第二話
暗い店内。人気も無い。当然だ、既に営業は終わっているのだから。
唯一、厨房だけが下ごしらえのために、電気がついているのみ。
「……」
俺ははそこで、明日の材料の下ごしらえをしていた。
スープの入った鍋がことこと煮られる様を、そこでボー、と眺める。
あの火星であった出来事から、既に二年。あの後、オレは川縁で仰向けに倒れていた。何で倒れていたのかなんて知らない。ただ、呆然と空を見ていた。
何も出来なかった…。俺が戦うことを選んだのなら、少なくともあそこにいた人たちぐらいは助けられたはずだ。
ブシュゥゥゥゥゥゥ
「…!? 不味い!」
吹きこぼれるスープの音が、俺を現実に引き戻した。急いで鍋に駆け寄り、中の様子を確認する。
中の水分は幾分か飛んでいたものの、許容範囲内に収まっていた。……うん、これくらいなら大丈夫だろう。
カチッ
ふきこぼれを雑巾で良く拭き取り、スープの火力を下げる。そして中に、だしとなる豚骨を入れ、改めて蓋をした。後は、細やかな味付けをして明日まで待てばスープは完成する。
「おーい、アキト。今日はもう、あがっていいぞ。後は俺がやっておく」
「あ、解りました」
丁度、階段から下りてきたサイゾウさんが、厨房の俺に今日の作業が終わったという旨を告げる。
ここからの細かい味付けやらはサイゾウさんの仕事だ。
サイゾウさんが降りてきた厨房を後にして、奧の、畳の敷いてある六畳程度の部屋を借り、脂のしみこんだ調理着から、飾りっけのない普段着に着替える。
改めて厨房に目をやると、サイゾウさんがいつものように様々な調味料を駆使して、雪谷食堂のスープを作り上げていた。
「じゃあ、サイゾウさん、また」
「おう」
スープに夢中なのか、こちらには顔を向けずに返事のみをするサイゾウさん。
もう一度だけ、厨房に目をやる。サイゾウさんはなにやら、スープとにらめっこを始めていた。
もう一度、声を掛けるワケにもいかないな。結局、そのまま雪谷食堂を後にした。
街灯のお陰で明るい、薄ぼんやりとした道を自転車で抜けながら、また火星のことを考える。
…もう、二年。だんだんと、火星の事を考える時間が多くなってきた様に思う。
「ふぅ…」
ブオォォォォォン!!
トランクにぎゅうぎゅうに荷物を積めた自動車が、俺の横を凄まじい速度で駆け抜けていった。
明らかに積載過多だ。アレでは……
ガタン。
「おいおい……」
案の定、前の車のトランクからあふれ出したスーツケースが一つ、こちらに向かって跳ね飛ばされてきた。
ガゴン、ガラン!
地面に叩きつけられたスーツケースは開いた状態で、大きい音を立てて中身をちらしつつ、こちらへと飛んでくる。
やれやれ。わざわざぶつかるのなんてゴメンだ。
自転車のペダルから、左足だけを地面に降ろして、自転車をドリフトさせる。これでスーツケースが来ても受け止められるだろう。
ハシッ。とスーツケースを受け止める。流石に、あの自動車の加速から振り下ろされただけあって、なかなかの衝撃だ。
自転車から降り、スーツケースを降ろす。その間に前の車は急停車し、青い髪の、どことなく幼いような印象を受ける、だが美人な女性と、やや遅れて黒い短髪内はねの、どこか女性っぽい男がこちらへ走り寄ってきた。
…気のせいか、女性の方にどことなく、見覚えがある気がした。
「済みません! 済みません!
怪我とか、ありませんか?」
そういわれて自分の身体に視線を落とす。……うん、怪我は無いな。
「いや、これ君のかな?」
「はい」
つかんだスーツケースを指差し、分かり切った質問をする。相手は、それに律儀にも答える。ちなみに男の方はというと、当たりに散らばった荷物をかき集めていた。
……あんな積め方じゃまた落とすぞ。しかたない。
「手伝いますよ。後、その積み方じゃまた落っこちます。こういうのは………」
結局、殆どの荷物の整理を俺が行っていた。途中で女物の下着が出たときは少々焦ったが、そんなことはおくびも出さない。第一、それで慌てたりしたら、余計にお互い意識してしまって気まずいだろう。
さて、だいたい終わりと顔を上げると、女性の方がじっと俺の顔を見つめていた。何事か?と思い、俺が口を開こうとするよりも早く、女性がこちらに問いかけてきた。
「あの……不躾な質問ですが」
「?」
「どこかでお会いしたこと……ありませんか?」
それはこちらとしても思ったことだが、もし、レイヴンとしての自分を知っている、見覚えのあるというのであれば、実に都合が悪い。
俺はその問いにしらばっくれる事にした。
「いえ、気のせいでしょう」
「でも……」
「ユリカ、急がないと遅刻するよ!」
「解ったよ、ジュン君!
……では、ご協力感謝します!」
女性の方は、何か釈然としてなさそうな様子だったが、結局男の方に呼ばれて、そのまま車に乗って立ち去っていった。
……そういえば、名前、確かユリカって………!?
あの青い髪。どこか幼げのある顔。そうだ、あいつは……
「ミスマル……ユリカ!」
すっかり忘れていた。そうだ、ユリカだ。火星で隣の家に住んでいた。
そうやって、まず思い出されたのは火星での暮らし。
次に……お別れの日の、あの日見た、赤い、紅い、うつぶせになった両親。
知りたくなった。あの日、両親が殺された理由を。知りたくなった。あの日、両親を殺したやつを。知りたくなった。一体、両親が何をしていたのかを。
別に復讐とか、そういうのでなく、唯純粋な好奇心で。
プルルルルルルル。
気づけば、サイゾウさんへ電話を掛けていた。
「もしもし、アキトです」
「おう、どうした? 突然」
「実は…」
つばを飲み込み、息を大きく吸いなおす。そしてはやる気持ちを抑えつけ、続きの、用件を述べた。
「………退職したいんです」
「…………」
「すみません。恩の方もちゃんと返せない内で済まないんですが………」
「……いいから、一度食堂に来い。荷物、置いてく気か?」
「!! ……すみません!」
「立ち向かうんだろ。止められねえよ」
いつか必ず、この恩を返そう。もう一度、心にそれを強く書き留め、自転車を元来た道へと走らせた。
さて、これからどうしたものか?
目の前にそびえるは佐世保港。非常に厳重な警戒態勢がしかれている。あのときのユリカの服には、ネルガル重工のエンブレムがあったので来るとしたら此処が自然なのだが…
「なんだ、お前!
ここは一般人は立ち入り禁止だ!
帰った帰った!」
まぁ、当然といえば当然だ。もちろん楽に入れるなんて思っちゃいない。まず、軽く鎌を掛けてみた。
「そりゃあ新型戦艦が来てるんだからなぁ。しかもコレ、軍にスペック隠してるようなやばい代物だしねぇ……」
「お前っ! どこでそんなこと!」
自分でやっておいて何だが、あっさり乗ってきた。しかも自分で肯定しちゃったし。こいつ、警備兵失格だろう。
「それで、ちょっとミスマル・ユリカって人に会いたいんだけどね。断ったら軍にばらしちゃうよ。情報」
ばらせるような証拠なんて無いけどな。
「くっ! 解った! 主任を連れてくる!」
やっぱりこいつ、警備兵失格だろう。よく受かったな、お前。お陰で中には入れたが。
やがて真っ暗な部屋に連れて行かれ、待つこと20分。
「う〜ん。この中ですか」
「はい!
艦長に会わせなければ、情報を軍に売ると………」
「まぁ、取りあえず会ってみましょう」
ようやく、人が入ってきた。入ってきたのは、冴えない、キノコカットの眼鏡を掛けたちょび髭の中年。だが、目を見て解る。こいつは違う。ちゃんとした本物だと。
ネームカードにはプロスペクターと書かれていた。俺でも名前の聞いたことある大物だ。ここからは嘘は通用しないだろう。
「で、嘘までついて此処まで乗り込んだ理由は何ですか?」
やっぱりばれている。
「いえ、ユリカに会って、あることを聞きたいだけです」
素直に、そのままの答えを述べた。眼鏡に手をやるプロス。取りあえずは、俺のカードを探ろうとしてるのだろう。
「取りあえず、身分証明ですな〜。貴方のお名前なんですか〜」
そういって小型のモジュールを取り出した。たぶんDNA検査。俺はさっと右腕をまくり上げる。コレが俺のカード。
「お名前は……テンカワ・アキトさん。……!?……全滅した火星からどうやってこの地球に?」
「解らないんです。気が付いたら地球にいましたから。信じて貰えないかも知れませんけど……」
火星生まれ。コレが俺の一枚だけのカード。正直、今使えるのはこの一点だけ。来た理由など実際解らないし、こちらにはコレしか材料がないのだ。
「う〜ん。あいにくとユリカさんは重要人物ですから、簡単に部外者とお会いできません。ですが、ネルガルの社員となるとその不都合が軽減されることになります。実は、今、我が社のあるプロジェクトで、コックが不足していまして。テンカワさん………貴方は今無職らしいですね、どうですこの際ネルガルに就職されませんか?」
来た!
唯一のカードだけで此処まで持って行けたのはやはり、それだけこのカードに価値があったということだろう。俺はにべもなく承諾することにした。
提示された給料は80c。コレは社員と言うことを考えればかなりの値段だ。このプロジェクトの持つ意味を表しているとも言える。
そして早速、俺はその艦へと案内されていったのだった。
長いエレベータに乗って着いた先は巨大なドッグ。そこにはピッカピカの戦艦があった。
「これが我が社の命運を懸けた、戦艦NERGAL ND-001。通称ナデシコです」
白を基調とし、所々にワインレッドを塗った民間船そのものの配色と、奇妙なその形、なんというか、そう、確かアフリカ大陸のエジプトという場所にある、スフィンクスを思わせるようなデザインは、およそ実用的なものとは思えない。
「なんて言うか……。到底、戦艦に見えませんね」
「ははっ。確かにそうですね」
ガタンッ。
<あーっはっはっはっはっはっはっ!>
「!?」
「な、なんなんですか!?」
ドッグを襲う突然の揺れと、スピーカーを通した大きな笑い声。実にやかましい。
見ればピンク色のエステバリスが所狭しと動き回っていた。軽やかに。そして不気味に。
「エステが……踊ってる!?」
「誰がパイロットに……あ、ヤマダ・ジロウさんですか」
<ちっがぁぁぁぁうううう!!
それは世を忍ぶ仮の名前!
俺の名はダイゴウジ・ガイだぁっ!!>
「ダイトクジ、だろうがゴウケツジだろうがなんだっていいから、俺のエステからとっとと降りろーーー!」
<ダイゴウジ・ガイだっ!
………いいから見てろよ!!>
けたたましいエステバリスの外部スピーカーと、下にいるつなぎ姿の、おそらく整備員であろう男のメガホンのによる二重奏。それは十分音波兵器たる能力を持っていた。
そのエステバリスに乗っているパイロット……ヤマダ・ジロウ。本人曰くダイゴウジ・ガイは、唐突にエステバリスの拳を握りしめ、溜を作る。整備員の怒号が更に大きくなった。
<ガァァァァイ! スゥゥゥパァァァァァァ!
ナッパァァァァァ!!>
先ほどよりも更に大きな、思考回路をぶった切るような大声が響いた。同時にエステは片足立ちで、エビぞりしながら右手を掲げている。
先ほどのセリフから類推するに、おそらくアレはアッパーカットなのだろう。
一応、人型兵器にはすべて、高水準のバランサーが付いているはずだが、しかしアレでは……
来るべき衝撃に備え、がっしりと手すりを握る。見るとプロスさんも同じ事をしていた。
ズドォォォォォン!!
エステバリスの巨体が地面を揺らす。下にいる整備班はたまった者ではないだろう。これは。
だが先ほどの整備員はあいも変わらず、先ほどと変わらぬ怒号を上げる。
「バッカヤローーーー!
俺のエステに傷つけやがったなーーーーーー!」
「班長ーー!
ヤマダの奴、脚の骨折ってますーーーーーー!」
「俺はダイゴウジ・ガイだぁぁぁっ!」
「うるせーーー!!
そいつ、医務室にほうりこんでこい!!」
いい加減に耳が慣れてきた。
しかしなるほど、あの整備員が班長だったのか。そんなことだけをぼんやりと考える。
そういえば、一つ確認を取る必要がある。
「プロスさん、パイロットって彼だけしかいないんですか?」
どんな計画なのかは知らないが、軍艦である以上、木星蜥蜴との戦闘は想定しているだろう。だとすれば問題だ。あの性格で、更にパイロットが負傷。艦載機無しの戦艦など、直ぐ落とされてしまう。
プロスさんはまだ、先ほどの会話で耳がやられているのか、右耳を押さえながら立ち上がり、質問に答えた。
「いえ、後一人。……まだ来ていないですが。おっと、私はこのへんで」
もう一人いたのか。取りあえずホッと胸をなで下ろす。
プロスさんはそのままナデシコへと乗り込んでいった。
「おーい! そこの少年!
すまないがコクピットの中に俺の宝物があるんだー!
取ってきてくれぇーー!」
「さっさと医務室に放り込んでこい!」
ヤマダ…いや、ガイはそういって、タンカで運ばれていく。此処にいるのは整備班と俺。整備班に、少年という形容詞に該当する人間は見あたらないので、俺に頼んでいるのだろう。
俺は階段を下りて、エステのコクピットの中をのぞき見る。
「宝物って、ゲキガンガーかよ」
そう、コクピットには所狭しと並べられたゲキガンガーという昔のアニメのグッズ。俺もよく火星でみていた。何となく笑みが口から漏れる。
スッと中の人形を一つ、手にとって、ぎゅっと包むように握りしめる。何とも言えない、懐かしさの入り交じった感覚に囚われる。
正義とか悪とか、そんなのを考えていた時期の、幸せな、楽しい……。
ヴィーッ!ヴィーッ!
「な、なんだ!?」
突然の警報に、俺は現実に引き戻された。
「敵だ。バッタが大量に!!」
「この船、動かせないのか!?」
「まだ艦長が来てないんだよ!!」
「エステバリスは!?」
「パイロットがいない!!」
そこら中から、パニックとなった声が聞こえる。
鮮明に思い出されるは、火星の、あの時の、記憶。シェルターのみんなの顔。
気が付けば、俺はIFSに手を掛けていた。
「後悔だけは、したくない!!」
あとがき
時間明けすぎAMMOです。なにやってんだろう。
代理人の感想
んー、ここのアキトの性格がよくつかめませんねぇ。
普通「純粋な好奇心」だけで仕事やめるか?