時の流れに after story
『ダブル』とは関係ありません。
俺は木連優華部隊の隊長、舞歌さんからの手紙を開封した。
『前略
突然、優華部隊をナデシコに差し向けたこと、本当に申し訳ありません。
前回の轍を踏まないようにとの月臣くん、秋山くんと白鳥くんとの話し合いの結果から、
先日、草壁中将に和平の打診に行きました。
そこで、私たち4人は妙な薬をかがされ、気がついたときには自分の部屋でした。
木連内部の噂話を総合して自分なりに判断すると、
どうやら私たち4人は、薬で別の人格を形成させられたようです。
北斗殿に同様の薬が使用されていたのかは分かりませんが、
この薬で形成された別人格は彼等の持つ特殊な笛で強制的に入れ替えることが可能なものです。
このままでは優華部隊や北斗殿に危険が及ぶと判断し、私の独断でそちらに遣わせた次第です。
今後の戦闘で、私たちと相まみえることがあるやもしれませんがそのときはどうか私たちを倒して下さい。
最近の私は1日の内30分くらいしか表に出ていません。このままでは私が裏の人格になってしまう日も近いでしょう。
どうか彼女たちの力になってやって下さい。
さようなら』
こんな、こんなバカな話があっていいのか。
積極的に歴史を変えに行ったその結果がこれなのか。
俺は手紙を北斗に手渡した。この手紙は北斗にも読む権利がある。
北斗は手紙を読み終えると俺に渡すなり、駆けだした。
「何処に行くつもりだ?!北斗!」
「知れたことを!奴の、草壁の船に乗り込んで奴を倒すまで」
「そうか。で、おまえの前に舞歌さんが現れて、おまえを捕らえるわけだ」
「なに?!」
「そうだろう?今の舞歌さんはいわば草壁の操り人形。そんな彼女をおまえは排除できるのか?」
「くっそう。しかし、アキト、おまえに何か良い考えがあるのか?」
「今はまだ無い。が見つけてみせる。この目に映る人たちが笑って過ごせる戦後を掴むために、
そのためにも俺達は一刻も早く火星に行かなくてはならないんだ」
「何故だ、アキト」
「ナデシコ最高の科学者イネスさんが火星にいるからさ。それにタニさんもいる。
あの2人と飛厘ちゃんがいれば何とかなると思う。
3人よればなんとやらって言葉もあるし」
自分が会話に上ったのに気がついたのだろう、空 飛厘ちゃんが近寄ってきた。
「テンカワさんが私のことを高く評価して下さることは感謝していますが私にはそれほどの頭脳はありませんよ?」
「そうかも知れない。でも、俺達にはそれに賭けるしかないんだ」
「解りました。頑張ってみます」
俺と飛厘ちゃんの会話が終わったときようやく怒りに矛を収めた北斗が戻ってきた。
「アキトがそこまで言うなら仕方がない。俺もどうせ奴をやるなら万全の調子でやりたいからな」
アキトさんが北斗さんを制止したことで、一応艦内は平静を取り戻したように見えます。
しかし、私たちが受けた衝撃は前回、アキトさんが心を鬼にして和平の実現を促したとき以上のものがあったようです。
アキトさんと共に和平の実現のために東奔西走した舞歌さんが敵になる。
私がアキトさんを心配そうに見つめていたのに気がついたのでしょう。
当のアキトさんが話しかけてきました。アキトさんって何時からこんなに鋭くなったのでしょうか。
「ルリちゃん、後で内々に相談したいことがあるんだけど」
いよいよ結婚式の日取りでしょうか。いえ、アキトさんはこの上なく真面目そうな表情をされています。
今回の件についてですね。
「解りました。15分後にアキトさんの部屋に伺いますね?」
「ああ」
いったい何の相談なんでしょうね。
約束通り15分後にルリちゃんは俺の部屋の前にやってきた。
それを気配で察した俺はルリちゃんが部屋の前に立ち、ノックをしようとした瞬間にドアを開けた。
「いらっしゃい、ルリちゃん」
「流石ですね、アキトさん」
ルリちゃんが部屋に入った時点で俺はオモイカネに指示を出す。
「オモイカネ!これからここで話される内容はいっさい記録するなよ」
『了解しました』
オモイカネのウィンドゥが開いた。
「ルリちゃん、今回の舞歌さん達のことなんだけど」
俺はいきなり本題を切り出した。
「ハイ、戦場で出会っても何とか倒さずに済ませて、元に戻す手を考えないと」
「それなんだけど、さっきは北斗に良いアイデアはないって言ったけど、実は1つだけあるんだ。
ただ、そのアイデアを理解できそうなのが艦内にルリちゃんしかいないんだ」
「どういうことなんです?」
「前々回、ナデシコAのとき、IFSを持つ人とユリカとイネスさんが強制的に意識をリンクさせられたことがあったよね」
「それなら、前回もありましたよ」
「ああ、ただ前回は全員が意識を失ったけど、前々回は普段抑圧されている裏の人格が体の表に出てきていた。
だから、バッタをうまく使って彼等とリンクしているときに薬で作られた人格だけを倒すことが出来るんじゃないかと思うんだ」
「まあその方法ならうまくいく可能性があるわけですが、どうやって舞歌さん達をその『場所』に付けるんです?」
「戦場で、強制的にさ」
「そんなことをしたら、アキトさん以下のこちら側のパイロットが危険です」
「何かあったらナデシコに強制的に帰艦出来るようにしておけばいいさ」
「分かりました、プログラムの開発は、とても私とオモイカネだけでは出来ません。
ラピスとハーリー君にも手伝ってもらわないと」
「どのくらいでできそうかな?」
「プログラム作りに専念できれば1週間もあれば何とかなるのでしょうがそんなことをしていては怪しまれてしまいます。
普段通りの生活を続けながらとなると睡眠時間を削って1ヶ月くらいでしょうか」
確かに1ヶ月で出来ればいいが
「ダメだよ、ルリちゃんが睡眠時間を削るのは俺とオモイカネが全力を持って阻止する」
俺の言葉にオモイカネが『その通り』のウィンドウを何枚も表示した。
「分かりました。月でラピス達が合流したら、3人で出来る限り早く仕上げるようにします」
ルリちゃんも何とか理解してくれたみたいだ。
アキトさんにはああ言いましたが、早くできるに越したことはないはずです。
私は当直が終わると自室のPCに向かいコンソールに手を置きました。
しかし、ウィンドウが展開しません。
「オモイカネ、これはどういうこと?」
私はたまらずオモイカネに問いかけましたが、オモイカネからの返事は
『ルリさんの就寝予定時間は既に過ぎています。本日のこれ以上のルリさんからのアクセスは受け付けません』
というものでした。
アキトさんもオモイカネも私に無理をさせないことで協定を結んだようですね。
私はおとなしく寝ることにしました。
月のネルガル工場まで後1日って時に奴らがやってきた。
『ナデシコの前方50kmボソン反応7つ。アキトさん奴らが来ました』
ルリちゃんからの報告に俺は重要なことを思いだした。
あの北辰が1回目の時の北辰なら奴はボソンジャンプが出来るのだ。
俺が格納庫に着くと、既にみんなはエステへの搭乗を完了していた。
「アキト!今回の敵の能力は全くの未知数だ。慎重に行けよ」
セイヤさんが声をかけてくれたが俺には分かっている。
奴らの実力も、ノーマルの0G戦フレームではかなわないことも。
しかし、格納庫に並ぶエステバリスは1機多い。
アカツキにガイ。アリサちゃんにリョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミさんとイツキちゃん。
さらに1機朱色に塗られたエステバリスが並んでいる。
「アキト!あれには奴が乗っているんだろう?なら、俺も出撃してやろう」
「北斗か」
確かに北斗と共に戦えばそこそこの戦いが出来うるだろう。
しかし、勝てはしない、かといって出撃しなければ確実に負ける。
「アキト!おまえの表情から察するにお前はあの敵の実力が分かっているんだな?
そしてこのエステバリスで勝てないことも。しかし、ここに朗報がある。
DFSが完成してんだよ。しかも、完全版が2基、簡易型が7基ある。これならどうだ?」
セイヤさんがもたらしたのは確かに朗報だった。
「それでも苦しいでしょうね。あの赤い奴『夜天光』は俺がブラックサレナに乗ってかろうじて倒せるレベルなんですよ」
「お、おい!それじゃあ今回の戦闘は……」
セイヤさんが言葉を失った。
「そうです。ナデシコが迎える最初の絶望的な戦闘になりますよ。場合によっては最初で最後の。
しかし、俺は、いや俺達はここで負けるわけにはいかないんだ」
絶対死ぬと分かっている戦場にパイロットを送り出すことほど俺達、整備に関わっている人間にとって悲しいことはない。
しかし、アキトの奴は俺達整備班に向かって
「行ってきます」
そう言って出撃して行きやがった。
アキト、言葉の意味が分かって言ってるんだろうな?
必ず帰って来いよ。
そしてあいつらは戦闘に突入しやがった。
開戦から僅か5分、戦場に残っているのは既に俺と北斗のみだ。
他のパイロットは機体に大きな損傷を受けてナデシコに帰艦。
アリサちゃんにリョーコちゃん、ヒカルちゃんの3人はそのまま医務室に運び込まれたそうだ。
そして、俺と北斗のDFSも過負荷で停止した。
「いくら機体に性能差があるとはいえ、これが限界なのか」
「諦めるなんてアキトらしくないな。とは言っても俺もこの辺が限界かな」
北斗が珍しく弱気だ。
「いくら鎧を纏っても、心の弱さまでは守れないのだ」
そう言って俺達にレールガンの銃口を向ける北辰。そのレールガンも先ほどヒカルちゃんから奪い取ったものだ。
引き金を引こうとした北辰に無数の赤い弾丸が襲いかかった。
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赤い弾丸、それはなに?
決して作者の名前ではありません。