サモンナデシコ
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第一話 流砂の谷 〜 Explorers 〜
「・・・さて、何処に行こうかな〜♪」
大きく背伸びをしながら、あたしはそう呟いた。
蒼の派閥から出された命令は、解釈の仕方によれば追放に近いけど。
良い意味で考えると、何処にでも行ける自由をあたしは手に入れたのだ。
―――ま、根無し草とも言えるけどね。
あたしの名前はトリス
蒼の派閥という召喚師の組織に属する新人召喚師だ。
「まずは目的地をはっきりさせるんだな。
目的も無く旅をしても、何の進展も望めないぞ」
「はい、はい、分かってますよ〜」
あたしの直ぐ後を歩いていたネスが、呆れたような口調でそう注意を促す。
でもまさか、ネスがあたしの旅に付き合ってくれるなんて、思ってもいなかったな。
ちなみにネスとは、あたしの先輩の召喚師にあたる人物である。
簡単に身の回りの物をまとめて、あたしは自分が長年過ごしてきた部屋を出た。
案外、そこをあっさりと出て来たけれど・・・今、振り返ってみれば、やっぱり愛着があったと思う。
自分の人生の中で、一番長く月日を過ごしたのはあの部屋だった。
楽しい事もあったし、悲しい事もあった。
・・・そう思うと、狭い狭いと文句を言っていたあの部屋が凄く懐かしく感じた。
偶然見付けた、昔ネスに書かされた反省文を破きつつ、あたしは遠い過去に思いを馳せていた。
そして、派閥の入り口であたしは、旅支度をしたネスに出会ったのだ。
「・・・なあ、行き先を決めるのも大切だけど、何処かで昼にしない?」
「・・・アキト、君のその格好は何だ?」
ネスの視線の先には、あたしの荷物(着替えその他)を背負ったアキトの姿があった。
まあ、これでも女性なのであたしもそれなりに服を持っている。
後は細々とした私物もアキトに運んで貰ってる。
で、どうしてネスが怒っているかと言うと〜
・・・いや、その、この人って、常識外れな運搬能力を持っててさ。
「何って・・・タンスと鏡台がそんなに珍しい?」
「お、お兄ちゃん・・・そんなに動くと荷物が崩れるよ〜」
ハサハが迷子にならないようにと、左手で手を繋いでいるアキトが器用に肩を竦める。
その動作と一緒に、背負っている荷物も動くのが・・・かなり恐い。
ハサハもビクビクしながら、自分の真上にあるその大荷物を見上げていた。
ネスの背丈に等しい大きさのタンスと、その上にコンパクトとは言え鏡台を括りつけた大荷物
それを背負って軽々と歩くアキトに、周囲の視線は釘付けだ。
あたしも、冗談で運んで頂戴って言ったんだけど、この男にあたしの常識は通用しないとつくづく思い知ったわ。
「とにかく・・・トリスの荷物を何処かの倉庫に預けよう。
そんな格好では旅は出来ない」
「俺はこのまま旅をしても全然平気だけど?」
「「こっちに問題があるの(あるんだ)!!」」
あたしとネスの怒鳴り声が、綺麗に揃った瞬間だった。
その後、何か探し物をしている金髪の可愛らしい少女を見つけて、手伝おうとするアキトだが・・・
大荷物を背に、走り寄るアキトを恐れてその娘は逃げ出してしまった。
何だか恐怖で泣いていたみたいだけど・・・その娘の気持ちも、分からなくは無い。
だって、ねえ・・・タンスが空を走ってくるみたいなものだもの。
「・・・恥かしがり屋なのかな? しのぶちゃんみたいに?」
そう言って首を傾げるアキト
「「・・・一度、病院に行く(か)?」」
あたしとネスが疲れた様な声で、そう突っ込むのだった。
そして、何とか貸し倉庫の片隅にあたしの荷物を預け。
その倉庫の持ち主に、荷物運びとしてスカウトされるアキトの首根っこを掴んで連れ出し。
導きの庭園という、市民の憩いの場で適当にアキトの手製の弁当を食べた後
あたしは取りあえずの目的地として、南の港街ファナンを目指す事にした。
まあ、ネスがファナン以外に何処にも行く術がないと、散々お説教をしてくれたからね〜
で、長年住んでいた聖王都ゼラムを離れて、あたしは旅に出た。
小さい頃にゼラムに連れて来られて以来、初めての旅である・・・自然と足は軽く動き、見る物聞く物総てが珍しかった。
中天に輝く太陽は心地よい日差しを。
街道を行く風は涼しく、旅の疲れを癒してくれる。
川のせせらぎが、あたしの耳には気持ち良い音楽となった。
そして、好奇心に駆られて休憩所に足を運べば、野盗達が笑顔で迎えてくれた。
・・・・って、待てい
「へへへへ、そこの姉ちゃんと金目の物を置いて消えな!!
そうすれば命だけは助けてやるぜ?」
全身で「俺は野盗だ!!」と主張をするスタイルの男が、嫌らしい視線であたしを見詰めながらそう言ってくる。
・・・ちなみに、顔はあたしの趣味ではない。
「ふん、油断をするからこうなるんだ。
だから僕は注意をしただろう? 休憩所とはいえ油断はするな、と?」
「ふみぃぃぃぃ、そんな事今更言わなくたって〜〜」
「お姉ちゃん、どうするの?」
完全に囲まれた状況で、あたしは仏頂面で説教をするネスに反論をした。
確かに休憩所を使おうと主張をしたのはあたしですよ?
でも、ハサハも疲れているみたいだし、と賛成をしたのはアキトだよ?
ほら、責任はアキトとあたしでフィフティ・フィフティ!!
必死に言い訳を考えているあたしを無視して、ネスが次に問い質したのはアキトだった。
「・・・で、アキト、君はどうしてエプロンとお玉を持つ?」
「いや、戦闘になりそうだから戦う準備をしてるんだけど?」
例のお玉とエプロンを身に着けるアキトに、ネスがますます渋い顔をする。
その気持ちは分かる、分かるよネス!!
だけどね、世の中・・・不思議で理不尽な事も多いと、あたしは悟っちゃったけどね。
お玉をピコピコと揺らし、まるっきり緊張感の無い顔のアキトと。
緊張感で顔が引き攣ってるネスの姿はまさに対照的だった。
「う〜ん、背後の人達はお願いするね、アキト」
「ほ〜い」
あたしの命令に軽く応えて・・・本当に足取りも軽く、背後の敵に向かって行くアキト(勿論、お玉・エプロン装備)
・・・アキトだったら一人でも野盗の5、6人は大丈夫だろう。
と、あたしは判断したんだけど。
「ちょっと待てトリス!!
君はアキト一人に、あれだけの敵の相手をさせるつもりなのか?」
「そんな事言ってる暇は無いみたいだよ、ネス!!」
ネスがアキトを引き止めようとした時、隙を伺っていた野盗達が一斉にあたしとネスとハサハに襲い掛かってきた!!
そして、戦闘が始まる―――
「ベズソウ!!」
ネスの召喚術で呼び出された、多数のノコギリの歯を持つ亀が、そのノコギリを高速で回転させつつ敵に襲い掛かる。
「ロックマテリアル!!」
あたしも負けじと召喚術を行使し岩の塊を敵の頭上に落とす!!
そして、敵が弱ったところをハサハが止めを刺していった。
「・・・やったよ、お姉ちゃん」
「ナイス、ハサハちゃん!!」
二人のコンビネーションが良くなったのか、初めての戦闘程苦労をする事無く、あたし達は勝利を収めた。
で、肝心のアキトは自分の担当した敵(あたし達の倍の相手)を殆ど瞬殺で倒した後・・・
のんびりと休憩所の階段に腰を掛けて、あたし達の戦いを見ていたそうだ。
・・・職務怠慢だぞ、アキト
とにかく、最近この手の野盗が多い事をネスが教えてくれて。
あたし達は不本意ながら、捕まえた野盗達を王国の兵士に渡す為に元きた道を帰って行った。
う〜ん、無駄な体力を使ってるな〜
「・・・お姉ちゃん、お兄ちゃんが楽しそうに引き摺ってるのって?」
「ハサハちゃん、気にしちゃ駄目」
「ま、まあ運搬関係では非常に役に立つ男だな」
あたし達の直ぐ後では、掠れた10名前後の悲鳴とアキトの口笛だけが聞えていた。
後を振り返る勇気は、わたしには無い。
帰り道でネスがこの野盗退治も功績の一つになるだろう、と教えてくれたので。
あたしは一度蒼の派閥に顔を出す事にした。
誉めてくれるラウル師範との面談の後に、フリップ師範に嫌味を言われたのは腹が立つけど。
そのフリップ師範もアキトがチラリと視線を向けると、転げるようにして逃げ出していた。
トラウマになってるね、これは・・・
「あら、トリスじゃない?」
「あ、ミモザ先輩〜
それにギブソン先輩もお久しぶりです」
派閥からの帰り道、高級住宅街であたしに声を掛けてきたのは、先輩召喚師であるミモザ先輩とギブソン先輩だった。
ショートカットの栗色の髪に、緑のセーターと丸い眼鏡を掛けた女性がミモザ先輩
その隣に立っている、背の高いローブ姿の長い金髪の男性が、ギブソン先輩
この二人は派閥からの命令で、何処かに出かけていた。
あたしの事を何かと気に掛けてくれる、優しい先輩達なのだ。
「やあ、元気そうだねトリス、それにネスティ」
「はい、お久しぶりです、ギブソン先輩、ミモザ先輩」
ネスもギブソン先輩には良く世話になっているので、結構愛想よく対応をしている。
今までのアキトに対する態度を考えても、このネスは人見知りが激しい事がよく分かるわね。
・・・そう言えば、肝心のアキトは何処に行ったんだろう?
何時の間にかハサハと一緒に姿が消えてるし。
「何、誰を探してるのトリス?」
「あ、あたしの護衛獣と・・・奇人変人という言葉を体現している男性の二人なんですけど」
「・・・何者よ、それ」
ミモザ先輩の顔が引き攣った瞬間だった。
その後は、先輩達の活躍話を少し聞かせてもらった後、あたしとネスはアキトとハサハを探す為にその場を後にした。
アキトとハサハの事を詳しく説明したかったけど、あたし達や先輩達にも色々と都合があるので次回にした。
全く、アキトの奴!! ハサハを連れて迷子になってるんじゃないでしょうね?
「・・・ほほぉ〜、それで泥棒少女を捕まえようとした食料品店の店主を殴った、と?」
「いや、あの店主が何か危ない目をしててさ・・・あのまま捕まったら、あの娘がどんな目に遭うか心配になって。
それに、何か俺の知り合いのウリバタケって人に雰囲気が似てたし」
「・・・(コクコク)」
散々探しまわった挙句、あたしがアキトとハサハを見付けたのは繁華街だった。
雑多な人込みと、威勢の良い掛け声が行き来する往来で、自警団相手に大立ち回りをしてたのだ。
まあアキトも手加減をしていたらしく、地面に倒れている20名前後の自警団は、全員気絶しているだけみたい。
しかし、本当に女性関係のトラブルが絶えない人ね〜
言い訳をするアキトと、その意見に同意するハサハを前にして、あたしは深い溜息を吐いていた。
結局、ネスを加えた四人で自警団の皆さんに謝り倒したあたし達だった。
その後・・・王城に張り出された告知により、あたし達は野盗集団の本拠地を知った。
「・・・ネス、野盗達を倒したらフリップ師範もあたしの事を認めてくれるかな?」
もっとも、今まで使っていた自分の部屋には、既に次の見習召喚師が入るそうだし。
帰る場所は既に無いけれど、蒼の派閥から疎まれたままっていうのは・・・流石にね。
あたし達は騒がしい王城前から離れ、今はまた導きの庭園に来ていた。
「無茶を言うな。
王城で騒いでいた冒険者を見て、そんな事を考えついたんだろう?
止めておくんだな、この前の野盗達とは数が違いすぎる」
あたしの質問に冷たく応えるネス
う〜ん、理性ではそう認めているんだけどね・・・
「アキトとハサハはどう思う?」
「お姉ちゃんの好きにすればいいと思うよ」
「同じく」
・・・ハサハやあたし達の為にリンゴを剥きながら、気軽に応えるアキトであった。
まあ、この男は色々と問題はあるけど、自分の仕事はきちんとするしね。
―――様子見だけでも、行って見るかな?
アキトの剥いてくれたリンゴを齧りながら、あたしはそんな事を考えていた。
「ふ〜ん、あの縛られてる戦士が、ネスが言ってた冒険者なんだ?」
アキトが岩陰から身を乗り出し、縄に縛られている金髪で長身の男性を見てからアキトがそう尋ねてくる。
野盗達は『流砂の谷』と呼ばれる、普通の人はまず近づかない土地を、その本拠地としていた。
「・・・ああ、しかし見事に捕まっているな」
ネスもその姿を確認して、渋い顔をしていた。
王国の騎士団が出撃を渋るだけあって、野盗達の人数はあたしの予想を超えていた。
そんな人数を相手に、あまりにもあの戦士の行動は無謀すぎた。
それはもう、あたしでもあの戦士の脳味噌は無いんじゃないの? と思うくらいに。
「そうだね・・・」
あたしとしても他に言い様は無い・・・
さて、どうしたものかな? 見捨てるとか見てみぬ振りなんて、どうにも性に合わない。
だけど、あたし達の戦力で50人以上の野盗の群に勝てるのだろうか?
突撃した挙句、返り討ちに遭いました〜―――では、あまりに馬鹿すぎるし。
「もう一人・・・女の人も捕まっているよ?」
ハサハが金髪の男性の隣に、長い黒髪の女性を見つけた。
あたしも良く見てみると、その女性はあたしより少し上くらいの年齢みたいだ。
・・・う〜ん、ますますこのままにして置けなくなったな〜
その女性が美人なだけに、このまま野盗が見逃すとは思えないから。
「しかし・・・似てるな?」
「は? 誰によ?」
アキトが思わず漏らした呟きに、あたしがそう突っ込む。
慌てて誤魔化していたが、どうもアキトもあの二人を野盗から救うのには同意見みたいだ。
そして、一人反対をするネスを「危なくなったら逃げる!!」と説得をして。
あたし達は野盗の群に突撃をした!!
「先手必勝!!」
今のあたしに使える最強の召喚術を使おうとした時―――
「メテオストライク〜」
あたし達を跳び越え、持っていたお玉を地面に叩き付けるアキト
やる気を感じさせない声と、ふざけた態度の一撃は・・・予想以上の結果を生んだ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
次の瞬間、大地は大きくひび割れ
流砂の流れに逆らえない部分は、流され沈み、消えて行く・・・
そして、捕まえた女性に群がっていた野盗達の大半も、流砂の中に巻き込まれた!!
唖然としてその光景を見守る、あたし達や捕まった戦士や野盗達
「・・・自力で出て来れるかな?」
呆然とした表情の野盗の一人を捕まえ、そう質問をするアキト
「いや、まあ・・・ここを根城にしてるから、結構慣れてるけどさ」
「ならば良し、お前も飛べ」
パコォォォォォォォンンンンン!!
・・・律儀にアキトの質問に応えた野盗は、そのまま流砂の彼方に飛んでいった。
勿論、お玉の一撃によって。
そして、捕まっていた戦士と、その仲間(弓矢を使う戦士だった)と一緒に、あたし達は混乱している野盗達を倒した。
アキトの最初の一撃により、既に野盗達が10数人に減っていたからこその勝利とも言えた。
そう考えると、アキトって無駄な事はしてないのかな?
気絶したり、自力で流砂から抜け出せない野盗達を引き上げるアキトの背中を見ながら、あたしはそんな事を考えていた。
代理人の感想
なにか主人公がリナ・インバース初段と化してるような気がする今日この頃。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
ちなみに托塔天王さんは三月末まで仕事! 残業! 休日出勤!の
三段コンボに苦しめられる運命なのだそうです(ホロリと思わず貰い泣き)。
読者の皆さんもどうか感想を出して彼の荒んだ心を癒して上げて下さい。
・・・・しまった、ギャグが入ってないっ(核爆)!