(砂沙美の航海日誌「第十一話」)

西暦2195年 10月 第一次火星会戦
この戦いは、誰にとっても不本意な結果をもたらしたと言えるだろう
少なくとも地球連合側の人間にとっては……

火星軌道の遥か彼方、木星の方向からやってきた巨大な未確認飛行物体
後に、チューリップと呼ばれることになるそれによってそれまでの平和は破られた


「敵はまっすぐに火星に向かっています。大気圏突入後、予想到達地点は同南極」

「敵の目的は侵略である事は明白である。ヤツを火星に下ろしてはならん! 各艦射程に入ったら撃ちまくれ!!」


迎撃に出たのはフクベ提督の火星駐留艦隊
そして、その結果はあまりにも一方的で、あまりにも無残だった

こちらの攻撃はビームは捻じ曲げられ、レーザーはフィールドにはばまれて効果がなく
チューリップから出現した無人艦隊および無人の機動兵器には歯が立たたなかったのだ
その時、フクベ提督には敗北の恐怖と屈辱に耐えるしかなかった……なかったのだが


「チューリップ火星の大気圏に突入します!!」


フクベ提督はとっさに判断した……このまま無傷でヤツを火星にやるわけにはいかん…と
それはどちらかと言えば戦略や戦術とかいうレベルの話ではなく、フクベの意地とプライドと自己満足の話だろう


「総員退避!、本艦をぶつける!!」


戦果どころか敵に傷ひとつ負わせる事なくこのままでは、何もできないままでは終われない…と
あとから考えたら、なんと安っぽいつまらない意地とプライドだったのだろうか

だが、この時はたとえそれが自己満足であったとしても必要だとおもわれたのだ
その代償は高くつき…フクベ提督はその事に激しく後悔し、苦悩することになるのであるが……









機動戦艦ナデシコ

砂沙美の航海日誌



〜第十一話「苦悩、そして決意」〜



By 三平









「・・・私のつまらない意地のために大勢の人たちを死なせてしまった

 本来なら守るべき人たちを・・・・・・

 その事を非難され罵倒されても私は受け入れるつもりだった

 ・・・だが、地球に帰った私を待っていたのは『英雄』と言う名の称号だった」


それは、第一次火星会戦の一方的な敗北の事実を隠すための茶番
それには『英雄』と言う名の目くらましが必要だった
街をひとつを犠牲にしてあげたチューリップ撃破、という唯一の戦果
それが、フクベを『英雄』として祀り上げる根拠だったのだ

皮肉な事に、フクベ提督はそれを受け入れて偽りの英雄を演じ続けられるほど厚顔ではなく、心が強いわけでもない
『英雄』と呼ばれるたびに苦悩し、苦しみ続ける事になったのだった


ササミはフクベのお爺さんの話を黙って聞いていた
その言葉の端々からは、苦悩と後悔がにじみ出ているのがわかったから
せめて話を聞き終わるまではと思うから・・・でも、お爺さんの次の発言は見逃せなかった


「私は・・・あの時死んでしまうべきだったのかもしれん、ブザマに生き恥をさらすよりは・・・いっそあの時・・・・・・」


「違う! 違うよ!! そんなの間違ってるよ!!」


ササミは自分でも驚くほどとっさに声が出ていた・・・そんなササミの様子に、フクベも驚いたようだ


「・・・死ぬなんて、死ぬなんてそんな簡単に言っちゃ駄目だよ

 どんなに辛くても、お爺さんが死んだらきっと悲しむ人だって・・・」


「いや・・・私が死んでも悲しむ人はいないのだよ・・・だって私には・・・」


「ササミがいる! ササミがいるよ!!・・・お爺さんが死んだらきっと、ううん絶対ササミは悲しいと思う。

 それに、ナデシコのみんなもきっと悲しむよ・・・だから言わないで、悲しむ人がいないなんてそんな事・・・」


なぜこんな事を言ったのか、自分でも理屈はわからない・・・
だけど、ササミは何となく気が付いたのかもしれない
フクベのお爺さんは死にたがっている、死に場所を求めている、という事を

『君は優しいんだねササミちゃん・・・』
フクベは、ほんの少しササミのその優しさに触れたような気がした・・・だが


「君は私が憎く無いのかね・・・私のせいで君達は、火星の人たちは・・・」
フクベは口に出してはそう言った・・・


「・・・わからない、わからないけど・・・でも、ササミはお爺さんの事嫌いじゃないよ」


本当なら、ササミはフクベのお爺さんの事を憎んでもいいはずだった
嫌いになってもいいはずだった
この人のせいで、火星のみんなは死んでしまったんだって
ひょっとしたらパパやママだって・・・・・・

でも、なぜだかササミはそんな気になれなかった
初めに、フクベの弱さや苦悩を見ていたせいもあるかもしれないかも・・・
いや、そんな物見なくても、ササミにはこのお爺さんを憎む事など出来なかっただろう


「ササミは難しい事はわからないけど・・・

 でも、お爺さんが火星の人達の事をすまないと思うのだったら、死んじゃ駄目だよ

 辛くても、悲しくても、どんなに苦しくても・・・・・・

 だって、お爺さんもササミも生きてるんだから・・・生きている人しか出来ないことだってあるはずだから・・・」


話をしながら、ササミはあの時の火星の人たちの事を思い出していた
あの人達はフクベのお爺さんの事をどう思うのだろうか?
お爺さんの事をゆるしてくれるだろうか?
それはササミにもわからない、だけど・・・・・・


「ササミ・・・さっきはあの日の事を忘れたいと言っていたよね

 だけど、今はあの日の事を忘れちゃいけない、とも思ってるんだ・・・・・・」


ササミはどこか遠い目をしてそう言った・・・今またその時のことを思い出しているのだろうか


「・・・それは、どうしてなのかね?」

あの日の辛い事は忘れたいのに忘れられない・・・この子はそう言っていたほどなのになぜ?


「あの日、あの地下にいた人たちの中で、今でも生きているのはササミとお兄ちゃんだけだと思う・・・

 もう、あの日の事を知っているのはササミ達だけ、ササミ達だけなんだもん・・・・・・」


どこか、罪悪感もこもった物言いかもしれない・・・自分達だけが生きている事にどこか負い目があるのだろうか?

コロニーの地下にいた人たち・・・ササミはそこにいた全員の顔と名前を知っているわけではないけれど
でも、知っている・・・あの時、皆怯えながらも最後まで生きのびる為の努力をしていた事を・・・
はたから見れば無駄な悪あがきに見えたかもしれない・・・でも


「そのササミ達があの日の事を忘れたら、あの地下にいた人たちの事を知っている人、誰もいなくなってしまう

 だから忘れちゃ駄目なんだ・・・誰にも知られないで、誰にも思い出してもらえないなんて、そんなの悲しすぎるから・・・」


そして、だからこそ思う
ササミ達はどんなことがあっても、どんなに辛くても、火星の人たちの分まで生きなきゃいけないのだと・・・
それはただの勝手な思い込みかも知れないけど


「お爺さんも・・・

 やり残した事があるから火星に行くんでしょう? だからナデシコに乗ったんでしょう?

 もし良かったら、ササミもお爺さんの事手伝うから、だからもう一度一緒に頑張ってみようよ・・・」


フクベは目を細めて、改めてササミの事を見た
ある意味、今のササミはフクベにとって眩しいのかもしれない


「君は強いんだねササミちゃん・・・私などより遥かに」


「違うよ、ササミは強くなんかないよ・・・ただ、お爺さんに元気になって欲しいから、だから・・・」


そう言ってフクベを見るササミの顔は、とても心配そうで・・・・・・


「・・・わかった、心配をかけてすまなかった・・・

 もう一度頑張ってみる事にするよ・・・そう言っても心配かね?」


「ううん、そんなことないよ・・・ありがとうお爺さん」


そう言うササミの表情はパッと笑顔に変わった。とてもいい笑顔だと思った
その笑顔を見てフクベは思う


『この子は、この子には生きていて欲しい・・・その為にはどんな事をしても・・・』


ササミが知ったら悲しむような決意をフクベはこの時していたのだが
その事が表に出るのはまだしばらく先の事である。ナデシコが木星蜥蜴に追われて火星を脱出する時の・・・・・・









おまけ

時間的にはこの話より少し後(十数日後、火星到着の少し前)ナデシコのブリッジにて



「なるほど、これはこうするんだね・・・すごいやさすがだねハーリー君、ありがとうね」


「・・・・・・いえ、それほどでも・・・あは、あははは・・・・・・」


どんな場面かというと、ササミがハーリーにオペレーターとして技術的な事を教わり、そのお礼を言っているのであるが
どうも様子がおかしいようだ・・・・・・礼を言われているはずのハーリーの表情が引きつっているのが何と言うか・・・・・・


『・・・ウソだろう、この難しいのをたったの一回見せただけで出来るようになるなんて
 僕だって艦長・・・ルリさんに何度も教わってやっとできるようになった事なのに・・・・・・』


初めの頃は、へっぽこなササミにオペレーターの技術を教える事に優越感を感じていたハーリーだったが
最近は危機感を感じない訳にはいかなかった
ともかくも何よりも、ササミは飲み込みが早いのだ・・・急速に実力をつけてきたのである
今はまだハーリーの方が実力は上だろうが、このままでは追いつき追い越されるのは時間の問題と思われるのだから
まあ、ササミのほうはそんなハーリーの様子に気づかずに無邪気にお礼を言ってたりするのだが・・・・・・


ササミがコンピュータのオペレーターとして素人同然だったのは、ある意味当然のことである。
ルリやハーリーとは違い、つい最近まで(少なくとも一年前まで)普通の家庭で普通の女の子として生活してきたのだから
そういう訓練は受けていなかったのだから・・・・・・

そんな訳で、ササミが初めはうまく出来なかったのは仕方がないのだが
どうやら資質というか素質ではかなり能力は高かったらしい。皮肉な事に本人は自覚していないのだが・・・
ハーリーとしては、自分が苦心して覚えた事を鼻歌交じりに簡単にやられてはたまらないのかもしれない
(と、言っても本当に鼻歌など歌ってはいませんよ念のため、笑)


『はあ〜っ、ササミさんて一体・・・・・・!?ってええっ!!?』


ふと、何気なくササミの横顔を見てハーリーは思わず驚いた
声を出さずに済んだのは幸いかもしれない


『あの夢の・・・夢に出てきた艦長!!・・・まさか!?』


あの夢とは、シャトルの中でハーリーが見た変な夢の事
その夢の中で、火星の後継者を電子戦で制圧した時、ルリの代わりに水色の髪の女性がナデシコCの艦長だった
その横顔とササミの横顔がダブって見えたのだ
普段のササミはノリが軽くて雰囲気が違うので、そんな事は考えなかったのだが(夢の事は考えないようにしていたし)
今のササミは真剣な表情をしてウインドウとにらめっこしていたので、そのギャップが少なかったのだ


『まさか、あれはただの夢のはずだし・・・だけど・・・』


もし、あの夢が予知夢か何かだとしたら
ササミさんはナデシコCの艦長になれるだけの実力を身につけるという事だろうか?
火星の後継者を制圧できるだけの実力を・・・ルリに匹敵するだけの実力を身につけるという事だろうか?
そして、その時僕はどうしているんだろうか?





「あれ?、ハーリー君これ何かなあ?」


自分の思考にとらわれていたハーリーは、ササミのその言葉に現実に引き戻された
オモイカネのチェックをしていたササミが何かに気が付いたようだ


「どれどれ・・・!これは!?」


そんなバカな!、思わずそう言いたくなる・・・そんなはずあるわけないのに


「誰かが外部からオモイカネにアクセスしてハッキングしている・・・こんな宇宙のど真ん中で誰がどうやって!??」


「それって・・・そんなことできるの?」


「普通じゃ無理ですよ・・・大体オモイカネにハッキングできるコンピュータなんてこの時代には・・・」


ササミの疑問に答えつつハーリーは困惑していた・・・そう、本来は無理のはずなのだ
木連にも地球にもそんな事をできる艦艇もコンピュータも存在しないのだから・・・五年後ならばともかく
それと、ハーリーが気が付かないほどに巧妙にアクセスの跡を隠蔽してあったのだが、それにササミが気が付いた事実も彼の気を重くしていた


「・・・ともかく対策だけはやっておきましょう・・・・・・」


幸いな事に、相手はどうやら艦内の情報を探っただけで何もしていないようであるし


『・・・艦長・・・ルリさん・・・寝ていないで起きて下さいよ・・・僕はどうすればいいんですか?』


つい弱気になるハーリーだった
今、ハーリーの困惑に答える事の出来る者は誰もいないのだから・・・





つづく



あとがき

つづき書くのが一ヶ月以上遅れてしまった・・・・・・申し訳ない

本当なら今頃ナデシコは火星を脱出しているころなのですけどね、それどころかまだ火星に着いていないし(爆散)

そんなわけで、主にフクベ提督の話だけで書きました。こんなに手こずるとはねえ

この話は少なくとも二回書き直し、今でも完全には納得していないのですが、これ以上粘ってもいいもの書けそうにないので

これで送りますね・・・いいかげん話を先に進めたいですしね

(以前キャラが勝手に動くという話が出ましたが、フクベさんは逆に動かしにくいキャラかもしれませんね)

アキトと女性陣の話は次回書きますね

ササミの生きる事に対する取り組みは、この話と月の女神第二話あたりとは違ったりしますが・・・

両者のおかれた境遇や精神状態が違いますからね、あまり目くじら立てないでね(苦笑)

あと、ハーリーくんの天下は先が見えてきたかも・・・・・・とは言っても、僕は扱いを悪くする気はないですがどうなりますやら

それでは今回はこの辺で・・・・・・




代理人の感想

まぁ、三日天下ですよね(爆)。

扱いを悪くするというより、それが本来のポジションなんであって・・・・・・

って、こう言う考え方が平気でできてしまう所が彼が不憫な一番の原因なのかなぁ(苦笑)