「The map of a blank paper」

第3話

 

 

「おにい・・ちゃん・・って・・・・」

首に抱きつかれたまま動きが固まってしまうアキト。

「えええっ?もしかしてアイちゃん?思い出してるの?」

「初めまして、なんて他人行儀な事言うんだもの、傷ついちゃった」

アキトの膝の上に横座りしながらますます抱きついていく。

「あっいや、だって、ね?俺にはアイちゃんが思い出してるなんてことは解らないんだから・・・」

突然のことに状況が整理できず困り果てる。

その反応が面白いらしく、笑いながらイネスがアキトにささやく。

「フフ・・、傷ついた心は後で埋め合わせしてくれるわよね?」

「・・・・はあ・・わかりました・・・」

観念した様子で肩を落とし、頷くアキト。

「約束よ?さて、聞きたいことがあるんだけどいい?」

体を少し離し、正面からアキトの顔を見ながら質問をする。

「どうして私の所に来たの?」

「それは・・・・話をして、理解してくれそうなのはイネス・・・・アイちゃんしかいなかったからね。他の人に言っても・・・とてもじゃないけど信じてもらえないと思ったから。」

しっかりとイネスの目を見て返答を返す。

アキトは膝の上に乗ったイネスの柔らかい感触に鼓動が早くなり、意識しそうになるのを必死で我慢した。

「よくわからないわ。アイとしてあなたに会ったのはユートピアコロニーでの短い間だけ。あれだけで私がどんな人か判断できたと言うの?しかもあなたの事を憶えていないのよ?」

お互いの鼻が当たりそうな程接近し、アキトに問いかける。

「それは・・・・アイちゃん、俺が君に会ったことがあるのはユートピアコロニーだけじゃないんだ」

アキトは真剣な表情でイネスに説明する。

「アイには覚えが無いわ。どこで会った事があるの?」

「・・・さっき話をしたとおり、最後まで話を聞いてくれればわかるよ。長くて辛い話だけど・・・・・」

目を伏せ、イネスの体を抱きしめながら言葉を吐き出す。

「そう・・・・その長くて辛い経験をあなたは乗り越えたのかしら?」

「乗り越える・・・・そうだね。あの時は自分を責めていた・・・・・自分が居たから他の人が傷つくんだ、自分の力が足りないから、自分さえいなければ・・・・そう思っていたよ。」

目を伏せたまま、心の内を打ち明ける。

「今は?」

イネスはやさしくアキトを抱きしめ、言葉を促した。

「今は・・・教えられたんだ、子供達に。自分を責めても何にもならないんだって、自分の守りたいものを守る為には立ち向かうしかないんだって、前に進まないと全てが始まらないんだって事をね。だから、前に進む為に、少しでも多くの火星の人を、子供達を救う為に、自分の出来ることをやろうと思って。」

「今のじゃ全然説明になってないね。でも、これから話す俺の話を信じて欲しい。信じて手伝って欲しいんだ。アイちゃん。」

目を開け、正面からイネスの視線を受け、目をそらすことなく訴えかける。

「お兄ちゃんは前に進むことができるようになったのね?」

「自分の出来る範囲で、出来るだけのことを精一杯やるだけ。そうすれば自分の力で前に進める。それで足りなければ皆に力を貸してもらうよ。そうすればきっと道が見えてくる。失敗して何度も挫折するかもしれない、でもそこで立ち止まったりしたらそれで終わりだ。例え失敗したまま俺の人生が終わるとしても進んでいた限り、最後に後悔しなくて済むしね。」

晴れ晴れとした顔でイネスに笑いかける。

「・・・・・・・・・・・・」

至近距離でアキトの笑顔を見てしまったイネスは顔を赤らめ、ぼーっとしていた。

「ああ、ごめん、全然何だか分からないよね?これから全部話すよ。」

イネスの放心を勘違いしたアキトは慌てて話をすすめようとする。

と、立ち直ったイネスがアキトに抱きついた。

「必要ないわ。ア・キ・トくん。」

首筋に顔を埋め、体を押しつけながらささやくイネス。

「立ち直らせたのが私じゃ無くてちょっと悔しいけど、アキト君が元気になってくれて・・・・本当に良かった・・・」

「ア、アイちゃん?」

イネスが涙声になっていることに気が付き、動揺する。

「最初に私を頼ってくれて嬉しい。それだけあなたに信用されているって事だものね。」

「アイちゃん・・・・・」

「お願い、このままで・・・・恥ずかしいから今の私の顔は見ないで・・・ね?」

体を震わせ、嗚咽をもらしながら抱きついてくるイネスの背中をアキトが優しくさすりながら、しばしの時を過ごした。

 

しばらくしてイネスはアキトの膝から降り、部屋から出て行く。

「ごめんなさい、きっと酷い顔になっているから洗ってくるわ。」

2〜3分で帰ってきたイネスは落ち着きを取り戻していた。

正面の椅子に座り直したイネスにアキトが質問をする。

「・・・・・・あの、なんかおかしいなとは思ってたんだけど・・・もしかして・・・・・アイちゃんって・・・あのイネスさん?」

「あのって、私はイネスよ。それがどうかしたの?」

「いや、その、えっと、話す必要ないって、それにさっきからどうもその反応が変というか何というか・・・」

「そうね。あなたにボソンジャンプで飛ばされて、火星で再会して、戦争が終わって、死んだことにされたイネスよ。」

 

この世界ではアキトしか経験していないと思っていた事を、事もなげに肯定するイネス。

「な、何で?ど、どうやって?もしかしてイネスさんも巻き込んだ?・・・それに、それならそうと最初から言ってくれれば・・・」

「だって、立ち直らせるのは私よって意気込んでいたら突然来るし、さらに元気になってるんだもの、来てくれたのはとても嬉しいけど意地悪の一つや二つしたくなるわよ。」

少し頬を膨らませながら横を向くイネスの顔はその容姿のミスマッチさと相まって年に似合わない可愛さだったが、アキトにそれを鑑賞する余裕など無い。

もしその画像が記録されていたら結社の売り上げトップに立つだろう事は間違いなく、又、その顔を作らせたアキトには感謝の言葉と同時に殲滅宣言が発せられた事だろう。

「どうやって、についてはこれから説明してあげるわ。」

イネスの言葉にあるキーワードが入っていることに気が付いたアキトは予め釘を刺した。

「せ、説明?いや、あのその・・・・・て、手短にお願いします。」

「あら、手短でいいの?納得のいくまで丁寧に・・・」

「いえ、手短にお願いします。(キッパリ)」

ここで弱気になるとどうなるか身にしみて解っているアキトは、力強く返事をする。

「そう、仕方ないわね。ま、今は時間もあまりないしね、でも、次はたっぷりつきあってもらうわよ?」

「あはははは・・・・お手柔らかに・・・・・・」

頬に汗をしたたらせ、引きつった笑いを浮かべる。

 

「じゃ、手短にね。さて、アキト君、今の状態はジャンプミスによる精神だけのジャンプ、と思われるわ。」

イネスが振り向いた瞬間ホワイトボードが現れ、マジック片手に図を書きながら説明を始める。

アキトの目でも出てくる所を捉えられず、冷や汗を流す。

「このような現象が観測されたことは無いから確実とは言えないけれど、私やあなたの状態がその証拠ね。私の場合は1週間前、研究所内で気が付いたわ。もっとも、精神的衝撃が強くて倒れてしまったのだけれど。その前の記憶と私が体験してきた火星の記憶とは一致したわ。判別できたのは一瞬だけですぐに記憶が混じってしまって、今はもう判別がつかないけどね。でも、すぐに混じったという事は限りなく前の私と今の私が同一人物である証拠でもあるわ。細かいことを言うと、記憶が人の人格を形成するのか、心があるが故に人は人でありつづけるのか、なんて心理学的問題になるので省くわね。」

久々の説明モードに調子が上がってきたのか饒舌に説明しながらホワイトボードを埋めてゆく。

「あなたの経験も聞かせて欲しいのだけれど、今回は後でいいわ。ゆっくり、二人きりで、ね?」

「あ、ははは・・・・。」

イネスに意味深な事を言われ照れるアキト。

「ま、それは後のお楽しみにしておいて、説明の続きね。簡潔に言うとアキト君のユーチャリスのジャンプユニット崩壊に至近距離のナデシコBのジャンプユニットが同調して暴走、周囲数キロの空間を巻き込んで消滅。遺跡がどう判断したのかは解らないけれど精神だけ飛ばされてしまったらしいって事。」

アキトには理解不能な数式をスラスラ書きながら説明を続ける。

「そして、ナデシコBが貴方の前に現れた時の事なんだけれど、その時私は月にいたわ。」

イネスはボードに書くのをやめると振り向き、アキトの表情を伺った。

「は?でもそれじゃあ・・・」

今までの説明と、イネスが関係ないと言われ戸惑うアキト。

「で、ルリちゃんは佐世保ドッグでオモイカネの調整、アカツキ君は会長室で缶詰、当然エリナもそれにつきあって仕事、ユリカさんは地球の病院、ジュン君やリョーコさん、他メンバーもそれぞれの仕事やプライベートで用事があって、誰も宇宙へは出ていなかったの。」

「え?でもあの時ジャンプ間際のユーチャリスにいきなり接舷してきたのは確かにナデシコBでしたよ?通信でルリちゃんの声も聞いた覚えがありますが・・・・」

アキトは自分の体験を否定され、反論する。

「そうね。接舷したのは確かにナデシコBよ。さて、問題よ?今までルリちゃんが貴方のことを追いかけていたけど最後以外でユーチャリスに接近できた事は無かったわ。それが何故、あの時、あの状況で出来たか解る?」

「・・・・ピンポイントでジャンプアウトできるのはA級ジャンパーだけ、という事はあれはイネスさんか・・・もしくはユリカが制御しないと無理・・・でも行ったこともないただの宇宙空間のあの場所をイメージ出来るはずは無いし、しかもイネスさんは月に居てユリカは病院、ルリちゃんは佐世保?・・・???」

体験した現実と、それに至る理論が食い違ってしまって整合性が取れず、頭をかかえるアキト。

「いいところまで行ってるわ。ヒントは貴方がやってみせた事よ。」

イネスは勉強を教える姉のようにアキトの反応を確かめながら答へ導いていく。

「俺がやってみせた?何かやりましたっけ?」

「そうね、もう一つヒント。あなたにとっては・・・ちょっと辛い記憶のはずよ。」

イネスは、立ち直ったと言われたが辛い体験を思い出させてアキトが不機嫌にならないか不安に思いながらもヒントを出す。

「・・・・・辛い・・二つの場所に同時に同じ人が居る?・・・ま、まさか・・・・事故で月へ飛んだ、あの時の事?でもそうすると、もしかして・・・・・」

「そう。私たちはあなたが消えた10日後から追いかけたの。」

 

 

 

 

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心理描写うまく書けているでしょうか?もっと文章が必要でしょうか・・・・自信無いです・・・・・

こんな稚拙な文章でよろしければこの先もおつきあい下さい。

 

 

 

代理人の感想

情報の出し方が上手いですね。

多すぎず少なすぎず、読者の興味を引きつづけることに成功してると思います。

さてさて。

 

 

追伸

男性、特にアキトが女性に迫られて「照れる」というのはちょっと違うような。

「どぎまぎする」とか「答えに窮する」とか「身を固くする」あたりが表現として適当ではないかと思います。