「The map of a blank paper」

第7話

 

 

小惑星が多数浮かぶアステロイドベルト。

太陽の光で照らし出された岩肌と漆黒の闇で作られた空間は静寂に満ちていた。

 

音も無く、動きの無いその世界に突如として光が現れる。

いくつもの光が瞬き、消えていく。

その光は2機の機動兵器が放つスラスターと、小惑星表面に当たった弾が発した光だった。

 

レーダーに敵機が捉えられなくなってからその画面には行動予想範囲が表示されている。

刻一刻とその範囲は広がり、最早無意味な物となっていた。

「くそっ!追いつけねぇか・・・・あんなでかい図体のくせに良く動くよな・・」

微少な石をディストーションフィールドで弾き飛ばし、岩の間を縫うように飛ぶ。

勘を頼りに敵機が居ると思われる方向へ戦闘速度のまま進んでいく。

岩塊を擦りそうな程の距離で飛びながら、自分の機体状況を確認した。

「残弾、バッテリー共に残り少ねぇなぁ・・・・」

機体に目立った損傷は無い様だが、疲れた表情が肉体の消耗具合を物語っている。

エステバリスの右手に保持されているレールカノンの残弾は残り10発。

重力波フィールドを外れて行動を続けていた為バッテリー持続時間は3分を切り、母艦への生還可能限界が目の前に迫っていた。

 

と、突然眼前に現れ続けていた岩が途切れ、開けた空間が広がる。

「ふう。やっと一息つけるぜ・・・」

アステロイドベルトから出た訳では無いが、密集した岩に出来た隙間の様な場所らしい。

「しかし、こんな所は早めに通り過ぎた方が・・・」

警戒心からかスロットルを最大にしようとした時、突然アサルトピットの中に警告音が鳴り響き、『危険!注意』の文字が乱れ飛ぶ。

機体が照準レーダー波にさらされた警告だった。

「やっぱいやがった。」

 

サイドスラスターを全開にして機体をスライドさせる。

回避した機体の横を火線が走った。

「後ろか!」

回避行動を取りながら機体を反転させ、射撃予想地点へ弾を撃ち込む。

回避行動にGキャンセラーが追いつかず、Gに振り回されながらもレールカノンの軸線は敵に向けられ、正確な射撃を続けていた。

「いつもながら堅てぇディストーションフィールドと装甲だよなぁ・・・レールカノン弾かれると嫌になるぜ。」

サブウィンドウには『命中』の表示が出るが、敵は何の損傷もなく動いている。

『敵損傷無し。無駄弾』

事実と皮肉を告げるサブウィンドウを脇に押しやり、敵のディストーションフィールド上でレールカノンの弾丸が弾かれる様を冷静に見つめながら回避行動を続ける。

相手が岩の影に隠れて当たらなくなった所でレールカノンの弾丸が尽きた。

「弾切れか・・残りはナイフだけだな。」

 

機体を戻し、用済みになったレールカノンを放り投げる。

身軽になったエステバリスは回避機動を取りながらレーダーで確認した中で一番大きな塊へ接近した。

目的の岩塊へ近づくと相手から自分の機体を隠すように小惑星上を回り込んで行く。

 

「どっかに使える所は・・・・・」

後方を警戒しながら目の前を流れていく小惑星表面をつぶさに調べていく。

「・・・あれだ!」

エステバリスより少し大きめの亀裂を見つけ、逆噴射と同時に岩肌にワイヤーを打ち込み急制動をかける。

そのまま亀裂の中へエステバリスを入れ、役に立たなくなったレーダーを切り光学観測最優先に処理を切り替えた。

「この小惑星上を探してくれれば良し、悪くても移動するのを捉えられるはずだ。さあ、どうする?」

全ての反応を見のがすまいと、アサルトピットの中で気を張りつめて待つ。

 

と、目の前を文字が流れていった。

『作戦終了。YOU WIN』

 

「なにぃ〜!!」

もの凄い勢いでシミュレータから飛び出してきたスバル・リョーコが、隣の筐体に罵声を浴びせる。

ネルガルにスカウトされてナデシコAに乗り、その後統合軍へ、草壁の乱で宇宙軍へと所属を変え今はナデシコB所属となっていた。

「てめぇ、こらサブ!何やりやがった?!」

声と同時に扉が開く。

その中に見える姿は元木蓮軍人、現宇宙軍ナデシコB副長のタカスギ・サブロウタだった。

しかし椅子に座ったままで立とうともしない。

「うう・・・・制御しきれなくて・・・岩にぶつかって・・・ドカンと・・・・」

普段は優男なのだろうが、青ざめた顔で椅子によりかかる姿は非常に情け無かった。

 

「そんなんじゃ訓練にならねぇだろうが。てめえ、乗る前に何て言った?俺なら簡単だとかぬかさなかったか?」

「いい・・・ました。だけど・・・あんなに酷いとは・・・・・思わなかった・・・・」

体を動かす事も出来ず、視線は泳いで全く定まらない。

「もしかして、てめえ・・・・途中で俺の後ろについたのは・・・止まってたのか?」

リョーコが拳を握り締め、肩を震わせる。

「あの時点で・・・・振り回されて・・・・・・たまたま・・姿が見えたんで撃ったんだけど・・・・」

「だけど、なんだ?」

リョーコの口元が歪んだ薄笑いを形作り、こめかみに血管が浮かんだ。

そんなリョーコの様子に気づく余裕も無く、脱力したまま言葉を続けるサブロウタ。

「射撃と同時に・・・・回避行動取ったら、もう止まらなくて・・・・」

「それで?」

リョーコが腰から体をひねり、力を溜める。

「そのまま岩に・・・・後はビリヤード状態で・・・・」

「バカ野郎!!」

右アッパーが綺麗に決まり、お星様になったサブロウタ君であった。

 

 

「いてて・・・・・手加減無しとは酷いなぁ・・」

ナデシコBの通路を歩くリョーコの少し後をサブロウタが顎を押さえながら歩いていた。

まだダメージが抜けきらないのか歩く足元が少しよろけている。

「何言ってやがる、元々お前が悪いんだろうが。」

「いや、だって、ねぇ。・・・・・・ごめんなさい。俺が悪かったです。」

口答えをしようとしてサブロウタだったが、リョーコが拳を握り締めたのを見て両手を上げてあっさりと降参した。

そのまま会話も無く通路を歩いていたが、話を逸らそうとサブロウタが口を開く。

「しかし、艦長の呼び出しって何だろうねぇ?」

「わかんねぇな。ヒカル達から聞いた話じゃ全員を集めてるらしいと言っていたが・・・・」

リョーコはサブロウタの方を見ようともしないがその言葉に刺々しさは無い。

「またナデシコCでも動かすのかねぇ?」

「そんな話だったらサブに先に話が来るんじゃねぇのか?ルリから何か連絡は?」

「全然。定期整備ついでの上陸休暇だったから、イベント盛り沢山の艦長とは会う機会も無かったしねぇ。」

とりあえず険悪な雰囲気では無い事を確認したサブロウタはチラチラと様子を見ながら話し出した。

「しかし・・・テンカワは本当にあんな機体に乗っているのかぃ?」

「アマテラスやら火星やらその他観測されているデータを元にルリが作ったみたいだからな。まあ、ウリバタケ捕まえて無理矢理聞いた分もあるらしいが・・・大体合ってるんじゃないか?」

「乗ったんだろ?」

「ああ、通常移動させるのがやっとで、戦闘機動は出来なかった。」

相変わらずサブロウタの方は見ないが、その表情は曇っている。

「巨大なスラスターやテールバインダーで推力軸線を集中させて推進力を増していると言えば聞こえはいいが、あれだけでかくて重くなるとそのままサイドスラスター吹かしたぐらいじゃ曲がりゃしねぇ。初期反応だけで言えば軽量なエステの方が上だ。」

言葉では簡単に言っているが、諦めの悪いリョーコは何度もシミュレーションプログラムに挑戦し、そしてことごとく失敗していた。

「いくら加速が速くても直線運動じゃ只の的だ。戦闘するなら機体を振り回さなきゃならねぇ。」

「でも結局、あの機体をフルに戦闘機動させる為にはスラスターを全て活用して、かつメインスラスター全力噴射、これしかないんだ。だけどなぁ、それやるとGキャンセラーが無意味な程のGがかかり続けて・・・戦闘中ずっとそんな機動続けられねぇ。ましてやアキトが見せたような対機動兵器戦闘を再現しようなんて俺には無理だ。」

結局は追いつけない現実を受け止め、弱点を探す方へ思考を切り替えたばかりだった。

「ま、あのでかさだ。場所を限定すればこっちに有利かと思ったんだがなぁ」

「その不利を覆すほどの高機動性って事か。」

「機動兵器としては機動力と防御が飛び抜けているけど強力な武装がついてる訳じゃない・・・。」

サブロウタの方はリョーコが悪戦苦闘していたのを知ってか知らずか、リョーコからシミュレーションプログラムの話を持ちかけられて2つ返事で挑み・・・・・結果は無惨なものである。

「相手は1機だ。囲めればなんとか・・・機動力を奪う事はできると思うんだが・・・」

「囲む事が出来ないねぇ」

「難しいよなぁ・・・速すぎてこっちがフォーメーション組んでる間に突破されちまう。」

リョーコが手のひらに拳を打ちつけ、悔しそうな表情を見せる。

「レールカノン弾くようなディストーションフィールドが相手だと加速する暇を与えない程の接近戦か、同時飽和攻撃しかないんだが・・・懐に飛び込む事すら難しいな。」

歩きながら天井を仰ぎ見て・・・・ため息を吐き出す。

「なんとかアキトの奴に一泡吹かせてやりてぇな」

「いやーエステじゃ無理じゃ無いかな〜。あそこまで機動力を特化した機体だと捕捉するだけで大変だよ。」

「大変なのは分かってる。だけど捕まえるんだ。何時までも逃げてていい訳無いだろ。」

「逃げてる・・・かどうかは微妙だけどねぇ。まあ、点で当たらないなら面制圧でどうだい?気化爆弾を勢子代わりに追い込めば・・・・」

「それは考えた。だけど追い込むにはフォーメーション組んで同時着弾させ続けないとな・・結局それも難しい事に変わりはねぇんだよなぁ。」

頭の中で戦術を考えていたが、元々体を動かす方が得意なリョーコは早々に思考することを放棄する。

「後でルリと再検討してみるか。機体データが有れば色々とシミュレート出来るしな・・・」

頭を使うような事は頭のいい奴に任せればいいという実にリョーコらしい発想だった。

 

「しかしあの機体を良く操ってたじゃねぇか、やるなぁ、サブ。」

自分が乗りこなせなかった機体を、限られた時間とはいえ操縦してみせたサブロウタに賛辞の言葉をかける。

しかし、誉められた本人の表情は冴えなかった。

「あ、いや・・・あの・・・・・・・・」

「ん?どうした?」

サブロウタは視線を外し、ばつの悪そうな様子を見せる。

「実は・・・その・・・」

「実は、何だよ?」

視線は落ちつきなく泳ぎ、額には汗が流れ、腰を引き気味のサブロウタ。

リョーコに向けた顔は少し引きつっていたが・・・・意を決すると少し笑いながら言い訳をした。

「ごめん、IFSレベル下げてオモイカネ任せの半自動制御で飛んでた。だから余計に振り回されちゃってね。」

その軽い笑いは白い歯が光りそうな程軽薄なものだった。

ただし、とても弱々しい光り方ではあったが。

「停止する為に自動制御切ったんだけど、そのまま回避行動取ろうとしたんでああなっちゃったんだよねぇ。あはははっ」

その笑いにリョーコの怒りが一気に爆発する。

「はははじゃねぇ!大バカ野郎!!」

鍛えられた足が綺麗な軌跡を描く。

通路に低い音と・・・・声にならない悲鳴が響き渡り・・・・・・

肩を怒らせて歩き去るリョーコの後に、下半身を押さえて悶絶するサブロウタが残された。

 

 

 

マキビ家

 

ベッドの上で、もぞもぞと動く物がある。

「う〜ん・・・艦長〜・・・」

何やら夢を見ているらしい。

布団を横抱きにして眠るその寝姿は・・年相応というか・・・微笑ましいものではあった。

「ああ・・・艦長・・・・・・そんな・・・ひどい・・です・・・・」

酷いと言いながら、その寝顔に嬉しそうな色が浮かぶ。

「僕は・・・必要ないんですかぁ?・・・・う〜ん・・・」

うなされながら布団の上をのたくるうちに、ベッドの端に寄り・・・・

『ゴンッ!!』・・・頭から落ちた。

「・・・・ふぇ?」

シーツにくるまって寝ぼけた顔で起き上がるが、まだ事態が把握できていないらしい。

もう午後になろうかという時間である。外は良い天気で窓にかかるカーテンの隙間からは明るい太陽の光が差し込んでいた。

「・・・・いてっ・・・僕の部屋?」

落ちた、ということすら自覚できていないがとりあえず痛む頭を押さえて周囲を見渡し・・・・やっと状況が解ったようだ。

「・・・夢・・かぁ・・・・・・・」

のろのろと起き上がると、ベッドに座り込む。

 

「なんか・・・妙にリアルな夢だったな〜・・・・・私服の艦長・・・良かった・・・・」

ぼけた顔からにやけた面へモーフィングする様は・・・・とても不気味だ。

「でも、何かとても嫌な事があったような気がする・・・何だっけ?」

小首を傾けて思案する。

印象が強かった部分だけが記憶に残り起きたと同時に霧散してしまった夢を思い出そうとするが、元々不確定なものであるが故にうまく思い出す事が出来ないようだ。

漠然とした不安を解消できずに悩んでいると部屋のドアがノックされる。

「ハリ、起きた?」

ドアを開けて入ってきたのは、寝ぼけている少年マキビ・ハリの母親代わりをつとめるネルガル所属の科学者だ。

代わりと言っても特別扱いなどせず、普通の家庭として幼少の頃から接していた為本当の家族として生活している。

「うん・・・起きた。」

起きたと言いつつ、その顔はボケたままである。

ボケた顔の少年、マキビ・ハリはネルガルで作られたマシンチャイルドの数少ない成功例であり、ナデシコBのオペレーターでもある。もちろん見ていた夢は憧れの人、ホシノ・ルリの夢であるが、すっかり飛んでしまっていた。

「そう、所で時間は大丈夫なの?」

「ほぇ?時間?何かあった?」

「あら、佐世保へ行かなきゃいけないんじゃなかったの?」

母親が床に落ちた布団を拾い上げながら問いかける。

「させぼ・・サセボ・・・・佐世保!?あっ!い、今何時?」

寝ぼけてボケボケの頭にサセボと言う情報が入力され、しばらくのち結論として吐き出される。

思い出した事の重要さに一気に目が覚めたのか驚愕の表情に変わり、手近の時計で時間を確かめた。

「12時よ。約束は何時なの?」

「2時に集まれって・・・うわ〜間に合わない!」

ここは東京。長崎県佐世保は・・・あと2時間で着くには遠く絶望的な距離だ。

マキビ・ハリが頭を抱えて転げ回っている。

「どうして起こしてくれなかったの〜!」

「何回か起こしに来たのよ。でも寝ぼけて布団に潜り込んじゃうからかなり余裕があると思ってたわ。」

部屋の中を駆け回り、佐世保のゴートに遅れる旨の連絡を入れつつ、どたばたと慌ただしく着替える。

「早くしなさい、空港まで送っていくわ。飛行機使えば何とかなるでしょ。」

準備もそこそこに家を飛び出し、母親の車に乗り込んだ。

「うわ〜ん。艦長ごめんなさ〜い。」

開けられた窓から情けない泣き声を残しながら空港へ急ぐハーリー。

晴れ渡る空、白い雲。

とても気持ちのいい天気の中、心の中は大雨のハーリー君であった。

 

 

佐世保ドック

 

突貫で作業が続けられているナデシコBのドックにほど近い、ネルガル所有のビルに人が集まっていた。

そのビルの入り口でプロスペクターとゴートが集まる人を出迎えている。

「皆さんの集まり具合はどうですかな?」

ゴートが端末を片手に入場者のチェックをしていた。

「先ほどハーリーから連絡があった。2時間程遅れるそうだ。」

「おやおや、困ったもんですなぁ。これは査定に響きますぞ。」

プロスが電卓を取り出すとうれしそうに計算を始める。

「今回は仕事という訳ではあるまい。そこまでするのは可哀想では無いのか?」

ハーリーの事を心配して、というよりはプロスが過剰に権利を行使するのに対して釘を刺す。

もちろん、後々自らに降りかかってくるかもしれない火の粉を払う為でもある。

プロスはゴートの意見に特に反論もせず、もっともだと頷くと電卓を懐にしまった。

「そういえばそうですな。ルリさんの前で遅刻するだけでも十分お仕置きになりますか。」

「そうだな。」

ゴートは上手く釘を刺せた事に、プロスはお仕置きの効き目に、それぞれの思惑に満足して頷く。

考えている事は違えど、楽しげな二人だった。

 

集まったクルーは思い思いに寄り集まって昔話に花をそえていたが、2時になってイネスとルリ、続いてプロスとゴートが入ってきたのをきっかけに静まりかえる。

「お久しぶりです、皆さん。詳しい話はイネスさんがしてくれます。お楽しみに。」

挨拶をしながら座っている人々を見ていた視線が一人の所で止まる。

その視線の先には表情の歪んだサブロウタがいた。

「どうしたんです?サブロウタさん?」

「い・・いえ、艦長・・・問題あ・・ありません。ご・・ご心配なさらずに・・・」

額に脂汗を流しながらでは説得力の欠片もない。

いつもの軽口を叩く余裕も無く、変な座り方をして悶えている。

「そうですか?とても苦しそうですけど・・・」

「だ・・・大丈夫で・・・す。この・・ぐらい・・・・」

「ルリ、本人が問題無いって言ってるんだ。さっさと始めてくれ。」

隣のリョーコはサブロウタの存在を無視したかのように苦悶するサブロウタを見ようともしない。

周りの男性クルーからはサブロウタに憐憫と同情と少しの嫉妬が混じった視線が向けられていた。

「はあ・・・そうですか・・・」

サブロウタの不調の理由が解らず不思議そうな顔をする。

雰囲気から何かあったらしい事は読めるが、詳細までは知る由もない。

「・・・・イネスさんに頼んで痛み止めでも・・・」

「それだけは嫌です。」(キッパリ)

サブロウタが悶えながらも即答する。

さすがにイネスの実験台になるのはお断りらしい。

 

ルリがサブロウタの様子に気を取られている間にプロスが最終確認を取り、連絡を受けていた欠席者について説明をする。

「皆さんお集まりですな。残念ながらユリカさんは退院したばかりなのでこちらへは来られません。それとハーリー君が2時間ほど遅れるそうです。」

「あ、ハーリー君来て無かったんですね。全然気が付きませんでした。」

ルリがプロスの後ろを通りながらさらっと酷い事を言う。

「やれやれ、ルリさんもきついですなぁ。」

ルリの言葉に苦笑いをするプロス。

「でも説明聞けないのは可哀想ですから、1回限定視聴スパイ大作戦で録っておいて下さい。」

「なるほど。それではコーデックとライセンスを書き換えておきましょう。警告は最後でよろしいですな?」

悪戯好きな大人の顔になったプロスがニヤリと笑う。

「当然です。」

ルリとしては情報漏洩を最低限にする為に指示しただけだが、プロスの頭の中に見終わった後に呆然とするハーリーが浮かぶ。

心の中で手を合わせハーリーにお祈りをすると、撮影条件変更を指示する為に撮影班のいる会場後方へ向かった。

 

「さて、それでは皆さん、お久しぶりね。つもる話も色々あるだろうけど時間が惜しいから説明を始めるわ。しっかりついて来てね。」

説明、というイネスの表情は実に嬉しそうだ。

「先生ー質問で〜す。」

「はい、何?ヒカルちゃん」

アマノ・ヒカル、売れっ子漫画家であり、エステバリスライダーという良く分からない経歴の持ち主である。

ナデシコA時代にはリョーコと仲が良く、チームを組んで戦っていた。

「ジュン君の姿が見あたりませんが〜どうしたんでしょう?」

ヒカルの質問に、後ろの方からプロスの声が響く。

「おお、先ほどお話しするのを忘れていました。今ジュン君は宇宙軍の仕事で空の彼方。さすがに艦長さんですからな、途中で帰って来いとも言えませんので今回は不参加という事で。」

「以上。だそうよ、わかったかしら?」

「は〜い。よっくわかりましたぁ。」

「よろしい。では本題に入りましょう。」

用意されていたホワイトボードを背に立ち、軽く頭を下げ、全員に向かって礼をする。

「始めにお礼を言っておくわね。細かい説明無しに『集合して』の一言だけで来てくれてありがとう。ほぼ全員が集まっている事に感謝するわ。」

 

「今日集まって貰ったのは・・・さっきプロスが言ったユリカさんが退院した事、ジュン君が不在な事、ナデシコBの改修作業を行っている事、その全てが1つの事に起因する事象なの。今の私達が行動する事によって過去の出来事が決定する・・・・何が起きたのか、そしてこれから何をしようとしているのか、それを説明する為に呼んだのよ。」

イネスの言葉に、会場内全員の表情が戸惑いの表情に彩られる。

その様子が面白かったのかイネスが微笑んだ。

「ふふ・・・何を言っているのか理解出来ないわよね?空想物語として聞いてくれればいいわ。実感としてはそれが一番近いから。」

 

「今から4日前、火星軌道面外周で今まで記録された事が無い規模のボソン反応が観測されたわ。ほとんどのセンサーは許容量オーバーでまともに機能せず、統合軍、宇宙軍が反応のあった場所を割り出して艦隊を派遣し、現在調査中だけど全くの無意味ね。跳んだ後を調べたって無駄な事はちょっと考えれば分かりそうなものだけど」

喋りながらも各コロニーの観測記録、観測記録から導きされる推測、統合軍、宇宙軍の展開図、等のウィンドウをどんどんと開いていく。

まだ話し始めたばかりにも関わらずほとんどの者が話について行けず、耳から声は入っているが目の焦点が合っていない。

もちろん、そんな事はお構いなしにイネスの講義は続く。

「このボソン反応の原因はユーチャリス・・・アキト君が乗っていた戦艦の名前なんだけど・・・その戦艦と、搭載していた機動兵器、そしてナデシコBが一緒になってジャンプしたからなの。」

計算結果の図式やら戦艦の透過図やら整備記録やら持ち出して、さらに書き込みを加えながら説明する。

火星の後継者の事件以後、ジャンプユニット障害による事故が発生するまでのアキトの話に及ぶと数人の表情が変化したがその話を何処まで理解しているかはわからない。

「4日前にユーチャリスと共にナデシコBがジャンプして、そのナデシコBは今ドックで改装中・・・・これは同じナデシコBであり、違うナデシコBでもあるわ。」

「ランダムジャンプで出現する時間が前後する事はあなた達も体感として憶えていると思う。大きいのは火星から月へ戻ってきた時ね。あの時は私もユリカさんもアキト君も、どうやればジャンプできるのかイメージの仕方すら分かっていなかったからランダムジャンプに近い状態になってしまったし、アキト君が地球から月へと跳んだ時も遺跡へのイメージの伝達の仕方が良く解っていなかったから2週間戻っている。つまりジャンプでは場所だけでなく時間も制御出来る・・かもしれないって事。非常に条件が限定されるけどね・・・」

「意図的に、アキト君が月へ跳んだ時の条件を整えたとしても同じように2週間戻るとは限らない。・・・何より私もユリカさんも、もうイメージ伝達の仕方を知ってしまった。全く知らなかった状態には戻せないわ。だから逆に私とユリカさんをメインに、ルリちゃんをサポートにしてチューリップクリスタル、ジャンプフィールド発生器の多重起動で無理矢理戻ろうという訳。偶然と無意識が引き起こした現象を・・・再現ではなく別の方法で同じ結果を得ようとしている・・・成功する保証は無い、危険な行為よ。」

言葉では危険な行為と言いつつ、イネスの表情は自信たっぷりだった。

聞いている側は話を追うだけで精一杯で、そんな事までは気が回らない。

「3日後に出航し、宇宙軍、統合軍艦隊から離れた適当な場所でジャンプ。2週間時間を遡ってユーチャリスが事故を起こす前の時間へ戻る。これが今回の計画よ。何か質問があればどうぞ。」

 

イネスが話し終わり、会場内はシンと静まりかえる。

何の話だったのか、各々が理解しようと思い返す中アカツキが話を切り出した。

「イネス君、それはナデシコBをかっぱらうって事かい?会長としては困るんだよねぇ」

言葉は軽薄そうだが、その表情は笑っていなかった。

会社の資産を勝手に貰うと宣言されたのだ。

仮にも大会社の会長として、会社に不利益になるような事を目の前で宣言されて黙っている訳には行かないだろう。

イネスの返答次第によっては実力行使も辞さない、そういう雰囲気だった。

「私のパテント全てと今までの危険手当、退職金で十分だと思うけど?」

「パテント全てって・・・・本気かい?」

最先端の研究を行っており、かつ自身がA級ジャンパーとして数々の実験にかかわっているイネスの持つパテントは膨大なものとなる。

ネルガル所属故に権利を行使する事は希だったが、その価値は計り知れないものだった。

「でなければこんな事しないわ。どうせ意味の無い物になるし。」

イネスの言葉の後をルリが引き継ぐ。

「言われる前に私からも。」

じっとアカツキを見つめて言葉を出す。

「今までのお仕事でネルガルには十分貢献しているでしょう。金額換算で不足なら口座操作していくらでも振り込みます。」

マシンチャイルドとしてネルガルの所有物とされているルリに自分の権利を主張する事は禁忌だ。

しかしルリの言う通り、ナデシコ級の活躍を支えてきたのはルリの功績だ。

マシンチャイルドでなければ満足に動けない兵器は欠陥兵器と言われる事もあったが、今までの活躍はネルガルの名を十二分に押し上げていると言えた。

「・・・・・ルリ君、君は自分が何を言っているのか解っているのかい?」

「はい。十分に。」

ルリの視線とアカツキの視線が交わり・・・・そして離れた。

離したのはアカツキの方である。

 

「そうか、解ったよ。ナデシコBは餞別だ、自由に使ってくれ。」

諦めきった表情でヒラヒラと片手を振る。

「会長、それは・・・」

アカツキの言葉に、ゴートが進言してくるのを手を上げて押しとどめた。

「ああ、いいのさゴート君。大方僕が断った時の事も考えて動いているだろうからね。ややこしい事態になるぐらいだったらこっちから渡した方が得ってものさ。」

困ったような表情の下に、なにやら嬉しそうな感情が見え隠れする。

それを見たゴートは、会長命令ということもあるが面白そうなイベントには首を突っ込みたがるアカツキの性格を思い出し、納得せざるを得なかった。

「そうだろう?ルリ君?」

確認、というより同意を得るかのような口ぶりだ。

「ご想像にお任せします。」

とぼけたアカツキに合わせるかのように変わらぬ表情でシラを切り通すルリ。

この時イネスとルリはネルガルのスキャンダル、裏帳簿、アカツキの隠し口座の資料を準備していた。

イネスは意志をもって、ルリは何気なく集めていた情報だったが、自分たちの行動が邪魔されるようであれば躊躇無く取引材料として利用するつもりだった。

ただ、使った場合はネルガルとの間に大きな溝を作る事になる。

今後ルリとイネスは関わり合いにならない事ではあるが、全員の前でそれを披露する事は残る人達にとっていらぬ禍根を残すかもしれない。

穏便に事を進められるのであればそれが一番良い事だった。

「話の感じだともう引き返せない所まで準備を進めてしまっているみたいだしねぇ。全面的に手伝う事にするよ。僕がやる事は何かあるかな?」

「ありがと。貴方にして欲しいことは色々有るわ。後で相談しましょう。」

「わかったよ。しかし、完全に僕が許可する前提で話を進めてるね。先に話をしてくれるのが筋ってものじゃないのかい?」

「月で貴方に詳しい話をしている時間が惜しかったの。委任状さえあれば地球での行動に支障は無かったし、どうせ説明するなら聴衆は多い方がいいじゃない?」

「それにしたって概略ぐらい教えてくれても・・・・」

「省略できるような話では無いわ。概略と言ったっていきなりナデシコBをもらいます、では貴方も納得しないでしょう?」

「そりゃそうだがねぇ・・・・・どうもこう僕は会長としてしか役に立って無い気がするんだよねぇ。」

「自分を卑下する必要は無いでしょう?・・・貴方にはとても感謝しているわ。」

「・・・・・・ま、いいさ。必要な事があったら言ってくれ。出来る範囲で希望に添えるようにするよ。」

「そう?じゃあ、早速一つお願い。これ、準備と主催よろしくね。」

アカツキの言葉に、図っていたかのようにイネスが『極秘』と書かれた書類の束を差し出す。

「主催?何だい、これ?」

「読めば解るわよ。じゃ、任せたから。」

イネスがもう用事は済んだとばかりにアカツキとの会話を打ち切り、他の人の質問を聞く為に離れていく。

 

唐突に渡された書類に困惑した表情を浮かべていたアカツキだったが、少し肩をすくめると渡された書類を読み始めた。

その背後にいつの間にかチョビ髭メガネことプロスが立ち、アカツキの後ろから文面を盗み見ている。

アカツキが渡された書類を読み始めるのに従い、アカツキ、プロス二人の顔に苦笑と冷や汗が浮かんだ。

「プロス君、これ大丈夫?」

アカツキからはプロスが見えないはずだが居るのが当たり前のように話しかける。

「いやはや、なんとも言いかねますなぁ・・・・・大胆と言うかなんと言うか・・・・」

気付かれないように移動していたはずのプロスだったが、その存在をアカツキに知られていた事を驚くでもなく、こちらも当たり前の様に返答を返した。

「だよねぇ・・やるしかないんだろうけどさぁ・・・・。」

「そうですなぁ・・・・まぁ、仕方がありませんな。」

「仕方ないねぇ・・・・・ここで相談しててもどうにもならないし、ちゃちゃっとやっちゃおう。関係各部署に連絡して手配してくれる?」

「わかりました。時間がありませんので大急ぎで取りかかりましょう。」

「よろしく。僕はゴート君と招集の方をやるから。」

やるべきことが出来たときのアカツキの行動に迷いは無い。

使うべき手順とコネを頭の中で計算しながら出口に向かう。

「おや、エリナさんは?」

「僕はそんな野暮じゃないよ。彼女は彼女でやる事があるさ。」

「・・・・やはりそうなりますか。」

「まあ、ね。それに今の彼女は気力だけで立ってるようなものだよ?こっちも手伝わせたら本当に倒れちゃうよ。」

アカツキの口調は軽いが、エリナの事を思いやっての言葉なのが良く分かる。

「彼女の分まで我々が頑張らなければなりませんなぁ。」

呟くように言葉を吐くプロスの表情は眼鏡を持ち上げる手に隠れて見えないが、その声はどことなく寂しそうだ。

「そういうこと。さて、ゴート君、本社へ連絡を入れてくれるかな?」

入り口近くにいたゴートを捕まえ、様々な指示を出しながら建物を後にした。

 

アカツキとの会話を終わらせたイネスが他の質問を受けようと会場内を見渡すが、困惑した顔ばかりで質問してこようとする人がいない。

「疑問があったら今解決して。後では答えないわよ?」

イネスの言葉にますます困惑した顔が広がるが、相変わらず質問は無かった。

「無いの?無ければ細かい事はルリちゃんに・・」

残念そうな顔をしながらイネスがルリへ引き継ごうとすると、

「あの〜」

ソロソロと遠慮気味に右手が挙がり、イネスに発言を求める。

「はい、何かな?ヒカルちゃん?」

待っていましたとばかりに手を挙げたアマノ・ヒカルを指さした。

「ぜっっっんぜん解んなかったんでぇ〜大まかに簡単に説明して下さ〜い。」

ヒカルの言葉に後ろに並ぶクルーが同時に頷く。

「大まかに?」

「はい!」

「簡単に?」

「はい!!」

「・・・・・それじゃあ説明する楽しみが無いじゃない・・・」

心から面白く無さそうな顔をするイネス。

「仕方ないわね・・・それじゃあもう一度最初から・・」

「もう一回同じ事言われても分かんないですよぉ。理論とかはどうでもいいんで〜簡単に出来ません?」

ヒカルは悪気があって言った訳では無いだろうが、理論はどうでもいいと言われてはイネスの立つ瀬が無い。

しかしイネスの方も、予定時刻が差し迫っていた為2度目の説明をする時間は無いと判断すると諦めて省略した言葉を口にする。

 

「はあ・・・・わかったわ。短く言うとね、アキト君が遠くへ行っちゃったのでナデシコBで追いかける。帰って来れないから皆とはお別れよ。って事。」

「なるほど、良っくわかりましたぁ」

ヒカルが満面の笑みで頷いた。

「イネスさん、それ略しすぎです。」

ルリが少しあきれて突っ込みを入れる。

しかし、ヒカルの動きに合わせるかのように会場内の殆どの頭が動いた所を見ると、皆それで納得したらしい。

状況について把握出来たヒカルが続けて疑問を投げかける。

「でも、誰と誰が行くんですかぁ?」

「今決まっているのは私とルリちゃん、ユリカさんね。最初のジャンプは起動と跳躍に難点はあるけれど誰が乗っていても問題は無いわ。ただ、アキト君に追いついた時にはディストーションフィールドを張る事が出来ないから、そのままではジャンパー以外の人は耐えられない・・・一応エステバリスを利用してディストーションフィールドを艦内でカプセル状に収束させ、5人分の枠は作ったけれど戻って来られる可能性はほぼゼロよ。それなりの覚悟が出来る人だけ、ね。当然、家庭持ちはお断り。」

「強制って訳じゃないんですね。」

「当たり前でしょう?今生の別れになるのに無理矢理連れて行くなんて出来ないわ。親兄弟、親しい人と別れてもアキト君を追いかける理由がある人だけ乗艦して。」

イネスが毅然とした態度で条件を説明する。

遊びでは済まされない事を理解させ、参加者を出来るだけ少なくする為だった。

「2日後の夜にパーティーをする予定よ。もし行きたい人がいたら、その時までに相談に来て頂戴。」

話はここまでと、広げていた資料のウィンドウを消していく。

ざわめく会場には目もくれずホワイトボード等を片づけるよう指示し、最後に一頃、

「後はルリちゃんに聞いて。ウリバタケ、ちょっと話があるのだけれど?」

ウリバタケに声をかけ、外へ出るようにと扉の方向を指で指した。

「ん?ああ・・・・」

何事か考え込んでいたウリバタケが虚ろな返事を返す。

ウリバタケに反応があったのを見て、イネスは出口へ向かった。

イネスの動きに合わせてウリバタケも立ち上がり、二人の姿が扉の外へ消えた。

 

周囲に人影の無い廊下でウリバタケが口を開く。

「ちっとは信用してあらかじめ話をしてくれてもいいだろうが」

詳細を知らされていなかった事に対して、説明してはもらったが心の中に釈然としない部分が残ってしまっているのだろう。

せめて愚痴を聞くぐらいは付き合え、とでも言いたげな顔をしていた。

「さっきも言った通り、時間が惜しかったのよ。」

「ただ指示された通りに動くのと、目的が解っていて動くのとでは全員のやる気と速さが違ってくるんだよ。効率悪いったらありゃしねぇ」

「そこを何とかするのが貴方の役目でしょう?」

「ちっ・・その通りだよ。まったく・・・困った事は全部俺に押しつけやがる。」

「貴方ならやってくれると信じているから。」

「おめえさんもルリも素直じゃねえよな。わかったわかった、指定以上にきっちり仕上げてやるよ。」

ウリバタケが苦笑混じりに片手で頭を掻いた。

言いたい事を言って少しは気が晴れたのか表情を崩す。

「で、整備班にはどこらへんまで話せばいいんだ?」

「全部話してもいいわよ。さっきの話の通り何人かには乗って貰わないといけないし、危険であることに変わりは無いから。」

「全部って・・・・俺にはあんな細かい説明はできねぇぞ?」

「概略でいいわよ。さっきヒカルちゃん達もそれで納得したみたいだし。」

先ほどの事を思い出したのかイネスが苦笑いをする。

「概略って言ってもなあ・・・・まぁいい・・適当に説明しておくか。」

頭の中で説明する言葉を組み立てているのか、腕組みをして難しい顔をした。

 

少しの時間考え込んでいたウリバタケだったが、ふと思い付いたようにイネスに囁きかけた。

「所でさっきの話、軍にばれたらやばいんじゃないのか?」

二人以外、誰も居ない廊下、しかもここはネルガル所有のビルである。

特に小声になる必要は無いのだが、後ろめたい話という自覚がそうさせるのかウリバタケがヒソヒソと小声で話しかけた。

「こんな荒唐無稽な話、他の人が聞いたって信じられないと思うわ。噂程度にはなるかもしれないけど。」

「そうかもしれんが・・・このドックにいる間は陸戦隊とか警察動かしただけで俺たちは何も出来なくなるぞ?」

「後3日よ。その間に軍や政府が裏付け取って、関連部署を動かす可能性は低いわね。それに・・・」

ちらとウリバタケの顔を見やり、言葉を切る。

「?」

勿体ぶったイネスの態度に寒気を憶えるウリバタケ。

「そこらへんは、貴方の力でかなり誤魔化せるしね。」

「?俺の力?」

「そ。それはね・・・・・」

ウリバタケの耳元に口を寄せ、ボソボソと囁きかけていく。

イネスの言葉を聞き取るウリバタケの顔が・・・・硬直し・・・・呆れた表情に変化した。

「お・・いおい、本当に・・そんな事やるのか・・・・?」

口をパクパクと動かすが言葉がなかなか出てこない。

「そうよ。効果絶大でしょう?」

にこやかな微笑みを返すイネス。

しかし微笑みを送られた側は、にこやかとは取らなかった。

 

後にウリバタケはこう語っている。

『ありゃ魔女だ。人の人生を弄んで笑う魔女の笑いだったよ・・・・』

と・・・・・

 

ウリバタケは額に汗を滲ませ、狼狽えながら言葉を絞り出す。

「いや、確かに・・・・効果は絶大だが・・・・」

「貴方にしか出来ない事よね?」

微笑みのまま言葉でウリバタケの背中を押すイネス。

ウリバタケが苦虫を噛みつぶしたような渋い顔で考え込む。

頭の中で必死に逃げ道を探しているようだが・・・

「俺にしか・・・できねぇなぁ・・・・・」

観念したようにがっくりと肩を落とし、イネスの軍門に下った。

「でしょう?よろしくね。ウフフ・・・」

肩を落としたウリバタケの背中が心なしか煤けているようにも見える。

「はぁ・・・・おまえさんの置き土産はでかすぎるよ。」

「あら。英雄になれるかもしれないわよ?」

「英雄?・・・ペテン師の間違いだろ・・・・」

「古来、英雄とはそういうものよ。ま、よろしくお願いするわ。」

「お願いされたよ。・・・・・なんてこった・・・これも身から出たサビってやつか・・・」

一気に老けたような雰囲気をまとわりつかせ、その表情は苦悩に彩られていた。

「はいはい、何時までも黄昏れてない。光栄に思えばいいじゃない。他の人に任せる訳にはいかないでしょう?」

ウリバタケの肩を慰めるようにポンポンと叩き、慰める。

にこやかに話すイネスと苦渋に充ちたウリバタケ。非常に対照的な姿だった。

「まあ気休めを言えば、ミスマル提督は表だって動けないけど宇宙軍方面を少し押さえる事を約束してくれたし。成功するわよ。」

「そうであって欲しいよ。」

言葉と共に魂が抜けきったような溜息を吐きだす。

2、3度頭を振ると腹を決めた顔をして正面を向いた。

「まあいい、さっきの話は根回ししておく。」

「よ・ろ・し・く。」

「あんたの無茶な注文もこれが最後だしな。とんでもない超特大花火だが・・・逆を言えば最後にふさわしい内容だよ。」

「お誉めに預かり恐悦至極ってとこね。」

「誉めてねぇよ。・・・まったく・・会話だけで疲れたのは久しぶりだ。」

「あら。まだ始まってもいないのよ。これぐらいで疲れていたら困るわ。」

「言葉のあやだよ。あと3日、乗り切る体力は残ってるから心配するな。」

嫌みを言ったのに簡単にスルーされ、小声で「ノリが悪い」とか「自分に都合の悪い事は・・・」とかブツブツ文句を言い始めた。

イネスはウリバタケの独り言を完全に無視し、話を進める。

「こっちからの連絡はそれだけよ。何かある?」

質問があるかとの意味で投げかけた言葉に、ウリバタケは少し考え込み、

「ああ、1つだけいいか?」

「何?」

 

「俺も行くぞ。」

ウリバタケの発言に、イネスの眉が吊り上がる。

「ちょっと、私の話を聞いていたの?家庭持ちはお断りよ。」

「解ってるよ。だからアキトに追いつく所までだ。」

「ダメよ。貴方に万が一の事があったら・・・・」

「こんな面白い話で俺を除け者にするつもりか?第一、最初のジャンプで機関部に何かあったらどうするつもりだ?おまえらだけじゃ修理出来ねぇだろう?」

メカニックとしての・・・己の領域ではウリバタケは全てが真剣勝負だ。

己の仕事場を途中で放り出すなど考えも及ばないのだろう。

「それに・・・どうにも出来なかった事とはいえ、整備不良が原因になるのは2度とごめんだ。」

ユーチャリスの事故は、ウリバタケの整備不良が原因という訳では無い。

ネルガルの隠しドックが使えなければ、ただの整備士であるウリバタケにはユーチャリスのメンテナンスを行う手段は無かった。

しかし、2ヶ月の間に1度でも整備していたら事故は防げていたかもしれないという思いが頭から離れない。

同じ轍は2度と踏まない。最後まで万全の体勢で送り出したいという気持ちはイネスにも良く分かった。

「ウリバタケ・・・」

「今ここにいる俺が他の所にひょっこり現れたら困るだろうから、救命ポッドの発信シグナルを改造しておとなしく2週間宇宙空間を漂ってるよ。事が終わった後に発見されるように、な。今頃仕事をきっちり終わらせた俺様がどっかで高笑いしてるに違いねぇ。行かなかったら俺が俺に笑われちまう。仕事を終わらせた俺が戻れば、残った奴らに最後の状況を説明出来るしな。ま、残る者代表見届け人って事にしといてくれ。」

じっとお互いの目を見つめ合っていたが、ウリバタケの視線に耐えきれずイネスが目をそらす。

「仕方が無いわね。1度目のジャンプまでよ?その後は必ず艦を降りると約束して頂戴。」

根負けしたイネスが敗北を宣言するとウリバタケがにやりと笑う。

「おう、約束してやろう。」

握り拳に親指を立て、誇らしげな笑顔を見せるウリバタケにイネスは返す言葉も無かった。

ウリバタケはため息をつくイネスを置いて室内にとって返す。

「野郎ども、行くぞ!」

その場にいた整備班全員を引き連れ、ドックへ戻っていった。

 

ぞろぞろとドックへ戻る整備班を横目に会場へ戻ろうとするイネスの前に人影が立つ。

「イ〜ネ〜ス〜!」

それは腰に手をあて、肩を怒らせたエリナの姿だった。

今にも掴みかからんばかりの勢いでイネスに食ってかかる。

「説明するのが遅い!この4日間私がどれだけ心配したか解ってるの!?」

吊り上がった目と、背中から噴き上がる炎が見えそうな程の迫力でイネスを壁際に追いつめていった。

「会長達の前では平気なフリをするようにしてたけど、食事もロクに喉を通らなかったのよ!」

「そのくせ、あんた達は勝手に悪巧みばっかり進めるし!」

「委任状があっても、ジャンプシステムみたいな非合法な物の手配は私がやるのよ!」

「それに部品調達の効率も無視して発注してくれちゃって・・・・・・」

「何で私だけ事情を知らされず、無理難題を押しつけられて悶々とした生活を送らなきゃいけないのよ!!」

息つく暇もなくイネスに言葉を浴びせかけていく。

「どうなの!なんとか言いなさいよ!!」

怒り狂うエリナの口の端から今にも牙が生えてきそうだった。

 

対するイネスは目線こそ正面からエリナを受け止めているが、やはり少しは後ろめたいのか困った様子で一言。

「・・・・・悪かったわ。ごめんなさい。」

「謝るのが遅いわよ!!まったくもう!いいわ、誰かさんのおかげで今長話している余裕は無いの。3日後、何があったのかきっちり説明して貰うわよ。宇宙に上がってから時間取れるんでしょうね!?」

「・・・・・そうなるだろうとは思っていたのだけど・・・一緒に行く気?」

イネスの言葉に、エリナはお互いの額が接触しそうな程に迫って行く。

「生活能力ゼロの人間だけ集まってどうやって生きていくの!!誰がアキト君の世話をするの?!ナデシコBはユーチャリスみたいに単艦での長期行動用に改装されて無いんだから食料、消耗品なんかの事考えないと駄目でしょう!?余ってる居住空間やカーゴルームはリサイクルプラントと資源貯蔵庫にするのに勝手に使うわよ。それじゃ3日後にね!!」

言いたい事をぶちまけて少しは気が晴れたのか、話はここまでとばかりに体を離し足音も高く廊下を歩き去っていった。

視界から消えるまで後ろ姿を眺めていたイネスが独り言を呟く。

「エリナも酷いわね。生活能力ゼロって・・・・ユリカやルリちゃんとかは確かにそうだけど・・・」

「誰が生活能力ゼロなんですか?」

イネスには珍しく飛び上がらんばかりに体が引きつった。

ギギィと音を立てそうな動きで振り返るとイネスの背後にルリが立っている。

 

「え?あ、あら、どうしたの?質問は一段落つい・・た?」

動揺が表に出てしまい、所々発音が変になり語尾はかすれている。

「ええ。イネスさんの説明でほとんどの人が納得してましたから。補足説明を少ししたぐらいです。」

ルリが全くの無表情で普段通りに言葉を返す。

目つきがきつい訳でもなく、態度が冷たい訳でもない。

しかし普段と同じ様に見えるからこそ、目の前に立つイネスにとっては多大なプレッシャーとなって感じられた。

「そ、そう?それなら良かったわ・・・・。あ、そうそうエリナがね、やっぱり一緒に行く・・・・」

ゼロ。」

「っ・・・・・」

話を逸らそうとするイネスの努力を一言で無にするとさらに追い打ちをかける。

ゼロですか。ゼロって何も無いって事ですね。」

「そ・・そうね・・・」

「エリナさんの言葉も酷いですが、自覚がない発言も酷いですね。イネスさん?」

「ひ、酷いわねぇ、ルリちゃん・・・・・」

「で、誰がゼロなんでしょうか?イネスさん?」

「わ、私・・・・・かしら?」

乾いた笑いと泳ぐ視線。

イネスの言葉にルリがにっこりと微笑む。

「ピースランドへ行きます。2日後に帰るので後はよろしく。」

何事も無かったかのように挨拶をするとエレベーターへ向かい、その姿が扉の向こうに消えていった。

 

「・・・・少しでも暇な時間が出来たら二人から虐められそうね・・・」

イネスが悔恨の言葉を呟くのと同時に、ルリが去った方から軽い足音と共に小さな人影が姿を現す。

東京から遅れてやってきた薄幸の少年、マキビ・ハリである。

「あら、やっと来たわね、ハーリー君。」

声をかけられたハーリーだが、完全に追いつめられた顔で挨拶する余裕さえ無い。

「か、艦長は?僕、艦長に謝らないと・・・・遅れちゃって・・・ああ、どう謝ったらいいんでしょう?・・・飛行機の中でもずっと考えてたんですけど、全然思い付かなくて・・・あああっっっどうしたら、どうしたら〜〜イネスさん!どうしたらいいんですか〜!?」

イネスの白衣を握り締め、すがりつくようにして泣くハーリー君。

「ハーリー・・・」

イネスはハーリーの悲惨な姿にかける言葉も無かった。

「ハーリー、あのね・・・」

「土下座したらいいんですか?切腹ですか?打ち首ですか〜!?何でもしますから許して下さい〜!!」

錯乱しているらしく誰に何を言っているのか分かっていないようだ。

と、騒ぐハーリーの声が聞こえたのか中からクルーがぞろぞろと出てくる。

「あ、やっぱりハーリー君だ。おーい。」

「あぁ〜ヒカルさん、艦長は?謝らなきゃいけないんです〜!」

「ルリちゃん?ルリちゃんならさっき・・・」

「ミナトさ〜〜ん、艦長に謝る方法教えて下さい〜」

ヒカルの言葉を聞く暇もなく、近づいてきたナデシコの良識派、ハルカ・ミナトに泣きついていく。

「そんなに慌てないで。方法なんて考えなくても普通に謝れば大丈夫よ。」

「でもでも・・・きっと怒ってるんです。呆れられてるんです。見放されてるんです〜〜うわーん。」

ミナトが座り込んで泣くハーリーの涙をハンカチで拭いた。

 

そのまま泣き続け全く言う事を聞かなかったが、1時間程泣いた所でさすがに涙も涸れたのか少しずつ落ち着いてくる。

 

「えぐっえぐっ・・・・・うう・・・・艦長ごめんなさい〜〜」

「はぁ・・・・ハーリー君、艦長さんに直接謝りなさいって。元々怒ってなんていないんだから。」

さすがに1時間は長かったのか、なだめる方も疲れた表情を見せていた。

「うぅ・・・・そうします〜・・・でもでもさっきから艦長探してるんですけど見えないんです〜」

「あのねぇ、ハーリー。さっき言おうとしたんだけど、あなたがここへ来たのとすれ違いでルリちゃんは用事で出て行ったの。帰ってくるのは2日後よ?」

「そんな・・艦長〜〜〜〜!?」

佐世保の空に響く少年の悲鳴。

頑張れ少年、いつか報われる時が来る・・・・・・かな?

 

 

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え〜〜私如きのお話など、約半年も空けたら忘れておられる方がほとんどだと思います。

すいません。ごめんなさい。許して下さい。

いや、7割ぐらいまでは2週間で書き上げたんですが、話の整合性と、今後の展開の事と、出てきた人数が一気に増えたのでその調整に手間取ってしまってこんなに期間が空いてしまいました。

今後は、せめて月1回は投稿出来る・・・・かな・・・・したいなぁ・・(^^;

 

言い訳をグダグダ書くのは好きでは無いのですが、ちょっとだけ。

あっさりとした戦闘シーンにしましたが、記述上制限があったので・・・・次の機会にはもうちょっと盛り上げます。

ハーリーの家族については映画版の資料でネルガルの人に預けられていたっていう記述はありますが、この時点での生死が分からなかったので勝手に作ってしまいました。まあ、生きてるって事にしといて下さい。名前も付けていないのでそんなに違和感は無いと思います。

 

書き始めた時の感触では7話ぐらいには元に戻っているつもりだったんですけどねぇ・・・

もうちょっと過去の話が続きます。

 

よろしければ叱咤、罵倒、少しの激励等頂けると励みになります。

 

 

 

代理人の感想

ふわ〜、お久しぶりです。

漸く続きが読める・・・・・つーかまだプロローグなんですよねこの話w

逆行前をここまで丁寧に書いてくれる作品というのは中々ないので、

正直結構期待しています。

頑張ってください。