< 時の流れに >
サァァァァァァァ・・・
夏のきつい日差しが、私の白い肌に容赦無く襲い掛かります。
隣を歩くラピスも、その日差しを受け眩しそうに目を細めた後、服の袖を降ろしていきます。
やはり、変に日焼けをするのが嫌なのでしょう。
それに、この熱さを強く感じるのは今私達が着ている服が・・・喪服なのが一番の原因でしょう。
同じ『黒』でも、嫌な色ですね。
カツカツカツ・・・
石畳を静かに歩く一団の先頭に、私達はいます。
背後では普段の皆さんからは想像も出来ない・・・静寂が満ちています。
私の直ぐ後ろを歩くユリカさんでさえ、静かに口をつぐんでいます。
そう、あのヤマダさんでさえ―――
「ルリルリ、日傘貸してあげようか?」
額に薄っすらと汗を掻いている私を見て、近くにいたミナトさんが声をかけてこられます。
「大丈夫です、ミナトさん。
それに・・・日傘を差すとこの花を持てませんから」
そう言って、胸元に持つ大きな花束を見せます。
私とラピスが用意した、白い花です。
そして、ラピスには御線香を持ってもらっています。
「だから、私が持つって言ってるのに・・・」
ラピスが可愛く頬を脹らませて、私に抗議の声をあげます。
私はそんなラピスに微笑みながら、彼女が持つには大き過ぎる花束を強く抱き締めました。
そのまま静かに歩を進める私達。
やがて、黒曜石で出来た一際大きな石塔が、私達の目の前に姿を現しました―――
時の流れに 第二章 〜 現在(いま)を・・・ 〜
プロローグ
「『漆黒の戦神』と呼ばれし未曾有の英雄、ここに眠る・・・か。
体裁を整える事が本当に好きだな、日本人は」
高さ10mの黒い石碑の前に立ったナオさんが、サングラスを外しながらそんな事を呟きます。
苦々しいその言葉を、私達は黙って聞き入るだけでした。
あの戦いの最後に、遺跡と共に消えたアキトさんとブローディア・・・
その後に行なった私達の出来得る限りの捜索活動は、徒労と終りました。
しかし、嘆き悲しむ私達をよそに、政治を司る人達は狂喜乱舞をしました。
そして、それは軍の上層部も同じでした。
この先の和平後に・・・アキトさんのような巨大な影響力を持つ、生きた『英雄』は不要だったのです。
勿論、アキトさん自身に権力欲などカケラも無いとしても・・・
彼等が・・・世界中の重要人物が集まった『追悼式』を、今でも覚えています。
隠し切れない笑みが浮かんだその顔を、忘れる事は出来ません。
勿論、全員がそうだったわけではありませんが。
一体、どれだけの想いを胸に私達が消え行くアキトさんを見送ったか・・・
そして、本心からアキトさんが消えた事を悲しんでる人達が、どれだけ居る事をこの人達は知っているのでしょうか?
ただ、平穏のみを欲して戦い抜いた人なのに・・・
「早いものだな、あれから2年、か・・・
いい加減帰って来ないと、ナオの奴がミリア君にふられるぞ、アキト」
「シュ、シュン隊長!!
そりゃあないでしょう!!」
真面目な顔でそんな事を言うオオサキ提督に、ナオさんが慌てた表情で反論をします。
ナオさんはミリアさんとの結婚式にはアキトさんが必要だ、と関係者に言い切り。
その為に、今もまだ独身を貫いてられます。
ミリアさん自身が、ナオさんのその提案に強く賛成をしている為、私達には何も言う権利は無いのですが。
このお二人と、アキトさんの間には私にも入り込めない関係があります・・・
だからこそ、何も言うべきでは無いのでしょうね。
「ほら、ラピス・・・水、掛けるんだろ?」
「・・・ここにアキトが居る訳じゃ無い、なのにどうして毎年集まるの?
私はアキトの墓石なんかに、興味なんてない!!」
ハーリー君が差し出した手桶を受け取り、不満気な声でそう尋ねるラピス。
その質問を前に、黙り込むハーリー君。
しかし、その質問に対する答えは他の人がされました。
「墓石だと思ったら駄目だよラピスちゃん。
これはね、普段忙しい皆がアキトに近況を報告する為の集まりなんだよ?
ほら、ラピスちゃんも小学校に通ってる事を伝えないとね。
・・・こんな機会がないと、私達が集まる事は難しいから」
膝を落とし、喪服を着たユリカさんがラピスと視線を合わせながらそう説明をします。
そんなユリカさんの言葉を聞き、大人しく頷くラピス。
今、私とラピスはミスマル家に同居をしています。
ピースランドの両親からは、国に帰ってくるようにと再三の誘いはありましたが・・・
私はこの地に残る事を選びました。
きっと、アキトさんはココに帰って来ると信じて、
・・・お陰で私も今では中学校に通う身の上です。
まあ色々と、新鮮な体験をしていますが。
「まったく、俺達が集まったところで何が危険なんだかね〜」
「重要機密を知りすぎているからよ。
サツキミドリの件だけでも、監視の対象には充分過ぎるわ。
それに、あの戦争にあった裏の思惑までを知ってる以上・・・自由を望むのは難しいわね」
「良い迷惑だよね〜」
髪を伸ばしたリョーコさんとは対照的に、変わらない姿のヒカルさん。
・・・まあ、イズミさんの格好については説明を避けましょう。
人間、何を着ようと自分の自由ですから。
皆さんが儀礼上喪服を着ているので、その姿は嫌でも目立ちますが。
でも、その格好で真面目な台詞は・・・恐いです。
「アキト、お前を自宅に連れてくるって息子に約束してるんだよ。
早く帰ってこいよな!!」
暑さの為に崩れた感じで喪服を着たウリバタケさんが、頭を掻きながらそんな報告をします。
次々と近況を報告するその声を聞きながら、私達は苦笑をしたり、しんみりとしたりしていました。
「アキトさん、お爺様も寂しがっていますよ。
早く帰って来てくださいね」
「そうそう、ナオさんはともかくミリアさんが可哀相よ?
それに・・・私達も、ね」
「・・・俺はどうでもいいのかよ?」
サラさんアリサさんの言葉を聞いて、墓石のすみでいじけるナオさん。
この人は本当に変わりませんね?
でもサラさんにアリサさんも、この日の為だけに日本に来られるなんて。
・・・人の心は移ろい易いとは、言い切れないですよね。
―――現に私がそうだったのですし。
「姉さんと、アカツキさん。
それにプロスさんとゴートさんは遅れて来るそうよ。
・・・ブローディア、無事に動いてるかな?
結局、スラスター類は全損のままだったもんね。
あの時、私が引き止めておけば・・・アキト君・・・助かっていたかも」
「何時まで済んだ事を言ってるの、レイナ?
あの時、お兄ちゃん・・・アキト君が作業に当たったのは、皆で決めた事でしょう。
誰にも防げなかったわ、あの極限状態では」
肩を震わせだしたレイナさんを、イネスさんが肩を叩いて慰めます。
あの後、一番取り乱したのがレイナさんでした。
・・・自分が整備を完全にしておけば、アキトさんの腕なら遺跡から逃げ切れた、と。
そう悔やんで、何時までも自室に閉じ篭っていた時期もありました。
確かに、地上の歩行だけが出来れば可能な作業でした。
上空の戦闘が硬直状態の今が、最後のチャンスと言えました。
そして・・・その作業を指示したのは、私達なのですから。
誰もレイナさんを責めません。
いえ、責める事が誰に出来るでしょうか?
あの瞬間に立ち会った私達に、何が言えると・・・いうのでしょうか。
「帰って来るって・・・約束してくれたんです。
きっと、帰ってこられますよアキトさんなら。
私達、あんな激戦を戦い抜いたんですよ?
それに最後にアキトさん、言ってたじゃないですか。
『俺の帰るべき場所はナデシコだ』ってね。
今まで、アキトさんが約束を破った事なんてなかったんだから」
レイナさんの隣に、今度はメグミさんがしゃがみ込んで話し掛けます。
今でも鮮明に思い出すその言葉は、私達全員の胸に深く刻み込まれていました。
「皆が笑ってないと、ナデシコじゃないですよ?」
「・・・それも、そうね」
涙を拭きながら立ち上がるレイナさんの顔に、微かに微笑みが宿りました。
「あ〜、俺も相変わらず元気にやってるぞ〜
ただ、近頃ウリバタケのおっさん達がやたらと絡んできやがる。
何故だか分かるか〜、アキト〜」
ゴスゥ!!
「え〜い!! 余計な事は言う必要はありません」
イツキさんに後頭部を桶(水入り)で殴られ、頭を抱えてその場にしゃがみ込むヤマダさん。
そのままウリバタケさんと、整備班の皆さんに引き摺られていきました。
「いいのか、ヒカル?」
「・・・自業自得だよ、いい加減現状を認識して欲しいね」
こちらも、大変なようですね。
「テンカワ・・・お前はあの戦争で何を得たんだろうな?
俺は自分の考えが甘い事をつくづく思い知らされた。
今はミスマル提督の下で働いてる・・・それも、お前の記憶の通りか」
「ジュン君、その時って私はどうしてたの?」
「・・・教えてくれ、俺はどうしてこんな状況に陥ったんだろうな?」
「ねえねえ♪
教えてくれないと、お兄ちゃんにあの事をばらすよ?」
「・・・頼む、少し黙っててくれユキナちゃん」
・・・いえ、私の知ってる未来の姿そのものですよ、アオイさん。
「テンカワ、お前が料理人の道を諦めたのは知ってる。
だけどな、大勢の人間に料理をするのも。
好きな人の為だけに料理をするのも、やっている事は同じさね。
早く帰ってくるんだよ、お前を待ってる人が大勢いるんだからさ」
ホウメイさんのその言葉の後に・・・
「勿論、私達も待ってますよ!!」
エリさんが手に持っていた花束を添え。
「実は今度アイドルデビューをするんです!!
って、未来の事はご存知なんですよね?」
苦笑をしながら、ミカコさんも持ってきていた花束を置き。
「早く、私達の歌を聞きにきて下さいね。
毎日遅くまで頑張って練習しているんですから」
ハルミさんは線香を刺していかれました。
「お父さん達、きちんと謝りたいそうです。
・・・『英雄』としてではなく、私達を約束通りに守りぬいた人として」
何か箱に入ったお供え物を置くサユリさん。
「誰も手を合わせたりしませんよ?
だって、アキトさんは死んだわけじゃないんですから!!」
元気にそう言い放ち、紙切れとテープを置くジュンコさん。
・・・多分、ホウメイガールズの皆さんが歌われている歌の歌詞と、録音テープなのでしょうね。
「やあやあ、皆元気にしてたかい?」
呑気な声で私達に話し掛けてきたのは・・・
3人の男性と、一人の女性のグループの一人でした。
「遅いんだよ!! このロン髪!!」
リョーコさんが苦笑をしながらアカツキさんに文句を言います。
スーツ姿のアカツキさんは、そんなリョーコさんの返事にも笑って応えます。
「いや〜、久しぶりに聞くねその渾名も。
でもさ、これでも結構忙しい身の上なんだよ?」
「嘘言わないでよ、殆どの雑務は私とプロスペクターでこなしてるじゃない」
こちらも少し髪の毛を伸ばしたエリナさんが、黒いスーツ姿で歩いてこられました。
どうやら、仕事を終らせた後に直行されたようですね。
「いやはや、暑いですな〜」
そう言いながらハンカチで額の汗を拭うプロスさんは、何時もの赤いベスト姿ではなく黒いスーツでした。
何だか凄く違和感を感じるのは・・・私だけでしょうか?
「うむ、これもまた神の試練だ」
・・・追記、どんな治療を行なってもゴートさんが治る事はありませんでした。
近頃は私を含め、皆さん諦めています。
それにしても、カグヤさんは今年もお仕事の為に参加されませんでしたね。
やはり、実家の方でまだ問題が・・・いえ、私も人の事をいえませんね。
それに、北斗さんもやはり・・・
この場に来たくても来れない人もいます。
障害やしがらみが多過ぎる人もおられます。
―――でも、皆さんが心からアキトさんを待っている事だけは・・・確かでしょう。
「アキト・・・皆、元気にしているよ。
何時帰ってきても、笑って迎える事が出来るようにね!!
私は何時までも―――アキトを待ってるから!!」
眩しそうに黒い石碑を見上げ、そう宣言をするユリカさん。
去年と同じ言葉、そして何時も私達に話している台詞。
そうです、アキトさんが返って来る場所は―――ココにあります。
「大丈夫、まだ待てます。
だって、私は3年待てたのだから・・・」
ユリカさんの隣で石碑を見上げながら、私もそう呟きます。
夏の厳しい日差しに目を細めながら、青い空の中に黒曜石の搭は煌いていました。
まるで私達に何かを語りかけるように・・・
あの戦いから二年―――
アキトさん、私達は現在(いま)を精一杯生きています。
貴方が返って来る事を信じて・・・