< 時の流れに >
これは、ネルガルからの連絡を受けちょっとした用事の為に、ネルガルの研究施設に赴いた時の話。
今から約一ヶ月ほど前の事だった・・・
「君は私の娘だ!!」
突然、ちょっとした顔見知りにそんな事を言われたら、普通の人ならどういう反応を返すのだろうか?
少なくとも私は―――
「一度同僚のイネスにでも頭を診てもらえ」
そう言い捨てて、その場を去った。
その時はふざけた冗談だと思っていたから・・・
「本当の事よ」
廊下で捕まえたイネスに、先程の事を尋ねるとそう即答をされた。
何故イネスに尋ねたかと言うと・・・私を自分の『娘』だと呼んだのは、イネスの同僚であるタニ コウスケだったからだ。
今現在、私とイネスはイネスの研究室に居る。
「・・・確証でもあるのか?」
自分でも、意外なほど動揺をしながら私はイネスに詰め寄った。
そんな私を見て、イネスは白衣に包まれた腕からコミュニケを取り出し操作をする。
ピッ!!
空中に浮かんだ図には・・・二人の間柄に関する説明が、長々と書かれていた。
私には専門的な事は分からないが、最終的に下された結論
―――二人の間柄は、親子であると確認出来る
それだけは、読み取る事が出来た。
「・・・先日の健康診断、貴女も覚えてるわね?
あの時にタニさんが個人的に調べたい事があるから、って貴女の頭髪を持っていったのよ。
まさか、こういった結果が出るとは思わなかったわ」
「・・・それはこっちの台詞だ」
私が高杉大尉と一緒に連合軍に入ってから一年が経った。
当然、軍人として自己管理や健康診断などは義務付けられている。
私達は一応顔見知りであり、技術的にも高いランクにあるネルガルの病院で健康診断を受けたのだ。
・・・何故か、その時に限ってイネスが担当医だったが。
今、考えてみると作為的なものを感じるな。
あの時から私に目を付けていたということか?
いや、それ以前に今この場所に私を呼び出し、イネスと会話をしている辺り。
全てが計算づくという事か。
―――だが、まてよ?
今まで予想外の話に、我を見失っていたが・・・どう考えても、タニは30代前半だ。
それに比べて、私は今年で20歳。
・・・年齢が不釣合いだ。
「年齢について、気が付いたみたいね?」
「ああ、どう考えても私があの男の娘だというのは納得できん」
私の顔をうかがっていたイネスが、疑問を唱えるより先に訪ねてきた。
「・・・確証その一
私も経験者だけど次元跳躍、ボソンジャンプは時間すら超えるわ」
「・・・続けてくれ」
イネスは私が理解したかどうかを視線で問うので、小さく頷きながら私は先を促した。
「確証その二
貴女、実はA級ジャンパーでしょ?
ピンポイントのボソンジャンプは、A級ジャンパーじゃないとまず無理。
そして木連で唯一、貴女だけがピンポイントのジャンプを操れる。
これは一つの説なんだけど、ある期間火星にいた人だけがA級ジャンパーの素質を持つのよ」
イネスのその説明を聞き、私の肩が微かに震えた。
・・・その事は私自身不思議に思っていた。
何故、遺伝子手術を受けなくても私は跳躍に耐えられるのか、と。
まさか、自分の出生の秘密にそれが隠されていたとは。
「最後に。
タニさんの奥さん、実はお腹に子供を身ごもったまま行方不明になってたのよ。
丁度、ネルガルの研究所がテロリストに襲われた時に、ね。
残されていたのは彼女の血糊だけ。
そして、実験用のCCが幾つか消えていたらしいわ」
・・・私は孤児だった。
生まれて直ぐに母親は死に、施設へと預けられたのだ。
今更、火星人であるとか、実の父親が生きていたからどうだと言うのだ?
私は、木連優華部隊の御剣 万葉だ。
―――ただ、それだけだ。
「タニさん、貴女の事凄く気にしてたわよ。
・・・亡くなった奥さんに瓜二つだ、って」
「・・・知るか、私は木連の御剣 万葉だ」
イネスにそう言い残して、私はそのまま部屋を抜け出した。
・・・何故か無性に、自分の存在が希薄に思えた。
その後、私は宿舎にも帰らずブラブラと町をさ迷った。
何処ぞの馬鹿者がちょっかいを掛けて来たが、手加減無しで叩きのめしてやった。
気分がささくれ立ち、自分で自分が抑えられなかった。
・・・物心付いた時から、私は一人で生きて来た。
自分のルーツに興味を持った事もあったが、それも優華部隊に入隊する頃には無くなっていた。
何より、私なりに木連という世界に愛着を持っていたから。
しかし、自分は木連の人間ではなく・・・火星人だというのか?
それも母親と一緒に、事故により過去に跳ばされただと?
「笑い話だな、もう私には父親など必要無い・・・必要無いんだ」
今更、父親などいらない。
家族なんて・・・必要無い。
そのまま何となく、宿舎の近くの公園で時間を潰す。
あの宿舎には、地球人のパイロットと木連人のパイロットが同居をしている。
お互いの仲を密にする事が目的らしいが・・・実際には小競り合いが絶えない。
とてもじゃないが、落ち着いて考え事が出きる環境ではないのだ。
「・・・それ以前に、朝帰りをすればまた嫌味の嵐だろうな」
自嘲気味に笑いながら、私は公園のブランコに座る。
軋んだ音を立てながら、ブランコは前後に揺れ動いた。
「結局、私が帰る場所は一つしかないのにな。
何を意地を張っているんだか」
そうだ、私が帰る場所は木連・・・優華部隊にしか無い。
タニとの血縁問題は別にして、私は木連のパイロットだ。
例え生まれに問題があろうとも。
突然知らされた父より、私には大切なモノがある。
「おおお!! やっと見つけたぞ万葉!!」
「うわ!!」
人の悩みを吹き飛ばすような大声が、私の背後から掛けられ。
思わず私はブランコから滑り落ちていた・・・
近所迷惑にも程があるぞ・・・ガイ
「まったく、イネスさんに呼ばれた時は驚いたぞ。
いい年して家出なんてするなよな?」
「・・・どこでどう説明を聞けばそうなるのか、私が聞きたいくらいだな」
何故か一人で納得しているガイと一緒に歩きながら、私は溜息を吐いた。
この男と会話をすると、何故か自分が凄く些細な事を悩んでいるような気になる。
これも、この男の魅力の一つなのだろうか?
「宿舎の方は凄かったぞ?
俺なんて問答無用で襲い掛かってこられたからな」
・・・お前が無意識のうちに喧嘩を売ったんだろう?
認めたくは無いが、地球人にも木連人にも私に想いを寄せている人物が居るそうだ。
そして、私としては・・・まあ、相手にしていないのだが。
それでも、ガイが宿舎を訪れて彼等と面倒事を起こした事だけは予想できた。
ますます帰り辛いな、これは。
「はぁ、全くお前は何時も事態をややこしくするな。
タダでさえ帰り辛いのに、ますます身の置き場が無くなりそうだ」
「ああ、済まん。
万葉の荷物は玄関に置いとくそうだ」
・・・私の聞き間違いか?
ガイの返事を聞いて、思わず歩みを止める私だった。
そんな私を見て、少々頬を引き攣りながらガイが事情を説明をしてくれる。
「いや、その、まあ・・・なんだ。
ナオの奴も居たからな。
20人ほど病院送りにしちまって、さ。
それで、ナデシコ関係者は寮内に立ち入り禁止になっちゃってよ。
あはははははははは、いや〜まいった、まいった!!」
「笑い事か!!」
ゴスッ!!
ガイの顔面に私の拳が綺麗に入った。
「で、そのまま彼の実家に雪崩れ込んだ、と?」
呆れた顔で千沙が私に確認をする。
「う!! 一応、他の不動産を尋ねたんだぞ。
でもな、まだ木連の人間に好意的な人間は少ない。
・・・つくづく、その事を思い知らされたよ」
その時の不動産屋の対応を思い出し、私は苦々しげに呟く。
もっとも、私より先にガイの奴がキレていたが。
『ま、寮を追い出されたのは俺とナオの責任だからな。
俺の家に来いよ』
結構、期待をしたのだが・・・両親同居の実家だとは思わなかったな。
まあ、この男にその手の台詞を期待するほうが、間違いといえば間違いか。
それよりも、ガイの実家に着いてからの方が・・・凄かったが。
ヒカルも心配になったらしく、直ぐに視察に来たしな。
・・・誰だ、私がガイの実家に住み込むという情報を流したのは?
「お父さん・・・どうするの?」
「ん?
ああ、適当に距離を置いて付き合っていくつもりだ。
それなりに、ガイの実家で『家族』というモノにも触れたからな。
・・・以前ほど拒絶反応を起こしはしない」
そう、ガイの家族もまた・・・良い意味でも悪い意味でも、凄かった。
私が木連の人間だと知っても、対応は全然変わらなかったし。
―――むしろ、ガイが凄い目に会っていたが。
今の服装も、ガイの母親に連れられて買い物に行った時に買ったものだ。
『万葉ちゃんにはこのスカートが絶対に似合うわよ!!
・・・ほら、ピッタリ!!』
『う〜ん、ヒカルちゃんも良い子だったけど、万葉ちゃんも可愛いわね〜
うちは息子だけだから、娘と一緒に買い物に行くのは夢だったのよね〜♪』
『あの息子が相手じゃ大変だと思うけど・・・頑張ってね!!』
母親とは・・・こういうものなのかと、苦笑をしながら私は買い物に付き合っていた。
あのヒカルも両親との想い出は殆ど無いそうだ。
そして、ガイの母親はその事を知っていた。
・・・結構似てるんだな、私とヒカルは。
何時の間にか、私はガイの母親の前では素直に笑っていた。
「ふ〜ん、万葉も嫁入り一歩手前か〜」
ニヤニヤと面白そうに私の事を揶揄する千沙に・・・
私は余裕の笑みを浮かべながら反撃をする。
「そうでもないぞ、ヒカルも中々手強くてな。
それ以前にこの男は私が誘惑をしても、逃げ出してくれるからな〜」
ビクッ!!
隣に座っているガイの身体が震える。
やはり気絶から回復していたか、この男は・・・
「・・・そ、それって?」
三姫が頬に汗を浮かべて私に問い質してくる。
「風呂上りにタオル一枚で迫ってみたんだがな?
いや〜、逃げる逃げる、最後には二階の窓から飛び出して逃げていったぞ」
あの時の事を思い出して、私は小さく笑う。
隣のガイは小刻みに震えていた。
そんな私とガイを見て、三姫と千沙は唖然とした顔をしている。
「万葉・・・貴女、性格が変わったんじゃない?」
恐る恐る、私にそう尋ねてくる千沙に私は―――
「ま、私は今が幸せだって事
だから、心配をしなくても良いよ、二人共」
心の底からの笑顔で、そう返事をした。
今はこの穏やかな時間を楽しみたい。
つまらない事で悩むのは損だから。