第21話







『ロシア支部より報告。現在敵損耗率15%。陥落まで後十分程かと思われます』

『ニューヨーク統合軍基地より報告します。敵外部戦力は完全に制圧。現在突入した制圧部隊が基地の35%を占拠』

『日本方面より通達。佐世保、沖縄、厚木、横田に駐輪していた宇宙軍艦隊を鎮圧』

『アジア制圧部隊より報告。制圧完了。これより現地住民に対する説明に入ります』

闇より暗い部屋の中、無数のウインドウに囲まれて、統合軍総司令は一人目を閉じ、次々と入ってくる朗報を聞いていた

その目を開き、口元に笑みを浮かべる

老人の目の前、開いては閉じ開いては閉じを繰り返すウインドウの中で、唯一点滅を繰り返していない一際巨大なウインドウ

そこには、世界地図が映し出されていた

日本を中心としてそれ、その地図のすでに半分以上が、制圧完了の青に染められている。残りの三割は現在交戦中を示す緑、そして残りは未だこの激動の世界の動きに目を白黒とさせているはずの、これから青に染まるべき赤

浮かんだ笑みを、さらに深める。歪んだ口から歯が覗き、そのギラついた目がさらに歓喜の色を強くする

脳裏に浮かぶのは、つい先程葬った、過去の亡霊共の代表者の間抜けな顔

裏切られることを露ほども想像せず、愚かにも自分に全権を託して逝った。どうしようもないほどのお人よしの顔だ

バカな男だと、心底蔑む

理想に殉じることを理想とし、手段と目的を履き違えてしまった愚かな男。歩んできた道が、定められた落とし穴であったことに、死の瞬間まで気付けなかった男

クサカベなどというもはやいない男の言葉を心から信じ、その残した意志とやらに愚直なほど真っ直ぐに貢献した男

「くく・・・」

思わず声が零れる

理想を掲げ、その志を民衆へと伝えればそれを聞いた人々の心は動き、人間そのものが変われるなどと、もはや旧世代の考え方だ。そんな甘っちょろい考えなど百年前の映画にすら出てきはしない

時代という流れをろくに読むことも出来ず、その流れに乗ったつもりで、奴はその河に潜む存在に喰われた

時代という存在そのものに

歴史は人間を選ぶ。それに選ばれた極々僅かな人間のみが、その自らの内に宿した願いを成就できる

その資格があると自惚れ、自信満々に泳いでいた男は、溺れ死んだ

溺れさせたのは、誰だ? それは自分だ

つまりそれは、自分が時代そのものだということだ。あのようなもはや腐臭すらするような古臭い男ではなく、自分を、世界は選んだということだ

これが笑わずにいられようか。愚民共が全員諸手を挙げて欲しがる権利を、自分はついに手に入れた。何十年という長い長い時間を経て、自分はついにこの手に掴んだのだ

その事実は、目の前の世界地図が如実に物語っている。かつて、これほどまでに大規模なクーデターが行われただろうか。そしてそれは、これほどまでにスムーズに進んだだろうか

計画だけは、ちっぽけな己の裁量を見抜けない愚か者の頭に浮かびはしただろう。だが奴らにそれを実行するような器は、結局は無かった。それは時代が証明している

そう、自分は、選ばれたのだ

この腐敗しきった世界を改革する権利を、自分はついに手に入れたのだ

「はは・・・・はははははは」

目の前にぶらさがるその、自分が改革した後の世界に胸を踊らせる

もはや立ちふさがるような物など何も無い。根回しは完璧、事後処理も完璧、愚かな民衆は自分の下で、新たに手に入る新世界で生きるのだ

独裁政治などするつもりは毛頭無い。そんな政治など十年も経たずに陥落するのがオチだ

適度な快楽と、適度な苦痛と、適度な摂取を

与えすぎず奪いすぎず、それさえ守れば世界は自分を討とうなどとは露ほども考えはすまい

「はははははははは!!」

もとより富にも権力にも興味は無い。そしてあの錆び付いた亡霊共が持っていたような新たなる秩序とやらにも、興味は無い

ボソンジャンプは危険。それは自分も全く持って同じ意見だ。あれはまだ過ぎた玩具だ

ならばそれを受け取り、管理してやるのが常識。子供が拳銃を持っていれば、例えそこに弾丸が込められていようがいまいが、優しく諭しそれを穏やかに取り上げる。それが大人の役目だ

新たなる秩序などいらない。そもそも秩序などは彼らに管理させる上では必要な物に過ぎない。それは小学生に大学の教科書を渡すような物。存在はあれど、理解出来なければそれは紙くずなのだ

新たなる秩序などとは、つまるところそういう意味だ。それは危ない物だと幾ら言って聞かせたところで、実体験を伴わなければそんな物は所詮机上の空論

いずれ銃口を覗き込む彼らに向けてその弾丸が無慈悲に発射されるのは目に見えている

だから自分が管理してやるのだ。いや、それは別に自分でなくとも良い。然るべき資格を持つ者ならば誰でも構わない

だが今のところ、それほどの器を持つのは、自分だけだ

己の思考に酔う老人は、再び声を上げて笑う

すでに世界は、自分自身の手にあると疑わなかった

そしてその思考は、彼自身が長い長い間に徹底的に行ってきた自らの行動に裏打ちされていた

過去二度の大戦で信じられないような苦渋を舐めさせられたナデシコという存在。目立ちこそしないが、その身に宿している力は相当な物だと思われる連合宇宙軍

正義などという愚かな目標を掲げ持つ、数しか取り得の無い統合軍

ここ最近起こった歴史的事実に全て裏から関わっていたネルガルの会長は今行方不明。だがその彼らの本社は占拠した、ミスマルコウイチロウという有能な右腕が、その企業の動きを全て封じ込めた

全ては、今彼の手の内にある。不安要素は、もはや何一つ無い

後数日、あるいは数時間の後には、世界は丸ごと自分の手に収まる

老人はそれを疑っていなかった。もはやそれは人が生きていくうえで酸素が必要などということよりも遥かに確かな真実として、老人の頭に刻まれていた

笑っている間にも、次々と自分の支配下に置かれる地域は増えていく

世界地図の六割が、青く塗りつぶされる

もう誰にも止められまい。これは時代が選択したのだ

自分が世界を管理することを、自分にはそれほどの器があることを、世界が認めたのだ

止められるものならば止めてみろと、老人は高らかに笑う

今更なにをしたところで、もはやなんの意味も無い

と、そこに一つのウインドウが現れた

『随分と上機嫌なようだな、ご老人』

「くく・・・貴様か」

見上げる老人の視線の先には

ミスマルコウイチロウが映るウインドウが、浮かんでいた








機動戦艦ナデシコ

 Lose Memory 』






『 賭けるべき物 』

 

 







『ジャンプアウト。現在位置確認しました。予定通りです』

そう告げてくるハーリーに、ルリはウインドウボールの中で静かに頷いて見せた

『全ブロック異常なし。大丈夫よ。ルリルリ』

艦内に異常が無いことを報告してくるミナトの声を聞きながら、ルリは静かにコンソールから手を離した

そして背後を振り返る。そこにはミナトとユキナがおり、右腕を吊るしたサブロウタがおり、そして

そのさらに向こう、ブリッジの入り口の前に

「後は任せます。メグミさん」

真剣な表情で真っ直ぐな視線を向けてくる、メグミとホウメイガールズがいた





「第三波! てえーっ!!」

シンジョウの号令に答え、艦隊が一斉に主砲を発射した

解き放たれた何十何百にも昇るグラビティーブラストの黒い波が、目の前に展開する統合軍の艦隊へと吸い込まれていく

大半が敵艦のディストーションフィールドに妨げられ、捻じ曲がって消えていく

「着弾! 敵の約1.5%を撃破しました!」

「第十五連隊から通達! 抜かれました!」

「ミサイル放て! 弾幕だ!」

言葉と共に、スクリーンの片隅に小さく火の華が咲く

だが

「ユウガオからアサガオまで第五艦隊! やられました!」

「第三部隊をまわせ!」

「しかしそれでは!」

「っ構わん!」

部下に指示を飛ばしたまま、シンジョウは歯を噛み締めた

頭を掠めるのは、疑問の叫びばかり

―――なぜだ

開戦直後は、五分の戦いのはずだった

使用している機動兵器も、戦艦も、武装も、同じだった

―――なぜだ

なのになぜ

「穴を抜かれました! アルストロメリア中隊五つ! 突っ込んできます!」

「フィールド展開! 迎撃部隊出せ!」

「これが最後の予備兵力となりますが!?」

「くだらんことを聞くな! 沈みたいのか貴様!」

「!! 了解!」

―――なぜだ!!

なぜこれほどまでに、押し込まれているのか

指揮官としての腕ならば、全くの自惚れなしで互角だと自負出来る。随分と長い間あの男の下で働いてきたのだ。アズマの実力を見誤っているなどという可能性はまず無い

実力を隠すほどの器用さも、あの男は持ち合わせていなかったはずだ

五分の、全力での殴りあいを決めたその瞬間から、泥沼の殲滅戦になることは覚悟していた

あの男と自分との実力差も、大して無い。そして双方もはや策を弄する暇など欠片もなく、あるのはただ手持ちの戦力を正面切ってぶつけるだけ

そして戦場は、その通りになったはずだ

自分もあの男も、一切の戦力を隠すこともせず、別働隊を編成することすらせず、ただ正面からぶつかり合った

なのに

「げ、迎撃部隊! 突破されました!!」

「なんだと!?」

言葉が終わるより早く、目の前の艦橋から見えるスクリーンに、その部隊を突破してきたアルストロメリアの内の一機の顔が大写しになる

ブリッジがどよめく、ラピッドライフルを構えたアルストロメリアの一団を前にして、誰も動けなかった

ピンと張り詰めた空気の中、シンジョウだけはただ己の内にあるなぜだという想いと格闘している

納得、いかない。出来るはずがない

『終わりだ。火星の後継者』

そんな彼の目の前、強制通信が割り込んできた。ブリッジに大写しにされているのは、今自分達が戦っている艦隊を率い、そしてシンジョウにはもはや理解出来ないほどの底力を見せ付けた、あの男

アズマ

『降伏を勧告する。これ以上の戦闘は双方に無駄な犠牲を出すだけだ』

形式に乗っ取った、堅苦しい言葉遣いで淡々と告げてくる目の前の禿男

「し・・・・司令」

すがるような目で振り返ってくる部下達

そんな彼らの視線を受けながら、シンジョウはブルブルと震えながら、拳を握り締めた

火のつくような視線で、アズマを睨みつける

「・・・なぜだ」

シンジョウの言葉に、アズマの眉が寄る

だがそんなことなど関係ない。自分は、納得いかない

大儀は確かに、自分達にあったはずだ。このままでは人類がその力で自らの身を焼くのはもはや必定

それをとめるために、阻止するために、自分達はこうして立ち上がったのだ

最後まで互いに死力を尽くし、そしてギリギリのところで負けたのなら、まだ納得が行く。互いの信念を掲げた戦いに自分達が負けたのだと、満足出来る

だがこれは、こんな物は、納得出来ない

「なぜ・・・・・我々は負けたのだ」

搾り出すようにそう紡ぐ

負け惜しみなのはわかっている。自分達は負けた。それはもはや変えようのない現実であり、事実だ

だがこれでは、同じ力を持った上でこのような圧倒的な決着を着けられたことは、どうしても納得出来ない

そして幾ら考えても、シンジョウには答えなどわからなかった

なにが差となったのか、なにが敗因となったのか、自分の指揮とこの男の指揮に、どれほどの差があったのか

「なにを、した? 貴様ら一体なにをした!?」

女々しいことを言っている

「なにが違った!? 私と貴様の指揮! 一体なにが違うというのだ!?」

答えなど、端から期待していなかった。ただこの胸の中のドロドロとした怒りは、このまま留めておくにはあまりに強すぎた

だから、吐き出す

「我らと貴様らのなにが違う!? 力を持ち! 信念を掲げ! 命すら捨てる覚悟を決めた我らと貴様ら! 一体なにが違ったというのだ!?」

それはもはや泣き言だった。幾ら考えても解けない問題の答えを泣きながら教師に迫ることとなんら変わらないような、愚かで矮小な行為だった

だがそれでも、答えが欲しかった

でなければ、納得など出来ない。自分達とこの男達との差が明白にならなければ、諦めなどつくはずがない

掴みかかるような前傾姿勢で、シンジョウはアズマを睨みつける

そのいつもの冷静で落ち着きのある態度とは全くかけ離れたシンジョウの姿に、ブリッジはなんともいえない重く気まずい沈黙に支配された

シンジョウは、ただ待つ。射殺すような視線を目の前のスクリーンに映る男へと向け、ただ、答えを待った

そしてそんな彼の内心を察したのか、それともただ単に降伏勧告の続きのつもりなのか

アズマは、鼻で笑った

『なぜ負けた。どこが違う、か』

面倒そうに、そんなこともわからないのかという、一種の蔑みすら含まれたその視線に、シンジョウの手がさらに硬く絞られる

全身が煮え立ちそうだった。今すぐ艦橋の外でライフルを構えている敵の機体になど構わず、全軍に突撃勧告を告げようとすら思った

命など惜しくは無い。目の前の男の鼻を明かせるのなら、そんな物はいらないとすら思えた

沈黙は続く。ブリッジにいる人間の誰もが動けず、そしてシンジョウも動かず、アズマも口を開かない

だがその沈黙は、そのアズマの唐突な一言で破られた

『そんなこともわからんのか』

「わからないから聞いている!」

両手を叩きつけ、シンジョウは吼えた

自分でもわかっている。負けた理由を敵に聞くなど、指揮官としては最低な行動だ。そんな見っとも無いことをする軍人など、自分は知らない

『・・・・簡単なことだ』

アズマの声に、シンジョウは身を硬くした

脂汗すら浮かべ、彼はただ待つ。アズマの言葉を

答えを

『命を賭けねば戦えもしない腰抜けに、ワシらが負けるか』

あっさりと告げられたその言葉に、シンジョウは目を見開いた

『ワシらは知っている、自分の命の重さを。ワシらの親が自らの身を削り夢を捨て、それでも育て上げてくれたこの命・・・・誰が無駄にするか、ボケが』

絶句した

『理想? 大いに結構。人類を救う? 救ってもらおう。だがな、自分の身の上すら満足に出来ないような糞共に、自分の命の価値すら認められぬようなアホ共に救えるような世の中など、屑だ』

この目の前の男は、男達は、そんな理由で戦っていた

『ワシらは戦うぞ。ワシらを生み育ててくれた我が恩人のために、例え貴様らの恩人達を泣かせることになろうとも、ワシらはワシらの恩人を守る』

言葉は続く

『まだ立ち上がることも出来ないような赤ん坊の貴様らを立ち上がらせたのは誰だ? 糞生意気ばかりを言う子供であるワシらをそれでも汗水垂らして働き、その金で育て上げてくれたのは誰だ? ろくに感謝も恩も感じていないはずの貴様らやワシらを、それでも毎日欠かさず飯を食わせてくれたのは? 帰る場所となってくれたのは? 軍に就職させてくれたのは?』

決して声を荒げず、むしろ穏やかとすらいえる勢いで、アズマは喋った

だが、突如その声を一変させ、アズマは激昂した

『その恩を忘れ自らの命をただの道具だと見限っているような腰抜け共にワシらが負けると本気で思っているのか!? この恩知らず共が!!』

その余りの剣幕に、気圧される

『人類を救う!? このままでは人類が滅ぶ!? ボケが! 貴様らに簡単に読めるほど人類が愚かであるか! ご大層な大儀を掲げる前に己の足元を見下ろせバカ共が!』

アズマの言葉に、誰も言い返せなかった。あるいは言いたいことがある者もいたのかもしれない、だがそのアズマの余りの迫力に、口が開かなかった

数秒の沈黙の後、アズマは再び叫んだ

『もう一度言う! 何度でも言ってやる!』

昂ぶりの余り握りしめていた拳を叩きつけ、アズマはもう一度吼えた

『命を賭けねば戦えもせん腰抜け共に! ワシらが負けるか!!』

それっきり、沈黙が降りた

突きつけられた銃口と、なにより先程突きつけられたアズマの言葉

「・・・・はは・・・・ははははは・・・」

そんな静寂の中、不意に笑い声が聞こえた

驚いて辺りを見回すブリッジの人間達、そしてその彼らの視線が、ある一点へと注がれた

可笑しくて堪らないといった様子で声を漏らす、シンジョウへと

「ははは・・・はははは・・・はは・・・」

笑うシンジョウの目には、涙が浮かんでいた

シンジョウに、親はいない

元々人口の少なかった木連において、その人数を増やす術は、体外受精や人工授精が主だった

だから今アズマの言った、親への恩義などシンジョウには良く分からない

だが

血の繋がっていないはずの自分を、それでも大切に育ててくれた人達がいた

いずれ戦場へと出、そしてその命を散らすことになる自分を、それでも笑って育ててくれた人達がいた

彼らは、元気だろうか。戦争という中で、シンジョウはそんなことなど完全に忘れていた

子がいないシンジョウには、親の気持ちなどわからない

だが、育てられた子供の気持ちは、痛いほどよくわかる。なぜならそれは他ならぬ、自分自身なのだから

死なない覚悟など、考えたこともなかった

なにかを賭けずになにかを得ようなど、考えたこともなかった

青臭い理想論だということは、分かっている。現実はそんなに甘くはない。なにかを手に入れるためには、なにかを捨てなければならない

だが目の前の男は、そんな現実に真正面から喧嘩を売ったのだ。そしてこともあろうが、そんな青臭い理想論で、自分達を捻じ伏せてしまったのだ

凄いと、思った

そして

敵わないと、思った

「はは・・・ははは・・・はは・・・・」

ドンドンと萎んでいく笑い声、そしてその笑い声がやがて完全に消えるその直前、シンジョウはポツリと呟いた

「・・・降伏する」

どよめくブリッジの中、アズマはそんな彼らには目もくれず、ただシンジョウを見つめていた

そして顔を上げたシンジョウは、真っ直ぐに目の前のアズマを見据えて、言った

「我々の・・・・負けだ」





「そうか」

統合軍艦隊の旗艦である戦艦のブリッジで、アズマはそれだけ呟いた

「収容するぞ。回収班出せ」

アズマの指示に、そのブリッジが途端に慌しくなる

そしてそんな喧騒の中、アズマは一人満足そうに艦長席に腰を下ろした

―――これで、我らの役目は終わりか

握り締めていた手を開く、そこには先程送られてきたナデシコからの激励の一文がある

クシャクシャになったそれを再び握り締め、アズマは心の中で付け加えた

―――後は任せたぞ

だが、現実は

そこで終わりはしなかった

「し、司令!!」

突如として響いた、警報

そしてそこから続く部下からの報告に、アズマは目を見開いた

「地球から未確認機が上がってきます!」

「なに!?」

「識別ありません! 速度は・・・・なんだこれは!」

悲鳴のようなオペレーターの言葉の直後、爆発が起きた

衝撃が伝わり、ブリッジが揺れる

「なにがあったあ!?」

怒鳴るアズマに答えるように、ブリッジに新たに巨大なウインドウが現れた

そこには、一撃の下に沈められた、一隻の戦艦が映っていた





元々、行き先は決めていなかった。目的地らしい物は一応見定めてはいたものの、別段焦る理由も思い浮かばなかった

なぜなら、どうせ全て破壊するのだから

なぜなら、順序が変わるだけなのだから

だから潰した、宇宙に上がった瞬間目の前に広がった艦隊の中の一隻を、挨拶代わりに

そしてその爆発の中、一通り見た限り、その状況はにわかには信じがたいものであった。その戦場での勝者が、どうやら火星の後継者ではなく、裏切られ、放り出された無能の集まり、統合軍の艦隊だったからだ

火星の後継者の指揮官がよほど無能だったのか、それとも統合軍艦隊の指揮官がよほど有能だったのか

だが、そんなことはどうでも良かった

眼前に広がる獲物の群に舌なめずりをしながら

北辰は、歓喜に顔を歪める

「少々物足りないかもしれんが・・・・狼煙代わりには丁度良いか」

誰とも無しにそう呟くと同時、北辰は降り注いできたグラビティーブラストの雨を軽々と回避する

そして、その方向に目を向ける。最初に潰すべき目標が、定まった

それを見て、北辰は呟く

歓喜に打ち震える凄絶な笑顔を隠しもせず

その舌に破壊を乗せ、その言葉に抑えきれずに満ち溢れる狂気を込めて

北辰は、呟いた





「グ、グラビティーブラスト、全てかわされました!」

混乱するブリッジの中で、しかしアズマは動じていなかった

なぜなら、考える必要など無いからだ。突如として地球から跳ね上がってき、そしてなんの警告も言葉もなくこちらを攻撃してきた相手に対する礼儀など、持ち合わせていない

握り締められたその腕の震えは、歓喜かそれとも興奮か

自分の役目は、まだ終わっていなかったらしい

その事実に唇を歪め、目を見開き、目の前のスクリーンに映る紅い未確認機に向けて

アズマは、呟いた



「・・・・ハエが」



「・・・・ゴミが」





緩みきった己の顔を隠すこともせず、老人はニヤニヤと笑いながら、ウインドウの中の人物、ミスマルコウイチロウを見つめる

事実、老人は今まで生きてきた人生の中で間違いなく最高の気分だった

もうじき世界が手に入るのだ。これ以上なにを望むことがある。世界以上の物などなにも無い。つまり自分は実質人間に叶えられる、手に入れられるありとあらゆるものを手に入れることになるのだ

だが次のコウイチロウの言葉は、そんな老人の笑顔を僅かに膠着させた

『目的を前に高笑いか・・・・それほど世界が欲しいかね?』

その言葉の節々に匂う蔑みの感情に、老人は僅かに目を細める

「・・・・なにが言いたい?」

老人の言葉に、しかしコウイチロウは動じない。軽く息をつきながら肩をすくめる

『いやなに・・・人間変われば変わる物だと思ってな』

「なに?」

『昔のお前は、もう少しマシな人間だったよ。目的は今と変わらないかもしれんしその傲慢さは変わりはしない、だが、そこには確かに自分なりの正義で人類の行く末をそれでもなんとかしようという想いだけは、伝わってきたものだ』

そのコウイチロウの言葉に、老人の雰囲気が、変わる

だがそれに構わず、コウイチロウはさらに続けた

『随分と小さな人間になったものだ、別人だよ。もはやお前の目的は人類の未来のためでもなんでもない。ただただ己の世界を支配したいという欲求のためのみに全てを費やす、矮小で卑屈な存在だ』

そのコウイチロウの言葉に、老人は不敵な笑みを浮かべた

「そうひがむな。ワシが世界を手にした暁には、貴様にもソレ相応の地位を与えてやる。なんならワシの死後の世界を任せてやっても良い。今のところ貴様くらいしか候補も見当たらんしな」

『クク・・・くくく・・・・ははははは!』

老人の言葉に、コウイチロウは耐え切れないといった様子で、突如哄笑を挙げた

この期に及んでまだ尚こんな言葉を吐ける目の前の老いぼれに、憐れみすら感じながら

『変わった。本当に変わったよお前は。昔の、曲がってはいてもそれでも己の正義を貫いていた頃の面影など欠片も感じぬ』

「・・・・なに?」

『過去二度の大失敗を経ても、まだなにも学んでいないか・・・・残念だ。そしてありがとう』

哄笑を止め、コウイチロウは身を乗り出した

『これで心おきなく、貴様を潰せる』

「・・・・」

もはや老人の顔に、笑みは無かった

まだ目の前の若造の言葉の意味を理解出来ないほど、老人もバカではない

消していた笑みを再び浮かべ、老人はコウイチロウへと顔を向ける

「なるほど・・・・ワシの下を去るか・・・・」

『違うな。違うとも』

不敵な笑みを浮かべ、コウイチロウは堂々と喋る

『端から貴様の軍門に下ったつもりなど欠片もない』

「ほう? ならばどうする? 正面切って我らと戦うか? 脆弱なご自慢の連合宇宙軍とやらで」

『ふん』

老人の言葉を、笑い飛ばす

『葉は腐っても、根は一緒か。かつて木連を率いていたときとそこだけはなにも変わっていない』

その決定的な言葉に、老人は今度こそその顔から笑みを消した

そんな老人の様子に満足そうに笑いながら、コウイチロウはあっさりと告げた



『そうだろう? 元木連中将、クサカベハルキ殿』








あとがき



犬に異常に懐かれます



こんにちは、白鴉です



もうなんかあちこちで色んなことが起こったり起こされたりです

木連が人工授精を主に子孫を増やしていたっていうのは、完全に私の勝手な解釈です

ただ原作であるテレビシリーズを見る限り、どうにも彼らは決定的な人材不足らしいところと、すでに二十歳超えているはずのツクモさん達が女の人に対して異常に免疫が無かったり異様にミナトさん達を大切に扱っていることを考えると、どうも戦時中の日本とかみたいに生めよ増やせよって訳じゃなかったような感覚を受けまして、こうなりました

さて、濃い二人が火花散らしてますが、どうなることやら





それでは次回で