Noble Blood 機動戦艦ナデシコ 二次創作 Chapter 3. Jousts 「詐欺師め」 これが先日の会議の結果を聞いたナガレが笑いながら私を評した言葉だ。 「詐欺師とは酷いね。 もっと潤いのある、そう、扇動者とでも呼んでほしいものだが」 「似たようなものだろう?」 「もちろん同じようなものさ。 だがこの言葉の響きには歴史に根付いた趣がある」 「僕にはその違いはわからないけれどね」 「やれやれ、無粋だね」 そう言いながら私はアッサムを口に運ぶ。 重くも柔らかい、包み込むような芳香が好きなのだ。 「しかし全く驚きだよ、エド。 まさか貴族全員をエステバリス・ライダーにすることを考えていたとはね。 しかも全く反対の声を上げさせることなく成功させる、大したものだよ」 「まあ、あの状況だったら反対者は非国民扱いされただろうからな。 愛国心を駆り立てるように論じたつもりだし、映像も組み立てた」 「だから詐欺師だと言うのに」 「もうちょっと美しい言葉を選んでくれないかね」 「こだわるね、エディ」 「貴族だからね」 そう言って私はあごに左手を当て、キラリと前歯が光る笑みを見せた。 呆れたような、諦めたようなナガレの言葉が返る。 「オーケー。 わかったよ、扇動者エディ。 でも、政治のほうは大丈夫なのかい?」 「まあ、なんとかなるだろうよ。 実際のところ、国の根幹たる王家がなくなってしまったのだから、大規模な政体の変更が要求されるのだが、今はそれどころではないからな。 貴族会と衆議院の生き残りが今エジンバラに集まりつつある。 そしてそこに暫定ではない正式な戦時政府を発足させる動きだ。 それまでは現在の体制でなんとかなるさ。 文句を言う奴もいやしまいし」 「だけどさ、 「問題ない。 騎士団はあくまで軍隊じゃない。 義勇兵、私兵団だ。 貴族たちが本来の仕事の片手間に、趣味で軍隊や治安維持の手助けをすることを合法化しただけの存在だ。 軍隊と協調して動くこともできるが、あくまで我らは我ら自身の自由意志によって動く」 「……詭弁らしく聞こえるのだけど」 「もちろん、詭弁さ。 だが、政治で重要なのは建前と成果だな。 建前が揃っていれば違法ではないし、成果が上がれば文句を封殺できる」 「やれやれ。 楽しそうだね、エド。 ところで、この間の決定の要旨をもう一度確認させてもらっていいかい? ネルガルにも要求事項とか確認事項とかあるんだろう? ウチとしても協力は惜しまないけれども、こっちの屋台骨までぐらつかせるわけには行かないからね。 未来の利益に繋がる様な要求くらいはさせてもらうよ?」 「もちろんさ。 相互利益、というのが長期的ビジネスの鉄則だろう?」 ナガレに 騎士団規律 1. 全ての騎士団員はその身分に関係なく騎士として扱われる。 騎士として認められるものは第一次エステバリス・ライダー募集に応じた誇り高き13人、貴族院からの参入者、そして戦果やその立ち振る舞いによって三人以上の騎士から推薦された従卒のみとする。 2. その身分に関係なく騎士としてふさわしからずと見做されたものは、騎士としての身分を剥奪され、他の騎士の従卒となるか騎士団を去ることを求められる。 なお、この条項は貴族院出身の騎士にも該当する。 ・ ・ ・ 8. 騎士団員は己と己が従卒の駆るエステバリスの改造・改良を許可される。 なおその改造等の過程で発見・開発された知的財産(技術情報、特許権等)は騎士団の共有財産とする。 また改造等に財政的補助が必要な場合には貴族院の認可の元に騎士団基金より供出される。 また、騎士団員およびその従卒の駆る機動兵器はIFS操作によるもののみとする。 9. エステバリスを原型として開発された新機種、ネルガルとの協約によりその機種名にかならず花の名称をつけ、ネルガルのロゴを機体につけること。 固体名に関する制限は無い。 10. 騎士団およびそれに関連する部隊名・機体名・固体名は商標として登録され、その権利主体は騎士団とする。 ・ ・ ・ 17. 騎士団員は決して賄賂を受け取ってはいけない。 これは金銭・物品の受領の形によるもののみではなく、婚姻、優遇的企業間取引も貴族院の審理の対象となる。 (他、細則多数) ナガレが一通り目を通したことを確認し、 「さて、結構ネルガルに有利な条件にしておいたつもりだけれど、何か変更とか追加とかの要求はあるかい?」 「ある。 第8条と第10条だ。 8条に言う、発見・開発された知的財産は騎士団とネルガルの共有財産として欲しいね。 それと、騎士団の商標の無制限利用の許可が欲しい」 「まあ、10条は問題ないだろう。 ネルガルの援助あっての騎士団だから、その名を大いに利用して儲けてもらって構わない」 「ウチの儲けだけじゃない。 エステバリスの普及が地球圏の生き残りにとって重要なんだ」 「なかなか立派な大義名分だね。 それでは地球圏が生き残るための尖兵となるべく、騎士団は大いに頑張らなくてはならないな。 それと、8条――技術開発のアドバンテージは簡単には手放せない、ということか。 当然だが手堅いな。 だがそこを変更するのなら、何かしらの見返りはあるんだろうね?」 あらかじめ妥協できるラインとして準備していたのだろう、即座に答えが返ってくる。 「第一陣で持ってくるエステバリス100機の無償供与。 もちろん、無事に大ブリテンにたどり着いた100機分だ。 そしてIFSシミュレーターをライセンス料無しで製造技術を騎士団に譲渡しよう」 「随分大盤振る舞いだな、ナガレ。 そこまでの価値がこの条項の変更にあるのか?」 「あんまり僕を見くびらないで欲しいね。 僕だって多少なりとも君ら英国貴族を知っているんだからね」 「良いだろう。 私の責任でこの条項の変更を約束しよう」 地響きがエジンバラ郊外の仮に設けられた騎士団基地を揺らす。 二週間までは商業空港だったこの基地の、エスケープゾーンであった緑地に横たわるのは花の名を持つ鋼鉄の巨人。 罵倒が飛び交い、作業着姿の男たちがガリバーよろしく倒れ伏した巨人に群がる。 アサルトピットから黒髪の少女が助け出され、地面へと下ろされる。 辺りを見渡すと、同じように横たわるエステバリスが3機。 倒れたままの姿でエンジニアたちの検査を受けている。 「……エディ、思ったんだけどさ」 「言いたいことはわかっているが聴いておこう。 なんだ、ナガレ?」 「 予想したとおりだっただけに言葉も無い。 「マニュアル操作でこの様ならまだわかるけれどさ、IFSを使ってどうやったらこうも下手糞になれるんだい? 中学生でももうちょっとましに動かせるんじゃないか? 無人状態でも立つことができるのに、君たちが乗ったとたんに倒れるってどういうことだい? 壊しては直し、また壊されては直し、メカニックも大変だよ全く」 「やれやれ」 「本当にやれやれだよ。 雑念の多さではまさしく小学生なみだね、君たちは」 ナガレの舌鋒はとどまることを知らない。 今日は本気で腹を立てているようだ。 私たちの不甲斐なさもあるだろうが、それ以上に一番最初に壊された機体が、たまたま空いていたからということで使われたナガレの機体だったからだろう。 しかも彼の機体は倒れたときの衝撃で左腕が完全にやられてしまい、調整だけでは済まないレベルで壊れてしまったのだ。 しかし、ナガレの言うことも本当だ。 我ら貴族は、雑念が多いというよりは、同時に3つ以上のことを並列的に考え、情報を統合して処理することに慣らされている。 一つのことだけに集中しなくてはならないということはあまり経験していないのだ。 だが騎士団は戦わなくてはならないのだ。 できる、できないということではなく、やらなくてはならないのだ。 尚も毒舌を吐き散らそうとしたナガレを遮る。 「良かろうナガレ。 私たちが現在パイロットに向いていないことは認めよう。 だが知っての通りリソースは限られている。 このメンバーで戦っていくしかないということは分かっていてくれると思っている。 その上で訊こう、我々が今後どうするべきか」 「……なんとかIFS経験を積み上げていくしかないだろうな」 文句を言うだけ言って冷静になったのか、それだけ言うとこめかみに手を当てた。 問題は、山積みなのだ。 騎士団結成のその日のうちから、エジンバラに集まった騎士団員たちの特訓が始まった。 幸いIFSアンプルはネルガル・ブリテン支店の倉庫にも軟着陸した急造空母にも千単位の在庫があったので、IFSは問題なくエジンバラにいる騎士全員に行き渡った。 しかしながら、マニュアルの配布・IFSの投与までは恙無く終わったものの、訓練を始めるにあたって実際にIFSを使える機器の不足と教官となりうる人間の少なさが問題となっていた。 教官はネルガルのテストパイロットたちが務めることになったが、もともとわずか六個小隊でエジンバラを中心とする諸都市を守らなくてはならないという際どい状況の中で、新たなパイロット候補生の教育までそのローテーションに入れなくてはならず、教官としてあてられる人員は必然的に少なくなった。 六個小隊は3シフトに分けられ、1−待機・偵察、2−教育・休養、3−睡眠のローテーションで動くこととなった。 それゆえ、教官数は常時5人、しかしながら、ほぼ24時間体制で指導を行うことを可能とした。 本来の労働基準を完全に無視した体制ゆえ、教官となることを強制されたパイロットたちからは文句の声があがったものの、普段であれば殿上人である貴族たちに頭を下げられ、かつ一段落がついた後には長期休暇とさまざまな手当てがつくことが確約され、教官たちの意欲を維持することに成功した。 ただし、貴族たちに教える立場になるというのは、彼らにとって精神的負担は相当なものがあったのだが。 IFS機器不足はもっと深刻な問題だった。 もともとIFS普及率が低い欧州ということもあり、現在教材として利用が可能なIFS機器は基本的に30機のエステバリスとわずか3機のシミュレーターという体たらくであった。 エステバリスそのものを教材として使うことは整備・調整などの観点からすると絶対に避けたいことであったが、他の手段が無いと言う理由で、整備が終わっていてかつ待機中ではない機体も教材として使われることを余儀なくされた。 それでも一度に使えるIFS機器は10人分程度でしかない。 譲渡された技術を基にシミュレーターの製造をするにしても、製造設備はともかく原材料の調達が大きな問題として立ちはだかる。 非戦時下であれば、それこそアジアからでも1日のうちに、月面からでさえ3日とかからず輸送することが可能なのだが、ずたずたに切り裂かれているた大ブリテン周辺の輸送ネットワークがそれを妨げている。 いずれにせよ、現在の設備では100人からいるエジンバラの騎士たちを訓練するにはあまりに不足。 しかも貴族のIFS適性の無さからIFS経験値が生存のために絶対的に必要な条件として突きつけられている。 第二次ネルガル遣英隊がくるのはアカツキの言によると三週間後。 それまで訓練を待つわけにもいかないし、そもそもその時には実戦が可能な人材にしておかなくてはならない。 とりあえず訓練を始めたものの、多くは座学と肉体的な訓練であり(それも極めて重要ではあるが)、IFSの使用経験はほとんど積むことができないまま3日が過ぎた。 この現状は騎士団にも(特に貴族たちに)不評であり、ほんの僅かシミュレーターやエステバリスを使う時間ができたにしても、あまりにも頓珍漢な動きしかできなかったことが、騎士たちの不安を募らせることになった。 大ブリテンのために死ぬことはそこまで恐れなかったが、それでも犬死となったら話は別、ということだ。 冷静になった後、溜め息とともにまた悪態をつくナガレ。 「しかし、ここまで貴族たちが使えないとはね……。 こうなることを知っていたら、IFSシミュレーターをもっとたくさんもってくるんだった」 「言ってくれるな。 それを言ってもどうにもならん」 「何とか民間人の13人をさっさと使い物になるようにするのが先決かね? 彼らのほうが思考が単純な分、IFSの習得は間違いなく早いはずだよ?」 ナガレの言葉を真剣に吟味する。 確かに戦力を作るためには良い手だ。 だが……。 「現実的には正しいが、それをやる訳にはいかないな。 できたばかりの騎士団の結束が、あっという間に崩壊する」 「つくづく面倒だね、貴族って奴は」 「貴族だからではない。 もっと政治的な問題も絡んでいるんだ。 だが、確かに少数精鋭でまずは戦える騎士を作り出すことが必要なことは間違いない。 そしてもっと大人数に訓練を施せる体制作りだな」 「当てはあるのかい?」 「無い。 だが何とか英国内にあるIFS機器を徴発して訓練用に使うしかないな。 大陸のほうにも打診してみるが、そもそも普及率がほとんどゼロに近いからどれだけ集まることか」 「それに、集まったとしても、精々建築なんかに使われる重機だからね。 エステバリスの訓練用としては、無いよりまし、という程度のものだよ?」 「それでも無いよりましというのなら持ってくるほかあるまい。 あるいは……」 不意にひらめいた。 「これでいくか。 ナガレ、IFSシミュレーターの在庫は極東圏にならあるのだな?」 「ああ、それは間違いないよ。 ほとんどの在庫は日本と広州にある。 だけど、持ってくるための足が無いよ?」 「それは私の分野だな。 まあ、なんとかする、任せておけ。 あとは今ある時間を無駄にしないための処置か。 現状でできる訓練の効率化をどうするか、だ」 私の弾んだような声に、ナガレの調子もまた軽くなる。 「少数精鋭でやるしか無いって言ったろ? じゃあ、何人かを選び出してやるしかないじゃないか」 「騎士たちの中でシミュレーターの優先使用権と集中的な訓練を行う、ということか。 不公平感を出さないでやる方法、考え付くか?」 「さてね。 いっその事、トーナメントでも開いてみるかい?」 おそらくは冗談であっただろうナガレの言葉。 「そのアイディア、いけそうだ。 そうだな、シミュレーターの優先使用と、あとはエステバリスの配備順位を懸けて競争するプログラムを作ろう。 競技方法については、悪いがナガレとネルガルのエステバリス・ライダーたちに考えてもらおう。 こっちは素人だからね」 「本気でやるつもりかい? やれやれ、人使いが荒いね」 「貴族だからね」 軽口には軽口で返す。 無意味に光らせた前歯に、ナガレも前歯を光らせて返す。 翌朝、一週間後のトーナメントの開催が予告された。 その名もJousts。 本来なら馬上試合を意味する語だが、騎士同士のトーナメントであることからこの名が採られた。 その参加資格を得るためにはIFSや戦闘・戦術に関するテストである程度の点数を取る必要があり、その競技内容も戦闘訓練内容にそった射撃とナイフコンバットだ。 ナイフコンバットはゴム製の訓練用ナイフを用い、また男女間の体力的な差を考慮し(またそれは機動兵器による戦闘には直接関係無いため)、実際のダメージでは無く命中数とその命中部位によるポイント制によって勝敗が決められた。 そしてその賞品は黄金の騎士団章、優先してIFS訓練を受け、そしてエステバリスの配備を受ける権利である。 これらの権利は上位10人に与えられることになった。 この開催予告は我々の意図通りに騎士たちの訓練に対する意欲を爆発的に刺激した。 黄金の騎士団章を今後二度と発行しないということを付記して貴族たちの名誉欲をそそったこともその成功を支えた秘訣だろう。 結果をまず述べれば、私はこの10人には選ばれなかった。 ナイフコンバットでは二回戦で敗退、射撃でも上位50位に入るのがやっとという体たらくであった。 言い訳になるが、訓練どころではなかったのだ、私の状態は。 それにしても一回戦で純粋にリーチの差で勝ってしまった少年貴族に対してはさすがに罪悪感がある。 かの少年は、二回戦で負けた私を本当に情けない眼でにらんでくれたものだ。 第一次募集で集まった13人の中から4人、女性貴族が1人、そして5人の男性貴族が、この名誉ある10人に選ばれた。 バース子爵アレックス・カーディナルもエクスター伯ジョナサン・ガーナーもこの栄誉ある黄金の騎士団章を受け取り、勝ち誇るような顔を向けられるのは少々、いやかなり悔しいものがあったが、今は素直に彼らの努力を、そして結果を賞賛しよう。 そして彼ら10人がロンドン奪還の為の大きな力になることを信じよう。 今の私の仕事は彼らが活躍できる舞台を整えることなのだ。 ――死ぬなよ、アレックス、ジョナサン。 |
代理人の感想
おおっ、前歯光らせ芸の応酬だ(笑)。
「もうちょっと美しい言葉を選んでくれないかね」とか、こういうやり取りも大好き(爆)。
話そのものも勿論悪くありませんが、こういう小粋な会話ってのがこの作品の味かなぁ。