<過ち>





第一章.朝・・・



 朝、目が覚めると泣いていた。

 悲しい夢でも見たのだろうか?

 でも夢の事は何も覚えていない。

 ・・・いや思い出せ無い。

 それは思い出す事が辛い、か、ら?

 朝の光の中。
 
 あたしは隣で眠るアメリアを起こさぬよう、布団から抜け出す。

 ・・・あれは、夢?









「やってられないわよ!!
 どうして、このあたしがルークより成績が悪いのよ!!」

 あたしは腹いせに、そこに生えていた立派な大木を殴る。
 ガシィィィィィィィンンン!!
  メキメキメキ・・・
 ズズゥゥゥゥゥゥゥンンン・・・

 

 あたしの一撃に耐えられず倒れ伏す大木。
 でも、こんな力技に頼っていては・・・
 何時までたっても姉ちゃんどころか。
 ルークやミリーナに差を付けられるだけだ。

「でも・・・あたしの魔術はもう限界なのよね。」

 正直言って、あたしの実力は伸び悩んでいた。
 元々は普通の人間を対象にした魔術。
 その魔術では、今のあたしには最早役不足だった。

 ルークやミリーナはその属性を利用した術に長けている。
 姉ちゃんは・・・別次元の実力を誇る。
 同じ人間から天上界に解脱した身なのに?
 どうして、あたしには特別な力が備わってないのだろう?

「あ〜あ、あたしって結局何しに天上界に来たんだろ?
 だいたい、姉ちゃんの解脱に巻き込まれただけなんだし・・・」

 でも、悔しい・・・
 あたしの存在はこの天上界では軽い。
 あたしの名前の上には、姉ちゃん・・・釈迦如来の妹とつく。
 誰もあたしを見てはくれない。
 皆が皆、姉ちゃんのオマケとしか・・・あたしを判断していない。

「・・・何か、疲れちゃったな。」

 そう呟くあたしに・・・
 今日は不思議な出会いがあった。






第二章.出会い



 その人は豪奢な衣装を着た、位の高そうな人だった。
 実際、その身に纏う気は高位の神仏に匹敵していた。
 あたしはその気に打たれて・・・身動きが出来なかった。

「えっ!! この木ですか?
 はい、あたしが倒しました・・・」

 その人は言葉で喋らず・・・
 あたしの脳裏に直接言葉を送って来た。

 この人程の神力の持ち主ならば、軽々しく喋らない。
 その言葉にすら力が宿っているからだ。

「・・・そうなのですか。
 済みません、処罰は受けます。」

 この木に住む小鳥がいたらしい。
 実際、あたしの隣を通り。
 その人が歩み寄った場所には3匹の雛がいた。
 しかし、今にもその小さな命は消えそうだった。

 あたしの八つ当りのせいで・・・

 だが、この人が手をかざすとみるみる雛達は元気になる。
 そして倒れていた大木すらも・・・
 その手でひとなですると元通りの姿になった!!

 桁違いの神力・・・

 この人の力は、姉ちゃんに匹敵するかもしれない!!
 あたしは戦慄した。
 一体どんなお仕置きをされるのだろうか?
 でも・・・出来れば姉ちゃんに見付かる事なく終って欲しい。
 二度もお仕置きをされるのは御免だ。

「え!! 一緒にお茶・・・ですか?」

 あたしの緊張をほぐす様に・・・
 優しく微笑みながら、その人はあたしをお茶に誘ってくれた。

「ええっと・・・喜んで御一緒させてもらいます!!」

 それが、あの人とあたしの出会いだった。
 





第三章.成長



 それからのあたしは凄かった。
 自分でも驚く程の伸びをみせた。
 一時は絶望的なほどの実力差を付けられた、ルークにも追い付いた。
 あたしの能力・・・
 術の増幅を教えてくれたのは、あの人だった。
 



 小さな風通しの良い部屋。
 その部屋で椅子に座り、二人でお茶を飲みながら・・・
 あたしはその人に悩みを話した。
 あたしの名前は名乗ったが。
 この人の名前は秘密だと言われた。
 ・・・多分、名前を教えてもらえばあたしは萎縮したかもしれない。
 この人のその配慮が・・・嬉しかった。

「・・・何故あたしはこの天上界に来たんでしょうか?
 別に地上にいても、何不自由なく暮していけたのに。」

 あの人の答えは無かった。
 ・・・あたしに、自分で考えろと言うのだろうか?
 暖かい視線であたしを見詰めてくれている。

「始めは・・・天上界に昇った事が信じられませんでした。
 でも、姉ちゃんが釈迦如来になった時。
 自分と姉ちゃんの実力差を、見せつけられ気がしました。」

 ショックだった。
 身近にいた姉ちゃんが、手の届かない高みに昇ったから。
 それからあたしは必死で修行に励んだ・・・
 でも・・・

「いくら生まれが特別でも・・・あたしの基本は人間です。
 姉ちゃんが特別なんです。
 あたしでは竜神族出身の神人には勝てない。」

 その考えをその人は否定した。

「え、あたしにも隠された能力はある?
 もっと、自分を見詰め理解しろ・・・ですか?」

 あたしの言葉を聞いて。
 その人は立ち上がり部屋を出て行った。
 
 最後に・・・
 皆はあたしの事をちゃんと見ている。
 そう伝えて。

「また・・・会えますか!!」

 そのあたしの言葉に返事は無かった。
 でも、あたしの心は軽くなっていた。
 そうか・・・ちゃんとあたしを見ててくれる人もいるんだ。

 
 あたしはあたし。
 姉ちゃんのオマケかもしれないけど、もうそんな事関係無い。
 自分のペースで、自分の道を行こう。
 そうすれば、あの人ともまた会える。
 何時かきっとお礼も言える。


 そして三日後、あたしは自分の能力に気付いた。
 今までは姉ちゃんの力ばかり意識をしていた為、気が付かなかった。
 自分自身の力だけでなく。
 周囲の森羅万象の力を集める力・・・
 それが、あたしの能力だったのだ。






第四章.心地よい日々


 あたしの実力は、今ではルークと肩を並べている。
 実際の成績で言うと、天上界でも上位に位置するだろう。
 まあ、隠れた強者もいるのがこの天上界。
 まだまだ、あたしも駆け出しである事は変わりは無い。

 ・・・姉ちゃんは特別だけどね。

 あれ以来。
 無理に姉ちゃんの事を意識するのは止めた。
 いや、意識する必要が無い事に気が付いたのだ。
 一時期は姉ちゃんを避けていた事もあったが・・
 今では昔と同じ様に他愛の無い会話を楽しめている。

 もっとも恐怖の対象である事に変わりが無いが。

 先日も姉ちゃんが拾ってきた、犬の名前を決める事でモメた。
 何処かで見た覚えのある犬だったけど?

 結局、姉ちゃんの一言でスポットと命名された。

 何故かその時、スポットは涙を流していたが・・・
 泣く程嬉しかったのかな?


 ある日・・・
 あの時以来、日課になっている散歩をしていると。
 
 あの人に再会した。

 何時か会えると信じて、この場所に毎日通っていた。
 今日がその日だった。
 そして、あの人は微笑んであたしを迎えてくれた。

「お久しぶりです。」

 優しい返事の言葉があたしの心に満ちる。
 
「自分を・・・見つけました。」

 やっと、お礼の言葉が言えた。
 この人と出会ってから3年の月日が経っていた。 


 あたしは楽しい一時を過ごした・・・

 それからも度々、あの人と出会った。
 会える事を楽しみにした、あたしの散歩は続いた。
 天上界にいる間は一日も欠かさず。






最終章.そして・・・


「リナ!! 術の制御に集中しなさい!!」

「姉ちゃん!! 近づくと危ないわ!!
 あたしは責任を取ってこの術もろとも消える!!」

「何馬鹿な事を言ってるのよ!!
 その力は私にも干渉出来ないのよ!!
 貴方が消えた所で解決にはならないわ!!」

「でも!!」

 あたしは手の中で暴走する術を必死で抑える!!
 もうこの術が暴走するのも時間の問題。
 あたしは・・・何て馬鹿な事をしたんだろう!!

「も、もう、駄目〜〜〜〜!!!」

 遂に暴走する術の圧力に負けて・・・
 あたしは吹き飛ばされる!!


 きっかけは、姉ちゃんの持って帰ってきた本だった。
 あたしでは部分的にしか理解出来ない。
 凄く古くて不思議な本だった。

 しかし、その本を手に取って読むうちに。
 あたしの脳裏に一つの単語が浮かんだ。

「え? 何これ?」

 何処かの地名?
 何かの称号?
 用途不明な記号?

 ・・・いや、これは人名。

 そして天啓をあたしは感た。
 その時はそう思った。


 この時から運命の歯車は周りだした・・・
 ゆっくりと・・・
 確実に・・・



 あたしは自分の黒魔術を媒体に。
 ある呪文を開発した。
 そして・・・暴走。
 全てを飲み込もうとする虚無が・・・
 周囲の空間に満ちてゆく。

 姉ちゃんですら太刀打ち出来ないなんて。
 あたしのせいでこの世界が無くなるなんて。
 いやだ!!
 こんな所であたしは終れない!!
 だって、まだあたしは!!

 ギユォォォォォォォオオオオオンンンンン!!!

 その時、一人の人物が光を身に纏い虚無に飛び込む。
 それは・・・あの人だった。

 急速に収縮する虚無!!
 その中心に佇むあの人!!
 このままでは、あの人までが閉じ込められてしまう!!

「駄目よリナ!!
 今、術を制御している核を失うと本当に破滅だわ!!」

「でも、でもあの人が!!」

 悪いのはあたしなのに!!
 誰にも相談せずにこの術を使ったのは!!

「あの方は・・もう助からないわ。」

 姉ちゃんの言葉を合図にした様に・・・
 虚無はその口を閉じた。
 最後まで、あの人は優しく微笑んでいた。



 あたしは自分の殻に閉じ篭った。
 ・・・あたしらしく無いけど。
 とても辛かった。
 実はあたしの術の暴走さえ仕組まれた事だったのだ。
 敵は・・・
 あたしでは足元に及ばない相手だった。
 悔しかった。
 あの人の敵が討ちたかった。
 ・・・でも、あたしには絶対に無理な事だった。

 その気持ちに翻弄されて・・・
 あたしは何も考えない事に決めた。



「・・・リナ。
 貴方には大切な使命があるの。」

「・・・」

「まだ無理なのね。
 今はあの事を忘れなさい・・・
 そして、強くなりなさい。
 貴方を必要としている人はいるのだから。」

 姉ちゃんの手があたしの額に触れ・・・
 あたしは更に深い場所に落ちた。

 そして・・・








「う、ん・・・
 おはよう御座います、リナさん。」

「あ、おはようアメリア。」

「どうしたんですか?
 元気がありませんね?」

「うん、ちょと夢見が悪くてね・・・」

 何故か大切な事を忘れているような気が・・・

「リナ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 ガスゥゥゥゥゥゥ!!!

 

「乙女の寝室に気軽に入って来るな!!」

「・・・リナさん、ガウリイさん気絶してますよ。」

「ちょ、ちょっと手加減に失敗したかしら?」

 冷や汗が額に浮かぶ・・・
 まあ、ガウリイだから直に復活するだろう!!
 そう決めた!!

 あたしの夢は思い出せ無いけど。
 今の時間は充実してる!!
 ガウリイとなら・・・
 何か大切な事を思い出せる気がするから。

「さ〜て!!
 今日も頑張って天竺に向って出発!!」






<過ち>
			
           						2000.2.1

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