「良し、これで完成だ」
前回の戦闘の後、木星上空まで跳んで来た日の艦内時間で真夜中にあたる格納庫でカイトが一人、何か作業をしている。
余談だが、急ぎの用事でもない限りこんな夜遅くまで整備員が残っている事はない。
「……さて、と。オモイカネ。ちゃんと動くかどうかの確認、手伝ってくれないか?」
【分かりました】
自分のエステバリスに乗り込んだ後、オモイカネに指示を出す。
すると、ゆっくりとエステバリスが基本動作を行い出した。
……カイトがIFSを通して『停止』の指示を送り込んでるにもかかわらずに、だ。
「よし、良好だな。後の二つもちゃんと動いてるし、これで完成だな」
【こんな事をして、何か意味があるんですか?】
「ん?……ああ、今付けた装置の事?」
【そうです。カイトさんにはこういう装置をつける意味がないと思いますが……】
「そりゃ買い被り過ぎ。……ま、近いうちに限界になりそうだし、オモイカネには先に言っておいてもいいかな。
今はどうって事はないけど、僕の中には自分じゃ抑えきれない破壊衝動みたいなものがあるみたいでね。
そいつが暴れだしたら、多分ナデシコも敵としてしか見えないだろうから、それを防ぐ為のシステムだよ。
…と言う訳でオモイカネ。一つ、頼めるかな。もし僕が暴走してさっき付けた二つでも止められなかった時は、ルリちゃんには内緒で最初に付けた奴を発動させてくれ。で、ルリちゃんにはシステムの誤動作とでも言っておいて」
【いや、そんな軽い口調で言われても……】
「て言っても悲壮感たっぷりに言っても仕方ないだろ?実際成るようにしか成らないし、最初から保険として付けてるだけで発動させる気なんて毛頭ないし」
【……わかりました。私も発動させないで済む事を願っています】
「……ああ。そりゃもちろんだよ」
機動戦艦ナデシコ異伝
双頭の獣
第10話
操られし『人形達』
「〜〜♪ 〜♪
…て、ありゃ?二人してこんな時間に何してるの?」
整備で汚れた身体を大浴場で洗い、良い気分で鼻歌などを歌いながらぺたぺたとスリッパを鳴らしながら自室に戻る最中、十字路でばったりとルリとユキナに出会った。
「そう言うあんたは何してんのよ、そんな格好で」
「変かな? 家じゃ何時もこんな感じだけど」
そう言いながら自分の姿を見る。その姿とは、着流し――いや、ありていに言うなら浴衣姿だ。
「……そなの、ルリ?」
疑わしいのか呆れているのか。カイトの答えに納得せずに隣のルリに問う。
「そうですね。一度提督の浴衣をおもしろ半分で着てみたら気に入ったらしく、部屋着は何時もあんな感じです」
「ふ〜ん。その割には今までナデシコ内でそんな格好している所なんて見た事ないけど?」
「そりゃここはまがりなりとも戦艦だしね。風呂上りくらいしかしないって」
「じゃ、今までも寝る時とかはそんな格好で居てたの?」
「ま、ね。この格好は気楽だし。それで、二人揃ってこんな所で何してるの?」
「別に。ただ単なる散歩よ、散歩」
「ふ〜ん、じゃ。今時間ある?」
「ええ。そう遅くならないのでしたら構いませんよ」
「なになに、何か面白い事でもあるの?」
「ユキナちゃんは面白くないと思うけど、これに目を通してくれない?」
そう言いつつ浴衣の袖の中から紐で閉じただけの紙の束を取り出した。
「何です、これ?」
カイトから受け取った紙の束をしげしげと眺めながら聞いてくる。
「さっき僕のエステに取り付けた装置の仕様書。出しとかなきゃいけないんでしょ?」
「……カイトさん。こういう事は付ける前に許可を貰って下さいね。…近頃行動パターンがウリバタケさんに似てきましたよ」
頭痛でも感じてきたのか、頭に手を当てながら沈痛そうに声を絞り出す。
「そりゃ、光栄な事だね〜」
「光栄ってあんた、問答無用で改造したりしないでよ……」
「なんで?そうしなきゃ『こんな事もあろうかと!』なんて言うのなんか夢のまた夢だよ?」
「……そんな夢、さっさと捨てなさいよ……」
「話の最中に悪いですがカイトさん。二、三質問があるんですがいいですか?」
カイトの思想についていけなくなっていたのか、現実逃避気味に仕様書を読んでいたルリが横から口を挟む。
「構わないけど、何?」
「このコクピットシートの下に取り付けた装置はなんですか?」
「ん?書いてない?」
「電撃装置と読めますが……」
それこそ何を考えてるのか。呆れた風にその名前を言う。
「は?電撃装置!?」
「そ、電撃装置」
「こんな装置、何の為に付けたんですか?」
「書いて字の如く、コクピットに電流を流す為だよ」
判っているのかいないのか。全く見当違いの説明をするカイト。
「そうじゃなくて、何を目的として取り付けたのかと聞いているんです!」
「ああ、そっちか」
そこで一度言葉を切ると、まるで遠くを眺めるように目を細めると、続きを話し出す。
「二人ともまだ覚えてる?僕が最初にした戦闘の事って」
「…それってナデシコにジャンプしてきた時の事ですか?」
いきなり話題が飛び、居を付かれた風に二、三度まばたきをすると、カイトが言う事に思い当たった。
「そっ、あの時僕が何をトチ狂ったのかリョーコさんに攻撃した事も覚えてる?」
「……はい。確か何故やったのか覚えていないと言っていたと思うんですが」
「うん、そう。だけど今回また実戦を経験してたら、あの時の感覚がなんとなく解ったんでね」
「感覚、ですか……?」
カイトの言いたい事が解らず、眉をひそめながらオウム返しに問い返す。
「そう。だからその防護策としてこれを付けたんだ」
「あんたねぇ、能書きはいいからさっさと言いなさいよ」
前置きの長さに苛立ってきたのか、ユキナが横槍を入れてくる。
「それもそうだね。言葉にするのはちょっと難しいんだけど、簡単に言うと『純粋な破壊衝動』って所かな」
「は?何それ?」
「説明し辛いんだけどね……ありていに言うなら目に見える全ての物を破壊しない事にはいられなくなるような感情かな?
殺戮衝動とも言い換えれるかもしれないヤバイ感情だよ」
「!! ……それじゃ、今までも!?」
「そだよ。今まではまだ理性で抑えつけれたけど、多分そのうち無理になるしね。戦場の空気に触れるたびにあの衝動が大きくなってくるから」
「じゃ、戦場に出なければ良いんじゃないの?」
「多分無理。例えて言うなら僕の『心』が戦いを求めているようなものだから。
もしナデシコ内で暴走なんかしたら、みんなが死ぬか僕が死ぬかの二択になると思うしね。だからまだエステの中に入れておいた方が安全なんだよね〜」
茶化すように言うがその内容は決して洒落で済ませれるようなものではなかった。
「そう言う訳だから、僕が暴走したと思えば躊躇わずにやってくれない?」
「……それをせずとも、私が機体をハッキングすれば良いんじゃないですか?」
「それも考えたから、そっちの装置も別に組み込んであるよ。ただ、そっちはそっちで別に問題があったから電撃装置の次に書いてあるけどね」
「問題…ですか?」
カイトの言う問題が理解できず、鸚鵡返しに問い返す。
「そ。僕の暴走って僕の『意志』がなくなるだけで『技能』は残ってるみたいだから。
しかも『無意識』とか言った類いのリミッターも外れてるみたいだし。
だからもしかしたら『コレ』が装置ごとルリちゃんの操作を弾くかもしれないし」
そう言ってかざしたのは左手。そこにはオペレータ用のナノマシンの文様が薄く光っていた。
その言葉にルリは流石に絶句する。だが、前回暴走した時にリョーコがつぶやいていた言葉と今のカイトの成長がそれを不可能とは言い切れない事を示していた。
「……まあそっちはあまり問題じゃないんだけどね。一番の問題はルリちゃんが制御出来た時だよ」
「制御できた時って……何故ですか?」
「簡単だよ。制御出来てる時は僕の機体を操作しながらナデシコの指揮もとらなきゃいけない。
この二つを同時にやる事は不可能だよ」
「……確かにそうですね……」
実際問題、今までもルリは指揮だけで手一杯だったのだ。
それにプラスして、カイトが暴走するような事態……つまり、カイトの意思で食い止めれないほどの衝動が襲うと言う事はそれに見合うだけの事態に陥っていると言う事だ。それは、ルリがもし制御できたとしてもその状態から脱出できない可能性しかない。
「でしょ?だから連絡がとれなくて暴走したと判断したらその場は放っておいてくれて良いから。で、そこらに敵が居なくなってからコードを入れてくれれば大丈夫だから」
「……あんたねぇ、それまでに撃墜でもされたらどうするのよ?」
そう。一口に『暴走』と言った所で、カイトが暴走を許すような状況に陥ってしまっていると言う状況は、撃墜されてもおかしくない状況だと言う事だ。
「その時はその時。人間、なるようにしかならないし」
「……あっそ」
対するカイトは開き直っているのか。肩を竦めてそうかえす。
「……解りました。でも、入れないで済むようにして下さいね……?」
「そりゃそうだよ。元々これは保険として付けただけで使う気なんて全くないし、ね」
「これからの行動指針ですが、まずエステバリスによる強行偵察を行ってもらいます」
次の日、艦橋にてルリの説明が行われていた。
「それは良いんだがよ〜、具体的にはどうすりゃ良いんだ?」
「まずは0Gフレーム2機に長距離ユニットを取り付け、遺跡コロニーのここからでは見えない部分を補完してもらいます」
その言葉と同時にルリの後ろに今の位置から見える遺跡コロニーの立体図が表示される。
「図を見て貰えれば解りますが、ここからではコロニーへの入り口が見つからないのでそれを見つけてもらうのが第一目的とします。
…よって、入り口らしきものが見つかれば一度帰還してください」
『了解』
異口同音にパイロット達が答える。
「それでは第一次偵察部隊にリョーコさんとヒカルさん、第二次偵察部隊にイズミさんとカイトさんと取り合えず決めてきましたが、これで良いでしょうか?」
「オレは構わんぜ」 「同じく」 「それで良いですよ」 「うん、妥当な判断だと思うよ」
「では細部の説明に入ります。第一次部隊は10時の方向から突入……」
「……ねえねえカイト、なんで全部出して調べないの?」
ルリが朗々と説明している中、ユキナがカイトに質問をだしてきた。
「ああ、簡単だよ。全部出したらナデシコの防衛が出来ないでしょ?だから残った方は休憩と防衛を兼ねてるんだよ」
「あ、なるほど。じゃあ調べに行ってる二人が一緒に行動するのは何で?離れた方が早く調べれるんじゃないの?」
「そりゃそうだけど、ここって敵の勢力下だからね。何時何処で無人兵器が出てくるか解らないからね」
「あ、そっかぁ」
「……カイトさん、聞いてますか?」
説明を聞かずにユキナと話しているように見えたのだろう。
いささか怒りながらルリが確認してきた。
「ん?ちゃんと聞いてるよ。
つまりナデシコを中心に入り口が見つかるまでコロニーの周囲をルートに沿って偵察すれば良いんだよね?」
「……まあそうです。
一つ付け加えるなら無人兵器が奇襲してくるかもしれませんから、その可能性も考慮しておいてください。
……でもちゃんと聞いてて下さいね」
「りょ〜かい。てな訳で、疑問は後で聞くから今はルリちゃんの話を聞いておいた方が無難だね」
「……そだね」
流石に悪いと思ったのだろう。ばつが悪そうな顔でユキナが頷く。
それを確認した上でルリは説明に戻った。
「……しっかし変わり映えのしない遺跡だな〜」
ブリーフィングの後、早速第一部隊が偵察任務に赴いたが全く変わらない景色が1時間も続いた為、リョーコが愚痴をもらす。
「でもこれだけデコボコしてるのに入り口らしきものも見つからないってのも不思議だよね〜」
「まあな。一つぐらいあってもおかしくはないんだがな」
「う〜ん、入り口が収納式って事はないのかな?」
“その可能性もありますが、普通の入り口もある筈です。まずそれを探してみてください”
「了解」
「……今回はハズレだったみたいだな」
「だね〜」
折り返し地点も越え、後十分もこのままの速度で行けばナデシコが見えてくる。
そんな心持だったのだろうか、気が緩んだ瞬間、『ソレ』が来た。
ドン!
「!? 何!?」
突如後方から響いた振動に慌てて後ろを確認するヒカル。
そこにあったのは半壊した自機の航行ユニットだった。
「何!?一体何処から攻撃が!?」
リョーコとヒカルは背中合わせになり、慌てて付近を索敵するがそれらしい影も無く、辺りは静寂なままだ。
「……何処だ?」
何処から攻撃されて居るかがわからない以上下手に動くわけにもいかず、リョーコとヒカルはその場で索敵に専念し始めた。
「もしかして……」
その様子を見て、艦長席に座っていたルリが何か思案し始める。
「どしたの、ルリ?」
そんなルリの様子を見て、ユキナが声をかける。
「二人とも、艦長命令です!今すぐ全速力で帰還!これ以上その場で停止していてはいけません!
総員第一種戦闘配置!ミナトさん、最大船速。全速で二人を回収します!」
だが、そんなユキナを全く無視し、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
“お、おい。一体どうしたんだ?”
今までにない剣幕で命令を出すルリにやや押されながらも命令通りに帰還しようとするリョーコ。
“ちょっと待ってよ、リョーコ!私自力じゃ戻れそうも無いよ!”
その通り。航行ユニットが半壊している為にブースターを吹かす事が出来ずに立ち往生している。
……まあ、バッテリーを使えば良いのだがそれをしてもナデシコに着く前にバッテリーが持たない。
ちなみに半壊しているとはいえ、生命維持装置にのみエネルギーを供給すればバッテリーを使わなくても持つ。
“解ったよ。ホレ、さっさと戻るぜ!”
そう言ってヒカルの首根っこをつかみ、一気に加速をかける。
“悪いわね〜”
カッ!
その場を離れ、本格的に加速をかけようとした矢先、突如今まで居た場所が光った。
“え!?”
その光は今まで居た空間全てを飲みこむ爆発だった。
「何とか間に合いましたね……」
その光景を見ながらも、落ちついた口調で呟くルリ。
“なんなんだよ、アレ!?”
「リョーコさん、お忘れですか?……ボソン砲ですよ」
“なに!?”
ボソン砲……木連での名称は次元跳躍砲と言い、その名の通りボソンジャンプを利用して空間自体に爆弾を送りこむ兵器だ。この兵器で狙われた場合には防ぐ方法は無く、回避をするしかない。
だが、唯一の弱点として射程が短いと言うものがある。
「この位置からは確認できませんが、おそらくボース粒子も確認されている筈です」
エステバリスにはボース粒子を観測するシステムが内蔵されていないため、ボソン砲で狙われていても分からなかったのだ。
そして、その爆発が狼煙代わりだったのか、息を潜めていた敵が現れ出した。
「ちょっとリョーコ〜、ヤバイよ〜」
「チッ、お客さんかよ……」
リョーコ等が搾り出すように言う。
それに先程ヒカルが言っていたように外壁が開き、そこから雲霞のようにバッタが吐き出されてくる。
元々二段、三段構えに計画していたのか、必殺のボソン砲がかわされても慌てることなくまず包囲網を完成させようと遠巻きに覆ってくる。
“出来る限り遺跡から離れて、同じ場所には留まらない様に注意して下さい!”
「わーってるよ!ボソン砲の餌食になる気なんてさらさらねーよ!」
「ルリルリ!私達がここに足止めされたとして、後どれぐらいで来れる?」
“……後五分はかかります”
「つまり、こっちからも行かなきゃ終わりって事か!」
“いえ、あと遺跡から1kmも離れればボソン砲の射程から離れるはずです!そこでなんとかもたせて下さい!”
「解った!何とかする!」
不用意に射程距離内に飛び込んできたバッタを破壊しながらリョーコは叫んだ。
「ディストーションフィールドに廻すエネルギーを使っても良いですから急いでください!」
“ちょっと待って!もしあれがAI制御だけじゃなく、誰かの指揮で動いているとしたら、おそらく罠だよ!”
不用意にディストーションフィールドをを緩める事に危惧を覚えたのか、エステバリスのコクピットからカイトが警告する。
「それは解っています。しかし、急がなくてはリョーコさん達が持ちません」
“……解った。なら出撃許可をくれない?ちょっと考えがあるから”
ルリの反論を聞いた後、少し考えてからそう切り出す。
「こんな所で発進してどうするんです?」
“そのままナデシコの前部と後部に張り付いておくから。そうすればとっさの事態にも対応できるはずだしね”
「…分かりました。ならばイズミさんが前方、カイトさんが後方をお願いします」
“了解”
“解ったわ”
そして、カイトの危惧した事は現実となった。
「!! ボソン反応増大!前方に何か現れます!」
「グラビティブラスト発射!罷り通ります!」
「了解!グラビティブラスト発射!」
拡散気味に撃っていたのだが、ジャンプと同じにフィールドを張る事が出来なかったのかまともに直撃し、ボソンアウトしてきた部隊は一瞬で消滅。そこには残骸すら残っていない。
「……あれ? カイト機、本艦から離脱していくよ」
第一陣を破壊した後、配置図を見ていたユキナがカイトの異常な動きに気付く。
「カイトさん、どうしたんですか?」
“前方からいかにもな囮の部隊を配置……もし敵に指揮官が居て、僕と同じ方法を取るなら……”
ルリの言葉には答えずに、皆に聞かせるような大きさで独り言を言いながら、ナデシコの方を向いたままゆっくりと流れていく。
「艦後方からボソン反応!別の部隊です!」
“こうする!”
その言葉と共に両手のラピッドライフルと全身に装備した使い捨て式ミサイルランチャーを発射する。
「後部対空砲全砲門発射!」
一瞬遅れてルリが指示を出す。
その連撃でボソンジャンプをしてきたバッタは全て破壊、だがボソンジャンプをする核となっていた大型機動兵器は未だ健在だ。
“……これは……ジンタイプ? 確か、テツジンとか言ったっけ……”
疑問形で聞いたのにも理由がある。そのテツジンは全身をバッタ達に寄生され、全く違う形になっている。
“……さしずめ、デビルテツジンって所か……”
「カイト!」
“先に行っててくださいよ。僕はアレを倒してから合流しますから”
「だけど!」
なおもユキナが言いつのろうとするが、それをカイトが止める。
“とは言っても、もうヒカルさんも持ちそうにありませんし、ここで足止めされる訳にもいかないでしょう?”
肩を竦めながら言うカイト。
「カイトさん、それまで持たせられますか?」
「ルリ!?」
カイトの言葉を黙って聞いていたルリが開口一番にそう問いかける。
しかし、ユキナはカイトを止めてくれるだろうと思っていたのだろう。非難げにルリに呼びかける。
ルリなそんな様子のユキナを手で制し、カイトの言葉を待った。
“……まあ、さっき跳んできた規模の倍程度までなら十分間は持たせる自信はあるけど”
「……解りました。この場はお任せします」
“……良いのかい?”
イズミがそう問うが、ルリは肩を竦め、
「始めからそのつもりだったみたいですし……」
そうルリが言う様にカイト機の背中には航行ユニットを積んでおり、どう見ても最初からそのつもりで出てきたようだ。
“なら構わないよ。それよりカイト、ジンタイプの弱点は背中だ。そこを狙えば少しはマシに戦える筈だよ”
“了解!”
「……さて、それじゃイズミさんが言ってたとおり、背中を狙わせてもらおうかな?」
まるで気負った様子もなく、ラピッドライフルを連射させながらぐるりと背中に廻ろうとする。
だが、それを簡単にさせる訳もなく、寄生しているバッタからまるで弾幕を張るかのようにバルカンを乱射してくる。
そして少しでも動きが鈍ろうものならジン本体からレーザー砲の斉射が始まる。
「へ〜、まさかフィールドを剥ぎ取る作戦にくるとはね」
レーザー砲やビーム砲。それにグラビティブラスト。
これ自体では、ディストーションフィールドを張っている機体にはフィールドに対し直角にでも当たらない限りは決定打とはなりえないのだが、これらの武器はフィールド発生器にかかる負荷が著しく、数十発も受ければ(例えそれがフィールドにかすっただけであっても)ディストーションフィールド自体を張れなくなる事態になりかねない。よって持久戦に持ち込まない限り、ビームやレーザーは効かないというのが一般的見解だ。
だが、例外としてフィールドの屈折率に負けない程の大出力で放てば貫ける事もあるが、そこまでの出力差を出そうと思えば戦艦と機動兵器並の出力差がないと無理だ。
もう一つの例外であるグラビティブラストは屈折させる事自体が難しく、その所為で貫かれる可能性も高い。
対して実弾兵器は屈折と同時に慣性すらも殺し、結果的に当たったとしても威力が殺ぎ落とされているのだ。
だからカイトは敵の戦法をディストーションフィールド発生器自体の破壊だと睨んだのだ。
「……なら、話は簡単だな……剥ぎ取られる前に叩く!」
そのカイトの気合に後押しされるように一気にスラスターを全開にし、デビルテツジンへと突撃を敢行した。
ドン!
黒い光とでも形容できるモノが、一瞬にしてリョーコの前方に居た敵機を消滅させた。
「二人共、大丈夫ですか?」
そしてすかさずメグミからの通信が入る。……中距離からナデシコが狙撃をしたのだ。
“おう!助かったぜ!”
“ありがと〜”
「お二人共すぐにナデシコに帰還して補給を受けてください。
……エステバリスを回収次第回頭、カイトさんを救出しに行きます」
“……あん?そういやイズミ一人だが、あいつはどうしたんだ?”
「お二人の回収を優先させる為に後で足止めをしています」
“……てちょっと待て!一人でなんて無茶過ぎるだろうが!”
慌てた風にリョーコが言うが、対するルリの言葉は簡潔だった。
「それは解っていますが、今は他に手段がありませんでした。
だから、カイトさんが粘れる間に戻れなければこちらの負けです」
“……解った!ならまずヒカルから戻れ!イズミ、それまでの間を支えるぞ!”
“了解〜”
“解ったわ……”
そして瞬時にフォーメーションを組み、ヒカルを回収する為の隙を作る。
「ヒカル機回収完了!」
「了解。グラビティブラストを拡散型で放ちます。その間にリョーコさんを回収。
その後に回頭、カイトさんを救出に向かいます」
『了解!』
「カイト!?」
バッタを破壊した時におきた爆煙の所為でレーダーをはじめとした電子機器が効かなかった為にカイトの姿が確認できなかったが、カイトの姿が確認できる位置にまで来た時、突如ユキナが悲鳴を上げた。
……いや、ユキナだけではない。他の者も一様に息を呑んでいる。
それだけカイト機の姿が悲惨だったのだ。
その姿とは、左腕と右足が破壊されて無くなった代りに、全身をバッタに寄生され、まさに『デビルエステバリス』と呼ぶにふさわしい姿だった。
そしてそのデビルエステバリスの背を守るように後ろに控えているデビルジンと、その二機を中心にナデシコに向けて布陣を完成させているバッタの大群。
そんなカイトの惨状に絶句している中、突如デビルエステバリスが残っている右腕をナデシコへと向けた。するとその右腕に取りついていたバッタの背中が開いた。
「!! フィールド最大!」
その様子を見たルリがとっさに叫ぶ。
そしてフィールドが強化された瞬間、デビルジンのグラビティブラストをはじめ、大量のミサイルが降り注ぐ。
「クッ!……カイトさん……」
その攻撃は、フィールドを強化していなければ持ちこたえる事が出来ないほどだ。
……つまり、カイト機が完全に乗っ取られている事を示している。
「ルリ!一体どうするの!?」
「……………」
悲痛な声でユキナが聞くが、他の皆の気持ちも同じだった。だが、ルリにはそれに答える言葉を持っていなかった。
「……取り合えずバッタの撃破を最優先に。カイトさんはコクピットを狙わないようにお願いします」
遺跡からの増援は出尽くしているのか、もう出て来る様子も無かった為にルリはそう判断した。
“……本当に良いのか?”
「……仕方ありません。私にはこの艦を守る義務がありますから……」
そのリョーコの問いに、喉の奥から絞り出すような声で答える。
「でも、出来る限りは救う方向で進めてください……」
“……ルリ、お前何言ってるんだ?”
「……え?」
“相手はカイトじゃないんだ。なら俺達が必ず救ってやるぜ!”
“そうそう。ルリルリは私達を過小評価しすぎ”
“カイトを説教する準備をしてなさい”
「皆さん……解りました。ナデシコの事は何とかします。カイトさんをお願いします」
『了解!』
そして、三筋の光がナデシコから飛び立った。
ここで話を少し戻そう。ナデシコがリョーコ達を回収できた頃、カイトサイドではもう決着がついていた。
バッタが張りついているおかげで死角が消えたデビルジンだが、その程度でカイトを止める事は不可能だった。
前回の突撃が気に入ったのか、それともそれが一番勝算が高いのか。一度ラピッドライフルで相手の強度を確かめた後、これで倒せると思ったのか一気に背中に向けて突撃を仕掛ける。
結果、前回の中破していた時でも『魚』の猛攻を退けられたのだ。それがバッタのミサイル程度でびくともする筈も無く、背中から胸まで一気に貫いた。
「……おかしいな。あっけなさすぎる」
そのジンを倒した後、ポツリと呟いた。
確かに倒せると思って出した突撃だったが、その一撃だけで爆散するとは思っていなかったのだ。
それに、それ以降の増援も無い。まるで、カイトの力を試していたようだ。
(もしかして、僕を試していたとか……?でも何故……?)
そうカイトが疑問を持った時だった。突如遺跡の方向から何か棒状のモノが飛んで来た。
「何!?」
それをかわせたのは一種の偶然だったのだろう。左肩のアーマーを削り取られながらも何とか回避する。
そしてその棒状のモノはまるで吸い込まれたかのように突如ジャンプアウトしてきた紅い機体の腕の中に納まる。
そのジャンプアウトした機体はその棒状のモノ――フィールドランサーだ――を構える。
「……来る!?」
カイトが思った瞬間にはもう目の前まで来ていた。
その加速力はウリバタケの元でいろいろなブースターを見てきたカイトの目からしても異常な程だった。
「なっ!? 速い!?」
慌てて目の前の敵機にフィールドランサーを振り下ろそうとするが、もうその時にはその機体は居なかった。
全身についているブースタを巧みに使い、瞬時にカイトの後ろに回ったのだ。しかも、ついでとばかりに左腕を切断しながらに。
「クッ!?」
慌てて振りかえろうとするが、その時にはもうその機体は射程外にまで引いていた。そしてまたしても、駄賃とばかりにカイトの右足を切断していった。
「右腕……良し。左足……動く。各部ブースタ……オール・グリーン。
……良し、まだやれる」
カイトは残っている部位の動作確認をし、機体がまだ戦える事を確認し、自分自身を奮い立たせる。だが……
「……この機体……なんて強さなんだよ……」
一瞬にして窮地にまで立たされたカイト。それに呼応したのか、体内からの『衝撃』がまた激しくなってきた。
(クッ!この忙しい時に……!)
そうして、前方の敵機の相手の傍らに中からの『衝撃』の相手もしなくてはならなくなった。
……だが。
そんなカイトに興味を失ったのか、その赤い機体は踵を返し、何処かにジャンプをして消え失せてしまった。
「……見逃して……くれたのか……?」
中の『衝撃』の相手をしている為に若干息を荒げながら呟く。
だが、そうは問屋は卸さなかった。
虹色の光が二つ現われ、それがそれぞれデビルジンへと変わった。
そして遺跡からはバッタの大群が飛び立っている。
「……もしかして、僕程度は相手をする必要もないとでも思ったのか?
……見逃すだけならば兎も角、こいつ等程度で十分だとでも踏んだのか…………っざけやがって!」
その怒りをそのまま力に代えたかのように一足飛びで手近なジンに取りつき、一息で背中から貫く。
そしてそのままジンの内部にフィールドランサーの内部に仕掛けてあるラピッドライフルを撃ち込む。
「次!」
爆発するジンには目もくれず、次のジンへ向かい加速をかけようとする。
……何時ものカイトだったらこんな些細なミスはしなかっただろう。それほど先程の機体の行為が許せなかったのだ。
「何!?」
この時のカイトは相手が完全に沈黙した事を確認せずに次の相手をしようとした。
……それはつまり、胴体部は破壊したが、手足のパーツは残っていたと言う事だ。
……その意味する事とは、手足に張りついていたバッタもまた、無傷だと言う事だ。
そのバッタ達が一斉にカイト機に張りついたのだ。これがまだミサイルなどによる遠距離からの攻撃だったのなら良かっただろう。
「まさか……乗っ取る気か!?」
その張り付いてきたバッタ達の行動を見て、カイトは直感的にひらめいた。
そう。このバッタ達はジンに寄生していたのだ。それならばシステムは違えど同じ機械のエステバリスに寄生出来ない道理もない。
……そして、全システムを掌握された。
「クソッ……完全に乗っ取られている……」
先程から延々乗っ取られた機体を取り戻そうと思考錯誤を繰り返しているが、全く身を結んでいない。
どうやら、アサルトピットとフレームに通じる部分を完全に切断されているようだ。
「……あっちゃ〜、もうナデシコが来ちまったか」
その思考錯誤に時間を取られているうちに、二人を回収したナデシコが戻ってきてしまった。
「仕方ない、か。まずは通信装置から取り戻すか……」
そう思い直して早速作業に取りかかる。
だが、矢張りと言うか、当然と言うべきか、そう簡単には戻る訳も無かった。
そうこうしているうちに、ナデシコがカイト機…いや、『デビルエステバリス』の射程距離まで入ってきた。
すると、ゆっくりと右腕をナデシコへと向ける。
「……まさか……止めろっ!」
『デビルエステバリス』が何をしたいのかをカイトが思い当たった途端、たまらず叫んでいた。
だが、そんな事はお構いなしに取りついているバッタが攻撃を開始する。
「クソッ……!」
自分のミスで味方が危機に陥った事が許せないのだろう。
血が滲むほど硬く手を握り締め、コントロールスティックに叩きつける。
だが、その程度でスティックが壊れるはずも無く、逆に手を痛めつけただけだ。
そして……爆煙が晴れた。
そこには、数刻前と変わらぬ姿のままのナデシコが浮かんでいた。
「耐えきれたのか……流石ルリちゃん。だけど……」
最悪の事態が浮かぶのか、それ以上の言葉が出ない。
その光景を頭を振って追い出し、スティックを握りなおす。
「……ん?」
その時、何か違和感を感じた。
そう頭が理解したときにはもう身体はその違和感の正体を調べようと躍起になっていた。
そして、見つかった。
「制御が少し緩まっている……?
なら、今なら可能か!?」
やるべき事が決った後は早かった。
今までにない速度で通信装置関係を取り返していく。
……だが、そこまでだった。
通信装置は取り戻せたが、それに気付いたバッタ達が他の部分の制御を強め、また膠着状態に陥った。
バッタ達は奪い返された通信機器を取り戻そうと攻撃を繰り返して来てはいるが、カイトは上手くそれを捌いている。
だが……
「この分じゃ、通信なんて出来そうにも無いな……せっかく取り戻したってのに……」
そのカイトの呟きは空しくコクピットに木霊した。
その頃のナデシコ……
「? 反応が鈍くなってきてないか?」
カイト機に取り付く為の突破口を開こうと躍起になって突撃を繰り返していた三人だが、分厚い壁に阻まれ全て弾き返されていた。
だが、先程の攻撃の後に行われた壁の修復が今までよりも若干時間がかかっていた。
リョーコ達が知る由もないが、それは、ちょうどカイトが通信機器を取り戻した時と同じだった。
「良し!今なら突き破れる! 『アレ』試すぜ!」
「りょ〜かい!」
「わかったわ……」
リョーコの呼びかけに応じ、二人がまるで壁のようにリョーコの前に立つ。
そして突撃をかけながら2機はラピッドライフルを斉射する。
その二機の機動に惑わされているのか、それとも指揮系統がマヒしているのか。ろくな反撃も出来ずに次々とバッタは破壊されていく。
そして、『壁』に小さな綻びが出来た。
「リョーコ!突っ込みな!」
「おっしゃー!」
その綻びを確認した瞬間、イズミが叫ぶ。
そしてそれに応えてリョーコがフィールドランサーをかざして綻びに向かい突撃をかける。
「どうだ!」
そのリョーコの突撃は見事に綻びをつき、壁を突き破る。そして、その後の壁は脆かった。
まるで針を刺した風船のように一瞬にして瓦解していく。
「よっしゃ、成功!」
その成果を見渡し、リョーコはエステバリス自体でガッツポーズを取る。
「名付けて『ダブルアタックなんちゃって』♪」
リョーコの後に回り込んだヒカルが楽しそうにリョーコにむかって言う。
「……それはよせって言っただろうが」
「え〜、なんで〜?イズミもOKしたんだし、多数決で決定でしょ?」
「グッ……」
ヒカルの言う事にも一理あるとでも思ったのか、それ以上言えずに言葉に詰まる。
「……まぁうまくいったけど、それ以上に厚いね……」
「ま、な」
突破口を作ったのは良いが、そこを通り抜ける前に周囲のバッタがその道を埋め尽くす。
あまりにも多い物量の前に、戦線は膠着状態に陥るしかなかった。
「―ん?リョーコさん達が頑張ってくれてるのかな?少し楽になってきたような…………なら、やれそうだな」
その頃、機体を巡って一進一退を繰り返していたカイトは、急にかかる圧力が減った事に対しそう結論付けていた。
そしてその瞬間を見逃さずにナデシコへと通信を繋ぐ。
“そっちも辛そうだね〜”
通信を繋ぐなり、開口一番にそうのたまうカイト。
「カ、カイトさん!?」
「カイト!?ってアンタ、何やってるのよ!?」
その突然の通信に虚を付かれた形になったナデシコは、間抜けな問いを返すだけで精一杯だった。
“何やってるって……乗っ取られた機体のうち、やっと通信関係だけを取り戻せたから繋いだだけだけど?”
ボケて返したのか、はたまた真面目に返したのか。律儀にユキナの問いに返す。
ちなみにこの画像はバッタが行っているハッキングの影響からか時々画像がぶれたりし、かなり不安定になっている。
「て、そんなことは聞いてないわよ!大体あんたねぇ……」
「ユキナさん、時間がありませんから替わってもらいますね」
言い足りない分を纏めて言おうとしたが、その直前でルリにとめられる。
「ルリ……ったく、解ったわよ。ただし、説教の時には同席させてもらうわよ!」
「その時はこちらからお願いしますよ」
そのユキナの言葉に苦笑しながら答える
“う……お手柔らかに頼むね……”
対するカイトは情けない顔で返している。
「それはこれからのカイトさん次第です」
からかう様に楽しそうに答えるが、不意に表情を引き締め話を続ける。
「それよりもカイトさん。今の状態は解っていますか?」
“概ねはね。機体の制御を乗っ取られただけで通信以外の外部情報はすべて機能していたから”
「なら、今のナデシコの状態も解りますね?」
“ああ。このままのペースで進めば、こちらが負けるってこともね”
そのカイトの言葉に、艦橋内に緊張が走る。
誰もが気付いてはいたのだろう。だが、それを他人の口から言われた為、一気に現実味が増したのだ。
「……そうです。そしてこんな事を聞くのは艦長としては失格なのでしょうが、何か策はないですか?」
この状況下でルリが思いついたプランは一つだけ。だが、それを実行することはルリには出来なかった。
“一つだけ確実に脱出できる手があるけど”
「本当ですか!?」
何でもないカイトの言葉に、ルリの顔にも希望が浮かぶ。
だが、何気なく続いたカイトの言葉でそれは絶望に取って代わった。
“ああ、簡単な事だよ。僕を見捨てて逃げれば良い”
「――!!そんなこと、出来る訳がないじゃないですか!」
それこそがルリが思いついていたプランだった。
しかし、仲間を見捨てるといった行為をルリ、いやナデシコクルーが出来る訳も無く破棄していたのだ。
だが、それに続くカイトの言葉も重かった。
“あのさぁ、ルリちゃん……君は艦長なんだよ。君の行動一つで艦の運命自体も左右される。
こんな敵の策に嵌って人質にされているようなバカを助ける為に死ねなんて命令しちゃいけないって”
「それは……でも!」
“僕の事は気に病む必要は無いよ。それに、僕一人なら何とでもなる。今の最優先事項はナデシコの防衛だろ?”
ルリの反論には意に返さずにカイトは話を続ける。
「それでも!私は貴方を見捨てる事は出来ません!」
「ルリ、そこ訂正。『私は』じゃなくて、『私達は』でしょ?」
そしてルリが周りを見渡すと、一様に頷くクルー達。
「ユキナさん……皆さん……」
“みんな……ったく、やっぱナデシコってお人よしだよな〜”
「そんなの、今更言わなくてもとっくに分かってるでしょうが」
“だったね。しゃ〜ないな。やりたかないけどアレやるか”
そんな皆に心動かされたのか、カイトがポツリとこぼす。
「……え?」
「ちょっと、そんなのがあるならさっさと使いなさいよ!」
“ナデシコは全力防御。……ルリちゃん。いや、艦長。後始末、頼みますね”
「え……?」
ユキナの問いを全く無視し、一言残して通信は切断された。
「ちょっとぉカイト、それどう言う意味よ!……ってダメ。また乗っ取られてるみたい!」
ユキナが連絡をとろうといろいろ弄るが、またバッタに乗っ取られたのか、全く繋がらない。
(後始末って……?)
カイトの言葉に違和感――いや、悪寒とでも言うべきだろう――を覚えたルリがその答えを探ろうとする。
(……まさか!)
そして、記憶の海の中からその『答え』を見つけ出した。
そして通信を切断された状態のまま、シートに身を預けたまま目を閉じているカイト。
その様子からはまるで諦めた様な、いや何かを瞑想している様にも見える。
(さあ、僕の中に眠っているんだろう?その力、存分に引き出してみな)
そう、『内』に向かって呼びかける。
するとそれに呼応するかのように今までは鈍痛程度だった『衝撃』が活性化。まるで体内を食い尽くそうとするかのように襲ってきた。
それに何ら怯む事無くカイトは受け止めている。
(……但し、出て来るのは『力』だけでいい。『意思』まで野放しにするつもりはないけどね!)
そう思いつつ、内から涌き出る『衝撃』を再び取り込もうと足掻き出す。
最初は取り込まれまいと暴れていた『衝撃』だったが、カイトの意志が強かったのか、だんだんと大人しくなってきた。
そしてそれが功を奏したのか、『衝撃』は吸収できた。
だが……
「……え?カイト機が行動を停止しました!」
中からのカイトの操作の為に動きが鈍っていたデビルエステバリスがメグミの報告通り、何時かのように突然行動が停止したのだ。
「それって……もしかしてカイトが乗っ取り返したの?」
“良し!ならフォーメーションを組み直すぜ!”
“OK! 何でいく?
“言うまでもないだろうが!『ホウセンカ』だ!”
『了解!』
ホウセンカ――それはリョーコを中心とした突撃形態だ。
その強引なまでの突破力で次々と敵を蹴散らし、カイト機付近まで突き進むが、リョーコ達がカイトに近付けば近付くほどルリは先程の『答え』に起因した漠然とした不安に襲われる。
確かに見た目からは先程まで執拗に攻撃を続けていたバッタ達の行動が鈍ってきている。
先ほどからの行動パターンを見ている限り、このバッタ達の司令塔はカイト機に取り付いているバッタに違い無い。
ならば、カイトが何かアクションを起こしたと見るのが妥当だろう。
だが、それにしてはカイト機は動こうともせず、通信をよこそうともしない。
まるで、呆然と立ち尽くしているようだ。――いつかのように。
(間違いない!)
その様子を確認した時、ルリの予想は確信に変わった。
「皆さん!カイト機から離れて!攻撃がきます!」
“え……?”
“……何?”
「それってどう言う意味よ?」
「エステバリス隊はナデシコの防衛を第一目的とします!
それと、間違ってもカイト機の間合いに入る事はしないで下さい!」
みんな口々にルリに問いかけるが、それを無視する形で指示を出す。
“そりゃ後だ!そんな事よりカイトが攻撃してくるってどう言う意味だ!”
「…初めてカイトさんが現れた時の事を覚えていますか?」
“お…おぅ……って、そんな事よりさっきの意味を教えろ!”
唐突に問われ、しどろもどろになりながらリョーコが答えるがふと我に返り、また問い詰める。
「あの時の初めてエステに乗った時と同じです。……暴走、しています」
そのルリの言葉が引き金だったかのように、突如カイト機が起動。その余波に巻き込まれたのかのように、カイト機に取り付いていたバッタの半数が弾き飛ばされる。
そして引き剥がされたバッタごと周りに居たバッタを瞬時に撃破する。
……その半数以上はフィールドランサーの射程外に居たにも関わらずに、だ。
“な、何なんだ!?あの攻撃は!?”
自分達の常識外の攻撃に、リョーコをはじめ、エステバリス隊が浮き足立つ。
“説明しましょう!”
すると、いきなりウインドが開き、イネスが現れた。
「今は戦闘中なので理論などは要りません。結果のみをお願いします」
流石に戦闘中に聞く余裕がないのか、嬉々として説明をはじめようとする前にルリが釘を刺す。
“……解ったわよ。……せっかくの出番なのに……
さっきの攻撃の正体は十中八九、ディストーションフィールドよ。おそらく、フィールドランサー自体が纏っているフィールドにエステのフィールドを干渉させてその時に発生した斥力でフィールドを飛ばしているんでしょう。
……ちょうど、散弾銃みたいなものね。
ただ、これを専用のソフトも無しに意志の力だけで作り出したなんてのは信じたくはないわね。人間の限界を軽く超えてるわよ。
……ま、それはカイト君が生還したら徹底的に調べてみるわよ。それで発生の原理だけどね……」
「はい、そこまでで結構です」
「……てちょっと待って!まだ説明は始まったばかりよ……」
まだ何か言い足りないようだが、無常にもウインドを閉じる。
“……だけど、カイト君の暴走ってなんなの?”
ふと思いついたのか、目の前の敵機を切り捨てながらヒカルが聞く。
「この間カイトさん自身に聞いたんですが、どうやら破壊衝動のみに突き動かされているみたいです。
……ああなると、私達も敵としてしか映らなくなるみたいですから近付くなと言っていました」
“……はた迷惑な……良し。二人共、ライフルの射程範囲外まで退避するぞ!”
リョーコが嘆息気味に言うが、前回の暴走時に切りかかられているだけあって、こうなった時のカイトの恐ろしさが一番よく解っていた。
そしてカイトはルリの言った通り、完全な暴走…いや、狂戦士と化していた。
その勢いは凄まじく、並み居るバッタなどでは足止めにしかなってはいなかった。
「ルリちゃん、どうするの!?このままじゃカイト君があの敵を全部蹴散らしちゃうわよ!?」
困惑気味にメグミが言う。
想いとしては敵が居なくなる事は歓迎すべき事なのだが、そうなったときにはカイトが狙う敵はもうナデシコしか居ない。
今の状態のナデシコでは手足を奪って無力化などを出来るだけの技量や武器が無い以上、カイトを退けるには全力を出す……即ち撃墜するしかない。
そんな最悪な思いが全員の頭をよぎった頃、必死に何か解決の糸口を探していたルリが顔を上げた。
「……オモイカネ。カイトさんへの重力波ビームの供給を絶った場合、後どれくらい稼動出来そう?」
【約三分。内訳としては背中の航行ユニットが中破しておりその用を成して居ない為、内部バッテリーの容量の都合上、2分56秒で行動不能に陥ります】
他の皆にも見えるよう、スクリーンの真横にウィンドゥが現れる。
「なら、カイトさんがあの敵を掃討するのに今のペースだとどれくらいかかりそうですか?」
【約15分】
今度は詳細なデータを出さずに端的に表示する。おそらく内訳データが膨大となった為に省いたのだろう。
「解りました」
オモイカネの表示したデータを一通り目を通した後、一つ頷いてクルーへと指示を飛ばす。
「これより11分30秒は静観します。
この時点からカイト機は内部バッテリーに切り替わりますから、残り時間は後3分。
その後、2分間はこの場で待機。2分が経過後、ナデシコとエステバリス隊は全力でカイト機付近まで接近。
後は行動不能になった所で再接近、カイト機の防衛及び捕獲をします。
この作戦について何か質問は?」
「ちょっと待ってよルリ!2分って、それじゃカイトが無抵抗のまま敵に晒されるじゃない!
せめて2分半にしなさいよ!」
「それは出来ません。今のカイトさんの戦闘力ではこのナデシBでも15秒もあれば撃墜できます。
そこまでクルーを危険に晒せません」
この場所から全力移動をしてもカイト機に辿り着くまでは約1分45秒。
もしユキナの言うとおりにすればカイトの行動時間が45秒も残っている時点で到着する事となる。
その時に何かの気まぐれでバッタよりも先にナデシコを攻撃する事となれば、間違いなくナデシコは沈む。
ルリはそれを危惧しているのだ。
「アンタ……本気で言ってるの!?
それってカイトに死ねと言ってるのと同じだよ!
それとも……カイトに死んで欲しいとでも思ってるの!?」
「そんな訳ないじゃないですか!」
あまりの剣幕に詰め寄っていたユキナも勢いが削がれる。
「カイトさんには生きて戻ってきて欲しいですよ!
それでも……例えそれでも私はこの艦…ナデシコの艦長なんです!
私には命に代えても艦とクルーを守る義務があるんです!」
血を吐くようなルリの言葉。これにはそれ以上ユキナも詰め寄る事は出来なかった。
「それに……リョーコさん達が居ます。例えカイトさんが敵陣に孤立していてもあの人達なら救出できますから」
“そこまで言われたらな……”
“そうそう。私達がやるしかないっしょ”
“今回ばかりは冗談は抜きだよ”
「皆さん……お願いします。カイトさんを助けてください」
そう言って深々と頭を下げる。
「どうする、ユキナちゃん?これでも反対する?」
「……ミナトさん……」
操舵をしながらミナトがユキナに声をかける。
その声は答えが解っている事をあえて聞こうとしているような、それでいて慈愛に満ちた声だった。
「そこまで言われちゃ反対出来ないわよ。
……ルリ。なんとしてもあのバカを助けるわよ」
盛大にため息をつきながらユキナはルリの隣まで行き、ポンと肩に手を乗せながら言う。
そんなユキナの様子に一瞬驚いた後、ルリは泣き笑いのような顔に変わった。
「はい。カイトさんへのお説教もまだ済んでいませんし」
そしてエネルギーを停止させる時間、11分30秒が過ぎ去ろうとしていた。
その間もカイトはスピードが落ちる事もなく敵機を次々と撃破していき、その様子からは疲れすらも感じさせない。
「……後10秒で11分30秒が経過します」
オペレータ席についていたユキナがそう報告をする。
「解りました。カウントダウンをお願いします」
「了解。7…6…5…4…3秒前2…1…」
「供給停止」
ルリの言葉と共にカイト方向へ流れていた重力波ビームが停止する。
それには気付かず…いや、全く意に介さずにカイトは戦い続けている。
「後はこのままカイトさんが動けなくなるのを待つばかりです。
オモイカネ。カイトさんの現在のエネルギー量は解っているんですよね?」
【一応は。ただ、回線が閉じられている上にジャミングが出ている為に先程カイトさんが通信してきた時のデータを元に計算しています】
「では、誤差は?」
【±10秒ほど】
「ならば、リョーコさんたちに苦労をかけますが、最悪のケースを想定して行動をしますね」
“ああ、解ってるって!”
供給停止から二分が経過。
ここに来てルリは次の指令を出した。
“皆まで言うな。飛び出す準備は出来てるぜ!”
「はい……」
「ルリ!こちらの準備もすべて完了しているよ!」
「グラビティブラスト発射。リョーコさん達の通り道を作ります」
「了解。グラビティブラスト発射!」
そして打ち出されたグラビティブラストは、カイト機に効果をおよばさないギリギリの場所を通り、バッタ達を撃破した。
“よっしゃ、突撃!”
そして、その穴が埋まる前にリョーコ達が固定。ナデシコの為の花道を作り上げる。
「カイトさん、今行きます……」
その花道を見詰め、ルリが誰にも聞こえないほどの小声でポツリとこぼした。
その頃、『野獣』と化したカイトは周りにいる敵機をまるで雲霞の如く蹴散らしていた。
その戦闘力は確かに通常のカイトよりも上だが、洗練された――いや、無駄を一切省いたある意味戦士の完成形とも言える動きではなく、まさに力任せ。
並み居る敵機を切り裂き、叩き付け破壊の限りを尽くしていた。
――正に、野獣。いや、手負いの獣だ。
“しっかし、どうやって近付きゃいいんだ?”
リョーコが手近のバッタを破壊しながら愚痴をこぼすのもある意味仕方ない。
近付こうにも『散弾銃』の射程内に入れば即座に撃ってくる。
もし、別の敵の相手をしていて『散弾銃』を使う暇がなくても、フィールドランサーの間合いに入れば上下左右どこから来ていても即座に切り捨てられている。
無論、リョーコたちの技量ならば一合目から切り捨てられることはないだろうが、それでも五合目まで持たないだろう。
それ以前に『散弾銃』で狙われ、それにより体勢を崩したところを狙われれば即座に終わる。
その所為で近付くことすら出来ないのだ。
“ちっ……残り時間は後十秒……五秒をきったら突っ込むぜ!”
『了解!』
――この時のリョーコの判断は、作戦から言えば間違いだった。だが、結果的にはそれが三人を救う事となった。
“なっ!?こっちにも来やがったか!?”
そう、カイト機の射程外で五秒間停止していたという事は、つまりバッタ達が待機している地点に近いという事だった。
そしてバッタはカイトには近付くだけ無駄だと悟ったのか、ナデシコの方に再度攻撃を仕掛けて来たのだ。
「そんな!?これではカイトさんが!?」
ルリが叫ぶのも無理がない。バッタはナデシコの行く手を阻むように展開し、カイトの姿が見えなくなっている。
「ルリ!このままじゃカイトがやられちゃうよ!重力波ビームを使うわよ!」
「……無理です。あそこまで密集されては、ビームが届きません」
「そんな!?」
「なら、何か方法はないの?」
「……ありません。私に出来ることは何とかこの壁に穴を開けて、ビームを当てる事だけです」
口惜しそうに眼前の壁と化したバッタを睨み付けながらそう吐き捨てる。
「リョーコさん、そちらは何とか取り付けませんか?」
“どんなに無理しても、後数秒は無理だ!”
「クッ、このままじゃ……」
リョーコからの返答に、ルリの焦りが拡大される。
「ねぇルリ、グラビティブラストを使って穴を開けることって出来ないの?」
「……はっきりいえば不可能です。もしカイトさんを巻き込んでしまえば、あの機体では耐え切ることが出来ません。
そして、もし巻き込まないギリギリの位置に撃ち込んだとしても、それでは重力波ビームが照射出来ません。
そして何より、グラビティブラストを撃てばナデシコの防備が疎かになり、撃墜される可能性が出てきます。
……それは、カイトさんの望むことではありません」
確かに。自分の身の安全よりも仲間の身の安全を最優先で考えるカイトならば、確実性に欠く――いや、ほとんど運任せな上にクルーを危険に晒した行動で助けられてとすれば、感謝の前にその不手際を責めるだろう。
そんなカイトの性格を知っているから、誰も口を挟めなくなった。
「じゃあ、カイトの救出は不可能なの……?」
絶望的状況を悟らざるをえなかったのだろう。ユキナの言葉で、艦橋には暗雲が立ち込めたような錯覚すらおきる。
“……まあ、一つだけ方法があるといえばあるわね”
「本当ですか!?」
その暗雲に一条の光を与えたのは、先程通信を切られたイネスだった。
“こんな場面で嘘を付く訳がないでしょ。
ただしルリちゃん、貴女にはかなり苦労して貰う事になるわよ。それに他の皆にも覚悟を決めてもらう必要があるわね”
ぐるりとブリッジを見回しながら言う。
「何言ってるのよ。今更そんな事気にするような奴は居ないわよ!」
「そうそう、それが嫌なら最初からカイト君を助けようなんて言い出したりなんかしないわよ」
“解ったわ。全クルーも同じ意見よね?”
一応の確認の為か、全ての職場にウィンドを出し、確認を取る。
皆今の状態が解っており、一様に頷いている。
“なら……整備班!今からディストーションフィールド発生機と相転移エンジンにかなり負荷がかかると思うけど、停止なんて最悪の事態に陥らないようにしっかりサポート頼むわね!”
“あんたがそこまで言うって事は……かなり無茶させるつもりだな?
解ったぜ!俺達の整備魂にかけて、意地でも動かし続けてやるぜ!”
“OK。それじゃルリちゃん。言いたい事や反論は多々あるでしょうけど、ここは私に任せて貴女は私の指示通りにやって。解った?”
「解りました。カイトさん救出までの間、イネス・フレサンジュ博士に一時指揮権を譲渡します」
“承りましょう。
それではまず戦闘に関する部署以外の電力供給を最低まで落とします。
その後、浮いた分のエネルギーを全てディストーションフィールド発生機に供給させて最大出力まで上げます”
この時点でディストーションフィールドが通常の二倍――最大出力まで跳ね上がった。
“次は三人娘。ナデシコのフィールドを全面に集中させるから側面および、背後の防衛を頼むわね”
“三人娘って……まぁ良いか。なら二人にゃ側面を任した!”
“はいはい、解ってるって”
“最後に艦長。かなり負荷がかかると思うけど、ディストーションフィールドを全て前部のディストーションブレードに集めて”
「了解――――!?」
イネスに指示されたとおりにフィールドを操作しようと意識した瞬間、ルリは声にならない悲鳴を上げた。
かなり負荷がかかる―そうイネスは言ったが、かなりどころの騒ぎではなかった。
前方で維持をする、たったそれだけのことでそう意識した部位が精神ごと削り取られる錯覚すらある。
あえて言うならば……回転する円盤に指を押し付けたようなものだ。――それも、指は固定されており、弾かれる事など全く無い状態で、だ。
しかし――
“……まだ、足りないわね”
そのディストーションブレードに集められたディストーションフィールドを見、イネスはポツリと呟く。
圧縮された作用からか、ディストーションブレードが纏っているディストーションフィールドは純白に染まっていた。
「こ……これでも不十分なんですか!?」
精神だけではなく、全身に激痛が走っているのか、息も絶え絶えにルリが絶叫する。
本来何があっても絶叫などと言う事などしないルリがした絶叫により、クルーたちはこの行為がそれほど危険だと言うことを嫌でも悟ることとなった。
「ちょ……ルリ!大丈夫なの!?」
あまりの悲壮さに耐え切れなくなったのか、ユキナがルリに走り寄り、そう聞いてくる。だが……
「触らないで!」
ユキナがルリに触れようとした素振りを見せるなり、ルリは拒絶の意思を示す。
「今、触られると、制御が、保てません!」
普通に喋る余力も無くなっているのだろう。一つ一つ区切りながら漸くと言った風に声を絞り出す。
「全クルーに通達……ただいまより、オモイカネは、サポートに回す為、緊急マニュアルモードに移行……
通常モードに、戻るまでの間、各自の判断で、お願い、します!」
それだけ話すと、一瞬照明が落ち、すぐに復帰した。だが、先程までの照明に比べると目に見えて光量が落ちており、仄かに赤色が混じっていた。
「……イネスさん、こちらの準備は出来ました」
オモイカネを完全にサポートに回した為に少しは余裕が出てきたのか、切羽詰っていたような口調が直っていた。
“今のままじゃ、突破できるかどうかは五分五分…いえ、二八で分が悪いわね……
何処からか余剰エネルギーさえ引き出せたら………”
現実主義者のイネスであっても理解はしているのだが、それでも納得したくはないのだろう。呟きつつも無いものねだりをしてしまう。
「余剰エネルギー……?オモイカネ……」
それでも現実は変わらないのだ。仕方なくこのままいこうかと指示を出そうとした時、ルリがふと呟いた。
“……?”
「矢張りそうですか。イネスさん。グラビティブラスト用に回してあるエネルギーを開放すれば、いくらかエネルギーを上げれますが、それでも足りませんか?」
“ちょ、ちょっと待て!それって早い話が発射装置の中のエネルギーを逆流させるって事か!?”
その言葉の真意を見抜いたウリバタケが慌てて聞いてくる。
「そうです。不可能…では無い筈です」
“そりゃ確かにそうだが……ヘタ打ったらグラビティブラストを使えなくなるぜ?”
「それくらいは覚悟の上ですよ。1%でも成功率が上がるなら、それに賭けます」
“……OK。なら俺達は暴走したりせんよう、出来る限りのサポートをしてやるぜ!”
「お願いします……」
“ルリちゃん……貴女、無茶苦茶考えるわね。確かにそれだけのエネルギーがあればおそらく可能よ”
「解りました。オモイカネ、余剰エネルギーを全てディストーションブレードに注ぎ込んで」
【了解】
「…クゥ!?」
オモイカネをサポートに回してもまだ負荷がかかるのか、エネルギーを注ぎ込まれると共に、また悲鳴を上げる。
そして、ディストーションブレードは純白の中に、薄く赤色が混じりだした。
“……良し!ミナト操舵士、このまま突撃を!”
「……えぇ!?突撃って、こんな状態で!?」
“そうよ。敵が居ようが気にせずに突撃!説明なら後でしてあげるから、つべこべ言わずにやりなさい!”
「りょ、了解!」
そして、ナデシコは赤の混じった白い二本の槍を構えたまま、敵陣に切り込んでいく。
その正面にはナデシコを行かせまいとまだ生き残っていたデビルジンがグラビティブラストを発射してきた。
だが、そのグラビティブラストも前方に張った強固のディストーションフィールドの前に空しく散らされるばかりだ。
そして、そのグラビティブラストをまるで逆流するかのようにグラビティブレードがデビルジンの胸板を貫いた。
……いや、胸板だけではない。ディストーションブレードに纏われたディストーションフィールドに触れた瞬間、まるで風に溶けるかのように何の手応えすらなくデビルジンは崩壊していく。
デビルジンだけではない。バッタや、バッタが放つミサイルも爆発すらせずに崩壊していく。
その風景は、まるで出来の悪い三流映画の一シーンのようですらあった。
「……うそ」
誰かが呆然と言った言葉。それがこの非現実的な情景を表していた。
“重力場の崩壊。これに巻き込まれた物質は分子結合が出来なくなり、結果、今見ているように抵抗すら出来ずに消滅するしかないわ。
私が知っている限り、現時点で真正面からこれに対抗しようとするなら、これと同じ現象か、ナナフシのマイクロブラックホール弾。後は……相転移砲ぐらいしか思いつかないわね”
ナナフシ――ナデシコA時代に撃破した砲台だが、この敵が放ったマイクロブラックホール弾はナデシコを張っていたディストーションフィールドごと貫通するだけの威力を秘めていた。
そして現時点での最強兵器、相転移砲。これはある一定空間を強制的に相転移させることにより、その空間内にある物質を消滅させる問答無用な兵器だ。
無論、この兵器に狙われたら最後。防御などは意味を成さない。
これらの『狙われたら終わり』とすら言える究極兵器でしか対抗できない程の威力を持っているとイネスが認めたのだ。まさに、究極の槍と呼べるだろう。
“ま、これの説明は後でゆっくりしてあげるとして、当面の目的はカイト君の保護ね。もう停止してる筈だし、ちゃっちゃと回収!”
「りょ〜かい」
イネスの言葉に威勢良く返事を返し、ミナトは軽やかに操舵をしていく。
それは、的確に残っていた敵機を潰していきながら、カイトの元への最短コースで進んでいった。
そして、カイトの元へと辿り着いた。
“ここまで来れば大丈夫ね……それじゃ、フィールドを通常に戻して。ここから先は、艦長の仕事よ」
「解り…ました」
そう答えると共にフィールドが元の楕円形に戻る。それにより、過負荷が収まったのか、切羽詰っていたルリの表情も幾分和らいだ。
「ナデシコはこのまま盾にします。その間にカイト機の回収を頼みます」
“ちょっ……ちょっと待って!カイト君、まだ動き続けてるよ!”
『!?』
先程の圧縮させたディストーションフィールドの影響からか一時的に全観測機器が麻痺している為、カイト機はもう動いていないと思い込んでいたクルーはそのヒカルの一言に冷水を浴びせられた気分となった。
「そんな……オモイカネ!」
【ふ、不可能です!今現在、カイト機にエネルギーを供給できるものなどありません!】
オモイカネでも解析不能なのか、狼狽しつつもそう断言する。
「なら……何故まだ動き続けて……」
現在の時刻は作戦開始から15分をゆうに超えていた。
つまり、バッテリーが切れると思われた時間から30秒以上が過ぎている。誤差と考えるにはあまりにも無理がある。
「……ならば、考えれる手段としては、暴走した時に何か別の供給ルートでも確保したと考えるべきでしょう……」
「そんなことが可能なの?」
「解りません。ただ、そう考えるのが一番妥当でしょうし、回収すれば、ウリバタケさんが喜んで調べるでしょうし」
「……そだね」
「リョーコさん、何とかカイトさんを止める事って出来ませんか?」
先程からの戦闘行為によりパイロットは兎も角、機体がそれに付いていけていないのか、破壊箇所や関節からは偶に火花が出ている。
だが、そんな状態を全く無視しているかのように縦横無尽に周囲の無人兵器を撃破しているが、それでも先程よりは動きが鈍っている。
“ムリだっ!あいつ、あんなにぼろぼろなくせしてバッタ共を片手間程度で済ませやがる!”
リョーコ達は、カイトのアサルトピットさえ無事なら何とかなると考えて行動しているのだろう。カイトがバッタに向けて『散弾銃』を撃った後の隙を付いて懐へと飛びこんではいるが、簡単に弾き飛ばされている。
とは言え、先程までのカイトならば、弾き飛ばすなどと言う面倒な真似などせずに一刀両断にしているのだから、確実に弱ってはいるのだろう。
「……仕方ありません。リョーコさん達は何時でもカイトさんのサポートに回れる位置で残敵の排除をお願いします」
“何だ?何か考えでもあるのか?”
「はい。今なら使えますから、奥の手の一つを出します」
“おおっ!奥の手だと!?漸くルリルリも雅ってものが解るようになったなぁ!”
「……カイト機を掌握します。しかし、私ではエステバリスを満足に動かせませんから、カイトさんの動きが止まったらフォローをお願いします」
ウリバタケの戯言を全く無視し、さっさと話を進めるルリ。
“おう!解ったぜ!”
威勢良く返事を返すリョーコに一つ頷き、作業に戻る。
「コード・リンク開始……第一障壁進入……『掌握』」
ルリがポツリと呟いた瞬間、ピタリとカイト機の動きが止まった。
“やったか!?”
「……はい」
リョーコの問いかけに言葉少なげに返事をするが、その顔はなぜか優れていない。
「どうしたの、ルリルリ?」
その変化にいち早く気付いたのは、やはりミナトだった。
「……リョーコさん、カイトさんには近付かずに、防衛に徹してください。間違っても、間合いには入らないように」
“おい、そりゃどういうことだ?”
「簡単すぎるんですよ。まるで、カイトさん自ら招きいれているかのようにも思えるほどに」
「つまり、何らかの罠の可能性があると?」
「はい。少なくともカイトさん自身はこう言う搦め手を好んで使いますし」
「……まぁ、確かに」
「そんな訳で、カイトさんに敵を近づけないようにしつつ、まずは敵機の排除を。その後、カイトさんを回収します」
『了解!』
その後は、順調に進んでいた。カイトはあれ以来沈黙を守り、残っていた敵機も最早バッタやジョロと言った雑兵ばかりで、苦もなく討ち取っていく。
ルリ自身も思い過ごしだったのかと疑い出したほどだ。
――そんな中だった。カイトがまた動き出したのは。
「!? 嘘…カイト機、再起動!?」
まるで信じられないものを見るかのように、メグミが報告をする。
それもその筈。ルリはカイトを掌握してから先、戦闘には参加せずにずっとカイトを監視していたのだ。
もし何か動きがあったのならば、その前にルリが阻止する筈だった。
「……え? オモイカネ!」
そのメグミの言葉に呆けながらも、すぐに持ち直してオモイカネに問う。だが……
【…………………】
その肝心のオモイカネが返事をしない。
「ま、まさか……間に合って!」
そのオモイカネの態度にある事柄が思い浮かんだのか、慌てて手動でオモイカネとカイト機とのリンクを切断する。
「オモイカネ……オモイカネ!大丈夫!?」
【…………ルリさん?どうしたのですか?】
「良いから自己診断プログラムを流して!」
【? 解りました】
そうしてウィンドウは【診断中】となり、数秒後に元に戻った。
【異常なしです。これが、どうかしましたか?】
「よかった……間に合った……」
その言葉を聞き、ルリは安堵でひざが砕けそうになる。
「ちょっ、ルリ!一体何がどうなったのか説明しなさいよ!」
「簡単な事ですよ……逆にオモイカネが掌握されかけただけです」
「掌握って……エステバリスでナデシコを!?」
「それを遣って退けてしまうのが、カイトさんの怖さですよ……」
実際に目の前でやられても信じられないのか、ルリを含めたクルーは、畏怖の目で最後のバッタを破壊したカイト機を見る。
そうしてカイト機は、次の獲物としてリョーコたちに襲い掛かった。
“クッ……ルリ!こうなったら仕方ねぇ、腕の一本や二本は覚悟してもらうぜ!”
「待って下さい!もう一つ、試してみたい手があります。それが失敗したら……その時は頼みます」
“……わーったよ。それまでは、何とか抑えてやるよ!”
「……オモイカネ、コード解除。あの装置を起動させます」
自分の不甲斐なさに落胆しながらも、オモイカネに指示を飛ばす。
「『あの装置』?……まさかルリ、電撃装置の事!?」
「物騒な名前だけど……何なのよ、それ?」
「簡単に言えばコクピットに仕込んであるスタンガンですよ……
これで何とかカイトさんが気付いてくれればいいのですが……」
そう言いつつプログラムを構築していく。だが、その瞳には躊躇いの色が色濃く浮かび上がっている。
「オモイカネ、カイト機に強制介入。プログラムを流し終わると共に、強制切断します。いいですね?」
【了解】
そして、それは実行に移された。だが……
「ちょっ、ルリ!まるで効いていそうにないわよ!?」
ユキナの言葉通り、先程から数回電流を流しているにもかかわらず、カイト機はまるで効いた様子もなくリョーコたちに切りかかっている。
「あの人は本気でどういう身体をしているんですか?常人なら気絶してお釣りが来るくらいの電圧ですよ……」
「じゃあ、もっと電圧を上げてみたら?」
「今流している電圧以上にすると、後遺症が残る可能性も出てきますが……」
ここで一度言いよどむが、モニター越しの戦闘に目を向ける。そこに映っていたのは、三人がかりでも圧倒されている姿だった。
「……やるしかなさそうですね。オモイカネ、カイトさんが電圧に対する抵抗力をつける前に、一気にケリを付けるには、どれくらい上げれば良いですか?」
【電圧を倍に。そして電流を半分にすれば、弾き飛ばす位の衝撃となる筈】
「解りました。それでお願いします」
【了解】
そして、電流が流される。
流された瞬間、確かにカイト機の動きが止まったが、すぐに何事もなかったかのように動き出す。
「これでも無理ですか!?オモイカネ、次は?」
【もう無理です!これ以上流せば、カイトさんが死んでしまいます!】
そういってオモイカネのウィンドウの横に、もう一つウィンドウが開く。
「!? カイトさん!?」
そう。そこに映っていたのは、電流によりズタズタになったパイロットスーツを着て、全身からぶすぶすと黒煙を上げているカイトの姿だった。
だが、そんな状態でも瞳はまるで獲物を狩る猛獣のようにギラギラと光っている。
しかも、目が充血――いや、違う。どういった作用なのか、白眼が紅く染まっているのではなく、黒眼が紅く染まっている。
この状態で言えることは一つ――この状態となったカイトは前回とは違い、衝撃を与えた程度では気絶させることはおろか、正気に戻す事も無理だということだ。
「ど、どうするのよ、ルリ!?」
「……私が取れる手段はもう全て尽きました。もう、私にはどうしようもありません……
……私には、もう、カイトさんを止められません……!」
落胆を隠そうともせず、自分自身の不甲斐なさを嘆くように叫ぶ。
「リョーコさん、ヒカルさん、イズミさん。
すいません。貴女方に苦労をかけてしまいます」
“気にするな!俺たちゃその為に居るんだからよ!”
(とは言ったものの、俺達で止められるか?)
先程大見得を切ったリョーコだったが、現状はかなり不利だった。
左腕と右足が損失しているというのに、その動きは何時ものカイト以上。まるで隙や死角といったものを感じさせない。
「チッ!ヒカル、イズミ!フォーメーションアタックを仕掛けるぜ!」
『了解!』
そのリョーコの言葉と共に三機がカイトの間合いの外へと飛び出る。そして間合いの中へと入らないように注意しながらカイトの周囲を回りつつラピッドライフルを連射する。
流石にこういう手に出られると反撃のしようがないのか、カイトは回避に専念している。
「よし、いける!このまま一気に押し切るぜ!」
リョーコはそのカイトの様子からこの戦法の有効性を確信し、削り取ることにした。だが……
「!? ヒカル、危ない!」
いきなりウインドが開いたかと思うと、そうイズミが告げる。
その言葉が引き金だったのか、ヒカルのそばにあったバッタの残骸が突如起動。残っていたミサイルをヒカルに向かい放つ。
「えぇ!? ちょっ…タンマ!」
それに驚きながらも、ディストーションフィールドを高める事により何とか凌ぎきる。
だが、その隙を逃すほど今のカイトは甘くはなかった。
残る二人が必死に牽制をするが、全て回避しながらヒカル機に肉薄。一瞬でヒカル機を袈裟懸けに切り裂き、行動不能に陥らす。
そして、二撃目を加えずに離脱する。……リョーコとイズミが捨て身覚悟で突っ込んできた為だ。
「おい、ヒカル!生きてるか!?」
「…なんとかね〜。 ただ、もう戦えそうもないけど……」
ヒカルの言うとおり、先程の斬撃はコクピットを何とかかわしてはいたが、左腕と両足が失われている。これでは確かにもう戦えるだけの余力は残ってはいない。
「クソッなんでこんな肝心な時に誤動作なんてしやがる!」
先程のバッタの残骸は頭を破壊されており、そこにあったAIも破壊されているために動く筈もない。
だからこそ、リョーコたちは誤作動で動いたと思っていた。だが……
“違います。あれは……カイトさんがやったことです。
いきなりウィンドウが開き、信じられないといった風に青ざめた顔でそうルリが告げる。
「どう言う事だ、ルリ!?」
“ナデシコにやったように、バッタにもハッキングをしたようです。
先程、バッタが動き出す寸前にカイト機から指令が飛んでいました。……あれは、カイトさんが意図した事です”
「なっ!?てことは、その気になればここにある残骸全てを武器に出来るとでも言うのか!?」
首を飛ばされただけで中破しているバッタはまだかなりの数がある。今の論理から言えば、その全てを武器として使用可能だという事だ。
“……おそらくは。しかし、今までそれを使わなかった事から、そう何度も使える手ではないと思われます”
「チッ、今はそれを信じるしかないか……イズミ!何とかヒカルが離脱するまでの間、時間稼ぐぜ!」
「分かったわ…」
「ゴメンね〜」
そしてヒカル機がよたよたとナデシコへと帰艦していく間、何とかカイトの注意を引こうと牽制を続ける。
だが、それもカイトが消えたことにより無駄と終わった。
「なっ!?」
「まさか……ボソン…ジャンプ……?」
その言葉を裏付けるように、ナデシコではボソン反応が検出されていた。だが、それも消えたとほとんど同時に出ていた為にそのことを先読みで伝えることも出来なかった。
そして、消えたカイト機はヒカル機の真正面。ちょうどナデシコを背負う形で現れた。
「ちょっ、ちょっと!?」
あわてて回避行動に出ようとするが、どう見ても遅すぎる。カイトの持ったフィールドランサーがまるで吸い込まれるかのようにヒカル機のコクピットへと伸びていく。
……誰もがもうこれまでかと思われたその時、その穂先は震えながらもぴたりとコクピットの寸前で止まっていた。
まるで、その行為が禁忌だと悟っているかのように……
そしてその震えている穂先がまるで本能と理性との葛藤のように見えた。
「……て、ヒカル、何時まで呆けてる気だ!?さっさとナデシコに戻れ!」
「う…うん。でも、大丈夫じゃないの?」
“いえ、リョーコさんの言うとおりです。今は何とか止まっているようですが、正気に戻ってない以上、何時また暴れだすか分かりません。ヒカルさんは早く戻って下さい”
「……なんか怪獣みたいな扱いよねぇ……」
“ナデシコと互角以上に戦える今の状態じゃ、大して違いませんよ”
「……納得」
そして何とか反転をしてカイト機を大きく迂回するようにしてナデシコに向かう。
だが、動き出したこと自体に反応を見せるかのように反転。背後から切りかかるが、その行為は後ろから追いついてきていたリョーコとイズミの牽制により何とか事無きを得た。
そして二機がヒカル機を庇うようにして対峙する。
「ヒカル!無事か!?」
「なんとかね〜」
「よし!とはいえ、ヒカルだけを戻す事も出来そうにないな……
ちっ、仕方ないか……イズミ、ヒカルを抱えてナデシコまで戻ってくれ。ここはなんとしても抑えとくから」
「……出来るのかい?」
「出来る出来ないじゃねぇ。……やるしかないだろ」
「……了解。二分持たせな」
そして、もう何度目になるか分からない攻防戦が始まった。
「クッ!いい加減正気に戻りやがれっ!」
裂帛の気合と共にフィールドランサーを叩き込むリョーコ。だが、それを易々と受け止めるカイト。
ちなみにリョーコが特に危険な接近戦を挑んでいるのはボソンジャンプに必要なイメージングをさせない為なのだが、その行為は無謀といえるだろう。
それでも懲りずに連続で突きを繰り出しているが、まるでその行為をあざ笑うかのように――いや、実際にあざ笑っているのだろう。反撃などは全くせずにまるで己自身の限界に挑んでいるかのように紙一重でかわしている。
それが殊更気に食わないのだろう。むきになって突きを繰り出している。
だが、搦め手ですら効かない今のカイトにそんな一本気な攻撃が通用するはずもなく、カイトからは何ら攻撃を加えていないにもかかわらず追い詰められているのはリョーコのほうだった。
「クッ……ソッ!」
そんな状態にじれたのか、それともそうするしかもう方法がなかったのか。
リョーコは気合とともに機体ごと全力での突き――チャージを仕掛けた。
確かにこれが決まれば一撃で行動不能に陥らすことも可能なのだろうが、如何せん体勢を崩していたのは贔屓目に見てもリョーコの方。つまりそんな特攻が通用する訳もなく、易々とかわされてしまった。
そして、そんな防御の事など考えてもいない攻撃という事は、無論かわされれば無防備な腹を見せるという事になる。
更に、そんな状態を見逃すほど今のカイトは間抜けでもない。
結果――
「うわっ!」
――リョーコ機は一瞬にして行動不能となった。不幸中の幸いは先程ボソンジャンプをした時からコクピット周りを狙わなくなった為にリョーコ自身にはダメージがいっていない事だ。
だが、それでも両腕両足及びスラスターが大破。自力では動けない状態となっている。
そして、そんな状態のリョーコには興味を失ったのか、ナデシコへ収納されようとしている二機へと目を向ける。
そのまま機体を回頭。一気にナデシコへと進み出る。
「クッ……済まん、イズミ、ヒカル!そっちへ行ったぞ!」
「……ウリバタケさん、さっきのフィールド、もう一度いけますか……?」
その一部始終を見ていたルリが絞り出すような声でそう問いかける。
「ちょっ…ルリ!あんなの使ったらそれこそカイトを殺しちゃうわよ!」
「解っています……だけど、それをする覚悟がなければ今のカイトさんは止めれません……」
「そりゃ、そうだけど……」
「それに、この方法はあくまで最終手段です。こんな方法、私もしたくはありません」
「…………」
「それで、どうですか?」
“……はっきり言っちまえば無理だな。ジェネレータ自体がいかれかけてやがる。こんなんじゃ危なっかしくて動かせねえよ”
「それでも、動かすとすれば?」
“……十秒だな。それ以上は何時爆発してもおかしくはない。ただし、もう一度アレやったら成功失敗問わずに確実にフィールド発生器が壊れちまうぜ”
「解りました。後、グラビティブラストの方はどうですか?」
“あっちはコンデンサの方がいかれてるからな……20%の出力が出りゃ御の字だろう”
「……では、ヒカルさんの換装は?」
“ああ、ついさっき終わった。いつでも出れるぜ”
「なら……お二人とナデシコの対空砲で何とか抑えるしかありませんね……」
“ま、きついけどしゃ〜ないか”
“こりゃ、助けた後はおごりの一杯や二杯じゃ済まないね”
口々に言いながらナデシコから出てくる二機。
そして出るなり両腕に持っているラピッドライフルを碌に照準も合わさずに連射。
そのライフルに呼応するようにナデシコの対空砲も火を噴く。
だが、その全力攻撃もフィールドを纏わせたフィールドランサーに全て弾かれている。その姿は、まるで一本の矢のようですらあった。
そして前衛を勤めている二機を全く相手にせずに狙いをナデシコに絞ってあるのか、牽制を続ける二機の間を一気に通り過ぎた。
「クッ……!緊急回避!かわせなくても構いませんから、せめて人員のいる場所には当たらないように!」
「了解!」
その努力が功を奏したのか、それとも最初から狙う場所はそこだったのか。
カイトの攻撃はルリの指示通りに無人区を貫いたのだが、その場所が拙かった。
「クッ!被害は!?」
「ディ、ディストーションブレードを持っていかれました!」
『!?』
よろめきつつも聞いたルリの問いの答えは、今考えられる限りでは最悪に近かった。何しろディストーションブレードの根元を貫いたのだから。
それは、ディストーションフィールドという鎧を失っただけではなく、同時に切り札をも失ったということだ。
そんな中、反転したカイト機が新たに突撃を敢行してきた。
【(すみません!もう無理です、カイトさん。ナデシコを護る為に、破壊……します!)】
その折、今まで沈黙していたオモイカネが外部にウィンドを出さずにそう絶叫した。
深遠とも言えるほど暗い闇の中、『カイト』であった意識は漂っていた。
その場所は、『破壊衝動』と言う名の嵐に見舞われ、その場所にある全てを破壊せんとばかりに荒れ狂っている。
それは無論、カイトの自我意識にも当て嵌まっている。その光景はまるで嵐の中を漂う小船のように頼りなく、今にも押し潰されそうですらある。そんな中、カイトであった意識は懸命に舵を取ろうと必死になっている。
だが、それでも舵を取るのは難しく、行動の禁忌を守らせるだけで精一杯であった。
[…これまでか……せめて自分で制御できるまでは持っていきたかったんだがな……]
ふと……その嵐の中に『声』が聞こえた。
カイトと『衝動』以外には何もないと思っていた空間に響いた声。その声には感情というモノが欠如し、酷薄とした印象を受ける。その声が聞こえた瞬間、今まで暴れ続けていた『衝動』がピタリと止み、穏やかになった。
『あなたは……誰ですか?』
今まで全力を持ってしても止める事が出来ない程膨らんだ『衝動』を苦もなく止めた声。それに興味が出たのか、内に向かい話しかける。
[…そんな事はどうでも良い事だ。…それよりも早く現実に戻った方が良い。オモイカネが自爆装置を発動させようとしているからな]
『あ、やっと発動させる気になったのか』
そう。カイトがオモイカネに頼んでいた事とは、自爆装置の事だった。
元々カイトは『衝動』を開放させた時に自爆装置が発動する事も考えていた為、驚きもせず、逆にやっとかなどと考えていた。
[…ま、それがなければ我も手を貸す気にはならなかったが、次は手を貸さぬからこのような奇跡は二度起こらぬと思っておいた方が良い]
『……そうですね。ところでここから出るのはどうすれば良いんですか?』
『声』の話からするならば未だ発動はしていなく、すぐに戻れれば間に合うということだろう。ならば、『声』の正体を詮索している余裕はない。
……だが、問題が一つある。自意識の奥深くまで入り込みすぎたのだろう。ここから出る方法が分からずにカイトが情けない声を出す。
[……サービスだ]
声が呟いた瞬間、カイトは何処かへ流されていく風を感じた。
“……ストップ……”
オモイカネが自爆装置へと指令を送ろうとした時、弱々しい声でカイトから通信が送られてきた。
「カイトさん!?」
その声に最初に反応したのはルリだった。だが、それに対する答えはなかった。
「オモイカネ、ウィンドに出して!」
【了解!】
そしてルリ達が見たものは、シートにもたれかかって気絶しているカイトの姿だった。
遺跡の奥深く、どうやら管制室らしい一室に三人の少年少女がいる。
その三人の前方に設置されたスクリーンにはつい先程まで外で戦っていたナデシコの様子が映っている。
「……どうだ?『ヤツ』の様子は……?」
大破しているようにしか見えないカイト機が回収されていく様子を何処か楽しげに見ていた赤毛を後ろで縛った少女が隣に居る少年に問う。
「…抵抗二回に発動一回。だが、その一回も計算づくで発動させている。それに、お前にやられても使わなかった。
……まあ、考えていたよりも良い傾向だな」
淡々と、まるで感情と言うモノを感じさせない口調でその『少年』が答える。
今、もしここにナデシコクルーの誰かが居ればその『少年』を見て二度、驚くだろう。
一度目はその『少年』の風貌だ。まるで鏡写しのようにカイトに瓜二つだ。
そして二度目。例えカイトにそっくりであってもその纏っている雰囲気や表情だ。
カイトは日向の縁側に居るようななんとも言えない安心感を持たせる雰囲気を纏っているが、この『少年』には雰囲気と言えるものが全くない。そして、表情も蝋人形のようで感情と呼べるモノを感じさせない。
「…とは言っても、まだまだ計算が甘すぎる。
今の欠片の力では本体を抑えられる訳が無い事は、脳に刷込んでおいた筈なのだがな」
「……どうした、えらく饒舌じゃないか」
「…そうか?」
「そうだろうが。ま、そんな事はどうでもいいか。……で、どうする?もう収穫するか?」
「…ようやく育ってきたのだ。もう少し成長してもらわないとな」
からかうようにその『少女』が聞くが、対する『少年』は全く意に関せず淡々と続ける。
「……まぁ、そりゃそうだな。さっきお前が言ったように今の奴を回収してもまだ使えんか」
「…そう言う事だ」
『少年』の説明に納得したのか、『少女』はそれ以上続け様とはしない。
「レンギョウさん、ちょっと予想外の事態になりました」
話が途切れる瞬間を待っていたのか。二人の前の席に座り、オペレートをしていたボブカットの少女がそう切り出してきた。
「…どうした?」
「ナデシコが回頭を始めちゃいました」
「ほう、どうやら少しやりすぎたみたいだな」
「…そうだな。よく考えてみれば、大破に近しい状態、か……」
モニターに映るナデシコを見ながら、レンギョウと呼ばれた少年が独り言のように呟いた。そして隣の少女へと顔を向ける。
「………仕方がない。もう一仕事頼めるか?」
「別に構いやしないが、ここで逃がしておいてもいいと思うんだがな」
「…確かに。だが、こんなところで経歴に傷が付かれても困る。…『あれ』の注意を引く為にも常勝不敗であってもらわんと、な」
「……なるほど、な。いろいろと面倒くさい事だ」
「…ああ。しがらみに捕らわれずに欠片の育成ができれば楽なんだが、そうも言ってられん」
「ま、頭脳労働方面はお前等に任すさ。で、俺は何をすればいいんだ?」
「…なに、簡単な事だ。この『都市』に逃げ込まざるを得んようにしてやれば良い。…後はここを放棄してやれば勝手に調べるだろう」
「なるほどな。じゃ、行って来るか」
「…ああ、そうだ。言い忘れていたが、向こうの残存戦力は0Gが二機に砲戦が一機で打ち止めだ。…やり過ぎんようにしてくれよ」
「解った解った。遊ぶ程度で止めておくって」
小言に辟易したのか、なげやり気味に手をひらひらと振りながら『少女』は管制室を出て行った。
「…さて、と。逃げ道を防ぐ為にバッタも出しておくか。…後どれくらい残っている?」
「そうですね……ざっと20ぐらいです。後はテツジンが一機残っています」
「…そうか。思ったよりも少ないな……。
…まぁ良い。ならばテツジンは格納庫より通常発進。バッタは……先に跳ばしておくか」
“それでもいいが、俺の準備も終わっているぞ”
「…早かったな」
“隣の部屋だしな。で、どうするんだ?”
「…そうだな。…面倒だし同時に跳ばすか」
その言葉と共にレンギョウの目の前に二つのウィンドが現れる。左のウィンドには『少女』が乗り込んでいる紅い機体と20機のバッタが映し出され、右のウィンドには戻り行くナデシコの姿が映し出されていた。
「…では、跳ばすぞ?」
“ああ、やってくれ”
「…ジャンプ」
ポツリ、とレンギョウが呟くと、右のウィンドに移っていた機体全てが一瞬で消え失せ、一瞬の間も置かずに左のウィンド――ナデシコの前方へと出現した。
「ジャンプ成功。誤差確認されず……何時もながら見事です」
「…ま、な。後はテツジンを出すタイミングさえ間違えなければ、あいつが上手くやってくれるのを見てるだけでいいだろう」
「? ボソン反応確認……!! ナデシコ前方です!」
メグミの言葉が終わらぬうちに、虹色の輝きが現れる。そしてそれは、あの紅い機体とバッタへと変わった。
「機影確認。バッタ20、未確認1です!」
「クッ、エステバリス隊発進してください!」
そして……
“敵機の数は21機ですが、後続が出る可能性もあります。それまでに何とか撃退してください!”
「任せろって。あの程度の敵、オレ達の敵じゃないさ」
ルリの指示に、軽い調子で答えるリョーコ。
“それは解っています。ただ、今のナデシコには自衛手段がほとんど残っていません。バッタの一機程度なら何とかなりますが、それ以上ですと、撃沈する可能性もでてきます。それだけは防いで下さい”
「そうだったな……ならヒカル、お前はちょうど砲戦だし、ナデシコの守備に回ってくれ」
「はいはい、りょーかい」
「で、イズミはオレのバックアップ、頼んだぜ!」
リョーコは指示を言い終えると同時にスロットルを吹かせ、一直線にバッタの群れへと突き進んでいく。
そしてその勢いのまま手近にいたバッタをスクラップへと変えた。
「まず一機!」
そのままの勢いで次の敵に向かおうとするが、その前には紅い機体が立ちふさがった。
「次はテメーかっ!」
リョーコは特に気にした様子もなく、その紅い機体へと突撃をかける。だが、その機体を貫いたと思った瞬間、するりとかわした。
「何!?ンのヤロー!」
その行為が頭にきたのか、リョーコはむやみやたらと突撃を繰り返すが、それをひらりひらりとまるで舞うようにかわす。その機体が紅い事と相まって、まるで闘牛と闘牛士のようにも見える。
そして、リョーコの反転に合わせて紅い機体は手持ちのフィールドランサーに内蔵されているラピッドライフルを連射してくる。
「ラッ…ラピッドライフル内臓式のフィールドランサー!?何で奴がそんなモン持っているんだ!?」
その連射を何とか回避し、間合いを取った後、そう叫んでいた。
ラピッドライフル内蔵式フィールドランサー……これは元々火星でアカツキと演算ユニットを取り合っていた時にウリバタケが造ったフィールドランサーの強化案の一種だった。その後、コストとの兼ね合いにより量産型エステバリスの装備として登録されることもなく、ウリバタケとカイトが自前で使う分だけを製作しているだけの筈だった。
“内臓式のフィールドランサーだぁ?……オモイカネ。そいつだけ図に出せるか”
そのリョーコの叫びを聞き、ウリバタケが出てきた。そしてオモイカネが映した図を見るなり首を振る。
“…違うな。ありゃ俺やカイトが造った奴じゃねぇよ。仕上がりが雑すぎる”
「じゃ、何だって言うんだよ!」
“どっかで設計図でも手に入れて造ったんだろ。何にせよ、今の俺が造るなら、もう少しマシな形にしてるぜ”
なげやり気味に言ったウリバタケの言葉のとおり、リョーコの持っているフィールドランサーと紅い機体の持っているフィールドランサーでは明らかに形状が違っていた。紅い機体が持っている方がリョーコのそれと比べ無骨で――まるでナデシコA時代に使っていたランサーのようだ。
「……リョーコ、冷静になんな!敵はそいつ一機じゃないんだよ!」
「え!?」
躍起になってその機体に切りかかっていたリョーコは、イズミの言葉に慌てて周りを見回す。そこにはナデシコへの包囲網を完成させつつあるバッタ共の姿があった。それをイズミとヒカルの二人で牽制してはいるが、そう遠くなく完成するのは明らかだった。
「わっ悪ぃ!」
それを見て、慌ててバッタの排除に回ろうとするリョーコ。対する紅い機体は、まるで面白そうに――実際面白いのだろう。微動だにせずにその様子を眺めているだけだ。
「!? こ、後方より増援、マジンです!」
そんな中、メグミの報告どおり遺跡にぽっかりと穴が開き、中より一機のマジンが発進して来た。
そのマジンはゆっくりと、前方で包囲網を形成しているバッタと連携を図るように進軍してくる。
“チッ、どうする、ルリ!?”
「……仕方、ありません。マジンの発進口より進入。そこで迎え撃ちます!」
“なっ……正気か!?”
意外すぎるルリの言葉に皆、驚いた顔でルリを見る。そのルリの顔は、苦虫を噛み潰したかのように苦渋に満ちている。
「……逃げられない上に、ここで戦い続けていてももう持ちません。ならばあそこを占拠して進行方向を限定させた方がまだ勝ち目があります」
“……分かった。なら俺がマジンを抑えるぜ!”
「頼みます」
「…良し、何とか誘い込めたようだな」
管制室よりその様子を見ていたレンギョウが、誰にともなくポツリと呟く。
“で、この後どうするんだ?”
その呟きを聞いてたかのような絶妙なタイミングでウィンドが開き、紅い機体に載った『少女』が映し出された。
レンギョウはそのウィンドを一瞥なり、
「…ナデシコに傍受されるから通信するなと言わなかったか?」
“は?……ンな事聞いてねぇぜ”
それを聞き、レンギョウは目の前のオペレートシートに座っている少女に目を向けるが、首肯で赤毛の少女の言い分を支持している。
「……そうだったか?…ま、あそこまで破壊されていれば、こちらの通信の傍受など出来んだろうから良いが、不用意に通信など送るな。…我等の正体に勘付かれるにはまだ早い」
そのレンギョウの言葉のとおり、今のナデシコには周囲の通信の傍受する余裕などない。それ以前に、余裕があったとしてもあくまで『無人兵器の暴走』と思い込んでいるナデシコクルーに一方向にしか飛んでいない通信があるなど想像の範囲外だろう。
“なるほど。それもそうだな。それで話は戻すが、この後どうする?”
「…もうここに居る意味はない。…お前も一緒に飛ばすから、その準備をしろ」
“分かった”
「……と言う訳だ。データ改竄が終われば跳ぶが、後どれくらいかかる?」
「そう言うだろうと思って、もう終えてありますよ」
レンギョウの言葉に少女はキーボードらしきものを数回叩いた後、笑顔を向ける。
「…流石だな。では、跳ぶぞ」
「はい」
そのレンギョウの言葉に頷きつつその傍に歩み寄る。そして、レンギョウはその少女の肩に手を置きウィンドに目を向ける。
「…そちらの準備はどうだ?」
“とっくに終わってる。何時でもいけるぜ”
そう言う『少女』の映っているウィンドは、何時の間にかコクピット内部の風景ではなく、紅い機体の全体像が映し出されていた。
「…そうか。…ならば」
そこで一度言葉を切り、眼を瞑り集中する。
「……ジャンプ」
十分に集中できたのか、不意に眼を開きポツリと言葉を零すと、次の瞬間、虹色の光と共に二人の姿が消えた。
そして、ウィンドに映っていた紅い機体もまた、虹色の光と共に消え失せていた。
「……?」
ふとカイトが目が覚めれば、どこか病室のようなところで寝ていた。
「……て、なんだって医務室なんかで寝てるんだろ?」
前後の記憶があやふやなのか、働かない頭で胡乱げに呟くが、それに対する答えはない。
ホケーっと周囲を見渡すと、ベッドを仕切っていたカーテンが開き、ユキナが現れた。
「カイト!?あんた、大丈夫なの!?」
「大丈夫って……何が?」
そう言いつつ、自分の姿を見てみる。
「……なんつーか、仰々しくない?」
そう言うカイトの姿は包帯まみれで、ミイラ男と言う言葉がよく似合っていた。
「これでもまだまだ生易しいくらいよ」
ユキナの後ろから現れたイネスがそう答えた。
「打撲に感電による火傷。よくもまぁそんな状態で上体を起こして話せるわね」
「……そんなに酷かったんですか?」
「酷いとかそう言う次元じゃなかったわよ。はっきり言って今生きてるのは奇跡ね」
「………」
そう。カイトを回収してからも大変だった。
何時かのようにフレーム自体が変形しており、こじ開けるのにまず時間がかかった。そしてやっと開いたかと思えば中ではカイトがぐったりと横たわっており、医務室へと緊急搬入。そして戦闘中だというのにすぐさま緊急手術。移植用の皮膚が少なかったり、後一時間遅かったら確実に死んでいたとイネスの太鼓判すら貰っていた有様だった。
「包帯の下に塗られているジェルは傷が直れば勝手に剥がれるからそれまでは剥がさない様に。今剥がせば命の保証はしないわよ」
「はぁ、分かりました」
「それで、何処か痛い場所とかは?」
「全身に鈍痛がありますけど……それくらいですね」
そのカイトの答えを聞いた途端、大きくため息をついた。
「……よっぽど治療用のナノマシンと相性が良いのねぇ。普通のた打ち回るくらいの激痛に苛まれるわよ」
「……そんなに苛めて楽しいですか?」
「勿論。ま、診断も終わったし、ここから先は二人に譲るわよ」
そう言ってイネスは席を立つ。そしてイネスが居た逆のベッドサイドには何時の間に来たのか、ルリとユキナがジト目で睨んでいた。
「……お、おはよ」
その視線に耐えきれなかったカイトは、間の抜けた挨拶を返すしかできなかった。
「おはようございます……」
「三日ぶりねぇ、カイト」
「三日!?そんなに寝てたの!?」
「はい。ま、そんな事はどうでも良いんですけど……」
「カイト。何か言う事があるでしょ?」
「えっと……ゴメンなさい」
体の曲がるギリギリまで平身し、精一杯の謝罪をする。
「どれだけ心配したと思ってるんです?その上ナデシコまで半壊させるし……」
「……へ?」
そのカイトの間の抜けた声に、二人の目の温度がまた下がった。
「……もしかして覚えていないんですか?」
「いや、暴走している間はそれを抑えるのに精一杯で、外の事まで手が回らなかったから……」
「…オモイカネ。カイトさんが与えた被害を表示」
【了解】
言葉と共に表が現れる。その表には大きな物だけでもグラビティブラスト発射機構大破、ディストーションブレード大破、エステバリス三機大破などがあり、どう見ても今のナデシコに戦闘手段はない。
「あの……これ全部僕が……?」
そう表を指差しながら言うが、その声と指先が震えている。
「……なんならダイジェストで戦闘データを見せましょうか?」
「すいません。勘弁してください」
もう言葉もないのか、ただただ平伏だけを返す。
「まったく。その後また敵が出てきて大変だったんですよ」
一通り責めて少しは気が晴れたのか、やれやれといった風にため息をつく
「敵?よくそんな状態で撃退できたね」
先程の被害を思い出し、そんな言葉が漏れる。
「ええ、なんとか。遺跡に逃げ込んで撃退しましたから」
「……は? 逃げ込んだって…敵の真っ只中に!?」
「正確にはそこしか体勢の立て直せる場所が無かったんですが、どうやらあちらももう戦力が無くなったらしく、その部隊を撃退したらもう出なくなりましたし」
「もう出なくなったって……そんな無茶な事したの?」
「したくてした訳じゃありませんよ」
「そりゃそうだけど……でも、全兵力だったなら…紅い奴は出てきた?」
「紅い奴、ですか……?」
「うん。こんなの」
そう言いつつカイトはコミュニケを操作し、一枚のCGを作り出す。そこに描かれたのは紛れもなくカイト機を半壊に追い込んだ紅い機動兵器だった。
「……ああ、出てきましたよ」
それを見てやっとルリは思い当たった。最初に現れはしたが、ナデシコが沈むかどうかの瀬戸際だった上にリョーコ機と数回斬り合った後、何処へともなく立ち去ったから印象に残っていなかったのだ。
「よくあんなバケモノ倒せたね〜」
「……いえ、倒していませんよ」
「え?倒していないって……じゃ、どうやったの?」
「それがね〜、バッタの相手をしているうちに逃げたみたいでさ。あれ以来出て来てないわよ」
「逃げた…って、……また、か」
そう言ったきり黙り込み何かを考え始めるカイト。
「『また』…?それはどういう意味ですか?」
「ん?……ああ、僕もあの紅い奴にはのされたから」
「……へ?カイトが!?」
「そうだよ、って何?もしかして戦闘データの検証してないの?」
よっぽど意外だったのか、呆れた風に言うが、それに返ってきたのは氷点下のジト眼だった。
「検証も何も、機体ごと完全に壊れてましたよ。修理すれば見れるかも知れませんでしたが、そんな時間もありませんでしたし」
「うっ……そっか……」
「て、あの機体強いの?」
「強いも何も、僕の左腕と右足を破壊したの、あいつだよ」
「……へ?」
「ついでに言えば僕の攻撃なんかは全部かわされたしな〜。今ある機体であいつに遅れをとらないようにするには、それこそ設計から見直さないと無理だね」
相手の力を認めたのか、いっそ清々しいとすら言える口調だ。
「そんなになの……?」
「うん。もし何かの気まぐれで今襲って来られたら……いや、ナデシコが完全で、アキトさんやアカツキさんを含めたナデシコパイロットが全員揃っていても多分、ナデシコを落とされる位にね」
「それ程……なんですか?」
「うん。現に戦りあってもかすり傷すら付けれなかったし。よっぽど上手く立ち回らなきゃ足止めにもならないよ、今のエステじゃ」
「………」
「それに何処で手に入れたんだか知らないけど、フィールドランサーなんか持ってたし。アレ一本あればどんな強力な戦艦でもあまり意味ないし」
確かにその通りだ。フィールドランサーがあればよほどの出力差でもない限り、大抵のディストーションフィールドは切り裂ける。後はその中に入って対艦ミサイルを撃ち込むも良し、ブリッジを砕くも良し。正に戦艦にとって天敵とでもいえる武器なのだが、その形状が近接武器である『槍』な為、戦艦に取り付かないと使えない事などからコストパフォーマンスが悪いと判断され、ネルガルは製品化を見送った為、ウリバタケやカイトが自前で使う分しか存在しない筈だった。
「そんな訳で、僕としては今すぐにでも撤退する事を提案したいんだけど」
「……そうしたいのは山々ですが、今はできません」
「? なんで?」
「外の様子を見てもらえれば解りますよ」
そのルリの言葉でウィンドが開き、外の様子が映し出される。そこはドックのような感じになっており、砲戦フレームに護衛されてウリバタケ等整備班がナデシコの応急修理をしている所だった。
「……うわ」
それを見たカイトが漏らしたのは、そんなうめき声だけだった。先程ルリから被害報告を見せられたが、それにはあくまで大きな物しか表示されていなかったらしく、今のナデシコの状態を一言で言い表すのなら『何とか動くだろうが、その他の事は諦めざるを得ないだろう』だ。何しろ動くだろうがあくまでそれだけ。攻撃手段も防御手段も持たず、機動力も本来の1/10も出ないだろう。それはまさしく『動く棺桶』とでもしか呼びようがない有様だ。
「とまぁ、こんな感じですので救援が来るまでは足止め状態になってます」
「……確かになぁ。で、救援は何時来るの?」
「数日中には着く予定ですよ」
「なるほどね〜。……じゃ、イネスさん、ちょっといいですか?」
「どうかした?」
カイトの声が聞こえたのか、仕切りのカーテンを開けてイネスが入ってきた。
「僕も手伝いたいんですけど、痛み止めかなにかすれば動けます?」
「無理ね。身体を起こして喋れる事自体奇跡に近いのに、これ以上身体を行使するようなこと、容認できないわよ」
「……そこを何とかできません?」
「今貴方にできることがあるとすれば、皆の邪魔にならないように大人しく寝ていることよ」
「この非常時にですか?」
「そうよ。今動かれるとかえって邪魔よ」
「……はぁ、分かりました。大人しく寝てますよ」
カイトが目覚めて1日後。
それまでの間に修理と平行作業で行っていた遺跡内の探索およびメインコンピュータの調査が終わり、一様の結論が出たのか主だった人物がブリッジに集まっていた。
「まず最初に、もうこの遺跡には動力が繋がれていませんし、戦力も残っていません。よって内部からの奇襲を受ける心配はまずないでしょう」
ルリの安全宣言にブリッジの空気がホッと緩んだのが目に見えるようだ。
先程までは修理中でも何時襲って来るのかと気を緩める暇が無かったのだから尚更なのだろう。
「……で、一体何が原因でこの遺跡は動いてたんだ?」
ふと疑問に思ったのか、腕組みをしていたリョーコが問いかける。
「実際の原因は誰かが起動させたのでしょう。私達が来る少し前まで遺跡の管制室に人が居た形跡がありました」
「じゃあ、誰がやっていたのかも解ったの?」
「多分、あの『紅い奴』だと思いますよ」
ヒカルの問いかけにカイトが答える。余談だが、カイトは未だイネスから動く許可を貰えずに、車椅子に座っている。
「……おそらく、そうでしょうね。しかし、人が映っているようなデータはこれ以上無いってぐらい徹底的に削除してありましたし、どうやって遺跡のコンピュータにアクセスしたのかは分かりませんが、修復は絶望的でした」
「アクセス?ルリにも無理なの?」
カイトをここまで押してきたのだろう。車椅子の後ろに居たユキナが疑問に思ったのか聞いてくる。
「結果だけで言えば無理です。何しろ言語形態……それ以前にアクセス方法からして違いますから」
「あれ?確かオモイカネって遺跡のコンピュータをモデルにしたとか言う話を聞いたけど?」
「そこから先は私が説明します。私の専門分野だし、異論は無いわよね?」
説明の部分を異常な程強調して出てきたのは言うまでもなくイネスだった。
ちなみに一応は確認をとっているらしいが、どう見ても異論が出ようが黙殺する気マンマンである。
皆それが骨身に染みて解っている以上、止めれる者など皆無であり、独壇場が始まった。
「まず大前提であるオモイカネ=遺跡のコンピュータと言う説だけど、結果を先に言ってしまえばノーね。
オモイカネはあくまで遺跡のコンピュータのコピーよ。それも、粗悪な模造物とすら言える程度よ」
そのイネスの暴言にルリとカイトが少し嫌な顔をしている。
ついでに言えば、その二人の間に『……』で埋め尽くされたウィンドウが開いている。……どうやらオモイカネも怒っている様だ。
「まあ、それも仕方ないと言えば仕方ないわ。何しろ第一次火星大戦の勃発前にネルガル本社に送ったデータだけでプログラミングされたものがナデシコAに搭載されていた初代オモイカネ。そしてそのデータと火星に残されていた研究データを元に再構築したのがそこでヘソを曲げているオモイカネよ」
そうフォローを入れながらウィンドウに目を向ける。
「あれ?この子って二代目なの?」
今の今までナデシコAに搭載されていたものと同じ物だと思っていたのだろう。ルリやウリバタケと言ったごく限られた人物以外はみんな一様に驚いている。
「そうよ。ナデシコAに搭載されていたオモイカネ自体は今もナデシコと一緒にこの宇宙の何処かをさまよっているでしょうね。但し、私達で言う所の『人格』と呼べるところはルリちゃんが切り離して連れて来ているわよ」
「まあ、その後あくまでデータでしかなかった知識をもう一度この段階にまで持っていくのに苦労はしましたけどね」
苦笑を浮かべつつ、自愛に満ちた眼でルリはウィンドを見ている。
「……なら、何故奴らがナデシコを襲って来たのかは?」
「それも解りません。ここには実働データのみ残っており、何故ナデシコを襲ったのかを示すような情報は全くありませんでした」
「……それじゃ、今回で解ったことは?」
「それは、今回の事件は遺跡の暴走ではなく、誰かが故意に起こした事です。
そしてその目的は間違い無くこのナデシコB及びエステバリスの実戦データでしょう
……今解っている事はこれぐらいです」
ルリは矢次早に出される疑問にも淀みなく答える。だが、ルリが最後に答えた返答を聞いた途端、カイトの顔が僅かに曇る。
「どうかしたんですか、カイトさん?」
「……ん?何が?」
「何か考え事をしていたようですので……」
「これには関係ないことだから、流しといて」
「……そうですか?」
それに気付いたルリが目聡く指摘するが、カイトは何でもない事の様にさらりと流した。
「……それでは、これで終わります」
「……それで、何をやってるんですか?」
「おや、思ったより早かったね。ブリッジの方はいいの?」
「ええ、おかげさまで」
先程の会議が終わり、カイトが医務室に戻って一息つき、何かウィンドを操作している時、突然ルリが来訪してきた。
「それじゃ聞かせて貰えますか?」
「ん?何を?」
「先程考えていた事です。……あの場所じゃ言えない事だったんじゃないですか?」
「ん〜?ま、ね」
「それでは、イネスさんにも席を外して貰っていますし、話してもらえませんか?」
「ちょっと間ってね。もう終わるから」
そう言う間にも次々とデータが打ち込まれていく。
「……よし、完成」
そして、最後のデータを打ち込むと共に、文字のみでデータがシミュレートを開始する。――どうやらグラフィックに表わす暇すらなかったらしい。
そして、シミュレートが終わったのか、ウィンドには『エラー』の一言だけが表示された。
「……あっちゃ〜、やっぱ無理か」
「何だったんですか、これ?」
流石のルリと言えど、高速に表示される文字の羅列では意味が理解しきれないのか、カイトに問う。
「ん?あの紅い奴と今開発中の量産型0G50機と砲台フレーム50機とを、殲滅戦で戦り合わせてみたんだけど……」
そこで一度言葉を切り、深々とため息をつく。
「結果はこれ。まるで相手にもなってないね」
余談だが、量産型エステバリスは大戦中に使用されていたエステの不評点である『整備製の悪さ』を直し、より実践的に改修した機体で、砲台フレームとは宇宙空間での使用も視野に入れた砲戦フレームの改良機の通称だ。本来、この期待も『砲戦フレーム』と呼称されるのだろうが、その使用法や外見から砲台フレームと開発陣は呼んでいる。……尚、これらの機体は未だ研究段階の次世代機だ。
「それって……」
「ナデシコを調査してデータをとってもあまり意味は無いって事。
……この間言ったけど、奴がもう一度攻めてきたら、よっぽどの戦術でかからないと防御する事すら無理だよ。……もし同型機が複数あり、それを扱えるパイロットが居るのなら、今の連合宇宙軍全軍でも太刀打ちするのは難しいくらいにね」
「そんなに……」
「あ、ただし、パイロットが疲労しないと仮定しての話だけどね」
少し大風呂敷を広げすぎたと思ったのか、あわててフォローをするカイト。
「それでも、それだけの地力があるって事ですよね?」
「そう言う事。……僕はどこかの企業が試作機をトライアルとして現在の主力兵器候補のエステにぶつけたって見てるけどね……」
そこで何か言いよどむ様に言葉を切る。
「……どうしたんですか?」
「いや、そうだとしても、どうやって遺跡を動かしたのかとか分からないことが多いからね〜。あんな高性能機、一体何処が造ったんだか」
いくら考えても答えのでない問答に疲れたのか、投げ遣り気味にカイトは言葉を吐く。そして苦笑しつつルリは答える。
「そんな事、情報すらないのにいくら考えても答えなんて出ませんよ」
「そりゃ分かってるんだけどね〜。あそこまで完璧に負けた事もなかったからね。……できればもう一度リベンジしたいしね」
そう言うカイトの眼は、これ以上ないというほど真剣だ。相手の力を認めているとはいえ、手も足も出なかったという事がそれほど堪えたのだろう。
「でも、勝ち目があるんですか?」
「言い難い事をあっさりと……。ま、その為の機体の設計から始めないといけないけど、やれない事はないよ。全体像は見えてないけど、どんな相手かは分かってるしね」
「と言う事は、もうイメージはできてているんですか?」
「ま、ね。後は形にしてそこからだよ」
「分かりました。それでは邪魔にならないように出てますね」
「OK。出来上がりを楽しみにしててよ」
そしてそれから三日後。漸く後発部隊と物資が到着した。それによってナデシコが動けるようになり、遺跡の詳細な調査を後発部隊に委託してナデシコは一路、地球へと戻っていった。
前回から一年以上も期間が開いてしまいましたが何とか完成しました(汗)
次回は出来るだけ速く出せるようにしますので、期待せずにいてください(汗)
注1:今回のディストーションフィールドの設定はGBAに出てきたエステのDFの設定を参考にしたオリジナルの設定です。(スパロボAのDFはビームを3000、GBを5000まで無効化、その他の攻撃を半減という能力を持っています)
注2:本作の中でのフィールドランサーの設定ですが、量産化され、コストが抑えられたとしてもレールガンの1.5倍ぐらいの価格になると設定しています。よっていくら強力でもフィールドに取り付かないと無用の長物のフィールドランサーよりも数発当たればフィールドを貫けるレールガンの方が上だとされ、フィールドランサーの量産化は見送られています。何しろ戦艦に取り付く前に撃墜されちゃ意味の無い武器ですし。
言ってしまえばフィールドランサーはギャンで、レールガンがゲルググみたいなもんです(爆)
最後に、ゴールドアームさんにはナデシコクラッシュの使用許可をいただき、ありがとうございました。
代理人の感想
いや、ギャンに槍なんか付いてませんけど。(違)
と、いうわけでお久しぶりです。
それはそれとして、少々冗長かなとも思います。
これだけ枚数使って話が殆ど動いていないわけですから。