少年

機動戦艦ナデシコ

第1話 「世界は優しくなく、現実は鋼の如く」




話はナデシコCが宇宙港より出航する前にさかのぼる。



金色の瞳を持つ少年、マキビ ハリは
銀色のセダンの助手席に座り
宇宙港への道を辿っていた。


「すみません、ホサカさん。 
 わざわざ拾っていただいて」

「いやいや。 どうせ通り道だったしな。
 ひさびさに君の両親に会えて俺もまあ嬉しかったし。
 それに、俺が来なかったらタクシーだろ?
 そのほうがいろいろと面倒だ。
 この車も基地で返さないといかんしな」

「いえ、そんな・・・・・・」


運転席の男、ホサカ軍曹のいうことは
マシンチャイルドであるハリの貴重性のことを示している。
ホサカが言うことも納得できるけれども、
それでも恐縮をしてしまうのは、子供の性だろうか。

ただ、こうして気軽に言ってくれることで、ハリもあまり罪悪感を持たなくて済んでいる。
この気軽さゆえ、この保安部に属する軍人が
高杉 三郎太につづくハリの安心できる話し相手となっていた。

また、ホサカを含め、クルーの間でハリの評判は悪くない。
やることにまだ不備はそれなりにあるものの、
尉官としての階級を笠に着ないというよりは、
その生まれゆえに重責を背負わされた謙虚で気弱な少年、というイメージしかないためだ。


「ところで」


宇宙港に向かう有料道路のゲートをくぐったところでホサカが話し始める。


「ハーリーはどう思う? 今回の出撃」

「どうって・・・・・・変ですよ、ねぇ?」

「ああ。 今回のは間違いなく艦長の独断だ。
 上のほうからもそんな命令は来ていないし
 密命らしきものも無い。
 ハーリーもそんなもん受信していないかぐらいはわかるだろ?」

「ええ。 
 プロテクトで僕が見ることが出来ないのはともかく、
 宇宙軍からの指令だったらあるかどうかぐらいは
 いくら僕でもわかるはずなんですけれどね。
 もしも提督から直の口頭の命令だったらさすがにわかりませんが、
 それを今、というのは無さそうでしょうしね」

「ってことは、やっぱりあの皇子さまがらみか」

「・・・・・・」

「艦長もこりゃ、大変だぞ。
 哨戒任務をでっち上げるにしても、
 いかんせんナデシコはそういう任務には強すぎる。
 間違いなく私的な戦艦運用で処罰されることになる」

「!」

「・・・・・・ことに、一番の庇護者があれだからな」

「ミスマル提督ですか・・・・・・」


ハリはミスマル親子と直接の面識はほとんど無い。
あくまでスクリーン越しに父親の提督より艦隊レベルで指令を受けたくらいである。
ゆえにいかに彼が昔と変わってしまったかも実感は無い。
ハリの中でのミスマル提督像というのは、
どことなく生気に欠けた傷心の初老の男に過ぎないのだ。


「どうすれば良いんでしょう、ホサカさん?」

「ん〜〜、どうすれば、ていうのは?
 それだけじゃ目的、というか目標がわからんぞ、ハーリー?」

「え・・・・・・目標って・・・・・・?」

「たとえば、軍の規律を守るため、というのなら
 艦長を止めるのが常道だよな?

 艦長の立場や地位をまもったり、処罰を受けないようにするというのでも
 まあ似たようなものだけれども、それなら他のやり方もあるだろう。
 
 艦長の望みをかなえてあげたい、というのも立派な目的だし、
 黒い犯罪者を忘れて僕を見てください、というのも立派な目標だよな」

「えっと、ああ、そのえっと、最後のって」

「今更隠すなや、ハーリー。
 で、どれが目標なのかな?」

「え・・・・・・っと、あの、ホサカさんはどれがいいかと思います?」

「をいこら、それは他人に聞くべきものじゃないぞ。
 まあ、ハーリーの歳じゃしょうがないかもしれないけどな。
 おおっと、これは馬鹿にしているわけじゃないぞ。
 決断力を養うにはそれなりに経験が要るってことだ」


しばし、無言になるハリ。
宇宙港まであと5kmの表示を過ぎる。


「・・・・・・僕は、艦長を、ルリさんを助けたいです」

「ちゃんと言えるじゃないか。 
 えらいぞ、ハーリー」

「子ども扱いしないでください」

「はっはっは。 
 すまんがハーリーはまだまだ子供だよ、俺から見たら。
 だから助言くらいはさせてくれ。
 人生の先輩としてな。

 ハリ君、君は艦長を助けたいと思う。
 それは部下として立派なことだと思うし、艦長も感謝をするだろう。
 でも、その結果を考えたことはあるかな?」

「結果?」

「そう、結果だ。
 無事に艦長が真っ黒くろすけくんを連れ戻すミッションに成功したとして、
 黒の皇子さまと電子の妖精が一緒になってめでたしめでたし」

「!! そんな! だってあいつは犯罪者じゃないか!」

「ハーリーが言うのは正しいんだけどな。
 だが、それが俺が見たところの艦長の望みだ」


経験をもった大人の言葉はあまりにも少年の心に重く響いた。
否定したい。 だがそれに足るだけのものがどこにも無かった。
泪目になっているのは、
陽光に照らされたボンネットが眩しかったからだと思いたかった。


「じゃあ、ゴールを変えて考えてみるか」


その言葉にうつむかせていた顔を運転席に向ける。


「ハーリーの本音通り、
 艦長に振り向かせるのが目的とすると・・・・・・」

「とすると!?」


もはやその思いを隠すのも忘れて
少年はホサカにすがりつくが、


「難しいな、こりゃ」


地の底まで落ちていくかのように脱力する。
すっかり力失せたハリは恨めしそうに視線を向ける。


「・・・・・・僕をいじめて楽しいですか、ホサカさん?」

「いや、そういうわけじゃないんだが。
 すまん。

 でもまあ、ゆっくりと聞け。
 まず状況を把握するのが第一歩だ。
 今のところ難しい、それがスタート地点だ」

「・・・・・・」

「何が難しいかといえば、
 それは艦長の気持ちを変える事。
 振り向かせる云々の以前の問題としてだ。

 ミナトさんとか食堂のサユリちゃんから聞いた話では
 艦長の気持ちをとことん一途にしてしまう条件がそろいすぎている」

「“初恋の人”、ですか?」

「それもある。
 マシン・チャイルドとしての彼女に
 初めて人間らしい感情を植え付けてくれた人ということで、
 まずはエディプス・コンプレックス(注)の相手だな。

 エディプス・コンプレックスはわかるな?」

「ええ、父親に対する愛情というかなんというか」

「まあ、そんなもんだ。
 俺も詳しいことは知らん。

 まあともかく、それに加えて“初恋の人”と
 わかった時には既に失恋していた、というのはでかいな。
 その想いを無理やり娘的・妹的立場に押し込めていた、というのが
 気持ちを増幅する助けをこの上なくしている」

「で、死んだと思ってあきらめていたのが生き返った、ですか」
 
「更に更にで今回のミスマル艦長の件だ。
 艦長が今まで押し込めていた感情の爆発、
 こりゃあ変えるのは難しいぞ」


いちいち説得力のあるホサカの言葉に
金瞳の少年は改めて己の望むものの高さを思い知らされた形だ。


「変える手段、無くも無いんだが
 俺には一つだけしか考えつかん」

「あるんですか!? 
 お願いです! 教えてください!」

「ハーリーにはきついぞ? 
 ・・・・・・まあ、いい。
 感情に干渉するには理論をもって、というのが王道だ。
 だが、この場合はそれが効かない。
 干渉されるべき感情が強すぎるからだ。

 ならば、別の強い感情を起こさせることが多分一番効果的だ」

「それなら!」

「効果的なのはいいんだが、
 一体どんな強い感情を起こさせることが出来る?」

「えっ・・・・・・それは、やっぱり・・・・・・」

「一般的に強い感情といったら、
 愛情、喜び、怒り、悲しみ、それと憎しみ。
 もうちょっと分ければ恋しさと愛おしさ、嫉妬なんてのも入ってくるが。 
 今の艦長にどれを与えることが出来る?」


ハリは苦悩する。


愛情、と言えたらどんなに楽だろう?
悲哀はまさにいまこの上なく味わっているところだ。
さらに重ねて味わわせて悲しませてどうしようというのだろう?
喜んでもらうには、『あの人』を連れ戻すことか? ・・・元の木阿弥じゃないか。
嫉妬・・・・・・ルリさんが僕に? 馬鹿な! 考えるだけ無駄だよ。
じゃあ、やっぱり・・・・・・?


「そう、嫌われるしかない。
 あの黒尽くめが居る限りは、それ以外に艦長の気持ちを動かすことは出来ないと思うよ」


そのホサカの言葉に対して
ハリが返すことが出来たのは沈黙だけだった。

有料道路を出、宇宙軍の基地で車を停める。
荷物を取り出してキーを受付で返したところで


「・・・・・・僕には、できません」


長い沈黙の後、
少年はぽつりと呟くように言った。


「ま、俺が言ったのは今の状況で俺が考えつくことだ。
 人が動けば卦も変わる、というのは易者のおっちゃんが言っていたけどな。
 状況次第だぞ、ハーリー」

「はい、ありがとうございました。
 あの、また後で相談してもいいですか?」

「おう。 出航してからでも時間は取れるだろう」


最後のホサカの言葉はハリになんの慰めももたらさなかった。
ホサカのそれまでの言葉が
少年にはあまりにも真実のごとく響いたためだ。
単なる慰めの言葉ではあるが、それでもハリには嬉しかった。
この軍人が、自分を心配してくれることがわかっていたからだ。



二人はその後、他愛もない話をしながら
戦艦に乗り込むためのゲートに向かった。

まだ幼い軍人の顔は
晴れないままであったが。




(注) エディプス・コンプレックスの意味は全然違います。
二人とも心理学に関しては完全に門外漢で、好き勝手に使っています。
両方ともうろ覚えで話しているため、意味が全然違っていても話が通じてしまっていますが。
正しくは、「少年が母親に恋心のようなものを抱き、そのため父親に対してライバル心をもつこと」だそうです。 
少女であるルリにはそもそも使えませんね、これ。
「少女が父親に恋心のようなものを抱き、そのため母親に対してライバル心をもつこと」
はエレクトラ・コンプレックスというそうです。

 

 

代理人の感想

うーむ、男の子してるなぁ、ハーリー君(爆)。

まー、何はともあれガンバレ。