機動戦艦ナデシコ Reterner

第一章 転生




「……………………」
 声が聞こえる。
「…………カ、…………カ」
 よく知っている声。
「ユリカ、ユリカ」
 呼んでいるのは、私?
 ゆっくりと、両目を開く私。その眼に映ったのは、心配そうに私を見下ろすジュン君だった。
 まだ生きてたんだ、私。ゆっくりと、安堵の思いがこみ上げてくる。たとえもう長くない命だとしても、ほんの少しでも長く生きたい。少しでも多くの思い出を、みんなと紡ぎたい。
 ……ん?
 違和感に気づく。絶え間なく頭を覆う微熱が、感じられないのだ。いつも鉛のように重い体も、妙に軽い。
 おそるおそる上体を起こす。起きれた。何週間ぶりだろう、こうやって、ベッドの上にでも起き上がれたのは。ひょっとして、体が快方に向かっているのだろうか。それとも、『燃え尽きる前の最後の輝き』というものなのだろうか。
「ねえジュン君、今日は何だか気分がいいの。外に出て、いいかな?」
「……は?」
 キョトンとした声を出すジュン君。あれ、そういえば今気づいたけど、いつの間に髪切ったの?
「いや、その、外に出たいんだったら構わないけど……あ、それとも校外に、って事かい。ちゃんと外出許可はもらってんだろうね。この前みたいな事は、いくらなんでもご免だよ」
「……何言ってるの、ジュン君?」
「何って言われても――」
 どんどん膨れ上がる違和感。そういえばここ、私の病室じゃない。
「あのさ、ここどこかな?」
「どこって、学校の医務室だよ。突然ユリカが倒れたから、つれて来たんだ」
 思い出した。士官学校の医務室だ。いつの間に移されたの?なぜ、そんな事を?どうしてジュン君は、何も説明してくれないの。そう問いかけようとして、さらに気づいた。
 ジュン君が着ている服、あれはいつもの佐官の軍服じゃない。意匠に共通の部分はあるが、懐かしい士官候補生の制服だ。あわてて自分の姿を確認する。同じ、候補生の服を着せられていた。
 一体全体、どういう事?ほとんどパニック直前になった私の脳裏に、天啓がひらめいた。
 そんな、馬鹿げている、でも、だとしたら――
「どうしたんだい、ユリカ。何だか顔色が悪いけど」
「あ……あのね、ジュン君――」
 私が問いかけようとした丁度その時、
「どうだ、ミスマルの具合は」
 入って来たのは――士官学校で同期だった、ナカザト君だった。一月前、お見舞いに来てくれたことがある。今は、統合軍に在籍しているはず――なんだけど……
 ナカザト君、どう見たって二十代半ばには見えない。そういえば元が童顔だから気づかなかったけど、ジュン君も……
「おいアオイ、ミスマルのやつ、一体どうしたんだ?いつもに増して、様子が変だぞ」
「どうやら、意識が混乱しているみたいなんだ」
「そうか、困ったな。聞きたいことがあったんだが」
「どうかしたのか?」
「ああ、たった今耳にしたんだが、火星のほうで何か緊急事態があったみたいなんだ」
 その言葉が、自分の思考にはまり込んでいた私の脳を直撃した。
「ナカザト君、火星が一体どうしたの」
「え、いや」
「お願い、教えて」
「お、俺も詳しいわけじゃないんだが」
 戸惑いを隠せない様子のナカザト君。
「火星に、何らかの敵性体が現れたのは事実らしい。軍も、かなり大きな被害を受けたようだ」
「おい、火星にはフクベ提督の第一艦隊が駐留していたはずだろう?」
「だから詳しいことは知らないって。どうやら、緘口令が出ているみたいなんだよ。ミスマルなら、親父さんの方から何か聞いているんじゃないかと思ったんだが――って、大丈夫か、ミスマル?」
 おそらく今の私は、紙のような顔色をしているのだろう。
「大丈夫だよ。それより今日、何年の何月何日だったっけ?」
「「は?」」
 ジュン君とナカザト君の声がきれいに重なる。
「お願い、教えて!」
「2195年の、6月24日だけど」
 第一次火星会戦(・・・・・・・)だ。間違いない。すると私は、還って来たの。六年も前の時代に。一体、何で――
 だとしたら、そうだとしたら、私は一体――
「なあ、馬鹿と天才は紙一重って言うけど、ついに踏み越えたんじゃないか、あいつ?」
「い、いくらなんでも失礼だろう!取り消せよ!!」



 私の『帰還』から半年。歴史は、私が知っている通りに動いている。
 『木星蜥蜴』と呼ばれる無人兵器群は火星はおろか月までを占領。戦火は地球本土まで広がった。
 グラビティブラストとディストーションフィールドを装備した無人戦艦に、従来型の戦闘艦艇では手も足も出ず、無尽蔵に湧き出してくる虫型無人兵器は、圧倒的な数で地表と空を埋め尽くしていく。
 間違いない。私は過去に戻されたのだ。
 でも、どうして?
 一番考えられるのは、やはりボソンジャンプだ。あまり専門的なことは分からないが、ボソンジャンプが単純な空間移動ではなく、むしろ本質的には時間移動であるという事ぐらいは理解している。私自身には経験はないが、アキトやイネスさんは、時間を逆行したことがあるそうだ。
 だが、私が『死んだ』あの時、ジャンプのイメージもしなければ、CCも手元になかった。何より、肉体を伴わない精神のみのジャンプなど、ありえるのだろうか(検査の結果、今の私の肉体が十九歳当時のものだということは判明している)。
 だとすれば、やはり『遺跡』だろう。
 ルリちゃん達に救出してもらった後、私は物理的には遺跡から分離された。だが、どこかでまだ繋がっているという感覚は、決して消える事はなかった。
 そうやって、死の間際まで記録していた私の記憶情報を、6年前の私の脳に転送した――これなら、それなりにつじつまは合う。
 だが、なぜそんな事を?
 あの遺跡が、何らかの意思や自我のようなものを持っていることは分かっている。だが、それはあまりにも異質で非人間的なものだ。確かに私達ジャンパーは遺跡に自分達のイメージを伝えることが出来るが、あくまで向こうが一方的に受け取り、そして返してくるだけ。極論すれば「Aボタンでジャンプ、Bボタンでダッシュ」というのと大して変わっていない。
 遺跡との相互理解を試みるぐらいなら、ドリトル先生を呼んでゴキブリに相対性理論を教えるほうが、まだ意味があるだろう。
 つまるところ、何も分からない、という事だ。
 でも、私が逆行してきたというのは事実だ。――何のために?――そして、どうするべきなのだろうかか?


 芳醇な香りが、店内を満たしている。
 目の前のカップを満たした黒い液体を、のどの奥に流し込む。おいしい。正直、コーヒーには詳しくないのだが、味の良し悪しは分かる。ネルガルの二人が指定してきたのは、記憶通りの喫茶店だった。
「ネルガルが、僕達に何の用だろう?」
 隣の席でジュン君が居心地悪そうに身じろぎする。そういえばこの店、コーヒー一杯いくらなんだろうか?
「さあ、分からないよ」
 肩を軽くすくめる私を、ジュン君はじっと見つめる。
「どうしたの?」
「ユリカ、ずいぶん雰囲気が変わったね」
「そう?自覚は無いけど」
 嘘だ。生きていれば人は変わる。変わらずにはいられない。あんな経験をした後ならば、特に。
 今思い出しても、ぞくりと体に震えが来る。意識が薄れてゆく……妙に眠い……それなのに孤独感だけがくっきりと大きく……おそらくあれが、死なのだろう。
「どうしたんだい、ユリカ?」
 ジュン君の心配そうな声。
「何でもないよ」
 飲んだコーヒーは冷めていて、ひどく不味かった。
 丁度その時、待ち人が訪れた。
「いやあ、お待たせしました。申し訳ありません」
 人当たりの良い、それでいて見事なまでに中身の無い笑顔を浮かべるプロスペクターさん。その後ろでは、ゴートさんが鬼瓦のような顔で立っている。なんだか、懐かしい。
「電話でも申し上げましたが、ネルガル重工会長秘書室の、プロスペクターです。こちらはゴート=ホーリー」
 如才なく名刺を差し出すプロスさん。
「地球連合宇宙軍士官学校のミスマル=ユリカです」
「同じくアオイ=ジュンです。本日の用件とは、一体?」
「ふむ、では単刀直入に申しましょう」
 コーヒーを二杯注文したプロスさんが、こちらに向き直る。
「この度、わが社で独自に宇宙戦艦を開発いたしまして」
 予想された言葉――
「軍との話し合いの結果、運用もこちらに任せていただく、ということになりまして」
 記憶通りの展開――
「ひょっとして私達に乗り込んで欲しい、ということでしょうか?」
 できるだけ、前回どおりの受け答えを試みる。ちらりと横目で見ると、やっぱりジュン君は絶句していた。
「ええ、そうです。艦長、および副長として」
「私達が、ですか?」
 うん、われながら名演技。
「はい。艦の名は『ナデシコ』。わが社の総力を結集した、木星蜥蜴に対抗しうる唯一の艦です」
 さっきとは微妙に異なる笑みを浮かべ、プロスさんは言った。


 ところで、武装しているとはいっても軍に所属してない船を『戦艦』と呼んでいいのだろうか?
 確かに、『武装船舶ナデシコ』じゃしまらないけど。


「すごい話だったね」
 宿舎への帰り道、ジュン君はまだ復活しきってないようだ。
 結局プロスさんには、「少し考えさせて下さい」と返答した。即答で承諾したいところだが、いくらなんでも不自然だろう。
「どうするんだい、ユリカは?」
「私、引き受けようと思うの」
「え!?」
 立ち止まる、ジュン君と私。
「これは、チャンスだと思うから」
「そうかい……」
 少しうつむいていたジュン君が、顔を上げる。
「決めたよ。僕もナデシコに乗る」
「いいの?」
「ああ、ユリカが決めたなら」
「ありがとう、ジュン君」
 本当に、ありがとう。
「いいって。さ、早く宿舎に帰ろう」
 再び歩き出そうとした矢先、ピタリと足が止まる。
「ユリカ……?」
 ジュン君の声が、ひどく小さく聞こえる。
 私の目は夕暮れの空、その一角に釘付けになっていた。
 一つ、二つ輝きだす星々。その中に、見つけてしまったのだ。木星を。
 主神の名を冠された惑星を見上げながら、胸中で誓う。
 私は、木連を滅ぼす――


 







































 後書き

 果たして、ユリカ主役でシリアスが出来るのだろうか?

 

代理人の感想

為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり。と申しまして。

北辰が善人なSSだってあるんです、やろうと思えば技量次第でいくらでも。(笑)。

 

実際ラストに「滅ぼす」と一言言っただけでかなりシリアス度は上昇してます。

ここからシリアス度を維持してけるかどうか、期待してますね。

 

>武装船舶ナデシコ

なんかそう言う言い方をすると「武装錬金」みたいな(爆)