北は北極、南は南国と世界中を駆け回るナデシコ。


 半ば連合軍の何でも屋のような扱いながらも、その仕事を次々とこなしていく。


 そして、次に与えられた仕事。それは巨大砲台・ナナフシの破壊だった。


「まぁ、アキトさんもいますし、なんとかなるでしょう」


 だがこれが、ナデシコに最大の危機をもたらすことを、まだ誰も知りはしなかった。













 ・ 第十一話 『気がつけば「お約束」』 轟け! 竜王の咆哮!! ・










 〜 ルリ 〜



「クルスク工業地帯……わたし達が生まれる前には、陸戦兵器の生産で盛り上がっていた所よ」


 テニシアン島の任務から一週間が経過した日、ムネタケ副提督が上層部から任務を受けました。


 つまり……ナナフシ攻略戦の開始です。


「このクルスク工業地帯を、木星蜥蜴の奴等が占拠したの。

 その上奴らは、今まで見た事のない新兵器を配置したわ……」


「コードネーム『ナナフシ』。見ての通り、巨大な砲台であることは間違いない」


 フクベ提督が床のモニターを見ながら話を続けます。


「連合軍はこの新型兵器の破壊を敢行。

 特殊部隊を三度投入したが……。こちらに任務が来ることからもわかるように、すべて失敗している」


「ようするに、その新兵器の破壊が今度の任務という訳ですね、提督」


「その通りだ。

 一度目の戦闘では連合空軍が空中から爆撃を行おうとしたが、敵の対空迎撃システムの前に全滅。

 続く二度目の戦闘では連合陸軍が地上から接近、破壊を試みたが、敵は工業地帯で生産したと思われる戦車部隊を投入。圧倒的物量の前に撤退を余儀なくされた。

 そして三度目の戦闘では連合宇宙軍がネルガルから受領したグラビティカノンを搭載した戦艦で遠距離からの砲撃を行おうとして……敵の巨大砲台から発射された弾丸によって撃墜された」


「敵の砲弾、ですか?」


「そうよ。技術部の見解では……」


《説明しましょう》


 わっ、い、イネスさん? 


 突然のイネスさんの登場に皆さん、唖然としています。


《敵の巨大砲台、あれから発射された弾丸の正体は重力波レールガンよ。

 マイクロブラックホール砲、と呼べばその威力の大きさが伝わりやすいかしら?》


「ぶ、ブラックホール、ですか?」


《そうよ。あの砲撃の前ではナデシコのディストーションフィールドは紙のごとく貫かれるでしょうね。

 精製には時間がかかるようだけど、その分威力は高い。まさに一撃必殺というわけね。

 で、その仕組みについてなんだけど……》


「き、貴重なご意見、ありがとうございましたぁ!!」


 そういってユリカさんは慌ててイネスさんの通信を切ってしまいました。


 あのままにしていたら間違いなく多大な時間を浪費したでしょうからね。


「あ〜〜……そ、そういうわけよ。艦長」


 イネスさんにセリフを取られた副提督が、そんなことを言って場を繋ぎました。


「は、はぁ……。

 でも、困りましたね。グラビティカノンとグラビティブラストじゃそれほど射程は違わないんですよね?」


「はぁ、たしかに両者の射程は200ほど違いますが、敵がそれ以上に長い射程を有しているとなると……」


「グラビティブラストで決まり!! というわけにもいかないですよね……」


 そうですよね……。


「とにかく、作戦は明後日0:30に決行される。艦長、副長はそれまでに作戦の立案をしておくように。以上、解散」


 こうしてその日の作戦会議は終了しました。


 しかし、この会議ってたしかナナフシ戦の少し前におこなわれていたはずですよね?


 やっぱり少しずつ歴史は動いているんでしょうか……?








 〜 アキト 〜



「はぁあああ!!」


《うぉおおお!!》


 宇宙空間を駆ける二つの閃光。その閃光の合間を縫うように光る数多の輝き。


 俺とブローディア・ゼロ、そしてジュンとブラックサレナは二つの閃光となって漆黒の空間を駆け巡っていた。


 ブローディア・ゼロのリミッターは宇宙での戦闘で外れたLV.3から、まだひとつも外れていない。


 ディアやブロスの話では、まだ時期ではないからだそうだけど……。


 だが……。


 思い出すのはテニシアン島での戦闘のこと……。


 あのとき、もしあのグラビティブラストが放たれていなかったら……、俺は、ナデシコを守ることができたか?


 あのカブトムシの調査報告は俺にも来ている。


 時空歪曲力場、ようするにディストーションフィールドのことだが、その発生そのものを阻害し、ディストーションフィールドを無力化するという装置があのカブトムシの装甲には仕込まれていたそうだ。


 だが、セイヤさんも気づいていたが、あれはフィールドランサーのように防御として使用するディストーションフィールドを無力化するためにあるんじゃない。


 むしろ、フィールドアタックのように攻撃で使用するディストーションフィールドを無力化するためのもの。


 ……そう、DFSのような。


 実際、ガイのDNBは機体を弾き飛ばすことはできたが、破壊することはできなかった。もちろん、あの頑強な装甲もひとつの要因ではあるが。


 つまり、DFSは一撃必殺の最強兵器ではなくなってしまったのだ。


 俺自身、DFSに頼りがちだったということは否めない。


 だからこそ、シミュレーションの武装からDFSを排除しての模擬戦をジュンに頼んだんだが……。


「ふぅ……」


 訓練を終え、シミュレーターから降りる俺とジュン。


「どうだ、テンカワ? なにかつかめそうか?」


「いや……。無理につき合わせて悪かったな、ジュン」


「かまわない。たまには全力で戦いたいとも思っていたんだ」


 結局、有効打になりそうな技や戦法を思いつくことはできず、俺たちはシミュレーションルームを後にするのだった……。



《お疲れ様でした、アキトさん》


「あれ? ルリちゃん、どうかしたの?」


《訓練の様子をモニタリングしていましたから。それにしても、ジュンさんの実力ってずいぶんと高いんですね》


「まぁね。人間、死に物狂いでやればかなりのことができるからね。……ちょうど、あのときの俺がそうだったように」


 もしあのとき、カタオカ・チハヤが死ななかったら、今のジュンはなかっただろう。


 でも同時に北極で見せたような『鬼』の側面を生むこともなかった。


 そして、それは俺にも言えること……。


 俺だって、どんな弾みであの『死神』を呼び起こしてしまうかわからないんだから。


《……? アキトさん、どうかしましたか?》


「えっ……? あっ、ごめん。ちょっと考え事をしていたから」


《いえ……。……あまり、思いつめないでくださいね。

 なにかあったら相談してください。わたしやラピス、ハーリーくん、それからユリカさんや他のナデシコクルーの人たちもいるんですから》


「あぁ、わかってるよ」


 そうだな、俺は一人じゃない。


 頼れる仲間がいる。それは、とても大切なことなんだから……。








 〜 ルリ 〜



 そして、いよいよ作戦開始の時がやってきました。


 それでユリカさんたちが考えた作戦はというと……。


「三方向からの同時奇襲攻撃を行います」


「「「「「三方向から??」」」」」


「そうです。

 当初想定されていたナデシコのグラビティブラストによる遠距離攻撃を多面化させたものです。

 この……A、B、Cの三ポイントにそれぞれ、ナデシコ、ブラックサレナ、ブローディア・ゼロの三機を配置し、時間を合わせて一斉に攻撃を開始します」


「ちょっと待て、ユリカ。このポイントの設定だと、ナデシコはナナフシの正面になるぞ?」


 電光ボードを見ていたアキトさんがユリカさんに聞き返しました。


「そう。今回のナデシコは囮としての役目が主なの。

 敵の重力波レールガンが発射される前にブラックサレナ、ブローディア・ゼロのどちらかがナナフシに到達し、これを撃破します。

 この作戦は、スピードが命です。ブラックサレナ、ブローディア・ゼロの二機は目標から15000のところで出撃して予定ポイントにむかってください」


「それで……艦長? ブラックサレナには誰を?」


「一人しか、いないでしょう?」


「待って! 彼は一度ブラックサレナで暴走しているのよ!? 攻撃ならブローディア一機でいいじゃない!?」


 ブラックサレナのパイロットの件で真っ先に反対したのはエリナさんでした。もともとジュンさんのことでかなり強固に反対していましたからね。


「万が一の保険のためです。もしアクシデントでナデシコが攻撃されるまでにブローディアが間に合わなければ、わたしたちはお終いですから」


 ユリカさんの言葉に、エリナさんの勢いがそがれていきました。前回ではとてもお目にかかれなかった光景ですね。


 そして、ユリカさんの作戦が採用され、現在ナデシコは予定ポイントまで23000の距離まで近づいていました。あと4000ほど接近したらアキトさんとジュンさんは出撃です。


「ブローディア・ゼロ、ブラックサレナ出撃まであと一分三十秒」


「周囲40キロ四方に敵影なし」


「格納庫から連絡『ブローディア・ゼロ、ブラックサレナ共に出撃準備完了』」


 準備は整いましたね。残りあと……30……20……。


 ところが。


「っ! 敵弾発射!!」


「えぇっ!?」


 敵の予想外の行動に驚いている間に駆け抜けていく重力波レールガンの弾丸。


 そして、結果は知ってのとおり。


「ディストーション・フィールド消失!!」


「相転移エンジン停止!!」


「被害ブロック増加! 数、11ブロック!!」


 まさか、こんな遠距離からナデシコを狙い撃ってくるなんて。


 完全に予想外です。これじゃ不時着したあとエステバリスで破壊にむかっても間に合うかどうか……。


「不時着するわよ!! しっかり捕まってて!!」


 ミナトさんの大声がブリッジに響く中、ナデシコは大きな揺れと共に地面に不時着するのでした……。









 〜 アキト 〜



 まさか、こんな遠距離から撃ち落されるとは思わなかったな……。


 ブローディアの中で待機していた俺だったが、結局出撃は延期になり、再び作戦会議に参加することになった。


「エステバリスによる地上からの進軍。もはやこれしかあるまい」


 顔をシワを深めながら、フクベ提督がつぶやく。


 たしかに、前回、前々回ともに同じ手を使った。


 だが……今回は前の二回より移動距離ははるかに長い。はたして間に合うのか?


「そうですけど……。イネスさん、次弾発射までおよそどれぐらいの時間がかかると推測でますか?」


「手元にあるデータからだと、マイクロブラックホールの生成時間はおよそ12時間。

 でも、エステバリスで地上をチンタラ歩いてたどり着くには、少し時間が足りないわね」


「そうですか……」


 う〜ん……、とみんなが悩んでいる中、技術班代表のセイヤさんから手が挙がった。


「あのよぉ、一応、移動時間短縮の手がないわけじゃねぇ」


「ホントですか!?」


 突然の希望に期待を抱きつつ、みんなの視線がセイヤさんに集中する。


「おぅ。こんなこともあろうかと、ってな。前々から考えていたプランがある。

 ブローディアの搭載する相転移エンジンが、リミッターによってその出力を抑えているって話はすでに報告がいっていると思う。

 現在、そのリミッターはLV3なわけだが……、ブローディアが活動するのに必要な分のエネルギーから計算すると、エステ・ネオが移動に要する程度の余剰エネルギーがあることが判明した」


「まさか……?」


「そう、そのまさかだ。

 移動に使うエネルギーをブローディアから供給してもらい、超低空飛行でナナフシに接近する。これなら時間はかなり短縮できるぜ」


【ちょ、ちょっと待ったぁ!!】


 セイヤさんの話を聞き、割り込んできたのはディアだった。


【本気でいってるの!? たしかに余剰エネルギーはあるだろうけど、それはブローディアが戦闘しない場合でしょ!?】


「もちろんその辺も考慮しているさ。戦闘時にはエステ・ネオはバッテリーで戦ってもらうからな。これだって、エステのころよりバッテリーの出力が向上したエステ・ネオだからできるんだ。

 もっともディアのいうことももっともだ。余剰エネルギーはそう多いわけじゃねぇ。せいぜいエステ・ネオ一機分だな。

 で……どうする? 艦長」


 セイヤさんの言葉で、今度はユリカのほうに視線が集中する。


 と、そのときだった。


《艦長! 大変です!!》


「どうしたの!? メグミちゃん!!」


《敵部隊に囲まれています! 距離12000まで接近!!》


「っ! エステバリス隊出撃準備!! 敵の迎撃にむかって下さい!!」


 ちっ、やはり来たか!!


 俺たちは急いで出撃、敵の迎撃にむかうのだった……。








 〜 ルリ 〜



 なるほど、これがアキトさんの言っていた『二回目の変化』のひとつですか。


 ナデシコの目の前に広がるのはまるで雲霞のごとく広がる戦車の大群の姿です。


 旧式とはいえ、これだけ数が集まると十分に脅威です。


 第一陣だけでもその数は二万を超え、現在も続々と増援がやってきています。


 これではキリがありませんね。


 ナデシコの青い点をグルリと取り囲む赤い点。赤は敵を示すマークです。


 ま、ようするに。


「見事に囲まれましたな」


「どうする艦長? ナデシコの周囲3キロは、全て敵戦車隊に囲まれたぞ」


 ゴートさんに聞かれて考え込むユリカさん。


 やはり、さっきの作戦を使うしかないんでしょうか……。


「……先程、ウリバタケさんから提案された作戦を採用します」


 結局、ユリカさんは苦渋の選択を選びました。


 この戦車部隊がいなければ、まだ他に作戦もあったはずですが……ナデシコの防衛戦力も残さないといけない以上、選択肢はそう多くありません。


 そして、時間も残されていない以上、その後の行動は迅速でした。


 ナナフシ破壊にむかうのはアキトさん。そしてもう一人は……。


「よかったねぇ、リョーコ♪」


「ばっ、バカ!! なにいってやがんだよ!!」


「おぉ〜、赤くなった赤くなった」


 そう、もう一人の人はリョーコさんに決定しました。


 理由としては接近戦が得意なこと、もう一人のアタッカーであるヤマダさんに比べて隠密行動ができることなど、他にもいくつかありますが、今は説明している暇はないです。


《ブローディア・ゼロ、出るぞ!》


《スバル機、いくぜ!》


 ナデシコから発進していったブローディア・ゼロとリョーコさんのエステバリス・ネオが戦車部隊の頭上スレスレを通過して、包囲網を突破していきました。


 あとはお願いします……アキトさん。








 〜 ジュン 〜



 出撃していくテンカワのブローディア・ゼロとスバルのエステバリス・ネオを援護するべく砲塔を旋回する戦車に集中砲火を浴びせる俺たち。


 今回の作戦では、俺もブラックサレナでスタンバイしていたが、相次ぐ作戦の変更によって現在はエステバリス・ネオに搭乗している。


 しかし……戦闘継続時間が六時間を越えたころ……。


《あ〜ん! 数が多すぎるよぉ!!》


《まるで底なしね……こいつら》


 ハンドカノンで戦車を破壊しながらグチをこぼすアマノとマキ。


《うぉぉぉおおおおらぁあああ!!》


 装甲の厚いユーフォルビアに乗るヤマダは突貫から繋ぐ連続攻撃で次々と戦車を殴り壊していく。


《やれやれ……、ゴールの見えないマラソンって、なかなかしんどいねぇ》


 いつもの軽口を叩くアカツキの声にもいくらか疲労の色が見える。


 戦場にいる誰もが疲弊し始めていた……。


 肉体もそうだが、それ以上に『終わりが見えないこと』に対する精神的疲労のほうがひどい。


 だが、そんな状態に変化が訪れた。


 その変化を知ったのは、オペレーターのホシノからの通信だった。


《戦車部隊、増援の来襲がやみました。敵部隊後方6キロまで敵影がありません》


《ホントぉ〜?》


《……フゥ》


《おっ、やっと打ち止めか?》


《やれやれ、ようやくゴールが見えてきたかな?》


 各エステバリスから安堵の声が聞こえてくる。


 しかし、その安堵感をラピスの通信が粉々に砕いた。


《待って! 上空からチューリップ三基降下中!! たぶん、戦車の代わりの増援だよ!!》


 なんだと!?


 くそっ、前回は戦車だけですんでいたのに!!


 精神的に疲労していた俺たちに、この精神の起伏はかなりの消耗だった。


 どうする……? どうする?


《おい! だれかあいつを止めてくれ!!》


 突然、コックピットの中に怒鳴り声が響く。


 この声は……ウリバタケさん?


《どうかしたんですか?》


 どうやら通信はブリッジにも届いているらしく、ユリカが首をかしげながら聞き返す。


 と、そのときだった。


 ナデシコから飛び立つ一条の閃光。


 あれは……!!


「ウリバタケさん! どういうことだ!?」


 なぜ……なぜあれが!?


「あのブラックサレナには誰が乗っている!?」


《ハーリーだ! あのバカ、俺たちが目を離した隙に勝手に乗り込みやがった!!》


《《《《《えぇぇぇぇぇ!?》》》》》


 ハーリーが、だと?


《そんな……、ハーリーくん!!》


《ハーリー! すぐに戻って!!》


「こちらアオイ機、これよりブラックサレナを援護する」


《ジュンくん!?》


 まったく……、まさかお前が機動兵器に乗るなんてな。


 慌てふためくブリッジメンバーをよそに、俺はバーニアを全開にしてブラックサレナの後を追う。


 ハッキリ言ってしまえば、あいつの操縦に対して、俺はなんの不安も抱いていない。


 このナデシコでブラックサレナを操れるのは、俺とテンカワ、そしてハーリーだけだと知っているから。


 だがあいつは、ギリギリまで機動兵器に乗ろうとはしなかった。


『僕は、あくまでオペレーターですから』


 そう言って。


 その気になれば、あいつは……。


 ハンドカノンで次々と現れたバッタを駆逐していくブラックサレナ。


 俺のエステバリス・ネオもようやく隣に追いついた。


「お前が出てくるとは思わなかったぞ、ハーリー」


《さすがに今の戦力ではチューリップの破壊まで手が回りそうになかったですから》


 確かにそうなんだがな……。


《それより、地上の戦車部隊はいいんですか?》


「大丈夫だろ。アカツキたちがいるんだ、数に限りが見えた以上問題はないだろう」


《そうですか。それじゃ……》


「あぁ……」


「《さっさとあのチューリップ、落とすか(しますか)!!」》








 〜 ルリ 〜



 ブラックサレナに乗って出撃していったハーリーくん、そしてそれを追ったジュンさん。


 二人の周囲には数百機のバッタが、そしてチューリップの前にはそれを守るように展開したカトンボとヤンマの無人艦隊がありました。


 たしかにかつてのヤマダさんのようにならないところを見ると、ハーリーくんはブラックサレナを乗りこなしているようですが、それでもあの数を相手にするのは無謀です!!


 アカツキさんやヒカルさん、イズミさんやヤマダさんは一刻も早く応援に駆けつけようと大急ぎで戦車を片付けていきます。


 二人とも、せめてそこまで耐えてください!!


 ですが、わたしの心配をよそに、二人は敵に対して攻勢をとりました。


「二人とも! 他のみんなが援護に行くまで無理しないで!!」


 艦長席でユリカさんが叫んでいます。


 ですが、その言葉への返答はあまりに不可解なものでした。


《ユリカ、心配はいらない》


「えっ?」


《俺たち二人でカタがつく》


 どういうことですか?


 頭の中に浮かぶ疑問。それはきっとブリッジの誰もが考えていたことだと思います。


 そして、その疑問の答えは意外なところから意外な形で現れました。


 ブラックサレナから抜き放たれる、全長200メートルの白刃、DFS。


 その白き刃が紅く、短くなっていくのが見えました。


《まさか……マキビくん! やめなさい!!》


「い、イネスさん? どうかしたんですか?」


《彼が今しようとしていることは、火星でアキトくんがやって見せたことと同じなのよ!!》


「アキトが火星で? たしか……」


 咆竜斬、でしたね。空間の歪曲している場を極限まで圧縮しマイクロブラックホールを作り出す技……。


 って、そんな! 危険すぎます!!


「ハーリーくん!! 無茶はしないでください!!」


 その技はアキトさんだから制御できる技です。こういってはなんですが、ハーリーくんに制御できるとは思えません。


「ハーリー!!」


《……大丈夫》


「で、でも……」


 不安が隠せないラピスをよそに、DFSはその紅の刃を漆黒へと変えました。


 もうこうなったら止める術はありません……。


 そして、ハーリーくんはアキトさんと同じように、ある言葉を口にしました。


 アキトさんの話では、技のイメージを固める効果があるという、その言葉を。


《駆けろ右竜! 奔れ左竜! 秘剣!! 咆竜斬・番(つがい)!!》


 ハーリーくんの言葉に乗せて、漆黒の刃から放たれる漆黒の竜。


 ただアキトさんと違うのは、その竜が一匹ではなく二匹だということ。


 右と左に分かれた双子の竜は、そのまま二つのチューリップを貫き、チューリップは爆散、消滅してしまいました。


《こいつはおまけだ》


 そういってハーリーくんの技に続いたのはジュンさんのグラビティカノンでした。


 どうやらブラックサレナのグラビティカノンを預かっていたようです。


 グラビティカノンは見事にチューリップに命中。炎上しながら地面に墜落していきました。


 それにしても……。


「「「《《………………」」》》》


 だれもが、その光景に声を失っていました。


 ある意味、ナデシコで絶対的な強さを持っていたアキトさんの技。それは誰かにマネできるものではない、そう思っていました。


 ですがそれを、ナデシコ最年少のハーリーくんがやってのけた。


 それは驚愕でしかありませんでした……。


 ……って、それどころじゃありません。


「ハーリーくん!!」


《ルリさん……》


「大丈夫なんですか?」


 DFSはとても精神力を消耗する武装です。制御の難しさや、防御がなくなるという恐怖がパイロットの精神に負担をかけるためです。


 そして、ブラックサレナはその機動力ゆえに、パイロットの体力を極端に奪っていく機体です。


 その二つを同時に使用しているハーリーくんはかなり消耗しているはずです。


《あはは……、鍛えてはいるんですけどさすがにちょっと疲れましたね》


「あとはエステバリス隊に任せて、帰還してください」


《わかりました。……あのぉ〜、ウリバタケさん》


《あんだぁ〜? はやく帰って来いよぉ〜ふっふっふっ……》


 怖いですよ、セイヤさん。どうやら怒り心頭という感じですね。


《あうぅ……、はい》


 ご愁傷様です、ハーリーくん。








 〜 アキト 〜



 敵の包囲網を突破した俺とリョーコちゃんはそのまま低空飛行で一直線にナナフシへとむかっていた。


 急げ……時間がない!!


「なぁ、テンカワ……」


「ん……?」


 なんだ……?


「こんなときになんだけど……ひとつ、聞いてもいいか?」


 ……? ……あぁ、たしか二回目のときもこんなことがあったけっけ。ひょっとしてそれか?


「いいけど……」


「そ、そっか。それじゃあ聞くけど……」


「うん……」


「テンカワって好きな女の子とかいないのか?」


 好きな女の子、か……。


 答えるべき、なんだろうな。たぶん……。


 わざわざ聞いてきたって事は、知りたいって事なんだろうし……。


「俺が好きな女の子? ……いる、いや、あれをいるといっていいのか?」


「なんだよ、はっきりしねぇな」


「まぁ……ね。ちょっと特殊な事情があっていまは会えないんだけど」


「会えないって、じゃあそいつとはつきあっているわけじゃ……」


「まぁ、ないよ」


 あ、リョーコちゃんの手が小さくガッツポーズとってる。


 そんなに嬉しいのかな?


「そ、それじゃテンカワ。

 もし……もしだぞ! 俺がお前と『つきあいたい』っていったら、どうする?」


 どうする……か。もちろん答えは決まっている。


 二回目の歴史を戦い抜いて、考えて、いろいろ悩んで……。


 そしてあの時の最果てでようやく見つけた答え。


 もしこの答えでリョーコちゃんは傷つけたとしても、俺は……後悔しない。


「……ゴメン、そのときはきっと断ると思う」


「っ……、そう、か」


 その答えを聞いて明らかにリョーコちゃんの声から元気がなくなる。


 ゴメン……。でも、きっとこれでよかったんだ。


 俺の隣はあいつの分しか席が開いていないから。


「あぁーあ、ふられちまったかな?」


「ゴメン……リョーコちゃん」


「いいよ。べつにテンカワが悪いわけじゃねぇ」


「……ありがとう」


「べ、べつに礼をいわれることじゃねぇよ!」


 リョーコちゃんは顔を少し赤くしてソッポをむき、そのまま通信を切ってしまった。


【やれやれ、一歩前進、かな?】


【リョーコさんの告白を断るなんて……、成長したねぇアキト兄】


 リョーコちゃんと入れ替わりにディアとブロスのウィンドウが開く。


「一歩か半歩かはわからないけど、前進はしてみたつもりだ」


【たしかに。今回のリョーコさんの件に関しては十分評価できると思うよ】


【そうだね。前みたいにどっちつかずよりはよっぽどいいかも】


「そんなもんか?」


【うん。どんな相手にでも、時として想いをはっきり告げることは必要だと思うよ。それが告白であれ、別れであれ……】


 そう……かもな。


 ちゃんと折り合いをつけていかないといけないんだよな。どんなことにも。


 俺は……ちゃんと前進できているよな?


 そのとき、思わず思考の渦にはまりそうになっていた俺を現実に引き戻したのは、ブローディアの緊急警報だった。


「どうした!?」


【大変だよ!! ナナフシが稼動を開始!! そんな……予想より五時間も早いなんて!!】


 くそっ、低空飛行で時間は短縮できたけど、これじゃとどかない!!


 ……やるしかない!!


「ディア! ブロス! フルドライブの準備を!!」


【アキト兄!?】


【いくらフルドライブでも、ナナフシには……】


「わかっている……」


 どんなに飛ばしたところで、この距離では到達することはできない。なら……!!


「ここからナナフシを破壊する!!」


【【えぇーーー!!?】】


「あの技なら、この距離でも十分な射程と破壊力がある。やるしかない!!」


【……っ! そうか、『神竜咆哮覇』なら……】


【たしかにあれなら……時間もないし、やるしかないね】


 他に選択肢はないと判断したのか、二人は俺を見てうなずいた。


「リョーコちゃん、少し離れていてくれ」


《お、おい。何をする気だ!? テンカワ!!》


「いくぞディア! ブロス! ブローディア・ゼロ、フルドライブ!!」


 俺の声を解除コードとして、ブローディア・ゼロはその本来の力を取り戻す。


 エンジンの出力がぐんぐん上がり、秘剣・奥義の封印も解かれた。


 俺はブローディア・ゼロの二本のDFSを発現させ、極限まで集束を開始する。


 そして、イメージを固めるための言葉を、ゆっくりと紡いでいく。


「大地に走るは竜神の血脈。

 天空に轟くは竜王の咆哮。

 天と地と、人の力を今、ここに……!!」


 二つのDFSが発生させた二つのマイクロブラックホールが周囲の空気を飲み込んでいく。


 ブローディア自身もギシギシときしむ音を立てる。


 もう少しだ……!


「竜神の鳴動は大地を砕き。

 竜王の雄たけびは天空を切り裂く。

 現臨せよ! 竜族の長・神竜!!」


 完成した!!


「覇奥義! 神竜咆哮覇ぁああああああ!!」


 上段と下段に構えた二本のDFSが、ブローディアの中心で交差し、ソレは放たれた。


 ナナフシのそれと見劣りしない、極大のマイクロブラックホール砲。


 その砲撃は一直線にナナフシへと飛んでいく。


 だが……。


【っ! ナナフシ、砲撃!!】


 なにっ!?


 寸前でナナフシもチャージを終えたらしく、神竜咆哮覇にむかって迎撃してきた。


 ぶつかり合う二つの弾丸。地球上でこれほどの重力崩壊現象は、もう二度と起きないだろう。


「ぐっ……!!」


 敵の弾丸に競り負けないように力をこめる。


 だがここでさらに事態が急変する。


【アキト兄! DFSの稼働時間が!!】


 なんだと!?


 今DFSが停止すれば、力を失った弾丸は競り負け、俺ごとナデシコは消滅する。


 くそ、どうしたら!!


【あと……30……25……】


 なにか……なにか手はないのか!!


【20……15……】


【10……もうだめ!!】


 くっそぉおおおおおおお!!








 ヴォン。










 えっ?










 諦めかけた俺の目に映った一枚のウィンドウ。そこに表示されていたのは……。


『LV.4 リミッター解除』


 LV.4のリミッターが解除されたことを伝えるものだった。


「リミッターが……!!」


 リミッターが外れ、DFSはその稼働時間をさらに伸ばす。


 これが、ラストチャンス!!


「うぅぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 ブローディアのすべてのエネルギーをDFSに集中させる。


 こちらの弾丸は、ジリジリと相手の弾丸を押し返し……そして。


 ナナフシは、この世から消滅した。


 終わった……。


 空へむかって飛んでいく弾丸を見ながら、俺はそんなことを思った。


 途端にブローディアがガクンと揺れゆっくりと下降しはじめる。


 フルドライブの影響でブローディア・ゼロの機能がダウンしたようだ。


《テンカワ! 大丈夫か!?》


 地面に着地するとすぐにリョーコちゃんから通信が入る。


「あ、うん……俺はね。でもブローディアがさっきの反動で動けないんだ」


《……あぁ、わかった。言わなくてもわかるよ》


「うん、悪いけど……」


《いいって……、結局なんにもできなかったしな》


 そういい、リョーコちゃんのエステ・ネオがブローディア・ゼロを担ぎ上げる。


 そのまま俺たちはナデシコへと帰還していった……。




 




 〜 ルリ 〜



 ナナフシとの戦いを終え、応急修理を終えたナデシコはゆっくりとした足取りで移動していました。


 セイヤさんの話では、相転移エンジンは完全にオシャカで、総取替えするしかないそうです。


 それにしても、今回のハーリーくんには驚かされました。


 まさか、アキトさんの技と似た技を使うことができるなんて、想像もできませんでした。


 そのハーリーくんは今、ラピスといっしょに休憩にいっています。


 残念なことに、今回の戦いはわたしの負けでした。


 くっ、あそこでチョキを出していれば……。


 ……なんて、終わったことをいつまでも悔いてもしょうがありません。


 少しナデシコの記録映像を整理しておきますか。


 わたしはここ数ヶ月の記録映像の処理を始めました。


 あ、これはナデシコ発進のときのですね。


 こっちはアキトさんとハーリーくんの訓練風景ですね。


 他にもたくさんの映像が納められていました。


 これらはすべてオモイカネの大切な『記憶』……、必要な分以外はあまり触れないようにして作業を進めていきます。


 ……あれ?


 なんでしょう、これ。


 そこにあったのはとある場所の記録フォルダ。


 でもなぜ、これほど厳重にロックされているんでしょう?


 ……十中八九、ラピスの仕業ですね。なにを隠しているんでしょう。


 わたしはさっそく、そのロックのクラッキングを開始しました。


 元々の能力が高いとはいえ、ラピスはこの手のロックはあまり得意ではないようですし……よし。


 少々てこずりましたけど、なんとかクラッキング成功です。


 さてと、中身はいったい……。





 えっ?





 そこに記録されていたのは、とある場所でとあるときに記録された映像でした。


 でも、これ……。


 そこに映っていたのは……。


「ハーリー、くん?」


 トイレの中で口から嘔吐しているハーリーくんの姿でした。


 でも、どうしてこんなものが……。


 そのとき、困惑していたわたしの目がある場所を捉えました。


 それは嘔吐したモノでした。


 あれは……チキンライス?


 そう、それはあまりに原形を留めすぎているチキンライスでした。


 消化された跡など一切なく、ほとんど噛まないまま飲み込まれたような、そんな状態の。


―――そういえば、ハーリーくんあまり噛まずに飲み込んでいたような……。


 まさか……。


 そして映像は進み、ひとしきり吐き出し終えたハーリーくんは、掠れた声で泣いていました。


《ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……》


 どうして……どうして謝るんですか?


 わたしの頭はこの状況をまったく理解できずにいました。


 なぜ……どうして……?


 その問いに答えてくれる人がいるはずもなく、わたしは一人、悩み続けるしかありませんでした……。













 テニシアン島、クルスクでの任務を終えたナデシコ。


 時間はゆっくりと、しかし確実に前へと進んでいく。


 それにつれて活発になり始める木星の遺跡の妨害工作。


 次回、暴かれる新たな真実とは……。









 ・ 第四回・あとがき座談会 ・



AKI「どうも、AKIです。徐々に恒例になりつつある『あとがき座談会』も第四回です」


ルリ「…………」


ラピス「っ(オロオロ)」


ハーリー「……えっと」


AKI「……何事だ、いったい」


ルリ「……いえ、べつに」


AKI「そんなあからさまに落ち込まれても説得力ないって。まぁ気持ちはわからなくはないけどさ……」


ラピス「え、えっと、質問コーナーやろ! ね?」


ハーリー「そ、そうだね! じゃ、今回は僕が……」


AKI「……よし、やるか! じゃ、ハーリーくん!!」


ハーリー「それじゃ……三旗竜が終わったら次はなにを書きたいですか?」


AKI「……な、なんちゅう気の早い……」


ラピス「まだ半分も終わってないのにね」


ルリ「……それで、答えは?」


AKI「う〜ん……。まだ未定」


ラピス「だよねぇ……」


AKI「一応、パソコンの中にはいくつかネタになりそうなものははいっているけどな」


ハーリー「たとえば?」


AKI「うん『ホシノ・ルリのネコ体験記』とかな」


ルリ「わたし?」


AKI「そそ。ある日、ルリちゃんがイネスさんの怪しげな薬を誤って飲んで、ネコになってしまうという……、まぁ短編っぽいヤツだ」


ハーリー「へぇ……」


AKI「ちなみに飼い主はハーリー」


ハーリー「え、えぇぇぇえええええ!!!??」


ルリ「なっ……!?」


ラピス「ちょっと!?」


AKI「元々これ、ハリ×ルリで作ったからなぁ……」


ラピス「なにシミジミしてるの!!」


AKI「まぁまぁ……」


ルリ「……(ポケ〜ッ)」


AKI「……お〜い、ルリちゃ〜ん?」


ルリ「……ハッ!」


ハーリー「あ、帰ってきた」


ルリ「AKIさん!!」


AKI「な、なに?」


ルリ「書いてくださいソレ! 今すぐ!!」


AKI「イヤ、無理だって! 三旗竜があるんだから!!」


ルリ「うぅ……」


AKI「はぁ、ヤレヤレ……。さて、そろそろ次回予告行くか。それじゃ今回は……ハーリーくん、よろしく!!」


ハーリー「はい。

 ナナフシ戦から一ヶ月、徐々にストレスを溜めていくオモイカネはついに暴走。

 ルリさんたちはオモイカネのストレスの種を取り除くため電脳世界へとむかう。

 そこで明らかになる真実とは……。

 次回、機動戦艦ナデシコ 〜 時の流れに 〜 三旗竜 第十二話 [『あの「忘れえぬ日々」』 凍てつく心]

 結局、僕は『バケモノ』でしかないんだ……」


ルリ&ラピス「えぇっ!?」


AKI「い、以上! 『あとがき座談会』でしたぁ!! (ネタバレしかけてるって!!)」



 

 

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代理人の感想

うわ、ラピスうっかりさんだ! 

オリジナルのデータ消して自分の端末か記録メディアにだけしまっておけばばれないのに!(爆)

そう言うことでこの話のラピスは「能力は高いが脇が甘い」キャラに認定。

まー、実年齢もまだティーンエイジ前だしね。

そこらへんがルリにはまだかなわない理由の一つなんでしょう、色々と。

 

>ご愁傷様です、ハーリーくん。

でも自業自得です、ハーリーくん(笑)。