・プロローグ・










 〜 アキト 〜




 ここはいったいどこなんだろう。


 火星で遺跡を運び出したあの時、俺とブローディアは遺跡に取り込まれてジャンプしたはずだ。


 そして、気がついてみれば上も下もないこの真っ暗な場所にいた。


 浮いているのか、それともたっているのか。


 目を開いているのかどうかさえ、今の俺にはよくわからない。


 ―――アキト。


 っ!?


 音がまったく無かったこの空間に、突然聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ゆ、ユリ、カ……?」


 俺が今までいた世界のユリカの声じゃない。


 声事態は変わらないはずなのに、俺はなぜかそう感じた。雰囲気というか、言葉ではうまく表せない何かが、俺に『違うユリカの声』であると教えていた。


 ―――アキト、今日も帰ってこなかったなぁ。


 帰ってこなかった?


 ―――ルリちゃんと、ナデシコCといっしょに消えてもう半年……。


 ……ま、まさか、元の世界のユリカなのか!?


 ―――アキトぉ、どこに行ったの? ユリカは置いていかれちゃったのかな……?


 っ! 違う! 俺は、俺は!!


 ……なにが違うものか。ユリカから、ルリちゃんから逃げたのは紛れもない事実だ。


 俺は……ユリカを置いてきぼりにしたんだ……。


 ―――アキトぉ、会いたいよ……。アキトぉ……。


 俺はもう、なにも言えなくなっていた。


 俺は、なにをやっているんだ……。


 過去を変えたって、みんなを守れたって……一番大事な人が守れないなら意味ないじゃないか!!


 ―――アキト……えっ?


 ユリカの声に突然驚きの声が混じる。


 なんだ……どうかしたのか?


 ―――ど、どうしてジャンプフィールドが!?


 なんだと!? 


 ユリカの声に俺の心は動揺する。


 ユリカの意志で発生したわけではないジャンプフィールド。それが行き着く先はランダムジャンプしかない。


 くっ! ユリカ、ユリカぁ!!


 俺は必死になって叫びながらしきりに声の発信元を探す。


 だが、そのときは無情にもやってきた。


 ―――助けてアキト! アキトぉぉぉ……。


 おそらくジャンプしたのだろう。声が木霊しつつ消えていくのがわかった。


 くっ、俺は……また!!


 戦神と呼ばれ、昂氣を手にしながら、俺はまた大切なものを守れなかった!!


 溢れてくる悔しさをなにかにぶつけたかったが、結局、自分の両手を握りしめる程度のことしかできなかった……。


「だいぶ参っているみたいね、アキト」


 っ!?


 後ろから声をかけられ、俺は反射的に後ろを振り返った。


 そこには、光のないこの世界では見えるはずのない、少女の姿があった。


「こんにちは」


「……何者だ」


「む、ヒトが挨拶しているのにずいぶんな言い草ね。まぁあんなモノ聞かされたら警戒するのも当然か」


「あれを聞かせたのは貴様か……!!」


「まぁね」


 俺はその言葉を聞いた瞬間、その少女に殴りかかろうとした。


 だが、なぜか身体は動かなかった。どれだけ力を入れても。


 まるで身体が脳からの信号を受け付けていないみたいに。


「はいはい。怒るのはわかるけど、これが状況の説明に必要だったんだから落ち着いて」


「なんだと!?」


「単刀直入に答えるわ。あなたが元いた世界からミスマル・ユリカ、今はテンカワだったかな、彼女が拉致されたわ」


「貴様の仕業か!?」


「それならあなたをここに呼んだりしないわよ」


 たしかに……って、ちょっと待て。


「呼んだ?」


「そう」


「俺は遺跡といっしょにランダムジャンプしたはずなんだが?」


「だ・か・ら、私がその『遺跡』だってば」


 は……?


「遺跡は機械のはずだが……」


「正確には演算ユニットを管理する管制人格(マスタープログラム)なんだけどね。ここに呼んだのはちゃんと理由があるからなの」


「理由?」


「そう。アキトは木星に眠っているもう一つの演算ユニットの話を聞いたことがある?」


 えっと……イネスさんがたしか話していたような、いなかったような……。


「すまん、よく覚えていない」


「そっか、ならそこから話すね。

 木連がバッタやジョロといった無人機を生み出せたのは、火星と同じ遺跡……プラントがあったから、というのは知っているね?

 無人機は元々私たち演算ユニットを防衛するために生まれたものなんだ。プラントがあったってことは当然、それが守るべきユニットもまた存在する」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃ火星にも同じようなプラントがあるのか!?」


「あるよ」


 少女はあっけらかんととんでもないことを言い放った。


 もしそれが火星の後継者に発見されれば、あの戦いは前回のような規模ではすまなくなる。下手をすれば二度目の蜥蜴戦争が勃発する。


「まぁ私の場合、ディストーションフィールドがあったし天然の氷が姿を隠してくれたからね。動かそうと思えばすぐに動かせるけど。

 と、それは置いておいて。実はその遺跡にも私と同じ管制人格があって、そいつと私の意見が違っていることが全ての始まりなの」


「その意見っていうのは?」


「『私たちに接触してきた知的生命体に対してどういった対処をとるか』よ。今回のケースならあなた達地球人ってことになるわね。

 私たちは製作者からユニット内部の情報を守るという使命もうけているの。そして長い時の中で私たちは二つの結論にたどり着いた」


「それは?」


「私は『こちらに危害を加えない限りその生命体に任せる』こと。あなた達が私たちの技術で自滅しようと発展しようと興味ないもの」


「言ってくれる……」


「でも問題はむこうのほう。

 あいつは『接触した生命体を全て滅ぼす』ことで、技術を守ろうとしたのよ」


「なっ!?」


 少女の言葉に俺は声を失った。


 いくら技術を守るためとはいえ、そこまでするのか!?


「機械にヒトと同じ価値観を求めてもダメだよ。あいつは私より機械よりの思考パターンだから、結局効率を重視しちゃうんだ」


 守るための手段として一番短絡的で、そして効果的な方法だ。


 そもそも狙うものがいなければ、狙われることはないのだから。


「私は反対した。生命体が自滅の道を選んだならそれは自業自得だけど、私たち自身が直接手を下しちゃいけないと思ったから。

 意見の違えた私たちはやがて戦闘状態に陥った。そのあおりを受けたのが、太陽系で起きた蜥蜴戦争。そして、テンカワ・ユリカ」


「っ!? あの戦争は草壁が起こしたもののはずだ!」


 俺は信じられないという思いをぶつけるように叫ぶ。


 少女は首を縦に振り、さらに話を続ける。


「たしかにそうだね……草壁は自分の意思で戦いを始めた。

 でも、その意志を固めさせるきっかけともいえる事件を起こしたのは間違いなくあいつだよ」


「事件……?」


「そう。ランダムジャンプの出口の時間軸を操作して引き起こした事件。詳しくは話さないけど草壁はその事件で家族を亡くしているの」


 家族を……、それじゃあ地球に戦争をしかけたのは……復讐だったというわけか。


「なるほど……「そういうことだったのか(んですね)」


 俺の声に重なるように聞こえる声。


 その声もやはり、聞き覚えのある声だった。


「まったく……どこへ消えたのかと思えば」


「テンカワさん、ルリさんやラピスが心配していましたよ」


「ジュン!? ハーリーくん!?」


「これで役者はそろったね」


「どういうことだ?」


「俺達もそこの遺跡に呼び出されたんだよ」


「テンカワさんの三回忌の真最中に」


 三回忌……外じゃもうそんなに時間が経っていたのか。


「あぁちなみにここはどの時間軸とも繋がっているから時間は関係ないよ」


 俺の思っていることを読み取っているようなタイミングで少女が補足を入れる。


「さて、役者もそろったしいよいよ本題に入るよ。

 あいつはアキトのもといた世界で私のボディでもある演算ユニットと融合したユリカを使って、今まで失敗してきた『人類殲滅』を決行しようとするわ」


「さっきのユリカが言っていたジャンプはそいつの仕業か!」


「うん。幸い、こちら側の介入によってユリカの精神はその時代の本人の身体に入ったんだけど、そのままじゃ肉体側のユリカの精神を破壊しかねなかった。

 だからユリカの精神を一時的に封印させてもらった」


「おい!!」


「大丈夫よ。肉体側の精神が未来から来た精神に馴染めば自然と封印は解けるわ。そうすれば前回のアキトたちの時のようにはならないわよ」


「僕たちのとき、ですか」


「そう。突然別人ともいえる人の精神が頭の中に入ってくるのよ。元の場所にいた精神が耐えられるわけないじゃない」


 そんな……それじゃ俺達は……。


「ユリカのほうは割り込みの影響でナデシコ発進直前に転移してくるけど、あなたたちはナデシコ発進の二年前に送るわ」


「あの……僕たちに拒否権というものはないんでしょうか?」


「拒否する? それなら別に構わないよ。それもあなた達生命体の選択肢の一つだし」


「……俺達は、過去に行くんだな?」


「えぇ、今回はアキトたちのときみたいな平行世界じゃなく、正真正銘直結した過去にね」


「なら、俺は行かせてもらう」


 最初に過去に戻ることを決めたのはジュンだった。


「未練かもしれない。でもチャンスが目の前にあるんだ。チハヤを救えるかも知れないチャンスが……。それがつかめるなら、俺は行く」


「ジュンは決まったようね。あなた達は?」


 少女は残った俺とハーリーくんを見つめた。


「一つ教えてくれ」


「なに?」


「そいつは……木星の遺跡はユリカを使ってなにをしようとしている」


「……それを説明するとなると、跳躍についても説明するけど、いい?」


「あぁ、頼む」


「OK。それじゃ話すけど、古代火星では生体跳躍という技術は存在しなかったの」


「「「っ!?」」」


「ディストーションカプセルという個人用のディストーションフィールドが人体を守り、チューリップを駅にして移動していたの。たしかヒサゴプランがそれに一番近かったわ」


「それじゃ、A級ジャンパーはどうして生まれたんですか?」


「ん〜たぶん、火星に核ミサイルを撃ち込んだからじゃないかな。あれの影響で一部のナノマシンが変質したのかも。

 まぁ要約すると、ジャンパーという存在は私たちの設計の中にはなかったの。人がジャンプの出入り口を利用するときにそれを管理するだけ。それだけだった。それがユリカを必要とする理由」


「どういうことだ?」


「ようするに私たちがジャンプを制御できるのはチューリップみたいに入り口と出口があるものだけなの。

 でもあいつは、私に融合したユリカからヒントを得た。

 ユリカのA級ジャンパーの能力があれば出入り口の有無に関係なくどこにでも無人兵器を出現させることができるから」


「……つまり、草壁とおなじってことか」


「そうね。しかも、あいつの場合機械だからイメージングの疲れなんて知らないし、あちこちの市街地とかに突然無人機を一斉に出現させられたら手の施しようがない。草壁が描いていた戦局のように。

 そして、もといた世界のユリカが選ばれたのは、経験がある分適合しやすいから。

 でも、草壁が遺跡を手にしなければそれが実行できなかったように、あいつもユリカを手にしなければそれを実行することはできない。

 だから、過去に戻りユリカを守る必要があるの」


「……わかった。俺も行こう」


「そういうと思っていたわ。好きなんでしょ? 彼女のこと」


「なっ!?」


「そうよねぇ。あれだけの女の人に言い寄られて見向きもしなかったんだもの」


「っっ!! わ、悪いかよ!!」


「好きなこと事態は悪くないけど、相手を傷つけないようにあえて言わないっていうのはかえって残酷だよ?」


「そ、それは……」


「過去に戻ったら、自分の意思をはっきりさせなよ。これが、最後になるだろうから」


「……あぁ」


 俺は覚悟を決め、しっかりとうなずいて見せた。


 それを見て満足したのか、少女は残ったハーリーくんに目を向けた。


「さて、最後は君だよ。ハーリーくん」


「……僕は……」


「ん?」


「……僕には、守りたいものなんてなにもないですし、誰か助けたい相手もいません」


「べつに関係ないと思うけど……」


「でも、テンカワさんやジュンさんの手伝いはしてあげたいです」


「……そっか」


「ハーリー……」


「ハーリーくん……」


「だから……僕も行きます」


「うんうん、よく言った。そんな勇気ある君にワンポイントアドバイス。

 君の想いは年上の女性に対する『憧れ』という程度だったんだ。だから、アキトやジュンみたいに『絶対に守りたい何か』を探してみなよ。そうすれば、きっといい人が見つかるから。

 案外、ルリあたりがかかるかもよ?」


「え、えぇぇぇ!!?」


「まぁ変に子供っぽい反応をしなければ、だけどね」


「は、はは……そ、そうですよね。はは、は……はぁ……」


「あはは♪ それじゃ、皆をナデシコ発進の二年前に送るよ。もっと前に送れればよかったんだけどあいつの干渉も激しくてこれが限界だから我慢してね。

 ただ、精神が馴染むのに一年ぐらいかかるから、気がつくのは一年前ぐらいだと思うよ」


「わかった」


「あ、あとアキト」


「ん?」


「ブローディアはあとでそっちに送るから。改良もしておくから期待していてよね」


「あぁ。ありがとう」


「それじゃ、がんばってね」


「はい!」


 そして、俺達は旅立った。再び過去の世界へ。


 今度こそ、一番大切なものを守るために。










 ・ あとがき ・



 あとがきは第一話の後で。