時の流れに after story

 

『ダブル』とは関係ありません。

 

「前部格納庫は都合で使えません。後部格納庫に回って下さい」

音声のみの通信だ。確かこの声、アキトのところのホシノ=ルリとかいったな。

前部ハッチは開いていない。一瞬破壊しようかとも考えたが、この艦は敵じゃない、これからは俺もこの艦の所属になる。

俺は後部ハッチに向かった。

格納庫には枝織が待っていた。

「北ちゃん、アー君が暴走状態なの」

「またかよ、戦闘は明鏡止水って言ったのはあいつだぞ?」

「どうする?北ちゃん」

「2人で北辰を撃退。その後、アキトを正気に戻すぞ」

枝織と連れだって後部格納庫を出て前部格納庫に向かう。

一応気配を消して格納庫に入ろうとしたが、その入り口で止められた。

「よお、北斗殿、貴方ほどの武人なら心配ないと思うが今の格納庫は文字通りの修羅場だ。気をつけるように」

「言われずとも分かっている。それに、あの状態になってしまったアキトを元に戻せるのは俺だけだろう?」

「まあ、それもそうだな。俺はここで奴が艦内に進入するのを防ぐぜ」

「任せたぞ、ナオ殿。行くぞ枝織!」

「ま、待った北斗殿。何故?」

「その説明は奴を撃退したら、飛厘から聞けるだろう。今は時間がない」

俺達が格納庫に入ろうとしたときだった。

 

「来るな!此奴は君達の知っている北辰じゃあない!!」

俺はそう確信した。

「貴様!いったい何者だ?テンカワ=アキトにこのような力はないはず」

「人にして人の道を踏み外した貴様が躊躇するのか?」

「き、貴様まさか!?」

「北辰、貴様どうやって生き残った?あの時確かにコクピットを潰したはずだが?」

「そんなこと、これから死んでいく貴様に言う必要は……無い」

北辰が襲いかかってきた。がまるでスローモーションのように見える。

北斗に比べたら1/10くらいのスピードしかない。

「北辰!それが貴様の全開か?」

北辰は答えないまま、襲いかかってきた。

「遅い!」

俺は北辰の背後に回り込んで、3割の蹴りを見舞う。

しかし、俺の蹴りは奴の急所を捕らえたらしく、吹き飛んだまま起きあがろうとしない。

が奴の気配はそのままだ。おそらく、誰かが近づいたところで飛び起きるつもりなのだろう。

「ルリちゃん、そっちはどうだい?」

「はい、こちらは終わりましたよ」

「ところで、ルリちゃんの後ろに見えるぼろ布の固まりは?」

「ああ、あれですか?北辰の部下5人のなれの果てです」

「死んでないよね?」

テンカワ流、北斗流の両派とも殺人は最大の禁じ手である。

「殺してはありませんよ。ただ、息をするだけですけど」

「まあ、いいか。他に侵入者もなさそうだからルリちゃん、ユリカとジュンと一緒にそのぼろ布持って格納庫にきてくれないかな?」

「分かりました。ところで」

話が北辰の方向に向きそうになったので、俺は人差し指を立てて口に当て、喋らないように指示してから、コミュニケを閉じた。

「さてと、優華部隊のみんな、シャトルから降りても大丈夫だよ。ただ、格納庫の端に転がってる北辰に注意して」

出てきた出てきた、優華部隊の面々。と、最後に、

「ユ、ユキナ?!」

格納庫に入ってきたジュンが踵を返して逃げ出した。それを追いかけるユキナちゃん。

そう言えば、さっきまでいたナオさんもいなくなってるな。と、百華ちゃんが駆けだしていく。

「百華ちゃん!ナオさんなら多分自室のミリアさんの下にいるはずだよ」

「テ、テンカワさん、それってまさか?」

「いや、まだ艦内時間は午前中だし…ってそうじゃなくてミリアさんの座布団になってるってことだよ」

「まあ、勝敗は完全に決したわけですし、ただ一応挨拶だけでもと思ったのですが、後にしますね」

みんなが居るところに戻っていってしまった。

そんなときに、

(アキト!北辰の部下2人が研究所にきたよ)

ラピスからのリンクを利用した緊急通信だ。

(ラピス、ハーリー君は近くにいるかい?)

(すぐ横にいるよ)

(さっき、こちらに北辰が来て戦闘になった。レベルSでの戦闘で退けたから、そっちもレベルSでやっていいぞ)

(いいの?)

(もちろん)

リンクの向こうでラピスが喜んでいるのがよく分かる。

ラピスは未だ昂気を纏えないがハーリー君は何故か北斗流師範代。

俺に対する対抗心があったって言うんだが一体どうしたんだ?

ルリちゃんたちが格納庫に入ってきて北辰の気配が変わった。

俺と北斗、枝織ちゃんの3人は奴から目を離していない。

当然のようにルリちゃんたちが北辰に背を向ける格好になった。

 

ダッ

 

北辰がルリちゃん目掛けて走り出した。

ルリちゃんを人質にしようとでもいうのだろうか。

ルリちゃんの背後に迫った奴が手を伸ばした瞬間だった。

当のルリちゃんが北辰に回し蹴りを入れたのだ。

あれはどう見てもレベルS5割の実力の蹴りだ。

北辰はハッチの方に飛んでいく。その時、俺達の周りに風が吹いた。

オモイカネが状況を判断、ハッチを開けたようだ。当然、慣性で飛んでいた北辰はハッチから出ていく。

ここはサツキミドリ宙域、外は宇宙だ。

ま、自業自得だな。

話は換わるが、ルリちゃんとユリカの制服は戦闘行動を行うためにキュロットスカートになっているらしい。

そうでなきゃ、2人が戦闘できないしな。

しかし、そうまでして戦いたいのかこの2人は。

俺はルリちゃんに聞いてみた。

「ルリちゃん、君達二人は制服を改造してまで戦いたいのかい?」

「好きこのんで戦いたい訳ではありませんが、少しでもアキトさんの負担が減ればと思ってのことです」

俺は何も言えなくなった。2人は自分のことでなく俺のことを考えて戦うことを選んだのだ。

頼るだけでなく、頼られる存在。

 

ユリカとルリの奴、本当にアキトに頼られる存在になりやがった。

俺はまたあの2人に差を付けられちまったのか。

俺は終戦後に再度祖父に抜刀術を基礎から教えてもらいついには免許皆伝にまで至り、祖父が大事にしていた逆刃刀を与えられたのだ。

「あの英雄の首をその刀で獲ってこい」

そう言って笑った祖父の顔が忘れられない。

時間逆行の時、俺のロッカーの中にあった刀は何故か俺の腰にあった。

しかし、刀は通常時に使うわけには行かない。

今回、俺は当然刀を持っていたのだが、艦外を防衛していたため艦内の戦闘には関わらなかった。

しかし、仮に艦内にいたとしても俺はアキトの力になれたのだろうか。

俺が不安に陥っていると、

「どうしたの?リョーコらしくないよ。艦内は艦長達に任せて私たちはエステバリスでアキト君をサポートしようよ」

ヒカルか

「わーってるよ、そんなこと!サンキュなヒカル」

そうだ、俺はパイロットなんだ。生身では自分のみを守る程度でいい。

エステバリスでアキトのサポートに徹すればいい。

今のアキトにはブローディアが無い。

それに対して、俺達のカスタム機は現在製作中らしい。

アキトにも1機回されるのだろうがそれほど突出した力を持てるわけではない。

なら、俺にもサポートできるだろう。

 

(ラピス!どうだった?)

俺は頃合いを見計らってラピスに話しかけた。

(楽勝!)

(よかったなラピス、ところで今ラピスは何処に居るんだ?)

(エリナ姉からの指示で昨日、月面の研究所に移ったよ)

(と、いうことはラピスの所在を北辰にばらした奴が居るという訳か。

 よし、ナデシコは2日後には月の基地にはいる。そこで乗船させるようにアカツキに言っておこう)

(ホント?アキトと一緒にまた火星に行けるんだ)

火星はついこの間まで俺達が暮らしていた(訓練していた?)場所だ。

ラピスは嬉しくてたまらないといった声を上げている。

(あ!そうだ。買収計画は70%まで進行したよ、ついでにネルガルの買収もやっておいたけど、株の保有率が現在55%だよ)

クリムゾングループの株が35%とネルガルの株が55%か。

本気になったら地球の独占支配も夢じゃないが、俺には興味の湧かないことだ。

今、この目に留まる人たちの幸せを守れれば他には何もいらない。

その力がなかったばかりに過去2回多くの人たちを悲しませることになった。

だが今回は違う。力のある人間が増え、俺が目を届かせなくてはならない範囲は格段に小さくなっている。

これに後はブローディアさえあれば……贅沢な悩みなのかもしれないな。

そんな俺に千紗ちゃんが近づいてきた。

「テンカワさん、舞歌様からの手紙です。最初で最後になるかもしれないと舞歌様は………」

そこまで言うなり千紗ちゃんが泣き出し、それが北斗と枝織ちゃんを除く全員に波及するまでさして時間は掛からなかった。

 

……………………………………………………………………………………………………

あと1話ぶんだけ続きます