< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

外伝   北斗・・・現実、夢、オモイ

 

 

 

 

 

 夢を・・・見ていた。

 

 熱い塊が、心を満たし。

 自分の全てをぶつけて、アイツと戦っていた。

 俺の全てをアイツは受け止め、俺はアイツの全てを受け止めた。

 

 そして、心地よい倦怠感の中に、俺はまどろんでいた・・・

 

 

 

「もうそろそろ、目を覚ましそうです。」

 

「珍しい事ね、北斗殿が私達の気配に気付いても起きないなんて。」

 

「それは・・・やはり、あの人との闘いは別次元でしたから。」

 

「・・・それも、そうね。」

 

 耳元で交わされる会話に・・・

 俺の意識は急速に現実に回帰する。

 

 因果な性格だな、例え幼馴染であろうと睡眠をしている姿を晒すのを拒むとはな。

 

 そして、俺は目覚めた。

 

 

 

 

 

 

「・・・何故、まだ船の中なんだ?」

 

 俺が目覚めた場所は、連絡船等によく見られる狭い個室だった。

 その個室にある備え付けベットの上に、俺は寝かされていた。

 

 そして、ベットの隣には零夜と千沙の二人がいた。

 

「あ、気が付いたの北ちゃん!!」

 

 

 

 

目覚めた俺を見て、零夜が嬉しそうにそう言う。

 何時も俺の心配ばかりをしているな、零夜は。

 得難い友人・・・というやつ、なんだろうな。

 そう言う意味では、俺には勿体無い友人かもしれんな。

 

 こんな、血塗られた道を歩くしかない俺には・・・

 

「どうしたの、顔を顰めたりして?

 ・・・何処か痛むの?」

 

 そんな俺に、心配げに話し掛けてくる零夜。

 

 確かに全身が気だるく、動く度に関節から激痛が走るが。

 あれだけの決闘をして、これだけの怪我で済んだのだ、むしろ幸運と言っていいだろう。

 

「ああ、この程度の苦痛なら慣れている。

 顔を顰めたのは他の理由だ。」

 

 そう言って自分の格好と周囲の観察を同時に行う。

 現在の俺の居場所は船内・・・それも小型の連絡船だな。

 そして自分の服装は・・・見事に原型を忘れた、真紅のパーティードレスだった。

 

「えっと・・・北ちゃんが気絶してる時に、勝手に着替えなんてできないでしょう?

 だからそのままの格好だったんだけど。」

 

 俺の視線がパーティードレスに止まったのを見て。

 零夜がそう言い募る。

 

「別に格好など気にはしない。

 ・・・だが、動き難い事は確かだな。

 零夜、サラシとパイロットスーツは無いか?

 もしくは、木連軍の制服でもいい。」

 

 俺は衣服に無頓着な為に、よく替えの着替等は零夜に任せている。

 これも、一種の甘えといえば甘えか。

 

 そして、一つ気になる事があった。

 俺は無意識の内にでも、侵入者を撲殺する術を身に付けている。

 睡眠中の我が身を守る為には、絶対に必要な技能だ。

 ・・・何しろ色々と敵の多い人生を送っているからな、俺も。

 

 そして、俺の着ているドレスの肩紐が一部解けていたのだ。

 

 俺に視線に気が付き、千沙が答えを教えてくれた。

 

「それはですね、高杉殿が北斗殿をそのベットに運んだ時に、ちょっと指が絡まりまして・・・」

 

 ほう?

 

「・・・生きているか?」

 

「・・・はい、現在は医療室で治療中です。」

 

「生き延びただけでも、大したものだな。」

 

 俺の感想を聞いて、千沙が額に薄っすらと汗を掻きながら苦笑をしていた。

 

 ・・・何故笑う?

 俺は本気で高杉の奴を誉めてやったんだが?

 少なくとも、無意識レベルの攻撃では俺は手加減をしてはいないはずだ。

 

 首を傾げている俺を見て、千沙の笑いは引き攣ったモノに変わっていた。

 

「北ちゃん、はい着替え!!」

 

「ああ、済まんな。」

 

 そして、タイミング良く零夜が俺の着替えを持ってくる。

 着替えは女性用のパイロットスーツのようだが・・・

 まあ、俺にはこんなヒラヒラしたドレスより余程有り難い。

 それに俺の身長は・・・悔しい事に、平均的な男性の高さに届かない。

 その為に、一般の男性仕官の制服では大きすぎるのだ。

 

 いっそ、男に生まれていれば・・・

 

 着替えの度に何時も考える事を思いつつ、俺はパーティードレスを脱ぎ捨てる。

 

    シュン!!

 

「北斗殿が目を覚ましたらしいな。

 丁度良い、今後の予定、を、決め・・・」

 

 室内に入ってきた、全身包帯姿の高杉の視線が俺を見詰める。

 ちなみに、今の俺の姿は・・・ボロボロのドレスを脱ぎ捨て、上下の下着以外は何も着てはいない。

 

 不自然な格好で固まっている高杉を不思議に思いながら、俺は話し掛ける。

 

「どうした、今後の予定について話があったのでは無いのか?」

 

「あ、いや、その・・・」

 

 俺の詰問に、あやふやな返事を返す高杉。

 ・・・え〜い、はっきりとしない男だな!!

 

「はっきりと喋らんか!!

 貴様も木連優人部隊の一人だろうが!!」

 

「はっ!!」

 

 俺の一喝に、姿勢を正し敬礼をする高杉。

 

「・・・北ちゃん、リアクションが違いすぎて高杉さんは混乱してるんだよ。」

 

「何だと?」

 

「北斗殿、この場合貴方が取るべき行動は、高杉殿を一喝するのではなく。 

 その拳で殴り倒しつつ、悲鳴を上げる事なのです。」

 

「そうなのか?」

 

 零夜と千沙のアドバイスを聞いて、俺が納得している時。

 高杉は青い顔をしながら、首を左右に振っていた。

 

「だが、今は動くのも億劫だ・・・

 ふむ、丁度良い・・・試してみるか?」

 

 そして、俺は自分の右拳に意識を集中する。

 心の奥に宿った、あの輝きを導き出すために。

 

     ゴォゥンン!!

 

 唸り声の様な音をたて・・・

 俺の右拳が朱金の炎を宿す。

 

 やはり、夢ではなかったのだなアイツとの戦いは。

 

 その輝きを認めると・・・自然と、俺の頬が緩み。

 あの時の至福の時間が、色鮮やかに俺の記憶から蘇る。

 

「ちょっ、ちょっと待って下さい!! 俺は別に悪気があって覗いたわけでは!!」

 

「何、心配するな死にはしない・・・多分、な。」

 

 

「多分、って何だよ!!」

 

 

    ドゴォォォォォォ!!

 

 

 高杉の最後の台詞を合図に、俺が右から左に右拳を振りぬき。

 その軌跡の沿って走る朱金の炎に、高杉の身体は弾き飛ばされ部屋の外に飛び出していった。

 背後にあった部屋のドアを道連れにして。

 

「ふむ・・・手加減は可能か。」

 

「あ、あれで・・・手加減されたのですか?」

 

 千沙が呆れた口調で俺に話し掛ける。

 

「当たり前だ。

 本気でやって、船を壊しては意味があるまい。」

 

「はあ、その通りですが。」

 

 俺の台詞に、「何かが違う・・・」と言いながら部屋の外に出る千沙。

 どうやら高杉の無事を確認しに行ったようだ。

 

「ところで、零夜。」

 

「何、北ちゃん?」

 

 俺の事を、尊敬の眼差しで見ている零夜に少し引きつつ。

 俺は気になっていた事を零夜に質問した。

 

「どうして、俺の下着姿を見ただけの高杉を、悲鳴を上げながら殴らないと駄目なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うのが北ちゃんの最後の台詞です。」

 

 俺の顔を見て、溜息を吐きながらそう説明をする零夜。

 ・・・何か俺が悪い事をしたか?

 

「・・・まあ、今更北斗殿の女性意識については諦めているが。」

 

「問題は・・・」

 

「この男ばい。」

 

 発言の順番は、上から万葉、百華、三姫だ。

 

 そして俺の視線と、優華部隊全員の視線が壁に磔られている、一人の男に集中する。

 ちなみに、未だに意識は回復していない。

 ・・・ちょっと手加減が足りなかったみたいだな。

 

「ノックも無しに女性の部屋に入るとは・・・信じられない人ね。」

 

「まあ、お仕置きとしては順当なとこね。」

 

「これで少しは懲りるでしょう。」

 

 これは上から、飛厘、京子、千沙となっている。

 だが、どうしてここまで高杉は嫌われているんだ?

 

「おい、どうしてそんなに高杉を忌避する?

 別段、俺に害をなした訳ではあるまい。」

 

「・・・北ちゃん、それは違うよ。

 う〜ん、これは感性の問題だからね。」

 

 ウン、ウン

 

 零夜の発言に、他の優華部隊が頷く。

 

「だが、たかだか俺の下着姿を見たくらいで・・・」

 

 俺は虫の息の状態で、壁に磔にされた高杉を横目で見ながらそう呟く。

 む、少し呼吸が不規則になっているな。

 ・・・臨終も間近だな。

 

「甘いです。

 私なら、許婚の月臣さん以外の殿方に下着姿を見られたのなら・・・その人の存在を消しますね。」

 

 ・・・冷たい目で殺気を放ちながら、そう宣言をする京子。

 周りはその発言と殺気に、少し引いているが。

 俺にはこの程度の殺気など、そよ風のようなモノだ。

 

 そう、あのテンカワの闘気に比べれば親父の狂気ですら生温い。

 早くもう一度戦いたいものだ。

 アイツとの戦いは、何時も俺を次のステップへと導いてくれる。

 もっとも、アイツもそれは同じだと思うがな。

 

 ・・・そう言えば、今はその話題では無かったな。

 だが、そこまで大事なのか裸を見られた事が?

 

「まあ、京子は少し潔癖症の気があるから・・・特別として。

 私も源八郎さん以外の男性に、肌を晒すのは御免ですね。」

 

 苦笑をしながら飛厘が、京子を抑えつつ俺にそう言う。

 そう言うものなのか?

 俺は最近まで座敷牢に監禁されていて、そんな世俗的な事は良く解らんぞ。

 

 ・・・

 ・・・

 ・・・ちょっと待て、さり気無く重要な事を言われた気がするぞ?  

 

「月臣と・・・」

 

 そう言って俺は右手の人差し指で京子を指差し。

 

「源八郎が許婚?」

 

 左手の人差し指で飛厘を指差す。

 

 そして二人は無言で頷いた。

 

 ・・・いや、まあ俺には全然関係無い事だが。

 あの三羽烏の二人に、許婚とはな。

 しかも、優華部隊の二人から選ぶとは・・・どうも、あの科学者の暗躍が伺えるな。

 

 そう思いつつ、さり気無く二人を観察する。

 少なくとも、先ほどの発言といい、表情といい・・・嫌がってはないみたいだ。

 

 まあ、俺には全然理解出来ない感情みたいだがな。

 

「・・・あの二人に許婚がいるのなら、九十九にもいるのではないか?」

 

「あ、北ちゃんその話題は・・・ひっ!!」 

 

 零夜の悲鳴に反応して、俺が隣を見ると・・・

 夜叉がいた。

 

「そうなのですよ、北斗殿・・・私が九十九さんの許婚なのですが。

 先日、舞歌様から良からぬ噂を聞きましてね?」

 

「ほ、ほう、何だ?」

 

 殺気・・・ではない。

 闘気でも、鬼気でも、狂気でもない。

 この俺をすら怯ませる、この『気』は何なのだ!!

 

「北ちゃん、それはね・・・『嫉妬』って言う『気』なんだよ。

 女性が持つ最強の『力』で、あのテンカワ アキトですら勝てないんだから。」

 

「そ、そうなのか?」

 

 零夜からの小声のアドバイスに、俺は小さく返事を返した。

 

「ふふふふふ・・・私という者がおりながら。

 ナデシコクルーの女性と二股を掛けるとは・・・

 少し、お仕置きをしないと駄目ですね(はーと)」

 

 ・・・目の光が尋常じゃ無いな。

 

「おい、零夜・・・」

 

「北ちゃん、今は千沙さんをそっとしておいて上げて。

 この前まで、その事で荒れて大変だったんだから・・・」

 

「そ、そうか・・・」

 

「舞歌様が面白がって煽るから・・・ハァ・・・」

 

「・・・」

 

 零夜の疲れた口調と、他の優華部隊の青い顔を見る限り。

 そうとうに大変だったらしいな。

 

 俺には理解出来ん苦労だが。

 

 それと、俺にしては珍しく興味を抱いたので、全員に質問をしてみる。

 

「ふむ、ならお前達にも許婚がいるのか?」

 

「は〜い!! 私はヤガミ ナオさんです!!」

 

 そう言って、元気よく返事を返したのは俺より小柄な百華だった。

 

 ・・・俺の記憶が正しければ、テンカワの友人の一人がその名前だったが。

 

「もう、ファーストキスも済ませてきました♪」

 

 そう言って、至福の表情を浮かべる百華。

 俺は視線で零夜に問う。

 

「えっとね・・・ピースランドで百華ちゃん、そのヤガミさんと対峙したの。

 で、相手の実力が自分より上だと気が付いてね。

 その後で、最後の北ちゃんとあの人の攻撃で、全員吹き飛ばされたの。

 その時怪我をしていた百華ちゃんを、ヤガミさんが爆発から庇ってくれて・・・」

 

「ファーストキッスを奪われちゃいました、てへ♪」

 

 そう言って、可愛く微笑み舌を出す百華。

 

 ・・・事故だろ、それは?

 まあ、本人は幸せそうに微笑んでるからいいか。

 

「で、他にはいなんだな。」

 

「そうですね、後は三姫が高杉さんの事を気に掛けている事くらいでしょうか?」

 

 そんな発言をしたのは、飛厘だった。

 

「な、何を言ってるんばい!!」

 

 飛厘の発言に、動揺も露に叫ぶ三姫。

 

「そう言えば、三姫がここまで男性に突っ掛かるのは珍しいな。

 ・・・大抵は、鼻で笑って無視を決め込むよな。」

 

 万葉が笑いながら、そんな発言をする。

 

「か、万葉!!」

 

 赤い顔で万葉に食って掛かる三姫。

 そして・・・

 

「ふっ・・・そうならそうと最初から言ってくれれば・・・」

 

「貴方は寝てなさい!!」

 

      ボクッ!!

 

 隣に立っていた京子の左拳の一撃が、見事に高杉のボディに突き刺さる。

 うむ、角度といい手首の返しといい、完璧なボディブローだ。

 あれを鳩尾に喰らえば、横隔膜は収縮し呼吸の途絶えた相手は意識を失うだろう。

 

「・・・ぐ、がっ」

 

 ・・・やはり、意識を失った様だ。

 しかし、意外とタフな男らしいな。

 

 だが京子よ・・・ずっと高杉を見張っていたのか?

 意外と執念深いのだな。

 

「・・・ほら、愛しの高杉さんにも聞かれた事だし♪」

 

「百華・・・私に喧嘩を売ってると?」

 

 何時の間にか、百華と三姫が良い具合に険悪になっている。

 どうやら、三姫がヤガミ ナオの服装センスについて文句を言ったのが、事の始まりらしい。

 

 少し離れた場所では、千沙が一人で何か呟いている。

 気絶した高杉の隣では、京子に向かって飛厘が注意をしている。

 そして、俺の目の前では百華と三姫が格闘戦を始める気配がある。

 

 そして、俺の隣には・・・

 

「皆、楽しい人達でしょう、北ちゃん?」

 

「ああ、そうだな。」

 

 零夜が楽しそうに微笑んでいた。

 今までの、座敷牢での一人の生活に不満は無い。

 そんな孤独感より、闘争心が満たされない飢えが俺を捕らえていた。

 

 そして、テンカワの出現により俺の飢えは満たされ・・・

 改めて周囲を見回した時。

 彼女達は、既に俺の背後に在った。

 

 これが、何時もの舞歌のお節介なのか。

 それとも、偶然なのかは解らん。

 だが、零夜と舞歌以外で初めて俺と会話を交わした女性達。

 彼女達となら・・・

 

「少なくとも退屈はしていない。」

 

「あ、北ちゃんが微笑むなんて珍しいね!!」

 

「・・・そうか?」 

 

「うん、近頃北ちゃんの表情が増えてるよ。

 ・・・やっぱり、あのテンカワ アキトの影響なのかな。」

 

 不満気に、俺の顔を見ながらそう呟く零夜。

 

「かもな・・・アイツとの戦いは、お互いの技量を競うというレベルを超えている。

 魂と魂、意思と意思の戦いへと変化をしている。

 俺は・・・『人間』としての自分を磨かなければ、最後にはアイツに負けるだろう。」

 

「そんな、北ちゃんが負けるはず無いよ!!」

 

 必死に俺を励ます零夜に、苦笑を返しながら・・・

 

「大丈夫だ、俺もアイツもお互いに『人間』として欠けた部分が多い。

 これからの戦いで、どれだけ『自分』を確立出来るか。

 それが鍵だな。」

 

「・・・本当に、あの人の事が理解出来てるんだね。

 北ちゃんにとって、あのテンカワ アキトは何なの?」

 

 一瞬、室内に沈黙が落ちる。

 言い争っていた百華と三姫も。

 自分の世界にいた千沙も。

 飛厘の小言に項垂れていた京子と、小言を言っていた飛厘も。

 全員が俺の答えを待っている。

 

「俺にとってテンカワ アキトは・・・

 待ち望んだ『親友』さ。」

 

 そう言いながら、俺は軽やかに微笑んでいた。

 対等の存在を、人は友と呼ぶ。

 俺が心から待ち望んだ人物。

 そして現実の世界に、アイツは現れた。

 俺の夢と想いの結晶とも言える存在。

 

 そう、俺にとってテンカワ アキトとは・・・

 

 唯一無二の『親友』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九話へ続く

 

 

 

 

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