『舞歌様・・・貴方は日陰者の私には眩し過ぎた。
そして、私の生き方すら変えてしまうほど素晴らしい女性だ。
あの士官学校での日々は、私にとって一番の思い出です。
色々と伝えたい事、話したい事があります。
でも、今言える事はこれだけです。
―――必ず、生き残って下さい、何があっても。』
ドン!!
衝撃が僕の頭を打ち貫く。
視界が……
いや、全てが闇に覆われた。
……。
気がつくと、そこはいつもの自分の部屋――軍の宿舎にある――だった。
「!?」
あわてて布団から跳ね起き、周囲の様子を確認する。
何も変わっていない。
いつもの自分の部屋だ。
おかしい――
これは一体どういうことだ?
僕はあの時、クソアホの南雲のヤツに頭を撃たれて死んだのではなかったのか?
いや、本当に死んだのかどうか自分ではよくわからないが、確かに<自分の死>を……あの冷たい、死の感触を覚えている。
念の為に鏡で額を確認するが、傷一つない。
ますますもってわけがわからなかった。
まさか、今までのことは全て夢だったのか?
そんな馬鹿な。
そう思いながら机の上に置いてある新聞に目をやった。
新聞の日付は、○月15日。
…………………な゛に゛?
ちょっとまて、おい……。
これは、だいぶ前の新聞だぞ?
そうだ……まだあのナデシコが火星で時空跳躍門に飛びこんで消息を絶ってた頃じゃないか!?
あの時は厄介なのが勝手に消えてくれて助かったと思ったけど……って、そんなことはどうでもいい!
どうなっているんだ。
僕はこんな古い新聞をこんなところに置いたりはしないぞ?
いや、落ち着け。
落ち着くんだ。
新聞は、紙質は……まだ新しいものだ。
少なくとも印刷されて半年以上も経ったものではない。
時計に目をやると、もうすぐ仕事に出ねばならない時間だ。
どうする?
少し迷った後、僕はいつも通り軍服に着替え、軍務へと赴くことにした。
とりえあえず外の様子を見れば、現在の正確な情況がわかるかも知れない。
いや、それよりも医者に行ったほうがいいのだろうか……?
……。
道すがら得た情報で、今日は○月16日であるとわかった。
そうするとあの新聞は昨日のものだと言うことになる。
周囲の状況は、何も変わっていない。
数ヶ月前の木連そのものだ。
まだナデシコは『帰還』していない。
すなわち『漆黒の戦神』テンカワ・アキトもまだ名前にすら出ていないし、『歩く大迷惑』……いや、『真紅の羅刹』こと影護北斗もまだ座敷牢の中(一生座敷牢にいてくれたほうが世の人のためではないかという気もするが)。
あの夢……『記憶』は何だったのだろうか?
ただの夢にしては、細部までハッキリ覚えているし、あまりに生々しい。
僕は考えこんだ。
自分の心に違和感を感じる。
あの夢のせいかどうかはわからないが、明らかに昨日までの僕ではない。
記憶の終盤、通信越しに舞歌様に言った台詞……
(我ながら何とも安っぽい台詞だったな……)
僕は自分自身を嘲笑った。
東 舞歌
上官であり、想いを寄せる相手。
いや、本当にそうだろうか?
僕はあの人を愛して……恋愛感情を抱いていたのだろうか?
改めて考えてみると、僕はあの人を通して、決して歩むことのできない、『光の道』に焦がれていたのかもしれない。
だから、どうしたというものでもないが。
あの記憶がなんなのか。
夢と切り捨てることは出来そうにない。
恐ろしいまでの現実感が断固として存在する。
僕が現在置かれている、現状との差異を考えて見る必要があるな。
とりあえず、今日も予定通り優人部隊の副司令として、仕事をせねばならない。
そうだ……。
記憶では今日は確か、舞歌様がまたどっかに遊びに行ってしまったので結局徹夜になったな。
果たして、記憶のとおりに現実が進むだろうか?
そんなことを考えながら、僕は足を進めた。
……。
現実は――記憶通りに進んだ。
いつのもように優華の連中……
アナログ人間の御剣
脳筋バカの神楽三姫。
アホの
実験ヲタクの
辛気臭い各務 千沙。
サイコの入った天津 京子。
同性愛嗜好の紫苑 零夜。
こういったスカタンどもにコケにされ、その上に舞歌様に雑務を追っ付けられ、おちょくられ……――
ああ、もう思い出すだけで嘔吐しそうなほどに腹が立つ。
深夜すぎの現在、一人で書類と格闘している。
心の奥から、
『何故こんなことをしなければないのか!?』
と、疑問が出てくる。
昨日までなら、考えもしなかったことだが。
あの父……草壁春樹という
『自分が悪だと気づいていない最もたちの悪い、ドス黒い悪』
の草として、そして優人部隊の副司令として働いている自分。
本当にこれでいいのか?
任務のために友達も恋人も作れず、未来に希望も持てない。
人生このままでホンッットウにいいのだろうか?
このまま記憶通りに歴史が進めば、僕はあのどアホで大バカの南雲に撃たれて死ぬ。
それでなくても、舞歌様を殺して形ばかりの司令にされるだけだ。
拒否するという選択は、死を選択するのと同じこと。
では、完全に舞歌様に寝返ればいいのか?
確かにそれをすれば死なずにはすむかもしれない。
しかしだ。
仮に助かったとしてもだ。
結局今まで通り、あの人の尻拭い役になるだけではないのか?
そんな予感がビンビンにするぞ。
あの人は確かに天才で有能だが、しょうもないお遊びをやりすぎる。
僕はどうすればいいのか、どうしたいのか。
何を求めているのか。
考えてみると、今までの人生ろくなことがない。
幸福だと言えるようなものなんて何もなかったきがするな。
幸福……。
そうだよ、僕は『幸福』になりたいんだ。
およそ、人として生まれたからには誰もが求めるものなんじゃあないのか。
何で自分を犠牲にして他人に尽くさなければならんのだ。
愛?
大義?
それが僕に何か与えてくれたか?
答えはNOだ。
何もない。
何一つ得たものなどないじゃないか。
死だけだ。
それも虫けらみたい無意味でクソったれな『死』だ。
アホらしい。
何で『記憶の中』ではあんなものに、迷い、命をかけたんだ?
考えてみると、あんな連中のために自分を犠牲にし、人生を無駄にすることなど、ほとんど『悪徳』なんではなかろうか。
冗談じゃあない。
僕の人生は僕のものだ。
僕だけのものなんだ。
断じて『愛』だの、『大義』だのというワケワカメどもに捧げる生贄じゃない!
何としてもこの現状から脱してみせるぞ……!
……。
色々考えた結果――
このまま木連にいては、幸福を得られないという結論に達した。
ならば、どうするか。
木連を捨てるしかない。
この狭い木連では逃げる場所なんかないからな。
安全かつ確実に地球に逃げる算段を整えばならない。
裏切り、離反がばれたら、あの草壁のことだ。
即効で僕を消すだろう。
ことは慎重に慎重をきさねばならない。
好機が来るまではおとなしく草と副官業をつとめば。
ハッキリ言ってメチャクチャ憂鬱だが、仕方がない。
幸福を得るためには、忍耐も必要不可欠だ。
あの『記憶』が当てになるかどうかはわからないが、当てになるならこれは強力な武器になるぞ。
時期が掴みやすいからな。
好機が来るまで、準備を万端にしておかなかければならない。
失敗すれば後がないんだ。
おっと、情報収集もおろそかには出来ないぞ。
あの『記憶』が確かなら、僕が消えれば時期によっては舞歌様が死ぬ可能性もあるが……
ま、それはどーでもいいことだろう。
僕はもう十二分にあの人に尽くした。
ここからは、僕自身の幸福を得るために頑張らねばならない。
それ以外はどーでもいいのだ。
僕は必ず幸福になってみせるぞ。
……。
それから時は流れる……
漆黒の戦神――テンカワ・アキトの出現。
それに対抗するため、座敷牢より解放される真紅の羅刹――影護北斗
歴史は詩神のシナリオ通りに進んでいく。
ただ一つを除いて。
動乱の中、何の前触れもなく一人の木連軍人が姿を消す。
当初周囲の人々は驚いたが、やがて彼のことは忘れられた。
そして、後に『蜥蜴戦争』と呼ばれる戦争が終わりを迎える頃、日本の某田舎街に一人の青年が引っ越してきた。
年の割に小金を持っていたその青年は安い一戸建ての家を買い、そこで一人生活をし始めた。
おとなしく、少しばかり影が薄いが礼儀正しくエリートっぽい物腰の男は近所の奥様がたにけっこう評判が良い。
犬と猫を一匹ずつ飼っており、どちらも主人ににてか、賢いがおとなしい。
青年の職業は街の図書館の司書。
ただ目立ちにくい人なので、図書館にいってもすぐには見つけにくいかも知れない。
青年の名前はオムロ・コウタという。
……。
休日前夜の夜、オムロ・コウタは部屋から夜空を眺めている。
膝の上に眠る愛猫を撫で、サラミと一緒にウイスキーをなめながら。
静かなる夜。
平穏なる生活。
何ものにも脅かされることのない。
(なんという幸福感だろう)
オムロ……いや、氷室は一人微笑む。
明日の休日は一体何をして過ごそうか……。
代理人の感想
面白く読ませていただきました。
と、いうか笑わせてもらいました。(笑)
ただ、敢えて言うならオチがちと弱かったかなと。
ほのぼのならこれでいいんですけど、ギャグならも一つ欲しかったと思います。