< 時の流れに >
第二話.アカツキ ナガレの私生活
さて、と。
服装!!
・・・良し!!
髪型!!
・・・良し!!
あ、枝毛発見。
・・・近頃はハードスケジュールだからね〜
コロン!!
・・・って、通信だから匂いは関係無いか。
「・・・昨日から鏡の前で、何度同じ行為をしたか覚えてますか?」
「やあ、プロス君!!
爽やかな朝日だね!!」
白いビジネススーツを隙無く着こなした僕は、背後で疲れたように溜息を吐くプロス君に朝の挨拶をした。
いや〜、今日も良い天気だね〜
プロス君もたまには違う制服を着ればいいのに。
爽やかな笑顔でを披露している僕を。
何時もの赤いベストを着たプロス君が、何とも言えない表情で僕を見ていた。
「私相手に歯を光らせても仕方が無いでしょうが。
・・・それより、木連の方との定期連絡の時間が迫ってますよ」
「何!! 何時の間にそんな時間になったんだい!!
まだ朝食も食べてないんだよ、僕は?」
プロス君の指摘に、僕は思わず壁に掛けてある時計を見上げる。
現在は午前9時20分・・・後、10分後には定時連絡が始ってしまう!!
時間に少しでも遅れれば、また機嫌を損ねてしまうじゃないか!!
「じゃあ早速会議室に向かおう!!」
「あ、それと今日は千沙さんが直接この本社に来られてますよ。
何でも舞歌様から手渡して欲しいと頼まれた書類があ―――」
「何だって〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
パタッ・・・
台詞の途中でプロス君は倒れてしまった。
・・・やはり、人の耳元で大声で叫ぶのは危ないね。
「プロス君!! それは本当かい!!
プロス君!! プロス君!! プロス君!!」
揺すっても気が付かないので、取り合えず殴ってみた。
ゴスッ!!
「大丈夫かい!! プロス君!!」「がっ!!」
殴っても気が付かないので、蹴りを入れてみた。
勿論、爪先でお腹を抉りぬくように。
ドスッ!!
「気をしっかり持ちたまえ!! プロス君!!」「ぐっ!!」
まだ起きないので、部屋の隅に飾ってあった陶器製の花瓶を持ち上げ・・・
「私を殺す気ですか!!
そっちが殺る気なら、私も本気でいきますよ!!」
「やあ、気が付いたみたいだね。
良かった良かった」
青筋を浮かべて激怒するプロス君に睨まれて、僕は花瓶を抱えて一歩退いた。
・・・温厚そうに見えても、ネルガルのシークレットサービスを仕切る人物だからね〜
今のプロス君の瞳には冷たい殺意が渦巻いている。
「どうして会長は千沙さんが関わると、そんなにも落ち着かなくなるんですか?
何時もはただ無意味に軽いだけですけど。
各務さんが絡むと、軽いに思量無しと無謀と馬鹿がフレンチカンカンを踊ってますね!!」
「いや〜照れるな〜」
思わず照れる僕だった。
「全然、誉めてません!!」
「やっぱ、愛だろ愛」
何となく、髪をかきあげてポーズを決めてみる。
「全然、意味が理解出来ませんよ!!」
「・・・馬鹿やってる間に、予定の時間を10分も過ぎてるわよ」
ビシィィィィィィ!!
僕の笑顔を凍らせた冷たい声の主は、我社が誇る会長秘書だった。
「あ〜、その・・・遅れて御免なさい」
「・・・別に気にしてはいません。
それより早く会議を始めましょう」
怒ってる、絶対に怒ってるよ・・・
何時もより視線の冷たさが二度ほど低いね。
視線に促されるように、僕とエリナ君は会議室へと入ってた。
プロス君とゴート君は会議室の扉の前で見張りをしている。
「じゃ、そちらから頼むよ」
椅子に座り、エリナ君が煎れてくれた珈琲を一口飲んでから話を切り出す。
千沙君は今日はベージュのスーツを着ていた。
そしてその隣には、飛厘君が黒のスーツ姿で座っている。
・・・そう言えば、スーツ姿で会うのは初めてだな。
2年前は宇宙服ばかりだったし、定期連絡も木連の優華部隊の制服だった。
食事に誘っても、制服で来るし。
ちなみに、今のところ戦績は26戦中10勝12敗4引き分け。
引き分けは急な仕事が入った為に僕が泣く泣くキャンセルしたり、千沙君に急用が出来たからだ。
・・・どちらにしろ、微妙なバランスで負け越しをしている。
「・・・と言う訳で、草壁は現在のところ大人しく自宅に軟禁されています」
おっと、今は考えを切り替えとね。
流石に、この会議の重要性は自分でも分かっている。
火星の戦いで・・・意外な事に草壁は舞歌さんに投降した。
多分、木星が舞歌さんの和平案を受け入れた以上、自分の軍の補給線が切れた事を悟ったからだろう。
ましてや、北斗を欠いた状態でそのまま舞歌さんを撃破し、地球に攻め込むなど夢のまた夢。
冷静に考えた結果、今後の再起を賭けて一時の屈辱を選んだのだろう。
決して無能ではないのだ、あの草壁という男は・・・
それだけに、この2年間の沈黙が恐ろしい。
「クリムゾンと接触をしている可能性は?」
「完全に外との連絡を止める事は難しいです。
・・・やはり、何らかの情報のやりとりはしているでしょうね。
まだ、草壁派のシンパは多いですから」
千沙君が固い声でそう返事をしてくる。
僕が一番気掛かりな事は、草壁とクリムゾンの爺さんとが再び手を結ぶ事だった。
あのテンカワ君の記憶で見た、A級ジャンパーの拉致事件・・・
それ自体は、先手を打ったネルガルのシークレットサービスのおかげで未然に防げた。
何より、本来なら存在しないはずのヤガミ君の存在は大きく、かなり有利に僕達は戦えたのだ。
さすが、テンカワ君直々に鍛えられただけの事はあるね。
それに、木連の過激派には舞歌さんが目を光らせているし。
何より・・・地球、木連、連合、統合軍を全てをひっくるめて、『真紅の羅刹』に喧嘩を売ろうとする無謀な人物はいない。
テンカワ君が居ない今、闇に消えた北斗の存在は政治家達の恐怖の象徴だった。
そして、唯一北斗の手綱を取れる人物として、舞歌さんは木連に有利な条件で地球と和平を結んだのだ。
その影には、この機会に木連を潰そうと考えていた連合軍過激派の・・・壊滅が効果的だったのだろう。
テンカワ君が消え、欲を出した彼等の暴走が愚かだったとは言え、流石『真紅の羅刹』
たった一人で木連に侵攻しようとする一個艦隊を殲滅してのけたのだ。
敵対する者には容赦はしない、という事だな・・・
そして、それ以降・・・何故か僕達ネルガルが木連との連絡役を任されている。
大掛かりな政治的な事は、流石に木連と地球のトップ達が集うが、細々とした雑務や連絡はネルガルが窓口になっていた。
多分、下手な事をして北斗に睨まれては適わないと思っているのだろう。
こっちも、余計な事を言って命を狙われたくないんだけどね〜
舞歌さんが止めても、止まらない事も多いらしいから。
・・・ま、こちらとしても色々と商売上の便宜を計って貰えるし、何より千沙君と定期的に会えるから願ったり適ったりだけど。
というか、連絡係が千沙君じゃなかったら会議に出ないね、僕は。
「それではそちらの報告を受けましょうか?」
「ああ、エリナ君頼むよ」
「・・・たまには働きなさいよ、この道楽会長」
ひ、酷い事を言うな〜
千沙君の視線が痛いじゃないか。
・・・その隣で飛厘君が楽しそうに笑ってるし。
「地球も今では大分木連に対する反感が和らいできたわ。
もっとも、火種はお互いにまだ残っているけどね。
それと、統合軍に連合軍が編入される時期が早くなりそうよ」
「・・・なら、木連の将校を迎え入れる案が通ったのですか?」
エリナ君の報告を聞いて、千沙君がそんな質問をする。
その問に関しては僕が答えを返した。
「結構、無理矢理に認めさせたんだ。
それでも、予定の6割程度しかポストは用意出来なかったよ。
御免だけどその事を舞歌さんに伝えておいてくれいなかな?
・・・まだまだ、お互いの軋轢は続きそうだ」
だが、何時までも離れ離れの状態では困る。
なるべく早くに一致団結をして、草壁の手が及ばないように組織作りをしたい。
そうすれば、無闇にクーデターを考える事も無いはずだ。
・・・世間が安定すれば、草壁のような男の登場は有り得ない。
勿論、前回のような過ちを犯さないように、将校の選考は厳重にするように呼び掛けるつもりだ。
今の連合軍とネルガルの地位は、テンカワ君が消え去ってから格段に上がっている。
彼が返って来るまでは、何としてもこの平和は守り抜いてみせる。
それが一番の功労者にしてやれる、僕なりの恩返しだ。
それぞれが自分の考えに沈みこんで数秒―――
「・・・あ、それとテンカワ アキトに関する情報は何も無いのかしら?
北斗殿と枝織様の相手をするのも、いい加減疲れているんだけど」
堅苦しい会議は終わり・・・とばかりに、砕けた口調でエリナ君にそんな質問をする飛厘君。
でも・・・それは禁句だよ、エリナ君には。
「有力な情報があったら、私がこの男のお守りをしているもんですか!!
さっさと現場に向かってるわよ!!」
「・・・もう、会長の威厳も何も無いね、そこまで言われると」
僕の頬がちょっと引き攣った。
「あら、じゃあこの際だから千沙と役柄を交替してみる?」
飛厘君のその提案を聞いた瞬間―――
上半身は固定したまま、僕の足が机の下でタップを踊る。
エリナ君・・・君は優秀な秘書だったが、この条件の前ではハリボテで出来た人形に等しいね。
そんな事を表情を変えずに考えている僕を、エリナ君は横目で見て・・・
溜息を吐き、肩を竦めながら悲しそうに飛厘君の提案を断った。
「残念だけど止めておくわ、みすみす飢えた獣の前に餌をやるようなものよ」
・・・言ってくれるね。
否定はしないけど。
「では、私達は帰らせてもらいます」
「あ、もし良かったらお昼でも一緒にしない?」
帰り支度を始める千沙君に、僕は何気ない風に装って誘いをかける。
勿論、芋ずる式にディナーにもGOだ。
僕の予定は一ヶ月前から空けてあるのさ♪
エリナ君が馬鹿にした目で僕を見ているが、勿論無視だ。
「別に午後から予定は入ってないんだし、付き合ってあげなさいよ千沙」
思わぬ援軍の言葉に、内心で喝采をあげる。
「で、でも私は―――」
しかし、まだ躊躇いをみせる千沙君・・・
「千沙、白鳥中佐が結婚してから、貴方は明らかに働きすぎよ。
これは医者としての、そして友人としての忠告よ・・・息抜きをしなさい」
その一言が決定打だった。
少しの間、考えた後・・・千沙君は僕の顔を正面から見て。
「・・・私で宜しければ、お付き合いします」
「こちらこそ、喜んで!!」
僕らしくない大声を聞き、久しぶりに千沙君の顔に笑顔が戻った。
やはり、美人には笑顔が一番似合う―――
悲しい時間も、苦しい時間も、何時か終わりは来る。
思い通りにいかないのが人生なら、せめて前向きに生きたい。
せめて今日は、最後まで君が笑顔でいれますように―――