< 時の流れに >
第十四話 『二人』
久しぶりに見る実家は、私の記憶の中の姿とあまり変わってはいなかった。
・・・もっとも、そうそう人が住んでいる家屋が変化してもらったら困るけど。
「ただいま〜」
カラカラカラ・・・
両親の趣味なのか・・・何故か我が家は平屋だった。
手入れが良くされている引き戸を開けながら、私は家の中に向かって帰宅の挨拶をした。
まあ、住居としてのスペース自体は広くとってあるので、奥に家族が居た場合・・・聞えているかどうか、怪しいけれど。
・・・子供の時には、二階の屋根で寝そべる事を夢見たのよね。
所詮儚い夢だと悟った時には、三姫の家に泊まりに行ってたけど。
でもあの娘の実家って山の上の神社だから、逆に高度がありすぎて恐かったのよね・・・・
と、昔を懐かしんでる間に、奥の方からパタパタとスリッパの音が聞えてきた。
どうやらお母さんが居てくれたみたいね。
白い割烹着を着たお母さんが、ニコニコと笑いながら私を迎えに玄関にまで来る。
私に良く似た顔を持つお母さんで、他の人が見れば直ぐに親子だと分かる。
光の加減によっては緑色に見える私の髪も、少しおっとりとした顔付きも・・・全てお母さん譲りだった。
「あら、お帰りなさい、千沙・・・久しぶりね〜」
笑顔のお母さんの目尻に、ちょっとしたシワを見つけてしまった。
・・・考えて見れば優華部隊に配属されから4年、殆ど実家には帰っていない。
定期的に連絡は入れていたけれど、きっと心配を掛けていたんだろうな。
九十九さんの事も、結局うやむやにしてきちんとした説明はしていなかった。
この二年で大分冷静に物事を判断出来るようになったし、仕事に逃げる事にも飽きた・・・
一度、自分の気持ちに区切りを付ける為にも、私は実家へと帰ってきた。
「うん、ただいま、お母さん」
微笑みながら、私はそう返事をした。
一年中、同じ温度を保っているコロニー
この中で生活をしている以上、『四季』というものは言葉として知っていても、実際に体験する事はまず無い。
生粋のコロニー育ちであるお父さんとお母さんにとって、私の地球での体験談は凄く興味深いものらしかった。
・・・でも、折角の料理が焦げるまで私の話に熱中しないで欲しいな〜
私達三人が久しぶりの親子の会話に熱中している間に、事態は深刻なレベルまで進んでいた。
ちなみに、変に広い間取りが祟ったのか・・・誰もお母さんの料理が危機を迎えていた事に気が付いていなかった。
「あ〜、見事に黒焦げだね・・・コレ
何を作る気だったのか知らないけど、気を付けてよ母さん―――って、帰ってたんだ、姉さん?」
そう、弟の千里(せんり)が呆れた声でフライパンを持ってくるまでは。
私達は少々ばつの悪い顔をした後、お互いに大笑いをした。
その日の夕食はご馳走ではなく、結局カレーになってしまったけどね・・・
「ふ〜ん、お城の舞踏会ね・・・良かったじゃん、姉さんの子供の頃の夢がかなってさ」
ガツガツガツ・・・
凄い勢いでスプーンを動かし、カレーを次々と口の中にかきこみながら、我が弟が楽しそうに話す。
しかし、私と瓜二つと言って良い顔で・・・この行儀の悪さは見ていて頭が少々痛い・・・
昔から行儀に関しては幾ら注意をしても、全然言う事を聞かない子だったけどね。
年齢は私と4つ離れているから、今年で18歳のはずよね?
でも無理矢理荒っぽい仕草をするのは、この私に似た顔立ちが原因だった。
黙って立っていれば、細身の美少年・・・ではなく、美少女にしか見えないその外見は・・・この弟にとって最大の悩み事である。
ついでに言えば、背も普通の男性より低く、160前半しかない。
―――そんなコンプレックスは、昔も今も変わっていないみたいね。
幾ら男っぽい仕草をしても・・・私を含め、友人達は『可愛い』としか思えない。
髪の毛も短めに切り揃えているが、逆にボーイッシュな少女に見えてしまうのは何故だろう?
まあ、本人はそれで満足をしているみたいだから、誰も注意をしていないけどね。
いっそ開き直れれば、少しは違う世界も見えるでしょにね〜
でも私も、弟の事は言えない、か・・・
スプーンを口にくわえたまま、私は動きを止めてしまう。
今までそれほど弟とは顔以外に接点が無いと思っていたけど・・・顔以外も結構似た者同士だったらしい。
「どうしたんだい、姉さん?」
「ん、別に・・・」
不思議そうな顔で尋ねてくる千里に、私は苦笑気味の笑顔で返事をするのだった。
やはり自分では振り切ったつもりでも、まだ少しは尾を引いているみたい。
・・・『女』比べで負けたんだもの、それは落ち込むなっていうほうが無理でしょう?
何故か一瞬、地球に居るあの軽そうなイメージそのものの男性を、思い浮かべてしまった・・・不覚
カタカタカタ・・・
「姉さん、実家に帰ってきてるってのに、ここでも仕事かよ?」
居間で持ち帰っていた書類の整理をしている私に、背後から千里の声が掛かる。
まあ、居間で仕事の整理なんかをしていれば、不思議に思うのは仕方が無いか。
でも、私の部屋が半ば物置になっていたのは誤算だったわ・・・
2年も実家に帰ってこなかった私が悪いと言われれば、反論も出来ないけどね。
「う〜ん、溜めると後で辛いからね。
舞歌様もせっかくの休みだから、って気を使ってくれたんだけど・・・性分かしら、ね?
それに人任せに出来ない資料とかがあるし。
・・・ところで、見た事が無い友達ね?」
そう、廊下から私に声を掛けてきた千里の隣には、見た事の無い一人の少年が居た。
背が低めの千里と違い、こちらは170後半の身長を誇っていた。
月臣さんと同じ様に黒髪を長く伸ばしており、無造作に背中の辺りで縛っている。
こげ茶色の瞳と、優しそうな顔立ちをしているが・・・口元は歪んでいる?
「ああ、コイツ?
俺の友人の一人で、同僚でもある三輪 一矢(みわ かずや)って言うんだ」
「どうも、宜しく」
弟の紹介が終った後に、礼儀正しく私に一礼する一矢君
私も釣られるようにお辞儀をするが・・・顔を上げた時、一矢君はとうとう我慢しきれずに笑い出した?
「くっくくくくく・・・わははははは!! 本当に顔立ちがそっくりだな千里!!
お前が髪を伸ばしたらこうなるのか?
どうだ今から伸ばしてみないか?
益々モテモテになれるぞ、きっと!!」
目に涙まで溜めて大笑いする一矢君に、千里が顔を赤くしながら怒鳴りつける。
「う、うるせ〜〜〜〜〜!!
人が気にしてる事を楽しそうに話すな!!」
一矢君、何処吹く風とばかりに無視。
もう綺麗さっぱりに無視・・・良い度胸をしてるわ、この子
「知ってますか、お姉さん?
こいつ、優人部隊の養成所でモテモテなんですよ〜
いや〜、俺も最初は本当に男なのか疑ったもの―――へぶし!!」
最後まで言い終える事なく、一矢君は千里の右ストレートを顔面にもらい、廊下を吹き飛んでいく。
それを追って千里も私の目の前から消えた・・・
二人を追って廊下を覗いて見ると。
「お、お前、親友にむかってコレは無いだろ、コレはよ〜〜〜〜!!」
頬を抑えながら抗議の声を上げる一矢君
「煩い!! 貴様など「親友」から「知り合いA」に格下げだ!!」
廊下に倒れたままの一矢君にそんな宣言をしつつ、足蹴りを連続で入れる弟。
・・・あの過激な性格は誰に似たんだろう?
「あ、ひでぇ〜、じゃあお姉様には俺から、前の合宿であった女装が似合う奴コンテストの―――どごす?」
何を私に伝えたかったのか疑問だけど・・・
一矢君の台詞は、顔の真中に突き刺さった弟君の膝によって途切れた。
・・・あれは痛い・・・廊下でのたうってるよ、一矢君
「こここここ、殺す!!
必ず殺すと書いて『必殺!!』
喰らえ、通行人A!!」
「言葉で言ってて、書くも何もないだろうが!!
・・・それより通行人Aって何だよ? 知り合いAだったんじゃないのか?」
更に一矢君のランクは下がったらしい。
「貴様など通行人Aで充分だ〜〜〜〜〜〜!!」
・・・そのまま二人は喧嘩をしながら家の外に飛び出てしまった。
「・・・え〜と」
先ほどの話を聞く限り、千里も優人部隊に入ったんだ?
・・・あの子には、争い事とは別の道を歩んで欲しかったな。
確かに就職口として考えれば、優人部隊はかなり良い。
木連の男性にとってあの純白の制服は、憧れの的でもある。
それに戦争が終了した現在では、そうそう危険な任務があるわけではない。
しかし、危険が皆無・・・と言うわけでは無い。
実際に優人部隊の派遣を要するほどの事件が、幾つも発生しているのが、木連の現状だった。
だが・・・危険だとしても、私には千里の選んだ道に文句は言えない。
私自身が、その危険な状況の最前線に身を置いているのだから。
それも、自ら進んで。
「で、千沙さんが地球人の男性と付き合ってるって本当ですかぁ?」
家族揃っての夕食に、一矢君も混じっていた。
彼は私が実家に居ない間にも、結構我が家に遊びに来ていたらしい。
お母さんとお父さんも、既に見知った顔だという態度だった。
そんな和気あいあいの食事中に発せられた一矢君の一言が、先ほどのソレだった。
全員が囲んでいるテーブルに沈黙が降りる・・・
「ど、何処でそんなデマを聞いたのかしら?」
顔は笑顔で・・・内心ではかなり複雑な気分で、一矢君に問い質す。
ちなみに、私の問い質す口調と表情に、一矢君は茶碗と箸を持ったまま部屋の後方に一目散に逃げ出していた。
・・・口に晩御飯のおかずである天麩羅のかき揚を咥えて逃げる辺り、将来大物になる素質を感じさせる。
家族全員が注目する中、モグモグと口を動かして天麩羅を飲み込み、私の質問に慌てたように返事をする。
「ゆ、優人部隊の発行している新聞です。
なんと舞歌様のインタヴュー付きですよ。
・・・ちなみに、発刊は昨日でしたが」
・・・私が実家に向かったその日に、印刷をしたわけね。
手に持っていた長年愛用している箸が、ミシミシと嫌な音を立てる。
「ああ、一矢は優人部隊の寮に住んでるもんな」
千里がそう説明をしてくれる。
「おうよ、昨日からその話題で持ちきりだぜ?
凄く人気が高かったもんな、優華部隊のお姉さん達は。
まあ、近頃は千里の奴にもファンクラブを作ろうとする動きが―――あぎばべ?!!」
「死ね!! 一度死んで来い!!!!!」
慣れているのか、千里と一矢君の喧嘩にも全然動じずに食事を続ける両親
・・・なかなか、見ていて面白いコンビね。
私もそんな二人の見ながら食事を続ける。
ふと、視線を感じて横を見ると・・・お母さんが心配そうに聞いてきた。
「千沙ちゃん・・・あまり焦らないで、ゆっくり考えてからお付き合いの相手を選ぶのよ」
「う〜ん、別に焦ってはいないけど・・・悪い人じゃないよ。
でもどう言ったらいいのかな、変わった人ではあるよね?」
・・・そう、悪い人ではない。
ただ、本人のスタンスなのか迷うけれど、どうしても会話の途中でおふざけが混じる。
何事にも真剣に向き合う私からすれば、相手の態度が許せないけれど。
それが最近になって、彼なりの相手に対する気遣いだと分かった。
そうなると逆に今度は、彼が・・・何故、私を気に掛けているのかが不思議で仕方が無かった。
こんな意固地で保守的で、嫉妬深い私なんかを―――
「まあ、焦るほどの年ではないしな・・・
一度家に連れて来ればいい」
「まあ、機会があれば、ね」
私の両親に会って下さい―――
もし、私がそう言った時・・・あの男性はどんな反応をするだろうか?
大企業の会長という立場を放り出し、一緒に来てくれるのだろうか?
それとも苦笑をして、私の言葉を冗談だと思うのか?
「・・・面白そうでは、あるんだけどね」
仲良く喧嘩を続けている弟と一矢君の声を聞きながら、私はそう呟いていた。
意外にも、彼を両親に紹介する事に抵抗を感じていない自分自身に、少なからず驚きながら・・・