< 時の流れに >
第十九話 『激動』
目の前にあるモニターの表示が、規則正しい波形を描いている事を確認して、私は深く溜息を吐いた。
ベットで眠る男性が危険な状態に陥るのは、既に5回目だ。
幾ら鍛え込まれた軍人とはいえ、急所に不意の一撃を受ければただでは済まない・・・
私は自分の持てる知識と技術の全て振り絞って、患者―――月臣殿を看護していた。
そして、その月臣殿のベットの隣に座り込む女性の事も、私にとって気掛かりな問題の一つだった。
「・・・京子、貴女も少し休みなさい。
まだ本調子じゃないでしょ?」
「・・・」
無言のまま首を左右にふる京子を、私は難しい顔で見ていた。
色白の肌は、今までにないほどに血の気を失い・・・顔色は焦慮により、痩せこけていた。
それもそのはず、急所は外しているとはいえ、京子の脇腹にも深い刺し傷が出来ているのだから。
もっとも、その傷が全ての原因というわけでもないけど。
私は何を言っても動こうとしない京子を見て、もう一度溜息を吐いた。
だが、私にはやっと再会できた月臣殿の側を離れようとしない京子の気持ちも、痛いほど理解していた。
今回の草壁閣下のクーデターは、言ってみれば『予想通り』のモノだった。
舞歌様は既にその事を念頭に置き、私達や月臣殿に鎮圧の準備を命じていた。
そしてその包囲網のプランは、既に完璧なまでに仕上がっていたのだ。
後は有事の際に、月臣殿が優人部隊の先頭に立って命令をすれば、被害は最小限で済むはずだった。
・・・しかし、クーデターが始まる寸前に、リーダーとなる月臣殿は致命的な傷を負った。
―――それも、妻である京子の手によって。
北斗殿は零夜と共に、コロニー『ホスセリ』に向かい不在。
千沙はそれ以前に、謎の敵により拉致されていた。
そして、『もうひとつの歴史』を知るが故に、私達は油断をしていたのかもしれない。
舞歌様が考えていた策は、月臣殿の負傷により出遅れる事になった。
その結果・・・見事なまでに草壁閣下のクーデターは成功した。
「・・・・私が、スパイだったのですか」
月臣殿に致命傷を与え、自害をしようとした京子を救ったのは・・・月臣殿だった。
救急病院に担ぎ込まれた二人は、血塗れの姿でナイフをお互いに握り締めていたそうだ。
とくに、ナイフの刃を掴んでいた月臣殿は、掌にも深い傷を負っていた。
正気に戻った京子には、私が事情説明を行った。
舞歌様は軟禁状態であり、他に京子にこの真実を話せる人物は・・・私しか居なかった。
一番京子と仲が良かった三姫がここに居ない事を、この時ほど悔やんだ事は無い。
「そうね、暗示を施されていたのよ。
あの山崎の父親によって、幼少の頃から貴女には深層意識に暗示を施されていた・・・
万葉、百華、京子、貴女達3人が入っていた孤児院の先生の一人が、その父親だったなんてね。
今更だけど、三人の住んでいた孤児院が実は優人・優華部隊の為の、実験施設だと分かったわ。
そして、百華の本当の任務は、京子から疑いの目を逸らす為の『囮』
万葉はその生体跳躍の精密さを調べる為に、変に精神はいじられなかったけど・・・」
「私は・・・百華と同じで、無意識のうちに操られていたんですね。
それも、舞歌様を裏切って―――元一朗さんを、傷付けるようなスパイ行為を」
自分に自覚のないまま、愛しい人を殺しかけた京子は泣いていた。
シーツに顔を押し付けて、低い声で嗚咽を漏らす京子を、私はただ見守る事しか出来なかった。
この事実を話さずに終われたら、どれだけ良かっただろうか・・・
しかし、彼女の深層意識に潜むもう一つの人格に対抗する為には、京子自身がその存在を知らなければならなかった。
だからこそ、私も心を鬼にして京子に全ての真実を話したのだ。
「そうよ、今回のクーデターに対するこちらの対応策も、全て知られていたわ。
それどころか、彼等の決起する時期が早まったのは、私達が持つ『もうひとつの歴史』の情報を得た可能性が高いわ。
あの情報は、月臣殿にも舞歌様が口頭で教えただけだけど、多分貴女もその内容は知ってるでしょう?
全ては・・・後手後手にまわってる」
「・・・」
京子からは、とうとう何も言葉が返ってこなくなってしまった。
自分が知らない所で、とてつもない事を仕出かしてしまったと思っているのだろう。
ただ、もし京子から情報が漏れたとして・・・草壁閣下達がそれを鵜呑みにするはずがない。
他にも何か、有力な情報源を持っていたと考えられる。
しかし、今更それを考えたところで、全ては後の祭りだった。
「貴女がもう一人の『自分』と戦うなら、私も手助けをするわよ。
少なくとも、このままだと月臣殿とは面会の許可も出せないわ」
「・・・・・・・・・・・・私は元一朗さんに、会いたいです」
月臣殿に会えないという言葉が効いたのか、京子からやっと反応が返ってくる。
先程の治療の話は、『ホスセリ』から帰還してきた山崎に、私が直接聞き出した情報だった。
京子達の事情も、自分達が何故これほど早く決起をしたのかも、そして・・・百華と同じく、京子にも既に利用価値は無いと言い放った。
『助けたければどうぞ、もう必要ないモノですし』
―――人間として、この男が許せなかった。
親子共々、他人の人生を弄ぶ彼等を許せなかった。
だからこそ、私は自分の意地にかけて、京子と月臣殿を救おうと誓ったのだ。
「月臣殿に会いたいなら、それなりの覚悟をするのね。
・・・貴女が諦めない限り、私も諦めないわ」
私の言葉に頷く京子の目には、確実に生き抜こうとする決意に溢れていた。
そして私は、この夫婦を必ず助けると改めて自分に誓った。
「お久しぶりです、舞歌様」
「本当、久しぶりね、飛厘」
面会室で透明な仕切り板越しに再会した私達は、お互いに苦笑をしていた。
舞歌様は室内着のままで、官僚専用の宿舎に軟禁されている。
この面会室も、捕まえた重要人物と家族が面会できるように、急遽作られたものだった。
せめて無事な姿を見せる事が、情けだとでも思っているのだろうか?
しかし、私も結局は軟禁に近い状態だった。
外出といっても、京子と月臣殿の容態を見るために、この宿舎と直ぐ隣にある病院を往復するだけ。
移動中も護衛という名目の監視役がついてくる。
でも舞歌様の人質としての価値は計り知れない、それだけに手荒な扱いはまずされないだろう。
・・・少なくとも、地球側からの交渉がくるまでは。
「少し痩せました?」
「誰に聞いてるの?
ダイエットをするほど太ってはいなわいよ」
そう言ってお互いに声を殺して笑う。
現在・・・笑えるような状況でない事は確かだけど、少なくともお互いに諦めるつもりなど微塵もない。
私達の背後で監視をしている草壁閣下の兵士達は、そんな私達を不思議そうに見ていた。
確かに明るい話題はないけれど・・・暗い顔をして話をしても、気が滅入るだけだから。
・・・笑いまで忘れるようでは、本当に余裕など無いということ。
「とにかく、京子の状態は良好です。
北斗殿と違って、裏の人格に力はほとんどありませんでした。
本人が自覚さえすれば、本来の人格の方が圧倒的に強いですから」
北斗殿の治療の為に磨いてきた技術が、こんな形で実を結ぶなんて。
皮肉・・・としか言いようがないわ。
「草壁殿からすれば、情報を流してくれるだけで十分だったみたいだしね。
そうなると枝織ちゃんのように、自分で考えて動く必要はないわけだし。
でも、京子が受けた心の傷の代償は・・・必ず払ってもらうわ」
鋭い視線を天井に向ける舞歌様。
私も何となく感じていたが、そこに監視カメラがあるのだろう。
「後、元一朗君の容態は?」
「峠は越しました。
流石ですね、あれだけ鍛えられた身体でなければ危なかったです」
私の返事を聞き、大きく溜息を吐く舞歌様。
しかし、この溜息は安堵の溜息だった。
暫く俯いた後、何時もの笑顔で舞歌様は私に話し掛けてくる。
「じゃあ、そのまま治療を続けて頂戴。
統合軍という木連と地球の混成軍がある以上、直ぐに戦争になるとは思えないわ。
もっとも、草壁殿の賛同者は後を絶たないと思うけどね。
木連の将校を統合軍に入れるように、頑張ってきたのが裏目に出るなんてね。
それと・・・この先、草壁殿がどう動くかは、私にも予想出来ない部分の方が多い。
今は怪我の治療に専念するように、二人に伝えておいて」
「はい、分かりました」
本心ではきっと動きたくて仕方が無いでしょうに。
誰のミスとは断言できないけど、先手は確実に取られてしまった。
ここからどうやって挽回するのか、私には予想もつかない・・・だからこそ、舞歌様についついそれを期待してしまう。
「そう言えば、海神殿はどうしてるの?」
「・・・残念ながら私も何も知りません。
ただ、地球から来た技術者や企業の人間は、ある一角に集められてるそうです」
「へぇ〜、そうなんだ」
地球から派遣されてきた海神殿の行方を、私は本当に知らない。
だけど、あの逞しい好々爺がそう簡単に捕まらないだろうと、何故か予想をしていた。
そしてそれは南雲殿の部下が、私に海神殿の行方を問い質した事で証明されている。
「こんな所かしらね、私に話したい事って?」
「そうですね」
それを聞いて会話が終ったと判断した兵士達が、視線で私に部屋から出て行けという。
下手に抵抗をしても意味は無いので、最後に舞歌様に軽く会釈をして席を外す。
他にも伝えたい事は多々あったが、こんな監視された状態では話せない。
「それでは、失礼します」
「ええ、また来てね」
これだけの会話をする為に、私は草壁閣下に申請してから2日待たされた。
草壁閣下が恐れているのは、舞歌様なのか北斗殿なのか・・・それは分からない。
両方を警戒していると考えるのが、一番正しいかもしれない。
北斗殿ならば、その実力で舞歌様を救い出せる。
そして、木連における舞歌様の人気はまだ十分に高い。
まだ、逆転の要素は残っているはずだ。
「・・・しかし、私の旦那様は、少しは私の事を心配してくれてるかしら?」
慌てた表情の源八郎さんを想像して、私は一人でくすくすと笑っていた。