「何故君たちはそれを禁忌とする?
過去に戻ろうが未来に行こうがそこは「今」であり過去でも未来でもない。
君たちが考えているような「やり直し」は私には自慰行為にしか思えないが。」
唯一の自由時間旅行者
そこは黒い闇
そこは白い闇
そこは高次元の海
そこは煮えたぎる量子宇宙
そこは世界の外
10の−30乗秒以下という量子的超短時間で蒸発する世界もあれば、10の200乗年以上と言う天文的超長時間をかけて蒸発する世界もある、全ての世界の母。
そして、そこは「遺跡の中」。
そんなところを一人の存在が流れに身をゆだねて存在していた。
「あともう少しだったんだけどね。」
はあ、とため息をつきながら呟く。
彼女は目の前に広がる闇を見つめながら再びため息をついた。
それは今回も目的を達成することは出来ずに再びここに弾き飛ばされてしまったからだ。
しかし、「前」の場合は目的を達成するには程遠かったが、その長い道にしては小さいながらも飛躍的結果をもたらした。
「まぁ、お姫様の実験データは手に入れたから良いかな。」
「前」の世界で手に入れた実験データは彼女の想像を凌駕し彼女にまた一つの新しい道を開いた。
そのため顔に出しているほどには落ち込んでいるわけではなかった。
そして彼女は空を見上げる。視覚ではただの星空に見える海。実際には正と負の交じり合う狂乱的な量子のダンスを踊っており、見た目以上に物騒なのは彼女も理解はしていたが、彼女はとても静かな星空だと感じていた。
彼女が目の前に手をかざすと彼女の前に一つのウィンドウ、彼女の手に1枚のファイルばさみが現れた。
彼女は様々な資料が挟まれたフォルダを開くと先ほど手に入れたデータを挟んだ。
もし彼女のフォルダの中身を理解できるものがその場に居たらその内容に目を剥くだろう。克明に記された人体実験データのような物から、1000年先は進んでいそうな詳細な技術資料など挟まれているのだから。
彼女はふと口から愚痴を漏らす。
「今回は失敗だったな。次回は反省してあんな無理はやめることにしよう。」
彼女は前回失敗して予測不能の大混乱を世界にもたらした。それは混沌とした勢いを利用して目的を達成しようとしたからだ。実際には目的を達成できずに彼女が関与する実行組織の一つが潰れ、連鎖的に彼女の所まで余波が来たことが失敗の原因だった。
そのとき回収したのがその実行組織が研究していた内容の詳細な記録だったのだ。
そのデータを彼女はここで整理していた。
「それにしても、ここは静かだな。……何も無く、時間も永遠の静寂に意味を喪失し、空間も無限遠に続いていて果てがない。元々そう言う物だと解っているんだけどね。何一つ確かなものは無く、すべては虚ろな鏡の虚像と同じ。世界の中心で静か眠る何処かが抜けた全能者の夢。」
彼女ははそんな言葉をつぶやき、手を止め周りを見回す。
世界はただ静かにそして情熱的に狂乱的に揺らいでいた。
そして、そんな彼女がゆだねていた流れもひとつの世界に繋がっている終点に近づいていた。
「もうそろそろか。」
彼女は片付けを始める。分析中の資料、前回からの荷物などを整理する。
彼女が「次」に持ってゆける物の量は制限されている。そのため必要以上の荷物はここに置いて行くしかないのだ。
だから、彼女は急いで荷物を整理する。今回は間に合って荷物はランダムにならずにすんだ。
「何とか間に合った。それにしても今回は一体どうなるかな。」
そう、言い残してここから去った。
それは2180年代のある日のことだった。ユートピアコロニーの周辺の草原で二人の子供たちがいた。その二人のほかには風に吹かれて揺れている青々した草花ぐらいしか音をたてるものは居なかった。
「アキト、どうしたの?」
「何でもないよ、ユリカ」
アキトと呼ばれた男の子はユリカと呼ばれた少女の言葉を聞かずにいじけていた。
実はつい先日、二人は工事現場で遊んでいて土木機械を誤って動かしてしまったのだ。
そのため晩に父親にこっぴどく叱られてしまったのだ。この年頃の子供が親に叱られたら、2、3日はいじけても仕方がないだろ。ゆえにアキトはいじけていた。
「ねえ、どうしたの?」
「何でもないったら、何でもないの!」
「ね〜え、どうしたの〜?」
「……」
アキトはユリカの言葉を聴かずにただ風景を見つめていた。空の黄昏初め雲も赤く染まりゆっくりと流れていた。
「落ち込んでいるの? じゃあユリカ元気の出るおまじないしてあげるね。」
「おまじない?」
「じゃあ、アキト目を瞑って」
「こ、こうか?」
ユリカの言葉に率直に目を瞑るアキト。そんなアキトの前で気合を入れるユリカ。
そして、ユリカは目を瞑っているアキトにキスをした。
それに気づいたアキトは目を開く。目の前のユリカにアキトの思考は停止した。
「…………!! バッバカ!いったい何してるんだよ!!」
ようやく思考が動き始めたアキト、いきなりのユリカの行動に驚く。
「元気になったみたいだね。アキト」
微笑みながら言うユリカの言葉にアキトは少し頬を紅潮させながらそっぽを向く。
そんなある日の出来事だった。
ところがそんな二人を遠くから眺める女性がいた。年は20代前半、髪は少女と同じく藍色で腰辺りまで下ろしている。そんな彼女は二人が遊んでいる光景を眺めていた。
「いつか走った草原……か。」
彼女はその光景に何を感じたのだろうか? 彼女の顔からはうかがうことができない。
「……あなた達は幸せになってね。私にはもう手に入れることが出来ない幸せだから。」