「グッラビティブラストォ、発射〜♪」
妙にノリのいいユリカの掛け声で、ナデシコは火星に向けてグラビティブラストを放つ。
別にユリカが惑星破壊衝動に駆られたとか言うわけではなく、火星に駐留している木星蜥蜴を一掃するため
事前に攻撃を仕掛けたのだ。
やられる前にやれ、の基本理念である。
しかし、詰めが甘いのはやはりユリカだった。
「重力制御忘れているぞユリカ…………」
「は、放しなさいテンカワっ！」
「放してもいいが、そうすると真下に落ちるぞ？」
「うっ……」
「いやあ班長、随分見晴らしがよくなっちゃって」
「あああ〜！！！ぐっちゃぐちゃじゃねえか！片付けるのに一体何日かかるんだ……」
「ほ、包丁！包丁が〜！！！」
「サユリ！頑張って！じゃないと私たちが危険よ！」
「あイタっ！お、お玉が……」
「もがふがあぁ！」
「ジュンコ〜大丈夫？お鍋頭から被って」
「こりゃ調味料のいくつかは駄目になってるだろうねえ」
とか各所に多大な迷惑を与えたユリカは密かに会計によって減棒されてたり。
終わり無き旅
第二十一話「真実は未だ虚構の中、されども疑う心を知らず」
「というわけで、これよりヒナギクでオリンポス山に向かいます」
メインクルーをブリッジに集め、皆の緊張が一点に達したところでプロスは漸くその口を開いた。
前振りも何もないのに何が“というわけで”なのかは誰にも分からなかったが、いつものプロスの演出だろうと思って
誰もそれについては突っ込まなかった。
最近艦長としての威厳を取り戻すことに躍起になっているユリカは、ジュンがプロスに質問を投げかけようとした一瞬
の隙を付いて水月に残像すら残らぬ貫手を放つ。
そしてさも私何も知りませんといった顔をしてジュンが言おうとしていたであろうその言葉を口にする。
「何故そこなんですか？」
床でのたうち回っているジュンについては誰も触れようとはしなかった、というかしたくなかった。
「そこにはネルガルの研究所がありまして。研究所は核シェルターとしての役割も持っていますから
最も生存確率が高いのです」
「あの……」
「はい、何ですか？イツキさん」
「個人行動しても構いませんか？私の…故郷、ユートピアコロニーを見ておきたいんです。
あと、エステバリスの個人使用許可も」
「はあ…パイロットはいてくれないと困るのですが……それに、あそこはもう“何も”残っていませんよ？」
「それでも……見ておきたいんです」
頑として引かないイツキに、さすがのプロスも戸惑いの表情を見せる。
いつ敵に襲われるか分からない状況で、パイロットをナデシコから遠ざけるというのは得策ではない。
「行ってきたまえ」
「フクベ提督…！？いやしかしですねえ」
「プロス君…確か私には指揮権があったはずだね？もっとも、お飾りだが」
お飾り、という部分で自嘲しながらも、その言葉は事実だ。
建前ではあっても、一応の指揮官の許可を理由もなしに却下はできない。
「ハア……分かりました。許可しましょう」
「…………それから、君もだ」
フクベ提督は、アキトの方を向きながらそう言った。
「は…俺ですか？」
「君の故郷もユートピアコロニーだろう？ムネタケ君から聞いているよ」
「…有難うございます」
内心複雑な思いだったが、あえてここで否定することも無いのでアキトは素直に受けた。
「わ、私も私も！私も故郷見たいです！」
「艦長が不在でどうするんですか！さすがにそれは許可できません」
「うぅ〜……プロスさんのケチ」
「ケチで結構。それではヒナギクで降下するメンバーを発表します」
「アキト」
イツキがエステバリスに乗り込み、自分も次いでそうしようとした時。
背後から声をかけられた。
「なんだ、ミズキ？」
「さっきのね、ミーティング。盗み聞きしてたんだけど、一茶番あったみたいね？」
茶番―――ユリカのことだろうか？
差し当たって思い当たる節がアキトにはなかった。
クイ、と視線をアキトの隣のエステバリスに向ける。
「ミーティングが始まる前にイツキちゃんはプロスペクターを尋ねてた。
多分、さっきと同じ件で。だとしたら何故繰り返す必要があったか。
一応気をつけてね」
「一応、な」
「ナデシコに乗っているプロスペクターはどこか甘い。
環境が違うせいか、それとも意図的なものか知らないけど。
ただ、それでもあいつは”プロ・スペクター”の名を継ぐものだからね、油断はできない」
「分かった」
アキトの返事にミズキは怪訝なものを感じる。
何か、気掛かりな事があるときの声だ。
他人では分からないだろう、けれど、ミズキには分かる。
「何がそんなに心配？」
「大した事じゃない」
「…………そ」
「驚きました。まさかテンカワの故郷もユートピアコロニーだったなんて」
『……ああ』
イツキの問いに、アキトは軽く頷いた。
『で、何が聞きたいんだ？』
「雑談するのに何か理由が必要ですか？」
『まあ……な』
二人は、それぞれのエステバリスを陸戦用フレームに換装してナデシコを発った。
ミズキとの会話の後、メグミがアキトのエステに乗り込もうとしたのを、ミズキがスパナで殴って気絶させたりとか
そんなことがあったが、まあ瑣末事だろう。
イツキは懐かしい火星の空気に触れたいのか、アサルトピットのハッチをオープンにしたまま走行するという
荒業をしてみせていた。
“以前”アキトもしたことだが、常識的に考えればハッチをオープンにしたままなのは危険が伴う。
相応の訓練を受けたものなら、まず開けたりはしない。
「変わりませんね……。あんな戦争があったというのに。何も………何も変わっていない」
『変わったさ。この火星にもう街は無い』
コロニーは、おそらくその全てがもう人の住めるような状況ではないだろう。
「変わってません。火星の匂いとでも言えばいいのでしょうか……昔も今も、懐かしいあの匂いです」
『……』
今度はアキトは答えなかった。
だが、気分が昂っているのかイツキは特に気を悪くしたという様子でもない。
それどころか、軽く笑みを浮かべている。
以前ならアキトが近くにいるときには絶対にしなかったであろう。
その表情が突然凍りつき、次第に翳っていったのは、アキトとイツキの故郷ユートピアコロニーが
見えたときとほぼ同時であった。
二人は、ユートピアコロニーが見渡せる位置でエステバリスを止める。
バシュウウウウウゥゥゥゥゥ
巻き起こっていた土煙が収まるのを見計らい、イツキはエステから降りる。
どこか強張った表情のまま、イツキは元ユートピアコロニーとでも言うべき廃墟をじっと見つめる。
しばらくそうしていたが、イツキはアキトが一向にエステから降りてこないことに気付き、灰色のエステに向かって叫んだ。
「テンカワッ！降りないんですか！？」
「………ああ、今降りる」
すたっ、と軽い着地音を立ててアキトはアサルトピットから直接飛び降りた。
幾ら鍛えているとはいえ、結構な高さだ。下手したら怪我しかねない。
自分がしていた無茶は棚に上げつつ、イツキはアキトの行動にため息をつく。
「怪我でもしたらどうするんです？」
「…………」
「ま、テンカワの体のことですから私は気にしませんけど。ただ、あなたもパイロットである以上それなりの
自覚は持ってくださいね。戦闘に出られなくなって一番困るのは私たちなんですから」
「ああ………………気を付ける」
無感情なその答え方にイツキは少し頭にくるが、故郷の目の前ということで怒りを納めた。
それは、唐突に。
「恋人がいました」
沈黙を続けていた二人。
その沈黙を先に破ったのは、イツキだった。
ただ、アキトは何も言わない。
「火星会戦で、このユートピアコロニーで死んだんです」
空はナノマシンの虹模様を写しつつ、晴れ渡った火星日和だった。
気温は高くも低くも無い。
湿度が低いのは火星の元よりの特徴だ。
そして、アキトは何も言わない。
「あの時、あの人が死んだ時、あの戦争の中で私は復讐を誓いました」
抑揚の無かった声に、力が篭る。
視線は相変わらずユートピアコロニーを見つめ続けていた。
……廃墟に成り果てた、コロニーを。
アキトは、何も言わない。
「喧嘩……したくせに、ね？あの人があの場所にいたのは、私の所為なのに、私は自分の責任を復讐へと転嫁することで
私は……私は」
嘲笑交じりの声。
イツキは握り締めていた拳を解き放ち、それをそのままコロニーへと伸ばす。
まるで、懐かしい日々を求めるかのように、赤子のように。
その伸ばした手を、視線の位置に被さるように動かし、そしてふっと力を抜いた。
アキトは、横目でイツキの表情を窺う。
そこには、いつもの無感情な彼女の表情はなく、ただ、何かが吹っ切れたような笑みをこぼすイツキがいた。
「ありがとう」
イツキはアキトに向き直る。
それとほぼ同時にアキトは視線をコロニーへと戻した。
まるで、イツキの笑顔から逃れるかのように。
「あの日から一年間。私は叶うことの無い復讐に身を焦がしながらがむしゃらに戦ってきた。
よく分からなかったんですよ、自分が一体何を求めているのか。
全てが空虚に感じました。だから、無謀な戦闘をこなしてこれたのかもしれません。
そして私は生まれたプライドを自分の求めたものとして錯覚した。
死ぬことも生きることもどうでもよくなっていた私の空白を埋めてくれるような気がしたから。
あの人が死んでからのこの一年は、なんか、もう、よく分かんない内に過ぎ去ってました。
でも、ナデシコに乗ってからの二ヵ月半は、違います。
あなたは私に憎しみという糧をくれた。私に生きる目的を与えてくれた。
テンカワの目的が何なのか、それが何であれ、私は…………」
「俺は、そんな大層な人間じゃない」
漸く口にした科白は、アキトにしては珍しく、呻く様にくぐもった聞き取りにくい声だった。
その僅かな呟きに、イツキは一旦言葉を止める。
イツキは聞こえたのか聞こえないのか、ユートピアコロニーへと数歩足を進め、空を仰いだ。
「もう、満足です。敵は木星蜥蜴、正体不明のエイリアン。
木星から送られてくる未知の技術を使用した無人兵器と、私はこれから戦っていく。
終わるかどうかも怪しい戦いです。私たちは、あまりに敵を知らなさ過ぎる。
でも私は戦う。見つかるかどうか分からないけれど、この戦争の中であなたに与えられたものに代わる何かを
見つけられそうな気がするから」
それは故郷を前にした新たな決意だったのだろう。
おそらく、イツキが約一月もの間入り浸っていた医務室で出した結論。
何がイツキをそこまで変えたのか、アキトには分からない。
誰かが助言したのか、それとも、何かを知ったのか。
ただ、この時完全に―――――アキトの目論見は完全に失敗していたということを、イツキは知らなかった。
それをどうにかしようとアキトが思う前に会話を終わらせたのは、二人に近づく人の気配だった。
「お前達、どこから来た」
野太い男の声だった。
少なくとも、この火星においてナデシコクルー以外の人間は一種類しか存在していない。
「火星の生き残り……………本当にいたんですか」
軽い驚き。
火星会戦の激しさを知る彼女にとって、生き残りがいるというのは正直眉唾物だと考えていたからだ。
「ナデシコ。ネルガル所属の機動戦艦ナデシコ。……俺たちは、地球から来た」
それが先程の問いに対する答えだということに気付いたのは、男が薄汚れた軍用のサブマシンガンを構えた後だった。
「帰れ」
何よりも簡潔な言葉。
それが唯一であり絶対の、意思表示であったのだろう。
「生き残りはあなただけではないでしょう？ひとまず、全員と会わせてくれませんか」
着いて来い、とは言わなかった。
けれど男はアキトとイツキを一瞥した後、一定の方向へ歩き出した。
そしてその後にアキトとイツキは続く。
意外にもシェルターへの入り口は、先程二人が話していた位置からすぐの場所だった。
砂と土によって見事にカムフラージュされたその入り口は、知らぬ者ではまず見つけることはできないだろう。
「都市計画もよく分かりませんね。何でこんなところに入り口を作るんですか？」
シェルターは基本的にコロニー管理政府の預かりとなる。
あらゆる災害に耐えるためのシェルターは管理政府の打ち出す都市計画に沿って建造されるのだ。
「さあな、俺も知らんよ」
振り返りもせずに答えた男は、分厚い隔壁を開放して中に進んでいった。
ここで待っていろ、という男の言葉に従い、二人は二十メートル四方の大きい部屋に無造作に置かれていたイスに
適当に腰をかける。背凭れも無い、ただの丸イスだった。
体重をかけると金属が擦れ合うような耳障りな音が響く。
全く手入れがされていないということだろう。
「……どうするんですか。ここにどれだけの人数がいるかは分かりませんが、おそらく素直にナデシコに乗る人なんて
いやしませんよ」
「それは仕方が無い。あの日の連合軍を知るものならば、不信感があったって不思議じゃない」
「テンカワも、あの時火星にいたんですか……？」
確かめるように、静かに問いかける。
だがそこに以前のような憎しみやそれに類する感情は受け取れない。
本当に吹っ切れたということか。
「まあ………な」
歯切れの悪い返事だったが、それを疑問に思う前に男が消えた扉から今度は別の人物が現れた。
先程地上での男の時といい、まるで計ったかのように会話を途切れさせるタイミングで乱入してくるのはなぜだろうか。
おそらく、女だろう。
全身を煤けた茶色のローブで包み、バイザーで目元を隠していたが、少し乱雑に編んだ金髪や白い肌、華奢な肩幅は
女性特有の雰囲気を有していた。これで男というなら、詐欺だ。
「はじめまして、地球からの来訪者。客人にはお持て成しをしなければならないのだろうけど、生憎私たちにそんな
余裕はないわ」
それは遠まわしに自分達の現在の状況を伝えるものだった。
既に地球から見放された火星。
幾ら生産プラントがあるとはいえ、その全てが満足に動くわけでもないだろう。
「はじめまして。私はナデシコパイロット、カザマイツキです。こっちは同じくパイロットのテンカワアキト」
「よろしく」
イツキが一通り自己紹介をしたため、アキトもそれにあわせた。
テンカワ、という部分に目の前の女性が反応するのに気付きながらも。
（……よく昔のこと覚えているな）
当然テンカワ夫妻が殺された以前に出会っているのであろうから、それは遡る事十年以上前ということになる。
「そう……あなた達ナデシコで来たの」
どこか嘲る様な含みを持った声だった。
「ナデシコのことを知っているのですか？」
「知っているも何も、私はナデシコの設計者よ。紹介が遅れたわね、私はイネス・フレサンジュ。
このコロニーのシェルターに集まった人たちの、リーダーの真似事をやっているわ。
まあ、無駄話もなんだし単刀直入に言わせて貰うなら、私たちはあなた達についていくことはできない」
バイザーを取ってそう言ったイネスは、先の男と同様の返事を寄越した。
その返事は予想済みだったものの、そこまで頭ごなしに拒否されるのも気持ちがいいものではなかった。
「あなた方が地球に対して良い感情を持っていないことは分かります。
けれど、あなた達全員が全員火星が故郷というわけでもないでしょう？帰りたいとは、思わないのですか」
「確かに良い感情は持ってないし今の火星の生活環境はお世辞にもいいとはいえないわ。
もっとまともな生活がしたいとも思っている。けれど、それでもあなた達についていかないのは、帰れる保証が無いからよ」
「ナデシコ設計者の貴女らしくない発言ですね。信用していないんですか」
「信用とこれとは別問題よ。ただ単にナデシコじゃ火星から抜け出すのは不可能だといっているの、お嬢さん」
「不可能？スペックの問題ですか？クルーの問題ですか？木星蜥蜴の駐留部隊の問題ですか？
いずれにしろ、貴女には乗ってもらわないと困るんですよ。“Ｄｒ”イネス・フレサンジュ」
意図的なものか、イツキは博士号付けで彼女をそう呼んだ。
その言葉にイネスは敏感に反応した。
「…………そういうこと。本社の連中、私がいなくなったからってプロジェクトが頓挫でもしたのかしら」
「さあ、私はプロスペクターに貴女は絶対に連れてくるよう言われていただけですし」
（……なるほど、俺は信用されていないというわけか）
プロスがイツキだけに頼んだというのは、そういうことだろう。
彼がアキトの正体に気付いているというのなら、致し方ないことではあるが。
（そうなると、イツキは俺のお目付け役といったところか？俺一人だったら、故郷を見に行きたいといっても
許可しなかっただろうな。ま、どうでもいいことだが）
「ふう………しょうがないわね、私がこのシェルターの代表としてプロスさんに会うとしましょうか。
もちろんナデシコに乗る気は無いけど、これならあなたも満足でしょう」
「いいでしょう」
「では、ナデシコに乗る気はないと？」
彼女の、そしてシェルター全員の意思表示が終わると、プロスはそう返した。
「なんでだよ！？やっと火星から脱出できるんだぜ、嬉しくないのかよ！」
そう叫んだのはヤマダだった。
ところで、腰に昔懐かし懐中電灯を下げているのは何故だろう。
「あなた人の話を聞いていなかったの？言ったでしょう。地球までたどり着くことのできない船に乗る気はさらさら無い」
そのナデシコに対し否定的な言動に、ゴートは衝動的に問う。
「しかしドクター、事実として我々は火星に来る事ができた」
「楽だったでしょう？私がそう設計したんだから」
一人が始めたら、後は連鎖的に周囲が問いかけた。
「設計者だからってなんでもかんでも分かるって言うんですか？」
「グラビティブラスト、ディストーションフィールド？大体ね、こんなの木星蜥蜴は初めっから持っていたのよ？
それを相手に昨日今日それを手にしたような私たちが勝てるはず無いでしょう？」
「あなたは我々が今までどんな戦いをしてきたのか知らないからっ」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうわよ。あなた達は木星蜥蜴のことをどれだけ知っていると言うの」
イネスはクルーの問いを持ち前の論理的思考を持って撃破する。
追撃がこないことを確認すると、今度はイネスから質問してきた。
「そうそう、一つ聞きたいことがあったのよね。プロスさん、一体木星蜥蜴はどこまで侵攻しているの？
こんな戦艦一隻がここまで来れるくらいだから、地球まで行ってはいないんだろうけど」
「現在連合軍は月軌道上を第一次防衛ラインとして木星蜥蜴に対抗しています。勢力は、五分五分といったところですか」
「……そんなことだろうと思ったわ。火星軍の奮闘が無かったら今頃は月も落されていたでしょうね」
「へえ〜火星軍ってそんなに強かったんですか〜」
そう言ったのは、ナデシコ艦長のユリカだった。
そのユリカに、イネスは軽く目を見開いて驚いてます、といった表情をする。
「あなた、もしかして何も知らないの？」
「へ？知らないって、何をですか」
イネスが何のことを言っているか分からないユリカは、ただ素直にそう聞き返した。
それがイネスにとって更に意外だったのだが。
「てっきり火星軍については知っているものだとばかり……でも、そうするとますますあなた達とは一緒に行けないわ」
一瞬視線がアキトを向いたのは気のせいだったのだろうか。
「だから、どういうことなんですか？」
「ふう……」
「いい。グラビティブラスト、ディストーションフィールド。これらはね、当時の火星軍が既に持っていたもの。
そして、これらの兵器を所有しているたにもかかわらず、火星軍は木星蜥蜴に全滅寸前まで追い込まれ、最後には
撤退せざるを得なかった。ねえ、そうでしょう？」
一旦言葉を区切り、そしてユリカから視線をずらす。
「火星軍ユーコミス第一大隊、フライトナーズ隊長――――テンカワアキト君？」
「何ぃ！？」
誰よりも驚いたのは、リョーコだった。
ヒカルとマキも信じられないといった表情をしている。
「マジか！？本当なのか！？テンカワが、あ、あの、フライトナーズの隊長！？」
「え、知ってるの、リョーコちゃん？」
「知ってるも何も、俺たちにエステバリスの操縦を教えてくれた教官も、名のあるエステバリスライダーも、
凄腕のやつらは揃いも揃って火星軍出身、そしてその火星軍中最強といわれていたのがフライトナーズなんだよ！」
「「「「「「えええーーーーーーーーーー！！？」」」」」
ブリッジに絶叫が響き渡る。
ユリカも
「アキトって凄かったんだ〜、うんうん、やっぱり私の王子様だね！」
「………た、なん……か」
メグミも
「アキトさんが強いのは当然ですよね！」
「は…………と……ね？」
ルリも
「アキトさん……もしかして、ナデシコに乗る遥か以前に逆行していたのですか……」
「あな…………が……」
プロスも
「やれやれ、ドクターに先を越されましたか。まあいいでしょう。これで言い逃れはできません。
テンカワさんの目的を知ることができる」
「ユート………おと……」
誰も誰も気付かなかった。
騒然となっていたブリッジの中で、ただ一人だけ俯き、ただ一人拳を有らん限りの力で握り締め、ただ一人肩を震わせていた人物を。
分かっていたのに。理解していたはずなのに。誰の所為でもないのに。それでも、溢れ出る感情が押さえつけられない。
口から漏れる音は言葉にはならず、歯が上手く噛み合わない。
誰も誰も気付かなかった。
唯一、ずっとそっちを向いていたアキト以外は。
そして、それは遂に限界を超え、一気に溢れ出た。
「テンカワァ！あなたなんですか！！！ユートピアコロニーにチューリップを落したのは！！！」
後書き
藍染児：ははは、あーはっはっはっはっはっは！まさかあのまま終わるとでも思ったのかねミズキ君！？
私があんな生温〜い少女漫画の前編二十三ページ辺りな展開で終わらすなど、断じて、決して、いやたぶんあり得ない！？
ミズキ：なんで疑問系なのよ。
藍：げほっ、げほ…叫びすぎた、気管支に…逆流物がぁ…。んんっ、疑問系？おっ、よく見てみりゃあそうだね。
あれだよ、言い逃れするための下準備。あ〜喉が痛い。
ミ：その腐りきって発酵した後もう一回腐ったような根性は一生直りそうにないみたいだけど、イツキちゃんの話はいつまで
続くの？それにもう二十話を過ぎたっていうのに、まだ火星。遅すぎると思ったりはしないの？
藍：俺が遅い！？俺がスロウリィー！？くそう、言い返せないぃ。しくしく。
ミ：ああもう。大体今回の話は分かり難いわよ？
藍：あ、やっぱり？私もねぇ、今回の話は失敗だと思ってるよ。イツキの心情が分かりにくくてね〜。
まあ次話でどうにか辻褄合わせるからさ。
ミ：ややこしい事は後回し？後で絶対に躓くわよ。
藍：……次回を待て。
ミ：……………。
代理人の感想
ああ、よくわかる、よくわかるなぁ、その気持ち。（くすん）
尤もわかったからと言ってどうしようもないんですが（核爆）。
それはともかく遂に衝撃の事実発覚。
何故火星軍がDFやGBを持っていたのか。
どうしてそれが地球に伝わらなかったのか。
そして、何ゆえアキトはコロニーを落とした（微妙に違う）のか。
待て次号！