カコーン……
「それで、なんで私たちは、こんな所にいるんでしょう?」
「仕方ないんじゃないかな。養父さんがアキトさんと一対一で話をしたいって言うんだから」
話は遡ること一時間前。コウイチロウに誘われてミスマル邸にやってきたアキト達は、コウイチロウのたっての願いでアキトと差し向かいで話をしている筈だ。
そんなアキトの様子が心配なのだろう、先ほどからユリカが落ち着きも無く、そわそわしている。
「……義姉さん、そんなにアキトさんが心配ですか?」
「当たり前じゃない。……アキト、お父様にいじめられていないかな……」
実の父親をそこまで信用できないのか、ユリカの呟きにカイトが引きながら答える。
「あの、義姉さん?別にアキトさんをいじめる為に呼んだんじゃないんですから……」
「あのお父様だもん。そんなの解らないわよ」
今回の騒動で娘の父親に対する信頼度は完全に失われている様だ。そんなユリカの様子に、大げさにため息をつき、
「……あのね、義姉さん。別に養父さんはアキトさんをいじめていた訳じゃないんですよ」
「へ?でもあの様子はアキトをいじめていたよ?」
その言葉を信じられないのだろう。カイトの言葉を即座に否定する。だが、カイトは解っていないという風に首を振りながら、
「アレはアキトさん個人をいじめていた訳じゃなく、あくまで『娘に寄って来た悪い虫』に対してやっていただけ。…だから、例えばアキトさんじゃなくてジュンさんを恋人って言って養父さんに紹介しても暴れたと思うよ」
「……そうなの?」
カイトの言葉が信用できていないユリカは、隣で聞いていたルリに話を振ってみる。
「そうですよ」
何をそんな当たり前の事を……ルリの眼はそう語っていた。
「だから、僕がこの一ヶ月間やってたことは、養父さんのアキトさんに対する考え方を『娘に寄って来た悪い虫』から『テンカワ・アキトという一個人』に変えさせたんですよ。後は一切やっていません」
「あれ?いつもの様にサポートはしないんですか?」
ここ数ヶ月でカイトの性格を熟知してきたルリが聞いてくる。カイトがこの程度で引き下がる筈が無いという考えだろう。
「うん、サポートは一切無し」
ルリの質問に気軽に答える。だが、ユリカが黙っていなかった。
「ええ〜?なんでよ〜?」
ユリカの問いももっともだ。昨日が良い例のように、カイトは何か企む時、過剰ともいえるほどの策を考える。それが今回は無しなのだ。ユリカの不満も当たり前だろう。
「簡単な事ですよ。サポートをする必要すら無いだけです」
「へ?」
「……それって、どういう事ですか?」
「そのままの意味。義姉さんならアキトさんの性格をよく知っているでしょう?」
「あったりまえ!」
そんなの、私が一番知っているわ!とでも言いたい様に断言している。
「なら、言うまでもないでしょうけど、アキトさんなら養父さんに嫌われる事は無いでしょう?」
「現に今まで嫌われてきていましたけど……」
カイトが気楽な理由が解らず、ルリが突っ込みをいれる。
「ああ、それはさっきも言ったけど、養父さんはアキトさん個人を見ていたんじゃなくて、義姉さんについた悪い虫としてしか見ていなかったんですよ。だから、その色眼鏡を取り払って、アキトさんの人格を見れるようにしたんです。
で、アキトさんの性格は知っての通りですから、養父さんの理想とは違いますが、義姉さんの婿としては及第点がつくんじゃないですか?」
「え?…それって……」
何でもない事の様に語るカイトの言葉の中に含まれている物を理解したとき、ユリカの顔に光が差した。
「それって!アキトとの結婚を認めてくれるって事!?」
「さあ?そこまでは責任が持てませんが、少なくとも、交際は認めてくれると思いますよ」
今にも跳び上がって喜びだしそうなユリカを宥めながら、カイトが答えるが、そんな話をユリカが聞いている筈もなく、
「アキトと結婚だ〜!」
と叫びながら飛び跳ね始めた。
「どうするんですか?アレ……」
そんなユリカを眺めながら、ルリがポツリとこぼす。
「う〜ん、失言だったな……」
そんなルリの突っ込みと、目の前ではしゃぐユリカを眺めながら頭を掻いているカイト。
「……こりゃ、放っておくしかないかな……?」
「……ですね」
失言を悔いているのか、良く見れば、カイトは冷や汗すら浮かべている。
……ユリカが戻ってきたのは、それから30分後の事だった。
機動戦艦ナデシコ異伝
双頭の獣
第6話 ミスマル家の『騒動』
「……そろそろ話も終わったと思いますし、戻りますか?」
暇つぶしがてらに鍛錬をしていたカイトが切り出す。
「…ですね。もういい時間になりましたし」
そんなカイトの鍛錬を見ていたルリが言う。
ユリカが戻ってきてから一時間、そろそろ正午になろうかという時間だ。
「それにしてもカイト君、よくそんな縄を振りまわせるわね〜」
ユリカが感心しながらカイトが持つ武器を見る。それは一目見ただけでは、縄の両端に鉄片を取り付けた物としか言い表せない物だった。
「ええ、なんか僕がはじめから持っていた道具の一つですし、なんか、体がこれの使い方を覚えているみたいなんですよ」
急に気恥ずかしくなったのか、照れながらも答える。
カイトが扱っていた武器は、流星錘と呼ばれる物だ。ただの縄にも見えるが、中に柔軟性の高いワイヤーが仕込まれたりしており、実用にも十分耐えられる。しかもカイトが使えば、腕ぐらいの太さの木でも簡単に折れるぐらいの威力がある。
「それじゃ、汗を流してきますんでしばらく待っていてください」
「OK〜♪」
鍛錬場に備え付けてあるシャワー室に入って行くカイトに向かい、手をひらひらさせながら見送るユリカ達。
「はっはっはっは…………ささ、もう一杯いきなさい!」
屋敷に戻ってくると、奥からそんな声が聞こえてきた。
「あれ?もう始まってるのかな?」
奥の座敷を覗くと、そこのはコウイチロウの酌を受けているアキトの姿があった。
「……おや」
あまりのコウイチロウの豹変ぶりにルリが小さく呟く。
「ん?…おお、ユリカ!お前もどうだ?一杯」
カイト達が覗いているのに気付いたコウイチロウがユリカにも酒を勧める。
「そんなことよりもお父様、アキトと仲直りしたの?」
先程カイトに聞いてはいたが、実物を見ても、まだ信じられずに呆然としながらも聞く。
「ん?ああ、話してみたら良い若者じゃないか!」
機嫌良さそうに相好を崩しながら答えるコウイチロウ。その表情は、つい先日まで毛嫌いしていた相手に向ける表情とは思えないほどだ。
「提督。それは、変わりすぎ……」
ルリの言葉が表す様に、カイトが仕組んだ策は、異常な程効果を上げていた。如何程かというと、仕組んだ張本人であるカイトすら、この豹変ぶりに引き気味である程だ。
「ね?義姉さん、言った通りでしょう?」
「……うん」
「ほらほら、ユリカもカイトもルリ君も、そんな所に突っ立っておらずに、座りなさい」
呆然としている三人に気付いていないのか、それとも全く無視しているのか。コウイチロウが三人を急かす。
「はあ」
間の抜けた返事を返しながらも席につくユリカ達。
それから一時間、どんちゃん騒ぎが続いた。コウイチロウは元より、ユリカ、アキトもべろんべろんに酔っ払っている。
だが、流石に中学生に呑ませるのは良心が咎めたのだろう。ルリとアキトはしらふのままで潰れた三人を見ている。
……そして、足腰すら立たなくなった酔っ払いが三人。一滴すら呑んでいないしらふが二人。そうなればしらふがする事は一つだ。
「はあ……ルリちゃん、足持って」
「解りました」
そう、酔っ払いの寝かし付けと介護だ。
「うぅ〜、ルリちゃん〜。お水ちょうだい〜」
今にも倒れこみそうな声を出しているユリカ。一方、男二人は完全に寝てしまい、数時間は起きそうにない。
「はあ……義姉さんもしばらく寝た方がいいんじゃないんですか?」
「うん……そうする」
そう言い残し、布団にもぐりこむユリカ。
「この分じゃ三時間は起きないかな?…ルリちゃん、その間どうする?」
「お構いなく。それくらいならいくらでも時間の潰し方がありますし。…ところで、カイトさんはどうするんですか?」
カイトの問いににべもなく答え、逆に問い返すルリ。
「そうだな……養父さんの書斎で面白そうな本でも見繕っているか」
「それって、勝手に入ってもいいんですか?」
コウイチロウの地位では他人に見られてはいけない書類の一つや二つはあるはずだ。それが書斎ともなると尚更だ。
「ああ大丈夫。鍵が掛かっている場所以外は自由に見てもいいって許可を貰っているし」
「それじゃ、私も行ってもいいですか?」
「…へぇ」
カイトの記憶に残っている限りでは、ルリが積極的になった事など数えるほどしかない為、少し驚きの声が上がる。
「……何か?」
カイトの内心に気付いていないルリは不思議そうにカイトに問う。
「いや、こっちの話。それで、入るのは構わないと思うよ。事後承諾になるけど、後で養父さんに言っておくから」
「はい、それではよろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げるルリ。
そして三人を放ったまま二人は部屋を出ていった。
「……カイトさん、何を読んでいるんですか?」
書斎に入ってから既に一時間。それぞれに見たい本を見ていたのだが、カイトが見ている辞典風の本に興味をそそられたのか、ルリが聞いてくる。
「ん?…ああ、花言葉の本だよ」
「花言葉?」
カイトの趣味から考えて、そんな言葉が出てくるとは思わなかったルリは、反射的に聞き返す。
「そ、一概に花言葉といっても、色々あるんだよ。その成り立ちとか見ていたら面白いし。」
自分のキャラクターにあまりあっていないと思ってはいるのだろう。照れ臭そうに解説を加える。
「それじゃ、例えばどんなのがあるんですか?」
カイトの言葉に興味を覚え、興味深げに聞いてくる。
「そうだな……クロユリで呪いってのがあるね。」
ちょうど目に止まった一文を例にだす。
「呪い……ですか」
流石にそんな花言葉を持つ花に良いイメージを持つはずもなく、顔をしかめる。
「そっ。…まあ他にも愛とかの意味もあるけどね」
「なら、そちらを先に言ってください」
注釈程度に言ったカイトの言葉には、どう見てもルリをからかおうという魂胆が見えており、それが余計にルリを不機嫌にさせる。
「まあまあ、そんなにむくれないで」
そう言うカイトの言葉には誠意という物が感じられず、ルリは「誰のせいですか」と呟くだけで全く相手にしていない。
「まあこの本によると『恋を告げるときに使われた花で恋は人を幸せにしたり不幸にすることから生まれた』って書いてあるから恋が先みたいだね」
「………」
カイトがフォローを加えるが、ルリはへそを曲げたままで、聞いていない。
「あっ、なんか小さく注釈があるな。
……ルリちゃん、クロユリみたいな恋はやめておくべきだよ」
「……どういう意味ですか?」
流石にこれは聞き咎めたのか、ジト目で聞いてくる。
「注釈には別の花言葉が載っていてね、それがね……」
ここで一拍置き、ルリの興味がこちらに向くのを待つ。
「……それが?」
案の定、食らいついてきた。ここで溜めていた分を吐き出す。
「それが、『狂気にも似た愛情』って言うの。……ルリちゃん、間違ってもストーカーにはならない様にね」
「なりません!」
これには頭にきたのだろう。絶叫する様に叫ぶ。
「カイトさんはそんなに私をからかって楽しいんですか!?」
いい機会だとばかりに今までの鬱憤を吐き出すルリ。対するカイトは、
「う〜ん、楽しいって言うより、もうライフワークになってるからなぁ……」
何故かしみじみとのたまう。
「そんな不要な物、さっさと捨ててください!」
……もう、目に涙すら浮かべて訴えるルリ。
「うっ!……ごめんなさい。反省していますので、許してもらえませんか?」
そんなルリを見た瞬間、何故か一気にへりくだり、謝りだすカイト。
「? 解ってくれたんならいいんですけど……」
涙を拭きながら、上目遣いでカイトを見るルリ。
「あ、ちょっとやる事があったんで部屋に戻ってるよ」
そう言い残し、まるで逃げるように部屋を出ていくカイト。
「……どうしたんだろ?」
ひとり、部屋に取り残されたルリは、眼の端に残っていた涙を拭きながらそう呟いた。
カコーン……
ししおどしの音が響き渡る。
先の泥酔事件から三時間。漸く三人が動けるようになり、話し合いが再開された所だ。
「さて、わしが出した結論だが……」
上座に着いたコウイチロウがみんなの顔を暫く眺め、重々しく話し出す。
余談だが、ミスマル親子は完全に酒が抜けている様である。対するアキトはまだ酒が抜けきっているようには見えない。……一体どのような肝臓をしているのだろうか?
「結論は?」
ユリカが身を乗り出して尋ねる。
「……合格だ。ユリカとの交際を認めよう」
アキトと話していた時にもう決めていたはずだが、声に出して言うと後ろ髪引かれるものがあるのか、声が震え、未練がましくなっていた。
「やった〜!アキト、お父様が認めてくれたよ!」
「ああ、解ったからはしゃがんでくれ!頭に響く……」
やはり酒が残っているというよりも、二日酔い状態になっているアキトが情けない声を上げる。
「はい、アキトさん。二日酔いに効きますよ」
横からカイトが何やら怪しげな煎じ薬を取り出す。
この薬は、ルリから逃げ出した後のカイトが『あの様子じゃ多分、二日酔いだろう』と思い立ち、イネスに教えてもらった煎じ薬を一時間かけて作った逸品だ。
「……なんか、スゴイ匂いがするんだけど……」
火に掛けていた訳でもないのに、何故かコポコポと泡を造り続ける紫色の液体を指差して言う。
対するカイトの答えは簡潔だ。
「大丈夫ですよ。ヤバイ薬品は入れていませんし、食べられる物ばかりですよ。それに、変な化学反応も起こっていませんし」
「……それで、この色?」
「ええ」
「中に何が入っているの?」
「聞きたいですか?」
何故か、異常に爽やかに、…いや、嬉しそうに聞いてくる。そんなカイトに怖れをなしたのか、
「いや、いい……」
そう答えるのが精一杯だった。
「それじゃ、どうぞ」
そう言ってアキトの無理やり湯呑みを渡す。
「ううっ……」
その液体を凝視していたが、やがて意を決したのか、一気に飲み干す。
「!!」
口に含んだ瞬間は体が麻痺した様だった。だが次の瞬間、味覚が味…いや電気信号を脳に伝えたとき、脳も麻痺しかかった。いや、いっそ麻痺したらどんなに良かっただろう。……その後の地獄は続かなかっただろうから。
端からそのアキトの様子を見ているとかなり滑稽だった。まず、呑んだ瞬間、顔が一瞬にして真っ青になり、その後、壊れた玩具の様に一分近く身悶えつづけたかと思うと、ヒューズが飛んだかのようにピクリとも動かなくなった。
「うわっ!アキト、アキト〜!!」
泣きそうな声で慌ててアキトを抱き寄せるユリカ。
「お〜、凄い威力。しかし、一分か……もう少し続くと思ったんだけどな……」
動かなくなったアキトを見て、完全に他人事の口調で言い、何事かブツブツと言っているカイト。そんな様子を完全に固まって見ているコウイチロウとルリ。
その座敷の様子は、まるで暴風が過ぎ去った後のようだ。
「何を呑ませたんですか、アレは」
二次災害を避ける様に、まさに恐る恐るといった様子で聞くルリ。
「ん?イネスさん特製の二日酔いの薬、改」
「改、ですか……?」
まさに誇らしげに言うカイトに、困惑げに聞くルリ。
「そっ、イネスさんの薬はあくまで二日酔いに効くだけの薬だったからね。それに味覚から来る作用もプラスしてみました」
「味覚ですか?」
「そうだよ。味覚ってのは不思議な物でね。美味い物を食えば物事に寛容に。逆に不味い物を食えばチョットした事でもイライラしてくる。
『良薬口に苦し』って言うだろ?あれは『苦い』って言う味覚も薬として効いているんだよ。だから、それの超強力バージョンを投与してみました」
何故か、実に爽やかな笑顔でそうのたまう。しかし、白目を剥き、口から泡を吐きながら気絶しているアキトと話を聞かずに介護を続けるユリカを除く二人は引ききっている。
「それで、アキトは大丈夫なの!?」
ほとんどパニックを起こしながらユリカが尋ねる。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。アキトさんの神経が焼ききれる寸前になるように調合していましたから、目を覚ませば二日酔いも消えていますよ」
手をひらひら振りながら、なんでもないことの様に言うカイト。
だが、その内容に絶句する三人。つまり、カイトはこうなる事があらかじめ解っていたにもかかわらず、淡々と実行したのだ。それを悟った三人の心境は如何程の物だろうか?
「それじゃ、そろそろ起こしましょうか?」
そんな三人の、まるで怯えるウサギのような目に耐えきれなくなったのか、大げさにそう切り出し、アキトに近寄る。
「何をするの?」
カイトの信用ゼロ。そう尋ねるユリカに苦笑しながら、
「ただ単に活を入れるだけですよ。……そんなに怯えないで下さい」
「あっ、ごめん!」
そう言われて始めて自分が怯えている事に気付いたユリカは、顔を真っ赤にしてカイトに席を譲る。……ちなみに何に謝ったのかは、ユリカ自身にも解っていない。
「よっ」
ゴキッ!
「うっ……」
妙に生々しい音がしたと思えば、アキトがゆっくりと目を開ける。虚空をさ迷っていた視線がカイトを見つけると、一気に目が開く。
「おま……」
アキトが何か言おうと口を開いた瞬間、カイトがアキトの口に水筒を突っ込む。
「うぐ……」
ゴッゴッ……と中の液体を飲み干すアキト。
「あ、ルリちゃん、お茶を一杯入れてくれない?」
そんなアキトの様子を見ながら、ルリに指示を出す。
「は?」
「だからお茶。アキトさんに飲ませたいから」
「あ、はい」
慌ててお茶の支度を始める。そうこうしている内に水筒の中身が空になった。
「ゲホッ。カイト、次は何を飲ました?」
恐る恐るといった風に聞いてくるアキト。
「その前に、どうですか?一息」
アキトの言い分を全く無視して湯呑みを差し出すカイト。
「そんな事より何を……」
「まま、一杯」
アキトを遮って執拗にお茶を勧めるカイト。埒があかないと思ったのか、渋々お茶を受け取り飲み干す。
「それでだ。何を飲ました、お前は?」
アキトの言い分をまたも聞かずに、じっとアキトの顔色を見続けるカイト。しばらくして満足したのか、微笑む。
「?」
そんなカイトに毒気をを抜かれたアキトは呆然とカイトを見る。今まで事の成り行きを見守っていた三人も同じような顔だ。
「良し、成功」
『は?』
カイトのその言葉は流石に聞き咎めたのか、異口同音に聞き返す。
「時にアキトさん。聞かないほうが絶対に良いと思いますけど、それでも聞きますか?」
カイトが妙にプレッシャーを掛けながら聞いてくる。
「え?……あ、ああ」
反射的に頷くアキト。
「多分後悔しますよ〜。それでも聞きます?」
異様に嬉しそうに聞く。だが、こういう声を出すカイトにはろくな事がないと悟っているルリは止めようとするが、それより先にアキトが了承してしまった。
「それでは解説を……」
またも、すっごく嬉しそうに話し出す。
「最初に飲んだ薬はルリちゃん達に話した通り、『味覚から二日酔いを治す薬』。だけどこれには副作用みたいなのがあってね。飲むと味覚がバカになるの」
「は?」
聞き間違いであって欲しいという気持ちからか、アキトが聞き返す。
「だから、味覚がバカになるの。…正確には、あまりに強烈な味で味覚が麻痺するって言うのが正解かな?
激辛カレーを食べたりするとしばらく味覚が麻痺したりするでしょう?あれと同じ様なもの。ただし段違いだけど」
「段違いってどれくらいですか?」
背中にいやな汗を浮かべながら突っ込むルリ。
「そうだな……多分一週間は味覚が戻らないんじゃない?」
なんでもない事のように言うカイト。だが、台詞を聞いた瞬間にアキトの顔色がさっと青くなった。
無理もない。アキトの職業は味覚命のラーメン屋。その中でもスープの味には絶対の自信を持っているのだ。その自信の元である味覚が使えないとなれば店を閉めるしかない。やっと店が軌道に乗り出したばかりの大事な時期に一週間も休まなくてはならないのは致命的な損失となる。
しかしカイトはそんなアキトの様子が見えていないのか、先程の水筒を取り出してマイペースに続ける。
「それで、さっき飲ませた二つ目の薬が役に立つんですよ。これは僕の薬で麻痺した味覚の麻痺を取り去れる中和剤。この薬を一分ほど舌に浸しておけば麻痺が消えるって言う物なんですがって……アキトさん、聞いてますか?」
味覚が戻らないと聞いたからだろう。アキトは固まったまま動こうともしない。この分では聞いてもいないだろう。
「・・しゃ〜ない、か……」
そう呟いたカイトは自分用に用意して貰ってあったジュースの中から氷を一つ取り出し、おもむろにアキトの背中に放りこんだ。
「!! つ、つめて〜! 寒い〜!」
やはりこれは一瞬で気付けるのか、アキトもまた、転がりだした。
「やっぱこれは気付けにもってこいなんだね……ねっ、ルリちゃん?」
そんなアキトの様子を眺めながら、しみじみとカイトがルリに問う。
「……まだ根に持っていたんですか?」
「いや、アキトさんの様子を見ていたらこの事を思い出してね」
呆れ半分で問うルリに気軽にカイトが答える。
「それで、実行ですか」
「そう」
目の前でそんな気の抜けた漫才をしているうちに、やっとアキトが背中から氷を取り出す。
「カイト〜!俺に恨みでもあるのか!?あるんだろ!?」
完全にパニックを起こしているのか、何を言っているのか自分でも解っていないのだろう。
「まっさか〜、もし恨みがあるならこんなお膳立てなんかしませんって」
詰め寄るアキトをのらりくらりとかわしながら、ひらひらと手を振りながら気楽に答えるカイト。
「じゃあどういうつもりなんだよ!」
「まあ、簡単に言えばせっかく覚えた調合が使えそうだったから試してみただけですね」
「おま……うぐっ」
アキトがまだ何か言いたそうだったが、口を大きく開いた時にカイトが何かを指で弾いて入れた。
「で、どうですか?それの味は?」
「どうって……ただの飴だろ?……ハッカ飴か?」
口に放り込まれた物を確認しながら言うアキト。
「そうですよ。ところで、少しは落ち着きましたか?もう解っていると思いますが、味覚も戻っていますし、二日酔いも治っているでしょう?」
「あ……」
今までカイトに詰め寄る事に終始していた為、気付いていなかったが、確かにアキトの二日酔いも治っている。
「それでは、そろそろ話を元に戻しませんか?」
アキトが呆けているうちに、強引に話を修正しようとする。
「戻すって?」
「ユリカさん、カイトさんが変な薬を出したから話は脱線しましたが、元々はアキトさんとの交際を認めるかどうかでしたよ」
天然ボケをかますユリカに横からルリが突っ込みを入れる。
「ああっ、そうだった!それでお父様、返答は?」
「だからさっきも言っただろうが。それに裏表のない良い人格をしておる。……どうだユリカ。どうせ結婚を前提にした交際なのだろう?なんなら婚約もしておくか?」
冗談半分で語るコウイチロウ。だが、その目は真剣だった。
「ホント!?お父様!?」
「ああ、なんなら屋敷に部屋を用意してもいい」
それを聞いたユリカは、
「良かったね!アキト!」
などと言いながら、アキトにまとわりついている。だが、当のアキトは真っ直ぐにコウイチロウを見ていた。
「ん?何か言いたい事があるなら言ってみなさい」
そんなアキトの視線に気付いたコウイチロウが促す。それにつられる様にアキトが発言する。
「すみませんが、婚約するのは遠慮させてください」
ピシッ!
アキトが言葉を紡いだ瞬間、確かに部屋の空気に亀裂が走った。
「……それはどういう意味かな?」
極力怒りを押さえた、単調な声でコウイチロウが話す。
「私との婚約がいやなの?」
捨てられるとでも思ったのか、ユリカがアキトにすがり付く。
「見損ないました」
ただ一言だけ発するルリ。
「………」
カイトは何も語らず、修羅場が楽しいのか、それともアキトが言いたい事が解っているのか、興味深そうに眺めるばかりだ。
「説明、してもらえるね」
今すぐ怒鳴りたいのだろうが、それを意思の力で押さえ込んだ震えた声でコウイチロウは先を促す。
「はい。……まず最初に断っておきますが、ユリカとの結婚が嫌な訳ではありません」
「では、どう言うことかね?」
結婚が嫌な訳ではない。それでは何故婚約できないのだろうか。
「俺が俺自身をユリカと対等な立場だとは思えないからです」
「時代遅れの身分主義ですか。……ホント、バカですね」
ルリの言葉にも容赦がない。だが、アキトはルリに顔を向け、横に振る。
「そういう意味じゃないよ、ルリちゃん。他の誰もが認めてくれようと、今のままじゃ俺自身がユリカとの結婚を認められないんだよ」
「それでは、何時になったら認められるんですか?」
今まで黙っていたカイトが、不意に尋ねる。
「ユリカは軍人として立派に成功している、それに見合える様になんだから、俺も自分の生き方に自信が持てる様になってからだ」
そう言って、自分の腕を見つめるアキト。
「……つまり、屋台ではなく、自分の店を持ててからと言うことか……」
黙って話しに耳を傾けていたコウイチロウがアキトの内面を見透かす様に言う。
「はい。…それも、誰の力も借りずに自分の腕だけで成し遂げたいんです」
真っ直ぐにコウイチロウの目を見ながら言い切るアキト。その目には一点の曇りもない。
「……良かろう。それでこそ漢だ!では、この話の続きはそれからとしよう!」
大げさな程に頷き、涙を流しながら、感極まった様に話す。
「店ができるまでにユリカに見切られなければですがね……」
何処か照れた風にそうおどけるアキト。
「私がアキトを見捨てることなんかないよ!」
アキトにまとわり付きながら怒った風に言う。
「ま、という訳だね」
ポンとルリの頭に手を置きながら話すカイト。
「……知っていたんですか?」
頭に手を置かれたままカイトを見上げて尋ねるルリ。
「まあ、知っていたと言うより、アキトさんの目を見ていたら自然と悟れたね」
アキト達を見ながら、なんでもない事の様に語るが、その内容は常軌を逸している。ルリは驚きながらそんなカイトの横顔を見つめていた。
なあ……
カイト(以下K)「ん?」
お前ってあんなキャラだったっけ?
K「作者であるあんたに聞かれるとは心外だね」
プロット段階ではここはさらっと流すはずだったんだが、なんかこれだけで容量できたし(笑)
K「それはそれで良いんじゃないの?」
まあ、いいっていや、いいんだけど。お前はすぐ暴走するし(笑)
K「失敬な。ただ単にあんたがついて来れんだけだろうが」
それを普通『暴走』と呼ぶんだ
K「……」
……まあ、いいか。
K「……だな」
あ、そうだ。カイトが舐めさせたハッカ飴には、自律神経を安定させる効果があるらしく、イライラした時やリラックスしたい時に1コなめると、精神を落ち着かせてくれるそうです。
K「狙って書いたのか?」
まっさか〜。ハッカ飴ってこれであってるか調べたらたまたま出てきただけだよ。
K「偶然の一致かい」
そっ。あと、メントールは消化促進や疲労回復の効果もあるらしいので、胃もたれや疲れた時に試してみて下さい。
それと、前回言い忘れてたけどカイトの遺伝子レベルでの年齢が十五歳でユキナが十四歳、ルリが十三歳です。
K「僕はとにかく、ユキナちゃんとルリちゃんが同じクラスにいるのに誰も突っ込みが来なかったな」
そうなんだよね〜。で、設定だけど、カイトは戸籍登録のときに弄って1年サバを読んでいます。で、ルリは1年飛び級。ちなみにルリの飛び級はオオイソ中学へ入るための交換条件でルリ自身が出しています。
カイトはその前に一度登録していた為、ネルガルのコネを使って改竄しています(笑)
K「無茶苦茶だねえ(笑)」
だねえ(笑)
K「では」
また
代理人の感想
腹黒いねぇ(笑)。
某紫の噺家か白粉つけ耳のエルフか。
牙と角を生やして先の尖った尻尾をぴこぴこさせているカイトの姿が目に浮かぶ様ですよ(笑)。