第零話





月と火星の間に点在する、数多のアステロイドベルトの中の一つ

人が存在するには余りにも膨大なその闇の中で、幾多もの光が生まれては、消えていた

戦闘

有史以来人類が絶えず繰り返してきたその行為

大多数の人間が望まない、願わないにも関わらず、つねにその歴史の傍らに寄り添っているその矛盾に満ちた行為に、彼もまたその身を投じていた

テンカワアキト

三ヶ月ほど前に起こったクーデター『火星の後継者事件』の際に、数多くのターミナルコロニーを叩き潰した史上最大のテロリストであり、同時に『火星の後継者事件』において、命以外の大切なありとあらゆるモノを奪い去られた男

自分に関する全てを奪われた彼だが、数え切れない程の他人の命と彼自身のそれを代償に、彼は一人の女を救い出した

ミスマルユリカ

彼の愛する人間であり、また同時に彼を愛した人

全てを奪われ、壊し尽くされて尚、彼は彼女を救い出した

助け出された彼女の経過は順調であり、それだけが、彼女を助けるために何百人もの命を奪い去り、その罪に震えるアキトにとっての、唯一の救いとなった

背部のスラスターを全開にする

爆発的な加速を持って無数の岩の塊をディストーションフィールドでぶち抜いていく彼の愛機、ブラックサレナを数えるのもバカバカしくなるようなミサイルの群れが追い立てる

だが、そのミサイルの大半が破砕した岩の残骸に衝突し、宇宙の闇に幾つもの火球を生み出した

それらを潜り抜け、尚も追いすがってくるミサイルを確認すると、アキトは各部のスラスターを前方に向けて噴射。急激な逆進を掛けてそのまま背後を振り返る

眼前に広がるミサイルと岩の残骸を目を細めて見つめると、胸部に備え付けられているバルカンを展開、乱射

迫りくる脅威をその常識外れの射撃能力で全て撃ち落すと、その爆発の中に自ら突っ込んでいく

膨大な熱と砕け飛ぶミサイルや岩の破片にフィールドが悲鳴をあげるが、アキトはそんなモノなど聞こえないように尚も機体を前へと押し進める

なんのことはない、この程度で破られるようなフィールドではないことなど、この機体にその命を幾度となく委ねてきたアキトには手にとるようにわかる

灼熱の渦を抜けた先、そこには全部で八隻の戦艦が見える

三ヶ月前の『火星の後継者事件』の残党だ

どういうルートがあるのか知らないが、この死に損ないどもは今になっても尚、己の盲信する正義を完遂しようとありとあらゆる所に根付いている

「いい加減に・・・・」

生の全てを全うした。今自分に出来ることは全てやり遂げた

ユリカを助けた。そのたった一つの事実のみが、彼をこの世に束縛する理由すら無くした

だが、この目の前の連中が生き残っている限り、その全てを投じて助け出した彼女の安全すら、保障されないのだ

何人も殺した、何十人も殺した、何百人も殺した

そんな自分にこれ以上生きる資格などないし、必要もない

だから・・・

「消えろ、俺と一緒に」

まだ潰しきれていない、月か、火星か、地球か、それ以外のどこかに潜んでいるゴミ蟲達

それらを全て潰したならば、今度こそ本当に自分の生きる理由などなくなる

アキトは目の前の戦艦を睨み付けた

千切れ飛ぶような速度でそれらに迫るブラックサレナのアサルトピットの中で、アキトは、笑った

「・・・・なあ?」

歪んだ唇から漏れたのは、歪んだ言葉だけだった




機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






  『 プロローグ 』

 

 



アキトが戦っているアステロイドベルトのすぐ傍に、一隻の戦艦がその存在を主張していた

流線型の外観に四門のグラビティーブラストを備え付けたその戦艦、ユーチャリスのブリッジで、ラピスラズリはただ目の前の小惑星群の中で起こっている戦闘を見つめていた

流れ込んでくるのは、戦っている彼の思考

懸命に歪で、捻じ曲がっている振りをしているだけの、ただただ悲しい思考

ラピスにはわからない、なぜアキトが己の全てを投じて助けた彼女の元へ帰らないのか

還ることを望まれ、願われているにも関わらず、なぜ彼はこうまでして歪んだ自分を装うのか

ラピスにはわかる、どんなに残忍な人殺しを演じようとも、変えようのない純粋な気持ちが、彼にはあるということが

全てを要らない振りをして、そこから目を背け、背を向けても、彼にそんなことなど出来ないのに

援護はいらない。彼はそう言った

相手は無人兵器約百機、有人機三十、そして戦艦が十二

決して機動兵器一機で渡り合えるような数ではない。だが、ラピスは止めなかった

止めても無駄なこともある。だが、それ以上にアキトの目はそれを物語っていた

死にたい、殺して欲しい

そう・・・・言っていた







「最後だ」

呟きと共に、最後に残っていた戦艦が爆散する

それを見届けると、アキトは息をついた

戦闘という、極度の興奮状態から解放されたアキトの意識は、生半可な熱さと冷たさと、そしてなにより巨大な虚しさの中で宙づりのような状態であった

目の前に広がる無惨に砕かれ、散乱した残骸を見つめる

自分が壊した物、自分が殺した者

今やすっかり慣れ、麻痺してしまったその無感動な感情を無理矢理に押し込める

腹の中をドロリと渦巻く黒い感情を、強引に抑え込む

まだ、生きているモノがいるかもしれない

ゴキブリは偉大だ。人間には想像もつかないような過酷な環境の中でも尚、己の意志を残し続ける

ならば、この一見生存など不可能な生物にとって地獄のような真空の中にも、まだ尚生にしがみつく、見苦しい塵ムシ共がいるかもしれない

歯を食い縛る。生きているわけなどない。あり得ない

奴らは死んだ。目の前で、今まさに自分がその糞のような生涯に幕を閉じてやった

無意識の内に力の入った右腕が、ブルブルと痙攣するように小刻みに操縦卓を振るわせる

「・・・・トドメだ」

誰に対するモノなのか分からない言葉を漏らす。アキトはハンドカノンの残弾が無くなるまで、その憎しみの固まりを、目の前の物体の群れにぶち込んだ

破片が舞う、狙いなどという高尚な単語など忘れ去ったかのように、狂ったようにアキトはただひたすら引き金を絞り続ける

その内の一つが、未だ残っていた戦艦の動力炉に直撃する

真っ赤な、巨大な爆発を見つめながら、アキトはただ呟くだけだった

「・・・・殺してくれよ・・・・なあ」

周囲の全てをその高熱の暴力で消し飛ばしたその爆発

それが終わっても、アキトはただ虚ろな目で虚空を見つめるだけだった

もはや何度呟いたかすら分からない言葉が、再び口から漏れる

そんな勇気などないくせに、そんなことなど出来ないくせに

喉元まで込み上げてきたその言葉を、アキトはせき止めもせずにただ吐き出す

「・・・・殺してくれよ」

『アキト・・・』

答えるように現れるラピスのウインドウ、おそらくずっとアキトの様子を伺っていたのだろう。その表情は、相変わらずの無表情

「ラピス」

驚いたように目を見開く。そのアキトの意外な反応に首を傾げるラピス

忘れていた。ラピスのことを

今までそんなことなどなかったのに、どんな激情の中にいようとも、どんなにドス黒い感情の中でもがこうとも。この、自らの全てを差し出してくれた、この少女のことだけは・・・・忘れたことなどなかったのに

口元に笑みが浮かぶ。苦笑と、嘲りのそれを自覚しながら、アキトは思う

もう良い

『アキト?』

殺すことも、殺されそうになることも、もう・・・・疲れた

「ラピス」

だから、もう良いだろう

もう、十分だろう

『?』

再び首を傾げるラピスに、アキトは微笑んだ

人間だからいけないのだ、相手を人間と思わなくても、殺す自分が人間では、結局同じことだ

だから、もう良い

ヒトでいることには、もう

「帰ろうか」

これからは壊そう、殺すのではなく、殺人ではなく、ただの破壊を残していこう

通った後には何も残るまい。だが、その残らなかったという事実が残るのなら、それはそれで構わない

『・・・・うん』

頷くラピスに、アキトはもう一度微笑んだ

もはや殺人者のソレですら在り得ない、酷く空虚で、荒んだ笑みを

さようなら、ヒトだった自分

そしてようこそ、ヒトですらない自分

これっきりだ、これっきり自分はもう殺した人間達の夢で舌を噛むこともなくなるだろう

夜な夜な跳ね起き、その自らの手首にナイフを突き立てることもなくなるだろう

胃の中身がなくなるまで、無様に吐瀉物を撒き散らすこともなくなるだろう

もう、それで良い

ヒトでないなら、それも良い

壊して逝こう、殺すことなどもう飽きたから





残していこう、ただの破壊と、ただの怨嗟と憎しみを








あとがき





前言撤回、はええよ



というわけでこんにちは、白鴉です

メールや掲示板で色々な方に次回作はないのかと問われ、そのたびにネタがつきました。と答えていたのですが、ある日ふと電波を受信しまして、このように再び連載を初めさせて頂きました

知ってる方だけに対するお話になりますが、この話は私が某所で完結させていただいたとある話の続きなどではなく、全く関係ない物語です

正直こうして皆さんのお目に掛けるには拙いモノになるかもしれませんが、取り合えず頑張ります







それでは次回で



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管理人の感想

白鴉さんからの投稿です。

どうやら、劇場版アフターのようですね。

まだプロローグの段階なので、感想と呼べるものは付けられませんが、アキトの壊れ具合は分かります。

この先、このアキトがどう変わっていくのかが話のメインなんですかね?