檄の声を聞き。
私達は不安を忘れ様と自分の仕事に没頭します。
「エステバリス隊は全機出撃!!
リョーコさん!! チューリップを一つ、牽制をお願いします。」
『了解!! 艦長!!』
ナデシコが遭遇したチューリップは3つ・・・
そのチューリップからは続々と無人兵器が出て来ています。
今迄の戦闘では、さしたる苦労も無く勝てていました。
でも、それはアキトさんがいたから・・・
今、あの人はこの場所にはいない。
「ルリちゃん!! エステバリス隊の出撃を確認したら。
直ぐにディストーション・フィールドを張ってね!!」
「は、はい!! 艦長!!」
いけない、いけない!!
ちょっと深く考え過ぎました。
今は戦闘中です。
もっと、しっかりしないと駄目ですね。
「・・・私は負けない。
絶対に!!」
ユリカさん?
私の背後でユリカさんが呟いています。
少し俯いていて・・・
垂れた前髪のせいで表情は見えません。
「ここは・・・
ナデシコはアキトが帰って来る場所だもん!!
絶対に無くすわけにはいかない!!
私はナデシコでアキトを待つと決めたんだから!!」
自分自身に、暗示を掛ける様に気合を入れるユリカさん。
・・・そうですね。
貴方はそういう女性でした。
私の大好きな姉であり・・・
恋敵です。
ですから。
私も負けません。
ナデシコは・・・アキトさんが帰って来る場所は、絶対に守り抜いてみせます!!
『よ〜し!!
行くぞヒカル、イズミ、ロン髪!!』
『いいよ〜リョーコ。』
『ふふふふ・・・』
『・・・せめて名前で呼んで欲しいな、リョーコ君。』
バシュウゥゥゥゥゥゥゥ!!
リョーコさんの言葉に三者三様の返事を返し・・・
エステバリス隊は雲霞の如く襲いかかる、バッタとジョロとの戦闘に入りました。
です・・・が!!
これは!!
「リョーコさん!! 隊列の中央が薄いです!!」
隙間としては些細な物ですが・・・
進化を続ける無人兵器達はその隙を見逃しませんでした。
そして、容易く突破されるリョーコさん達の防衛線。
『な!! しまった!!
テンカワとの戦闘時と同じクセが出ちまったか!!』
そうです!!
今迄の戦闘でアキトさんは、中央突破で敵の戦陣を深く切り裂いてきました。
そして、リョーコさん達はその周囲の敵を掃討しつつ。
ナデシコの防御を常としてきたのです。
常勝無敗のその戦列
それが今回の戦闘では・・・
肝心要の存在が不在だった為に。
『俺もナデシコから離れ過ぎたな・・・
ヒカル!!』
『駄目だよ〜!!
私もバッタ君達の相手で、今は手一杯だよ〜』
そして、大きな弱点となって・・・
『イズミ!!』
『こっちも同じ!!
とても中央の防御までは手がまわらない!!』
私達、ナデシコクルーに襲いかかります。
『くっそ〜〜〜〜!!
ロン髪!!』
『だから名前で呼んでよね・・・
生憎、僕はテンカワ君みたいに非常識な男じゃないんでね。
美人の頼み事には応えたいんだけどね、っと!!』
ズガァァァァァァンンン!!
アカツキさんが敵の攻撃を紙一重で避け。
攻撃を仕掛けてきたジョロをライフルで撃墜します。
しかし・・・
エステバリスの全機に言える事ですが。
その動きに何時もの精彩が見れません。
それでも、普通のパイロットよりも遥かに腕は上ですが。
この人達の実力はこんなものでは無い。
焦り・・・
不安・・・
苛立ち・・・
それらがリョーコさん達・・・いいえ、私達ナデシコクルーに襲いかかります。
『ちくしょう、ちくしょう!! ちくしょう!!!
俺達はテンカワ一人がいないだけで、まともに戦えなくなるのかよ!!
こんなザマじゃ・・・
帰って来たテンカワに会わす顔が無いじゃないか!!』
リョーコさんの叫びは・・・
私達の心の叫びでもありました。
余りに容易く突破された防衛線。
それは私達の士気の低さと・・・
アキトさんへの甘えの象徴でした。
「ルリちゃん!! フィールド全開にして!!」
ユリカさんから私に指示が飛びます。
「了解、艦長・・・
フィールドにエネルギーをまわした為、グラビティ・ブラストの発射が遅くなります。」
地球上ではナデシコ自慢の相転移エンジンも、本領を発揮する事が出来ません。
「・・・今のままだとナデシコ本体が危ないわ。
チューリップから戦艦も出てきてるしね。」
ユリカさんの指摘通り。
3つのチューリップから、敵戦艦が出現しようとしています。
「ジリ貧ですね・・・」
メグミさんがその場面を見ながらそう呟きます。
何もかもが上手く噛み合っていません。
一人の人物が抜けただけで・・・
「何だか凄くヤバイ雰囲気よね・・・」
ミナトさんの表情も暗いです。
その人物の存在が大き過ぎたが故の・・・
大切な人がいないという混乱が、今ナデシコクルーに襲いかかっています。
プロスさんやゴートさんは静かに戦況を見守っています。
・・・ですが、助言の言葉は出て来ません。
エリナさんも黙って敵を睨んでいます。
アオイさんは・・・ユリカさんの後ろでうろたえています。
・・・キノコは何やら喚いていますが。
ブリッジのクルーは全員無視しています。
そしてユリカさんは・・・
「でも・・・負けられないのよ!!
ナデシコは負けるわけにはいかない。
だって、アキトが心配するもの!!
今、アキトは自分自身の事で大変なんだから!!
だから私達はアキトに心配をさせたら駄目なの!!」
その言葉が・・・
決意が・・・
強い意思が。
ナデシコクルーの目を覚ます。
皆が心の底で思っている事だから。
ここは・・・ナデシコは彼の帰るべき場所なのだから。
この程度の敵に負けていては。
彼を笑って迎えてやれない。
『・・・良い覚悟だぜ艦長!!
俺達も直ぐに防御に向う!!
それまで頑張ってくれよな!!』
リョーコさんが微笑みながら言います。
『そうだよね、ここで頑張らないと・・・
何時までもアキト君に頼るわけにはいかないよね。』
ヒカルさんのエステバリスの動きが加速します。
『私としても、こんな所で終る気は無いわよ。』
イズミさんの攻撃が激しくなり・・・
『・・・まあ、僕としても遣り残した事が多いんでね。』
アカツキさんが何時ものマイペースに戻ります。
『よっしゃ!! 景気付けにコイツ等を一掃するぞ!!』
『了解!!』 × 3人
そして戦闘はイーブンに・・・
順調に無人兵器を殲滅する4人。
しかし、防衛線を抜かれている事は事実であり。
背後からの攻撃に気を付けている為、今一歩戦況は動きません。
ここで何か手助けが出来れば。
ブリッジの私達クルーには、黙ってリョーコさん達の活躍を見守る事しかできません。
チューリップから出現した、敵戦艦からの攻撃も始まり。
ディストーション・フィールドの出力を落す事は出来ません。
ですからグラビティ・ブラストも、今は充填中のままです。
何か、何か手は無いのでしょうか?
「もう一機・・・エステバリスがあれば。」
ユリカさんが無意識に呟いたみたいです。
「ユリカ、僕が出ようか?」
その言葉に敏感に反応するジュンさん。
「えっ!! ジュン君が?
・・・う〜ん、大丈夫だからそこにいてくれる。」
ジュンさんの提案を聞いて少し考えた後。
ユリカさんはそう言います。
「わ、解ったよ!! ユリカがそう望むなら僕はここにいるよ。」
・・・勘違いしてますねジュンさん。
ユリカさんは今の混戦状態にジュンさんが出撃しても、足手まといになると判断されたんです。
決して心細いから、ジュンさんに側に居て欲しいとは思ってません。
けど、顔を輝かせて微笑むジュンさんに・・・
その事を指摘する人物はいませんでした。
ブリッジの皆さんが哀れみの表情をしてますが。
その時!!
リョーコさんの叫びがブリッジに響きます!!
『ヤッベ〜!! おいブリッジ!!
2、3機ほど取り逃がしちまった!!
対空砲火とミサイルで迎撃してくれ!!』
そんな事を言われても!!
無人兵器のフィールドは結構強化されています。
もし撃墜出来ずに相転移エンジンを破壊されれば!!
そこでナデシコは終りです!!
ギュオォォォォォォォンンンンン!!!
ギュン!!
私の目の前を無人兵器が通り過ぎ・・・
バコォォォォォォンンンンン!!
チュドォォォォォォォォオンンン!!
そして信じられない事に、破壊されました。
一体・・・何が起こったのでしょうか?
『フフフフフフフ・・・』
・・・この声は、まさか。
『正義の味方とは!!』
爆煙の向うには一機のエステバリスの影が・・・
『俺の存在そのものだ!!』
「えっと・・・ヤマダさん、でしたっけ?」
「ええ、そうです艦長。」
この人もまだナデシコに居ましたね。
完全に忘れてました。
『違う!! 俺の名前は!!』
「ヤマダさん!! 早くリョーコさん達の援護に向って下さい!!」
メグミさんがヤマダさんに、リョーコさん達の援護を頼みます。
『だから!!』
「ちょっと!! ヤマダ君!!
早く援護に向いなさいよ!!」
あ、ミナトさんが珍しく怒ってられます。
『あ・・・あの〜』
「ヤマダさん、ちゃんとお仕事をして下さい。
真面目に働いて貰わないと減棒処分にしますよ。」
「ヤマダ ジロウ、早くバックアップにいけ。」
プロスさんとゴートさんにも怒られてます。
まあ、多分ヤマダさんは・・・
今迄格納庫でナデシコがピンチになるまで、待機してたみたいですし。
そこまでして正義の味方に拘りますか?
『・・・はい。』
あ、どうやら反省しながらバックアップに向うみたいですね。
ヤマダさん。
そしてヤマダさんの参戦により、戦況は大きく動きます。
・・・しかし、依然として3つのチューリップと多数の戦艦が現存しています。
グラビティ・ブラストの充填は終っているものの・・・
一撃で敵を殲滅するのは無理でしょう。
もし、ここにアキトさんがいれば。
・・・まだ、私はアキトさんに頼っている。
私も弱いままでは駄目なのに。
『ふふふふふ・・・
こんな事もあろうかと!!』
・・・出ましたねウリバタケさん。
「ウリバタケ班長・・・今度は何を作ったのよ?」
あ、エリナさんの額に青筋が・・・
まあ、気持ちは解りますけど。
『おっと!! 今度の発明は凄いぞ!!
DFSの簡易制御バージョンだ!!
テンカワ程の出力は人道上無理だが、あの戦艦レベルのフィールドなら軽く切り裂くぜ!!』
しかし、今度の発明は本当に凄かったです。
まさかDFS簡易制御の実用化を、こんな短期間で出来るなんて!!
流石ですねウリバタケさん。
『本当かよウリバタケ!!』
『ウリピー、凄〜い!!』
『・・・期待は出来るわね。』
『それは楽しみだね。』
無人兵器の相手をしながら感想を述べる4人。
そして・・・
『博士!!
ゲキガンソードが出来たってのは本当か!!』
・・・やっぱり出てきましたね。
『・・・心配しなくても、テメーの分はね〜よ。』
『な、何故だ博士!!』
あ、動揺されてますヤマダさん。
『いろいろな意味で危ないんだよ、お前さんは。
それに数も足りない。
試作品が二つあるだけだしな。
もっとも、第一条件がバーストモード付きの機体のみ、使用可能だからな。』
ヤマダさんの機体以外は、全員にバーストモードが設置されています。
何故ヤマダさんのエステバリスには、バーストモードが無いのかと言うと・・・
『お、俺のゲキガンガーには、
そのスーパーモードも無いのか!!』
『・・・お前には両方共、なんとかに刃物だろうが!!』
ウン、ウン・・・
ウリバタケさんの台詞に一斉に頷く、ナデシコクルー全員。
皆さん考える事は同じらしいです。
・・・私も無意識の内に頷いていましたが。
ピッ!!
あれ? どうしてイネスさんから通信が?
『ここで、説明しましょう。
ヤマダさんが言われている単語には、それぞれ別に意味があるみたいです。
まず、博士 = ウリバタケ整備班長
ゲキガンソード = DFS簡易制御バージョン
ゲキガンガー = エステバリス
スーパーモード = バーストモード
どうやら、ヤマダさんの頭の中ではそう単語が変換されてるようね。
では、イネス フレサンジュが医療室からの説明でした。』
ペコリ・・・
ピッ!!
軽く一礼をしてから閉じるイネスさんのウィンドウ・・・
芸が細かいですね。
「えっと・・・取り敢えずウリバタケさん!!
新兵器をリョーコさんとアカツキさんに向けて射出して下さい!!」
一番早く正気に戻ったのは・・・
普段から何かとイネスさんの説明を聞かされていた、ユリカさんでした。
・・・耐性でもついたのでしょうか?
『わ、解ったぜ艦長!!
ちゃんと受け取れよリョーコちゃん!! ロン髪!!』
バシュ!! × 2
そして武器の射出穴から射出される、二つの新兵器。
『へっ!! 誰に向って言ってるんだウリバタケ!!
有り難く使わせて貰うぜ!!』
その一つを、敵の攻撃を見事に避けながら掴み取るリョーコさん。
『・・・皆、僕のフルネームちゃんと覚えてる?
まあ、今はそれどころじゃ無いけどね』
こちらは苦笑をしながらも、危なげなく武器を受け取るアカツキさん。
ですが、そこに・・・
『えっと?
お前はアカツキ ロンゲ、って名前じゃなかったのか?』
『僕の名前はアカツキ ナガレだ!!』
ヤマダさんの台詞に本気で怒るアカツキさん。
・・・まあ、気持ちは解ります。
それからはリョーコさんとアカツキさんの活躍により、敵戦艦は全滅。
良い仕事をしてますねウリバタケさん。
その後はナデシコのグラビティ・ブラストによる各個撃破により、チューリップも全滅。
ギリギリの戦闘ではありましたが・・・
私達は初陣で勝利を勝ち取りました。
今回の戦闘ではっきりと私達は自覚しました。
どれだけ私達がアキトさんを頼っていたか・・・
どれ程の負担をかけていたのか・・・
アキトさんと離れ離れになったのは残念な事です。
ですが・・・
私達には必要な事だったのかもしれません。
ただ支えられている存在では無く。
アキトさんを支える事も出来る存在。
そういったモノに・・・
ナデシコはならないといけないんです。
アキトさんの心を救う為には・・・
アキトさんがナデシコに帰って来る時。
私達は笑顔で迎えてあげたい・・・