サモンナデシコ

 

 

 

 

第四話 小さな召喚師 〜 Little seeker 〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの予想外な襲撃後、街は暫くの間は騒がしかったけど、今は大分落ち着きを取り戻していた。

 先輩達も、まるで何もなかったかのように毎日を過ごしている。

 だけど、アメルやネスにケイナ、それにあのフォルテでさえ謎の敵について悩んでいる。

 勿論、あたしも敵の正体を探ろうと色々と調べてはいるのだけど。

 

 その時、あたしが考え事をしていた応接室に足取りも軽く入ってくる男がいた。

 

「今日のお昼は何にしようかなぁ〜、と♪」

 

 その正体は買出しから戻ってきた、我等の家政夫である。

 その背後にはハサハちゃんが、何時もの着物姿でトテトテと付いて歩いている。

 

 しかし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この男は悩みというモノを持っとらんのか?

 

「あ、トリスちゃん。

 何を気難しい顔をしてるんだ?」

 

「・・・アンタの能天気さが、凄く羨ましいと思ってるのよ」

 

 現状を打破する手掛かりがまるで無いだけに、あたしの苛立ちは募っていた。

 アメルも気丈に振舞っているけど、やはり自分が狙われている事に対する動揺を節々に見せている。

 

「かと言って引き篭もりっぱなしなのも、問題だと思うけどさ。

 ・・・お昼が終ったら、皆を誘って市場に出てみないかい?」

 

「はぁ?」

 

 ニコニコと笑顔のままそんな提案をするアキト。

 確かにこのまま先輩達の屋敷で鬱に入っていても、仕方が無いのは確かだけど。

 ま、この男が護衛をするなら、逆に少人数の方が安全かもね。

 

「うん、じゃあアメルに聞いとくわ。

 一番参ってるのはあの娘だと思うから」

 

「了解・・・それとトリスちゃんも一緒に出掛けようね。

 悩んでも仕方が無い事って、世の中には結構多いもんだよ」

 

 あたしが返事をする前に、アキトの奴は買って来た食材を片手に厨房に行ってしまった。

 あの男は時々、サラリと忠告じみた事を言うから油断がならない。

 もしかして、あたしの思考が煮詰まっている事を見抜いて、先程の発言をしたのだろうか?

 

「・・・・・・・・変な奴」

 

              ピンポ〜ン!!

 

 そんな時、玄関のチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どちら様ですか?」

 

 玄関を開けると、そこにはオレンジ色のエプロンドレスを着た、髪の長い女性が立っていた。

 手にはバスケットを持っており、ハキハキとした動きであたしに挨拶をしてきた。

 あたしのこの人に対する第一印象は、元気なウェイトレスさん、だった。

 

「あ、こんにちわです〜

 私はケーキの配達をしにきた者なんですけど、ギブソンさんはご在宅ですか?」

 

「えっと・・・ギブソン先輩は蒼の派閥に用事があるから、出掛けていますけど?」

 

 ケーキの配達?

 しかも、ミモザ先輩じゃなくてギブソン先輩の依頼で?

 

 あたしはにこやかに対応をしながら、頭の中でその現実に悩んでいた。

 

「じゃ、とりあえず頼まれていたケーキをお渡ししておきますね」

 

「分かりました」

 

 バスケットの中身・・・20数個のケーキの山を手渡され、あたしは引き攣った笑みを浮かべていた。

 これ、あたし達にお裾分けがあったとしても、多すぎない?

 

「ではでは、ご注文の品は確かにお渡ししましたので、さようなら〜」

 

 あたしがその声を聞き、頭を上げた時には既に彼女の姿は遠い彼方だった。

 あ、足の速いお姉さんだな〜

 

 ケーキの山を手に持ったまま、あたしは暫くの間、玄関ホールで固まっていた。

 ちなみに、昼食後のデザートにそのケーキの一部があたし達に提供された。

 ・・・残りの10数個は、お一人で食べるんですか先輩。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、昼食後に外に出掛けたのはあたしとアメルとハサハちゃん、それにアキトだった。

 全員で出掛ける案もあったけど、少数の方がアキトが護衛をしやすいので却下された。

 ネスは先輩達の屋敷や蒼の派閥で、色々と文献を漁ってるし。

 フォルテはロッカ相手に街の外れで戦闘訓練中

 ケイナは今日は屋敷に残って、いざと言う時の連絡係をしている。

 

「・・・(ルンルン♪)」

 

「ハサハちゃん、そんなに急いで歩くと危ないよ」

 

 楽しそうに歩くハサハちゃんと手を繋いで歩くアメルの後を歩きながら、あたしも自然と笑顔になっていた。

 確かに近頃は全然ゆとりが無い生活を送ってたもんね。

 ・・・突然、今まで住んでいた寮を追い出されて、そのまま放浪の旅。

 その旅の途中で、こんどは村一つが壊滅する大事件に巻き込まれたし。

 その後も、謎の兵団に追われ続けるしね。

 我ながら、波乱万丈な人生よね〜

 

 しかし、以前ほど落ち込む事なくあたしはそんな事を考えていた。

 確かに暗い材料しか見当たらないけど、気の良い仲間が沢山できたし。

 何より、殆ど出鱈目な強さを持つ『自称コック』も居るんだもんね!!

 うん、悪い事ばっかりじゃない!!

 

「あ〜、良い天気だね今日は!!」

 

 大きく背伸びをするあたしの隣で、アキトも釣られたように背伸びをする。

 謎の多い奴だけど、先輩達は頼れる人物だと教えてくれた。

 それに他人の秘密なんて、本人に聞かずに探り出すのは失礼にあたるし・・・今は心強い味方で充分だよね。

 

「ついでだから市場に寄って行こうか?

 夕御飯の食材も買っておきたいし。

 ハサハちゃん、アメルちゃん、夕御飯に食べたい物とかあるかな?」

 

 少し前を歩く二人にそう尋ねると、ハサハちゃん達は振り向いて走り寄ってきた。

 そんな二人を見ていたアキトの目が、一瞬鋭くなりいきなり後を振り向く。

 あたしが釣られて振り向いた先には、藍色のショートカットの女の子が商店街にある、八百屋の主に追い掛けられていた。

 機敏に動いて主の手から逃げているけれど、見た目は10歳ちょっと・・・でも、人間じゃない。

 その頭部に生えている獣の耳が、彼女が召喚獣であることを、あたしに教えていた。

 

 そしてふと隣を見ると・・・アキトの姿は無かった。

 

「こら、また盗みを働いたのか?」

 

「わ〜、離せ〜〜〜〜!!」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・相変わらず、素早い奴だ。

 

 逃走をしていた召喚獣の襟首を掴み、なにやら叱ってみせるアキト。

 だが、どうも召喚獣のほうには余り反省の色は見当たらない。

 

「ハァハァ・・・おお、アキトさんじゃないか!!

 泥棒を捕まえてくれて有り難うよ」

 

「だって並べて置いてあったから貰っただけじゃないか〜〜〜!!

 ユエル何も悪い事してないもん!!」

 

 ジタバタとアキトに宙吊りにされたまま足掻く召喚獣。

 どうやら名前はユエルというらしい。

 あたしとハサハちゃんとアメルは、ちょっとドキドキしながら目の前の3人のやり取りを見ていた。

 

「・・・もしかして、貨幣の事を知らないのか?

 う〜ん、親父さん俺から説明して言い聞かせておくから、今日はこれで勘弁してくれないかな?」

 

 ゴソゴソと懐を漁り財布を取り出し、適当な枚数のコインを手渡す。

 それを見て少し考えた後、店の主は軽く頷いた。

 

「ま、アキトさんにそう言われると仕方がねぇな。

 商店街のゴロツキを追い払ってくれたお礼もあるし、今日の所は見逃しておくよ」

 

「有り難う、親父さん。

 後で夕御飯の買い物に寄らせてもらうよ」

 

「おう、待ってるぜ!!」

 

 そう言い残して、八百屋の主は帰って行った。

 ・・・この男、何時の間にか商店街に随分と顔を売っていたらしい。

 

「さて、ちょっとお仕置きをしないとな」

 

「ううう〜〜〜〜〜!!」

 

 吊り下げた状態で唸るユエルに苦笑をしながら、そんな事を苦笑交じりに言うアキトだった。

 ちなみに、この男の知識も結構あやふやなので、お金についての説明をしたのはあたしだったりする。

 相変わらず、変な所で抜けてる男だ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユエルちゃんに説教じみた事をして解放した後、あたし達は蒼の派閥の前で揉め事を発見した。

 何事だろうと顔を出してみると、門を守っている衛兵と金髪の少女が言い争っていた。

 そのうち、衛兵が強く少女を押したので彼女がバランスを崩して倒れそうになった時―――

 

「やあ、ミニスちゃんじゃないか」

 

「あ、アキト・・・」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に、素早い男だな、コイツ

 

 胡散臭そうに睨んでくる衛兵を完全に無視して、アキトがミニスと呼んだ少女を連れてくる。

 何やら涙目で唇を噛んでるミニスちゃんが気の毒だけど、蒼の派閥には召喚師の関係者しか入れない。

 この娘がどれだけお願いをしても、衛兵が中に入れる事はないだろう。

 

「アキト、この娘って?」

 

「ああ、前に話しただろう?

 彼女がこの前一緒に探し物をしてたミニスちゃんさ」

 

 ああ、あの時の・・・どうりで見覚えがあったわけだ。

 

「あの・・・アキトさんとトリスさんのお友達ですか?」

 

「う〜ん、まあアキトは顔見知りで。

 あたしは一度だけ顔を見た事があるだけ、かな?」

 

 小首を傾げて質問をしてくるアメルに、あたしはそう応えるのだった。

 

「もしかして、例の落し物を探す為に蒼の派閥に入ろうとしたの?」

 

「だって、この街で探して無い所って・・・あそこだけなんだもの」

 

 遠くに見える衛兵を睨みながら、そう呟くミニスちゃん。

 しかし、どんな理由があるにせよ、蒼の派閥はそう簡単に入れる所ではない。

 

「う〜ん、落し物の特徴を詳しく教えてくれれば、トリスちゃんに頼んで探してきて貰えると思うけど」

 

 アキトの提案を聞いた後―――

 

「う〜〜〜〜」

 

 あたしの胸辺りにしか身長の無いミニスちゃんが、上目使いであたしを見る。

 もしかして・・・品定めされてる?

 

 その時、意外な所からトラブルが湧いて出てきた。

 

「やっと見つけたわよ、このチビジャリ!!」

 

 ・・・凄く派手な格好のお姉さんが、ミニスちゃんを指差しながら現れた。

 

 

 

 

 

「ケルマ!! 本当にもう!! ひつこすぎるよ!!」

 

「何を馬鹿な事を言ってるのかしら?

 私は当然の権利を主張してるだけよ。

 ウォーデン家の家宝・・・今度こそ返してもらいますわよ」

 

 何やらミニスちゃんとケルマの間に舌戦が始る。

 あたしとアメルは呆然としてその戦いを観戦していた。

 ちなみに、アキトは特に興味が無いらしく、キョロキョロと辺りを見ていたけど。

 

「何よ、この行かず後家のくせに!!」

 

「キ〜〜〜〜〜!! 年の事は関係ないでしょう!!」

 

 あ、ミニスちゃんそれは禁句だよ、うん。

 同じ事を考えていたのか、同時に頷くあたしとアメルだった。

 

「・・・やはり、こんな小娘相手には言葉は通じないみたいね。

 あなた達、出てきなさい!!」

 

   ゾロゾロゾロ・・・

 

 ケルマの合図に従い、次々に現れる兵士達。

 どうやらお金で雇われた、傭兵みたいなものかな?

 

「あ〜、何かパターン通りというか予想通りというか・・・」

 

「どうします? ミニスちゃん一人だけみたいですけど?」

 

 そう言って、心配そうにミニスちゃんを見ながらあたしに聞いてくるアメル。

 う〜ん、どうするも何も・・・アキトはどうするつもりなんだろう?

 

「アキト、どうする?」

 

「悪い、俺は女性同士の喧嘩には口を出さない事にしてるんだ。

 あの兵士達は俺が相手をしておくから、ミニスちゃんを頼んだ」

 

 待て、おい

 

 と、突っ込みを入れる前に、既にアキトの姿はそこになかった。

 

「ぎゃ〜〜〜〜〜!!」

 

「な、何なんだよ、お前!!」

 

「お、お玉で剣が折られた????」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、相手が悪かったと諦めなさい。

 

 10名以上の悲鳴に背中を押されながら、あたしとアメルとハサハちゃんは、ミニスちゃんの隣に移動をする。

 ケルマは自分の雇った兵士達が、アキト一人に壊滅されそうな場面を見て固まっている。

 その気持ちは分からなくも無い。

 

 そして、正気を取り戻した時には、既にあたし達の戦闘準備は終っていた。

 

「ふ、ふふふふ、意外とお友達は多いみたいね」

 

「ふん、貴女との人徳の差よ!!」

 

「何ですって、このチビジャリ!!

 ウォーデン家の家長を舐めない事ね!!

 ―――『ラブミーウィンドウ』!!」

 

 ミニスちゃんの挑発にのり、召喚術を行使するケルマ。

 この時思い出したんだけど、ウォーデン家は蒼の派閥とは違う召喚師の派閥、金の派閥の名門だ。

 それを考えると、それなりの魔力の持ち主という事になる。

 

 しかも、この召喚術は・・・魅了系?

 

「皆、気をしっかり持ってね!!

 下手に抵抗に失敗すると、操られちゃうわよ!!」

 

「はい!! 分かりました!!」

 

「・・・(コクコク)」

 

 アメルとハサハちゃんにそう指示を出すと、ミニスちゃんも同じ様に頷いていた。

 どうやらあたし達を今の所は信用してくれるらしい。

 

 そして、あたしにとってはアキト抜きでの初めての戦闘が始った。

 

 

 

 

 

 

 その後、何とかケルマを倒すまでにあたしが3回、アメルが1回、ハサハちゃんが2回、ケルマに操られた。

 誰かが操られる度に、その本人の頬を叩いて覚醒させるものだから、あたしの頬は真っ赤になってるし。

 ミニスちゃんは潜在的な魔力が凄いのか、全部の魅了の呪文に耐えていた。

 う・・・・・・・・ネスにこの事を知られたら、きっと馬鹿にされるだろうな。

 

 ちなみに、ケルマは捨て台詞を残して帰っていった・・・アキトに倒された兵士達を残して。

 

 その後、ミニスちゃんに事の次第を説明してもらった。

 実はミニスちゃんの持っていたペンダントに秘密があるらしく、それを狙ってケルマは襲撃してきたらしい。

 ・・・その肝心のペンダントが、ミニスちゃんの探してる落し物らしいけどね。

 何と言うか、間抜けねあのケルマって人も。

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜ん、魅了系ね・・・良かったじゃないか、アキトが戦闘に参加してなくてさ」

 

「はっ!! それは確かに・・・考える事すらおぞましい事態ね!!」

 

「ちょっとフォルテ、それは洒落にならないわよ?」

 

「へ〜、僕とフォルテさんが外で訓練をしている間に、そんな事があったんだ」

 

「まったくだな、ただでさえ戦闘では手の付けられない野獣みたいな男なのに。

 この上、敵味方を判断する理性まで無くしてもらってはお手上げだ」

 

「あの・・・本人の前でそこまで言わなくても・・・」

 

「ねえねえ、アキトが部屋の隅でいじけてるよ」

 

「・・・お兄ちゃん、元気出して」

 

 以上、上から順にフォルテ、あたし、ケイナ、ロッカ、ネスティ、アメル、ミニスちゃん、ハサハちゃんの一言

 それを聞いたアキトが、夕飯で激辛料理を作る事を、あたし達はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

 

今回は大人しいです、アキト君(苦笑)

やはり女性同士の争いには口出しをしないか(ニヤリ)

 

 

 

代理人の感想

作者のお気に入りキャラの一人、ウェイトレスのパッフェルさん登場!

ちなみに時ナデ本編のモモセさんもこの人がモデルだとのもっぱらのウワサ。(笑)