Noble Blood

機動戦艦ナデシコ 二次創作

Chapter 2. Knights





  力強く握り締めた私の右手を離しながら、ナガレは私に聞いてきた。

「具体的に、どうするつもりだい? Jovian Federationを、モクレンを滅ぼすと言っても敵は遥かかなた、火星よりもずっと向こうだよ?」

「まずはロンドンを取り戻すことからだ。 ロンドンまでの制空権を確保するために、ネルガルのエステバリスの力が要る。 30機ではとても足りないだろう。 ロンドン奪還のため、同時に都市防衛もなすためには200機は少なくとも欲しい」

  今後の防衛構想を考えればそれぞれの拠点に5、6個小隊は欲しい。 そうなると300あっても全然足りないことになるが、今そこまで求めるわけにもいくまい。 そもそも私は軍事の専門家ではない。 実際にどれだけの数が必要か、というのは帝国軍と話し合わなくてはなるまい。

「ネルガルの手持ちのパイロットはそんなにいない。 テストパイロットまで駆り出して6個小隊を無理やり作ってきたんだから。 機体のほうは量産体制を整える下地は出来上がっているから早めになんとかするから、パイロットの育成は君のほうでなんとかしてくれ」

「わかった。 追加の機体を持ってくるためのルートは……北極海経由でスコットランドから入ってきてくれれば、なんとかしよう。 英国空軍が全力をもってそのルートの制空権を作る」

「悪いけど英国空軍だけじゃ不安だ。 有効戦力としての質が違いすぎるからね。 
 うちのエステ隊も3個小隊つけるよ。 その間、残りの3小隊は防衛線で大忙しだね。 ミサイル援護くらいは頼むよ?」

「すまんな。 いつか、この借りは返す。  
 それと、パイロットの育成はどうすればいい?」

「詳しくはあとで渡すマニュアルを参考にしてもらうけど、基本的にはIFSによる思考制御だ。 戦えるようになるまでの教育はかなり短期間ですむはずだ」

「IFSか……まいったな」

  思わずついた溜め息。

「やっぱり、偏見は強いかい?」

「キリスト教徒たちには特にな」

  IFS----ナノマシンを注入してコンピューターとのインターフェイスを体内に作り出す火星ネルガル発の技術----は、地球圏ではひどく悪評が高かった。 その利便性は誰もが(調べさえすれば)認めるものの、人体改造になるというクリムゾンを筆頭とするライバル会社たちのアジテーションが地球全域に広まってしまっているのだ。 特にキリスト教徒、イスラム教徒にはこの傾向が顕著で、神からいただいたこの身体を作り変えるとはなにごとだ、と騒ぎ立てるのだ。  ヨーロッパでは無宗教の者たちにも人体改造というイメージが根強く、忌避される傾向にある。

「でもさ、国の存亡の危機だって言うときにそんな悠長なことを言っていられると思うのかい?」

「ナガレ、宗教を軽く見ないほうがいい。
 特に英国王室という国家の統一性のシンボルが失われた今現在、虚無感に浸って信仰心と供に滅びを受け入れる人は少なくは無いだろう。 その滅びに抗おうとする者でも、彼らが思う宗教的禁忌を乗り越えることは簡単ではないだろうな。 今現在帝国軍に所属しているものに命令しても、彼らの誇りや信条を踏みにじることになりかねない。 
 贅沢を言っているのかもしれないが、必要なのは英国民としての誇りを持ちつつ、自分の意志で立ち上がってくれる者なのだ。 政治家としての眼からみるとな、誇りの無い勝利は、結果として国を滅ぼしうるのだ」

「言いたいことはわかるけどね、エド。 志願者をこれから募って、頭数がぜんぜん集まらなかったらどうするんだい?」

「三日だけ、待とうと思う。 その三日で少なくとも100人が集まらなかったら、なにかしらのアクションが必要だろう。
 腹案はあるにはある。 だが、それを実行する前に、国民の意志を確かめなくてはならない、と思っている」

  悲観的な予想が胸にある。 多分ろくに集まらない。 集まる者のほとんどは金に眼がくらんだ人間か、確かな信条を持たぬ人間。 だが、それでも待たなくてはならない。 ある程度の期間を待たなくては私の策も上手く働かないだろうから。 
  私の眼に何を見たのか、大きく頷くナガレ。

「君の意志はわかったよ。 じゃあ、それは君の思うようにするとして、もうひとつ必要なのがエステの専門知識を持つエンジニアの育成かな?」

「そうだな。 効率的な運用をするにはどのくらいの数が必要だと思う?」

「まだ大規模運用の実績がないから何ともいえないけれど、理想を言えばパイロット数の3倍欲しい。 IFSの特徴として個々人の特性に合わせて設定を変えることで、そのフィードバック率が爆発的に上がるから、メカニックだけじゃなくてプログラミングもできる技術者も必要だからね」

「少なくとも当面100人のパイロット募集に対して300人が早急に必要だ、ということか。 頭数自体は軍の技術者や民間からそれなりの技術を持った人間は集められるが、講師とか教官になる人間はいるのか?」

「今回連れてきたエンジニアが全部で60人いる。 パイロットも整備に加わって、なんとかこれでやっていけるだろう、という体制だけど、なんとか彼らにやってもらうしかないと思っている」

「自転車操業だな、どうにも」

「ま、そんなものだろう。 反撃体制を整える目処が少しでも立っただけでも御の字、というところだろう? 実際のところさ」




  その翌朝にはパイロットとエンジニアの募集要綱が各都市、各軍事拠点に配布された。 予想通り、エンジニアの募集に対しては極めて迅速に多数の優れた技術を持った人たちが応じてきた。 その数は第一次募集で430人。 負け戦続きのため機体の数に対して整備するエンジニアの数が過剰気味になっていることと、戦災で仕事場を失った工員たちが多くいるためだ。
  彼らエンジニアはその習得技術のレベルによって、いやもっと平たく言えばもつ技術のライセンスレベルによって分類され、Aランク、Bランク、Cランクに分けられた。 これは指導の迅速化のためでもあり、またAランク内に多く見られる軍の工廠にいた者たちは、十分な知識を得るのに時間をかけずにすみ、即座に実地でのエンジニアや次期指導要員としての活躍が期待されていることもある。 民間出身のAランク技術者たちは戦地での緊急的な対応や振る舞いをも重点的に学ぶ必要がある。 もっともそれはネルガル出身の技術者にも欠けた資質であるため、その指導を行うのは軍出身の技術者に頼ることになる。 Bランクにいる者たちは、Aランクのものほどの深い知識を持っていないが育成に少し時間をかければ第一線級で動くことが期待される人たちであり、当面はアシスタント・エンジニアとして使いながらも講習を続けてAランクに引き上げるためのプログラム作りが要求されている。 Cランクの者たちは工作機械を扱うことに慣れているが広範な知識を持たない者で、訓練・指導の後にはアシスタント・エンジニアとしての配備が予定される。
  それに対しパイロット募集に応じてきた人間の数は、募集期間が僅か三日だけとはいえ極めて少ない。 明らかに金に目がくらんできたような者たちは選考で落とさざるを得ず、結果として候補生として残ったのはわずか13人。 いないよりはましだが、だがそれでもあまりにも足り無すぎる。 国民の多数派である英国国教会の信徒は2人いたのみ。 たとえその身が地獄に堕とされようとも、国を、家族を守ろうと立ち上がってくれた人間だ。 私が欲していたものは、こういう者たちなのだ。

  その募集結果を一緒に眺めていたナガレは大きく溜め息をつき、どうするんだい、と聞いてきた。

「予想はしていたよ、もちろん。 だがこの『集まらないという事実』がこれから生きてくる。
 集めて見せるぞ、誇り高き戦人たちを」

  そういう私の顔には不敵な笑みが浮かんでいただろう。 それを見たナガレは無言で頷いた。
  ナガレは己の率いるエステバリス隊の拠点に戻り、そこで第一次募集の候補生に対する訓練計画も立てるそうだ。 後にはIFSシミュレーターを用意して仮想空間内で操縦訓練を行うことができるそうだが、今現在できることはどんなものだろか。




  私はナガレを見送ると、昔からずっと執事として我が家に仕えてくれているエリクソンを連れてエジンバラ城館に向かう。 まだ戦火に晒されていないこの街は美しい。 時間よりかなり早めに着いたため、城館の門へと続く古い石造りの街中にて車を降りる。 秋の柔らかな日差しの中で黄金に輝く並木の下、落ち葉が煉瓦の敷き詰められた歩道を覆う。 足を運ぶごとに乾いた落ち葉が崩れる軽い音が聞こえる。

「エリクソン、エジンバラは、スコットランドは、我らが国は美しいな」

そうですな、若様。(Yes, my lord.) 我らが帝国はかくも美しく輝いております。 私はこの国の全てが好きなのですよ。 ロンドンの喧騒も、ウェールズの静謐も、スコットランドの穏やかさも。 だからこそ、失われたものを思うとどうにかなってしまいそうです」

「私もだよ、エリクソン。 失われたものをそのままの形で取り戻す術はない。 だが私はこれから今できることを一つずつやっていこうと思う。 私がやりとげることを、しっかりと最後まで見ていてくれ」

もちろんですとも、エド坊ちゃん。(Indeed, my little Eddie.) この老いた瞳に光がある限り、若様のなさることをお見届けしましょう」

  怖いという訳ではない。 だが不安は少なからずある。 これから為そうとしていることゆえにあるいは命を落とすこともあるかもしれない。 死そのものは怖くは無い。 むしろ後悔に塗れて生きるよりも楽なのかもしれない。 だが死よりも怖いものは何も為すことができないままに終わってしまうことだ。 私の誇りを守れないことだ。 あるいは自分が何もやっていない訳ではないと言うことを照明したいのかもしれない、私は私を最も良く知るエリクソンに、私のことを見ていて欲しかった。 

「死ぬなよ、エリクソン」

  私の言葉に白髪の老執事は何も答えず、優雅にコートの肩に落ちた落ち葉を払ったのみだった。


  以後は言葉を交わすことも無く、それぞれの考えに浸ったまま城門をくぐり、綺麗に幾何学文様に刈り揃えた迷宮庭園を片目に城館へと入った。 ダークオークの扉を抜けると自然に気分が切り替わった。 
  私はエリクソンに一言告げて用意していた資料を受け取り、それを手に城館内に便宜的に設けられた貴族院議会に向かう。 一次募集の結果はすでに貴族院の方々には知れ渡っているはずだが、現場からの報告と今後の対策が求められているのだ。 英国衆議院議会が半ば壊滅している今、まともに政治決断を下すことができるのは貴族院のみになっている。 ここでの決定が、これからの英国の運命を握っているのだ。




  議場に入ると優麗な彫刻が施されているマホガニーの演壇と、磨き上げられた議員席が並ぶ。 そこには既に何人かの顔が見えたが、ほとんどは空席のままだ。 空席のうち多くは遠隔地に住んでいる貴族議員で、彼らが座る代わりにホロが設置されている。 いずれにせよ議員が発言するときには手元のモニターに画像を映すことができるため、正直あまり意味の無いことではあるが、空席がそのまま放置されている事は古い人間にはあまり好ましくないことらしい。 無駄に高性能(Unnecessarily High-performance)、それが英国貴族たちの育んだ技術文化、そして富の象徴である。 残った空席は、まだここに着いていないか、あるいは二度とここへ来ることができない者かであった。
  時間までまだ少しある。 今日は発表側になるため、自席には向かわずに壇上にある席に腰を下ろして端末のセットアップを行う。 

  私の顔を見つけたのであろう、良く知った顔が議場の後ろのほうから下りてくる。 バース子爵アレックス・カーディナル。 私の一つ下、若手貴族として社交界では注目されていた伊達男で、よくゴルフや乗馬、フェンシングを共にする間柄だ。 無理に作ったのがあきらかな笑顔でゆったりと私に語りかけてきた。

「よう、エディ。 調子はどうだい?」

「最悪よりは随分良い、というところかな? 君はどうだい、アレックス?」

「最悪だね。 ……今朝、ノエルにはもう会えないことが確認されたよ」

  むしろ穏やかとも言える声で、己が恋人の死を告げるアレックス。 彼とはケンブリッジ時代からの付き合っていた彼女は、地味といってもいい女性だった。 だがその安らかな心根や細やかな気配りができるところを見て、アレックスも良い眼をもっているなと思わせたものだった。

「ノエルが……。 気の毒に。 そうか、彼女もロンドン近郊に住んでいたな」  

「三日前に避難先のシェルターもろとも火葬されたらしい。 彼女の両親も、兄弟も皆一緒に逝ってしまったそうだ。 父上も最初のロンドン崩壊と運命を共にした。 どうなってしまうのかな、この国は?
 ネルガルの機動兵器部隊の人員募集の話も聞いたよ。 全然集まらなかったそうじゃないか。
 この国は、終わってしまうのかな?」

「終わらないとも。 いや、終わらせない。
 誇り高い戦士たちは必ず集まる。 だが、その為にはここで不退転の決意が必要だ。
 今日ここに来る、350人の貴族一人一人の決意が。
 君の協力が必要だ、アレックス」

「道は、あるんだな。 協力するとも、エディ。
 君の演説を楽しみにしているよ」

  そう告げると踵を返すアレックス。 入れ違いになるように壮年の、ひ弱な風体の紳士が寄ってくる。 私の政敵とも言える金融庁の長官を務めるエクスター伯、ジョナサン・ガーナー。 華奢な外見にその狼のような鋭い瞳が印象深い男だが、今日はその瞳がひどく弱まっている。

「無事でよかったよ、エドワードくん」

「それはこちらの科白ですよ、ロード。
 エクスターの方は大変だと聞いていたので心配しておりました」

「ああ。 普段なら爽やかに毒舌を交し合うところだが、今日ばかりはどんなに嫌な男でも生きているだけで嬉しいね」

  わざとおどけるように軽口をたたく伯爵。 そして、冗談には冗談で答えるのが私の礼儀。

「おや、そんなに嫌な奴ですかね、私は」

「君はそうでもないが、私はそうだろう?
 いや、答えなくてもいいよ。 エクスターは全滅だ。 私の家族は幸いローマにいたから無事でいるが、領民は・・・・・・」

  思わず、絶句する。

「私の領はロンドンに近いからね。 ロンドンが陥ちて間もなく、帝国軍が態勢を立て直す前にやられた。
 包囲して逃げ場をなくした後、ミサイルや焼夷弾の雨での殲滅、まさに定石通りの虐殺だよ。
 防衛戦力をロンドンのそれに依存した私の領が、生き残れるはずもなかったのだよ」

  領地も、家族も無事な私自身が、ひどく罪深い男のように感じさせられる。 言葉をなくしたままの私に、この傷ついた狼の瞳の男は痛々しく微笑んだ。

「邪魔をしたね、エドワードくん。 ただ、この国のために君がやることについて助けが必要なら、この金庫番はいくらでも力になる、ということを伝えたかったんだ」

「――お気遣い感謝します、ロード・ジョナサン」

  この国難にあって、旧執を忘れてかつての敵が友となる。 それだけの状況、ということでもある。 固く握った右の拳を互いに打ち合わせ、軽い誓いを交わし、別れる。 それを見送り、私も演説の準備を終えて自席に戻る。 空席も気がつかぬうちにほとんど埋まっていた。
  そして、やや照明が暗くなり、空いた議席に設置されているホロの数々が光を放つ。 議場左手の扉からエジンバラ公とさらに二人の大貴族、貴族院最年長のヨーク公とウィンチェスター公が入ってきて、議長席に腰を据える。 エジンバラ公はざっと議場を見回し、おもむろに低いがよく通る声を放つ。

「もう全員揃っているようですね。 時間までまだ10分ありますが、始まるのが早いことに越したことはありません。 始めてしまいましょうか」

  反論の有無を確認することも無く、そのままこの大貴族は言葉を続ける。

「それでは議会を始めます。 議題は既にご存知だとは思いますが、今この存亡の危機にある大英帝国を守り抜くための手段の模索です。 木星蜥蜴に対するに、現在入手可能な中で最も効果的だと思われる兵器はネルガル製のエステバリスと呼ばれる人型機動兵器ですが、IFSによる操縦ということが災いしてパイロット候補生が足りない状況です。 まずは詳しい状況をセント・アンドリュー候に説明していただきましょう。 ロード・エドワード?」

  はい、と短く答えて自席を離れ、壇上の端末の前に立つ。 私に責任をかぶせて糾弾しようという意志を秘めた視線が無くも無かったが、その意志が発揮されることはあるまい。 我々にはそんな遊びをしている時間は無いのだ。 
  私はすばやく端末を操作し、用意していた映像を私の背後に映す。 それは空気の摩擦で赤く光るチューリップがバッキンガム宮殿にゆっくりと落ちていく様。 この映像を背に、私は硬い声で350人の貴族に対して語りかける。

「まず、方々に聞いていただきたいことがある。 
 この議場において話し合われるべきは如何にして大英帝国を守り抜くか、では無い。 何故ならば、我らが愛した大英帝国は、既に滅びているからだ」

  一瞬の沈黙の後に湧き上がったものは、叫び声ともつかぬ怒号。 それは奇しくも背後で宮殿が崩壊した瞬間に湧き上がる。
  それは巻き上がる砂塵、粉塵の映像の下。 何を言うのか、我々はまだ負けていない、という声がその中でも強い。 だが私はそのざわめきの中をひときわ大きい声で言葉を続ける。

「一昨日、残存する王位継承権者の探索が終了した。 陛下の直系となる方々は、もうこの世にいらっしゃらない」

  私の声は、再び悲鳴のような叫びに遮られる。 手元の端末で一時的に議員たちの席のマイクの音量を無理やり絞る。
  背後の画面はチューリップから湧き出てくる虫型機動兵器が我々が愛したロンドンの町並みを破壊し、民衆を駆逐してゆく映像に変わっている。

「最後にお亡くなりになられたことが確認されたのは、陛下の姪御さまにあたるパトリシア殿下。 あのチューリップ落下の日に深刻なお怪我を召されて王立病院にて療養なされていたが、その病院ごと敵機動兵器部隊の攻撃に消滅なされた。 これで二十四位までの王位継承権者が全員身罷られたことが確認されたのだ」

  そこで、私は言葉を切る。 叫びを伴う怒号が悲鳴に代わり、それがざわめきに変わり、やがて議場が再び静寂を取り戻すまで、私は待った。 ロンドン・ブリッジが、ビッグ・ベンが崩れ落ちる。

「諸君の中には、まだ王家の血筋を引いている人間はいるだろう、と問う者がいるだろう。 それに対する答えは明瞭だ。 いるとも。 そこにいらっしゃるエジンバラ公もそのお隣のヨーク公も、3代ほど遡れば王家との血縁であることがわかるだろう。 かく言う私だってそうだ。 さらには大陸の王室を探しても英王室の血を引くものはみつかるだろう」

「だが、貴族諸君。 貴公たちは、そうして無理やり立てた王に忠誠を誓えるのか? たとえ私やエジンバラ公が王位を継承したとして、貴公たちは我々がウィリアム先王陛下に対して捧げたのと同じような献身を、感謝を、忠誠を捧げられるというのか?」

  再び言葉を切るが、声を上げる者は一人もなく、そこには耳が痛くなるような静寂があった。 背後の画面――血が飛び散った跡と弾痕のついた瓦礫の静止画像――を無言で消すと、ヨーク公が老いたその眼から涙を流し、呻くような声を出し始めた。 そしてそれに釣られるように議場のあちこちから泣くのを抑えるようなしゃくりあげるような声が聞こえ始めた。
  震える声で、ヨーク公がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「エドワード、我らが国は、大英帝国はもう滅びてしまったのだな」

  私は壇上からさらに上の議長席の、老いて涙を流す大貴族の前に跪き、老いた父に対するように殊更に優しく答える。

「はい、老公」

  皺の寄った顔をさらに歪めながら、再び問いかけるヨーク公。

「我々は、もう終わりなのか」

「……いいえ、まだ終わってはいません。 我々にはまだやることが残されているはずです」

「それは、何だね?」

「我々に課せられた義務を果たすべきです。
 王家の御方々より、我ら貴族は大いなる恩恵と特権をいただいてきました。 その恩に酬いるべく我々には為さなければならないことがあります」

  そこまで言うと、私は議場を振り返り、マイク無しに力の限りに声を張り上げる。

「聞こえたな、貴族諸君!
 我々が、為さなければならないことは、何だ!?
 失われた王家の御方々の代わりとなって為さなければならないことは何だ!?」

「陛下の愛した国土を、国民を守ることだ!」

  即座返答を返してきたのはジョナサン・ガーナー。 かつての我が政敵。
  彼に対して大きく頷き、言葉を続ける。

「その通り! この国難の時期において、国土を、国民を守るために、我々が先頭に立たなくてはなるまい!

 貴族諸君、大ブリテンを、そこに住まう人々を守るために私は立ち上がろうと思う。
 今現在、一番有効であり、かつ唯一の手段と思われるエステバリスのパイロットが不足している。

 私は、私の人々と領民を守るために、エステバリス・ライダーになる。
 だが、私一人ではたいした力にはなれない。 もっと多くのエステバリス・ライダーが必要なのだ。
 貴族諸君、ここに、この議場に私とともに立ち上がる勇気の有る者はいるか!?」

「ここにいるぞ、エドワード!」

「ありがとう、アレックス。 二人だけでも戦って行こうではないか」

「二人だけとは心外な! 私も戦うぞ、エドワード」

  ジョナサンを始めとして、次々と立ち上がる貴族たち。 その中には虫も殺せないようなたおやかな女貴族も、亡くなった父親の代わりに出席したであろう少年貴族もいた。 次々と名乗りを上げる貴族たちの喚声の中、目の前にいる三人の老公たちが問いかける。

「エドワード、我々のような老骨にもできると思うかね?」

「できますとも。 もしそれで死ぬことになったとしても、ご老公たちの死はこの大ブリテンを守るために有効に使わせていただきますとも」

  大きな笑みとともに言い放ったその冷たい言葉に、だが三人の老貴族はいかにも痛快そうに笑う。

「相変わらず、血も涙もない言い方よの、ロード・エドワード。
 だが、気に入った。 最後のご奉公、させていただこうではないか」




  かくして、一日のうちに223人のエステバリス・ライダー候補生が集まった。 健康上の理由その他で参加を表明できなかった貴族たちも、バックアップ等全面的な協力を約束してくれた。 先日までに集まった13人の候補生と合わせて236人、後に蜥蜴戦争と呼ばれるこの戦いにおける最も煌びやかな戦士団がかくして集まったのである。

  その日、決まったことはこのエステバリス団の名称、そして理念となる基本的な約束事。
 
  それは極めてシンプルに、騎士団(The Knights)と呼ばれ、アーサー王の円卓の騎士にならって騎士同士の間では一切の上下関係をなくすことに決定した。 これは軍事的に見ると決して利益になることではないが、この騎士団はあくまで軍隊ではなく義と信念によって結びついた義勇兵団であることを示したのである。 








 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想
ノブレス・オブリッジ。
貴族たるもの、その地位に相応しい義務を負うという考え方です。
実際第二次世界大戦でも、貴族出身の軍人の死亡率は平民出身者のそれより遥かに高かったと言います。

義務と忠誠。そして献身。
今の日本では時代遅れと言われるような価値観ですが・・・・何か、我々の心に訴えかけるものがあるんですよね。これらの言葉が、その志と覚悟が、我々の心のどこかに眠る何かを揺り動かすような、そういう力を持っているんだと思います。

 

>その指導を行うのは軍出身の技術者に頼ることになる。
間違いではないんですが、「その指導は軍出身の技術者に頼ることになる」としたほうがすっきりしていいかと。
この文の「その指導を行うは」という部分は例えば「その指導を行う教官は」などといった意味になるわけですが、この場合は係り受けの意味の取り方がややこしくなる危険があるため、省略は避けた方がいいと思いました。

>国民の多数派である英国国教会の信徒は2人いたのみ。 たとえその身が地獄に堕とされようとも、国を、家族を守ろうと立ち上がってくれた人間だ。
この部分、前後のつながりが悪いと思います。
「2人いたのみ。」と、否定的なニュアンスの後に「たとえその身が地獄に落されようとも〜」と肯定的な文を繋げるわけですから、「二人いたのみだったが、しかし、彼らこそは例えその身が地獄に落とされようとも国を守るために立ち上がってくれた人間だ」などと逆接で繋げるのがいいかと。

>彼らが座る代わりにホロが設置されている。
ホロ? 「幌」かな? それとも「欠席者の姿を映し出すための立体映像投影機(ホログラム)」かな?多分後者だとは思いますが、だとしたらちと説明不足かと。

>ロンドンが陥ちて間もなく、帝国軍が態勢を取り戻す前にやられた。
「態勢を立て直す」ですね。

>その意志が発揮させられることはあるまい
自分の意志は「させられる」(他から影響を受けて動かされる)ものではないので「される」のほうがいいかと。