< 時の流れに >
姉さんの説教を受け、不貞腐れているラピスちゃんを連れて私はデパートに来ていた。
仕事の方は今日はお休みだし、丁度暇を持て余していたからね。
それに部屋篭もっていても、暑いだけだし。
大型デパートの一つ
その中にある喫茶店で、私とラピスちゃん、それにハーリー君が居た。
「そりゃあ、私だって反省はしてるよぉ・・・それにあの先生は隣の県に移っただけでしょ?
それなのに、バイト代まで削らなくったってぇ」
半泣きの表情で、ラピスちゃんはジャンボパフェを食べている。
可愛い白色のワンピースがとても似合っていた。
・・・まあ、性格は外見には表れていないわね。
「それはラピスのやり過ぎだよ。
あの国語の先生を、本気で火星に赴任させるつもりだったんだって?
しかも、ネルガルの名前を使って?
・・・エリナさんが怒るのも無理無いよ」
こちらはオレンジのシャーベットをスプーンで掬い取りながら、ハーリー君が呆れた声で注意をする。
ちなみに座席割は私の隣にハーリー君、机を挟んでラピスちゃんだった。
多分、ラピスちゃんの隣に座っていたら、ハーリー君はこんな生意気な意見は言わないだろうな〜
今もラピスちゃんに睨まれて、ハーリー君の視線は前を向く事は無くなった。
「実質、ネルガルの株主でも、今は艦長がその資金資産を凍結してるからね。
でもそんな年で大金を持っていても、使い道はないから別に問題はないでしょう?」
バイト代・・・ネルガルの実験の手伝い賃だけどね
夏休みに入ったばかりなのに、いきなりお小遣いのピンチとあって、ラピスちゃんは意気消沈気味みたい。
ハーリー君はそんなラピスから奢らされる未来を憂い、顔色を悪くしてるし・・・
でも、この子達の年齢を考えれば、そんな悩みを経験していて損をする事はないでしょう。
姉さんも、色々と言っているけどラピスちゃん達を可愛がっている事は確かだしね。
それに資産にプロテクトをしているのはルリちゃんだから、ラピスちゃんでも簡単に解除は出来ないわね。
「使い道はあるもん!!」
「そうですよ、小学生にも付き合いがってものがあるんですから」
口々に騒ぎ立てる二人・・・
ラピスちゃんは自業自得だけど、ハーリー君まで何をムキになってるのかな?
「今月は夏の特集誌が沢山出るんだからぁ!!」
「・・・ヒカルちゃんにでも見せて貰えば?」
ヤマダ君の実家か、自宅の仕事場のどちらかに居ると思うけど。
―――でも情操教育上、色々な意味でまずいかあの三人は。
ちょっと、姉さんと相談しておいたほうが良さそうね。
身近にあの三角関係を見るより、自宅で漫画を読んでいたほうが余程安全かつ健全だわ。
まあ、私達からすれば、あの三人の関係はドラマみたいで興味が尽きないけど。
「僕はまだルリさんの誕生プレゼントを買ってないんですよ!!
それなのに、ラピスの自棄食いや、無駄な漫画本の購入にお金を貸して!!
もう、僕の手元には―――うっうっうっ・・・」
・・・こらこら、男の子がそんな事で泣かないの!!
というか、断る根性くらい見せないさいよ、不死身の身体を持つお子様なんだから。
何故か不条理なモノを感じながら、私は涙ぐむハーリー君の手にハンカチを手渡した。
この子は別の意味で将来が不安だわ・・・本当に。
よくよく考えてみたら、この二人の精神年齢って16歳前後なのよね?
・・・精神的成長が見受けられないはどうしてかしら?
「もう、私も悪かったよ。
一緒にお金を出して、ルリの誕生プレゼントを買えば大丈夫でしょ?」
「・・・なんか、良いように利用されてるだけのような気もするけど。
まあ、妥協しておくよ」
・・・良いように利用されてるのよ、ハーリー君
私の今日の格好は白いシャツに黒のパンツ
ちょこまかと元気に動きまわる小学生二人を相手にするには、大人しい格好など出来るわけが無い。
普段は仕事の関係上殆どしない化粧だけど、外に出るのは確かなので目立たない程度にしている。
・・・まあ、別に余所行きの服を着て出歩くつもりは無いし。
いちいち、ナンパ男を断るのも疲れるからね。
でも、だからと言って―――
「おいおい、あの年でガキが二人かよ〜」
「美人だけど、外見と中身は違うって事か」
あの・・・聞えてますけど
すれ違った男性―――見るからに遊び人な二人にそんな事を言われる。
そんな目で見られてるの、私達?
「ラピスちゃん、ハーリー君・・・少し離れて歩こうか?」
「「え、どうして?」」
乙女心を察しなさいよ、アンタ達も・・・
そんな感じで私達は色々な店を回っていった。
ルリちゃんが故郷から帰ってきて、直ぐに学校の期末テストが始った為、日本での誕生パーティはまだ開かれていない。
今日の私達の目的はルリちゃん用のプレゼントを買う事だったのだ。
「う〜ん、コレといって面白いものは無いね」
パーティジョークの類のオモチャを物色しながら、落胆の声を漏らすラピスちゃん。
「・・・ウケを狙ってどうするんだよ、ラピスも。
心配しなくても、ウリバタケさんがきっと『自信作』を持ってくるからさ・・・ウケは取れるよ」
な、何気に凄い会話をしてるわね、この子達。
ショーウインドウを暇そうに覗き込むラピスちゃんと、その姿を横目に真剣に品定めをするハーリー君。
何時もの行動とは逆の事をしているけど、その姿を見る限りは普通の子供だった。
二人の身の上や、育ってきた環境を知る身としては、そんな二人の会話が凄く微笑ましく感じる。
それは元ナデシコクルー全員が感じている事だった。
そして、そんな姿を一番見たいと思っていた人は―――未だ帰ってこなかった。
「じゃ、ナデシコBはほぼ完成してるんですか?」
『過去』で自分が乗っていただけに、ハーリー君は凄くナデシコBを気にしている。
今日もルリちゃんの誕生日プレゼントを購入した後で、私にその話題を振ってきた。
「まあ、ね。
皆のお陰で、かなり予定より早くロールアウト出来そうよ。
でも試験艦的な意味合いの船だから、誰を艦長にしようか悩んでるみたいよ・・・極楽トンボさんは。
ルリちゃんはまだ中学を卒業していないしね」
でも社内アンケートで艦長を決めるのは、職務放棄に近いと思うけど。
姉さんの苦労が良く分かったわ、あのアンケートを受け取った時には・・・
ちなみに、現在の第一候補はアオイさんだったりする。
頼り無いとか、優柔不断だとか言われているけど、優秀な軍人である事は確かだから。
・・・惜しいのは『運』にとことん見放されている傾向がある事かな?
「・・・ユーチャリスは?」
どこか頼りなさ気な声で、俯きながら私に聞いて来るラピスちゃん。
彼女の『過去』の話を聞く限り、ユーチャリスへの思い入れは・・・誰よりも深いのだろう。
今の彼女には、情報を与えすぎて狙われる事を危惧した私達の判断により、詳しいナデシコシリーズの建造状況を教えていない。
その建造場所も、能力も全てが大掛かりな隠蔽工作の向うにある。
だけど、この子の思い出の場所とも言える船だけに、私も邪険な事は言えなかった。
「一応建造中・・・だけど戦闘能力は皆無だよ?
今更だけど、ラピスちゃんの手を汚す気は私達に無いわ。
それに、テンカワ君を探しに行くのに、過剰な武装は必要無いでしょ?」
屈みこみ、ラピスちゃんのとの視線を合わせながら、私はその頭を撫でた。
これ以上詳しい事は言えない、教えてはいけない。
だけど彼女が望み続ければ・・・
あの純白の船は、必ずその姿を目の前に現すだろう。
友人のダッシュと共に。
ラピスちゃんとハーリー君の強い希望により、私達は最上階にあるゲームコーナーに足を運んでいた。
私としても、ウリバタケさんと一緒に作ったゲームの事も気になったので、特に異存は無かった。
しかし、予想以上に―――例のゲームの場所は賑わっていた。
『おお〜〜〜〜っと!! 遂に本日の撃墜スコアを追い越しました「赤い獅子」さん!!
タッグを組まれている「銀の糸」さんも、僅差でスコアを伸ばしています!!』
興奮した口調で、ゲームコーナーの店員が実況中継をしている。
「・・・ねえ、何処かで聞いた事のある名前だね?」
「そ、そうね」
筐体の上にある大型ディスプレィには、鮮やかな動きで敵の攻撃を避け。
そのがら空きのボディに、渾身の一撃を叩き込む赤いエステバリスの姿が映っていた。
赤いエステバリスが撃墜の為に見せた一瞬の隙を突こうとした敵機を、背後に控えていた白銀のエステが狙撃する。
ドゴォォォォンン!!!
一撃でアサルトピットを破壊され、敵のエステバリスは沈んだ。
背後に居た白銀のエステに、軽く片手を挙げて感謝する赤いエステ
白銀のエステも心得たように、軽く片手を挙げて返事をしていた。
『本当に凄いです!! 遂にこのお二人だけで、20人からなる対戦者を全て撃墜されました!!
このゲームコーナー始って以来の快挙に、観客の皆様の声援も凄いモノがあります!!』
わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
余程凄い戦闘だったみたいらしく、観客の勢いにも怖いモノがあった。
・・・まあ、『彼女』達ならIFSではなくレバー式のゲーム筐体でも、素人相手に負けることはまず無いだろうしね。
「・・・ハーリー!! 乱入するよ!!」
「あ〜、やっぱり?」
そんな二人にライバル心を刺激されたのか、筐体に向かって突撃を開始するラピスちゃん。
しかし、人込みの多さに邪魔をされて、肝心の筐体に近づく事もままならないみたい・・・
「ちょっと!! どいてよ!! 通してよ〜〜〜〜〜〜〜!! うきゃ〜〜〜〜〜〜!!」
あ、筐体からアリサとリョーコが降りてくるみたいね。
人込みが一斉に今日のヒーロー(ヒロインかしら?)に向かう。
ラピスちゃんの体躯で、その流れに逆らう事が出来る筈もなく・・・
「・・・流されていきますね」
冷静に事実だけを述べるハーリー君
「ハーリー君、後でここで落ち合おうね♪」
ああいう人込みでは、ドサクサ紛れに痴漢をする人多いのよね〜
まあ、ラピスちゃんの身の安全自体は、何処かで監視をしているSS(シークレット・サービス)が居るから大丈夫だと思うけど。
・・・ゴートさん、一応信頼してるんだから、下手な失敗はしないでよ?
「・・・はい」
肩を落としながら、ハーリー君は人込みに飛び込んでいったのだった。
・・・やっぱり、ルリちゃんからラピスちゃんの事を頼まれているだけに、無視は出来ないのよね。
そんな二人の関係を思い、おもわず微笑みながら。
私はこちらに気が付いたアリサとリョーコに軽く手を振っていた。