サモンナデシコ

 

 

 

 

第六話 彼女の決意 〜 Under the moonlight 〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フロト湿原での襲撃以来、アメルは再び塞ぎ込む事が多くなった。

 他の仲間達も、自分達の相手が余りに巨大な事を知り、動揺を隠せないみたい。

 ハサハちゃんでさえ、皆のギスギスとした雰囲気を感じるのか、何処か表情が固い。

 

「今日のお昼はサンドイッチ〜♪」

 

 ・・・・・・・・・・・この男だけは、何があってもマイペースだと思う。

 

 

 

 

 そして、重苦しい雰囲気のまま三日が過ぎた。

 

 

 

 

「だ・か・ら!!

 アメルの相談相手になってあげてってば!!」

 

「相談相手にはなってるよ?

 ただ、決断をする手助けはしても、変に干渉はしないように細心の注意をしてるつもりだけど?」

 

 サロンで考え込む事が多くなったアメルに代わって、皆の洗濯物を干しているアキトにあたしは噛み付く。

 正直に言うと、あたしはアメルに掛ける言葉が無かった。

 どんな言葉を紡いでも、アメルに対する非難の色を隠す自信が無かったから。

 

「・・・でもさ、アメルが凄く苦しそうだよ?」

 

 パンパン、と音を立てながら洗濯物の水分を飛ばすアキトに、あたしは力の篭もらない声で話し掛ける。

 アメルを引っ張って行ける程の活力の持ち主は、この男しかあたしには思い浮かばないから・・・

 

「・・・俺も昔は結構悩む性質でさ、周りの皆からさんざん注意されたもんさ。

 でもさ、人の意見に従うのは楽だけど、自分自身の成長には繋がらないんだ。

 苦しくても、逃げ出したくても、自分自身で出した答えなら、何があっても『納得』だけは出来る」

 

 ―――それに、言い訳をする事も出来ないしね。

 

 そう笑いながら言い残して、アキトは先輩達の家に入っていった。

 あたしは、アキトの言葉を噛み締めながら・・・アメルと正面から向き合う事が必要なのだと、決心を固めようとしていた。

 

 

 

 

 アメルは二階のテラスに居た。

 じっと採光用の窓を見ているアメルに、あたしは近寄り難いものを感じたけれど、頑張って先に進んだ。

 

「アメル・・・あのね」

 

「うん、決めた!!」

 

 

 ・・・・何をですかぁ?

 

 

 アメルに向かって差し出したあたしの手は無視され。

 そのまま凄い勢いでアメルは何処かに走り去って行った。

 何と〜なく、アキトの処ではないかと、あたしは予想していたけどね。

 

 色々な意味で面白くないあたしが、ストレス解消にアキトに突っ掛かったのは夕食後の事だった。

 

 

 

 

 

「で、私をお爺さんに預けた、お婆さんの家に行くと言ったら。

 『じゃあ、俺がその家に着くまで守ってあげるよ』

 って、言ってくれたんです!!」

 

「あ〜、はいはい」

 

 やたらと興奮しているアメルに、夜中に襲撃されたあたしは、延々と惚気話を聞かされていた。

 同じ部屋に寝泊りしているハサハちゃんは、既にケイナの部屋に逃亡している。

 こんな要領の良さは、きっとアキトの影響が大きいからだ。

 

 ・・・・・・・あたしの安眠を返せ、アキト

 

「これって・・・プ、プロポーズですかね?」

 

         ゴン!!

 

 思わずもたれかかっていた壁に頭を打ち付ける。

 大人しいと思っていたアメルちゃん・・・どうやら結構突っ走る女の子だったらしい。

 ま、まあ人の好みは千差万別だしねぇ

 

「ねえねえ、トリスはどう思う?」

 

「・・・・グー」

 

 ―――とりあえず、寝たふりでその場を誤魔化すわたしだった。

 何故素直にアメルの問い掛けに頷けなかったのかは・・・分からないけど。

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、おはようトリスちゃ―――痛っ!!」

 

 爽やかに朝の挨拶をしてくるアキトの背中を抓る。

 

「・・・ふん」

 

 そのまま理由も告げずに歩き去るあたしを、不思議そうな顔でアキトは見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 アメルの希望により、先輩達にはここを旅立つ事を秘密にする事になった。

 これ以上、関係の無い人を巻き込みたくないという、アメルの優しい気持ちから出た言葉。

 

「・・・・・・・・・じゃ、あたしはどうして誘われたのかなぁ?」

 

「だって、トリスが一緒じゃないと、アキトさんが付いて来てくれないでしょ?」

 

 ・・・・・・・・・あたしの中の君に対する人物評価が、どんどん書き換えられてるよ、アメル

 

「でも、トリスも友達として離れ難いんだけどね。

 ハサハちゃんは、妹が出来たみたいで大好きだし。

 ケイナさんはお姉さんみたいだし。

 私、レルム村では同年代の女友達なんて、一人も居なかったから」

 

 そこには自分の我儘で、大好きな人達を危険に巻き込んでしまう事に悩んでいる友人がいた。

 あたしの方こそ・・・アメルの本当の姿を見てなかった。

 

「大丈夫、きっと何とかなるわよ!!

 アキトだけじゃない、あたし達もアメルの事を大切な仲間だと思ってるんだから!!」

 

「・・・うん!!」

 

 居間でそんな話をしていたあたし達を、ケイナとフォルテが盗み聞きしていたと知ったのは。

 先輩の屋敷を抜け出して、10m程進んでからだったりした。

 

 ・・・その時、思いっきりアキトとネスに呆れた目で見られた事をあたしは忘れん!!

 

 とにかく、旅の準備もあるのであたしはアキトにそれを頼んだ。

 アキトは軽く頷くと、夕食の買い物のついでに用意をしてくると言っていた。

 後は、今夜の作戦決行を待つだけだけど・・・

 

「う〜ん、あたしも個人的に必要そうなモノを揃えてこようかな」

 

 あたしも一応女性である。

 アキトには頼み辛い品物も多々あるという事だ。

 

「ハサハちゃ〜ん、出掛けるよ〜」

 

「うん」

 

 庭でフォルテ、ミニスと一緒に遊んでいたハサハちゃんを呼ぶ。

 どうやら三人で釣りに行ってたみたいね。

 フォルテの顔を見る限り、あまり大物は釣れなかったと見た!!

 

 

 

 そして、商店街であたしとハサハちゃんが品物を見ている時―――

 

「はい、御注文のケーキをお届けにあがりました〜」

 

「あ、有り難うね。

 はい、これ代金」

 

「どうもです」

 

「え、アキト?」

 

 聞きなれた声に後を振り返ると、見慣れた後姿の男性がもの凄いスピードで屋根を走っていた。

 ・・・・・・・・・・行動の非常識さを見ただけで、あの野郎だと確定出来る。

 というか、何をしてるんだあの男は?

 

「・・・お兄ちゃん、時々ケーキ屋のアルバイトをしてるよ。

 忙しいから手伝って欲しい、ってパッフェルさんに頼まれてから」

 

「・・・ハサハちゃん、そのパッフェルさんって女の人?」

 

「(こくこく)」

 

 

 ・・・・聞くまでも無い事だったわね。

 

 

 

 

 

 少し離れた場所から聞こえる吟遊詩人の歌声に耳を傾けながら、あたしは憮然とした表情で先輩の家に帰っていった。

 そういえば、ネスにはどう理由を話そうか?

 フォルテやケイナは元々冒険者だから、あたし達が消えた所で自分の考えで動くと思う。

 ロッカはロッカを探しに行くだろう・・・もしかしたら、あたし達とアメルを探しにくるかも?

 ミニスは実家があるそうだし、そこに帰る可能性が一番高い。

 

 でも、ネスは・・・あたしの旅に自分から同行を申し出てくれた。

 

「・・・やっぱり、話しておくべきだよね」

 

 

 

 

 

 

 不愉快そうにあたしの話を聞いてくれたネスは、当然のように自分も同行すると言い出した。

 その言葉が嬉しい反面、ネスを危険な目にあわす事に申しわけ無い気持ちもあった。

 

 ・・・その時になって、やっとあたしはアメルの苦しみが理解出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 脱走を失敗した死刑囚の気持ちって、こんな気分なんだろうか?

 看守の様に無表情に自分達に迫ってくる仲間達に、あたしは何も言い訳は出来なかった。

 ちなみに、アキトの奴は皆の待ち伏せに気付いてたと思う、絶対!!

 

「・・・おやおや、こんな夜中に何処に行くのかなぁ?」

 

「・・・ひょ、表情が恐いよ、フォルテ

 えっとね、月夜が綺麗だから散歩でもしようかとぉ、えへへへへへ」

 

 でも、フォルテ達は笑ってくれなかった。

 

 

 

「まあ、夜陰に紛れての逃避行とはいえ・・・相手も正規の軍隊だ、待ち伏せはされているだろうな」

 

 フォルテが木の枝を使って、地面に周辺の地図を書いている。

 あたしとアメルは、皆の気持ちを裏切ったお仕置きとして『正座』をしている。

 ・・・地面に簡単なクッションを敷いてくれたのは、せめてもの情けらしい。

 

「じゃあ、見晴らしのいい草原を抜けるコースはパスして。

 残りは街道沿いに迂回するコースと、山越えをするコースか」

 

 ロッカがちらちらとアメルとあたしを伺いながら、そんな意見を言う。

 アメルは皆が自分を心配して付いて来てくれた事に、泣き笑いの表情で『正座』をしている。

 しかし、このお仕置きを提案した本人・・・アキトは苦笑をしながら少し離れた位置で、周囲を警戒していた。

 

 何だか、あたし達の扱いに納得がいかないんですけどぉ?

 

「よし、ここは街道沿いのコースで行こう。

 相手も表立っては動けば、戦争になる事は承知の上だろう。

 なら、人の目の多い街道ではそうそう無茶をしないはずだ」

 

「確かに、下手に囮など考えて、少ない戦力をさらに分散するよりはマシだろう。

 それに山越えは体力的に不安な人物も多い・・・その案に僕も賛成だ」

 

 フォルテとネスの考えが一致するなんて・・・明日は雪かな?

 

 痺れて感覚がなくなっている足を呪いつつ、あたしはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、また消えたんだけど・・・アキトが」

 

「あ〜、全然大丈夫よケイナ。

 御飯の準備が必要な頃には、呼ばなくても出てくるから」

 

「・・・・・・・・ねぇ、トリス

 アキトの事を便利な家政夫程度に考えてない?」

 

「おお、見事な推理ねミニス!!」

 

「「・・・・・この人」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふふ、夜陰に乗じたくらいで、我々の目を欺けると思ったか?」

 

 そう言いながら街道の脇から現れたのは、イオスだった。

 いい加減、コイツの顔は見飽きたと思うあたしも、結構度胸がついてきたのだろうか?

 

「でも、そちらの兵力の分散には成功したみたいだな。

 それだけの人数なら、俺達で強行突破も可能だぜ!!」

 

 フォルテが愛用の大剣を構えながら、そう言い放つ!!

 あたし達もそれぞれの得物を構え、お互いの隙をカバーする陣形をとる!!

 

「ふん、確かに兵士の数は減ったが大した問題ではない。

 僕一人でお前達の相手など・・・・・・・・・・・・おい、あのふざけた男は何処に行った?」

 

 イオスが尋ねている男性は、どう考えてもアレしかない。

 

「いや、アキトの行動と思考は、俺達にも理解できないんだけど?」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 何となく・・・

 そう何となくその場から二歩下がるあたし達。

 そして、あたし達に釣られるように、イオスも二歩ほどその場から下がる。

 

       キラン☆

 

「あ、流れ星」

 

 夜空に流れ星を見つけたミニスが呟き。

 全員の視線が段々と大きくなるその流れ星に集中する。

 

 そして、流れ星は地に堕ちた。

 

 

 

         ズガァァァァァァァァァァァァァァンンンンン!!!!

 

 

 

 狙ってたのか?

 と、言いたくなるくらいに見事に、あたしたちが下がった元の位置に穿たれる深い溝。

 

「・・・・ま、まさかな?」

 

 恐る恐る、周囲の兵士を使って地に潜った隕石を掘り出すイオス。

 あたし達は出鼻を挫かれた事を差し引いても、何だか気の毒になったのでその場で待っていた。

 いや、その隕石に興味もあったんだけどね?

 

「やっぱりお前か!! ゼルフィルド〜〜〜〜〜!!」

 

 あ、やっぱり・・・

 

「イ、イオス・・・何故カ過去ノめもりーガ、私ノ目ノ前ヲ横切ルノダガダガダガガガガガガガガ」

 

 

「それは走馬灯だ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 あ〜、そうか機械兵士にも走馬灯ってあるんだ。

 あたし達は新しい発見に、全員揃って頷いていた。

 

 それ以前に、何処からゼルフィルドを吹き飛ばしたんだ、アキトの奴?

 

 復讐に燃えるイオスと、その部下達に囲まれながら、あたしはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 戦闘は・・・以前のような一方的な展開にはならなかった。

 あたし達も伊達や酔狂で戦っていない。

 殺伐とした殺気や雰囲気に呑まれる事無く、自分の持てる実力を完全に発揮できるようになってる。

 それにフォルテ達はアキトから戦闘の手解きも受けていた。

 勿論、あたしやケイナも、アキトに頼んで訓練をしてもらったのだ。

 

 はっきり言えば、底のまるで見えないアキトに比べて楽な戦いと思える。

 かといって油断はしない。

 戦場での油断は命取りだと、アキトには一番最初に叩き込まれているから。

 

    キン!!

                        ジャキィィィン!!

 

「くおっ!!」

 

「はぁぁ!!」

 

「そらそら!!」

 

 以前は軽くあしらっていたロッカとフォルテの連携攻撃に、徐々に追い詰められるイオス。

 その顔には明らかに焦りが滲み出ていた。

 イオスは二人に任せ、あたし達は他の兵士達を倒す事に専念する。

 これだけの余裕があれば、何も命を奪わなくても戦闘不能にできる。

 

 ・・・・・・・・もしかして、アキトの奴?

 

 最後の敵の召喚師を気絶させた時、フォルテ達もイオスの槍を弾き飛ばしていた。

 

「くそっ!!

 殺すなら殺せ!!」

 

「―――言われなくても!!」

 

 ロッカが自分の槍をイオスに向かって突き出そうとした瞬間、その槍をお玉が弾き飛ばした。

 全員が驚くなか、やはり飄々とこの男が現れる。

 

「まあまあ、草原にいた部隊も動き出してるみたいだし、早く移動をしようよ。

 山で気絶させた兵士達も、そろそろ気が付くと思うしさ」

 

「何故、止める!!」

 

 どれほどの衝撃を受けたのか、手が痺れて槍を持てないロッカがアキトにそう吼える。

 そんなロッカを一瞬冷めた目で見た後、軽く首筋を撫でて気絶させるアキトだった。

 

「激情で人を殺しても、後味が悪いだけさ。

 ロッカが目指していたのは、こんな復讐じゃないだろう?」

 

 気絶したロッカを肩に担ぎ、そんな事を呟くアキト。

 そして、自分を睨んでいるイオスに向かって短く別れを告げる。

 

「別にお前さんを助けた訳じゃ無いぞ?

 俺がロッカを止めた結果が、そうなっただけだからさ」

 

 歯軋りをしながら睨みつけるイオスに背を向け、先を急ごうとあたし達を促すアキト。

 確かに草原の方からは、大勢の人が動く気配がする。

 あたし達は急いでそれぞれの荷物を背負うと、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に、お前だけは僕が倒す!!!」

 

 

 

 

 

 

 イオスの絶叫だけが、あたし達の背中を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ずっと見てたでしょ、あたし達の戦闘?」

 

「・・・あ、バレた?」

 

 走りながらの問い掛けに、意外にも素直に頷くアキト。

 こちらは自分の荷物を背負って走るだけでも苦しいのに。

 この男は自分の荷物に加えて、ロッカと彼の荷物まで背負って軽々と走っている。

 

「で、何処に行ってたの?」

 

「う〜ん、山側と草原側にも、兵士が待ち構えているのを感じたからね。

 このまま街道を進むと、下手したら山側と草原側から挟み撃ちになる可能性があるでしょ?

 だから比較的近い方の、山側の敵を襲撃してきたんだ」

 

 ・・・・・・・・・普通、一人でそんな遊撃戦はしないっての。

 大体、アキトが抜けただけでどれだけの戦力ダウンだと思ってるのよ。

 

 ついつい、責めるような目であたしはアキトを見ていた。

 そして、その視線に気が付いたアキトがあたしに話し掛けてくる。

 

「何時も何時も、俺がピンチの場面に居るとは限らないからね。

 皆もせっかく良い素質を持ってるんだから、それを伸ばすのは悪くないと思うよ?」

 

「へいへい・・・その通りでございますねぇ」

 

 ニコニコと笑うアキトにそんな返事をしながら、あたしはこの男の底の無さを思い知った。

 一国の兵団に狙われながら、他人の成長にまで気を配るなんて・・・

 

 

 一体、どんな人生を歩んできたんだろう? この男は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

改めて後書きを考えると・・・

何も書くことがないような気がする(苦笑)

まあ、変に何か書くと代理人さんが突っ込みをいれてくるしねぇ(爆)

 

 

 

代理人のツッコミ

>変に何か書くと

読んでるみなさんはそれを期待してるのではないかと愚考いたしますが?(爆)