終わり無き旅
第十六話「先を目指して」
「これよりナデシコはドッグを発進!新しいパイロットさんたちが到着次第、一路火星へ向かいます!!!!」
「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」
と、いうのはつい先ほど行われたミーティングの一部であり、全てである。
サセボドックの件から鑑みるに、確かに木星蜥蜴がナデシコを狙っている可能性もなくはない。
ならば、月への被害が広がる前にさっさと火星に向かってしまおうと言うのは、まあ頷ける話だ。
しかし、一度現れた敵が目標がいなくなったからといって簡単に引き下がるはずも無く、月軌道艦隊は
放って置くのかという意見があったのだが・・・・クルーの多くが『民間人』であるが故に結局ユリカの
作戦がそのまま採用された。
このミーティングにおいて、フクベ提督、イツキやジルなど、前線を知っているもの達は一切発言しなかった。
呆れているのか信頼しているのか、その胸中を知るものは本人達以外にいない。
「危険ですね。ここの艦長は」
ナデシコの戦闘空域離脱に際して、ネルガルがスカウトした新しいパイロットを待ちつつも哨戒任務に当たる
イツキとアキト。
そしてイツキの表情はあまり芳しくなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
アキトは、いつものように表情を変えることは無く、それでも通信を開いているのはイツキの話を聞く気があるという事だろう。
「貴方の事は、この上なく気に入りませんが、少なくとも戦闘技術に関してプロであることは認めましょう。
セイヤさん・・・・でしたか。整備班の班長の方も腕は一流ですね。このエステバリスで分かります。
ディストーションフィールド発生装置を追加してもなんの違和感もありません。
てっきり艦長も能力は一流だと思っていましたが・・・・・」
「あいつは連合大学の戦略シミュレーションを首席で卒業しているそうだ」
「要は実戦を知らないお嬢様という事ですね」
アキトの言葉ににべも無く答える。
「まあ、な」
辛口の批評にも否定はしない。事実なのだから。
「一応、協力はしないと連合軍には宣言しているけどな」
「軍はナデシコが火星から帰ってくるとは考えていませんからね。それとも、ここの艦長も片道しか考えていないのですか?」
そのセリフに、アキトは苦笑する。
そんなことはないと思いつつも、ユリカが執るナデシコの方針はどう考えてもナデシコクルーの安全しか考えていない。
だから、危険なのだ。
火星までの片道切符しか手にしていないのならそれでも構わないだろう。
しかしナデシコクルーの一人としてそれを望んでいるものはいない。
皆、火星よりの帰還を無意識に信じている。
地球連合は名実ともに地球圏最大の統治機関だ。
同様に、連合軍も最大の軍事勢力である。
その軍が目の前で危機に瀕しているのを、クルーが危険に晒される、等という理由で戦闘を回避していたら
火星から帰還後、ナデシコは軍を敵に回しかねない。
ナデシコは確かにネルガルの所有物であり、私的運用権を認められているかもしれない。
クルーも大多数が民間人であり、建造の直接の目的も戦闘には無い。
しかし。
しかし、そんなことは連合軍にとっては露ほども関係なく、ナデシコという存在はただ木星蜥蜴と戦える戦艦でしかない。
戦える力があるのにそれを行使しようとはせず、あれこれと理由を付けては戦闘回避。
現状で最も有効かつ効率的な兵器を所有しているのだから、これで恨むなというほうが無理だろう。
民間人を守るのは軍人の役目というならば、ならその戦艦寄越せ、というのが関の山だ。
「まあ、何にしろ今後の艦長に期待しようじゃないか」
それはつまり、『今』の艦長への評価が及第点に達していないということで。
「ええ・・・・・・そうですね」
『前線を知る者達』の胸中は概ね似たようなものなのだろう。
遠くでは月軌道艦隊と木星蜥蜴が交戦を始めたらしく、エンジンや爆発の光が煌き、消える。
その光景は幻想的でありながら、酷く恐ろしげにも見える。
一瞬。
その一瞬の煌きで、何人の人の命が奪われているのだろう。
奇跡的に、あるいは余裕を持って零人かもしれない。
しかし、一人、二人、もしかしたら何十人単位かもしれない。
全ては推測でしかないが。
だがそんな状況も、アキト達には遠い場所での出来事であり、悲哀を抱かせるには至らなかった。
「で・・・・・・・・・何が聞きたい?」
「ホント、あなたは嫌になるくらい勘がいいですね」
心底嫌そうな顔でイツキはアキトのことを睨む。
「用もなく無駄話をするほど親しい間柄じゃないからな」
その視線に、やはりアキトは臆した様子もなくただ淡々と答える。
「あなたに聞きたいことはただひとつだけです。
あれほどの戦闘力、一体貴方は何者ですか?」
「ただのコック兼パイロット・・・・・・じゃ、引いてくれそうにもないな」
「当たり前です。ですが、今の言葉でひとつ判ったことがあります」
イツキの言葉に、アキトは意外そうな顔をしながらイツキを見る。
「・・・・・・・」
「貴方はナデシコクルーにもその戦闘能力を隠している。でなければ、今の言葉は出てきません」
「イツキさんも勘はいいみたいじゃないか?いや、観察眼か」
「イツキ」
イツキが、自分の名前だけを短く言う。
その意図に気づいたのか、内心アキトは驚きつつも、視線はレーダーを向いていた。
お喋りに従事するつもりはないようだ。
「・・・・・・・・呼び捨てにするほど、親しい間柄にしてくれたのか?」
「逆ですよ。貴方に敬称付けなど必要ありません。貴方に呼ばれるのも同じことです」
「なるほどね・・・・・。しかし、それならその口調は変えないのか?」
「これは地です」
「そうか・・・・まあもっとも、そのうちイツキを役職で呼ばなくちゃならないだろうけどな」
アキトがどういう意味で言ったのか、イツキはすぐに思い当たる。
「・・・・私が隊長に?」
「経験の豊富さで言ったら、これから来る三人よりも上だろう?隊長にはやはりそういう人物が就くべきだ」
平然とアキトは言い放つ。
その態度にイツキはまたしても嫌悪感を覚えた。
「ふふっ・・・・・貴方は本当に嫌な人ですね。私が貴方よりも経験が豊富、ですか」
「シミュレーションの結果からみてもそうだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
アキトのその言葉にではなく、アキトの一連の行動に納得した。
イツキは、ようやくアキトに意図に気づき始めたのだ。
あのシミュレーションで、アキトに対して憎悪を抱かせ生きる目的を持たせる。
確かにそれもあったかもしれない。
だが、それならば完膚なきまで叩き潰しても同じことだ。
(事情は知りませんが・・・・テンカワは実力を隠しておきたいようですね・・・。
だからシミュレーションでわざと私に負けた、と。
結果だけ見れば、私の勝利ですから・・・・・・・・。
性格が悪いだけじゃなく頭も回りますか・・・・・・この男は。
艦長とは逆の意味で危険ですね・・・・・・)
「それで、結局貴方の正体は話してくれないのですか」
アキトの意図に気づいた、気づいたがそれを話そうとはしない。
それもこれも、アキトの正体を知らなければ意味のないことなのだから。
「いずれ、分かる」
そう言って、アキトはとんとんと耳を軽く叩き、手を軽く握る。
それを見ると、イツキは黙って通信を閉じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・くっ・・・・・くくくくく・・・・・・・あっははははははは!!!!!」
突如、イツキは笑い出す。
右手で眼前を押さえ、体を震わせてとにかく笑っていた。
どこか自虐的にも聞こえるその笑いは、ふと唐突に止まる。
「はは・・・・・・・・は・・・・・・・・・」
くの字に曲げていた体を起こし、そのままシートに体を預ける。
放心したように宇宙を見つめ、目を閉じる。
(盗聴されている・・・・・・か。あれを知っているということは、軍、もしくはネルガルの敵対企業の諜報部ってところですね。
ま、そんなことは本当はどうでもいいんですけど・・・・・・)
再び目を開け、瞳に映る光景は先ほどと変わらず、だが意識は別の場所を脳裏に映し続ける。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・テンカワ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
貴方なら、貴方なら私のこの飢えを癒してくれますか・・・・・・・・・?)
「この・・・・・・・・・・・・行き場のなくなった復讐心を・・・・・・・・・・」
そして、イツキは再び繰り返す。
自虐的で、悲しげな笑いを。
(誰もアキトさんの強い理由なんて気付くはずないですよね・・・)
アキトとイツキの会話を盗聴していたのは、無論のことルリだった。
未来でのアキト追跡劇の影響が尾を引いて、さらに増幅されているのか、少々のタブーはなんとも
思わなくなってきているらしい。
「う〜ん・・・・新しいパイロットさん達まだかなぁ・・・・・・」
上段では、ユリカが顔を横にしてコンソールに突っ伏している。
相当暇なようだ。
「あっ、そうだ。ルリちゃん、アキトに通信つなげて♪」
「駄目です。今は仮にも作戦行動中ですよ」
自分のしていたことはおくびにも出さずルリはユリカの要求を却下する。
「む〜、じゃあ艦長として命令します!火急かつ重大な用件があるのでパイロットのアキトに
通信をつなげなさ〜い!」
いきなり職権を振りかざすユリカに、ブリッジクルー一同はため息をつく。
ユリカの目的がアキトとの単なる無駄話であることぐらい、付き合いが長いジュンどころか
メグミやミナトにだってばればれである。
「じゃあその火急かつ重大な用件を二百文字以内に簡潔に述べてください」
「うっ・・・・・き、機密事項です!」
「便利な言葉知ってますね艦長。じゃ、その機密事項をみんながいるここで話されるんですか?」
「あ、あうぅ〜・・・・・・・・」
ユリカ撃沈。
再びコンソールに突っ伏してしまう。
艦長としての威厳はどこへやら。
「五時方向より機動兵器接近。信号確認・・・・・新しいパイロットさんたちのようですね」
ユリカ撃沈から、約五分ほど経過した時、ナデシコのレーダーは新たな機影をキャッチした。
すかさずルリは報告する・・・・・のだが。
「すぅ〜・・・・・・・・・ふえ?」
当のユリカは寝ていた。
プロスもまさか寝ているとは思わなかったようで、手元にある宇宙算盤で何やら引き算をし始めたのは
気のせいではないだろう。それが某艦長の給与に関係しているであろうことも。
「ですから艦長。新しいパイロットさん達が到着しました」
「え・・・・・ええ!?あっ、私、ナデシコ艦長のミスマルユリカです!本日はお日柄もよく・・・・・ってあれ?」
一同は先程よりさらに深いため息をつく。
暇だとはいえ、ブリッジで眠ってしまうものだろうか?
「艦長、涎出てますよ」
「んげっ!ふきふきっと・・・・・・さっ!ルリちゃん!パイロットさんたちに繋いで!!!」
取り繕うようにポーズを決めるユリカ。時既に遅しという事に気づいてはいないようだ。
「・・・・・了解」
「はじめまして。私はナデシコ艦長ミスマルユリカです」
『へえ〜あんたが艦長か。俺はスバルリョーコ。で、こっちが』
『アマノヒカルで〜〜す!よろしくね!』
『マキイズミよ。よろしく・・・・』
「ところで、三人はシャトルでの合流じゃなかったんですか?」
ユリカは、三人がエステバリスに乗っているのを不思議に思った。
本来なら、三人プラスその他諸々はシャトルで運ばれてくるはずだったのだ。
『そ〜なんだよ!聞いてくれよ、シャトルの操縦者が戦闘が始まったから自分たちで行ってくれって言うんだぜ!?
まったくテメエも金貰って働いてるんだったら根性見せてみろってんだよなあ。なあ、艦長もそう思うだろ!?』
「へ?わ、私ですか・・・・いや、その・・・」
ユリカに根性を見せるだの云々の感情を理解しろというのは無理な話で、返答に詰まっていると
幸いにもヒカルが助け舟を出してくれた。意図してのことかはわからないが。
『ま〜ま〜リョーコ。もうその愚痴はいいからさあ。それよりもさ、私たちはこれからどうすればいいの?
ツールボックスとか予備のゼロG戦フレームとか一杯お荷物しょってるんだけど?』
どうやらナデシコにくるまでに同じ愚痴を散々聞かされたようだ。
「ああえっと・・・・・とりあえずナデシコに着艦してください。話はそれからということで・・・」
『うん。わかった。ほらリョーコ。行くよ〜』
『大体その髭にそのサングラスは似合わねえって・・・・・ん?何だ、ヒカル』
『聞いてなかったの?ナデシコに着艦しろだってさ』
『ああ、了解っと』
リョーコ達が到着したことでひとまずの任務を終えたイツキとアキトもナデシコに帰艦し
メインクルーが格納庫に集まることとなった。
戦闘の監視はほったらかしかというと
「うう・・・・・結局こうなるのか・・・・・・でもこれもユリカのため・・・・・・なのかなあ?」
ばっちり副艦長がこなしているので問題はない。
「じゃ、改めましてアマノヒカル、十八で〜す!好きな物はピザの端の固くなった部分と両口屋の千なり。
あっ、あと山本屋の味噌煮込みかな。タマゴボーロも好きだったんだけど、前に食べすぎちゃって・・・・。
とにかくみんなよろしくね〜♪」
そう言ってヒカルは、肩に掛かっているチューブを吹く。
すると、頭に付けているカチェーシャについた紙筒が膨らみ、同時に笛の音もした。
どうやらそういうおもちゃらしい。祭りの夜店とかで売っていそうだ。
「「「「「おおお〜〜〜〜!!!!」」」」」
整備班の男たちは女に飢えているのか過剰に反応し、うなり声を上げる。
整備班唯一の女性であり、アイドルでもあるミズキがいるのにここまで過剰に反応してしまうのは
やはり漢の悲しい性なのだろうか・・・。
「ハイ次リョーコ〜」
「俺もすんのかよ?ったく面倒くせえなあ。スバルリョーコ。ヒカルと同じ十八歳。好きな物はおにぎり。
嫌いな物は鶏の皮ぁ。これでいいのか?」
「「「「「おおお〜〜〜〜!!!!」」」」」
面倒くさそうにしながらもしっかり自己紹介はするあたり、それほど非常識ではないようだ。
「うんうん上出来。じゃあ、マキ」
「あう・・・・何か仕切られてる・・・・私艦長さんなのに・・・」
ユリカのつぶやきは誰も聞いちゃいなかった。
「マキイズミ、二人と同じく十八歳。好きな物はおはぎにいなり寿司・・・・いなり・・・いな」
「あーーーーーーーーーー!!!!はいはいはい、だじゃれはいい!こいつはだじゃれ好きでね。
聞いてもつまんないだけだから気にしなくていい」
「酷いわリョーコ・・・・」
イズミの非難にもリョーコは耳を貸すことなく、今度はナデシコクルーに紹介を促す。
「私はナデシコ艦長の」
「あああんたはいいよ。皆知ってるだろうし。えっと、そこのパイロット、あんたから左に」
リョーコはイツキの方を向いて指名する。
指名されたイツキは、無表情のまま自己紹介を始める。
「・・・・カザマイツキ。パイロットです」
「・・・・・・って、それだけかよ。まあいいや。じゃ今度はお前」
「コック兼パイロットのテンカワアキトだ。好きな食べ物は・・・・・・・特にない。嫌いな物はインスタント食品全般」
「へえ〜、お前が」
言うリョーコの顔はあまり嬉しそうではない。
これから同僚として、戦場で命を預ける相手が二人そろって無愛想では仕方が無い。
尤も、アキトのほうは単に表情を出す理由が無いだけなのだが。
料理をしている時に、客が美味しいと言ってくれれば嬉しいし、ホウメイやホウメイガールズにも少ない頻度ではあるものの
笑いかけることもある。
朝一番にその笑顔を見られればその日一日ハッピーデイというのは、その希少さを物語っているのだろうか?
この後も自己紹介は続き、そして終わる。
パイロット同士のファーストコンタクトがどうであれ、無事予定していたクルーが揃い
ナデシコはその進路を火星へと向けようとしていた。
ちなみに、月軌道艦隊はその圧倒的な戦力と巧妙な作戦によって木星蜥蜴を退けたそうだ。
ユリカの選択は果たして正しかったのか間違っていたのか・・・・・・・・・・。
後書き
は〜い皆さんこんにちわ。知人よりもう少し真面目に後書きを書けと忠告もとい指令を出された藍染児です。
てなわけでミズキは退場です。ここでの出番がなくなると更に影が薄くなりますが・・・ま、それは捨て置いて。
イツキの過去に一体何があったのか?一応この伏線は先延ばしせずに火星でかたが付く予定です。
ユリカは・・・一体いつになったら活躍できるんでしょう?良いとこ無いですね。
脇役勢は揃ってハッピーエンドになることが予定されてるんですが素晴らしき運命の出会いまで
苦難の道のりを超えてもらわねばなりませぬ。いや、予定ですよ、予定。決定じゃありません。
さ〜って来週のサザ・・・じゃなかった終わり無き旅第十七話は『タチバナミズキの秘密』他零本。
遂に彼女の過去が明かされる・・・・・・・。
代理人の感想
「後書きの書き方」なんて別に法律で決まってるわけじゃないんですから良いんじゃないかとも思いますが、
一方で友人の忠告と言うのもまた得がたい物でありまして、ああ、二律相反。
まぁ、人生なんてそんなもんです(意味不明)。
>ミズキ
セリフすらなし(爆)。