< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、諦めた方がいいと思うよ〜」

 

 残りの昼休み中・・・・壁際の席で黄昏ているカズヒサ君に、私がそう話し掛ける。

 ルリルリは担任のミナト先生の所に、早退の報告に向かった。

 そう言えば、ルリルリとミナト先生って昔から知り合いだったらしいのよね。

 ミナト先生の義理の妹のユキナ先輩とも、凄く仲は良かったし。

 

 う〜ん、どんな繋がりがあるんだろう?

 ミナト先生が、あれだけ有名な人だけに・・・気になるな〜

 

「でもさ・・・もう2年も音信不通なんだろ、例の『彼氏』ってさ?」

 

 机の上に伏せたまま、私にそう聞いてくる。

 

「そうらしいわよ。

 2年経っても色褪せない、って事はそれだけベタ惚れなんじゃないのかな?」

 

 恐いくらい一途だからな〜、ルリルリってば。

 でも、そこまでルリルリに想われる『彼氏』って凄く興味深いわよね。

 

「・・・分からないな〜、側に居てくれない人より、身近な人のほうが良いと思うけど」

 

「ん〜、ちょっと人と感性が違うんじゃない?

 ほら、ルリルリって変な所で大人っぽいと言うか、成熟してるみたいに感じるし」

 

 そう、時々ルリルリの言動は私に衝撃を与える。

 ・・・今まで何度かその場面に遭遇をした。

 その中で一番記憶に残っている事は―――

 

 

 

『戦争特需が終って、また大手の会社が一つ倒産したんだって。

 失業者3万人、関連企業も大ダメージ

 ・・・うちのお父さんの会社は、大丈夫みたいで安心したけど』

 

 今朝方、ニュースで報道していた事を何気なしに私が口にした時。

 ルリルリは、恐いくらい真剣な顔で私に向かって呟いた。

 

『人の命でお金儲けをしてるんです、その程度のリスクは自覚しておくべきでしょう。

 ですが、私が許せないのは・・・終戦に導いた『漆黒の戦神』を彼等が冒涜する事です。

 自ら最前線に立った事の無い人が、焼け野原に取り残された経験の無い人が。

 何故、自分の経営ミスの自覚も無く、彼を責めるんでしょうね?

 ―――本当に、人類が最後の一人になるまで戦争を続けたかったのですかね』

 

 何故か私の胸に響く、重い言葉だった。

 

 

「う〜ん、これじゃあ夏休みにプールにも誘えないかも・・・

 いや、せめてこの最後の夏を有効に使わないと」

 

「それ以前に、ルリルリの居候先ってプール付きの豪邸だよ」

 

「・・・」

 

 私は黙り込んだしまったカズヒサ君に見切りをつけ、自分の席に戻った。

 それから直ぐに、ルリルリはミナト先生の許可を貰い教室に帰ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリルリは昼休みが終る間際に、荷物をまとめて教室を出て行った。

 私は軽く手を振ってルリルリを教室から送り出し。

 ルリルリも軽く私に頭を下げて、教室から出て行った・・・

 

「ん? ホシノは居ないのか?」

 

 次の国語の時間に、担当の先生が空いているルリルリの席を見てそう呟いた。

 名簿には午前中までルリルリが授業を受けていた事が明記されているはず。

 それに、サボリとかには無縁なルリルリだけに、余計に不思議に思ったんだろう。

 

「ホシノさんなら、つい5分前に早退しました」

 

 どうやらミナト先生との連絡ミスらしい。

 あのルリルリが無断で帰るとは思えないし。

 

「そうか、5分前か・・・

 じゃ、ホシノの足の遅さなら間に合うだろう。

 イトウ、この宿題のプリントをホシノに渡してくれ。

 明日からは週末だからな」

 

「了解しました〜♪」

 

 眠くなるのは必至の午後の授業

 その前半だけでも公にサボれる事に、私の返事は浮かれていた。

 

「・・・直ぐに帰ってこいよ」

 

「勿論ですよ、先生」

 

 猜疑心に満ち溢れた先生の言葉を、軽くいなしながら私はルリルリのプリントを片手に教室を出た。

 急ぐ必要は無いと思う、ルリルリの足なら校門を出てそれほど歩いていないだろうから。

 

 しかし、靴箱で私は意外な人物に呼び止められた。

 

「イトウさん!!」

 

「どしたの、カズヒサ君?」

 

「あの後、ホシノさんが何時もの通学路と逆方向に歩いているのを見た、って言うクラスメイトが居たんだ。

 で、僕がそれを知らせに派遣されたってわけ」

 

 靴箱に走ってきたカズヒサ君が、私にそう説明をしてくれた。

 ・・・実は、ルリルリに会いたかっただけじゃないだろうか?

 この男なら、先生を説き伏せて連絡役をもぎ取りそうだ。

 

 ま、現状はそんな事はどうでもいいや。

 少なくとも、ルリルリを追って無駄足になる事だけは防げたんだし。

 

「じゃあ、早くルリルリを追いかけましょうか。

 余り返って来るのが遅いと、先生に怒られそうだしね」

 

「ああ、そうだね」

 

 そして、私達はルリルリを追って何時もとは逆方向の道を走り出した。

 でも、この道の先って電車もバスも無いし、大きな公園があるだけなんだけどな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、両手を上げて」

 

 ・・・公園に確かにルリルリは居た。

 

「そのまま、その場でうつ伏せ・・・は可哀想だから、両膝を付いてね」

 

 誰かを待っているのか、時々腕時計みたいな物を見ながらブランコの支柱にもたれ掛かっていた。

 

「御免だけど、軽くボディチェックをさせて貰うね。

 言っとくけど、お兄さんには愛する婚約者もいる身だから、変な下心は無いからさ。

 そこらへん、理解して欲しいな〜」

 

 軽い口調でそんな事を言いながら、私の身体を素早くチェックする男性。

 確かにいやらしい感じではないけど、花の乙女としては許し難い行為だ。

 

 ・・・疑いが晴れたら、後で絶対に仕返しをしてやる。

 でも、何故私達は拳銃で狙われているのでしょうか?

 やはり、ルリルリを驚かせようと背後に回りこんだのが私達の敗因?

 

 ―――って、今はそんな事考えてる場合じゃな〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!

 

「くっ!!」

 

 両手を上げて膝立ちをしていたカズヒサ君が、私に男性の意識が集中している間に攻撃をしようとする!!

 しかし、立ち上がろうした瞬間―――

 

      ゾワリ・・・

 

 私の背中に震えが走った。

 そして、カズヒサ君は片膝立ちの状態のまま、固まってしまった。

 

「・・・元気が有るのは良い事だけどさ、時と場合を選ばないと痛い目にあうぞ?」

 

 口調は軽いままだが、そこには逆らえない何かがあった。

 根本的に次元の違う実力を肌で感じ取り、カズヒサ君は震えながらその場に尻餅をつく。

 そんなカズヒサ君を見ても私は笑えなかった。

 間接的に感じた殺気だけでも、私は気絶しそうになったんだから・・・

 直接その殺気を叩きつけられたカズヒサ君が、意識を失っていないだけでも尊敬できると思う。

 

 その後、大人しくなった私達のボディチェックを終らせた男性は、私の学生証に一通り目を通す。

 

「・・・うん、君がアユミちゃんか。

 情報通りの娘みたいだね、オマケの男の子は良く知らないけど。

 さてさて、困ったな。

 もう直ぐ迎えが来るし、下手に解放しようにも・・・」

 

 男性がそう呟いた瞬間―――

 

    ゴォォォォォォォォォォォォ・・・

 

「・・・着ちゃった、か」

 

 煌びやかに装飾の施された連絡船が、公園に降り立ってきた・・・

 

 

 

 

 本当、何が起こってるんだろう?

 ちょっと半泣きになりながら、私は心の中でそう叫んでいた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うと、ルリちゃんはお姫様だ。

 で、俺はそのガードで今はルリちゃんの誕生パーティ会場に向かってる」

 

「・・・単刀直入すぎて、頭がついてこないんですけど」

 

 ルリルリに先程紹介された男性・・・

 私とカズヒサ君を取り押さえていた、ヤガミ ナオさんが真面目な口調で説明を開始する。

 しかし、説明も何も・・・開始3秒で終ってるけど。

 

 私の隣ではカズヒサ君が不機嫌な顔でそんなヤガミさんを睨んでいるし。

 

「そんな事、急に言われても信じられるわけないでしょう。

 それに、クラスメイトが外国のお姫様って・・・何処ぞの小説じゃあるまいし。

 だいたい、貴方は本当にガードなんですか?

 サングラスは怪しいし、言動は軽薄だし―――」

 

      ゴン!!

 

「可愛くないガキだな〜」

 

 カズヒサ君のヤガミさんに対する第一印象は最悪みたいだ。

 今も殴られた頭を抱えて、涙を流しながらヤガミさんを睨んでいる。

 

 ・・・まあ、私も似たり寄ったりかもしれないけど。

 

「あの〜、私も直ぐに信じられないんですけぉ」

 

「そうだよな、信じられないよな」

 

 うんうん、と親身になって頷くヤガミさん。

 ・・・なんか、凄く嫌な予感がするなぁ

 

「ついでに言わせて貰うと、私達授業があるんですけど?」

 

 絶対、怒られるよね・・・私達・・・

 

「大丈夫、これから先一週間は君達は公休だから」

 

「「は?」」

 

 単語の意味を理解できずに、思わず尋ね返す私達。

 そんな私達を見て、ついに我慢できなくなったのか・・・ヤガミさんはお腹を抱えて大笑いを始める!!

 

「わははははは!!

 セガワ君、そこの窓から外を見てみな」

 

「窓って・・・」

 

 一番窓辺に近かったカズヒサ君が窓を覗き込み・・・固まる。

 その態度に不安を覚えた私が窓に駆け寄り、覗き込むと―――

 

 一面の大海原があった

 

「さて、二名様ピースランドへ追加御招待っと。

 ま、ルリちゃんの気紛れと、時間の都合と、取り調べする手間を俺が惜しんだのと・・・色々と理由はあるが。

 つまりなんだ、運が無かったな」

 

「「それで納得出来るか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達の魂の絶叫を響かせつつ、連絡船は何処かも知れない場所に私を運んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十話に続く

 

 

 

 

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