人事採用者も辛いよ 〜 何故ナデシコに欧米人がいないのか 〜
authored
by Effandross
「やれやれ、どうにも上手くいきませんなぁ」
細身の男がハンカチで額を拭いながら溜め息をついた。 ちょび髭に赤いチョッキの軽薄そうな、だが油断できない雰囲気のこの男が、どこからとも無く手帳を取り出す。 疲れたように足を運びながら目的のページを開くと、手にしたボールペンでJeffery
Van Fleetの名を塗りつぶす。 そのページにはたくさんの名前が書いてあったのだろう、だがその全ては黒く塗りつぶされていた。
「このプロジェクトにはなんとしても実戦経験の多い方々に来ていただきたかったのですけどねぇ」
その後ろからは強面の大男が無言のままのっそりとついて来る。 見たところ軍人か護衛、あるいは用心棒。 いずれにせよ堅気の商売をやっているようには見えない。 窮屈そうにスーツを着ている様が、ヤクザのような印象を強めている。 これで頬に刀傷がついていてキューバ産の葉巻でも咥えていれば完璧だ。
その大男にはかまわず細身の男は独りでしゃべり続けている。
「わが社の命運を賭けた一大プロジェクトですので万全を尽くしたかったのですが、なんでこう、欧米の方々には来て頂けないんでしょうねぇ? ネルガルがこっちで評判が悪いなんて一度も聞いたことがないのですが。
やれやれ、本当にいったい何が悪かったのだか。 破格の条件を出しているつもりなんですが、やはり日本人には日本人しかわからない、ということなんですかねぇ」
プロスペクター――その細身の男――は過去15回続けて失敗に終わったスカウトを振り返って盛大な溜め息をついた。
「やれ、やれ」
事の起こりは3ヶ月前。 地球圏を代表する大企業の一つ、ネルガル重工で一つのプロジェクトが持ち上がった。 それは設計中であった火星古代技術を満遍なく盛り込んだネルガル独自の機動戦艦を独自運用すること。 それを用いて火星極冠の遺跡を木星勢力から奪還して遺跡技術を独占、同時にその機動戦艦と艦載機を木星蜥蜴に対する有効戦力としてアピールして連合軍内のマーケットシェアを一気に引き上げを図る、という一石二鳥のプロジェクトである。
効果が大きければ当然かかる費用も膨大なものになる。 仮にこの戦艦が目的半ばに沈んでしまったとしても、それまでにできる限りの戦果を挙げて広告塔としての役割を果たしてもらわなくてはならない。 故に成功率を高めるためにも、費用対効果を上げるためにも、有効な人材の確保やシステム運用の最適化などを通して、リスクはできるだけ減らしていかなくてはならない。 既に千億単位の金が注ぎ込まれているこのプロジェクト、人材確保のための予算も潤沢にあり、決して難しい仕事ではなかったはずだ。 人材の選択から採用までを一手に任されたプロスペクター、豊富な予算と情報力を駆使して事前調査を十分に行った。
事実、主幹メンバーのほとんどは極めて順調に集まった。 綿密な調査の結果選び出したネルガルにとって都合の良い、かつ優秀な人材の数々。
極東方面軍のミスマル提督の愛娘、ミスマル・ユリカ。 主席とはいえ士官学校を卒業したばかりの若輩だが、士官学校の歴史に残る優秀な成績を残した女傑。 鋭い戦略感と柔軟な思考力を持ち、その場その場で手に入る情報から最も合目的的な戦術を選び出す能力も飛びぬけている。 父親経由で軍に対してある程度影響力を持ち得、かつ軍に染まっていないという点も都合が良かった。
そのミスマル嬢の幼馴染にして学友、アオイ・ジュン。 器用貧乏、影が薄いなどと陰口を叩かれることが多いが、堅実さと細かい気の使い方には定評があり、現代の豊臣秀長との声も高い。 『副官にしたら上司が楽になる男』リストの中で現役軍人をも含めて五指に入るという、将来を極めて有望視された男である。 ミスマル嬢がいなかったならあるいは主席になれたかも、との声が高いが、その実彼女が居なかったらここまで頑張ることも無かっただろうというのが真実だろう。 つまり、ミスマル嬢を補佐する上で最高・最適の人材なのである。
そして人類とコンピューター間のコミュニケーションを極限まで効率化するために開発・養育されたIFS強化体質被験者の少女、ホシノ・ルリ。 火星古代技術を用いて開発された人類圏最高の人工頭脳、思兼の性能を100%出し切るためにはうってつけの存在である。
他、常識離れしたメカニック能力と天才と紙一重の独特のインスピレーションを持つ違法改造屋のウリバタケ氏、自転車の運転から戦闘機の操縦まで卓越した腕前を見せる万能航法士ハルカ・ミナト女史の名も連なる。
それに対し、通信士と火器管制、そしてパイロットには軍の経験が豊富な者を採用することを考えていた。 当初は艦内のコミュニケーションの潤滑化の観点から日本人のみの登用を考えていたが、管制官や他の軍とのやり取りがあること、主幹メンバーが日本人であることなどから、日本語を流暢にしゃべる欧米人をメインに、というように方向転換したのだ。 日本人100%だと国際企業としての体面とかにもかかわってくるという側面もある。
そして軍からの影響力の低い人間。 それらの条件をベースにして現在の待遇や機種転換を受け入れる可能性など、綿密かつ多様な調査。 その結果作られた15人の理想的な候補者リストと、潤沢な資金に基づいた破格の待遇。 簡単に集まるはずだったのだ。 日本国内でとはいえ様々な交渉の経験のあるプロスペクター、自信満々であったのだ。
あったのだ、が。
「・・・・・・こうなると、結局日本人のみでの出港ということになりそうですねぇ。 今から軍の候補者を洗いなおす時間もありませんし、こうなると元々の候補者リストから人材を埋めていくことにするしかありません。 ―――まあ、一から候補者を探しなおす手間がかからないですむことは不幸中の幸いですが。 通信士候補者のレイナードさんでしたか、彼女はクォーターとかで英語も流暢にこなすので困りはしませんしね」
胸元から取り出した宇宙算盤を無意味にはじきつつ愚痴をつく。
「ですが、こうなると例えプロジェクトが順調に行ったとしても私の評価というものがガタ落ちになりそうですねぇ。 社長派の方々にはいろいろと材料を提供してしまうことになりそうです。 どうしたものだか。 会長には申し訳ないです。
これはいよいよ、私自身が乗り込んでやる気を見せるなどしないと、今後の進退にも係わってきそうですねぇ。 そうなるとあの船が沈んでしまったら私の命も無いですし、そうならないためにはそれこそ最高の人材をもって望みたいですし、その人材の採用は失敗してしまいましたし・・・・・・」
背負う影を濃くしながら愚痴がとまらないプロスペクター。
「ゴートさん! 採用の失敗はアドバイザーとして同行していたあなたにも責任がありますからね! 私が乗る以上はあなたにも乗ってもらって、沈まないために全力を尽くしてもらいますよ!」
ヤクザじみた軍人じみた風貌の大男は、片眉をあげて何で俺が、という顔をしたが黙殺する。 男のヒステリーには付き合っていられない、とばかりに。
「それにしてもいったい何が悪かったのでしょう。 皆さん最初はすごく乗り気で話を聞いていらっしゃったのに、話が終わるときには全員が全員冷たい眼差しを向けてきて、興味は全くないと言わんばかり。 ねえ、ゴートさん?」
「ミスター」
初めてゴートと呼ばれる男が声を発する。 だが愚痴がノリにノっているプロスペクターにはそれが届かない。
「基本手当ても危険手当もしっかり説明しましたし、労災補償も遺族補償も万全。 今軍での待遇に比べて2倍も3倍も良い大盤振る舞いの待遇が却って悪かったというのでしょうか?」
「ミスター」
「世界で一番マテリアリスティックなアメリカ人を相手でも駄目なんて、そんなはずがないのです! 金が全てのアメリカ人がこれに飛びつかないなんて何が悪かったのでしょう!?」
「ミスター」
「日本人の下で働くのが嫌だとかあのレイシス・・・・・・おや、ゴートさん。 何か言いましたか?」
ようやく声をかけ続けてきたゴートに気がつく。 かなりヤバ目の科白を言いかけることといい、よほど溜まっていたらしい。
「その、眼鏡がだが」
「私の眼鏡のセンスが彼らを怒らせたとでも? そんなわけあるはずないでしょう?」
「いや、眼鏡を上げるとき、」
「上げるとき?」
「中指を立てるのは止めたほうがいいぞ」
時は22世紀、人類圏が火星まで広がり、国家間の人的資源の流動化は当たり前となった時代。 だが未だに国際化の重要性が叫ばれ続けている。 たとえ言葉が通じていても、他文化に対する無理解が多くの紛争を産み、真の国際化というものを遠ざけているのだ。
今なお続く人種間の偏見、差別。 人々が理解しあうということは、かくも難しいことなのか・・・・・・。
(註)
豊臣秀長・・・・・・豊臣秀吉の弟。 秀吉の成功を助けた舞台裏の力持ち。 堺屋太一「補佐役の人生」に詳しく書いてあります。
中指を立てる・・・・・・ご存知だと思いますが、”Fuck
You”の意味になります。 要するに、最高の侮辱の意味です。
後書き
気をつけましょう(笑)。 もちろん、本気で怒る人は少ないですが、気分を害する人は多いです。 日本人で結構これをやってしまう人が多いので。
まあ、ともあれ一発ネタ、ナデシコに欧米人がいない理由、でした。 ナイツさん、アドバイスありがとうございました。
それではまた。 Effandrossでした。
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