「The map of a blank paper」

第4話

 

 

2202 火星軌道外側 ユーチャリス

 

警報の鳴り響く艦内に二人の人影があった。

一人は黒ずくめでバイザーをかけ、その表情は見えない。

もう一人は銀髪の小柄な少女だった。

「アキト、ジャンプシステムガセイギョフノウ。ジャンプフィールドガ、フアンテイニゾウダイチュウ」

「・・・・・ラピス、お前だけでも脱出しろ。」

「ムリ。モウセンタイソトガワマデ、フィールドガヒロガッテル。ソレニダッシュツテイハ、マエノセントウデオトリニツカッタカラ、ソウビサレテナイ。」

「そうだったな・・・・すまん、ラピス。」

「アヤマルヒツヨウナイ。アキトノソバニイラレルホウガイイ。」

ラピスの頭を撫でてやる。ラピスは嬉しそうだ。

「ジャンプしたとして・・・・何処に飛ばされる?」

「ワカラナイ・・・ブラックサレナノジャンプシステムモホウカイヲハジメテル。フィールドサラニゾウダイ。」

「・・・この艦にもサレナにも無理をさせたからなぁ・・・・オーバーホール無しだとこれが限界か。」

「サレナホウカイ。ユーチャリスモホウカイシハジメタ。」

ラピスは静かに事実のみを伝える。その顔に恐怖は無かった。

「アキト、モウ、カンノセイギョガデキナイ。・・・・サイゴハアキトトイッショニイタイ。」

「最後と決まった訳じゃないが・・・・おいで、ラピス。」

艦長席に座り、ラピスに向かって手を差し伸べる。

「ウン。」

オペレーター席から不器用に降りると、アキトの手の中に飛び込んでいった。

「アキトアッタカイ。ズットズットコウシテ・・・・・」

「ラピス・・・」

小柄な体を抱きしめ、やさしく髪をなでる。

その時、別の警報が響き、ユーチャリスが揺さぶられた。

「これはジャンプアウトの警報?何処へだ?」

艦長席でもIFSを使って簡単な艦の制御は可能だ。すでに艦を動かす事は出来ないが、センサーの情報は読み取る事が出来た。

「至近距離にジャンプアウト?こんな状態でジャンプアウトしたらどうなるかわからんぞ?」

そういっている間にもボソン反応は増大し、ユーチャリスの隣、数十メートルの所に白亜の艦が姿を現した。

「あれはナデシコB・・・・よく無事にジャンプアウト出来たな・・無茶をする・・・って感心してる場合じゃない。まずい、このままだと・・・・」

ジャンプアウトしたばかりのナデシコBにユーチャリスの状況が解る訳がない。

ナデシコBに警告を伝える為に、アキトは通信回線を開いた。

「ナデシコB、こちらユーチャリスだ。すぐに離れろ。こちらのジャンプシステムが暴走している。そっちまで巻き込まれるぞ!」

『アキトさん、解ってます。無事だったらまた会いましょう。』

アキトの通信に銀髪の少女が答えたかと思うと、すぐに通信が切られた。

「ルリちゃん!おい!、ルリちゃん!?」

閉ざされてしまった通信に呼びかけるが応答は無い、と、その時ユーチャリスが揺さぶられる。

IFSから伝わってくる情報を確認するアキトの顔が驚愕に彩られた。

「ナデシコBから固定アンカーが打ち込まれた?馬鹿な、そんなことしたら・・・・」

相手に聞こえているのか解らないが、アキトはナデシコBへ通信を送る。

「ルリちゃん、すぐにアンカーを切って離れろ!そっちのセンサーでも確認できるだろう?制御が全く出来ないんだ。ハッキングしてもどうにもならない。ナデシコBごと巻き込まれるぞ!ルリちゃん!!」

何度呼びかけても反応は無かった。

アキトが呼びかける間にも2艦の距離が縮まり、ユーチャリスを側面から抱え込むようにナデシコBが接舷した。

「まさか、乗り込んでくるのか?俺たちを助けてくれるつもりだったとしても、もう間に合わない・・・・最後まで俺は彼女に迷惑をかけつづけるのか?俺の存在は・・・・・・」

自らの存在を否定しているアキトは、世に知られないうちに自らの存在を消そうとしていた。

ジャンプシステムが壊れたのは偶然ではあるが、それで消えるのであればそれもいいかと思っていたのだ。

「結局ラピスまで巻き込んで・・・・・俺なんか忘れて普通の少女らしく生きて欲しかったんだがな・・・」

腕の中の少女の髪を撫でている手を止め、ラピスの顔を見る。

と、ラピスは目をひそめて消えた通信画面を見ていた。

「どうした?ラピス?ルリちゃんが心配か?」

「ルリ、アキトハワタシノモノ。ワタシハアキトノモノ。ジャマ。」

周りの事など関係なく、ルリがアキトに近づくのが不満の様だ。

「いや、ラピス?それは違うだろう?」

ラピスのピントの外れた発言に脱力するアキト。

 

ユーチャリスとナデシコBをボソンの光が包み込み、周りに広がっていく。

周囲の空間を照らし出し、一瞬にして大きく広がると、唐突に全てが消えた。

光が消え、静寂が訪れたその後には何も存在しなかった。何も。

 

 

 

2202 月面

 

月面にあるネルガル研究所、その一室のコミュニケが鳴った。

呼び出し音をしばらく無視していた部屋の主は、鳴りやまぬ音に負け画面を開く。

「何かしら?エリナ。研究がいい所だったのよ。つまらないことだったら後にして欲しいわ。」

画面に表示されたスーツを着こなした女性に声を上げる。

『研究なんか後でいいわよ。イネス。私にも何が起きているのか正確に解らないんだけど、各ターミナルコロニーで大規模なボソン反応が検出されたので今大騒ぎよ。月の実験用機器でも反応があったみたい。どうやら今まで検出された事がないくらいの規模なのよ、貴方の知恵を貸してちょうだい。』

会長秘書を務めるエリナであるが、入ってくる情報がまとめきれず状況把握までは至っていないらしい。

「大規模?・・・コロニーのデータは揃えられる?」

『それが・・・計測可能値を一瞬で振り切ったらしくて記録されているのは最初のほんのわずかだけよ。うちの実験室がたまたま整備テストで電源を上げていたからそれにも記録されているけど、こっちは計測器が実験室内側を向いていたから微弱な反応が記録されているわ。』

「そう、いいわ。私の部屋に今あるデータを全て回してちょうだい。エリナは他に記録されているところが無いか調べてみてくれる?」

『わかったわ。調べてみる。』

「よろしくね。」

そういってコミュニケを切ろうとしたイネスだが、エリナが何か言いたげな表情をしたのを見て手を止める。

「どうしたの?」

エリナは何度か口を開き、言葉に出すべきか迷っているようだったが、意を決して話し出した。

『ねえ、イネス、これってもしかして・・・・アキト君が・・・・・』

「この現象の原因がアキト君と決まった訳ではないわ。最悪の事態を想定したとしてもユーチャリスのジャンプシステムではこんなに大きな反応は出ないから、原因では無いと言ってもいいぐらいね。」

エリナを安心させる、というよりは自らに言い聞かせるかのように説明する。

『そう・・・・でもイネス、私とても嫌な感じがするの・・・2ヶ月前アキト君が出て行ったきり戻ってないのよ?整備もある程度自動化されているとはいえ、オーバーホール無しで実験艦のユーチャリスを飛ばし続けているのは・・・自殺行為だわ。』

エリナは不安げな様子を隠し切れない。

「今ここでその事を言ってもどうにもならないわ。役員会で突き上げられてアカツキ君だってかなり厳しい立場になってるんでしょう?『会長権限で使える予算は限られているし、火星の後継者が名目上は居ない事になっている状態では、今はこれ以上アキト君のバックアップは出来ない。役員会を黙らせるまでしばらく月を離れて欲しい』と言ったのは誰だったかしら?」

イネスの言葉にうなだれるエリナ。

その目には衰弱の色が浮かび、メイクで隠してはいるが顔色も冴えない。

エリナは自分の言った事が引き金となってアキトの身に何か起こっているのではないかという自責の念に捕らわれ、精神的に追いつめられていた。

『私は・・・・・・・・・・・・』

エリナの様子にさすがに言い過ぎたと思ったのか、イネスが慰めの言葉をかける。

「アキト君も貴方の本心で無い事は分かっているわよ。貴方も辛いわよね。きつい事言ってごめんなさい。」

言葉だけで立ち直るような状態ではないが、事情を知っているイネスの言葉はエリナにはありがたかった。

「でも、しっかりしなさい、エリナ。とにかく今回の事がアキト君がらみなのか調べるのでしょう?関係無ければそれでよし、もし関係が有ったとしたら対策を講じなければいけないわ。結論を出す為にも今は動いて頂戴。」

『・・・・ごめんなさい。そうね、万が一アキトに何かあったら大変だもの、ボソン反応だけじゃなくて光学観測にも何か引っかかってないか問い合わせてみるわ。』

アキトの事となると少しは気力も沸いてくるらしい。多少の立ち直りを見せ、気丈に言葉を返す。

「お願いね、ただ、一通り問い合わせたら資料が届くまで時間が空くでしょう?薬を調合してあげるから一度休みなさい。」

『ううん。大丈夫よ、寝てなんかいられないわ。』

弱々しく首を振る姿はとても大丈夫には見えない。

「駄目よ。医者として言わせてもらうわ、今の貴方は気力、体力共に限界よ。特に精神的に、ね。アカツキ君にも言っておくからこれから先の事を考えるのなら今は一休み入れなさい。」

『でも会長は見張っていないと・・・・・』

「大丈夫よ、ゴートを付けておくし今の状態が理解できないほど愚かでは無いわ。」

『でも・・・』

「エリナ、あまり聞き分けが悪いと強制的に眠らせるわよ。」

一瞬で手の中に注射器が現れる。中の液体の色は・・・・表現しがたい微妙な色だ。

『わ、わかったわよ。わかったからその怪しげな注射器はやめて頂戴。』

あからさまに怪しい色を見て、エリナも諦めざるを得なかった。

「あら。残念。折角開発した新薬なのに・・・・・・・何も言わずに使った方が良かったかしら?・・・」

本当に残念そうな顔をして注射器をしまうイネス。本当に残念そうだ。

『聞こえてるわよイネス。指示には従うからそれだけはやめて。』

本気でいやがると通信を切った。

「・・・やっぱり薬渡すよりこっちにしましょう。楽しいし。」

どうやらエリナの運命は決まったようである。

 

「さて、何が起きているのかしら?データはどこかしらっと・・・・・」

イネスは自分の端末を立ち上げ、エリナから送られてきているデータを調べ始めた。

各コロニーから送られてくるデータを検証していく。

ふとイネスが画面端を見ると、何かが届いているのに気が付いた。

「あら?・・・・・・ルリちゃんからだわ。何かしら?」

イネスが中を開くとファイルが1つあった。

「これは・・・・暗号化されてるわね。・・・・レベル10?そんなレベルで送らないといけない物って何?」

レベル10は最高機密扱いで、軍でも滅多に使われる物ではない。

「地球から・・・場所は・・・・?何故こんな所から発信してるのかしら?・・・・・・送信日付は・・・・・・あら?この日付って事はさっきのボソン反応に関係する物ではなさそうね。」

その日付、時間はボソン反応のあった1時間前になっていた。

「でも、到着したのはさっき?1時間以上もかかる経路じゃないわ・・・・・」

イネスは解凍するための手続きを取る。レベル10は相手の遺伝子情報を含む複数の暗号化がされており、解凍には数刻を要した。

暗号を解いた後、出てきたのは何かのレポートだった。

「何かしら・・・・・・・・・・・・・・・・」

読み進むうち、黙り込み、自分の端末のオンラインを切断する。

部屋のセキュリティレベルも上げ、誰も入ってこられないようにした。

 

最後まで読み終わったイネスはファイルを完全に削除すると、ため息をつき、椅子に倒れ込む。

「・・・・・さすが私だわ。あんな事を考えるなんて・・・・検証済みとはいえ、すごいわ・・・・」

意味不明な事をつぶやきながら、部屋のセキュリティレベルを元に戻した。

と、すぐにコミュニケが鳴る。

イネスが画面を開くと、エリナの顔が画面中に広がった。

『ちょっと!、何やってたの!?折角資料を集めたっていうのに連絡しようとしても完全に閉じてるし・・・・』

自分の努力を無駄にされ、怒り心頭のエリナ。

「ごめんなさい・・・・・・でも、そんな資料より重要な事が解ったわ。というよりこの事件そのものね。」

『何で閉じていたのか説明してもらうわよ!・・・って・・え?もう?・・・早いわね?』

怒りのたけをぶつけようとしていたが、イネスの言葉に矛先を失い、語尾が小さくなる。

「ええ。まあ、ね。 で、地球に行くわ。」

『地球へ?地球に原因があるの?』

急に地球へ行くと言い出したイネスに戸惑いを隠せない。

「ジャンプして行くわ、CCを準備して頂戴。申し訳ないけど時間があまり無いの、詳しい説明は後でね。」

『ちょっと待ってよ、急に言われても・・・・』

「・・・・アキト君にかかわる事よ。急ぐわ。お願い。」

真剣な眼差しでエリナを説得する。

『・・・・わかったわ。後で必ず説明してもらうわよ?』

アキトの事となると地雷を踏むのも躊躇しないらしい。エリナは覚悟した表情で頷き返すとイネスに念を押した。

「お願いね。準備が出来たら呼んで。そっちへ取りに行くわ。ついでに貴方に薬をあげないとね。」

『連絡するわよ・・・って薬?もう忘れてるかと思ってたわ。』

エリナはあきれた表情で言葉を返す。

「忘れる訳無いじゃない、じゃ、後でね。」

 

数刻後、イネスは地球へ飛び、月にはうなされて眠るエリナが居た。

「う〜ん・・・・やめて・・・・・イネス・・迫ってこないで・・・・・・・その注射器の・・・・・・中身の色が・・・嫌〜!!」

その様子をみて会長が一言。

「ねえゴート君、寝れるっていうのは幸せな事だねぇ」

「あれを幸せというかどうかは微妙ですが・・・・視察中とはいえ、このたまった書類を片づけないと会長に寝る時間は訪れませんよ?」

会長室を埋め尽くす書類を見やるとアカツキは盛大なため息を吐き出した。

 

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

未来な過去のお話です。

話についてきて頂けているでしょうか?

段々登場人物が増えてきて私の足りない脳では限界が近づいています(^^;

この先を考えるとクラクラしますが始めたからには頑張って書いていきたいですね。

読みにくいとか、面白くないとか、そこはこうだろ!、とか叱咤激励お待ちしております。

 

 

 

代理人の確認

あ〜、つまり今回は

 

1、ユーチャリスのジャンプシステムが整備不良のために誤動作・暴走

(これ自体にはナデシコBのアンカーなどの外的要因は関わっていない)

2、そこにいきなりナデシコBが現れ、アンカーを打ち込んで暴走ジャンプに巻き込まれる

(このとき、少なくともルリの搭乗が確認されている)

3、月のエリナがボソンジャンプの異常を確認、イネスに伝達

4、イネスがそのデータを解析中にルリ名義でメールが届く

5、いきなりエリナからCCをひったくり、地球へボソンジャンプ

 

という流れで、さらに前回からの流れとして

 

A.このとき、ナデシコB及びルリを初めとするクルーは地球にいた

B.メールは未来の自分からのメッセージ

C.ナデシコBは10日後に出航し、おそらくはイネスないしユリカの手によって2の時・場所へピンポイントでボソンジャンプ

D.結果として逆行

 

ということが推測できますね。

うん、大丈夫、ついていってる・・・・・・・多分(爆)。