< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 正式名称 『ネルガル社員食堂』

 仲間内の名称 『日々平穏』

 その『日々平穏』にて、今宵盛大なパーティが開かれていた。

 一ヶ月という期間を経て完成したナデシコCは、明後日に木連へと飛び立つ。

 今日はその戦場に赴く仲間を励ます為に、ネルガル会長とその前秘書が用意したものだった。

 

 ま、この二人が言わなくても、クルーの誰かが言い出していただろうがな。

 

「今日は随分と控えめなんですね?」

 

 少し喧騒から離れた位置に居ると、特徴的な銀色の瞳の女性、フィリスが微笑みながらそう尋ねてきた。

 例のホテル事件での説得が大変だったが・・・

 元々素直な性格の女性なので、落ち着いたところで説明をすればわかってくれた。

 

 ちなみに、何を気に入ったのか知らないが、イズミ君は今も俺の警護をしてくれている。

 俺としては、エステバリスに乗って戦えと言える立場でもないので、そのまま黙っていたのだが。

 ・・・ま、優秀な事は優秀だしな。

 

「ん?

 まあ今日は流石に、な。

 帰ってきたら、浴びるように飲んで眠るさ」

 

「ふふ、その時はご一緒しますね」

 

 ちょっと緊張気味の声が、これが彼女なりの精一杯の誘いだと語っていた。

 

「ああ、楽しみにしてるよ」

 

 俺との約束を取り付けて、上機嫌でフィリスはイネス女史の所に向かった。

 その輪の中心に居る話題の女性二人・・・ヒカル君と万葉君に、挨拶をしに行ったのだろう。

 ちなみにヤマダは活かさず殺さずで、先ほどから断続的に襲撃を受けている。

 今更同情するのも面倒なので、他の皆も見て見ぬ振りだ。

 

 ・・・明日後の出発時に支障が無ければ、万事OKだ。

 

「隊長、お一人ですか?

 もしかして、フィリスさんまだ怒ってるとか?」

 

「余計なお世話だ。

 お前こそ、今日はミリアさんの所に行かないのか?」

 

 俺がそう尋ねると、ナオの奴は肩を竦めて首を左右に振った。

 流石に今日、明日と帰るつもりはないみたいだな。

 

「で、百華ちゃんの容態はどうだ?」

 

「順調ですよ。

 ミリアにも、随分と気を許しています」

 

 その事を告げた後、見回りがあるからと言ってナオは立ち去った。

 俺が思うに気絶したヤマダの代わりに、ターゲットにされては堪らないと思ったのだろう。

 こういう所は、アキトやヤマダと違って抜け目の無い奴だ。

 

 よくよく見回してみれば、イツキ君とカインの奴も良い雰囲気を作ってる。

 ジュンの奴はユキナ君に振り回されながらも、何かと面倒を見ているようだ。

 ・・・何時もは怒鳴りだす九十九が、やつれた顔で妻と一緒にテーブルに座っているのが不気味だ。

 

「オオサキ君、これまでご苦労。

 そして、ナデシコCの事を頼んだよ」

 

「ミスマル提督こそ、お疲れ様でした。

 統合軍と連合軍の連携が上手くいったのも、提督の口添えがあったからこそです」

 

 娘との会話に一段落が着いたのか、今度はミスマル提督が俺の元を訪れた。

 会話の通り、『火星の後継者』との小競り合いは痛み分けに終わっている。

 これが統合軍だけか、連合軍だけで戦っていれば戦局は大きく動いていただろう。

 そして、北斗達が実戦訓練を兼ねて出撃をした事が、大きな戦果にもなった。

 

 ・・・北斗の場合は、逆にやり過ぎないように、始終手綱を操らなければならなかったが。

 

 この一ヶ月で、北斗の関係者達は紫苑 零夜の偉大さを、つくづく思い知ったものだ。

 肝心のその零夜君が、未だ目覚めないのが残念だ。

 

「しかし、自分がナデシコCに乗ってよろしいのでしょうか?

 統合軍に籍を置く自分より、連合軍の提督を乗せた方が宜しいのでは?」

 

 下手をすれば、このクーデターの失態を誤魔化すために・・・鎮圧後の手柄を全て統合軍に奪われかねない。

 俺が危惧をしているのはその点であり、勿論その程度の事はミスマル提督も気付いているはずだ。

 

「どう考えても、君以外に適任が思いつかなくてね。

 なに、ネルガルと明日香・インダストリーがバックについてる以上、そうそう馬鹿な事は言わないだろう。

 それに場合によっては、こちらも黙ったままで済ますつもりはない」

 

 キッパリとそう言い切るミスマル提督は、実に頼もしく見えた。

 実際、グラシス中将も影で動いておられるのだし、そうそう遅れは取らないか。

 それに今は、目の前の敵をどうにかしないとな。

 

「君にも待っている女性が居るんだし、無事に帰ってくるようにな」

 

「はい、わかりました」

 

 ミスマル提督は、自分をちらちらと見ているフィリスに気が付き、笑いながら去っていった。

 両手に酒の入ったグラスを持って、フィリスが嬉しそうに歩いてきたのは、それから直だった。

 

 会場が急に騒がしくなったので目を向けると、そこではメグミ君とホウメイガールズのコンサートが始まっていた。

 まだまだこの宴は続きそうだ。

 

 

 


 

 

 

「あ〜楽しかった♪」

 

「久しぶりですね、メグミさんと歌ったのは」

 

 コンサートも無事に終わり、私達は火照った身体を冷やすために外に出ていた。

 意外にも誘ってきたのは、ホウメイガールズのサユリちゃんだけだ。

 何時も三、四人で動いている彼女達にしては珍しいなと思った。

 

 今も騒がしい会場の方を向けば、薄闇でも目立つ赤毛の女性と、サングラスをした男性が見える。

 どうやら、室内の警備はゴートさんに任せて、私達を見守ってくれているみたい。

 見上げる綺麗な夜空に、私達の吐く白い息が浮かぶ。

 

「で、何か相談事でもあるの?」

 

 一人で誘った以上、何か相談事だろうか?

 ミナトさんやホウメイさんじゃなく、私を頼ってくれるなんて珍しいな。

 私が話を向けると、サユリちゃんはちょっと困った顔をした後、話し出した。

 

「・・・ジュンコ達、もう待てそうにないらしいです」

 

「・・・そっか」

 

 座り込んでいたベンチから、急に一月の寒さを感じた。

 待つ事の辛さは、私もわかっている。

 忘れる事や、吹っ切れる事が出来れば、その方が良いのかもしれない。

 

 ・・・あの峻烈な生き方に触れたゆえに、私はアキトさんの事を忘れる事が出来ないのだけど。

 

「やっぱり切っ掛けとか、あるのかな?」

 

「実は一ヶ月前に、ヒカルさんと万葉さんにお祝いを言いに行ったのが、切っ掛けなんですよ。

 二人の幸せそうな顔を見て、寂しくなったらしいです。

 私もその気持ちが分かるけど・・・やっぱり待っていたいから」

 

 ショートカットの黒髪を揺らしながら、私と同じように夜空を仰ぐ。

 

 私もその気持ちはわかる。

 遠くの人より、近しい人の温もりを求める事を。

 ましてや姿も見えず、声も聞こえない想い人なんて・・・

 

「早く帰ってきて欲しいね」

 

「そうですね」

 

 

 

 ―――それでも、私達は待ち続ける。

 

 

 


 

 

 

「ただいま〜」

 

「お帰りなさい、三郎太さん」

 

 結局、宴会は午前一時まで続いた。

 俺は源八郎殿と九十九殿に捕まり、最後まで付き合わされていたのだ。

 これしきの酒で不覚はとらないが、三姫が心配すると思って早めに切り上げてきた。

 

 ・・・源八郎殿が、妻である飛厘殿の事で心を痛めてられる事も知っている。

 だが、そちらは長年の友人である、九十九殿にお任せしよう。

 元一朗殿の事で、お互いに話す事もあるだろうしな。

 

「三玖は・・・もう寝てるよな?」

 

「今、何時だと思っとっと?

 もうとっくの昔に寝てますよ」

 

 俺の質問に苦笑で答える三姫だった。

 三姫と三玖も、他のクルーの家族と同じように、今はネルガルの庇護下にいる。

 俺としてもその方が、後方の事を気にしなくてすむ。

 愛娘の寝顔を見た後、俺は三姫が布団をひいている姿を目で追っていた。

 

 三年前、俺は優華部隊の隊長役を一時期だけ勤めていた。

 当時はこんな未来が待ち構えているなど、予想も出来なかったな。

 

「そう言えば、ヒカル君や万葉君が良く来るんだって?」

 

「私だけだからね、出産経験者は。

 色々とアドバイスする事もあるのよ」

 

 ふ〜ん、なるほどねぇ

 しかし、ヤマダの子供か・・・男の子の場合、色々な意味で凄い子供になりそうだ。

 

「昼間はよく食堂とかに暇な人が集まって、騒いでる。

 非常時なのは分かってるけど、暗くなるより余程良いでしょ」

 

「まぁ、そうだよな」

 

 関係者の家族すら、今の事態を軽くみていない。

 確実に火星の後継者の勢力は伸びているし、寝返る軍人も減る様子が無い。

 このクーデターが終わっても、全てが以前と同じ状態に戻る事は無いだろう。

 

 まず確実に・・・草壁と南雲は処刑される。

 

 俺は彼等の罪が許しがたいものだと知っている。

 だが、一時期心の底からその理想を信じ・・・命を賭けた。

 逆行をする前では、世を拗ねて艦長に拾われた。

 今回は暖かい家庭を得て、自分に正直なまま生きている。

 俺は自分が幸せだと、言い切れるだろう。

 

 そして時々思う事がある、もし自分が歴史の変革を恐れず草壁に接していれば、と。

 

「歴史は変えられる・・・細々とした部分に関しては。

 だが、大きな流れを変える事は不可能かもしれない」

 

「・・・確かにそうかもしれない。

 だけど、今の貴方には私と三玖が居る事を忘れないでね」

 

 背中から抱きついてきた三姫の暖かさを感じつつ、俺は心に誓った。

 

 

 

 ―――必ず無事に帰ってくる、と。

 

 

 


 

 

 

「やれやれ、まるで戦場跡ですな」

 

 散らかし放題の食堂を見て、私は溜息を吐きます。

 まあ、待つ者、戦いに行く者の気持ちを考えれば、一時の狂騒に溺れる気持ちも分かりますが。

 ヤガミさんが今夜の夜勤当番なので、警備に不備は無いでしょうし。

 

 ・・・暇を持て余した枝織さんが、ヤガミさんで遊んでいた事が気掛かりですが。

 

「片付けは明日にでもするさ。

 それより、とっておきを残してたんだ、一杯付き合わないかい?」

 

 厨房に一人だけ残っていたホウメイさんが、笑いながら一升瓶とコップを二つ持って出てこられました。

 私としては特に断る理由も無かったので、そのお誘いに乗る事にしました。

 ・・・一応、私も本日は休暇扱いですので。

 

「また戦いに行くんだね、ルリルリ達が・・・」

 

「大の大人が揃いも揃って面目無いです、はい」

 

 ちびちびと口当たりのよい酒を飲みながら、ホウメイさんが残念そうに呟き。

 私はそれを聞いて、再び頭が下がる思いです。

 テンカワさんの望んでいた普通の暮らしとは、余りにかけ離れた世界に子供達を連れて行く。

 ましてや、今度は自分の娘ともいえる存在を知りながら・・・私はその出陣を止められませんでした。

 

「ルリルリ達は当然のように受け入れていたけど、やっぱり異常さね。

 相手の方にも、ラピ坊と同じ境遇の子供が居るんだろ?

 ヤマダが好きな『正義』なんて言葉は、本当に幻想なのかねぇ」

 

 飲み干したコップに、自分で一升瓶から新しく酒を注ぎ足すホウメイさん。

 私達が半ば意図的に忘れようとしている悪業を、この人は常に正面から見詰めている。

 その変らない、揺ぎ無い態度が、この人を今でもナデシコクルーが慕っている理由の一つだった。

 

「プロスさんも乗るんだろ?」

 

 何に乗るのか、と尋ねる必要も無い問いかけです。

 

「ええ、ナデシコCには私とヤガミさんも乗られます。

 戦闘はオオサキ提督に任せますが、やはり通常の生活をまとめる者が居ないと。

 ・・・油断すると、暴走するのがあのクルーの特徴ですから。

 ネルガルの守りはゴートさんに任せます」

 

 肩をすくめて答える私に、ホウメイさんが笑う。

 どう考えても短い航海なので、今回はこの人を誘ってはいません。

 誘っても・・・乗ってくれるのかは、微妙ですが。

 

「・・・良いお酒ですね」

 

 改めて味わうと、実に美味しいお酒です。

 

「・・・テンカワの置き土産さね。

 ナデシコが木連との和平交渉に当たる前に、何処からか買ってきて、私にくれたものさ」

 

 あの頃も一箇所に落ち着かない奴だったね、とホウメイさんが思い出し笑いをします。

 

「確かに・・・落ち着かない人でしたね」

 

「そうさ、前ばかり見てて、残される人の事を全然考えちゃいない」

 

 その後はお互いに会話も少なくなり。

 黙々と、戦神の残した酒を飲み続けるだけでした。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして二日後

 

 

 

 

「ナデシコC、発進!!」

 

 

 

 

 ついに最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話 『開始点』 に続く

 

 

後書き

あ〜、今回は更新早いです〜

それもこれも、次が第二部の最終話ですからです〜

目標、年内完結(無理な時は一月中(笑))

 

 

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