終わり無き旅
第六話 「旅路、再び」
「やっと見つけましたアキトさん！さあ、一緒に帰りましょう！！！
「アキト！見捨てないで！」
現れた戦艦は、ナデシコＢだった。
「・・ルリちゃん、それにラピスも？」
ピッ
そこに電子音と共に文章のみのデータがアキトの元に送られてきた。
（誰だ？）
『私あの子達苦手なの。カメラ位置をいじってオペレーター席が見えないよ
うにしといたから、こっちに話し掛けないで。視線も向けないで』
（・・・？ミズキにも苦手なものが在ったんだな）
アキトにとって、かなり意外だったが通信が開きっぱなしであることに気付き
ウィンドウのほうを向く。
「俺は戻る気は無い」
感情を押さえたダークトーンの声。
普通の者ならその声だけで気圧されてしまっただろうが、真空を隔てた向こう側にいる
少女達にとって、そんなことは関係無いようだった。
ラピスが叫ぶ。
「アキト、私が必要無くなったの！？お願い、戻ってきて！」
「ラピス、お前が何故そこにいるのかは知らない。だが俺はお前に普通の人生を歩んでほしい。
それは、俺と一緒ではできないことだ。分かってくれ」
ルリが叫ぶ。
「ユリカさんも帰ってきました！後はアキトさんだけなんです！犯罪者だなんて気にしません。
ユリカさんもきっと同じはずです！ユリカさんもアキトさんが戻ってくるのを望んでいるはずです！」
「ルリちゃん。それは君が思っているほど簡単なことじゃない。
ルリちゃんは宇宙軍の少尉なんだ。
自分の立場、そして俺のしでかしたことを過小評価しすぎている」
ミズキは三人のやり取りをじっと見ていた。
（どっちも生温いわね・・・。イライラする）
ミズキはルリ達が苦手だったのではない。面と向かって話せば自分が押さえられなくなりそうだったからだ。
「納得できません。テンカワアキトはまだ利用価値のある人材です」
「そんなことは関係無い。俺達は上からの命令に従うだけだ」
ネルガルシークレットサービスのミーティングルーム。
そこでミズキは、自分の直の上司であるリックオールソンと言い争っていた。
原因はつい先ほど行われたミーティング。
内容はテンカワアキトの暗殺だった。
「私はネルガルシークレットサービスの人間です。ネルガルの命令には従います。
しかし重役連中の命令を聞く理由はありません」
「会議で決まったことだ。立派にネルガルの命令だろう」
「なら何故会長の許可が無いのですか？」
「・・・・俺達は命令に従うだけだ」
「リック！！！」
会長はテンカワアキトを手放さない。
しかし、このままネルガルが匿い続けていればいずれ宇宙軍の耳に入るだろう。
ナデシコＣの威力を見せつけることに成功したネルガルとしては手痛い損失になる。
クーデターが終結して、数ヶ月。
現在の世界経済は、非常に微妙なバランスの元に成り立っている。
先のクーデターにより、統合軍は元よりクリムゾンからも多くの逮捕者が出た。
直接火星の後継者と繋がりを持っていたものたちはトカゲの尻尾きりで
逃げ延びたが、多くの管理職が逮捕されることとなりクリムゾン宇宙工業部門は殆ど機能していない。
これで、再びネルガルがトップに返り咲くかと思われたがそうはいかなかった。
ネルガルの予想では、例えナデシコＣの活躍により統合軍が恥を掻いたとしても
背に腹は代えられないだろう、と踏んでいた。
クリムゾンが火星の後継者と繋がっていたと世間に公表されれば、統合軍が
推し進めていたヒサゴプランも怪しまれることになる。
資金提供、および計画推進を統合軍が。工事はほぼ全てクリムゾングループ
の手によって行われ、火星の後継者と名乗るテロリストた達はコロニーを先だってのっとり
あまつさえ、そのテロリストたちの大半がコロニーの職員だったとなれば怪しまないほうがおかしい。
今回逮捕されたもの達はクーデターに賛同した者だけだが、いずれ捜査の手は伸びてくる。
そうなる前にクリムゾンと手を切るより他は無い。
それでも多くの逮捕者を出すことになるだろうが、保身主義の連中は自分だけでも、と考えているはず。
そして、高い口止め料―――連合警察に情報を提供しているのはネルガルである―――
を払うためにもネルガルと手を組む、というのがネルガルの狙いだった。
だがそれは、ある企業の出現により失敗してしまう。
明日香インダストリーだ。
明日香インダストリー。蜥蜴戦争以前まで火星を中心に展開していた、
コンピュータソフトウェアとハードウェアをトータルに扱う大手の企業だったが
火星会戦において企業や工場に壊滅的な被害を受け事実上倒産したとまで言われていた。
シェアが重なるネルガル重工との直接的対決を防ぐためにと、
火星に殆どの施設を置いていたのが仇となった。対してネルガルは、遺跡調
査のための考古学部門と、他僅かしか火星には置いていなかった。
戦時中は債権処理に追われていたが、戦争終結時に転機が訪れる。
木星蜥蜴は地球人だった。
施設を破壊したのは謎のエイリアンでもなんでも無いただの人。
つまり、保険が利く。
これにより、地球での経営を始める明日香インダストリーであったが、この
時点ではようやく復興したにすぎず誰にも相手にされなかった。
その後、ネルガルが経営不振に陥り始めクリムゾンがその勢力を伸ばし始めた矢先のクーデター。
企業にしてみれば戦争やクーデターは稼ぎ時だ。
明日香インダストリーも、もちろん宇宙軍と統合軍に売りこみをしたが相手にされなかった。
それでもめげずに明日香インダストリーのトップ、カグヤオニキリマルは、
とにかく生産体制の整備に資産を費やした。
そしてクーデターの終結。
当初統合軍はクリムゾンとは袂を分かち、ネルガルに流れるかと思われたが、意外にも
軍配は明日香インダストリーにあがる。
最大の決め手は今回のクーデターはもちろん、蜥蜴戦争においても一切の関係が無かったこと。
この二つの事件は、関係者を必要以上に潔癖症にさせるのには充分なものだった。
ネルガルが宇宙軍に情報を流すのを恐れていないわけではなかったが、それ以上に
これ以上の混乱を避けたいと言うのが大多数の意見だった。
宇宙軍の中にも同じ考えを持つものが現れ、軍の中で意見が割れている。
また、蜥蜴戦争以前は大企業だったとはいえ、一旦崩壊しかけた明日香イン
ダストリーが、統合軍との直接契約を結ぶのに成功したことを知った他の企業も
あわよくば自分たちも、と機会をうかがっている。
結局、ネルガルの陰謀は様々な企業を一斉にスタートラインに並ばせることになってしまったのだ。
ネルガルが抜かれる可能性も大いにある。
少しでもネルガルが勝ち残る確率を高めるためには後ろめたい部分を消すしかない。
そう、テンカワアキトだ。
「ネルガル会長の合意が無いものを正式な命令として受けるわけにはいかないわ」
「会議で決められたことがネルガルの意見だ」
「ならその会議は誰の召集によって開かれたの？｣
「それを俺達が知る必要は無い」
リックは淡々とミズキの問いに答える。
もっとも、それはミズキの望むものではなかったが。
「そもそも今回の決定が急がれたのはホシノルリのせいだ」
「ホシノルリ？・・・・・・・まさか！」
「ああ、事もあろうにネルガルに揺さぶりをかけてきた。今回のクーデターでの恩も忘れて、な」
ミズキは黙っている。視線はリックに向けたまま。
「ホシノルリの保護者はテンカワユリカで、その親はミスマルコウイチロウ。
後が無いんだよ、ネルガルにはな」
ホシノルリを満足させるだけならアキトを引き渡すだけで万事解決だ。
だが今回のクーデターの被害者でもあり宇宙軍大佐のテンカワユリカの夫でもある
アキトが平穏無事に生きていたとは考えられない。
ある程度は宇宙軍も情報操作をするだろうが必ずマスコミの詮索が入るだろう。
それだけならまだしも、アキトの正体を知る者に真実を明かされようものなら
ネルガルとの繋がりも明るみに出る可能性がある。
アキトが戸籍上死んだことになっているからこそ、無茶が可能だったのだ。
全てが終わり、再び元に戻れるとふんだルリだったがアキトは戻ってこない。
それならばと、ネルガルにクーデターのことで揺さぶりをかけてきたのだ。
もちろんアキトが不利になるようなことは一切出していないが、条約で禁止
されているはずのマシンチャイルドや過去の出来事で脅迫まがいの事を
している・・・・・・それがアキトの立場を余計悪くすることには気付かずに。
「なら余計に、テンカワアキトを殺すわけにはいかないはずでしょう？」
「テンカワアキトは死んだ。死者は蘇らない」
「なら今回の暗殺の目標は一体誰？」
「お前の口からそういう言葉が聞けるとはな。驚きだ」
「答えになってない！」
「俺達はプロだ！今のお前は感情に流されている、そんな奴の意見を聞く必要は無い！」
ついにリックも怒鳴り声になる。二人のあまりの剣幕に回りの人間も止めに
かかろうとするが、いかんせん遅すぎた。すでに誰にも止められないぐらい
二人の口論はヒートアップしていた。
「私は事実を言ってるだけよ！重役だけで決めたことなんて独断先行じゃない！」
「だから違うと言っているだろう！会長は会長、会議は会議だ！」
「大体このことをプロスペクターは知ってるの！？｣
「地球勤務の奴には関係無いことだ！」
「シークレットサービスのトップはあいつでしょう！？」
すでに自分より偉い立場にある人物をあいつ呼ばわりすら始めている。
プロスは会長寄りであるために今回の命令を伝えられることは無かった。
ただ、これより数時間後重役たちが解雇になっていたのは彼の手腕故だろう。
「とにかく正式な書類で命令が来た！なら俺達はそれに従うだけだ！！！」
「だから、その命令の手続きが正しいかどうかを答えろっつってんのよ！！」
「貴様に答える必要は無い！」
「なんですってこの石頭！その面に髭は似合わないって何度言ったら分かるのよ！？」
「そんなことは関係無いだろう！大体お前は以前から命令無視が多いんだよ！
命令には従え！」
「命令が正式なものなら従ってやるわよ！」
「だから・・・・！！！」
「お前は・・・・！！！｣
「・・・！！！」
「・・・！！！」
だんだん内容が堂堂巡りを始め、本人達も何を言ってるのか分からなくなってくる。
（大体ホシノルリが妙なことするからこんなことになるのよ！！！）
まったく関係が無いわけではないが、ルリにしてみれば大切な肉親を取り戻したい一心で
しでかしたことである。
未成年者の感情から引き起こされる行動は、通常、社会の理不尽さを持ってかき消されて
しまうものだが、少佐という立場でそれを可能にしてしまった。
その権力に相応しい精神の成熟が、事アキトに関しては欠けていたのだ。
「今回の任務にお前は必要無い！！！出ていけ！！！」
「ええ、出て行ってやるわよ！ついでにシークレットサービスもね！！！」
勢いよく反転し、出口に向かう。
そこには二人の口喧嘩にすっかり怯えていた新人がいたが、ミズキはそれを
一睨みでどけさせるとミーティングルームを出ていった。
後に残されたシークレットサービスの面々は、初めて見るミズキの変貌振りについて、口を開き始める。
「あのミズキがあそこまで怒るのは初めて見たな・・・」
「ああ、やっぱりテンカワアキトが絡んでるからか？｣
「だろうな・・・」
そこに、先ほどミズキに睨まれすっかり怯えてしまった新人が加わる。
「あ、あの・・・何でミズキ先輩はあんなに怒っていたんですか？
いつも怖いくらい冷静なのに・・・」
「ああ、以前テンカワアキトにミズキがエステの操縦を教えていたらしい。
よくは知らんが、かなり気に入ったらしくてな。それでだろう。
ましてや今回の任務は重役達の・・・」
「お喋りはそれぐらいにしろ｣
そこに、リックの注意が飛ぶ。
どうやら興奮モードから戻ったらしい。
「俺達は任務を遂行する、それだけだ」
「でもいいんですか？最悪の場合、あのミズキを相手にすることになりかねませんよ？」
いまさらながらそのことに気付くリック。
「も、問題無い・・・」
なお、リックはサングラスも愛用している。
別に無駄に高いところに座り今のセリフを連発しているわけではない。
ましてや妙な物に取りこまれた奥さんを取り戻すために人類全員を巻き込んだ
傍迷惑な計画を立てているわけでもない。
いたって普通のシークレットサービスの人間だ。
「本気でそう思ってます？」
部下の一人が確認をする。
リックは顔面蒼白だった。
「サブロウタさん、アルストロメリアの準備は出来ていますか？」
「いつでもＯＫですよ、艦長！」
無駄に元気で砕けた返事が返ってくる。
「サブロウタさん！もっとしゃきっとしてください！」
サブオペレーターのマキビハリ（通称ハーリー）がコミニュケ越しに怒鳴る。
「お〜お〜、ご機嫌斜めだね〜。そんなに相手のことが気になるのか？」
「サブロウタさん！！！」
相手、とはもちろんアキトのことである。
尊敬しているルリが、殆ど職権乱用で無理矢理ナデシコＢを使用したのだ。
どんな人物かは気になってしょうがない。
ただ、ハーリーの頭の中にはアキトが凶悪犯罪者で、何よりルリのことを
捨てたというイメージが大部分を占め、今時脇役の悪役にも使えないような
陳腐なセリフを吐くアキトがリフレインしている。
ハーリーの中では立派に極悪人らしい。
ルリ『アキトさん、私、お腹の中に子供が・・・』
アキト『へ、そんなことしらねえな。それよりもさっさと金出せよ』
ルリ『これはこの子を育てるための・・・』
アキト『いいからさっさと寄越せ！このブス！』
アキトがルリを蹴り飛ばす
ルリ『きゃあ！子供が・・・！』
アキト『なんだ、結構持ってんじゃねえか。・・・そういや妊婦ってのも
マニアには高く売れるんだよな』
ルリ『アキトさん！？一体何を・・・・』
アキト『決まってんだろ？お前を・・・』
〜以下、自主規制〜
（駄目だ駄目だ駄目だ！そんな奴に艦長を渡すわけにはいかない！！！）
自分の中で繰り広げられた事態は、すでに決定事項らしい。
一人、自分の世界に入り始めているハーリーを無視してルリはアキトに呼びかける。
「アキトさん！貴方がいないと私達は幸せにはなれないんです！」
「アキト！」
「これ以上話しても無駄だな。実力で退いてもらう」
通信が切れる。
「・・・サブロウタさん。発進してください」
「了解。・・・いいんすね？艦長」
「これを逃したら、チャンスは有りません。今回はラピスもこちら側にいます。
失敗はありません」
ラピスは艦長補佐としてナデシコＢに乗り込んでいた。
これで、少なくとも電子戦においては負けることはあり得ない。
ルリにとっての最大の誤算は、ミズキの存在を知らなかったことだろう。
アキトにとっての最大の誤算は、ルリ達の思いが予想以上に強かったことだろう。
ユーチャリスからブラックサレナが出現する。
すでに出撃していたサブロウタはユーチャリスに照準を合わせ、その漆黒の機体が
現れるのと同時に砲撃を開始する。
ドウッ！ドウッ！ドウッ！
牽制代わりの初弾がかわされるのを確認すると、サブロウタは接近戦を仕掛ける。
しかし、ブラックサレナはその高い機動性をフルに発揮しサブロウタの後方に回り込む。
「げげっ、やっぱアルストロメリアじゃ機体性能が違いすぎるか・・・。
せっかくの支給品なのに。早くして下さいよ、艦長！」
ドン！！！
レールキャノンを振り向きざまに放とうとするが、ブラックサレナのレールキャノンで
腕ごと吹っ飛ばされる。
「ぐあっ！」
サブロウタはすぐさまイミジエットナイフを残った左手に装着して急接近する
ブラックサレナに切りかかる。
ガガガ！
キイン！！！
しかし、ナイフは外部装甲を貫通するまでには至らず掠り傷となる。
更には、接近時に脚部を攻撃されて、左足がもげる。
「地上戦だったらやばかったが・・・あいにくここは宇宙なんでね！」
「ラピス、準備はいいですか？」
コクっと、ラピスが頷き肯定の意を示す。
電子の妖精、ホシノルリとラピスラズリでのユーチャリスへのハッキング。
オペレーターのいないユーチャリスには最も有効な手段であると言えた。
ナノマシンが活性化し始め、ルリとラピスはナデシコＢに搭載されている
スーパーコンピューターオモイカネと供にユーチャリスへハッキングを仕掛ける。
ＩＦＳを通じてデータが直接頭の中に流れてくる。
ユーチャリスのファイアーウォールにぶつかる。
だが、勝手知ったるユーチャリス。ラピスがいとも簡単にプロテクトを解いて行く。
途中、どうしようもないところはルリが無理矢理こじ開ける。
そして直ぐにデータベースにたどり着く。
所々プログラムが微妙に変更されていたが、エニアが自分で行ったのだろう
と判断し、もっと深く、エニアの自意識領域まで潜り込んだ。
後はエニアを説得、もしくは強制的に言う事を聞かせればユーチャリスは
制圧したも同然だった。
『エニア・・・、エニア・・・』
『・・・ラピスラズリですか？』
返事にややタイムラグがある。
何か大きなプログラムでも走らせているのかとルリは考えたがこちらにオモイカネが
ある以上、あらゆる事態に対処できる。
『お願い、私の言うことを聞いて』
『・・・ラピスラズリの言うことを聞いてあげたいのは山々ですが、マスターを
裏切るわけにはいきません』
『そうすると無理矢理になっちゃう。痛い思いをするのはエニアも嫌でしょ？』
『・・・・・・恐らくそれは無理でしょう』
エニアはミズキがいることを指して無理だと言ったのだが、そのことを知らない
ラピス達には当然伝わらず、どんな理由があってもマスターを裏切れないと取られた
ようだった。もちろんそれもまた真実だったが。
『どうやら交渉決裂ですね、ラピス』
『うん・・・・・、エニア、ごめん』
『貴方が謝ることはありません、ラピスラズリ』
『では、ラピス・・・いいですか？』
宇宙でトップクラスの能力を誇る二人が組めば敵はいなかった。
何か策を講じているようだが、大丈夫だろう。
どんな事態になろうとも、アキトを出し抜ける自信がルリには有った。
「ん〜、面倒ねぇ〜」
背筋をぐぐっと伸ばしながらミズキは呟く。
ハッキングに成功したと思っていたルリ達だったが、実際にはミズキが通しただけであった。
エニアとの会話を聞いていたミズキはどうやって迎撃しようか思案する。
（やっぱり強制切断が一番手っ取り早いかな・・・）
『ミズキ様、出来るだけ穏便に済ませてください』
「ん！？や、やあねえ・・・もちろんそうさせてもらうわ」
『少々語尾がおかしいようですが』
「・・・・・・ははっ」
目を泳がせながら答えるミズキに、エニアの無言のプレッシャーが圧し掛かる。
ミズキの黒瞳がナノマシンにより光り出す。
「さあて、楽しませてよね」
（やはり微妙に感覚が違うな・・・）
アキトはサブロウタとの戦闘でラピスののリンクとエニアのリンクに微妙な誤差が
あることを感じ取っていた。
エニアは、処理速度こそラピスより速いものの、人の感覚というものに対する柔軟さが
ラピスに劣っていた。
普段なら気にしないことも妙に過敏に反応してしまう。
戦闘中ではそちらのほうがいいのだが、日常生活ではやや大げさかもしれない。
（それとも状況に合わせてくれているのか？）
どちらにしろ、今はルリ達から逃げなければならない。
ピッ
「あ〜、アキト。ホシノルリ達がハッキングを仕掛けてきたわ。
こっちがＥＣＭを使えない以上、ユーチャリスの外にいるのは危険よ。
向こうはエニアを乗っ取る気みたいだから」
アキトのリンクはユーチャリスのコンピューター、エニアと繋がっているため、エニアに
何かあった場合ダイレクトにアキトに影響が出る。
「・・・分かった」
アキトもそれが分かっていた様だ。
ブラックサレナをユーチャリスへ向ける。
「お？奴さんが逃げてく・・・・」
サブロウタはアルストロメリアを殆どぼろぼろにされながらもなんとかアキトと戦っていた。
「艦長〜、どうしますか？」
サブロウタは通信でルリに呼びかける。
「もうその機体も限界でしょう。この後あの機体が出てくるかは分かりませんが、どちらにしろ一旦帰還してください」
「了〜解！」
「何故アキトさんは引いたのでしょう・・・？」
状況からいって、アキトがユーチャリスに戻るメリットは無い。
ボソンジャンプはジャンプする時にタイムラグがあるため、時間を稼ぐ必要があるはず。
ルリの考えは外れていなかったが、アキトはそれを上回るデメリットが有ったために
ユーチャリスへと戻ったのだ。
「アキトさんの邪魔が入らないなら好都合です。ラピス、いきますよ」
ルリのナノマシンの輝きが更に増す。
その姿は、ルリの電子の妖精と言う二つ名を彷彿とさせるものだ。
これに、ラピスが加われば敵はいない・・・・・・・・筈だった。
ビービービー！！！
『ルリ！カウンターだよ！』
突然のオモイカネの警告。
『四番、五番、六番コントロール取られた！』
「そんな、まさか！？」
驚異的な速さだった。
自分がナデシコＢに施したプロテクトが紙のように突破されていく。
ルリはラピスを見る、が、ラピスの顔も驚愕に包まれていた。
（ラピスも知らない？一体誰が・・・）
『ウィルス侵入！』
「ワクチンプログラムは！？」
『間に合わない！』
「取られたコントロールを物理的にカット！ハーリー君、ラピスのサポート！
私は相手のコントロールを奪います！」
「はい！艦長！」
ブリッジが慌しく動き始める。
「サ、サブコントロールに侵入！核パルスエンジン停止します！
ガーディアン、展開間に合いません！」
「十二番までのバイパス切断！通信帯域を割り出してください！」
「艦長、それではオモイカネが・・・」
「速く！！！それと警報止めて！」
「は、はい！」
鳴り響く警報が止まる。
しかしルリの焦燥は止まらなかった。
（なんて速さだ・・・、もしかして艦長よりも・・・）
ハーリーははじめて対峙する、驚異的な相手に半ば怯えていた。
ハーリーだけではない。
ブリッジクルーは、初めて自分たちを上回る相手に出会ったのだ。
（エニア・・・・、一体どうしたの？）
ラピスは自分のパートナーに対して困惑していた。
実際にはミズキのせいなのだが、アキト以外の人間がいる可能性に
ラピスはまだ気付いていなかった。
「艦長！通信帯域の割り出し成功！データ回します！」
「オモイカネ、ＩＦＳレベル最大に上げてください！」
この時すでに、ルリは第三者の存在を嗅ぎ取っていた。
オペレーターのいない戦艦にここまで出来るはずが無い。
アキトが戻ったことで、アキトがオペレーターの代わりをしているというこ
ともあり得ない話ではないがマシンチャイルド三人に勝てるほどの能力を
持っているとは考えられない。
（誰か、いる。でも一体誰が？）
ルリがネルガル月ドッグで騒ぎがあったのを知ると、早速ネルガル支社に向かった。
ルリの予想通り、アカツキとエリナがいた。
予想外だったのは、ラピスがいたことだった。
応接室に通されたとき、泣き叫ぶラピスを懸命になだめているエリナがいたのだ。
アカツキはラピスとルリを会わせたくなかったようで、いつも以上に陽気な表情を見せていた。
不自然なくらいに。
「アキトさんに、会いたいですか？」
「・・・・・・・うん」
「それなら、私と一緒に来ますか？」
マシンチャイルドであり、アキトとリンクをしているラピスがこちらにつくのなら心強い。
「・・・・・・・うん」
「ちょっと、ホシノルリ！？」
「さ、行きましょう」
「うん」
慌てふためくエリナをよそに、同じ目的を持つもの同士。
無理矢理ラピスをネルガルから引き離した。
（僅か一週間で見つけられるとは思いませんでした）
だからこそ。
（ここで負けるわけには行かないんです！）
ユーチャリスの通信と同期をとり、相手にばれないようにウィルスを送りつける。
使用されている回線以外を全部ロック。
弾き出された攻勢プログラムをステルス化。
再突入。
さっきとはまるで比べ物にならないほどの威力を放つガーディアンは、ステルス化された
攻勢プログラムを目ざとく見つける。
ルリはそれらをガーディアンと供に自爆させる。
ロジックボムもあるだけばら撒く。
ファイアーウォールにぶつかる。
先程通ったはずのセキュリティーホールが無くなっていた。
通ったのではなく、招かれた。
ルリは本能的にそう直感する。
ダミーをわざとトラップに引っ掛けると、ルリは反応したトラップに化けて
十三の更なるダミーをファイアーウォールの向こう側に飛ばす。
内、返答があったのは二つ。
普通ならこれでＯＫだろうが・・・・相手は普通じゃない。
片方はユダ。裏切り者。
自爆信号を送ると、片方だけ自爆。
ルリは迷わずそちらを選ぶ。
ユーチャリスに侵入。
オペレーターを探す。
探して押さえればこちらの勝ち。
押さえられなかったらこちらの負け。
巡回する監視プログラムの一つをとっ捕まえて、ＩＤを引きずり出す。
監視プログラムに化けると、ドッグとの通信が開いていることに気付く。
正確にはブラックサレナ。
やっぱり違う、アキトさんじゃなかった。
安堵するが、気は抜かない。
すでにここまでで、十二秒。
時間が掛り過ぎている。
エニアにアクセス。
拒否。
緊急コード適用。
拒否。
エニアから大きな回線が一つ繋がれている。
これは一体？
ナノマシン？
アキトさん？
ボソンジャンプをする数時間前に、ラピスとアキトさんのリンクが突然切れた。
エニアはこの代わりをしていた。
だから、タイムラグがあったの？
しかしルリは更に気付く。
処理速度が落ちた状態で、自分達を上回っている。
どんなことをしたらそんなことが可能なのか。
恐れている暇は無い。
ユーチャリスの中を張り巡らされている回線を伝い、ブリッジに辿り着く。
カメラＯＮ。
マイクＯＮ。
センサーＯＮ。
・・・・・誰もいない？
そんな馬鹿な！
それなら一体誰にナデシコＢはハッキングを受けているというのか！
ユーチャリス内を再検索。
プロテクトも無理矢理突破。
反応無し。
ちょっと待って。
反応無し？
アキトさんは？
おかしい。
いや、ここまで妨害らしい妨害が無かったのも。
何か、ある。
とにかくナデシコＢははーリー君に任せてラピスにサポートに回ってもらう。
この中はあの子のほうが詳しい。
戻るのもわずらわしいのでユーチャリスからナデシコＢにアクセス。
反応無し。
・・・・？
これは。
この感触は。
「バーチャル！！！！！！！」
「ありがと。楽しかったわ」
全回線強制切断！
間に合わない！！！
『ルリ！メインコントロール取られた！ブリッジ電源落ち・・・』
ウウウウウウウゥゥゥゥゥン・・・・・・・・・・・
照明が次第に暗くなっていく。
まさか、ファイアーウォールから先全てが向こうの用意したトラップだったとは。
全く気付かなかった。
いや、全てが嘘ではない。
少なくとも、エニアの処理速度低下や、アキトへのリンクは本当だったはず。
ナデシコＢへのハッキングとルリへのトラップ。
（・・・・・・そんなこと、私にも出来ません）
開いていた目を閉じる。
深呼吸。
動悸は止まらない。
自分が負けた。
初めて。
しかも相手は万全でなく、こちらはマシンチャイルド三人。
充分過ぎるハンディキャップのはずだった。
それなのに。
「艦長・・・・・、あの、えと・・・元気出してください」
ハーリーの励ましにもルリは答えない。
（後はボソンジャンプで逃走・・・、アキトさんはこうなることを確信していたから
ユーチャリスに戻ったんですね・・・）
真実とは違っていたが、今のルリにそのことを確認する術は無かった。
ユーチャリスに目を向ける。
（ここから見えるくらい近くにいるのに・・・触れる事ことが出来ないなんて・・・・・）
無意識にユーチャリスへ手を伸ばす。
掴むのは、何も無い空間。
ナデシコシリーズの特徴でもある、白を基調としたデザイン。
ディストーションフィールド無しでは大気圏を突破することもかなわない、
そう言った意味では他の旧型戦艦にも劣る華奢なボディ。
しかし、その身に秘めるパワーはとてつもないものだ。
（何も出来ず、また見送るだけなんて・・・。他に方法は・・）
頭の中を様々な案が現れては消える。
電源を落とされて、生命維持のためのエネルギーしか残されていないこの状況では
何をしても無駄なように思えた。
（・・・・・・・・・そうです）
ルリは突然立ち上り、電源を落とされているために開かないドアを無理やり手で抉じ開ける。
「か、艦長！！？一体何を・・・・・・」
「ハーリー君も手伝ってください」
「あ、は、はい！」
理由を聞いていないのに手伝ってしまう辺りはやっぱりハーリーだった。
「でも、いったいどうするんです？」
「ユーチャリスがここから見える位置にあるんです。
ならマニュアルでも充分届きます」
ガコン・・・
扉が開くと、ルリは駆け足で何処かへ向かう。
「マ、マニュアルって・・・・・一体何のことですか、艦長！？」
「はあ・・・・・・さすがに三人も相手にするときっついわね・・・」
「その割にはずいぶん余裕だな？」
ユーチャリスのブリッジ。
三人のマシンチャイルドを相手にして、圧倒してしまう。
ミズキの力は底が知れなかった。
「ナデシコＣで来られたら少しやばかったけどね。
・・・・さてと。さっさとボソンジャンプで逃げますか」
「ああ。・・・エニア、ジャンプフィールド展開」
アキトがエニアに呼びかける。
『了解。ジャンプフィールド展開します。・・・・・展開完了』
「さて、今度は何処へ跳ぶか・・・・」
ジャンプ先をイメージする。
（今度は火星にでも行くかな・・・）
その時
ズッガアアアアアーーーーーーーーン！！！！
突然ユーチャリスが激しい揺れに襲われる。
「な、なんだ！？」
『マスター、緊急事態です！ナデシコＢよりアンカー射出。ジャンプ装置に直撃。
ジャンプ装置が暴走しています！』
「何！？」
「キャンセルは効かないの！？」
『不可能です』
ユーチャリスと・・・そしてナデシコＢが青い光りに包まれていく。
「くそ！このままではランダムジャンプに・・・」
「こんな時までホシノルリは！」
「艦長〜。やばいですよ〜」
「情けない声を出すな、ハーリー。男が廃るぜ」
「サ、サブロウタさんに言われたくありません！」
「その調〜子」
ナデシコＢの格納庫。
そこからルリは、手動で強襲用アンカーをユーチャリスに打ち込んだのだ。
（アキトさん。追い駆けますよ、何処までも）
そして、ユーチャリスとナデシコＢは青い光に包まれて、この宇宙から姿を消した。
後書き
藍染児：・・・・・・・・・・・・・。
ミズキ：・・・・・・・・・・・・・。
藍：・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ？
ミ：・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何よ。
藍：アキト達は何処行っちゃうんだろうねえ。
ミ：何処行くのよ。
藍：・・・・・・・・だってこのメンバーは・・・・。
ミ：紅いのとか、優れた華部隊とかも出てきそうなメンバーね。
藍：おかしいな。
ミ：あんたがね。
藍：プロローグを読み返すと、この先の展開が見えなくも無い。
ミ：逆行であることは認めるのね。
藍：初めはアキトとミズキの逃走劇だったはず。
ミ：ついでに一緒にラーメン屋も開くとこの原案には書いてあるけど？
藍：何があったんだろう？
ミ：自分のことでしょ。
藍：ま、書いてしまったものは仕方が無い。
ところで、今回はそこはかとなくルリファンに喧嘩を売っているような気がしてならない。
ミ：事実でしょ。
藍：否、断じて違う！
あの妄想はハーリーのだ！
ミ：でも書いたのはあんたよね？
藍：執筆中、正体不明のフリーズに陥ったが気のせいだ！
というか、ミズキ！
何故防いでくれなかった！？
こんなときのためにお前を用意したのに！？
ミ：そんなことのために私は存在してたの？
代理人の感想
・・・そのフリーズってルリじゃなくて、某桃色の破壊神のお怒りでは（爆）？
リンク無理矢理切るし、セリフはともかく描写が殆どないし。
まあ、何はともあれお大事に。 ←微妙に慰めになっていない
でも、このまま「時の流れの」の冒頭に繋がってもおかしくはない展開でしたが・・・。
どこへ逆行していくんでしょうね？