Noble Blood

機動戦艦ナデシコ 二次創作

Chapter 4. Arrogance





  Joastsの布告の翌日、騎士たちがその知らせに沸き訓練に一層熱を上げている時、私はエジンバラ近郊、レイス基地を訪れていた。 日本から来る補給物資を積んだ船から無人兵器群の目をそらす陽動作戦を要請するためだ。


  既に日本政府に対してネルガルと連名で懇願にも似た要請を出し、潜水可能な高速巡洋艦を用いて件のシミュレーター60セットと先行量産型エステバリスを10機、そしてその関連部品等を輸送することを合意した。 こちらがJovian Lizardの正体を知っていることをほのめかすと、それを隠していたことに罪悪感があったのだろう、快く無償で大ブリテン救援を承諾して頂けた。 脅迫じみた方法ゆえに心は痛むが、大ブリテンが敵の手から解放された後には10億の誠意を持ってこの恩義を返すつもりだ。
  兎も角ネルガル本社とも連絡がすんなりと済み、物資は10日後に北極海経由でこのレイス港にたどり着くはずだ。 Joastsが終わって何日もしないうちに、トーナメント勝者たちの機体と後に続く者たちのための訓練機材が揃うことになる。 我々騎士団が本格的に動くためには絶対的に必要な条件とも言うべきもの。 受け入れを確実にするために万全を期す、そのための帝国軍とネルガルのエステバリスライダーたちとの共同作戦である。




  司令室に案内された私たちは、実用一辺倒の無骨な樫の執務机の前に立ち、そこに腰掛けた灰色髪の大男に相対した。 
  無精ひげが皺だらけの顔を覆う、灰色熊(Grizzly Bear)の愛称を持つ銀色の瞳の帝国軍大佐が大きな身体を揺さぶるように立ち上がって敬礼する。 

「――ロード・エドワード、よくお越しくださいました。
 お隣にいらっしゃるのはサー・ナガレでございますな。 この度の英国防衛線での多大なるご助力、まことにありがとうございます。 全将兵、英国民の代わりまして御礼を申し上げます」

  長身であるナガレよりもさらに2インチほど高いか。 だがその大きさを感じさせるものは、軍人としての迫力。 このエジンバラを中心とする南スコットランドの防衛を一手に担うオーウェン・ブラッドフォード大佐は、まさにその経験と軍功をもってこの地位を築き上げた男なのだ。 ロンドン陥落とそれに続く敗戦で多くの将官を失った英国軍の中で、現在生存が確認される軍人のNo.3、絶対に失うべきではない貴重な男だ。

「楽にしてくれ、ブラッドフォード大佐」

「はっ」

  老大佐は右手を下ろし、来客用の椅子を勧めて自らも椅子に座る。 彼は端末を叩いて飲み物を持ってくるよう給仕に伝えると、改めて私たちに向かい直る。 向き直ったその瞬間に大佐の雰囲気ががらりと変わる。

「それで、外務連邦大臣様がわざわざこのむさくるしい場所になんの御用ですかな?」

  ざらついた敵意のようなもののこもった鋼の視線が、礼儀のベールを脱ぎ捨てて私に襲い掛かってきた。  




「――つまり、貴族の遊びには付き合ってられないと?」

  私は苛立ちをそのままに尋ねた。 

「私どものような無骨者には殿上人のお相手などはとてもとても」

  堅い表情と慇懃な態度の裏に見えるものは、明らかな拒絶。

「我々の国を、人々を守るために戦おうという我らを、遊んでいると評するのだな?」

「恐れながら、その通りかと」

  沸々とこみ上げてくる憤りをこらえながら、老大佐にゆっくりと問いかける。

「我々騎士団が未だ未熟、無力であることは認めよう。 だが、貴官はそれを遊びと呼ぶのか」

  銀灰色の髪に縁取られた深い皺だらけの顔をかすかにしかめ、この灰色熊は銀色の瞳をゆっくりと伏せ沈黙を以て答える。 無言で目を閉じている様は太古から眠り続ける石像の様に見えた。

「大英帝国陸軍エジンバラ基地司令官オーウェン・ブラッドフォード、理由を言え」

「恐れながら私には貴方の命令に服する理由はありません。 外交畑の貴族のお坊ちゃん」  

  目を閉じたままに紡がれたこの言葉に私の苛つきは頂点に達した。 私は軍部の協力を得てさっさと次の準備を進めてしまいたかったのだ。 この時間がないときにこんなことに関わっている暇はない。 ならば、協力を求めるのではなく命令をもって押さえつける他ないのか。

「考えを正せ、大佐。 首相、国防長官とも失った今、暫時的とはいえ私が国防の任を負っている」

「・・・・・・外務のお坊ちゃんが軍を動かすと言うのですか。 世も末という物ですな」

「その通りだ。 正に世も末。 我らが国が存亡の危機に立っていることは貴官も知っての通り。 だが誰かがやらなくてはならないのだ、大佐」

  その言葉に大佐はゆっくりと目を開き、毅然な、かつ誇りに満ちた声で答える。

「誰かがやらなくてはならない、そのお言葉はまことにその通りです。
 ですが、その誰かというのは我々軍人。 戦いは、軍人の仕事です」

  声に込められた誇りがさらに私の怒りに油を注ぐ。

「それが答えか、オーウェン? それが我々騎士団を貴族の遊びと呼ぶ理由か? だいたい貴様たちが不甲」

「やめるんだ、エド!」

  私が真に決定的な言葉を吐く前に、ナガレが鋭い声で私を止める。 ナガレに顔を向けると「冷静になれ、ちょっと僕に任せろ」と彼の目が語っていた。 
  ――確かにかなり冷静さを失っていたようだ。 軽く息を吐き、ナガレに肯いて場を任せ、この灰色熊を観察する側に回る。 
  ナガレは私に一瞬目を向けた後で老大佐に向き合い、ゆっくりと問いかける。

「ブラッドフォード大佐、少し口を挟んで構わないでしょうか?」  

「もちろんですとも、サー・ナガレ」

  明らかに口調と態度を和らげて灰色熊が答える。 
  何故にここまで態度を変える? こいつは何を意図しているのだ? いや、大佐は私に何を伝えようとしているのだ・・・・・・・・・・・・? 

「戦いは軍人のもの、そう仰りましたね」

「いかにも」

「我々ネルガルは軍人ではありません。 我々が英国防衛に加わることにも反対なさる、そういうことですか?」

「そんなことはありません、サー・ナガレ。 あなた方エステバリス隊の活躍は、英国に生存の希望を与えてくださいました。 我々帝国軍がJovian Lizardを前にして己が無力に絶望していたときに、我々に未来の可能性を見せてくださいました。 まさしく、あなた方は英国を救ってくださっているのです」

  真摯な声で言葉をつむぐオーウェン。 
  その認識は我々貴族院のそれとなんら変わることはない。 だからこそ、我々でもエステバリスを運用してロンドンを奪還、ひいてはモクレンを殲滅しようとしているのだ。 一体何が気に入らないというのだ?

「そのお言葉、まことにありがたい。 私の部下が聞いたら狂喜することでしょう。
 しかし、なぜブラッドフォード大佐が騎士団をそこまで嫌うのか、私にはわかりかねるのですが?」

  私の心を代弁するかのように、極めて直接的にナガレが問いかける。
  大佐は目を伏せ、噛み締めるようにゆっくりと口を開いた。

「・・・・・・騎士団は、あの方々は、我々大英帝国軍の誇りを踏みにじったのです」

  何だと? 騎士団がどうして帝国軍の誇りを潰すことになったのだ? そもそも騎士団は第一次エステバリス・パイロット募集に応じる者がいなかったからこそ貴族たちを巻き込んで設立したというのに? 

  懊悩する私に、大佐が直接声をかけてきた。 
  今度は一切の敵意を含まず、父親がまだ若い息子を諭すように柔和な光を目に湛えながら。

若様(Young Lord)、貴方様はわれわれ軍人をよくご存知ではないのですな。 若様にはネルガルが救援に来てくださった時、エステバリスの性能を見た時、どれだけ我々が喜んだかわからないでしょう。 これで宙を飛び回る虫けらどもに翻弄されるばかりではない、これで敵を駆逐できる、国を守れるぞ、と。
 現在の兵装では我々英国軍は無力です。 人々が為すすべなく殺されていく様を見て一番辛い立場なのは我々軍人なのです。 人々を外敵から守ることは、人々の命のために銃弾の前に身をさらすことは、軍人の仕事なのです」

  老大佐は表情に翳りを見せつつ言葉を続ける。

「ですが貴方様方は、エステバリスのパイロットを集める際に軍を無視してしまいました。 パイロット募集要項は軍にも回ってきましたが、あくまで民間に対するものと同じもの。 それを見て我々がどのように感じたか、貴方様方はご存じないでしょう。 『貴様ら軍人が役に立たないから義勇軍を集めるのだ』 あるいはそのような意図は無かったのでしょう、ですが我々にはそう取れてしまったのです」

  ・・・・・・ああ、そういうことか。
  私は筋道を間違えてしまったのだ。 募集要項を公に出す前にやることはあったのだ。
  まず軍に話をつけ、軍内でパイロットを募集した上で補助人員を公に求めるべきだったのだ。 だが、既に事は動いてしまっている。 やり直しができぬほどに。

「貴方は軍人をよくご存知ではないのでしょうな。 もしも軍を多少でもご存知なら、上の命令、あるいは許可なしにあのような募集に応じる兵が居ないことは自明でしょうに。 上意下達こそが組織の基本、特に軍はその規律が最も確立されている場所だということはご存知の通り」

  私は、誇りある戦人を集めるつもりで、かえって兵士たちの誇りを穢してしまったのだ。 それが私がしたことだ。
  私が言う誇りとは結局独り善がりの戯言、何たる浅はかさ、何たる傲慢。 
  
「もしも上官から、あるいは軍の広報からこの募集を聞いていたならば、何千もの兵士たちが諸手をあげて駆けつけたでしょうに。 あるいは我々帝国軍が完全に瓦解した後ならば、きっと多くの生存した兵たちが集まったでしょう。 ですが、今はそのどちらでもない。
 『軍は役に立たない、だから軍とは別途にエステバリス隊を組織して敵にあたる』 それがあの募集要項に対する我々の解釈です。 故に貴方様方騎士団は我々帝国軍の敵になってしまったのです。
 私個人としては、若様の志、敵を討ち国を守るという志を大変うれしく思います。 ですが私は組織の人間。 一人の軍人として、またこの組織を代表する者として貴方様方に接さざるを得ないのです」

  柔らかな、だが重く響く声が私の心臓を締め付ける。

「―――今後どうすれば良いか教えてくれるか、オーウェン」

  しばしの躊躇の後、苦しい声で遅すぎた問いを投げる。 そして遅すぎた問いには引き返すことができない答えが待っていた。
  再びその貌を軍人のそれに切り替え、ことさらに冷たい言葉で歴戦の大佐は答える。

「どうにもなりません、残念ながら。 結論として軍は騎士団を支援することはしないでしょう。 これはウェールズで今なお戦っておられるキートン中将とコリンズ少将と協議した結果のもの。 恐れながらロード・エドワード、我ら帝国軍は貴方様の指揮を受け付けることは無いでしょう」

「それは一種のクーデターだぞ、オーウェン」

  呻くように言葉を返すが、灰色熊は全く堪えることなく。

「そうお取りになるならそれも良いでしょう。 我々帝国軍は今ある暫定政権の正統性を認めず、正統な政府が立ち上がるまでは独立して動きます。 それが軍の決定と思っていただいて結構です。
 ――さあ、お引き取りください、ロード。 ここレイス基地では貴方は敵なのです」

  鋼のような老大佐の言葉が私を押しつぶすかのような気がした。 私の不注意な行動が、この危機に瀕した英国を更に分裂させてしまったのだ。 両陛下を失ったことも私の咎、そして英国を分裂させたことも私の罪。 これでこの国が滅ぶようなら、私の罪はいかほどになるのだろうか?

  よろめくように立ち上がり、短く謝辞を述べつつ真鍮のノブを回す。 力無く部屋を歩み去ろうとする私たちの背に、大佐が再び声をかける。

「――しかしながら、我々帝国軍は救国の徒たるネルガルを支援することに躊躇することはありますまい。
 もし我々にできることがあるなら、ぜひともお声をおかけください、サー・ナガレ」

  背後で扉が閉まる。 微かな風を生みながら。




「やられたね、エディ」

  基地から出てリムジンに乗り込むと、ため息をつく私の肩を叩きつつナガレが言う。 

「ああ、全くだよ」

「一時はどうなるかと思ったけれど、なんとか協力を得られてよかった」
  
  ナガレはできるだけ軽い感じで話を進めようとするが、喜んでばかりいるわけにはいかないのだ。

「確かに。 だが軍が協力を約したのはあくまでネルガルを相手として。 軍と騎士団の間に厳然たる壁ができてしまったことは間違いない。
 今後どうやってこの壁を崩すべきだろうか?」

「さてね。 なにせ微妙な問題だからネルガル側がタッチできる問題でもないし。 できることからやっていくしか無いんじゃないか? 今更引き返すわけにも行かないんだろ?」

「そうだな。 まずは私たちが遊びでやっているわけじゃないことを認識してもらわなくてはならない。 実力をつけ、成果をあげるしかないな。 それからでなくては我々騎士団を対等な相手として見てくれることは無いだろう」

「なんとも茨の道だね」

  天を仰ぐようにして大げさに嘆息するのは、きっと先日の訓練の結果を思い出しているのだろう。 特にそれには触れないことにしよう。

「まあ、それはそれとしてウチは明日にでも軍にエステバリスを売り込みに行くよ。 商品をすぐ送れないのが痛いところだけどね」

  さて、それをやられて軍に活躍されるとますます騎士団の成果を目に見えるものにすることが難しくなる。 だがここでプライオリティを間違えるわけにはいかない。 守るべきは民衆、そして国家。 我々のプライドを優先するわけにはいかないのだ。

「会長みずからの営業か。 ご苦労なことだな」

  葛藤を心の内に隠して軽い皮肉をたたく。

「さっきの話だと、彼らは予算の枠組みにとらわれて財布の紐が固くなることもなさそうだしね。 遠慮なく売りつけて来るさ。 この上ない市場独占(Monopoly)の機会、僕に逃せるわけが無いだろ? 
 ま、実際のところ、支払いは後で立ち上がる政府からだからこんなやばい決定は僕にしかできない。 英国が復活しなかったら回収不能だからね。 
 まあ、君たちには頑張って英国を立て直してもらって、その後で支払いに泣いてもらうことにするよ」

ジャパニーズ・ビジネスマン(Economic Animal)め」

  力なく笑いながらなんとかそれだけ返す。
  だがこの言葉に込められた彼の気持ちに報いなければならない。 すなわち、橋は落としてやった、だからさっさと進め、と。 いつもながら容赦の無い方法で激励してくれるこの生涯の友に、心からの感謝を。




 

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代理人の感想

あーなるほど、こう来ましたか。

これはエドワード一生の不覚、私の頭はコンパクト。

ただ、贅沢を言うならここまでになんらかの伏線が欲しかったかなと。

第二話で技術者募集には軍属が結構応募してるような描写があったので尚更ですね。