(僕の名前はマキビ・・・ルリ!?「サイドストーリーBパート」)



ルリ(ハーリー)がナデシコに乗り込んでから十日あまりが経過した。

この頃には、ハーリー君もホシノルリとしての今の生活に、どうにか慣れてきたようである。
と言ってもこの場合ルリと名乗り、そう呼ばれる事に慣れてきた。それだけの事なのだけどね(苦笑)



五年後の未来から、ランダムジャンプの事故で心だけ跳ばされてきた少年マキビ・ハリ(愛称ハーリー)君は、
どういう訳だか分からないが、この時代の少女ホシノ・ルリ(11)の身体に宿り今ここにいる。

まさか周りの大人に本当の事を言うわけにはいかず、(言っても信じてもらえるか怪しいものだけど)
不本意ながら、ハーリーにとって憧れの人だったホシノ・ルリに成り代わっての生活を始めたのだった。
成り代わると言っても、よく考えたらハーリーはこの時期のルリがどういう人なのかよく知らなかった事に気付き、



「えーっと、『星野瑠璃に関する報告書』と、これなんかどうかな?」



ハーリーは、オモイカネに検索させてこの時期のルリの情報を調べてみた。
その結果見えてきたのは?
感情表現に乏しく、冷静沈着で周りの事には無関心、無感動、無口で醒めた性格の少女。
この報告書からは、『優秀だが醒めていて可愛げのない少女』との印象を受けた。



「そんな・・・だって、ボクの知ってるルリさんは確かに冷静沈着で、口数は少なかったけど・・・」



でも、決して周りに無関心なんかではなかったし、人間味だってあったと思う。
そこまで考えて、同時にあの人間開発センターでの冷たい風景、冷たい人達を思い出し・・・



「そうだった。ルリさんはあんな所で生活していたんだった。あんな所で!」



ハーリー自身ほんの短い間だったけど、あそこでの生活は凄く嫌な事だった。
まして、そこで数年間育てられていたルリさんが愛情を知らないで英才教育だけ受けていたとしたら・・・
それに比べて、直後にやってきたこのナデシコAはどうだろうか?
ミナトさんやメグミさんはお節介だし、二人にかまわれる事がわずらわしいと思うこともある。
でも、ボクの事を暖かく迎えてくれた。ルリさんの時も多分そうだったんだろう。



「・・・そうか、ルリさんがナデシコにこだわっていた理由が少しだけわかった気がする」



まだ、ナデシコクルーがそろった訳でも、航海が始まった訳ではないので結論を出すのは早すぎるけど、
ナデシコが、ナデシコの人達がルリさんの事を育ててくれたのだ。ハーリーはそんな気がしたのだった。

話が横道に逸れてしまったが、ハーリーがルリのフリをする話はどうなったのかというと・・・



「どうしよう? ボクにはこの報告書の通りのルリさんのマネなんかできないよ(汗)」



とはいえ、今までの生活で、既に男の子言葉で話をしたり、周りにボーイッシュなイメージを振りまいたりしてもいる。今更取り繕ったところでかえってボロがでるだろうし、女の子らしくなんてできないししたくもない。
結局オペレーターとしてはなんとかやっていけそうだと思ったから、名前以外はそのまま演技などしないでハーリーの地のまま自然体で(今まで通りの?)生活を続けたのだった。

それでも最初のうちハーリーは、周りに自分の正体がバレやしないかとビクビクしていたが、
幸か不幸か、ここナデシコには本来のルリ(?)の事を直接知る人間など誰も存在せず、
正体を疑われる事もまったくなく、少しづつ今の環境に慣れてきて、表面上は落ち着いてきたのだった。
(まあ、ルリの事は少し変わったボーイッシュな少女? という認識くらいは持たれただろうけど)

ただ、ルリ(ハーリー)はかえってその事にいらついている自分にも気付き、
どうしていいかわからず、その感情を持て余してもいるのだけれど・・・。







まあ、それはともかくとして、・・・ルリ(ハーリー)はある事で少し悩んでいた。



「プライベート時に艦内で着る私服をどうしようか?」と



別にルリが私服を持っていない訳ではない。
ルリが元から個人的に所有していた数少ない荷物は、全てハリルリが受け継いでおり、
(ま、傍から見れば表向き全部ルリ本人の荷物なんだから全然問題なしだけどね、苦笑)
その中には、何着か私服もあったのだが、ハリルリがそれらを着るには大きな障害があったのだ。
とはいっても、服のサイズなどはぴったりだしその点ではまったく問題ない。(だから本人の服なんだって、笑)
では、何が問題・・・というかハリルリの気に入らないのかというと、
スカートだのワンピースだの、ルリの持っていた私服は全て女物の服だったという事らしい。



「これ着るのは女装するみたいで恥ずかしくてイヤだ。 スカート穿くのは制服だけでたくさんだ」



つまりはそういう事だ(苦笑)
幸い(?)な事に、ルリの持っていた私服には派手な色やデザインの物はなく、
キュロットとかTシャツとか、現在は比較的心の抵抗の少ないものを選んで組み合わせて着てるようだ。
あと、その組み合わせの中に、今では制服用に追加してもらったスパッツも含まれている。
でも、もともと数の少ない物をそういう着こなし方すれば服が足りないのは当然の事であり、
だからこそハリルリちゃんは、『それじゃ私服はどうしよう?』と悩んだりしているのだ。

それならば、『ナデシコ艦内ではずっと制服姿で通せばいいじゃないか』
という考え方もあるし、ハリルリも一瞬そう考えてもみた。
でも、勤務中は仕方ないけど、自室に居るプライベートな時くらい制服のミニスカート姿から開放されたい、
くつろぎたい、どうせならいっそのことその間くらい男物の服を着て気持だけでも男に戻りたいと思う。

だからこそ些細な、ささやかなことかもしれないが、ルリ(ハーリー)は私服の事にこだわっているのだった。





「やっぱり少しくらい新しい服を買おう。 お金だってそれくらいならなんとかなるはずだし」



それに、良い機会だから必要な荷物も少し買いそろえようかとも思った。
『ルリさんて本当に物をもってなかったんだなぁ』などと少し失礼な事も思いつつ、
そんな訳で、ハリルリは買い物に出かける許可を貰う為にプロスペクターの所にやって来ていたのだった。







「じゃあ、ボクは外へ買い物に出かけてもいいんですね?」



どうやら外出許可が貰えそうなので、ルリは喜色満面プロスに確認していた。



「はい、ルリさんのおかげでナデシコのメインコンピュータの調整作業は予定よりかなり早めに終わりそうですし、一日くらいは休暇という事でよろしいでしょう」



一方プロスのほうも、いつものにこやかな営業スマイルでそう答えていた。

ルリに関しては、プロスはスカウトに関わった者として常に気にとめていた。
スカウト時に事前に見た報告書の内容と、実際にルリに会ってみて話をしてみると印象がくい違っていた。
(その件でプロスは、スカウトの直前にルリが事故に遭い、一時的に意識を失っていた事も突き止めていた。そのルリの件ではプロスは自分なりの推測をしていたが、長くなるので割愛、笑)

その後、ナデシコに乗り込んでからもこの少女がらみの小さなトラブルが数回あり、
そのトラブルの内容からこの少女は精神的には打たれ弱いのではないか? などと心配もしたのだが、
それでも最近では、ここでの新しい生活や環境にもすっかり慣れ、落ち着いてきたようなので、ホッとしていた。

そして、もっとも重要な、ナデシコのメインコンピュータのオペレーターとしての能力では、
今のところ期待以上の実力をこの少女は示してくれており、後は実戦でどれだけやれるのか、プロスは大いに期待しているのだった。



「ですがルリさん一人でという訳にはいきませんので、誰かつきそいが必要なのですが・・・」



「・・・わかってますよ。 ボクだって自分の立場くらいわかってるつもりです。
 ボクの監視には誰が来ます? プロスさんが来てくれるんですか?」



プロスの最後の一言に、ハリルリは喜びの感情が急に冷めるのを感じて、つい余計な一言を言ったのだった。
自分でも大人気ないとは思ったけど、言わないと気が済まなかったようだ。
その辺、ハリルリちゃんは能力はともかく、精神的にはまだまだ子供という事なのだろう。
その点、性格に問題があっても能力は一流がモットー(?)のナデシコには合っているのかもしれないが(笑)



一転、表情の冷めたルリのキツイその一言に、プロスは苦笑しながら弁明した。



「いやはやこれは手厳しい、ですがそこまで堅苦しく考えておりません。ルリさんの事は信用してますとも。
 実の所、今回私は手が空いておりませんのでルリさんに同行はできないのですよ。
 だからといってまだ子供のルリさんお一人で行かせるという訳にもいきませんし・・・。
 そこで、どうせ同行者が必要ならば誰が良いかルリさんの希望を聞くつもりだったのですが、
 その事でお気に障ったのならば申し訳ありません」



「別にいいですよ、ボクは気にしてませんから」



プロスの言葉に納得しているのかいないのか、ルリは冷ややかな表情のまま返事をした。
それを見てふとプロスは思った。このルリさんの冷ややかな表情が彼女本来の表情なのだろうか?、と
そう思うほどに、この時のルリの外見に、表情と雰囲気がなぜだかぴったり合ってるような気がしたのだ。
それと、以前見たルリの報告書に添えられていた写真の表情はまさにこの醒めた表情だったのだ。

それはともかく、その様子にプロスはそれ以上弁明する事なく、質問を続けていた。



「それで、ルリさんは同行者は誰がよろしいのですか?
 ルリさんが希望なさるならミナトさんでもメグミさんでもよろしいのですよ」



プロスから見て、ルリはすっかりミナトに懐いているように見えるし、
メグミに対してもミナト程にではないにせよ親しくなっているように思われる。
同じブリッジ勤務だし、女同士だし、少しでも気心が知れた人達と一緒に行くのが良いだろうと、
プロスとしては配慮してそう言ったつもりだったのだが・・・。



「それなんですけど、今回の事はミナトさんやメグミさんには内緒でお願いしたいんですけど・・・その・・・
 あっ、別にミナトさん達が嫌だとかそんなんじゃないんです・・・そう、ミナトさん達にも都合があるだろうし、
 それにボクの事なんかで迷惑なんかかけられないですし・・・・・・だから、そう言う事でお願いします」



さっきまでの醒めた表情から一転、ルリは困ったような表情と言い訳がましい口調でそう頼み込み、
頼み込まれたプロスの方も一瞬困惑した。
ルリのその言葉をそのまま受け取るほどプロスは馬鹿正直ではなかったが、その意図を測りかねたのだ。
結局ルリの希望通りにする事にしたのだが。



「・・・わかりました。では明日はゴート君に同行を頼む事にします。それでよろしいでしょうか?」



「はい、それでいいです。ゴートさんでよろしくお願いします」



なぜだかルリはホッとした様子でそれを承諾し、ペコリと頭を下げてプロスの前から退出した。
その様子を見ながら、プロスはなぜルリが現在の所、最も親しいはずのミナトやメグミの同行を拒んだのか不思議に思ったが、今は深く追求しない事にした。
表面上は落ち着いてきたように見えるこの少女も、どうやら心の中では何やら抱え込んでいるようだ。
いずれ何らかの手は打たなければいけないとは思うが、さてどうするべきか・・・・・・

その事はともかく、

その直後、プロスはゴートに連絡を入れ、明日ルリの買い物に同行と送り迎えをするように伝えた。
これで明日の件は心配ないはずである。明日の外出のことはゴート君にまかせておけばよいはずだ。
だが・・・プロスはゴートに用件を伝えるときに迂闊にも肝心なことで念を押すのを忘れていたのだった。

はたして明日のルリちゃんのお買い物はいったいどうなる事やら?











機動戦艦ナデシコ

僕の名前はマキビ・・・ルリ!?



〜サイドストーリーBパート「ルリ、初めてのお買い物?」〜



By 三平













サセボドックからネルガル所属の一台の送迎用の高級車が、市街地に向かって移動していた。
その走行中の車の後部座席にルリ(ハーリー)は縮こまるように座り、諦めたような表情で同乗者達を見やってため息をついたのだった。



「どうしたのルリルリ、浮かない顔をして?
 折角外へお買い物に出かけられるのに、どこか身体の具合でも悪いのかな?」



「いえ、そんなんじゃないんです。心配かけて済みませんミナトさん」



ルリ(ハーリー)の心情を知ってか知らずか、隣の座席に座っていたミナトが声をかけてきて、
ハリルリはそんなミナトに心配をかけまいと思って、心配ないと返事をしてぎこちなく笑ってみせた。
もっとも、その内心では・・・



『ミナトさん達には内緒にって言ったハズなのに、どうしてこうなるんだよ!』(半泣)



それこそ頭を抱えてぼやきたい気分であった。(苦笑)

なぜ、ハリルリがこっちの世界ではもっとも親しいハズのミナトさんの同行を嫌がったかは後で説明するとして、
今回のルリのお買い物ツアーには、今車を運転しているゴート・ホーリーが予定通りに、
ハルカ・ミナト、メグミ・レイナードの両名が予定外に加わった合計三名が、ルリへの同行者であった。
そして、今回同行者が増えてしまった理由の最大の元凶であろう運転席のゴートの事を、
ルリ(ハーリー)はつい恨みがましい目で見やったのであった。



ちなみに、なぜ今回のルリの買い物での外出が、ミナトの知るところとなったのかと言うと、
昨夜、ゴートがミナトと世間話をしているときに、ルリの話題が出てつい口を滑らせたからである。
もっとも、ゴートもこの事を話すつもりは無かったのだけれども、ミナトに怪しい素振りを見破られ、追求されて話さざるおえなくなってしまったようだ。
(今更だが、この件でゴートに念を押しておかなかったプロスにも責任あるのかも?)



「なんでもルリは、ミナトには迷惑はかけられない。とかミスターとの会話で言っていたそうだ」

「迷惑だなんて、ルリルリったらそんな他人行儀な事を・・・」



その事を知ったミナトは、メグミも誘ってプロスの所に行って直談判を行い、渋るプロスを押し切り、
結局翌日のルリの買い物の為の外出の同行を承諾させたのであった。
そして、今度はその事がルリには伏せられていて、ルリには直前までその事を知されずにいたのであった。



『ルリルリったら、私にまで内緒でこそこそ服を買いに出かけようだなんて、一体どうして・・・あっそうか』



ミナトはなぜルリが自分たちを避けて服を買いに出かけようとしたのか、ほぼ正確な理由に気が付いたようだ。
では、自分がどういう行動をするべきかも、答えは出ていたのであった。



『今回は多少強引な手段も仕方ないわねぇ、こんな楽しそうな事を私に内緒でこそこそやっていたルリルリが悪いんだからね、覚悟してねルリルリ♪』



いつもはルリの事では行動は慎重なミナトだが、そんな訳で今回は積極攻勢に出る事に決めたようだ。
ホシノルリ、つい放っとけなくてなにかと構ってあげたくなる不思議な女の子であった。



最近ルリは、ナデシコでの新しい環境に慣れて落ち着いてきたように見える。
でも、その心の中には、まだピリピリ張り詰めた空気をもっているようにもミナトには感じられた。
だから、確かに今回の件はそんなルリのガス抜きにはいいかもしれない。

それに・・・この時ミナトはプロスペクターからルリの育てられた環境や境遇の話も聞き出していて、
その話で知った事もミナトにその決意をさせる事に繋がったのだった。









そんな訳で、ここはルリ一行がやってきたサセボ市街のとある洋服店の子供服(女児用)の売り場である。



「この服なんか可愛くてルリちゃんに似合ってそうだと思うけど、どうですミナトさん?」

「へえ〜、メグちゃんの選んだその服も可愛くていいわね。私はこれなんかもいいと思うけど」

「このお嬢様はとても可愛らしいから、両方ともよくお似合いになりますよ」



なんというか、本人よりもミナト達の方が店員さんも巻き込んですっかりルリの服選びに夢中になっていた(笑)
その女性陣の楽しそうな様子を見ていたルリ(ハーリー)の心境は、すっかりまな板の上の鯉だった。



「・・・だからボクは嫌だったんだ、絶対こうなると思ったんだ。
 大体ボクは男物の服が普段着にほしくて買い物にきたハズだったのに・・・」



そう、元々ハリルリは男物の服を買うために外出許可をもらったハズなのだから、
男物の服を買えなかったり、女物の服を買う事になったら本末転倒だろう。
だから今回は、ミナトさんやメグミさんが同行するのは回避したつもりだったのだけど・・・

ルリ(ハーリー)は、服選びに夢中になっている女性たちから離れた所で、手持ちぶたさにしているゴートの事を再び恨みがましい目で見た。運転中とは違い、今度はゴートもその視線気づいたが、直後、ゴートは気まずそうにそんなルリから視線をはずしてそっぽを向いたのだった。

そんなゴートの態度にムッとしたハリルリは、なにか一言二言三言文句を言ってやろうと思ってゴートの所に行こうとしたが、不発に終わった。
ミナトさん達に呼び止められたからだった。いよいよまな板の上の鯉が料理される時がきたのだ。



「ルリルリに似合いそうな服をいくつか選んでみたんだけど、気に入ったの選んで試着してみて♪」

「あ、私の選んだこのワンピなんか可愛くてルリちゃんに似合うと思うけど、どう?」

「メグちゃん、どれがいいかはルリルリに選んでもらうことにしたはずでしょ?」

「サイズなど何か不都合があったらお申し付けください。すぐ代わりを用意しますから」



そういう訳で、ミナト達がルリのために選んだ服を、試着する事になったのだった。
『試着』、それは今のハリルリには、とても不吉な響きのある言葉に感じられた。



「試着ってことは・・・・・・これ、ボクが着るって事だよね?」

「当たり前でしょ、ルリちゃん以外誰が着るのよ。このサイズの服を私やミナトさんが着れるわけないし、だいたい今日ここに来たのはルリちゃんの服を買うためでしょ?」



ハリルリは今更分かりきった事を改めて聞いて確認し、メグミさんが親切にその事を教えてくれた。
そのおかげでこれは何かの間違いであるという、ごくごくわずかな可能性を否定され、いよいよハリルリちゃんの進退窮まったのだった。

『もう逃げられない・・・』

こうなったら女物の服を試着するのも仕方ない。そうすればミナトさん達は納得するだろう。
それに、ボクが着るんじゃなくてルリさんが着るのだとでも思えば・・・ルリさんならこういうの着るのも当たり前だしきっとよく似合うだろうし、ルリさんになったつもりで少しの間だけでいいからガマンすれば・・・
ハリルリは観念したつもりだった。だから無理矢理にでもそう思い込もうとしたのだけれど、



『嫌だ!やっぱり嫌だ! ボクは本当は男なんだ、女じゃないんだ!
 女の服を着るなんてやっぱり嫌だ、嫌なものは嫌なんだ!』




それは、ハーリーの心の叫びだった。
男の意地だとかそんなんじゃない、理由なんかわからないけど、本当に自分でもどうしようもなく心の底から嫌だという思いが沸きあがってきて、逆にガマンなんかできなくなってきた。

ハリルリは、救いを求めてすがるような目でミナトさんの事を見た。

ミナトは、そんなすがりつくようなルリの視線に気がついた。気がついてしまった。
そのすがりつくような、何かを訴える子犬のような瞳を見ていると、さすがに良心が痛むのを感じてしまった。
試着を急かすのをやめて、その事でルリルリとじっくり話をしてみるべきではないか?
そう思いかけたのだが・・・



「ルリちゃん、せっかくこんなに可愛い女の子に生まれたんだから、

 もっとオシャレとか色々と女の子を楽しまなきゃ、もったいないわよ。

 今回はいい機会なんだから勇気を出して・・・ね」



メグミがルリにそう話し掛けるのを聞いて、ミナトも腹を決めた。
今回の事は多少強引かもしれないけど、ルリルリが女の子らしくなるきっかけになってくれれば・・・



『ごめんねルリルリ・・・これもあなたのためなのよ・・・』



ミナトも再度ルリに試着をうながしたのだった。
ルリルリがこれをきっかけに、女の子の楽しさに気付いてくれる事を信じて・・・いや、それを教えるために。

だが、ミナトは今度は迂闊にも見落としていた。
メグミに「女の子を楽しまなきゃ」と言われていた時のルリの顔が、心底嫌そうな表情をしていた事に・・・。







ミナトさんにも裏切られた・・・・・・ルリ(ハーリー)はそう感じてショックを受けていた。



勝手な思い込みなのはわかっている。それが甘えなのもわかっていたけど、それでも・・・

『信じていたのに・・・ミナトさんだけはボクの気持ちをわかってくれると信じていたのに・・・』

結局ミナトさんにもわかってもらえなかった。そう思ったら、その事が悲しくて悔しくて





そんなルリの急な表情の変化に、今度はミナトは気が付いた。
ルリルリが悲しそうな、それ以上に悔しそうな目で自分の事を見ている事に、
やがてその目には涙が溢れ・・・・・・、

「ルリルリ・・・!!?」

ふと、何かを感じて、ミナトはとっさに動いていた。



「うう、うわぁぁぁぁ〜〜〜〜んんんん」



ルリは泣きながらその場をダッシュで走り去ろうとして、とっさに気付いたミナトに抱きとめられていた。
ルリの事を抱きとめたミナトだったが、急な事だったうえ、思ったよりもルリの突進力とその勢いは強かった。それでもミナトはルリを抱きとめた手を放すことなく、そのままもつれるように一緒に倒れこんでしまったのだった。
ミナトに抱きとめられ、倒れこんだルリは、どういう訳かミナトの大きくて柔らかな胸に顔を埋めるような形で抱きとめられている事に気付き、なぜだか顔を真っ赤にしながらミナトの手から(胸から?)逃れようとジタバタもがいたが、ミナトはルリの事をしっかり抱きとめたまま、その手を放さずにいたので、体格と力の差で劣るルリには逃れる事はできなかった。



「ボ、ボクはそういうつもりじゃ・・・って、そうじゃない、そうじゃなくて、
 放して、放してよミナトさん。ボクなんか、ボクの事なんか放っておいてよ」

「放ってなんておけない。ルリルリの事、放ってなんかおけないわよ。とにかく落ち着いて・・・」



ミナトは、ルリを抱きとめ倒れこんだ時にしたたかに打ちつけたお尻や背中が痛むのを感じていたが、今はその痛みをこらえながら、あばれるルリの事を抱きとめたまま向き合おうとした。今が大事な時だと感じたから・・・。



「ミナトさんなんて、ミナトさんなんて大っ嫌いだ! ボクの事なんてちっともわかってなんてくれていないんだ!」

「ルリルリ・・・」



今のルリは、自分の思う通りにならなくてすねている子供、だった。
冷静さを欠いていてすっかり感情的になっていた。
でも、そうとわかっても、ルリが言い放ったその言葉に、ミナトはショックを感じていた。そして気付かされた。



『私のせいなの? 私がこの子のことを傷つけてしまったの?』



わかっていた・・・わかっていたはずじゃない、ルリルリがとても傷つきやすい子だったって事を、
女の子あつかいを嫌がり、それどころか自分が女の子である事も嫌がっていた事を、
わかっていたはずなのに・・・初めて出会ったあの日に・・・
それなのに、私はこの子の為に良かれと思って強引に女の子としてあつかおうとして、かえってこの子の事を傷つけてしまった。



「ごめんね、・・・ごめんねルリルリ・・・」

「!??・・・・・・」



そう言って、ミナトはルリの事をより強く抱きしめた。その想いを込めて・・・
ルリにその言葉が届いたのだろうか? それとも抱きしめたミナトの想いが伝わったのだろうか?
ミナトの手を振りほどこうとしてあばれていたルリの力が弱まった。



「私がルリルリの気持ちをわかってあげられなくてルリルリの事傷つけちゃったのね・・・ごめんねルリルリ」

「・・・なんで今更・・・今更謝ったってボクはミナトさんなんか、ミナトさんの事なんか・・・わああああ〜〜〜ん」



ルリはそのままミナトに取りすがって、また泣き出したのだった。
『こんな事も初めて会ったあの日と同じなんだね・・・』
ミナトはルリの事を抱きしめながら、そんな事を思っていた。







昨日、ミナトがメグミと一緒にプロスの所に来て、ルリの買い物の同行者の件で話をして、その話の流れでルリの育てられた環境や研究機関の事をプロスから聞く事が出来た。そこでミナトは初めてルリの過去を知った。

ネルガル系の研究施設に来る以前の経歴は不明だが、マシンチャイルドと呼ばれる遺伝子操作で作られた存在で、研究施設で英才教育を施された天才少女だと言う事らしい。
もっとも英才教育などと言えば聞こえはいいが、その扱いは道具であり実験動物でモルモットだった。
せめてもの救いは、非人道的なあつかいはされていなかった事だろうか?



「非人道的な扱いはしてなかったですって、モルモットとして扱うのが非人道的じゃないって言うの?
 ルリルリはモルモットなんかじゃない、普通の人間、普通の女の子よ、ネルガルは一体何を考えてるのよ!」



話を聞いたミナトはその事に怒っていた。その至極もっともな怒りにプロスは苦笑しつつ淡々と話を続けた。
少なくとも、ネルガルはナデシコを動かすためにルリの能力を必要としている。その事は本人も納得ずくだと、



「まさかお二人とも、情操教育のためにルリさんをナデシコに乗せた、などと思っている訳ではないでしょう?」

「・・・それって、プロスさんもルリルリの事を道具として見てるって事?」

「そんなのおかしいですよ、大体本人が納得してるって、ルリちゃんには他に選択肢なんてないじゃないですか」

「いやはや、お二人とも手厳しいですな。おっしゃる通りです。私もルリさんの扱いはあれでいいと思っている訳ではないのですよ」



プロスはそこで一旦言葉を切り、本題に入った。



「先ほども言いましたが、ナデシコは民間の船とはいえ紛れもなく戦艦です。情操教育などと言ってもおのずと限界があります。
 かと言ってルリさんの能力をナデシコでは必要としていて外すわけにはいかないのです。そこで、お二人には出来うる範囲のことでよろしいですからルリさんの私生活でのサポートをお願いしたいのです。
 幸いな事にルリさんはお二人には気を許しておられるようですし、お二人もルリさんの事には何かと気を配っておられるみたいですからちょうど良いかと、・・・どうか承知していただけないでしょうか」

「そんな事、プロスさんに言われなくても当たり前よ、そうですよねえミナトさん」

「ん〜、そうねぇ〜、今の話でプロスさんもルリルリの事を心配してくれている事が良くわかったし、そういう事なら了解したわ」



と、ミナトはなぜだかいつものようなどこかのんびりとした口調でそう言って、
だけど、にこやかな表情で肝心の一言を付け足すのを忘れなかった。



「もちろん、そう言うプロスさんも協力してくれるわよねぇ、ルリルリの件♪」



ミナトさんはその口調や露出度の高い軽そう(?)な服装で誤解される事もあるが、実はかなりしっかりとした女性なのだ。さすがに元は社長秘書やっていただけの事はあり、こういう事で言質を取ることを忘れなかったようである。
苦笑しつつプロスは了解した。言い出しっぺの彼がそれを拒める訳なかったし、元よりそのつもりだったから。



「それでは、今回のルリさんの買い物に同行する件も、お二人にお願いすることにします」



もっとも、プロスとしては本来こういう事は初めからミナトかメグミにお願いするつもりだったのだが、どういう事かルリの方がそれを拒み、今回は本人の意思を尊重してこの二人を外していたのだが、この先さてどうなる事やら・・・
プロスは二人に(特にミナトに)期待しつつも、一抹の不安も抱いていたのだった。







ミナトは、プロスペクターの元を退出した後も、彼から聞いたルリの過去、ルリの育てられた環境の事が頭から離れなかった。



『ルリルリが女の子としての教育を何もされていなかったのは、きっとその必要がなかったからだわ』



道具として役に立つように英才教育をされていたり、モルモットとして扱われたりする事はあったとしても・・・
道具やモルモットが女の子らしくある必要など、きっと研究者たちが認めなかった、あるいはそんな事に関心すらなかったのだろう。
それともルリを育てた研究所は、男ばかりで女性の所員などいない環境だったのだろうか?
いずれにせよそのせいでルリは男の子みたいな女の子に育ってしまった。
少なくともミナトはルリを見て、プロスの話を聞いてそう判断し、そう受け取っていた。



『だったらルリルリの面倒は私がみてあげるわ。
 あの子はちっとも特別なんかじゃない。みんなと同じ普通の女の子なんだから・・・』



ともかく、このあとミナトは静かにその使命感に燃えていたのだった。



実は、ルリは研究施設でそれなりに女の子としてのしつけを受けていたけれど、ミナトはその事を知らなかった。
そのうえ今のルリは女の子としてのしつけを受けた本来のルリではなく、とある事故のせいでマキビ・ハリと言う名前の男の子に中身が入れ替わってしまっていたのだから、ミナトの予測は大いなる勘違いなのだった。
もっとも、ミナトに与えられた判断材料だけでこの無茶な正解を出せというのは酷な話ではあるが・・・

それはともかくとして・・・・・・





ルリと初めて会ったとき、ミナトは長期戦覚悟で少しづつルリに女の子らしさを教えようと思ったのだが、

今回のミナトはルリの過去を知り、私が何とかしなきゃ、と、使命感に燃えて少し焦りを感じてしまった事、
そのルリに買い物の件で避けられた事を知り、その理由を推測しつつも少しばかり思うところがあった事、
そして、その買い物のための外出が、ルリに女の子らしさを教えるまたとない良い機会だと思えた事、
それらの条件が重なり、ミナトには珍しく強引に行って、ルリの心をかえって傷つけてしまった。
ようやく泣き止んで落ち着いたルリの涙を優しくハンカチで拭いてあげながら、ミナトはその事で深く反省していたのだった。



「嫌がるルリルリの事を無理矢理女の子らしく装っても、そんなものに何の価値もないのにね・・・」



そんなのルリルリが反発しても当然なのだ。そのせいで自分がルリルリに嫌われるのも・・・
今までルリが懐いてくれていたから慢心していたのかもしれない。少しくらい無理言っても大丈夫だと。

ふと、その事で寂しさを感じつつミナトは改めて思った。ルリルリに嫌われてしまったのなら仕方がない出直そう。もう一度少しづつ、今度はルリルリが心から納得できるように・・・







ようやく泣き止んで落ち着きをとりもどしたルリ(ハーリー)は、どうしていいかわからずに戸惑っていた。
あの時はヒステリックになって自分の感情をコントロールできなくて、ついあんな事を口走ってしまったけど、



『ミナトさん、ごめんなさい・・・大嫌いだなんて言っちゃったけど、ボクは本当はミナトさんのこと・・・・・・』



ハリルリの偽らざる今の心境だった。
自分の本当の気持ちを言うだけでいい、簡単な事のはずだった。
だけど・・・その簡単なはずの事ができなかった。言葉にする事ができなかった。
ほんの少し、ほんのちょっぴり素直になれたら言えるのに・・・



「・・・ミナトさん・・・・・・その・・・ボクは・・・」



ハリルリは、うつむいて躊躇しながらもその言葉を言おうとした。
だけど勇気が足りなくて、そこから先の言葉がなかなか出なかった。



「・・・ミナトさん、ミナトさんの服、ボクが泣いたときに汚しちゃって・・・・・・ごめん」



違う、ボクが言いたいのはこんな事じゃないのに・・・



「いいのよルリルリ、これくらいたいした事ないから、
 ・・・それより私の方こそごめんね、ルリルリが嫌がっていた服を無理に着せようとして・・・」



そう言って、ミナトさんは優しく微笑みかけながらもう一度謝ってくれた。
ハリルリには、そのミナトさんの微笑がとても寂しそうに見え、心が痛むのを感じていた。

『それなのにボクはまだミナトさんに謝る事が出来ないでいる・・・』

そういえばミナトさんの声、やっぱり沈んでいるような気がする。
だけど、だからと言ってボクが女の子の服を着るのはやっぱり嫌だし・・・・・・はあ〜っ、どうしよう?

そう思いながら、ふと、何気なく見ていたミナトさんが片付けようとしている服のひとつに目が止まった。



「ミナトさん、その服は?」



おもわず言葉に出てしまった。
ハリルリは、なぜかその服から目が放せなくて見つめ続けていた。
それは黄色のワンピースだった。



「!? ルリルリ、ひょっとしてこの服に興味があるの?」



そのミナトの声のには、つい先ほどまでの沈んだ調子ではなく、ほんの少し期待の響きがあった。
ミナトはそのワンピースを手にとって、よく見えるようにルリの前で広げて見せた。



『このワンピース、あの時艦長が、ルリさんが着ていたワンピースによく似ているんだ』



あの時とは、五年後の未来の世界で、旧ナデシコAのクルーを集めていたときの事である。
あの時は、かつてのナデシコのクルー集めにこだわるルリさんに反発したりもしたのだけど、今ではその時の事を思い出すと懐かしさがこみ上げてくる。あの時いろんな人と出会い、そしてミナトさんとも出会ったんだっけ、
その時ルリさんの着ていた服が黄色のワンピースだったのだ。

そして、今目の前にあるその服は、少しだけデザインが違うけどよく似ているとルリ(ハーリー)は感じた。



「それ・・・ボクが着てみてもいい・・・かな?」


「!?ルリルリ、・・・もちろんよ、ルリルリが着てみたいのなら・・・」



ボクはどうしてそんな事を言ってしまったんだろう? どうしてそんな風に思ったんだろう?
変だな、さっきまで女の服なんて絶対着たくないって思っていたはずなのに、
いや、今でも本当は着たくなんかないはずなのに、どうしてそんな事を?

ハリルリは、自分の心の急な変化に戸惑いつつも、
心の底からこみ上げてくるその想いに突き動かされるのを感じているのだった。
どうしてだか理由はわからないけど、あの服を着てみたい・・・と





ミナトさん、メグミさん、店員さん、みんなワンピースの試着を手伝おうかと言ってくれた。
どうしようか? ボクは少しだけ悩んだ。
だって、それくらい一人でもできるし、なんだかそんな事人に手伝ってもらったり着替えるところを見られたりするのは恥ずかしいような気がしたから。でも・・・



「ミナトさん・・・ミナトさんにお願いします」



ボクはミナトさんに頼む事にした。ミナトさんじゃなきゃいけなかったんだ。
だから今ボクは、ミナトさんと一緒に試着室の中、二人っきりだった。
まだミナトさんとは少し気まずい・・・だけど言わなきゃ、こんどこそ、
ミナトさんと気まずいままなんて、そんなの嫌だから・・・。







「さっきは・・・さっきはごめん。ミナトさんの事、大嫌いだなんて言って・・・・・・・・・」

「ルリルリ・・・」



不安そうな、今にも泣きそうな顔をしてルリはそこまでの言葉を言った。
でも、また沈黙・・・そこから先の言葉が出てこないようだ。
そんなルリの様子を見てミナトは思った。

『ルリルリも同じだったんだ。私に嫌われたんじゃないかって不安に思っていたんだ』

そう思ったミナトは、そんなルリを安心させるかのようににっこり微笑んで思った事を言った。



「ルリルリ・・・大丈夫よ、私はどんなにルリルリに嫌われても、ルリルリの事嫌いになんかならないわ」



「そ、そんな事ないよっ、ボクは本当はミナトさんの事嫌いなんじゃない、だって・・・

 だってボクはミナトさんの事が大好きなんだから!



そう言った後、ルリは自分の言った言葉に気付いた様子で、恥ずかしそうにすっかり赤くなっていたのだった。
そんなルリの様子にミナトは・・・



「ルリルリったら、赤くなっちゃってかわいい♪



そう言ってルリの事を抱き寄せて、頭を撫でたりして可愛がったのだった。
ミナトに抱き寄せられ、再びその胸の中に顔を埋める形になったルリは、

じたばたじたばたじたばたじたばた

さらに顔を赤らめ手をバタつかせてもがいていたのだった。
ひょっとして、窒息しているのかも(笑)



『ルリルリ・・・ありがとう。私もルリルリの事大好きよ』



ミナトはそっと心の中でつぶやいた。









さて、ミナトさんと仲直り(?)できたおかげなのか、ハリルリちゃんすっかり機嫌が直ったようで、
照れくさそうな顔をして着替えを再開させたのだが、ふとある事に気がついた。



「ミナトさん、やっぱりちょっと恥ずかしいんだけど・・・」



今更だがハリルリちゃんは、ミナトさんに着替えを見られるのは恥ずかしいと感じているようだ。
もっとも、ミナトも今更それくらいで動じたりはしない。



「恥ずかしがる事なんかないじゃない、ルリルリとは前に一緒にお風呂に入った仲なんだし♪」

「・・・そう言う事じゃなくて」(汗)



確かに、ナデシコに来た初日にミナトの部屋でこぼしたジュースで濡れてしまい、シャワーも借りたし、
その時一緒に入ってきたミナトさんに身体を洗ってもらったりもしたけれど・・・
その時のことを思い出し、ハリルリはまたもや頬が火照るのを感じた。



ともかく、この期に及んでミナトの事を気にしてもしょうがないだろう。
気を取り直して、まずはナデシコから着てきた私服を脱いでいく・・・
ハリルリが今着ているのは飾り気のないさっぱりしたブラウスとキュロットだった。



『ボクにも比較的抵抗の少ない組み合わせの服装だと思う。外出するのにラフすぎる格好もどうかと思ったし、かといって女の子っぽい服も嫌だったからこんなのでも結構頭を使って悩んだけどね』(苦笑)



ハリルリは服を脱いで下着だけの姿になった。鏡に映るその姿には、心が男の子なハリルリちゃんも最近は見慣れていたはずだった。
だけど、改めてこんな所でじっくり見ると、なにか気恥ずかしい気がした。なんだかそのまま見ていたら変な気分になりそうだと思ったので、慌ててそれを頭の中から追い払って気分を切り替えた。
まあさすがに、今更あたふた慌てて赤くなったりハナ血をだしたりといったお約束をする事はないようだが・・・



いよいよ例のワンピースの出番である。
今、ミナトさんが手にしているそれを見ながら、ハリルリはまだ少しためらっていた。

『これを着てしまったらボクの中で何かが変わってしまう』

本能的にそう感じたから、自分の心の奥からは『駄目だ、駄目だ、着ちゃ駄目だ』と警告が発せられ、
でも・・・それ以上に湧き上がってくる感情を、好奇心を抑えられそうもなかった。
それは、さっきまでは考えられない事だった。

『気恥ずかしくて、なんだか気分がくすぐったいや・・・・・・』

でも、どの道今更やめられない。ハリルリは覚悟を決めた。

そんなルリの事を、今度は急かす事無くそっと見守っていたミナトは、
ルリが決意したの見てとると、そのワンピースを着付けるのを手伝い始めたのだった。









鏡に映るそのワンピース姿は、あの時より身体こそまだ小さくて幼いけれど、
ハーリーの知っているあの日の艦長、あの日のルリさんだと思った。
それに気付いた時、ハーリーはどうしてこのワンピースを着てみたかったのかに気付いた。



『そうか、ボクは・・・艦長に、ルリさんにもう一度会いたかったんだ・・・・・・』



もう、ルリさんに会う事はできない事はわかっていた。それでも会いたかったんだ・・・。

ハーリーは、今では自分がそのルリさんの姿をしているのに、その存在を凄く遠い物に感じていた。
だけど今は、そのルリさんのことを今まで感じた事がないほどに、身近に感じたのだ。
まるでルリさんがすぐ側にいて、その息遣いが聞こえてくるような気がするほどに・・・。

ハーリーは、また涙を流していた。自分でその事を自覚しないまま・・・。





ミナトは、ワンピース姿のルリルリを見てとても可愛いと思った。そう声をかけて言ってあげようと思った。
でも、そのルリが意味深な表情で、鏡に映る自分の姿を見ながら涙を流している事に気が付いて・・・
とても声をかけられる雰囲気ではないと思った。
その涙には、きっと何か訳があるのだろう。ミナトは、その訳を知りたいと思ったけれど、
今は何もいわずそっと見守る事にした。それはルリの心の内にある事なのだろうから・・・・・・。





やがて泣き止んだルリは、自分からぽつりぽつりと話をはじめた。話してくれた。
きっと誰かに話を聞いて欲しかったんだろうとミナトは思った。だから黙ってルリの話を聞いていた。





「この服・・・ボクが憧れていたある人が着ていた服によく似ていたんです。
 だからかな? ボクがこの服を着てみたいと思ったのは・・・」



そう言って、ルリは自分の着ているワンピースにそっと触れた。
大切な思い出に触れるかのように・・・・・・



「その人はボクの先輩にあたる人だったんです。
 オペレーターとしての実力はボクなんかよりずっと凄くて、ボクなんか全然及ばなくて・・・
 でも、ずっと憧れていた・・・あの人はボクの目標だったんです」



そう話すルリルリの顔はとても寂しそうで、でも口調はどこか懐かしそうで、誇らしげで、
そこまで話を聞いていて、ミナトはその子に軽い嫉妬と大きな興味を感じていた。
その子はルリルリの心をこんなにもつかんでいたのだから・・・・・・一体どんな子だったんだろう?



「そっか、ルリルリはそのお姉さんに、そんなにも憧れてたんだ。
 服装だけでなく、その髪型もマネしているくらいだから、よっぽどそのお姉さんの事が好きだったのね」

「す、好きだなんて・・・ど、どうしてそんな事わかるんです?」



なぜだか慌ててどもるルリ、何故そんなに慌てる? 気のせいか頬も少し赤くなってるような(笑)
ミナトさん、さすがにルリのその反応を怪しく思い、つい悪戯心が芽生えて茶化すように話を続けた。



「へえ〜っ、ルリルリの好きってそう言う意味だったのね、
 で、ルリルリが好きになったお姉さんってどんな人だったの?」



「だ、だからそんなんじゃなくって・・・(汗)」



ルリはますますうろたえて、とても反論できる状態ではなく、
それでもその追求の矛先をかわそう試みた。



「大体どうしてボクがル・・・あの人の髪型を真似してるって思ったんです?
 ボクは別にあの人の真似しているつもりなんかなくって・・・・・・」



その言い方では肯定と同じ事。
ミナトは、少なくとも髪型に関しては自分の想像が正しかった事を確信した。



「だって、ルリルリは普段は女の子らしくするのを嫌がっているのに、
 髪の手入れも毎日面倒くさいとか言いながら、髪型はツインテールにこだわっていたんだもの」



男の子みたいに振舞いたいのなら、面倒だと思うなら、
ツインテールのような女の子らしい髪型でなく、普通ショートカットにでもするだろう。
あるいは女の子らしい髪型、という事なら他の髪型もあるだろう。
でも、ルリルリはあくまで『ツインテールにこだわっている』ミナトにはそう見えたのだ。
今まではルリがそこまでツインテールにこだわっていた理由がわからなかったけど、
今、それがルリルリが憧れたお姉さんと同じ髪型だと知り、その理由に納得したのだった。



『そんな事・・・・・・そうかもしれない・・・・・・』



ミナトの言葉に、ルリは何か言いかけたが結局何も言えずに口をつぐみ、
ツインテールに結わえた自分の髪に、そっと手を触れていた。その感触を確かめるように・・・



「ルリルリがそこまで慕っているお姉さんに、私も会ってみたくなっちゃったわ、
 もしよかったら、私もいつか会わせてもらえるかな?」



私は、本当に機会があったらその人に会ってみたいと思った。会ってルリルリの事で色々話をしてみたい。
でも、そう言うと、ルリルリの表情は複雑そうに曇って・・・。



「無理です。会いたくても会えないんです・・・だって・・・・・・」

「会えないってどうして?・・・・・・あっ!」



私は馬鹿だ、どうしてさっきまでルリルリが辛そうに話をしていたのか、話が過去形だったのか、
少し考えれば分かりそうな事だったのに・・・・・・それなのに・・・。



「ごめんねルリルリ、辛い事を思い出させちゃったみたいね」

「いえ、いいんです。おかげでボクもあの人の事を、もう一度思い出せたから、
 それに、あの人の事を感じる事ができたから、
 ナデシコに乗っていれば、あの人が感じた事をボクもきっと感じる事が出来る。その事がわかったから・・・」



ミナトから見て、そう言うルリルリの表情は、今までになく穏やかで、そしてとても懐かしそうだった。
ルリの雰囲気から、いつの間にか以前からあったピリピリした空気が消えているようにも感じられた。
以前から探していた答えが見つかって、ルリルリのにとっての胸のつかえが取れたのだろうか?
ミナトはなぜかそんな風に感じたのだった。



「ナデシコに乗っていたら、その人の事感じる事が出来るって、それはどうしてなの?」



ミナトは興味をこめてそう聞いてみた。自分の想像がどのくらい正しいのかわかるかもしれない。
そう問われて、ルリは困ったような顔をしていたが、やがて何かに気付いてこう言った。



「それは・・・内緒です」





結局、このあとルリルリは、すっかり口が堅くなってその事では何も話してくれなかった。
でも、こうも言ってくれた。



「今は何も言えないんです。ボクもその事で確信がもてないから、
 ボク自身気持ちの整理ができていないから、
 でも、いつか気持ちの整理がついたら、もし話せる時が来たら、
 その時は・・・・・・ミナトさんにはボクの話を聞いてほしい、それが何時になるか分からないけど」



・・・・・・ルリルリにだって話せない事、秘密にしておきたい事も当然あるのだろう。
今はここまで心を開いて話してくれた。気にならないといえば嘘になるけど今はそれでいいと思う。
そう言ってくれるだけでも嬉しいのだから・・・・・・。

私は、ルリルリの心の整理がつく日を、秘密にしている事を話せるようになるその時を待つ事にした。







『・・・・・・本当ならナデシコに乗り込んでいたのは、ボクじゃなくて艦長、ルリさんだったはずなんだ。
 ミナトさんが出会っていたのは、本当ならボクじゃなくてルリさんだったはずなんだ。
 その事をミナトさんが知ったらどう思うだろうか? いつか本当の事話せる日が来るだろうか?』



ハーリーのその心のつぶやきを、ミナトが聞く事は無かった。
いつか本当にその事を話せる日が来るのだろうか? 今はまだ誰にもわからないのだった。









ハリルリは自分の部屋に今日買ってきた荷物を運び込み、やっと一息ついていた。

結局、今回の買い物ではあのワンピースを買い、それ以外にはさすがに男物の服を買うわけにはいかなかったけど、ボーイッシュな装いの服を買うことで妥協した。そういう服でもカラフルで女の子って感じはするから少し恥ずかしい気もするけど、なんだかそれくらいなら着てみてもいいかな? 今はそんな気分になっていたから。
そのあとは必要な荷物を買い込んだり、せっかく来たんだからとミナトさんやメグミさんの買い物に付き合ったりして、色々と大変だったけどね。

大変と言えば、ボクは最初は自分で買った物くらい自分で持とうとしたんだけど、

「こういうのは男の仕事だからルリルリは無理に持たなくてもいいのよ」

ミナトさんもメグミさんもそう言ってゴートさんにボクの荷物持たせたんだっけ・・・。
結局その後、ゴートさんは、一人で全員の荷物もちやらされて大変そうだったけど、ボクはいい気味だと思った。
ボクはゴートさんへの恨みはまだ忘れてないんだからね・・・
せめてこういう時くらい女の特権ってやつを使うのも悪くない気もしたし。



でも、両手一杯に荷物持たされて大変そうなゴートさん見ていたら段々悲しくなってきた。男って・・・・・・
もういいや、ゴートさんへの恨みはこれでチャラにしてあげよう。





結局、この日は色々あって疲れたのだろう。
このあとハリルリはシャワーを浴びた後、今日の事を思い出しながらゆっくりと休んでいたのだった。







つづく





あとがき

やっと終わった・・・・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、
前回のあとがきで一週間ほどで次を書くと言っといてここまで遅くなっちゃって、二ヶ月以上たってしまいました。
途中までBパートとして書いていた話をボツにしたりもして、新しく書き直してそれの手直しもしてましたし(苦笑)

書き直した話も初めはコメディー調で軽い話になるはずだったのに、シリアス(?)に重くなっちゃいました。
もし、コメディ−調のままならせっかく外出しているのだし、別人28号さんのオリキャラ蔵人ダイゴを借りてきて、
バカ息子タコ殴り大会でもやらせようかとも思ったのですけどね、結局そんな展開にはならなかったけど。
(ハリルリちゃんもストレス解消と、何よりミナトさんにちょっかいをかけるバカ息子のタコ殴りに参加とかね)
それはともかく、やっとこの話を書けたので、よければ読んでやってくださいな。
(本当、このシリーズは毎回手こずるなあ)

結局、今回も続けてミナトさんがらみの話になちゃったなあ・・・少し反省もしてます。
(ボツにした話ではメグミやウリバタケさんたち整備班がらみの話になる予定だったんだけど、今更だし)

今回は意地っ張りなハリルリちゃんの心の変化を上手く書けただろうか?
その辺は僕なりに考えたつもりですが、その辺の判断は読んだ人に任せます。



ところで、この頃のルリとミナトやメグミとの関係ってどんなだったのでしょうね?
このシリーズを書く場合、オリジナルのルリの場合はどうだったのか?
気にしながら比較しながら考えてます。

この時期のルリは、メグミともミナトさんとも一定の距離を保っていて心を許していないかな?
そういう意味では人間関係は本編とは多少変化しているかもしれません。
(オリジナルよりミナトたちに対する依存が大きいかも、でもハーリーはそういう性格だと思うし)
でも、基本的なルリ(ハーリー)の立場やポジションはオリジナルと変わらないので、
今の所大きな変化はないと思っています。(この先はどうなるかわかりませんけどね)



あと、以前takaさんに質問された事なのですが、このシリーズのアキトは逆行アキトかどうかという事ですが、
このシリーズに出てくるアキトは逆行アキトではなく黄アキトです。一応逆行者はハリルリだけです。
(あと、takaさんがリクエストされていたエピソードはもう少しもう少しおまちくださいね)

でも、逆行アキトとハリルリという組み合わせも面白そうだなあ、その時思ってしまいました。
誰か書いてみる気のある物好きいないでしょうか?
あるいはコメディーでもシリアスでも、もしハリルリというキャラを使って書いてみたい人がいたら、
あるいは自分のSSで書いてみたい人がいたら、良かったら使ってみてください。
というか、他の人が書くハリルリちゃんも見てみたいです。



次回この続きがいつになるかわからないけど、次はようやくナデシコ本編の二話につながる予定です。
(早くても続きを書くのは二月くらいになると思います)
さあ、これでようやく砂沙美の航海日誌の続きに取り掛かれるぞ(苦笑)



それでは今回はこの辺で、次回もよろしくお願いします。








ゴールドアームのほっとした(?)あとがき


 いや、本気でほっとしました。この話がギャグにならずに(爆)。
 マジほんと、ギャグにしたらせっかくのお話が死ぬところでしたし。



 本気でいいもの読ませていただきました。
 キツい言い方になりますが、プロローグだけしか書いてこないで連載をはじめようとする作家さん達は、この話から『心理描写』の大切さを学んで欲しいと思います。
 小説はとどのつまりは『人』を描くものなのです。如何に魅力的な『人』を描けるかが、物語としての完成度を決定づけます。
 最強無敵の主人公の活躍が見たいと思ったら、当然その最強無敵さを描写する必要があります。ところが困った事にその最強無敵さだけに目がいって、どうしたら主人公が最強無敵に見えるかをころっと忘れる人の多い事多い事(泣)。
 ただ勝っているところを書いただけでは主人公の強さは判りません。主人公を強く見せたかったら、主人公以上に、倒される脇役にこそ力を注ぐ必要があるのです。なぜそれがわからない人が世の中には多いのでしょう。



 まあその話は置いておくとして。
 今回の話は、ハリルリとミナトさんが実にいい味を出していました。
 メグミさんが添え物だったのがちょっと悲しかったですけど、これはまあどうしようもないでしょう。いても無意味だけどいなけりゃかえっておかしいですし。こう言う事もままあります。
 男としての自意識と女の子の姿(あえてからだとはいわない)、そしてそれに加えてあこがれの女性としての要素が加わっているハーリー君の前途はまだ多難そうです。
 ですがじわじわと彼も成長している様子が大変に面白く読めます。
 この調子でどんどん続けていってください。



 あと、先輩作家としての意見ですが。
 このお話を今後書きつづる際には、ナデシコ本来のエピソードはかっ飛ばしまくってかまわないと思います。
 この話はあくまでもハリルリの心情と成長こそがテーマであり、ナデシコでなにが起こったかなどは、それに関わってこない限り全く不要なものです。
 そんなもんはばっさりと切り捨ててください。
 反乱騒ぎも、リョーコちゃん達との出会いも、いらないと思ったらいらないのです(影響有りまくりという気はしますが、この例だと)。
 すべてはハリルリ視点で、彼に影響したと思われる事だけを綴っていけばいいと思います。
 とは言っても、作者はナデシコの軌跡をきっちりたどって、いろいろな原作エピソードが彼にどんな影響を与えたかをきっちりとシミュレートしていかなければならないんですけどね(笑)。ここで手を抜くと彼の言動がおかしくなってしまいますし。
 結局書き手の苦労は変わらないと。



 では、次の話でハリルリちゃんと出会う日を、楽しみにしています。
 ゴールドアームでした。