軍の接収を跳ね除け、いよいよ大気圏突破に入るナデシコ。


 その眼前に立ちはだかるのは地球を守る七つの防衛線。


「ナデシコ、許すまじ!!」


 天然か、策略か。ミスマル・ユリカの説得は連合軍への挑戦状へと形を変え、今ナデシコは宇宙へとむかう……。















・ 第三話 『早すぎる[さよなら]!』 想い、願い・










 〜 アキト 〜




 さて、少し困ったことになった。


 二回目の歴史でガイは、ナデシコ奪還の折食堂でみんなに踏みつけられた。


 結果としてムネタケと出会うことはなかったんだけど、全身打撲の大怪我を負って『医務室の主』とか呼ばれることになった。


 そして今回は、みんながナデシコ奪還に動いている間、一人ゲキガンガーを見ていたらしく、怪我は悪化しなかった。


 そのおかげかガイは異常ともいえるような回復力を見せ、大気圏突破のころにはすっかり足の骨折が完治していた。


 そんなわけで今回からはガイが出撃することになってしまった。まぁ俺も出るんだけど。


 できればおとなしくしていてほしかったんだが……、無理だろうな。


 ドォォォォォン……!!


 遠くでディストーションフィールドにミサイルがぶつかる音がする。


「また、ディストーションフィールドが弱まったな」


 天井を見上げながらゴートさんがつぶやく。


 しかしさっきよりミサイルの当たる音が少なくなっているから、そろそろ……。


「第4防衛ラインを突破……」


 そう思っている間にルリちゃんから防衛ライン突破の報告がされる。


 次は第3防衛ラインか。ジュンは間違いなく来るだろうな。


「絶対に来ますよ。アキトさん」


「そうだろうな」


 わかりきった事とはいえ、答えないわけにもいかず、俺はルリちゃんの言葉に簡単に答える。


「アキト、誰が来るの?」


「ジュンだよ。ほら、ナデシコ副長の」


「……誰?」


 ら、ラピス。本気でわからないみたいだな。


 今回はそこまで影が薄くないと思ったんだけど……。


「ほら、ナデシコが発進するときエステで囮になった人だよ」


「あの人、パイロットじゃないの?」


「あのときはたまたまみたい。本職は副長なんだって」


「そうなんだ……」


 首をかしげるラピスにハーリーくんが補足を入れる。


 あ、そっか。あいつエステバリスで出撃していたからラピスはパイロットと認知していたのか。ラピスも『あぁ』というように手を叩いているし。


「それにしても、できるなら穏便に乗艦してほしいんだけど……」


「……だいたい、ユリカさんに置き去りにされた時点で諦めませんか、普通?」


 ルリちゃんは呆れたようにつぶやく。


 ルリちゃん、俺が危惧しているのはそこじゃないんだよ……。


 下手をすると、今回は前回より荒れるかもしれないな。後々のほうで……。


「そ、そう言えば……プロスさんから火星に行く説明を聞いた訳だけど、今考えると無謀な事を考えたもんだよな。

 過去では単純に火星に行ける、と喜んだものだが」


 俺はなんだかいたたまれなくなり、強引に話を切り替えようと前回もしたあの話を切り出した。


「それでも……今回もアキトさんは、ナデシコに乗って火星に行くのでしょう?」


「もちろん。火星にはイネスさんが……アイちゃんが待っているしね。

 それに……」


「……アキトさん?」


「アキト?」


「…………」


「……いや、なんでもないよ」


 今はまだ、教えるべきではないだろう。


 話すとすれば火星。遺跡が届けてくれるはずの、俺の『守護』の鎧を見せたときだ。


 それまでは、二人に余計な負担をかけたくはない……。


 息の詰まりかけた俺達の会話は乱入者のユリカの登場によって途絶えた。


「ア〜キ〜ト〜!!

 もう!! いくら知り合いだからって、ルリちゃんたちとばっかりお話しして!!

 私もアキトとお話しがしたい! したい!! したい!!!」


「したいって言われても……どんな?」


「え? う〜〜〜ん……じゃ、ルリちゃんと何を話していたか教えてよ!」


「プライバシーの侵害です。」


 ユリカの言葉にルリちゃんの鋭い叱責が飛ぶ。


「う……ルリちゃんキツイ……。ラピスちゃぁん……」


「今のはユリカが悪い」


「あぅ……。は、ハーリーくぅん」


「小声で話していたからたぶん、内緒の話なんでしょ? ならルリさんの言い分が正しいですよ」


「あぅぅぅ……」


 ラピスに援護を求め、あっさりはじかれたユリカは、最後の綱とばかりに頼ったハーリーくんにトドメを刺されて撃沈した。


「え、え〜〜〜ん!! アキトぉ! ルリちゃんたちがいじめるよぉ!!」


「な、泣くなよ、それぐらいで! お前もう二十歳だろう!?」


 自分で言っておいてなんだけど、本当に二十歳だよな? ユリカ。いや、精神年齢が。


【敵機確認】


「ありがとうオモイカネ……。

 艦長、第3防衛ラインに入りました。同時に敵機デルフィニウムを9機確認。

 あと10分後には交戦領域に入ります。……どうしますか?」


 ルリちゃんがユリカに指示を仰ぐ。


 すると、先程まで泣き顔だったユリカの顔が真剣なものへと変わる……。


「う〜ん……ディストーションフィールドがあるから大丈夫だと思いたいけど……」


「今の出力であの数のデルフィニウムから攻撃されたらフィールドが持ちませんよ」


「そっか……とりあえず、ヤマダさんに発進準備を。アキト、万が一のときは……お願いできる?」


「コック兼パイロットだからな。ガイがやばくなったら出るさ」


「お願いね」


 ユリカにしてみれば普通に頼んだだけだろう。


 でも俺には、最初のころのユリカがダブって見えた……。それぐらい今のユリカの表情は凛々しくなっていた。


 そのとき、通信士のメグミちゃんからとんでもない言葉が飛び出した。


「あの……ヤマダさんがブラックサレナに乗り込んでいるんですけど、いいんですか?」


「「「「なにぃっ!?」」」」


 その言葉の意味を理解した俺とルリちゃん、プロスさん、ゴートさんが驚きの声を上げる。


 まずいな……いくらなんでも今のガイにブラックサレナが乗りこなせるはずが……。


 だが、俺の心配をよそに格納庫から通信が入った。


《こちら格納庫! あのバカがアキトの機体で発進しちまったぞ!!》


 時すでに遅し。そんな言葉が俺の頭をよぎっていく。


「ねぇ、アキトくんもみんなもなにをそんなに驚いているの? ただ乗る機体が違うだけでしょ?」


 事情を知らないミナトさんが不思議そうに聞いてくる。


「それが違うんです。ミナトさん」


「ルリルリ?」


「アキトさんの機体、ブラックサレナは試作機です。それゆえ、少々パイロットのことを度外視しているところがあるんです。

 パイロットがアキトさんだから強力な戦力になっていますが、ヤマダさんの力量によっては制御できずに暴走する可能性も……」


「そ、そんなに凄いの?」


「ミナトさん、聞くより見た方が早いですよ」


「うん……」


「えっ?」


 ルリちゃんの説明を聞き、ミナトさんの顔が半信半疑に変わる。


 そんなミナトさんにハーリーくんが外を見るように促し、それに従いブリッジ全員の視線が外へと向く。


 そこで俺たちが見たものは……。


《のわぁああああ!!》


 まるで空気を吐き出しながら飛び回るゴム風船のごとく無秩序に飛び回るブラックサレナの姿だった。通信からはガイの悲鳴のような声が聞こえてくる。


「ヤマダさんは技量が足りなかったようですね。それでも意識があるだけ凄いですけど」


「ヤマダ、バカ?」


 ラピスの口から出た妙に懐かしいセリフを聞きながら、俺はため息一つつきユリカに向き直った。


「……え〜っと、ユリカ。ガイを助けに行ってくる」


「……あ〜、うん。気をつけてね」


 さすがのユリカも半ば呆れつつ俺の出撃を了承する。


 まったく、なにやってんだよ。ガイ。










 さて、出撃したのはいいけど、ガイのヤツどうしようかな……。


 外に出るまで10分ほどかかったが、その間にガイはデルフィニウムに捕まっていた。どうやら力尽きたらしい。


 とりあえずパイロットスーツは来ているみたいだから宇宙空間に放り出しても問題ないか。


《やっと来たか、テンカワ》


「ジュン」


 デルフィニウムから秘匿回線でジュンから通信が入る。


《とりあえず前の通りにする。隙ができたらこのバカを回収してくれ》


「あぁ。ジュンはデルフィニウムで?」


《援護がいるならエステに乗り換えるが?》


 皮肉交じりにジュンが笑って答える。


 俺はその問いに同じく笑って答える。


「いらないよ。ブラックサレナのスペックなら問題はない」


《たしかに》


「それじゃ、はじめようか」


《ああ》


 そういってジュンは秘匿回線を閉じた。


 そしてナデシコに通信を開いた。


《ユリカ……》


「あれ? ジュンくん?」


《ユリカ、今のうちに聞いておきたい。ナデシコを地球に戻す気はあるか?》


「……駄目なの、ジュン君。

 ここが、ナデシコが私の居場所なの。ミスマル家の長女でもなく、お父様の娘でもない……私が、私らしくいられる場所はこのナデシコにしか無いの」


《そうか……。それなら無理に止めようとは思わない》


 俺はこの言葉に少々驚いた。いきなり予定していたセリフを変えるか、ジュン。


 通信越しにブリッジの様子を見ると、ルリちゃんがそのジュンの変化に驚いているようだ。目がいつもより見開かれている。


「わかってくれたの、ジュンくん!」


《だが、その前に言いたいことがある。プロスさん!!》


「はい?」


 まさか自分に話を振られるとは思わなかったのか、プロスさんはやや戸惑いながら答える。


《よくもトビウメでは人を置いてきぼりにしてくれましたね。しかもついていこうとヘリにしがみついた俺を振り落としてまで》


 ジュンのその言葉を聞いて、プロスさんに冷たい視線が集中する。


「……あ〜、あのときの人はジュンさんだったんですか。てっきり連合の軍人さんだとばかり……」


《それでも振り落とすのはやり過ぎだと思います。まぁ後でしっかり慰謝料は払ってもらいますけど。あと、ユリカ》


「ふぇ?」


《戻ったら溜まっている書類の整理やら艦長の仕事とかでしばらく缶詰だから覚悟するように》


 通信越しに意地の悪そうに笑うジュンの顔が映る。どことなく青筋が浮いているような気がするのは気のせいか?


「えぇえええ!! そ、そんなぁ!」


《いつまでも俺に頼りっぱなしでいられても困るからな。俺だってやることがある》


 いったいどれだけ溜め込んでるんだ? ユリカ。


「うぅうう、る、ルリちゃん!」


「はい?」


「ナデシコ、全速前進!! 逃げよう!」


「そんなことしたらアキトさんたちが置き去りです」


「あ、あぅうううう……」


 進退極まったか。哀れ……でもないか、身から出たサビだし。


《というわけで、これから俺はナデシコに帰還します。問題はありますか?》


 ジュンの言葉にもはや反論はなかった。プロスさんが困ったように電卓をたたいてはいるが……まぁ気にしなくてもいいか。


 そして俺はその間にブラックサレナへと乗り込み、ガイをエステに放り込んだわけだが。


《隊長!! そんな勝手な行動は……》


《別に構わないさ、どのみちデルフィニウムだけじゃナデシコは止められない。

 ……お前達はすぐにステーションに戻れ。もう直ぐ第2防衛ラインだ……ミサイルの雨が降ってくるぞ》


《っ! 了解しました!!》


 相変わらず変わり身の早い連中だな。


 俺もジュンも、呆れたような目で彼らを見送った。


《今の軍じゃこんな連中はいて当たり前か。しかし……正義、か。その言葉が無性に懐かしく感じるな》


「ジュン……」


《さて、はやいところナデシコに戻るか。たぶんそろそろ……》


【第2防衛ライン侵入、ミサイル発射を確認】


 突然、オモイカネから警告が表示される。とうとう来たか……。


 ジュンのデルフィニウムがガイの乗ったエステバリスを引きながらナデシコへと戻っていく。


「さて、そろそろ行こうか。ルリちゃん、ラピス」


《はい》


《なに? アキト》


「これからブラックサレナでミサイルを破壊する。

 ルリちゃんはフィールドの維持、ラピスはミサイルの進路予測を」


《了解です》


《了解》


 俺の指示にうなずく二人。しかしそんな俺の言葉にユリカが反応した。


《そんな!! 無理だよアキト!!

 今すぐディストーションフィールドを解くから、早く帰って来てよ!!》


 心配そうに見つめるユリカ。だが、俺にはわかっている。


 前回、俺はエステバリスでこの場面を切り抜けた。


 それをブラックサレナという鎧を得た今、不安要素なんて無いに等しい。


「今から戻ったとしてフィールド出力が安全なレベルまで持っていくことはできない。

 それに俺には、ブラックサレナがある」


 俺のその言葉にルリちゃんの表情が曇る。


 たぶん、昔の、ターミナルコロニーを襲撃していたころのことを思い出したんだろう。


 俺にとってはもう気持ちの整理がついたことでも、ルリちゃんにはまだ生々しい記憶として残っているだろうから。


 ……さて、馴らし程度の気持ちで軽く済ませるか。










 〜 ルリ 〜




《これよりミサイルの迎撃を開始する》


 そういってアキトさんは通信を切ってしまいました。


 目の前にはまるで空を覆わんばかりのミサイルの山。


 この量……前回の比ではありませんね。前回ならナデシコのディストーションフィールドを破れるだけのミサイルは降って来ませんでしたから。


 ラピスの進路予測とわたしのフィールド操作によって、ナデシコもアキトさんも問題はなさそうです。


 でも、わたしの心の中には別の疑問がふつふつとわき始めていました。


 ナデシコ出航時の囮役がアキトさんからジュンさんに代わっていた事。


 予定よりずっと早いブラックサレナの登場と、それに伴うネルガルの技術の成長。


 ナデシコ拿捕の際に見せた、ハーリーくんの戦闘力。


 このあたりはまだ一年という時間があるので許容できる範囲です。それでも十分驚きでしたけど……。


 しかし、今回のジュンさんの言動には明らかな変化が現れています。


 まるでユリカさんのことを普通の友達としか思っていないような口ぶり、そしてアキトさんのエステバリスとの秘密の会話。


 秘匿回線は会話のログを残さないので、もはやその内容を調べることはできません。


 しかし、二人の間になんらかの秘密があることは間違いないはずです。


 ……アキトさん、なぜ教えてくれないんですか?


 それとも、やはりアキトさんはすべてが終わったらみんなの前から、わたしの前から消えてしまうんですか?


 わからない。あの人はなにも教えてくれない。


 問い詰めるべき。そう思います。


 でも、なぜか踏み出せないわたしがいる。なぜ?


 頭の片隅で、あの人が話してくれることを待つべきだという意見がありました。


 どうして? あの人がいなくなってからじゃ手遅れなのに……。


 大丈夫。あの人はいなくなったりしない。


 不思議でした。わたしの心の中にまったく正反対の二つの意見があることが。


 わからない。どうして……?


 不信と信頼、二つのそれが頭の中をグルグルと回っていました。


 そして、答えを待つ意見の意志は一つの明確な期限を持っていました。


 火星……そう、火星に着くまではこのままでいようと。


 問いただしたいその気持ちは、明確な期限の前に勢いを失い、わたしの心のせめぎ合いは終息していきました。


 いったい、今のはなんだったんでしょう。


「第2防衛ライン突破……」


 気がつけば、アキトさんの戦闘は終わっていました。


 アキトさん、わたしはとりあえず待ちます。でも……。


 もう、どこかに消えたりしないでください。わたしの願いは、それだけですから。


 ……どうか……。















 ナデシコの遥か上空から、その到着を待つ漆黒の鎧。


 ナデシコは鎧を回収し、一路、火星へとむかう。


 次なる目的地は宇宙に浮かぶ鉄の砦・サツキミドリ。


 白き戦艦の旅は、まだまだ続く……。










 ・ あとがき ・



 第三話です。


 前回ほどジュンの見せ場がなかったですかね。決闘しなかったし。


 とはいえ前回のような理由があるわけでもないのに決闘をするというのも変だし……。


 やっぱりジュンの見せ場はなかったか!!


 ま、プロスさんが慰謝料払うのとユリカが缶詰になったぐらいか。


 あと伏線が少々……と。これぐらいですか。


 さて、次回は順調に進んでサツキミドリ。ちょっとばかりアレンジを加えるべくがんばろうと思うAKIでした。

 

 

 

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代理人の感想

逆行ジュンがなんで今回戻れなかったのかと思ってましたが、なるほどそういうことか。

プロスさんもひどいや(爆)。

後はまあ・・・・本当に変わってないんでコメントのつけようが。ごめん。