格納庫にはセイヤさんをはじめとする、整備士が勢揃いしていた。

「帰ってきやがったな、この色男ぉ!

 無人兵器の撃墜は殆どねぇがチューリップを2基撃墜だとぉ?

 いったい何なんだよ?この機体はぁ?!」

俺は格納庫に降り立つとほぼ同時に整備員にもみくちゃにされそうになった。

「ハハハハハ、危ない危ない」

持ち前の体捌きで整備員から脱出した俺の目の前にセイヤさんが迫っていた。

「で?教えてくれるか?」

「分かりましたよ、セイヤさん」

「あれ?俺、自己紹介なんかしたっけか?」

「自分の乗る戦艦のことくらい予め調べておくのは当然のことです。

 俺はテンカワ=アキト、パイロットだ。

 火星では試験エステバリス隊の隊長を務めていた。

 それとこれは俺所有の機動兵器『ブローディア』。

 勝手に改造とかしないでくださいよ?

 あ!それとこの腰に収容されているのがさっきの戦闘でチューリップを撃破した兵器、

 通称『DFS』っていうんですけどね。こいつの量産をお願いしたいんですよ」

「おう!そりゃ構わねぇが資材なんかはどうすんだ?」

「資材格納庫の方に、テスト場から持ち込んだ資材がありますから、そこから使ってください。

 それと、セイヤさんが考えついた武器・兵器のたぐいは俺の方に知らせてください。

 実用性があれば採用しますから」

「本当か?だがそんなことプロスの旦那抜きで決めちまっていいのかよ」

「良いんですよ。エステバリスの武器に関してはテストパイロットなんかやってましたからある程度は分かりますし、

 ネルガルの会長とも個人的に知ってるんで予算の融通は利きますから」

「そうか?んじゃ、本領発揮してサクサクッと新兵器でも開発すっかぁ!」

俺は意気揚々と引き上げていくセイヤさんの背中に声を掛けた。

「セイヤさん!俺のブローディアにはAIが搭載されてますんで、整備なんかは彼女と相談してやってくださいね。

 それと、千沙ちゃんと万葉ちゃんとガイのエステの整備も万全にして置いてくださ〜い」

果たしてその声がセイヤさんに聞こえたかどうか確かめる術は俺にはない。

『アキトさん、プロスさんが呼んでいます。至急、ブリッジまで来てください』

コミュニケでのルリちゃんの呼び出しに応じて俺はブリッジに向かった。

 

機動戦艦ナデシコ『時の流れに』after another

『Dream』第2話 早すぎる『さよなら』

 

プロスさんからの呼び出しをルリちゃん経由で受けて、

ブリッジへ向かう途中コソコソと武器の準備をしている軍人と思われる人間、30人近くを気絶させた。

「我々が目的地を明かさなかったのは、出港前に妨害が入るのを避けるためでした。このナデシコの目的地は火星です。

 木星蜥蜴の侵攻で火星はどうなったのでしょうか?それを確かめるためにも我々は火星に行かなければなりません」

歴史通りのプロスさんからの説明に続いて入ってきたのはサブマシンガンで武装した軍人5名。

「そうはさせない。この戦艦は軍で徴発する」

先頭を切って入ってきた軍人が宣言する。

「困りますなぁ、ナデシコはネルガルで私的に運用するということで話が付いているはずですが」

プロスさんはそう言いながらすり足で軍人達の死角に移動する。

「それだけの人数で戦艦1隻、占拠出来るつもりか?」

ゴートさんの発言はプロスさんの行動を援護するためのモノだ。

「ふっ、我々だけではない。ムネタケ准将、何をされているのです?」

軍人の声がかかったようだが、司令・・・もとい副提督が銃を構えたのは軍人に向けてだった。

「あたしたちはね、火星に行く必要があるのよ。

 火星を外敵から守りながらも、木星蜥蜴の本格的な襲来の直前に軍令で撤退してしまったあたし達は・・・」

その声に千沙ちゃんと万葉ちゃんとガイと俺の4人が弾けたように襲い掛かる。

『民間人に怪我をさせてはならない』とでも命令されていたのか、それともあくまで銃は脅しで安全装置を解除していなかったのか、

俺達4人と副提督によって文字通り「あっ」と言う間に叩き伏せられる軍人。

プロスさんやゴートさんですら手出しの出来ない早業だった。

「流石ですねぇ、ネルガル重工試験エステバリス隊、機動兵器戦のみならず白兵戦においても軍人以上の実力を持たれるとは」

「うむ・・・ミスター、このブリッジに我々が居る意味はあるのか?」

「私達の仕事は荒事だけではありませんよ、ゴートさん」

「・・・・・・ムゥ」

捕縛した軍人達はゴートさんが格納庫の資材コンテナに放り込んだ。

放り込んだところで待っていたように海中から3隻の軍艦が浮上した。

トビウメ・パンジー・クロッカスの3隻である。

そして通信ウィンドゥが開いた。

 

「ユウウウゥゥゥゥリイイイィィィクアァァァァ!!!」

 

極東方面軍司令のミスマル=コウイチロウ大将だ。

ちなみにブリッジ内は耳栓をしていた俺とルリちゃん、ユリカを除いた全員が意識を飛ばしている。

俺とルリちゃんが耳栓を取った拍子にそれは起こった。

 

「お父様ぁぁぁ!!!」

 

「グッ!不覚・・・(ガクッ)」

「・・・バカばっ(ガクッ)」

俺達2人も意識を手放した。

 

俺が気付いたのはコミュニケで確認した限りでは15分後のことだった。

既にプロスさんとユリカの姿はブリッジにはなかった。

ナデシコは相転移エンジンが停止したようで海上に浮かんでいる状態だ。

「ウ〜〜〜〜ン」

「あ?ルリちゃん、気が付いた?」

ルリちゃんの回復を合図に続々と回復していくクルー達。

「アキトォ、艦が停止しているって事は敵が現れてもエステが出せないって事だよなぁ?」

「そんなこと無いぞ、ガイ。忘れたのか?俺のブローディアには?」

「そうか!小型ながら相転移エンジンが有るんだったな!」

「そう!火星にいたときには積んでなかったが今のブローディアには

 重力波ビームの照射装置が搭載されているんだ」

ナデシコがこうなることは分かっていたから搭載したのだ。

が、

「ルリちゃん?何してるんだい?」

俺はルリちゃんの手に握られているモノを見て唖然とした。

「何って、知らないんですか?アキトさん。

 マスターキーって言うんですよ?これ」

「いや、それは分かるんだけど。

 確かマスターキーはユリカが持っていったハズじゃあ?」

「ええ、確かに・・・

 ただ、この状況を見越していたのかそれとも色ボケなのか、

 マスターキーをもう1本持っていた方がいらっしゃったんですよ」

そう言って千沙ちゃんの方に顔を向けるルリちゃん。

当の千沙ちゃんは苦笑している。

そんな俺達に意外な人物から声がかかった。

「そこォ、マスターキーはユリカが持っていったんじゃあなかったのかァ?」

ナデシコ副長アオイ=ジュンだ。

「どうしたんです?ジュンさん。ユリカさんと一緒にトビウメに行かれなかったんですか?」

「・・・いやぁ、それがね・・・ユリカの声は慣れてたんだけど、おじさんの・・・ミスマル提督の声は慣れてなかったんだ」

つまりミスマル提督の声で気絶してしまったため、ユリカ達に置いて行かれてしまった・・・と言う訳か。

それにしても、プロスさん。どうやって2人の音声兵器の攻撃に耐えたんだろうか。

「副長。現在、活動休止中だったチューリップが行動再開。

 パンジー、クロッカスを飲み込んだ後、微速ながらこちらに向かっています。

 このままでは本艦も飲み込まれてしまいます。

 どうします?」

ルリちゃんがジュンに報告するも、

「ユ・・・艦長が戻らないことには・・・」

煮え切らない。

「副長!お前は何故此処に居る。お前は艦長のオマケなのか?

 戦略科次席の名が泣くぞ?」

俺は堪らず声を掛けた。

「・・・テンカワ?・・・火星にいたこと無いか?」

漸く俺に気が付いたジュンが話しかけてきた。

やっと思い出したか。

「そうだ。火星の試験エステバリス隊の隊長、テンカワ=アキトだ。

 あの、連合大学のトップのみが参加した研修に於いて襲撃してきたテロリストを一蹴したのは俺と俺率いる部隊だ。

 やっと思い出したのか?

 ならば、その恩返しにでも実力を見せて欲しいものだな」

「よーし、やってやろうじゃないか。

 ホシノくん、副長権限にてエンジン始動!

 メグミくん、艦内に第一種警戒態勢発動!

 ハルカさん、ナデシコ微速後退!チューリップをトビウメから離すんだ!

 それと、予備を含めたパイロット全員、出撃用意!」

「フッ、その調子だ。

 ガイ、千沙ちゃん、万葉ちゃん。行くぞ!」

「おうよ!」

「「了解」」

俺達はブリッジを駆けだした。

 

「なぁ、アキト。あの研修に副長がいたなんてよく覚えてたよな?」

「ああ、その事か。

 あの事件の時に周囲が怯えているだけなのに、1人毅然としていた奴がいただろ?

 あれが副長だよ」

「ああ、あいつか。

 満場一致で部隊に欲しいって決まった奴だな?」

「あのあと、部隊が解散にならなければ、間違いなく火星に呼ばれていただろうな」

俺達はそんなことを話しながら、格納庫に着いた。

 

「各員、準備の出来た者から発進」

俺の声に反応して真っ先に動き出したのはガイのエステバリス・カスタム。

「ナデシコ・エステバリス隊1番機、ダイゴウジ=ガイ、出るぜ!」

重力カタパルトに乗ってガイのエステが発進する。

「2番機、御剣 万葉、支援型行きます!」

「3番機、各務 千沙、支援型出ます!」

「ナデシコ・エステバリス隊隊長機、テンカワ=アキト。

 専用機ブローディア発進する!」

 

ジュンさんの号令の元、発進したエステバリス隊でしたが、チューリップがただ進行してくるだけの状況では見せ場もありません。

トビウメから小型機が飛びだした後、御剣さんと各務さんが援護に回り、ヤマダさんがナデシコの直援。

チューリップはアキトさんの攻撃によって呆気なく破壊されました。

「チューリップの爆発を確認。付近に敵影無し」

オモイカネの報告を復唱しました。

 

「了解、ホシノくん。

 メグミくん、第一種警戒体勢解除。

 それと、エステバリス隊に帰還命令を」

快感だった。

ボクの指示で皆が動く。

確かに間違った指示ならば総スカンを喰らうこともあるだろうが、連合大学では苦労して取った次席だ。

・・・なにも猛勉強して次席を勝ち取った訳じゃない。

ボクが本気を出せばこの位のことが出来るのは自分で分かっていた。

過去、完全非公開で行われたシミュレーションでユリカを破ったこともあったからだ。

ボクがモノローグに浸っているとブリッジにプロスさんが1人で入ってきた。

・・・1人?

「プロスさん、ユリカはどうしたんです?」

「ミスマル提督が大量に出したケーキを食べられて、そのまま寝てしまわれました。

 私が何度声を掛けても起きる様子がないので、置いてきました。

 ・・・これで、艦長がいなくなってしまったわけですが、副長を艦長に昇格ということで、よろしいですか?」

「・・・・・・」

唖然としてしまった。

しかし、ここでユリカがいなくなればユリカに気兼ねすることなく思う存分出来る。

「・・・わかりました。

 自身はないですが、やれるだけやってみます」

ボクはそう応えた。

「自身がないときは言って下さい。

 出来る限りのサポートはしますので」

「ありがとう、ホシノくん」

 

俺達がブリッジに入ったときにはナデシコは上昇を開始していた。

しかも、艦長席にはジュンがいる。

「プロスさん、艦長交代したんですか?」

俺の問いに答えたのはルリちゃんだった。

「ユリカさんはトビウメで満腹になられたのか寝てしまったそうです」

「そうなんだ。・・・艦長!パイロット全員は汗を流してから、ブリッジに来るからな!」

それだけ言って、俺はブリッジを後にした。

 

 

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<あとがき>(座談会)

ルリ :・・・・。

アキト:どうしたの?ルリちゃん。

ルリ :ユリカさんナシで火星に行くんですか?

アキト:しょうがないよ、ユリカって食い意地が張ってるから。

ルリ :しかし、ユリカさんのセリフってありましたっけ?

アキト:・・・?

ルリ :・・・・・・あぁ、ありましたね。本来なら歴史に残るはずの『あのセリフ』が。

アキト:俺、ユリカと一言も会話してないぞ?

ルリ :そうなんですか?

アキト:俺と会話することもなかったと言うことは俺を追いかけてくることもないということで。

ルリ :・・・(小さくガッツポーズ)

アキト:ジュンのセリフじゃないが・・・解放される。

    

 

 

 

 

代理人の感想

無惨。