…あたし?あたしは……あたしはアキトが大好き!
…初めて聞いた。
うそぉ。
ほんと。
うそ。
ほんと。
うそ。
ほんと。
ウソォ。
ほんと……
う……

火星遺跡付近……。

激しく輝くアキトのエステバリスが、ナデシコに向かって下降している。

それに反応しているのか、ナデシコも輝きはじめた。

「イメージして……火星軌道……太陽の反対側へ……」

「ボソンジャンプフィールド発生……安定しています」

「どうしたの? ホシノ・ルリ」

「座標……固定します」

戦闘中だったリョーコ、イズミ、ヒカル、ジュン、アカツキらのエステバリスがナデシコに戻っていく姿が見える。

皆傷だらけだが、満足そうだ。

そして、アキトのエステバリスを中心に展開しつつあるボソンフィールドに、ナデシコがゆっくりと吸い込まれていく。

 

 

「逃げるのか……ナデシコ!」

月臣は親の敵を見るように消え行くナデシコをにらむ。

「逃げるんじゃない……聞いてたろ、月臣よぉ。

あいつらは“何か”、自分の知らないモンのために戦うのはやめたんだ」

月臣の肩に手を置き、消え行くナデシコに敬意を表す様に月臣を諭す。

 

2198年、3月。私たちは飛んだ。

火星から一番反対側の軌道上に……。

ボソンジャンプには3種類がある。

チューリップからチューリップへと飛ぶやり方。

木連のゲキガン兵器みたいに短距離なら飛べるやり方。

でもアキトさんたちは、ナデシコ全部を飛ばしてしまった。

火星生まれでない私たちの肉体を守ったままで……。

「あんのオタンコナス!いつまでグズグズしてんの?」

「いいから、あんたが命令しちゃいなさいよ」

「いいんじゃないですか?二人はほっといて……」

「はいはい、どーせ、あたしは馬に蹴られて死ぬタイプですよってばさ!

……只今から5分後に本艦メインブリッジを緊急分離する。乗組員は所定の方法でブリッジに集合せよ……繰り返す……」
 
“ルリちゃ〜ん、

あたしの代わりに点呼とってぇ!”

「点呼、ですか?」

戸惑った用に答えるルリ。

“そう、前にならえ!いち!”

“に……”

「……さん」

“付き合いです”という雰囲気を出しながらも律儀に答える。

 

そして……

 

「…なんだと〜、一人多いぃぃ?」

「提督を数えるのを忘れてたとか……」

「オモイカネはそんな馬鹿じゃないです」

憮然としながらも答える。

と、いきなりコミュニケが開き、慌てた感じでホウメイが言う。

「ちょっとちょっとみんな……来ておくれよ!

食堂に……変なのが……」

「いるんですぅ!」

…ユキナが続けた。

 

機動戦艦ナデシコ異伝
双頭の獣

第1話 新しい『家族』
 

 

* 

………気がついたら、そこは見た事もない部屋だった。

自分は眠っていたのだろうか?それとも気を失っていたのだろうか?

寝ぼけた頭を左右に振ると、見慣れない食べ物が並んでいるのに気がついた。

それを気にせずあたりを見渡して見ると……

「おい、パイロットの食事に勝手に手をつけてもらうと困るんだよ。それよりあんた、どうやってここに来たんだい?」

いきなり後ろから声をかけられ、面食らってしまった。

振り向くとコックと思われる大柄な女性とお団子頭の少女が、こちらを見ている。

「えっ、それは……その……」

「あっ、驚かせちゃったぁ?」

すぐさま少女は自分の横に回りこみ、テーブルの上の料理を確認する。

「よかったぁ、あなたがその料理を食べたのかと思って……あっあたしったら……どうもすみません」

顔を赤くしながら少女は頭をペコリと下げた。

「……あーあぁ、早くリョーコお姉様帰ってこないかなぁ」

「なんなら料理を届けに行ったらどうだい?」

「もう!ホウメイさんったら!」

そんなやりとりを聞きながら、今自分のいるこの場所が食堂であった事を知る。

決して綺麗とは言えないが、きちんと整えられている。

しかし、こんな食堂に来た覚えはない。

いったいどこの食堂だというのだ。

とりあえずホウメイと呼ばれた女性に聞いてみた。

「あの、ここはいったい……どこですか?」

「戦艦の中さ。機動戦艦ナデシコの……」

いつのまにか、見慣れない人たちに囲まれており、彼らはそれぞれ、怪訝な面持ちでこちらを伺っていた。

「あの……どうして僕はここにいるんでしょうか?」

「その前にボディー・チェックをさせてもらう……ふむ、武器の類は持っていないようだな。

では質問させてもらう。キミは何者だ?なぜここにいる?」

「その前にあなたは誰ですか?」

少し憮然としながらも大男は答えてくれた。

「私はゴート・ホーリー。この機動戦艦ナデシコの保安を担当している。」

ナデシコって……戦艦の名前?やけに弱々しい名前のような気もするが……。

「えーとですね、僕は……僕は……あれ?」

「まさかわからないというんじゃないだろうな」

ゴートと名乗った大男はさらに威圧的な態度を示す。

「……駄目だ。何も思い出せない。自分の名前は?どこから来て……何者なんだ?」

「あー、駄目駄目、記憶喪失っていうのは、あたしが前に使った手」

なぜか得意そうにヘアバンドの少女は言う。

「あなたの場合、バレバレでしたけどね」

「うそー。あたし木連花嫁修行教室で、動物の役やらしたら最高だって言われてたのよー、プンスカ」

「ユキナちゃん……記憶喪失は動物じゃないよ…」

疲れた様に声を絞り出す青年。

「まあ子供の言うことはおいといてですねえ。それよりエリナさん、仮にその人が記憶をなくしているのであれば、テンカワ君の代わりというのはどうでしょう」

横から眼鏡の男が口を挟んできた。手には計算機を持っている。その男が言う『その人』とは、おそらく自分のことに違いない。

「いいかもしれないわね。ナデシコのボソンジャンプ後にあなたが現れたと考えて……」

「何勝手なこといってるのよー。これ以上木連の人をあんた達の実験台なんかにさせるもんですかっ、ヘンっ」

エリナと呼ばれた女性の言葉を遮って、ヘアバンドの少女が喚いている。

(ボソン……?モクレン?なんのことだかさっぱりわからない)

「あらあら、プロスペクターさんの言う通り、子供はおとなしく寝てたほうがいいんじゃないの?」

「なによー、あたしはれっきとした木連の、白鳥九十九の……」

「静かに!取調べができんだろうが!」

(な、なんなんだ、この人達は?戦艦……って言ってたけど、こんな不真面目な人達が戦艦なんかに乗り込んでいいのか……?)

「とにかく、キミの身柄を拘束させてもらう」

そう言いゴートは近づいてくる。

「いきなりそんな事を言われても。さっきは取り調べができないって言っておきながら、今度は拘束するって言われても……」

「見たまえ」

そう言い鏡を持ってくる。

「いったいなにをするんですか?」

「いいから鏡に自分の姿を映してみろ」

その鏡に自分の姿を映し込んでみる。

一見すると学生服にしか見えない服装だ。ただ違うところは縁の部分が銀色に縁取られている事だ。

「……これは?」

「木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星小惑星国家間反地球連合体……。

すなわち木連の軍服ですな」

 

結局取り調べらしい事もないまま、食堂から連れ出された。

これからどこへ向かうのだろう。

廊下を歩きながら、不安に思った。

「すみません。これからどこに向かうのですか?」

「医務室だ。本当に記憶喪失かわからんからな」

まだ着くまで時間がかかる様なので疑問に思った事を聞いてみた。

「ところで……木連とは?」

「木連というのは、私達と同じ地球人よ」

「だから違います!私達は選ばれた特別の存在で……」

「う〜む。歪められていますなぁ」

「なによ〜。げしっ」

「ひらりん」

「何やってるんですか、2人とも」

どうやら、ヘアバンドの少女は木連の人間であり、聞こえてくる彼等の会話から判断すると、ユキナという名前のようである。

「地球から追放されて木星圏に移住した人々の末裔が木連なの。彼らは地球人を恨んでおり、エネルギーの枯渇もあって、地球へ戦争をしかけてきたのよ」

「その戦争は……どっちが勝ったんですか?」

「うーん、どっちが勝ったのかしらねぇ。何しろまだ終わってないから」

「終わってない?だってこの船は地球の戦艦って言っていませんでした?今も戦闘中なんですか?」

「今は、僕達はもう地球連合宇宙軍の所属とは言えません」

「ま、いわば、裏切り者ですな」

「どう言う事なんですか?あなた方はいったい……」

「ま、詳しくは艦長にお聞き下さい。全てあの人が決めちゃった事なんですから。かんらかんら」

確かにこの人達には戦争をしているような殺気立った雰囲気はない。かといって、戦争中だったらこの人達が真剣になるのかといえば、それもまた疑わしい。

あげくの果てに、全部、艦長という人のせいにしてしまっている。

「無駄話はそれくらいにしておいてくれ。着いたぞ」

確かにドアには医務室と書いたプレートが張ってある。

「ドクター、入ります」

「…いいわよ」

 

…中に入ると大勢の先客がいた。

「うっわー、この人が記憶喪失さんですか〜?」

全身で天真爛漫という言葉を体現しているかの様な女性が話しかけてきた。

「あの、あなたは?」

「私が機動戦艦ナデシコ艦長のミスマル・ユリカです!ぶい!」

「……ぶい?」

意味もわからず、唖然としていると、隣の青年がため息をつきながら答える。

「ユリカ、またか……ああ、いつもの事だ。気にするな」

「なによアキト、いいじゃない」

「はいはい、夫婦漫才はそこまで。私が医療班及び科学班担当のイネス・フレサンジュよ。早速だけど、そこのベッドに寝て頂戴」

「は、はい」

「さて、それじゃ2、3質問させてもらうわよ。」

* 

「じーっ、まじまじ……。けど変ねー?あたしこの人見たこと無いわよ?」

難しい顔をしている大人たちをかき分け、ベッドの傍らにやってきたユキナが少年を見つめつつ、不思議そうに呟いた。

ベッドに囓りついているかのようにフレームのパイプを握りしめ、大きな目を更に見開いて少年を観察している。 

少年の容姿は年の頃は十四、五歳。くせの少ない黒髪と黒眼、少々浅黒い肌を持つそこそこ映える顔立ちをした日系人である。

「ユキナちゃん、いくらあなたでも木連の部隊の全員を知っているわけじゃないんでしょう?」

「甘いわよ、ミナトさん。確かに黒の服は一般兵用の服だけど、木連じゃあ兵役につけるのは、18歳からなの。この人はどう見ても私と同じか少し上ぐらいにしか見えない。これじゃあ、審査に受かるはずが無いわよ。

…まあ、確かに少年兵ってのもいるけど、仕事はあくまで後方支援のみ。軍艦にすら乗れないわ。それに、少年兵用の服って、私がここに着てきた服の色違いよ」

強い口調で断言するユキナ。そこにエリナが口を挟む。

「まあ、仮に彼が木連の人間だとしても、通常の兵役についていたかは怪しいわね」

「なんでそんな風に思ったんですか?」

「理由はこれよ」

そう言って取り出したのは、記憶喪失の少年が着ていた黒服だ。しかし、何故これが理由になるのか分からないのか、みんな頭の上に疑問符をつけている。

「で、なんでこれが理由になるの?」

最初に聞いたのはユキナだった。

「それじゃ、この服を触って御覧なさい。それで分かるわ」

そして、ユキナに手渡す。

「何これ?なんでこんなにざらざらしているの?」

その言葉通りだった。その手触りは、まるでヤスリの様になっている。

「それは、対刃繊維でできているからよ」

「対刃繊維?」

「読んで字のごとく、『刃(やいば)』に『対』する『繊維』。通常は繊維自体の摩擦係数を増やして切れない様にする物なんだけど、この服は、そのほかに服自体をヤスリ状にする事により、刃こぼれを誘発する作用を付加してあるわ。

それに手がかりになりそうな物を探してみたら、こんな物まで出てきたわよ」

そしてジャラジャラと幾つかの小道具を出す。それらは、小指大の長さの刃物、ちょうど指が四つ入るように穴が空いている鉄片、縄の両端に鉄片を取り付けた物など。

「なんなの?これ」

興味深そうにユキナが見入る。

「説明しましょう!」

入れる隙をうかがっていたのか、イネスがいきなり乱入してくる。そして、みんなが呆気に取られている間に説明を始める。

「右から順に某手裏剣、ブラスナックル、…ああ、メリケン・サックって言った方が分かり易いかしら、それに流星錘って所ね。これらの道具は暗器と呼ばれる武器の一種。で、元々暗器というのは……」

「暗器!?」

まだまだ続きそうなイネスの説明を強制的に止めたのは、ユキナの大声だった。

「ちょっと待ってよ!なんでそんな物があるのよ!?」

木連出身と思っていた少年の服が、暗器付きの戦闘服ともいえる物騒な代物だと分かり、半分混乱している様だ。

「ユキナちゃん、落ち着いて!まだこの子が、何処の誰で何者かっていうのも分かってないの!木星出身かもしれないってだけ」

パニックになりかかったユキナをうまく宥めたは、やはりミナトだった。

「……うん」

それが功を奏し、ユキナは落ち着きを取り戻した。

「確かに彼が木連の人間かどうかは疑わしいわね」

その隙にイネスが割り込む。

「イネスさん、どうしてそう言えるんですか?」

迂闊にも尋ねるユリカに、イネスは待ってました、とばかりに目を輝かせる。しまった、と顔をしかめる一同。

「まずこの記憶喪失君が単独生体ボソンジャンプでこのナデシコに現れたらしいこと……これはオモイカネの記録を調べないと断言は出来ないけどね」

「ボソンジャンプをしてきたのは事実みたいです。オモイカネもそう言ってます」

「ですがドクター、優人部隊の方ならばジャンプはできて当然なのでは?」

懲りずに質問するプロスペクター。

「ジャンプは、ね。でも今回の超長距離ジャンプをしたナデシコに、いくら優人部隊とは言えナデシコの内部を詳しく知らない人間が、それもチューリップの支援もジンタイプの支援も無しに直接ジャンプしてくるなんて考え難いわ」

イネスの説明は続く。いつの間にやら引っぱり出したホワイトボードに何事か書き込みつつ、流れるように続いていく。

「更に!彼のこの手!木連にIFSをつけている人間なんているのかしら。それも両手に。ねえ、ユキナちゃん?」

その一言に全員の視線が少年の両手に集中する。気付いてなかったのか、驚いて自分の手を見ようとするが、その前に動いたユキナに取り押さえられてしまう。

「がしっ!あーっ、ほんとだ!模様がついてる!」

「ほう、このパターンは右手はパイロット用で左がオペレータ用ですか……いったい何をしていたんでしょうね?」

「ということは、実はこの方は地球側の人間と言うことでしょうか?」

「本人の記憶がない以上、確かめる術がないわ。現時点ではDNAチェックにも該当者無し。ただし、なぜかテンカワ・アキトのDNAパターンに酷似しているけど……。アキト君、生き別れの兄弟とかはいないわよね?」

「え?ええ。俺は一人っ子ですよ」

「地球に戻ればもっと詳しく調べられるけど、ナデシコの中ではこれが限界ね。で、結論から言うと、彼は正真正銘、記憶喪失ね。

詳しく説明すると……」

「あの、イネスさん、ゴートさんも待ってますし、今は手短にお願いします」

あわてたようにイネスを遮るユリカ。その顔は微妙に引きつっている。

「……まあ、いいわ。彼の症状は記憶喪失の中でも一番のお約束、個人情報のみが完全に失われている状態ね。記憶喪失、すなわち健忘症には逆行性、退行性、その他いろいろあるんだけど……」

「ドクター、だから手短にしてちょうだい」

「んもう……ここからがいいとこなのに。要するに!一般常識やら何やら社会生活に問題がないくらいの知識は残っているわ。

でも自分に関する出来事、人物、その他の記憶はきれいさっぱり無くなってるの」

さすがに不機嫌そうな表情を浮かべたイネスだが、淀みなく手短に説明する。

「ということは、ドクター」

「そういうこと、彼に尋問しても全くの無駄。時間を使うだけ無意味よ……どうしてもというもなら、記憶をつかさどる前頭葉をいぢったり,実験、じゃなくって検査をいろいろしてみるけど……」

ウフフ………、と不気味な笑みを浮かべるイネス。

その光景にはさすがに皆、引いている。

そのままにしておいたら本当にすると思ったのだろうか、慌ててプロスペクターが口を開く。

「そ、そこまでは必要ありませんよ!しかし、解ったのはこの方が木連の人間だ、ということだけですか……」

「まあ、それもあやふやだがな……」

ゴート、プロスペクターの二人はこの事態に頭を抱えている。正体不明の人間がよく解らない方法で、ボソンジャンプ後のナデシコの中に突然現れたのだから当然だろう。

「すみません……それで、僕はどうなるんでしょうか?」

今まで積極的に会話に入ってこなかった少年が、思い切った様子で顔を上げた。それなりに整った顔立ちなのだろうが、今はそれが迷子のように弱々しい。

「皆さんの話では、僕は、その木連の人間とも地球の人間とも解らないようですし……。僕にはよく解らないんですが『ボソンジャンプ』とかいうことをやらかしたらしいですし……。なんか、着ていた服は物騒な代物らしいですし……。一体何がどうなっているのか……それに、僕の記憶は戻らないんでしょうか……」

少年が不安と混乱に押し潰されかけているのは誰の目にも明らかだった。その顔は今にも泣き出しそうに見える。

その表情を浮かべたのが十四、五歳の美少年のおかげもあってか、保護欲を刺激された者が居たらしい。

道ばたで鳴いている子犬でも思い浮かべたのだろう、ユリカがその場の皆を見渡して宣言した。

「わっかりました!あなたの身柄はこの私、ナデシコ艦長ミスマル・ユリカが預かります!いいですね、皆さん!」

「しかし艦長……」

「危険です!こんな得体の知れない人間を!」

「予想通りと言うべきか……」

三人はそれぞれの表現でユリカの決定に不満を表している。

「いいのではないか?密航者というわけでもないようだ。遭難者扱いにすればいい。」

「フクベ提督まで……」

しかしユキナは木連の制服に対する親近感からか、その決定を大いに歓迎していた。

「よかったねー!うんうん!」

「とりあえずあなたはもう一日医務室で寝ててください。明日には部屋を用意しますから地球に着くまではそこにいて頂きます。地球に着いてからも悪いようにはしませんから!」

侵入者扱いから客人扱いに、事態の突然の変化に呆然としていた少年だったが、自然と頭を下げていた。

感謝を伝える言葉は幾つか知っていたが、出てきたのは一言だけだった。

「ありがとうございます、艦長さん……」

「いーのいーの!遭難者を助けるのは海の常識!宇宙の海でも同じです!それじゃイネスさん、後はよろしくお願いしますねー!」

頭を下げたままの少年を残して、嵐のような艦長に率いられて彼らは引き上げていった。その際にエリナが少年に投げかけた何かを含んだ視線に、未だ下を向いたままの少年は元より、他の誰も気づくことが出来なかった。

 

「お邪魔するよ」

名無しの少年はそのとき自分のことを考えていた。過去を失った自分。そういう状況がある、ということはうっすらと憶えていた。しかしまさか自分がその当事者になってしまうとは。

これからどうすればいいのか。ナデシコに乗っている間は良い、だがそれからは?どこの誰とも解らない自分、どうやら地球の人間であることすら定かではない。地球に着いてからはどうすればいいのだろうか?そもそも自分はどこの誰なのだろうか?

そんな時に彼らはやって来たのだった。一人は先程も会ったエリナ、もう一人は初めての顔だった。

肩の下まで伸びた長髪に、どこか軽薄さを感じさせる表情を浮かべた青年。だがその目の奥には自分を値踏みするような鋭さがあった。

僕はその時怪訝そうな表情をしていたのだろう。二人は苦笑して顔を見合わせた。

「とりあえず初めまして、まず名乗っておこうか、名無し君。僕はネルガル重工会長、アカツキ・ナガレ。決して落ち目なんかじゃないからねぇ。よろしく。」

「そんな事を言ってるから『落ち目』って言われるのよ。…さっき会ったわよね。私は会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンよ」

「厳しいねぇ、エリナ君。今度は尋問じゃなく、キミの将来についての話を持ってきたんだよ」

「将来、ですか……?」

つい先程まで考えていたことだったためか、名無しの少年は今までにない反応を見せた。それが思惑通りだったのだろう、どこか優越感を含んだ微笑みを浮かべつつ、エリナは話を始めた。

「単刀直入に言うわ、あなたにはある実験に協力して欲しいの」

「実験、ですか?」

「そう、あなたもさっき聞いたボソンジャンプの実験。実験に協力してくれるならば地球に着いてからのことはネルガルが保証するわ」

それは願ってもないことだった。自分の悩みのほとんどがそれで解決するのだから。

「それはありがたいんですけど、その実験って危険じゃないんですか?」

「普通なら危険だが、生体ボソンジャンプができる人間−つまりキミだ−にとっては危険でもなんでもない。例えるなら、肺呼吸しかできない人間にとって水中は危険だが、エラ呼吸できる魚にとって水中は危険でもなんでもない」

「……つまり、僕にはエラ呼吸のような機能が備わっていると……」

「ご名答。そして僕等はその機能がどう動くか、というデータが欲しいんだよ」

「それに、ボソンジャンプできる人間はあまりいないのよ。そのうち二人は協力してくれそうもないし」

「僕としてもこの申し出は是非受けてもらいたいね。君にとっても悪いことじゃないだろう」

「……すみません。できれば自分が何者かを先に知りたいので、今は遠慮させてくれませんか?」

「それなら話は簡単だ。君の身元調査、そして記憶の回復に関してもネルガルが全面的に協力するよ」

本来、名無しの少年にとっては飛びついてもおかしくない申し出だったが、すぐに答えることは出来なかった。あまりに条件が良すぎて却って躊躇してしまったのである。

結局、少年の答えはこの時には出なかった。

「………しばらく考えさせてください……」

「いい返事を期待してるわ」

「そうそう、ま、君も急のことで混乱してるんだろう。地球に着くまでにゆっくり考えてくれればいい……」

余裕の笑みを浮かべて立ち去ろうとする二人。少年が結局は自分たちの申し出を受けると確信しているのだろう。

だがその時、ナデシコ艦内に警報が鳴り響いた。コミュニケのウィンドウが開いてナデシコのメインオペレーター、ホシノ・ルリの顔が現れた。

“敵木星トカゲ、機影数十機確認。各自パイロットは戦闘配置についてください”

「木星トカゲってなんなんですか?」

「木連の作った無人メカの事さ。地球もネルガルも散々そいつ等の手痛い攻撃を受けてるんだよね」

そう言い、肩をすくませるアカツキ。

「なんでこんな所に木星トカゲがいるのよ!」

やや興奮気味にエリナがウィンドウのルリに噛みつく。だがルリはウィンドウごとそのエリナをさらりとかわして繰り返した。

“解りません。とにかく襲われてるんです。アカツキさんも急いで下さい”

「まずいな……今のナデシコは裸も同じだ……。……そうだ、ルリ君、エステバリス、たしか一機余ってなかった?」

軽薄そうな表情を鋭いものに切り替えたアカツキが、悪巧みを思いついた表情でルリに尋ねる。

“……はい、予備のものが一機余ってますが、どうするんですか?”

「それも準備させておいてくれ。……さて名無し君、聞いての通りだ」

「はあ」

唐突にアカツキは少年に話を振った。当の少年は話の展開について行けていないらしく、間抜けな答えを返す。

「現在ナデシコは敵に襲われている。本来ならばとるに足らない敵だが、武装のほとんど全てを失ったナデシコにとっては脅威だ」

「ええ」

「というわけで君にも戦ってもらいたい」

アカツキが何を言っているのか解らない。解りそうな気もするのだが頭が理解を拒んでいるようだ。
次第にその意味が頭に染み込んで、もう少しで理解できそうになったとき。

「何考えてるの!?彼は貴重なジャンプ体質の持ち主なのよ!それを危険にさらすなんて!」

「えええっ!?僕も戦うんですか!?」

エリナの金切り声の助けもあって、少年はその言葉の意味を一気に理解した。自分が戦う?使い方もよく解らないもので?

「仕方ないだろう、エリナ君。まずはこの場を生き残らなくちゃ。ここで死んじゃったら彼も死ぬんだよ?」

「だからといって……」

「それに危険なのは僕やテンカワ君も同じなんだよ?僕らの心配はしてくれないのかい?」

「解ったわよ……」

セリフだけをとってみれば悲壮感あふれるものなのだが、アカツキの表情と口調はそんなものを感じさせないほど軽いものだった。

そしていつもの軽薄な表情で、身振り手振りを交えつつエリナを説き伏せてしまう。

とりあえずエリナは納得したようだが少年は納得していなかった。

「ちょっと待ってください!見たことも聞いたこともないもので戦えなんて!そんなの無理ですよ!」

「だ〜いじょうぶ。君の右手にあるのはIFSインターフェイス、それがあるってことはエステバリスを動かせるってことさ。考えればその通りに動くんだから、問題ないない!それに君の記憶が戻るきっかけになるかもよ?」

「う……」

“アカツキさん、急いで下さい。名無しさんも乗るなら急いで下さい。ナデシコがピンチです”

逡巡しているところにルリから警告が入る。ルリの後ろからユリカや通信士のメグミ、操舵士のミナトが慌てている様子が聞こえてくる。

その様子に少年もようやく覚悟を決めた。とりあえず今を生き残らなけらば何も始まらない。

「さぁて行こうか名無し君!生き残るためにも、男だったらここで一発決めてこよう!」

「解りましたよ……」

まだ多分に納得しかねるものを抱えているようだったが。

 

格納庫にはすでに二機のエステバリスしか残っていなかった。アカツキ専用の青いカスタム機、そして灰色の塗装前の機体が一機。

「お〜い、落ち目の会長さんよ!ルリルリから連絡来たけどこんなオンボロどーしよーってんだ?こいつは修理用のパーツ取りに使っちまったから中身はボロボロ、一度の出撃に耐えれるかどうかだぞ?」

整備班主任のウリバタケ・セイヤがメガホン越しに怒鳴っている。出撃時の殺気だった雰囲気で、彼も興奮しているのだ。

それでもパイロットへの注意を忘れないところが彼のプロ根性なのだろう。

「一回動けば良いんだよ。ほら名無し君、乗った乗った!」

「はあ……」

「そいつか?突然現れた記憶喪失の名無し君ってのは?大丈夫なのかよ?」

「IFSつけてるんだから動かすことは出来るさ。さて、先行してくれ。僕も後から出るから」

「解りましたよ……。どうなっても知りませんよ……」

覚悟を決めたと言ってもまだおずおずとした様子でパイロットシートに着く少年。ウリバタケが何か言っているようだが極度の緊張で耳に入ってこない。

「ほんとに大丈夫か、あいつ?」

「何とかしなくちゃ、みんなここで御陀仏でしょ?」

「まあそうだけどよ……。おめえさん達だけで何とかなるんじゃねぇか?」

「人手は多い方がいいってことさ」

パイロットシートに座ると同時に、少年は自分の中でスイッチが切り替わったような音を聞いた。

IFSの輝きと共に自分の周りがよく見えるようになる。周りの空間に、どこに何があるかが手に取るように解るような気がする。

認識が無限大に広がっていく……

「……出ます!」

「続いてアカツキ機、出るよ!」

重力制御されていても感じる射出Gの洗礼を受けつつ、少年は宇宙空間に飛び出した。

 

そこはすでに光が飛び交う戦場だった。

高速でナデシコに対する攻撃と離脱を繰り返すバッタとジョロの群。それに応戦する先行した五機のエステバリス。

今まで彼らが相手にしてきた敵ならば、この程度は切り抜けられるはずだった。

しかし、どうやら戦況はかなり不利らしい。

本体を切り離したためブリッジとその周辺部だけになり、迎撃の出来ないナデシコの周囲をガードするエステバリス隊の間で、緊迫した交信が飛び交っている。

“くそっ、どうしてこんなところにまで木連のメカがあるんだ!”

“なになに〜、今までと動きが違うよ〜”

“なんだこいつら!パターンが全然読めねぇ!”

“嫁無いものは独り者……けっ”

“うわっ、強いぞこいつら!”

 

“アキト、だいじょぶ?アキト〜!”

苦戦するリョーコ、ヒカル、イズミ、アキト、ジュンのエステバリス。フォーメーションを組もうにも以前とは違ったパターンで襲い来る敵の群に思うような動きが出来ない。

そうこうしている内に、アキトのエステバリスが孤立する。ブリッジからユリカの悲鳴にも似た声が響く。

“アキト、アキト〜!”

“アカツキさん、名無しさん、ナデシコ下方でテンカワ機が完全に包囲されています。早く援護に行って下さい”

「了解!え〜と、ルリさん、でよかったよね?」

先程の情けないものとは全く印象の違う少年の答えに面食らったのか、滅多に表情を変えないルリが驚いた顔を見せる。

“はい、急いで下さい。それと、名無しさん、わたしに『さん』付けなんてしなくても良いですよ”

その一言に、ブリッジに驚きが広がる。ミナトとメグミが驚いたようにルリを見つめていた。

「どうしたのよ、ルリルリ?いきなり『さん』付けなんてしなくていい、な〜んて!」

「そうよ、あの名無し君、初対面でしょ?……あ〜、さては…」

戦闘中にもかかわらずおもちゃを見つけた表情でミナトとメグミがルリを見つめる。

どちらの顔にもいわゆる“チェシャ猫笑い”が浮かんでいる。

「別に……大したことじゃないです。最初に見たときとあんまり違うんで驚いただけです。

それに、『さん』付けで呼ばれるのってあんまり好きじゃないですから」

やはり表情を変えずにルリは二匹のチェシャ猫に答えた。そこにブリッジの時ならぬ騒ぎに気づきもしないで少年が続ける。

“わかったよ、じゃあ『ルリちゃん』て呼ばせてもらうね。ところでオペレータの人と代ってもらえないかな?”

「はい。オペレータは私です。どうしたんですか?」

“ごめん、てっきり通信士だとばっかり思ってた。”

「かまいません。私、少女ですから」

そのとき、いきなりウインドが2枚開いた。

「ちなみに私が通信士のメグミ・レイナードです」

「おまけに操舵士のハルカ・ミナトよ。よろしくね」

“メグミさんにミナトさんですね。こちらこそよろしくお願いします。じゃあ、ルリちゃん。ナデシコ全域での敵の動きを全てフィードバックさせてもらえますか?”

「……そんな事したら頭、パンクしてしまいますよ?」

それは、あまりのデータ量に脳の方が耐えられないということだったのだが、当のカイトはそれが分かっていないのか、気楽に言う。

“多分大丈夫だと思うし、試しにやってみてくれないかな?オペレータ用も付いてるっていってたし“

「…了解しました。いきます」

それと同時に頭の中に情報があふれ出てくる…

「……凄い、全部処理できてる……」

驚きと共に呟く。多分、カイトは耐えられないと思い、そのサポートに廻ろうとしていたのだが、その必要もなく、肩透かしを食らった気分だ。

「それってそんなに凄いの、ルリルリ?」

それを聞きとがめたミナトが聞いてくる。

「はい。多分、私と同じぐらいの処理能力があります」

その一言に、またブリッジに驚きが広がる。

「本当なの?ルリちゃん」

「こんな事でうそついても仕方ないでしょう。それより名無しさん。急いでください」

“…え?ああ、わかった、これよりテンカワ機の援護に向かいます!”

 

意識を自分の前に向ける。だが視線は固定しない。どこも見ていない…しかし視界全てを見ている状態で戦場を見渡す。

視界の先で一機のエステバリスが包囲されている。包囲網の弱いところを探す。同時に自分に向かってくる敵機を警戒する。

襲い来る敵機を撃破しつつ敵の包囲網へ切り込む。

まずは前方三十度、次は真下、そして後ろに二機、交差と同時に攻撃……。

“やるぅ〜。やっぱただ者じゃなかったねぇ、彼。敵の動きを完全に把握してるよ。

さすが優人部隊の制服着てるだけあって、優秀!”

“すっご〜い!あれほんとにさっきの名無し君?別人みた〜い!”

先程までのおどおどとした様子とのあまりのギャップに驚いているらしいユリカの感嘆の声。

それを耳にしつつ、少年はバッタの包囲網に切り込んでいく。

自分のとるべき道が全て解る。すぐに目前にアキトのエステバリスを捉えた。全速で接近しつつ、通信を送る。

“テンカワ機!これより包囲網を破ります!ついてきて下さい!”

“りょ、了解!”

自分が破った包囲網の穴の反対側に向かって、少年は突撃をかける。反対側の穴を塞ぐための移動で一時的に薄くなった部分を的確に突き、強引に穴を開く。

前に敵がいなくなったとき、アキトのエステバリス共々、少年のエステバリスは包囲網を突破していた。

“サンキュー!助かったよ!えっと……”

「敵がまとまってる今の内に叩きます!各機、援護願います!」

“おい、ちょっと待て名無し!そのエステバリスじゃもう無理だ!いったん帰ってこい!”

“……”

追いついてきたリョーコ達を確認すると、少年はウリバタケの声を無視して突撃をかけた。まずは敵を引っかき回す!

“おい、名無し!聞いてねぇのか!?コラ!!……ちっ仕方ねぇ、アキト!名無しの首に縄付けてでも引っ張ってこい!”

“了解!”

“よーし、残りはアキトと名無しを援護しつつバッタどもを殲滅する!遅れるなよ!”

“了解!”

全員の声が唱和し、反撃が始まった。

 

…それはバーニアが停止してしまった事による一瞬空いた隙だった。

「!!ッしまった!」

“名無し機左腕部損傷”

“名無しさん!!”

ルリの報告の後ろからユリカや他の皆の悲鳴が聞こえてくる。

“名無し!もうわかっただろうが!そいつじゃもう満足に動けねー!!さっさと戻ってこい!!”

だが、その衝撃が引き金となったのか、呆けたように前方を見ているだけである。

“!!っ ちぃ!!みんなできる限り名無し機援護!!取りつけた奴はさっさと戻れ!!”

“了解!!”

しかし、バッタの抵抗が激しく、援護だけで精一杯なのが現状だ。

“あれ?”

『それ』に最初に気付いたのはジュンだった。

“どうした?副長?”

“いや、あれだけ狙われているのに、いまだにかすってもいない”

“何?”

たしかにそうだ。援護を受けているとはいえ、現存のバッタの集中攻撃を受けているのに、被弾はおろか、かすりすらしていない。



寒い。
熱い。
寒い。
熱い。

本当は、どっちなんだろう?

空調のおかげで適温になっているはずなのに、肌に触れる空気は身を切り裂くほどに冷たいのに、体中の血は滾るように熱い。

光の花が咲く空間の中、全てのものが停止している。

数多の雑兵と人型機動兵器と巨大な戦艦と僕自身が……


 バッタと呼ばれる機動兵器/我等の尖兵
                 と
   エステバリスと呼ばれる/地球の
            人型機動兵器と
  ナデシコと言う名の戦艦/草壁の理想を潰えさせた戦艦
                 と
        手馴染まない/手馴れた
    球状のものを握った/IFSインターフェースを握った
            名無し/闇の者
              が……


−……鬱陶しいな−

“!? 名無し機再起動!!”

“何?!”

−俺は邪魔をしていた雑兵を蹴散らし、赤い人型に持っていた槍で切りかかった−

“なな?!”

−ほう、これくらいならよけられるか−

“ッこの馬鹿ヤローが!!相手はもういねー!!間違えるな!!!”

そう言い左手で殴りかかってきたのを右手でいなし反撃を加えようとする。が、

−!?右手が動かない!?−
そして、強かに打ちつけられる名無し機。

「痛ッ!!…って?あれ?僕何してたんですか?」

“ったく!無意識かよ!バッタを全滅させた後コッチに襲いかかってきたんだよ!”

それを聞いた少年は真っ青になり、平謝りになった。

「すっすいませんでした!」

“ったく、まあいいさ。それよりさっさと戻るぜ!”

「はっはい!」

“(しかし、整備が完全だったら、ヘタすりゃ今ので落とされてたぜ…)”

 

“結局、敵は宇宙にはぐれた木連メカ達の暴走ということで片付けられ、全ては記憶喪失さんの活躍で木星トカゲを撃破、こちらの被害もなくめでたし、めでたし。” 

“ルリルリ、誰にむかって言ってるの?“

 

ナデシコ艦内に戻った少年は、エステバリスのコックピットで……突っ伏していた。

(怖かった……)

彼の頭の中にあるのはその一言だけである。

戦闘が、ではない−実際、戦闘に対する恐怖は全くなかった−このエステバリスが、である。

戦闘中から奇妙な手応えがかえってくると思ってはいたが、最後にはフレーム自体が軋み始め、リョーコの一撃が決定打となり、着艦寸前でいきなり緊急脱出装置が作動してアサルトピットが排出され、ふらふらと流れていったフレームはやがて極小のお星様となって輝いたのであった。

(でも、自分の手足の延長みたいにエステバリスを操縦できたし……もしかして僕ってパイロットだったのかな?)

無くした過去に思いを馳せている少年の耳に、小さな爆発音が響いた。

爆発ボルトが作動してハッチが吹き飛ばされたのだ。ようやく狭いコックピットから外に出ることが出来る。

別に彼は好き好んで浸っていたわけではない。

本格的にお亡くなりになったのは機体だけではなく、アサルトピットもハッチがゆがんで開かなくなっていたのである。

暗闇に慣れた目に正面から降り注ぐ光。まぶしさに目を細めていると、人影とともに拳骨が彼の視界に現れた。

「痛っ!」

「この大馬鹿野郎が!!死にたいのか!!俺の整備が信用できんのなら乗るな!!いつ爆発するか、こちとらびくびくしてたってのに!!」

「す、すいませんでした……えと…すいません、お名前は…?」

「あん?俺はナデシコ整備班班長 ウリバタケ・セイヤ様だ!ったく、もともと整備不良だって言うのに無茶しやがって!!

……ところで今日のヒーローさんよ、下で皆さん待ってるぜ」

イヤミを言いながらウリバタケが指し示す先には、すでにエステバリスから降りたパイロット達が待ちかまえていた。

なぜかパイロットでもないユリカもルリをお供に来ていたが。

自分を見つめる視線に多少怯えながら、少年は彼らの前に降り立った。エステバリスを動かしているときとは、まるで別人である。

「ま、お説教はウリバタケ君で十分だろうから置いといて、名無し君、ご苦労さん!いや、おかげで助かったよ」

「ほーんと、凄かったよ、名無し君!」

アカツキとユリカが先頭を切って声をかける。それを口火にして、残りのパイロット達も次々に声をかけてきた。

「すっごかったよねぇ〜、ねえリョーコ?」

「あ、ああ……確かに」

「ほんと、おかげで助かったよ、ありがとう」

口々に賞賛を浴びせられる少年だったが、少年はそれほど喜んでいなかった。

「いえ……思った通りに動いていただけですし……それにフォーメーションも組めずに、皆さんに迷惑かけちゃったんじゃないでしょうか……」

「それであれだけ出来りゃあたいしたもんだって。なあルリ、さっきの戦闘のデータ、呼び出せるか?」

少年の背中を力一杯叩きながら、リョーコはルリに顔を向けた。それに答えて、ルリはぽつりと呟く。

「はい。オモイカネ、よろしく……出ました。

撃墜数の約四十七パーセントは名無しさんのスコアです。それとアシストも約二十八パーセント……凄いですね。

撃墜数の3/4以上に関わっています」

「ほえ〜。ほんと、凄いよねー!それじゃあ、そろそろみんなも揃ったことですし、お祝いでもしちゃいましょう!」

圧倒されるほどテンションの高いユリカ。そこに聞こえてきたルリの呟きに、少年は思わず苦笑を漏らしたのだった。

「なんのお祝いなんだか………」

 

ブリッジにナデシコ副長、ユリカ曰く『大事なお友達』のアオイ・ジュンの声が響く。

「あーあー、マイクテス、マイクテス、えーそれではナデシコ艦長ミスマル・ユリカから一言」

「えっへん、このたびはこの私、ナデシコ艦長ミスマル・ユリカとアキトの愛の力で火星の遺跡には遠くに飛んでってもらいました。ねえねえルリちゃん、これでよかったんだよね?」

「何がよかったんだか………」

『一緒に戦った仲間だから』という理由で引っ張られてきた少年も、ブリッジの一角でユリカの演説を聞いていた。

しかしその内容に、思わず微苦笑を浮かべて、隣に並んだアキトに本音を漏らしてしまう。

「しかし、『艦長』というイメージからとことん遠い人ですね……」

「仕方ないさ、ようやく一段落ついたところだしね。はしゃいでるんだよ」

「……艦長は、いつもああじゃありませんか?」

「ルリちゃんの言うとおりですよ」

アキトのフォローを台無しにするセリフを吐くルリとメグミ。

メグミはくすくすと小さな笑い声を漏らした後、ふと思い出してユリカの演説を遮った。

「それではパーッとやっちゃいま……」

「艦長、その前に、この子どうするんですか?」

「あっ、そうだった、いっけなーい。すっかり忘れてました……ルリちゃん」

「はい」

「名無し君のID作ってオモイカネに登録しちゃって下さい。今日からあなたも私たちの仲間です!」

突然の宣言に慌てるプロスペクターとゴート。正体不明の人物に対するには、ユリカよりもこちらの反応の方が正常と言えるだろう。

二人揃ってユリカに詰め寄っている。

「しかし艦長、現地での新規採用はもっときちんと調査と面接を行わないと……」

プロスペクターの説得もユリカには全く通用しない。望んでもないことだったが、あまりの急激な展開に少年も思わず口を開いてしまう。

「あの、ほんとに良いんですか?自分で言うのもなんですが、僕ってとことん素性が怪しいですし……と言うか素性も判りませんし」

「良いんです!艦長権限です!あなたは私たちと一緒に戦って、私たちのピンチを救ってくれたんです。もう名無し君も立派なナデシコのクルーです!……あ、ルリちゃん、コミュニケも用意してあげてね」

「了解しました。でも艦長、名前の登録はどうしますか?」

「そっか、あなたもいつまでも名無し君じゃなんですから、ナデシコのクルーになったお祝いもかねて、わたしが名前を決めてあげます!」

沈思黙考すること約二十秒、ユリカは目を輝かせてその名前を告げた。

「カイト、っていうのはどうかな?良い名前でしょ?」

少年には何も反対する理由はなかった。

名無しの自分が、『カイト』になった。このナデシコの一員となったのだ。

どこにも行く当ての無かった自分に仲間と居場所が出来た、そのことが無性に嬉しかった。
だから彼は、最敬礼しつつ、一言だけ言った。

「はい、ありがとうございます、艦長!」

「艦長、その名前の由来は?」

ふと思いついたのか、ルリが聞く。

「ほえ?昔飼っていた犬の名前だよ。ルリちゃん」

それがどうかした?とでも言いたいような顔だ。

「……いいんですか?そんな名前で」

流石にユリカに突っ込んでも意味がないと思ったのか、カイトに突っ込む。

「……はは、まあいい名前なのは確かだし……」

フォローをしようとしているが、カイト自身も引きつっている為、説得力がない。

「……艦長……それって……」

ナデシコのクルーも皆、引いている。流石に少しマズイと思ったのか、ユリカは笑ってごまかす。

「……あはは、それじゃあ、改めて自己紹介しますね。わたしがこの戦艦ナデシコの艦長を務める、ミスマル・ユリカです!」

それを皮切りに、次々にカイトは皆の自己紹介と歓迎を受けた。

ナデシコに『カイト』が現れた最初の一日は、多少の波乱を含みながらも、こうして過ぎていったのである。

 

 

 

 

 

 

 

対談あとがき

カイト(以下K)「いいんですか?」

なにが?

K「こんなの書いた事ですよ」

いいんじゃないの?

K「…続けれるんですか?」

さあ?

K「『さあ?』って……」

まあ、頭の中では漠然とプロットできてるし、なんとかなるんじゃないの?

K「……書くんですか?」

さあ?

K「……待て、コラ」

まあ、書きあがれば送るし、多分月刊ぐらいになるんじゃないの?

K「………本当に?」

ま、予定は未定だし。

K「も一つ待て」

まあ、それは冗談として、月刊化はホントでしょうけど。

K「ホントに?」

ま、多分。それよりこれ書くためにゲームやり直したんだけどさ、初めの極冠遺跡でジュン出てるよ、エステで。びっくりした。

K「え?……あ、ホントだ」

そ〜ゆ〜訳で、ここのジュン、少しは活躍する。

K「そなの?」

そなの。でもジュンはジュンだから(邪笑)

K「どゆ意味?」

影が薄くて幸薄い。でもエステ戦ではたまに出る。そんだけ。

K「……ジュンさんですね〜」

だね〜

K「ところで今回の題の理由は?」

ああ、新しい『家族』の事か?

K「ええ」

あれはな、ナデシコって一個の家庭だろ?そこのクルーになったんだから『新しい家族』。それ以上の意味はない。

K「なるほど。じゃあ僕の名前の『カイト』が犬ってホント?」

そだよ。ユリカに元の名前がダサいと言ってつけられた。それ以来みんなカイトと呼ぶ。

K「……いいんすか?それ………」

仕方ない。強制だ。ついでに元の名がカイトでもそう言う。……ま、犬にでも噛まれたと思ってあきらめろ。

K「トホホ……冗談になってないよ、それ」

当然。本気で言っている。……そろそろ長くなってきたな、ここらで締めとこか。

K「って実のある話、なにもしていないですね」

したじゃん。ジュンとお前の名前。

K「いや、もう少し、例えばあの写真が出てこないーとか」

イツキの事か?ありゃお前と接点無し。代りがあの黒服。

K「じゃ、あの制服は?」

ここらで終り、そりゃまた今度。

K「ま、しゃあないか。それじゃ…」

また来世。

K「そんな終り方があるか!」

 

 

 

あとがき・正規

ども、初投稿です。見てもらえばわかると思いますが、序盤はゲーム版そのまんま。中盤からオリジナルになっています。

ちなみに『*』で人称を変えています。

よって三人称・一人称・三人称になってるはずです。

『時の流れに』を読んでから漠然と一回書いてみたいな、と思っていましたがOFF会行ってから爆発しました(笑)

今はその慣性で書いています。

……いつ止まるか解りませんが、気長に待っていて下さい。

感想は辛口で下さい。しっかし一人称はどこまで書いていいか判らんし、三人称は書き方あまり判らんし、どうしよ(笑)

ついでに・一度書き終わった後カイト君の年齢を下げました。というわけで、名無し君のとき、『青年』と書いてあった所を『少年』に修正してありますが、全て添削できたか自信ありません。5回ぐらい添削したのにまだ出てきますし……というわけで、見つけたら教えてください。

 

 

 

 

実は「Blank of 3years」を知らない代理人の感想

 

「犬」かい(苦笑)。

なんか、いきなり不吉な未来を暗示しているみたいで哀れですな〜(笑)

 

しかし最近キレるとパワーアップする主人公が多いなぁ。

某魔眼所有者の影響だろうか(笑)。