第四話 過去を知る者
「チャーハン二人前できた?アキト?」
「うん。そこにあるからもう持って行っていいよ、イツキ」
アキトが記憶を失ってからもう一年が過ぎようとしていた。
火星を襲った軍団は木星の方から来たので木星トカゲと名づけられ、
すでにその勢力を火星はもちろん月にまで延ばしている。
もうあきらめた方がいいって言う人もいるぐらいやられています、連合軍の方々。
・・・アキトはまだ記憶が戻らないでいる。
医者の言っていたことを頭の中でまた繰り返していた。
「あの人はよほどひどい光景を見たんでしょうな。
脳がそれを拒絶して消してしまおうとしたんです。
しかしあまりにも反応が強すぎたためにそれだけでなくその前にあった記憶のほとんどを消してしまった。
・・・いいかげんなことを言うようですが、どうなるかわかりません。何もしなかったらもう記憶は戻らないと考えた方がいいでしょう」
あの後医者に言われたことを今日だけでもう六回も繰り返していた。
アキトにあの言葉を言った後しっかり弁明したが・・・
「いや・・・その・・・婚約者って言っても口約束みたいなもので・・・
ほら付き合ったりしていた時に結婚しようねって言ったようなことなんで・・・」
永遠に続きそうな言い訳をアキトがさえぎった。
「・・・他にオレのことを知っている人を知らない?
あなたを信用しないわけじゃないけど・・・不安なんだ。」
「・・・ごめん、わからないわ。わたしが知ってるアキトの知り合いみんな火星にいたから」
目を伏せながらそう言うのがやっとだった。
アキトが目を覚ませば何かがわかると思っていたのに。
こんな事態になるなんて・・・
もうあのことはわたしだけの中にしか存在しない出来事になっていた。
その日の営業が終わり、夕食も終わって今アキトは片付けをていた。
サイゾウさん夫婦は家に帰っていた。
わたし達は店で寝泊りをよくしていた、というかアキトが遅くまで修業するので
わたしはそれに付き合っていた。
アキトは帰れって言うけど、頑張っている横顔を見るのは退屈しなかった。
「ね〜アキト。片付け手伝ってあげようか?」
「ん〜、後もうちょいだから大丈夫だよ」
「アキトってさあ、本当に料理好きだよね。やっぱり覚えてるのかな?体が」
洗い物があらかた終わって楽しそうに拭いていっている。
「まあ、結構楽しいかな。最初に包丁の使い方とかなんとなくわかってたし」
「でも昼間はどうしたの?急に震え出して。びっくりしたんだよ」
「・・・昼間に木星トカゲの攻撃があっただろ?
それでさ爆発音とか聞いてるうちにだんだん勝手に震えていくんだ。
どうしたんだろ?いったいなんだと思う?イツキ?」
アキトにはほとんどのことは話してはいなかった。
話したことといえばアキトが火星出身で旅行で地球に来たと言うことと
アキトの家族構成、それと両親が死去していたことだけだった。
「きっとただ単に怖かっただけじゃないかな?銃撃戦なんか初めてでしょ?」
「そう・・・だよね。ごめんちょっと不安になってたみたい」
今わたしにできることはアキトから不安を取り除くことしかできない。
「あ〜あ、わたしも料理できるようになりたいなっ!?」
アキトが真剣な面持ちで近づいてきた。
「イツキ・・・・・・」
わたしは心のどこかで望んだかもしれない。今ここで起こることを・・・
「・・・うん?」
いつに間にか朝だった。
顔に朝日が差し込みかなりまぶしく、すぐに体を起こす。
アキトがすぐ隣で毛布にくるまって幸せそうに寝ていた。
アキトが起きないように静かに立ち上がって顔を洗いに行こうとする。
「・・・イツキ、もう起きてたの?」
「あっ、起こした?ごめんね」
「いや、大丈夫。
・・・昨日はごめんね。なんかうまくできなかったし・・・」
「ううん!悪いのはわたしだよ。今まで恥ずかしくて人に聞いたことなかったし。
うまくできなかったのはわたしのせいだよ」
サイゾウさんが来るまでまだ時間があった。
今のうちにさっさと片付けた方がいいだろう。
「でもオレがリードしないといけないのにただ唖然としちゃってて・・・
また今度しような。今度は絶対成功させるから」
顔を赤くしてそういうアキト。
「うん・・・よろしくね」
近くにある窓から外を覗き込むアキトが、
「とりあえず・・・あれ・・・なんとかならないかな?」
窓の外にある川の上で、
二つの巨大な人型生命体が殴り合っていた(赤色と黒色)
「失敗しちゃった。てへっ」
「そこ!かわいく誤魔化すな」
「かわいいなんてそんな!!」
「そこが中心じゃないって!!」
そう言っている間にも、
紅葉と黒煙(イツキ命名)は進化を遂げていた。
殴り合いではなく、
ドッチボールで青春していたりしていた。
「・・・あはは、かわいい小鳥さんたちおはよう。今日も一日がんばろう」
「綺麗さっぱりに現実逃避かい」
アキトのつっこみも効いていなかった。
いやよく見るとこめかみに冷や汗がひとすじ輝いていた。
「・・・なんで普通の食材からあんなのができるの?
ある意味鉄人だとおもうんだけどなあ・・・ねえイツキ?」
「・・・い、いじめないでよー。あんなの作ろうと思って作った訳じゃないのに」
「作ろうと思ってないならなお悪い。
いくら人に教えてもらってないからっていってもひどすぎると思う」
「で・・・でも後片付けはしなくてもいいみたいだよ!?ほら」
決着がついたんだろうか・・・・・・
二匹はお互いもたれかかるように溶けていた。
しかも混ざって川の色がドス黒い赤色に染まっていた。
「・・・・・・あれって公害にならないかな〜」
「・・・大丈夫・・・所詮食材だし・・・・・・」
その川が一ヶ月間その色に染まって騒がれたのは言うまでもなかった。
「アキト、イツキ、今日はもう終いだ。なにが食べたい?何でも作るぞ」
サイゾウさんが厨房の奥から声をかけてきた。
「いいんすか?それじゃあラーメンお願いします」
「サイゾウさん。わたしは天津飯」
「わかった。アキト、のれんをしまってくれ」
そう言いながら厨房に引っ込む。
「すいません。今よろしいですかな?」
いつの間にか入ってきた二人組みの男の片割れがそう発した。
「・・・なんなんですか?今日はもう閉店ですよ」
アキトは目の前に現れた二人をよく観察しながら言った。
一人は小柄で眼鏡を掛けた人当たりのよさそうな中年の男性。
もう一人は強面で2メートルを越す巨漢だった。
「いえいえ、こちらに来たのはそちらのお嬢さんに用がありまして・・・・・・」
「わたしに・・・ですか?」
「はい、わたし達はスカウトに来たんですよ。
イツキ・カザマさんですね。一年程前に軍をお辞めになられた・・・」
「ちょっと待ってください。だからあんたらはなんなんすか?」
交渉を始めようとカバンから書類を取り出す男性に待ったをかけるアキト。
「おやおや、これは失礼しました。わたしはこういう者でして・・・・・・」
大げさに驚き、懐から名刺を取り出した。
「ネルガル重工・・・プロスペクター?これって本名なんですか?」
「いえ、ペンネームみたいなものでして・・・
単刀直入に言いますとイツキ・カザマさん、あなたをスカウトに来たんですよ」
「いいえ、結構です。わたしネルガルなんかに入るつもりはありません」
「話ぐらいは聞け。お前にとっても悪い話ではない」
今まで黙っていたが突然後ろに立っていた強面が命令口調で言ってきた。
「ゴートさん、交渉関連はわたしに任せてもらえませんか?」
「しかしミスター・・・・・・むう、了解した・・・・・・」
ゴートと呼ばれた男性は唸り、しぶしぶ了承した。
「わたし達は今戦艦を作っていまして・・・・・・
それに属するパイロットがまだ四人しか決まっていなくて・・・
どうですか?お給料はこれくらいなら出せるんですが・・・・・・」
そこには軍では考えられない金額がはじき出されていたが・・・・・・
「いいえ、結構です。わたしネルガルなんかに入るつもりはありません」
全く同じ答えを繰り返すわたし。当然だ。それではアキトと離れることになってしまう。
「これはこれは、手厳しい。ですがこちらとしてもはいそうですか、という訳にはいかないのですよ」
「おいおい、本人が嫌がってるんじゃねえか。もうとっとと帰りやがれ」
ずっと厨房で黙って聞いていたサイゾウさんがついに声をあげる。
「そうです、もう帰って下さい。」
「いや〜困りましたな〜、おや、あなたもIFSを持っていますね?どうです?あなた入ってみませんか?」
わたしが頑として聞こうとしないのでネルガルの人が、確かプロスペクターとだったか、
困ってしまいアキトに方向転換した。
「お断りします。それにオレ、パイロットじゃないですし」
「パイロットじゃない?失礼ですがお名前は?」
「テンカワ・アキトといいます。もういい加減にもう帰って下さい。」
「テンカワ・・・・アキト・・・さんですか?
ひょっとしてテンカワさんの・・・ご子息では?」
え?ちょっとこの人アキトのことを知っているの?
「両親は科学者でしたが・・・知っているんですか?」
「やはり・・・いや〜ご無事で何よりです。火星が襲撃されてわたしが確認をした時、
あなたは火星にいたと記録されていたのですが・・・ミスかなにかでしょう」
うれしそうに微笑むプロスぺクターさん。
本当にアキトのことを知っていたんだ・・・・・・なんだかイヤで仕方ない。
アキトのことを知っているのはもうわたしだけでじゃないんだ。
「あの、すいません。プロスペクターさん。オレのこと何か教えてもらえませんか?」
「わたしのことはプロスでかまいませんが・・・どういうことですか?」
「実は・・・・・・」
アキトは今までのいきさつを知っている限りプロスさんに話した。
もちろん地球に来ていることは旅行だと誤魔化したのだが・・・・・・
「そういうことでしたか。大変でしたでしょうに。
しかしすみませんが小さい時のあなたに火星で何度か会っただけなんですよ」
「そうですか」
残念そうに視線を下に落とすアキト。
「それではもうおいとましますね」
「!ミスター、しかしそれでは・・・・」
「いえ、もう交渉は無理でしょう。カザマさんも受ける気は無いようですし」
「もちろんです」
はっきりきっぱり答える。こういうのは迷っていたらそこに付け込まれる。新聞勧誘と同じだ。
「あ、そうだ、テンカワさん。あなたに話しておきたいことがあるんですが・・・
ちょっとこっちに・・・カザマさんは遠慮願えますかな?」
そう言ってアキトを連れ出していく二人。
わたしはこの時すでに無意識に予感していたかもしれない。アキトがどこかに行ってしまうことを。
「テンカワさん、今から言うことは絶対に他言しないで下さい」
「ミスター?何を・・・・・・」
ゴートを目で制し、オレの答えを待っているプロスさん。
「・・・はい、わかりました」
オレは少しプロスさんの迫力にひるみ、答えが遅れてしまった。
「では言いましょう。
私たちが話していた戦艦なんですが、あなたの故郷、火星に行くのです」
「!!本当ですか!?」
「ええ、真実です。・・・どうですか、コックとして乗ってみませんか?」
火星・・・しかしイツキがこのことを知るときっとついてくると言うに違いない。
「カザマさんのことを考えているようですね?
巻き込みたくないとお思いなら黙って出かければいいだけですよ。
・・・・・・記憶を取り戻したいのなら行くべきです」
オレの心を見ているのでは?と思うくらいびっくりさせられた。
そんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか。
確かに・・・イツキとの生活は楽しい。
このまま続けたい・・・・・・けれどオレはオレを取り戻したい。
「ありがとうございます。わかりました。オレ、戦艦に乗ります」
「それでは、この契約書に目を通して一週間以内にネルガルのサセボドッグに来てください。
カザマさんに見つからないことを祈りますよ、テンカワさん」
「アキト!どうだった?」
「ん?何が?」
「何って話していたことだよ」
アキトがプロスさんたちと出かけてもう三十分も経っていた。
なにか重大なことを話しているとしか思えなかった。
「ああ、昔のことだよ。いろいろと教えてもらったんだよ。親父達が何をしていたとか」
「そう・・・だったんだ。ごめん、ちょっと心配してた」
「心配しててくれたんだ。ありがとう」
わたしとって最高の笑みで応えてくれた。
「いや・・・あははは・・・・」
心臓がもうこれでもかっていうくらい飛び跳ねた気がした。
こんなの反則だよ。
心の中で白旗を揚げた。
「もうそろそろ寝るよ。いろいろあって今日は疲れた」
「ああ、そうだね。おやすみアキト」
「行きましたか・・・・・・ゴートさん、すみません。会長に処罰されても仕方ありませんね」
「オレは何も見ても聞いてもいません。何のことだかわかりません」
「・・・・・・ありがとうございます、ゴートさん」
「車を回してきます、少し待ってください」
ゴートが行った後わたしには珍しく物思いにふけっていた。
テンカワさんには黙っていたがまだまだ隠していることがあった。
だがそれは例えテンカワさんが記憶があったとしても知らないことばかりだった。
「あれから・・・十八年経っているんですね・・・・
これはあの方の、いえわたし達の罪を流すのには長いのでしょうか?短いのでしょうか?」
わたしにはわからない、けれどあのまま放っておくことはできない。
テンカワさんに会ったことは幸せでしょう。
あの方に苦しみを与え続けることになるが・・・過去のあの時から動かせることができるのだから・・・・・・
この向こうにあるのは・・・・・・地獄だけだとしても・・・・・・
夜空を見上げながら決心した。彼女に連絡をとることを。
携帯を懐から取り出し、メモリーされていた所にかけた。
「もしもし、エルザさんですか・・・・わたしです、プロスです」
後書き
どこまでも青い空、こんなことになるなんて。十二の翼です。
「どうした?少しブルーになって?ガラにもないぞ」
・・・この前出ていたチャールズって知ってる?
「・・・・・・いや・・・知らんが・・・」
ほう・・・・・・ではその口に付いている緑のゼリー状の物はなんだ?
「!!!!しまった!!!」
食ったな!?食いやがったな!??
「ちっ、ばれたか」
どうして・・・あんなに可愛かったチャールズを・・・・
「もちろんわたしのこの座を脅かしたからだよ・・・」
そんなスライムに負けそうになるなんて・・・
「ちなみにチャーハンの味がしました」
マジかいな!??
代理人の感想
赤と黒なら「羅刹」と「戦鬼」とか(爆笑)。
それはさておき「18年前」ですか?
ひょっとしてこの話のアキト君って人造人間かなにか!?
それはともかく、アキトは果たして責任を取るのだろうか(爆)