終わり無き旅
第七話 「旅人の選びし道」
日本の九州地方。
サセボシティと呼ばれる中規模程度の街は今日も平和だった。
少なくとも表面上では。
蜥蜴戦争。
正体不明の無人兵器達と、人類が遭遇したのは今から一年前になる。
分かっていることは、その無人兵器たちが木星からやって来ているということ。
木星探査艇『アゲラータム』が突然消息を絶ち、その三日後の火星に謎の無人兵器が襲来。
火星軍の健闘むなしく、火星は無人兵器達の手に落ちてしまう。
第一次火星会戦の終了後、地球連合軍はこの無人兵器達を木星蜥蜴と呼称。
この二日後。火星会戦の混乱が冷めやらぬうちに月防衛ラインと無人兵器達が接触。
甚大な被害を出しながらもこれの撃退に成功。
連合軍、正式に徹底抗戦を表明。
地球を中心とした月軌道までの防衛ラインを引き、木星蜥蜴との散発的な戦闘を繰り広げながら今に至る。
この戦争は世間にはこのように説明されている。
しかし実際には、連合軍は徐々に戦力を減らしつつある。
最初の火星会戦で、地球連合軍は自分たちの兵器が役に立たないと知るやいなや火星軍を見捨てて逃走した。
この事は、火星軍との共同戦線の末、火星を奪取されたとなっている。
月の防衛ラインでは、名将フクベジン提督の指揮の元、木星蜥蜴との戦闘になり辛勝。
だがこの辛勝、戦力比が五十倍以上あってのことだと人々が知ったらどんな反応を示すだろう?
フクベジン提督はこの戦闘での功績を称えられ、英雄として公表された。
防衛ラインを張ったはいいが、木星蜥蜴の進行を止めることはかなわず、地球に多数の
チューリップを落としている。
散発的な戦闘においては、どれだけ戦力を揃えられるかで結果が決まる。
つまり、地球連合軍は自らの防衛ラインを出ることなく完全な受身体勢になっているのである。
しかしながら、情報とは不思議なものでテレビのニュースやネットワークインフォメーション
などといったメディアを通すと、まるでそれが異世界で起こった事かのように現実味を失う。
少なくとも地球にいる人々の大部分は、自分たちが訳のわからないエイリアンなどに
『殺される可能性』を感じてはいなかった。
サセボシティの一角にある大衆中華料理店、雪谷食堂では今日もお昼時は大変な客で賑わっている。
店長であるサイトウサイゾウの腕が良いというのももちろんある。
そして、一年前にこの店にやってきた青年の腕もまた、サイゾウに引けを取らないほどの腕なのだ。
おかげで近所でも評判の店となり、固定ファンも多くついた。
青年の名はテンカワアキトという。
「ラーメン定食二つ、お待ちどうさま!」
元気の良い。よく通る声。
サイゾウの妻、フサエは雪谷食堂唯一のウェイトレスである。
髪にはやや白髪が混じっているが、年齢を感じさせないその若々しくパワフルな雰囲気は
人々に元気を与えてくれる。
「や、奥さん。今日も美味しそうだね」
そのセリフがこの中年男性を常連だと教えてくれる。
「私に言う言葉じゃありませんよぉ。料理人さん達に言ってください。
あ、この定食はうちの旦那の方です」
「なんだい、アキト君の方じゃないのか」
常連客がそう漏らすと、この騒がしい店内でよく聞こえたものだが、サイゾウが怒鳴る。
「へっ、老いぼれはさっさと引退ですか!?」
「あっはっはっはっは!そんな気まったくないんでしょう?」
「こいつに任せるには、まだまだ修行が足りねえや!」
そう言うと、調理場の隅で野菜を剥いていたアキトが非難の声をあげる。
「えっ!?サイゾウさん、昨日俺を認めるって言ってませんでした?」
だがそんなアキトの声もサイゾウには関係無い。
「何言ってやがる、この青二才!確かに認めたがな、それとこれとは話が別だ」
「酷いなあ」
そう言いながらも、アキトは笑っている。
ガラガラガラ・・・・
「あ、いらっしゃいませ〜!」
新しい客が、入ってくる。
長身痩躯に、黒髪黒瞳。
黒いラフなジャケットにこれまた黒いジーンズで全身を黒で統一している。
体にフィットしている服が映し出す引き締まった体のラインは、この女性の魅力をより一層引き出している。
女性は僅かに空いている席の中からカウンターを選ぶと、しっかりとした足取りで歩き出す。
「ラーメン一つ」
「へいっ!ラーメン一丁!」
サイゾウがそう叫ぶとアキトが動き出す。
お互いの状況を見て、言わなくてもどちらが調理するか自然に理解する。
慣れ親しんだ調理場で手際よく料理を仕上げていく。
「はいっ、ラーメン一丁!」
「ありがと」
ほんの一瞬、アキトと女性の視線が重なる。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
周りから見れば、ごく普通のやり取りに見えた。
女性は確かに美人だったが、客達の目の前にある食欲を満たすものより目を引くわけではない。
見ていたのは注文の品がくるのを今か今かと待っているものだけだ。
アキトは女性にラーメンを渡すと、すぐに次のオーダーに取り掛かり始めたし
女性も完全リサイクルの割り箸でラーメンを食べ始める。
いつもと変わらない、コックと客。
何も変わらない店内風景。
何も変わらない日常。
木星蜥蜴という脅威はあったものの、怖がったところで何が変わるわけでもない。
だがこの時、アキトはこの日常が終わりに近づいたことを悟っていた。
お昼時が過ぎると、客も減り暇な時間になる。
この時間になり、ようやく休憩があるのだ。
「サイゾウさん、ちょっと外歩いてきて良いですか?」
「すぐ戻ってこいよ」
「ありがとうございます」
アキトは、前掛けを近くにあったイスにかけると食堂の外に出た。
「ふう・・・・、今日も言い天気だな・・・」
偽りの平和なれど、こういう時は心が落ち着く。
空は晴れ渡り、お天気快晴。
湿度もほどほどで、非常にすごしやすい日だ。
アキトはそのまま歩き出し、ある場所を目指す。
途中、何人かの知り合いに出くわしたりもしたが、程無くして目的地へ辿り着く。
そこは少し寂れた公園だった。
手入れはされているようだが、人が使った様子は無い。
「遅いわよ。何時間待たせるつもり?」
そこには先ほど食堂に来た、黒髪黒瞳の女性がシーソーに腰掛けていた。
「何時間って・・・まさかあれからずっと待っていたのか?」
「当たり前でしょ。何で私がアキトの休憩時間知ってるのよ?」
「それもそうか・・・」
「まったく、五感が戻っても抜けてるのは変わらないのね」
ははは、とアキトが乾いた笑いを漏らす。
頭を書きながらシーソーとは向かいのブランコの支柱に持たれかかる。
「で、『戻った』のはルリちゃんだけか?ミズキ」
その女性・・・ミズキが退屈そうに(実際退屈なのだろうが)答える。
「桃色娘もトゲ坊やも一緒よ」
「トゲ坊や?」
聞き慣れない単語にアキトは首を傾げる。
「ホシノルリやラピスラズリと同じマシンチャイルドよ。
もっとも、二人とは違って環境には恵まれてたみたいだけど。
本名ははりもぐ・・・じゃなかったマキビ・ハリ。
オペレート能力はそんなに高くないわね」
ああ、ハリだからトゲ坊や・・・、とアキトは納得する。
知らぬが仏と言うかなんと言うか・・・。
「んで、やっぱり予定通りにいくの?」
「ああ。あの事をルリちゃん達に教えても重荷になるだけだからな。
目指すものは恐らく一緒だろうから問題無いさ」
「ま、こっちは手札を殆ど使っちゃったし、ネルガルに頼るしかないか」
頬杖をつきながらつまらなさそうにミズキはぼやく。
「ああ・・・。あれから一年、こっちは何も出来なかったからな。
ネラさんの意識が戻っていればどうにかなったんだが・・・」
アキトの表情が暗くなる。
だが、その瞳に映るのは明確な意思の光だった。
一瞬拳を強く握ると、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと解いていく。
「無いものねだりをしても何も生まれないわ。
まあ、確かに情報の流出を恐れるあまりネラに任せっきりだったのは失敗だったわねぇ」
ネラ、とはいかなる人物なのか二人の会話から伺うことは出来ないが
二人にとって重要な人物であることは確実だろう。
「それにしても、本当に前回のようにナデシコに乗るつもり?」
「その方が疑われずに済むだろ?いざとなったらスノーフレークの方から手を回してもらうさ」
(変なところでこだわるのね・・・)
目の前の男は、ここぞという時の詰めが甘い。
だからこそ自分が手伝わなければ・・・、とミズキは思う。
(こういうのは恋愛感情なのか、それとも母性愛か・・・。やれやれ、色恋沙汰には
関係無いと思ってたんだけどなぁ・・・)
「どうした、ミズキ?」
どうやら顔に出ていたらしい。
だがこの男は、人の好意というものに対して恐ろしく鈍感であることをミズキは知っている。
(ばれてない・・・気付くとは思えないし)
気付いて欲しい。
しかし今はその時ではない。
「なんでもないわ。アキトがそうしたいならそうすれば?
私はアカツキにメールを渡し、先に乗ってるから」
「エステバリスなのか?やっぱり」
「トータルバランスじゃユーコミスより上だし、汎用性も高いからね」
エステバリスシリーズの最大の特徴は、なんといってもディストーションフィールドの搭載と、
フレーム換装による汎用性の向上だろう。
それまでの機動兵器は、使用環境が限定されるためにどうしても専用仕様となりコストがかかっていた。
エステバリスはそれをフレームの選択によりコストを今までより遥かに低く押さえた。
一部の専門家からは、スノーフレーク社のユーコミスの二番煎じだと評する者もいるが、
そのスノーフレーク社が詳細スペックを公表していないために真実は今だ明かされていない。
スノーフレーク社は火星最大の企業連合体、明日香インダストリーと企業提携をしており
火星軍の使用していた兵器の殆どがこの二社によるものだ。
「スノーフレークからも技術提供をしたんだし、上じゃないと困るけどな」
「ハッキングで無理矢理設計書を書き替えるのを技術提供と呼ぶならね」
「結構乗り気だったじゃないか・・・・ああ、休憩時間が残ってない。そろそろ戻らなきゃ」
ミズキの刺すような視線から、逃げるように公園を出る。
アキトの姿が見えなくなると、ミズキはポツリと呟いた。
「あんたの頼みだったからじゃない・・・・・・・・・・」
シーソーがギシッと軋んだ。
〜一週間後〜
「それじゃあサイゾウさん。お世話になりました。フサエさんもお元気で」
まだ陽が完全に沈みきらぬ夕焼けの中、アキトは雪谷食堂の前で二人と別れの挨拶をしていた。
「アキト君がいなくなると寂しくなるねえ・・・・」
フサエはハンカチで目をぬぐっている。
一年間一緒に過ごしてきたアキトは、家族のようなものだった。
「いつでも戻ってきても良いんだよ」
「ばかやろう。そういうこと言うんじゃねえ」
サイゾウはアキトの方に向き直る。
「アキト。お前が一体何を目指しているのかはしらねえ。
一年前にふっと現れて事情は聞かずに一年だけ雇ってくださいなんて言ってたんだ。
余程の覚悟があるんだろう。
それに関しちゃ俺はなにも言えねえが・・・いいか!
手前も男だ!目的を達成するまで俺の前に現れるんじゃねえぞ!
もしも現れたら、一から叩きなおしてやる!」
やれやれ、素直じゃないんだからこの人は、とフサエがあきれる。
アキトも微笑を崩さない。
「・・・一年間、ありがとうございました!」
アキトは深深と礼をする。
少しの間そうしていると、アキトは頭を上げて自転車に跨る。
愛用の調理器具が入ったリュックを背負い、自転車を漕ぎ始める。
「それじゃ」
振り向きながらアキトは短くそう言うと、まっすぐ前を見詰める。
日はとうに沈み、辺りは薄暗かった。
旅人よ、振り返ること無かれ
その思いを届けたいのなら
旅人よ、止まる事無かれ
その思いを消したくないのなら
再び旅人は道を歩み始める
その道がどんなに険しくとも
運命を変えるために
踏み出すごとに身を削られようとも
歴史を変えるために
旅人よ、汝の目指す地はいずこか?
ナデシコへ・・・・・・・・・・・・
後書き
藍染児:と、言うわけで第七話をお送りいたしました。
ミズキ:短いわね。
藍:前話と比較しちゃいかん。
ミ:それはいいとして、いつのまにか私がアキトに惚れてるんだけど。
藍:もともとそういう予定だったし。
過去に戻ってきてからなにか有ったんだろう。
ミ:だろうって・・・。
相変わらずいいかげんなんだから・・・。
藍:だって七話で書きたかったのは、はりもぐハ(自主規制)!!!だけだし。
ミ:あの番組見てたの?
藍:いやまあそれはさておき、これで劇場版アフター編は終わり。
次話よりTV編に入ります。
この話も一応TV編といえばそうなんだけどね。
ミ:普通は一話で終わらせるところを七話もかけたわけね。
無駄作者ね。無駄。無駄〜。
<作品内補足説明>
藍:え〜、ここでは私の実力不足故に説明しきれなかったものの補足をしてます。
それでもわかんねえ!って場合があっても許してください。
>火星軍
名の通り連合軍傘下の火星の軍隊。
火星防衛軍とも呼ばれている。
初めて人型機動兵器を採用したところ。そのため、人型機動兵器の操縦レベルは軒並み高い。
機動兵器の操縦を学ぶものは火星軍の奴等を超えろと耳にたこが出来るほど言われる。
というか教官が火星軍出身者の場合多し。
しかし、上部組織である連合宇宙軍との仲は悪かった。
地球や月と違い、スノーフレークと明日香インダストリーが兵器の殆どを開発していたためである。
火星軍があるのでもちろん月面軍もある。
>ユーコミス
スノーフレークが開発し、火星軍が正式採用した機体。
単独での長時間行動を可能とし、割と多様な環境に対応できるのが特徴。
フレームとまではいかないが、パーツを付けかえることによりそれを実現した。
エステバリスよりは対応できる環境は少ない。
また、ディストーションフィールドを搭載していたが、スノーフレークが
スペック公開をしていないために一般には知られていない。
トータル性能ではエステバリスに劣るが、柔軟性ではエステバリスのそれを超える。
要するに無茶しても壊れない。
ユーコミス以前に、スノーフレークが開発した機体としてオータムがあるが、こちらは
実験的に採用されたのみ。
火星のIFS所持者が多かったため、どちらもIFSによって動く。
代理人の感想
・・・・結局落すのか(笑)。
それはそれとして怪しげなメカが出てきましたね〜。ええのう、新メカは(笑)。
実は戦艦カグヤ(カグヤ・オニキリマルの艦でプロトタイプナデシコを改装した物)に搭載されていて、
ナデシコを追ってきたカグヤのユーコミスとナデシコのエステバリスが丁丁発止の機動戦・・・
なんてのを期待したい所ですなあ(笑)。