終わり無き旅


第二話 「旅路の始まり 後編」




「ふっ」

短い呼吸とともに、その華奢な体つきからは想像もつかないほどの鋭い掌打を放つ。

「がはっ・・・!」


ドサッ


黒服のスーツを着こんだ『いかにも』な出で立ちをした男が床に沈む。

もっともミズキも全身を黒で統一した格好をしていたが。

ミズキがあたりを見回すと、通ってきた通路の所々に今倒した男と同じ

格好をしたものが同じように床に倒れていた。

「まったく何人いるのよ・・・?」

ユーチャリスがこのネルガルの月ドッグに停泊していることを、ハッキングしたデータで知った

ミズキだが、思いにほか厳重な警備にいいかげんうんざりしていた。

コンピュータセキュリティーだけならミズキの実力を持ってすれば簡単なことだったが

人間が相手だといいかげん疲れてもくる。

「ま、それだけのことをしたって事よね。あの部長もいい気味だわ」

まるで悪びれた風のないミズキは、新手が来ないうちにさっさとこの場をひきあげることにしようとした、その時

 


「そこまでだ。タチバナミズキ」

背中から呼びかけられ渋々振り向く。

「アキトがいるって時点で、会長も来ていることを可能性に入れておくべきだったか・・・」

「貴様が盗んだデータ、返してもらうぞ」

相変わらず似合わない服を着ている、とミズキは思う。

別に本人と服の組み合わせのことを言っているのではない。

確かに、一見白い学ランのようなそれは、その男に合っているといえば

そうなのだが・・・。

「まだそんな服を着ているの、月臣?」

「関係無い」

以前同じ事を聞いたときにも月臣は意見を聞くことをしなかった。

「わざわざ好んで血の目立つ服を着ることも無いと思うけどね・・・・」

結局、自らの手で殺めてしまった親友への贖罪なんでしょう?

そう言いかけた言葉を喉元のところで飲み込む。

大して意味のあることじゃない。

やはり月臣はこの仕事になじみきれていない。

どんなに完璧に職務を全うしようとも、正義を信じ九十九と共に戦った

あのころと今の自分を比べてしまっている。

「いつかその服を脱ぐことができるといいわね・・・」

「なんの話か知らんが・・・・行くぞ!」

そうやって一々声を掛けるのも以前の月臣から完全に変わりきれていない。

表の人間はどこまで行っても表の人間でしかない。

「ひゅっ!」

一撃目の抜き手をフェイントと決め付けると、続けざまに放たれる連撃を

両手でさばいていく。

だが、木連式柔の免許皆伝でもある月臣の攻撃をすべてさばききることは至難の技といっていい。

一、二発だけ入れられてしまった。

その辺の一流と呼ばれているエージェント程度なら今ので倒していただろう。

だがミズキは、サイドステップで月臣の脇に回り込むとそのまま拳を叩き込む。

わずかに上半身をずらしそれを避けると木連式柔独特の歩法で僅かに間合いを取り――――――





ミズキの体は中を舞った。






「ちいっ!!!!」

いつのまにか天地が逆転し、頭から落とされようとしている。

受身をとろうにも、体をつかんでいる月臣の手が邪魔で取りたくても取れない。

(やばいっ!)

とっさに両手を突き出し頭を守ろうとする。

ドガァ!!!

一瞬意識が飛びかけたが、なんとか保つ。

月臣の技を無理やり振りほどき、間合いを取る。先ほど月臣が取ったのよりは、

やや長めに。

(あたたあ〜、手首は使いもんになん無いわね・・・)

内出血を起こしていて、何とか動くものの、相手にダメージを与えるのには程遠い。

恐らく骨にも何らかのダメージがあるだろう。

(使うか・・・)

肌の感触だけで『それ』がある場所を確認する。

「これで最後だ」

月臣には、勝利の確信と共に油断があった。

もちろんそれは、達人クラスでも気付かないような僅かな油断。

この状況なら、相手が銃を出しても勝てる!

だがそこにミズキの付け入る隙があった。

ミズキは手首の痛みを意識の外に追い出し即座に背中の携帯型スタングレネードを

取り出すと床に叩きつける。

激しい閃光と爆音に、月臣は視力と聴覚と共に冷静な判断力を奪われる。

回し蹴りを月臣に叩き込み、ミズキも壁にもたれかかる。

威力を弱めてあるとはいえ、スタングレネードを間近で食らったのだ。

ミズキとてただでは済まない。

何が起こるか分かっていた、その事だけがミズキにとってただ1つ有利な条件であった。

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・・・・・」

呼吸が辛い。少々無茶しすぎたようだ。

「とはいえ、このぐらいやらないと勝てな―――――――」

ダン!ダン!ダン!

突然銃声が鳴り響き、銃弾がミズキの体に吸い込まれていく。

代わりに吐き出されるのは、いつもの見慣れた赤い液体。



「な・・・・・・・・に・・・・・・・・?」

意識がフラッシュバックする。













考えるよりも速く。


















ただひたすらに。

 

 














おのれの肉体の限界を引き出し。

 

 














相手を殲滅しろ。

 

 














躊躇することは無い。

 















ただ相手が死ぬだけだ。










 




分かったな?

 













・・・・・・・・ミズキ。

 




































「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



黒い風が駆け抜ける。



先ほど銃弾を放った男は再び引き金を引くが、もうその金属の塊がミズキの体を貫くことは無かった。

ドシュッ!ドシュ!

先程までの、相手を一撃で昏倒させるのとは訳が違う、もっと単純に肉体を破壊する行動。

「が、がああああ!!!!」

男の叫び声も、ミズキの耳には届いてはいなかった。

手首を痛めているにもかかわらず、あくまで機械的に破壊する。

人間の体なんて、どこも急所なのだ。

どこを『えぐった』ところで出血し、体力と戦意を奪う。

はるか古から遺伝子に引き継がれる破壊の本能。

後は頭部さえ潰せばあらゆる生物が・・・・・・・・・確実に死ぬ。

男の頭部を鷲掴みにし、そのまま壁に叩きつける。



ドガァ!!!


顔面から壁に叩きつけたため、鼻がへし折れる音がする。

再びミズキは男の頭部を引き、壁に叩きつける、その瞬間!



ミズキの意識が一気に覚醒する。

「邪魔なのよ!あんたは!!!!!!」

今度は自分の頭部を壁にぶつける!




ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!



「がはっ、はっ、はあっ、ひっ・・・・・・ぐうぅっ!」

呼吸が落ち着かない。

頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱されている。

思いっきり壁に頭をぶつけたため、生暖かいものが顔を滑っていく。

「ぜっ、はっ、はっ、はっ、はっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

全身が汗でびっしょり濡れている。

血と汗が混ざり合い、インナーウェアが肌にまとわりつく。

「グッ・・・・・・・ドッグは・・・・すぐ其処ね・・・・」

ともすれば再び暴走しそうになる意識を無理やり押さえ込み、ミズキはユーチャリスへ向かった。

すでにこのとき、警報が鳴り響いていたのだが、そんなことを気にしている余裕は無かった。

そして、ミズキに銃弾を浴びせた男がどうなっているのか・・・・・・・

気にしたくも無かった。
































ユーチャリスのAI『エニア』とは以前何度か話したことも

あり、すんなり中に入れてくれた。

案外、この怪我を見かねてのことかもしれない。

だとしたら無駄にならずに済んだというものだ、とミズキは皮肉る。

(自分を制御できていないだけじゃない・・・・・・)

こんなんで、よくアキトにエステの操縦など教えられたものだ。

体力も限界に近づき、そのまま床に倒れこむ。

無理に姿勢を変えたせいか、血だまりができるが今はそれすらも心地よい。




ユーチャリスの内壁側のエアロックが開く。

其処に現れたのはミズキと同じく全身黒尽くめの男だった。

ただしこちらは、黒マントにバイザーで、ミズキよりも一層黒いが。

「誰かと思ったら・・・ミズキ・・・」

「ふふっ、久しぶりねアキト。元気・・・ってあんたに聞く言葉じゃないわね。

 私は・・・見てのとおりよ」

今もなお、ミズキの体からは血が流れ続けている。

「とりあえず、ここを脱出する。手当てはそれからだ」

「酷いわね・・・、仮にもあんたにエステの操縦を教えた教官よ?」

と、苦笑して見せるが、今ここでもたもたすればシークレットサービスが駆けつけることだろう。

ゆっくりしている時間は無かったし、それはアキトも同じようだった。

「事情は後で聞こう。エニア!」

『はいマスター』

「ジャンプフィールド展開。ジャンプするぞ」

『了解』









ネルガルシークレットサービスが、ドッグにたどり着いたとき、すでに其処にユーチャリスの姿は無かった。

 



後書き

藍染児:というわけで、後編です。
ミズキ:前編での私サイドね。
藍:うむ。
ミ:で、暴走?
藍:あわわわわわ・・・・・。ま、まあ伏線ということで?
ミ:なんで疑問形なのよ?
藍:う、う〜ん、せっかくのオリキャラだし何か設定が欲しいなあ・・・と。
ミ:で、書いてみたはいいけど、たいしたネタが無いと?
藍:あぎゃぁ!
ミ:・・・・・・・。
藍:あ、あの〜、ミズキさん?
ミ:人を殺すのに急所を狙う必要は・・・・。
藍:げっ!ぼ、暴走してる!?
ミ:ふふふふふふふふふっふふふふふ!!!
ドシュ!ゴリィ、グチャ!メキメキャ!!
藍:・・・・・・・・っ!!!!!!(声も出ない)
ドンッ、ズリズリッ、ズルルルルル!
藍(だったもの):(セリフ無し)
ミ:やれやれ・・・、これで少しは懲りるでしょ。
   まったく、少しは考えて書きなさいよね〜。

   
<プロフィールかもしんない>

>タチバナミズキ

ネルガルシークレットサービス所属、だった。
黒髪黒瞳長身痩躯。
ショートヘアだが、手入れはあんまりしてない。
スタイルもよく、気の強そうな美人系。
エステバリスの操縦は天下一品。
格闘能力においてはアキトより劣る。
他人は知らないが、ナノマシンについての知識もある。
年はアキトと同じ。


>エニア

ユーチャリスAI。
ユーチャリスが実戦データ採集のための実験艦であるため、
スペック上はオモイカネを上回る。
しかし、そのために不安定なところも多く、時折自分自身のデータを
自分で書き替えてそれを補っている。
名前の由来は、最初のあれ。
後ろ二文字取っただけというなんとも単純な名前。
ダッシュにしようか迷った挙句に、鉛筆転がしでこっちに決まった。
いいかげんな作者の産物。
真空管で動いてるなんて事は無い。

 

 

代理人の感想

 

なるほど、ではつづりは「ENIA」ですね?

・・・・・真空管だとちょっぴり楽しかったかも(^^;