「無声慟哭」
authored by Effandross .
ユリカ、雪を取ってきたよ。 オレたちの運命の場所、火星の果ての雪だ。
お前のピンクのマグカップいっぱいに、白く冷たい雪をとってきたよ。
「食べさせて、アキト」
白い樹脂のスプーンにそっと載せた雪の一すくいを、オレはお前の色を失くした唇の間にすべりこませる。
「つめたぁい。
でも、おいしい。 火星の、味がする」
お前は唇の両端を軽く持ち上げ、精一杯の笑顔を作り出す。
綺麗だよ、ユリカ。 オレの本当の宝物。
もう一口食べるかい、とオレはもう一すくい、雪を取り上げる。
「ううん、いまはいい。
今日はほんとうにやさしいね、アキト」
何を言うんだ、ユリカ。 オレはいつだって優しいだろう?
オレはお前の王子様なんだから。
「そうだよね、私の、王子様だもん、ね。
ね、アキト。
疲れちゃったから、少し、休むね。
手、にぎっててくれる?」
もちろんだとも、ユリカ。 オレの罪深い手でよかったらいくらでも握っていてやる。
擦れた声を寝息に変えながら、お前は静かに眼を閉じた。
遺跡の欠片とお前の体内の抗体の戦いの痛みにもかかわらず、
ただ、オレが傍らにいる喜びを噛み締めながら、お前は浅い眠りについている。
こんなにみんなに見守られながら、ユリカ、お前はまだここで苦しまなければならないのか。
ああ、オレが殺戮者の業を背負い、人の心を少しずつ失いながら独りの修羅として歩んでいるとき、
お前はこうして死に蝕まれていたのか。
ただお前だけを求めて、お前がオレを求めていることを信じて戦い続け、
ついに再びめぐり合えたというのにお前は星空のかなたに飛び去っていこうというのか。
運命を一つにすると誓ったオレを再び修羅の道に残して、お前は行ってしまうというのか。
小一時間ほど眠っていただろうユリカがゆっくりと目を覚ました。
休んでいたはずなのに、お前の容色は目を閉じる前よりもずっと落ち込んでいた。
頬に、額にかすかに走る輝線が、遺跡の紋様の侵蝕を確かに示している。
「わたし、ひどい顔になってるかな?」
なんて悲しそうな、諦めたような笑いをするんだろう。
お前はオレを最期のひと時まで決して見逃さないように、じっとオレの瞳を見続けながら、義父さんに訊くのだ。
「そんなことはない。 今日のお前は本当にきれいだよ」
本当にそうだ。 髪も肌も細胞一つ一つが光を放っているようにお前は輝いている。
痛みを超えたような、静かな笑みはいつか見たマリアさまのようだ。
オレは、どんな顔をしているのだろう?
「ねえ、アキト」
きっと、酷く幼い顔をしているのだろう。
――光がどんどん強くなっている――
「ん?」
罪に塗れたオレの目には、お前の姿はまぶしすぎる。
――本当に髪の一本一本が光っているのだ――
「わたしを、見ていて」
だが、それでもオレはお前を見続けよう。
――あたかも後光がさしているかのように――
「わたしを、憶えていて」
お前をずっと憶えていよう。
――その姿が、光に飲まれるようにして歪み――
「忘れな――――」
……たとえ、お前が、小さな金色の立方体になってしまったとしても。
――最期の言葉を言い終えずに、おまえはヒトであることをやめた――
後書き
無謀にも、岩手の詩人に贈るオマージュなるものを書いてしまいました(『あめゆじゅとてちてけんじゃ』、でわかりますよね?)。 本来は三作に分かれるべきものですが、二作目の原題、「松の枝」にあたるものがどうしても構成的に無理でした。 文体、文章の流れが原作の面影も無いじゃないか、と思われるでしょうが、基本アイディアとその込めた感情だけを借りることにしました。 まあ、練習代わりの習作ですが。
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