時は22世紀
人類は月だけでなく火星をもその掌中に収めていた。
火星への大規模な移民も行なわれ、人類は本格的な宇宙時代を迎えようとしていた。
しかし、2195年、火星は突如木星の方角から飛来した謎の機動兵器群からの侵攻を受けた。
それに対して、地球連合軍が応戦するが、敵の圧倒的な科学力の前に連合軍は敗退──火星は制圧されてしまった。
火星を奪還できないまま、時は流れて2196年
『木星蜥蜴』と名付けられた敵の機動兵器群は、月までの制圧を果たし、その脅威は地球にまで迫っていた……
★
時刻は午後二時を少し過ぎた頃、場所は『サセボシティ』にある小さな公園。
人気の少ないその公園で、一人の少年が数人の男達に囲まれていた。
男達は皆ガラが悪く、全員が鉄パイプ、特殊警棒、金属バットなどを持っている。
それに対して少年は、木の鞘に納められた木刀を腰に差し、不機嫌そうに自分を囲んでいる連中を睨みつけていた。
年齢は十四、五歳。平凡ではあるが整った顔立ちをした少年である。
身長は低いわけではないが、高いというわけでもない。その身体つきも華奢に見える。
それだけを見ると何処にでもいる普通の中学生であるが、その容姿の全てが平凡というわけではなかった。
肩よりも少し伸びた髪を紐で尻尾の様に纏めているが、その髪の色は白銀色。肌も髪と同じように透き通るように白い。
際立っているのが、人の遺伝子学上決してありえない色をしたその瞳。不機嫌そうに周囲の者を睨みつけるその瞳は金色に輝いている。
(はぁ……どうしていつもこうなるんだろう。神様……僕が何かしましたか?)
白銀髪の少年──碇シンジは、首から提げている十字のロザリオを握り締め、胸中で愚痴をこぼす。
シンジがこの世界に来て(送られて)から既に半年以上経過している。
この世界に来て三ヶ月経った頃から、シンジは週に二、三回の割合で不良に絡まれているのだ。
その変わった容姿のためか、それとも華奢に見えるその身体つきが弱そうに見えたからなのか、原因は全くわからない。
(ああ……、そう言えば神様って綾波なんだよな……。
綾波なら、面白そうって理由だけで不良をけしかけるぐらいの事はやりそうだなぁ……。
いや、絶対やる。今の状況だってもしかしたら綾波が……そうだ、そうに違いない)
シンジは勝手に自己完結し、不機嫌さの増した瞳で周囲を見渡す。
自分を囲んでいる男達の一人と目が合う。その背の高い男は、顔に笑みを浮かべながらシンジを見ている。
「お前みたいな弱そうなのが本当に碇シンジなのか?」
男は馬鹿にした様子でシンジに尋ねる。周りの連中も、その男に同意したように馬鹿にした笑みを浮かべる。
シンジは自分に絡んでくる不良を返り討ちにしている内に、サセボシティ内で有名になっていた。
その為に益々シンジは色々な連中に襲われる様になっていた。この連中も有名になってきたシンジを倒そうとしている連中である。
昔のシンジならば何の抵抗もせずにやられていただろうが、レイの修行を終えたシンジの性格は以前とは変わっていた。
暴力が嫌いである事は昔と変わらないが、理不尽な暴力に対してはそれなりの抵抗をする。
(数は七、八人……以外と少ないな。お昼の休憩が終わるまで約四十分……さっさと終わらせて帰らないと)
腰に差した木刀に手を掛け、未だにしゃべり続けている男に向かって走る。
シンジが近づくのに気づいた男は、持っていた鉄パイプを振り上げ、シンジの頭部目掛けて一気に振り下ろす。
シンジは身体を捻ってそれをかわし、その勢いのまま木刀を抜刀──男の胴へ一撃を加える。
鈍い音を立てて男が倒れる。周りの連中は何の反応も出来ず、倒れた仲間とシンジを呆然とした様子で見ている。
(はぁ……綾波は何時になったら別の世界に送ってくれるんだろう……)
深いため息を吐くシンジに、他の男達が一斉に襲いかかる。
シンジは大怪我をさせないように力を加減しながら、次々に男達を倒していく。
(やっぱり、何か条件があるのかな……? 綾波の奴、何をすればいいのかぐらい教えてよ……)
武術を学んでいない連中に、シンジが負けるはずもなく、次々に男達がシンジの攻撃を受けて倒れていく。
最後の一人を倒して深いため息を吐くと、シンジは自分の働いている店へと帰った。
赤い世界から送られし者
第一話『契約……そして新しい職場へ』
「そう、前にどこかで見た事が……そうか、この艦の形、綾波の見てたアニメに出てたのと似てるんだ。確か、ホワイト○ース?」
「サイゾウさん、アキトさん。今、帰りました」
喧嘩を終えたシンジは、サセボシティにある食堂──『雪谷食堂』へと帰ってきた。
シンジはこの世界に来た時、河原で気絶していた所をこの店でバイトをしている『テンカワ・アキト』に助けられた。
この世界に知り合いもおらず、お金も持っていないシンジがこの店で働けるよう、アキトは店主の『ユキタニ・サイゾウ』に頼み込んでくれたのだ。
「おお、シンジ。お帰り」
「シンジ君、今日も喧嘩かい?」
サイゾウと店の常連の客が帰ってきたシンジに声をかける。だが、いつもなら聞こえてくるアキトの声がしない。
不思議に思って奥へ入っていくと、中華鍋を構えたまま厨房で固まっているアキトがいた。
「また、いつものやつだ……。さっきから何度も声かけてるんだが、全然聞こえてない」
「上で戦ってますからね……」
サイゾウが呆れた様に呟く。シンジも今のアキトが一体どんな状態なのかを知っている。
アキトは恐いのだ。上で行なわれている、木星蜥蜴と連合軍の戦いが……
シンジや他の者達も、決して恐くないというわけではない。だが、慣れてしまったのだ。近くで戦いが起こる事に。
地球に敵の母艦とも言える『チューリップ』が落下してから随分経っている。
近くで戦争が起こったとしても、「また、やってるよ」という程度にしか考えていないのだ。
シンジも初めこそ驚いていたが、それでもアキト程酷くはなかった。
シンジは厨房に入り、アキトの肩に手を置いて声をかける。
「アキトさん、大丈夫ですか?」
「シ、シンジ君……」
さっきまで、何度呼んでも反応しなかったアキトが、シンジの声に反応する。
シンジがアキトのATフィールドに干渉し、恐怖を紛らわせたのだ。
人の身体は個としての形を保つためにATフィールドが使われている。ある程度ATフィールドを扱う事ができれば簡単な事であった。
そんな力が使える事を知らない周りの人達は、一瞬にしてアキトを正気に戻したシンジに驚いていた。
(相変わらず凄いな、シンジの奴は……あそこまで怯えていたアキトを一瞬にして……)
「やっぱり凄いねぇ……シンジ君は」
サイゾウがシンジの事について考えていると、常連客の男がサイゾウに話しかけてきた。
「ああ、そうだな……。あいつが来てから、アキトの奴の恐怖症も少しずつだがマシになってきてるしな」
不良に絡まれ、最近では毎日の様に喧嘩をしているシンジではあるが、サイゾウや常連客達はシンジを嫌ってはいない。
シンジが無闇に暴力を奮わない事を知っているし、喧嘩をしている時にはちゃんと手加減をしている事を知っているからだ。
今まで何度も喧嘩をしているが、大怪我などを負わせて警察沙汰になるような事は一度もない。
逆に、シンジを目当てとした常連客も増えて店の利益に繋がっているので、サイゾウがシンジを嫌うはずもなかった。
「それに……シンジ君、女の子みたいでかわいいしなぁ……」
「……………」
そう言う男の顔は真剣そのもので、強く握り締められた拳はブルブルと震えている。
冗談とも思えない発言に、サイゾウは何も答える事が出来ず、厨房の中に逃げる事しか出来なかった。
★
「ミスター。既にコックはスカウトしたはずだが?」
体格のガッシリとした大男──『ゴート・ホーリー』が、自分の隣を歩く男に尋ねる。
『ミスター』と呼ばれたチョビ髭に赤いベストを着た男──『プロスペクター』は、ゴートに目を向けて答える。
「ゴートさん。今回のプロジェクトに何人の方が参加すると思っているんですか?
二百人以上の方が参加するのです。コック一人とウェイトレス五人では少し数が厳しいでしょう」
「だが、わざわざコックを雇わなくとも、食事ならレーションなどで十分だと思うが……」
「ゴートさん、今回のプロジェクトに参加する方々は、そのほとんどが民間人で軍の方ではありません。
民間人の方々にレーションや固形栄養剤で食事を済ませろというのは酷というものでしょう。
それに食事は人の三大欲求の一つです。美味しい物を食べてもらった方がやる気も出るでしょうし……あ、着きましたよ」
プロスペクターが店の中に入り、それに続いてゴートも店に入る。
店の中は閉店間際という事もあって、客は一人もいない。二人がカウンターの席に着くとシンジが注文を取りに来た。
注文を取りに来たシンジを見て、プロスペクターの眉が僅かに動く。
「ミスター」
ゴートは無表情のまま声を潜めてプロスペクターに耳打ちした。
プロスペクターは無言で頷き、ゴートにだけ聞き取れるように小さな声で呟く。
「あの金色の瞳……『IFS』を付けていないのが気になりますが、恐らく『マシンチャイルド』……」
(何だろう? この人達……)
シンジは二人の自分を見る視線が気になっていた。
シンジの容姿は確かに珍しく、よく奇異の目で見られるため、その手の視線には慣れていた。
しかし、今自分を見ている二人の目はそういうものとは違うとシンジは感じた。
(そう、前にどこかでこんな感じで見られた事が……そうか、この二人の見る目がリツコさんと同じなんだ……)
シンジが思い出したのは、初めて『赤木リツコ』と会った時のリツコの瞳。
自分を値踏みしている様な視線でリツコはシンジを見ていた。
プロスペクターとゴートの視線はリツコのそれと似た様なもので、シンジはあまりいい気がしない。
そんな考えを顔には出さないように、シンジは営業スマイルで注文を尋ねる。
「ご注文は何にしますか?」
「私は醤油ラーメンをお願いします」
「私も同じものを……」
「サイゾウさん、醤油ラーメン二つお願いします!」
「あいよ!」
シンジからの注文を聞いて返事を返したサイゾウは、ラーメンを作り始めた。
サイゾウがラーメンを作っている間、ゴートとプロスペクターの二人は、ずっとシンジを見ていた。
「いや〜、本当に美味しいラーメンでした」
ラーメンを食べ終えたプロスペクターが、満面の笑顔でサイゾウに言う。
ゴートも無表情のままで何も言わないが、プロスペクターと同様に満足しているようだった。
自分の作った料理が褒められて嬉しくないわけが無く、サイゾウの顔は僅かに緩んでいる。
「お客さんにそう言ってもらえるのが、料理人として一番嬉しいねぇ」
「実は私、こういう者なんですが……」
プロスペクターが懐から名刺を取り出してサイゾウに渡す。
シンジとアキトが、サイゾウの後ろから覗き込むようにして名刺を見る。
名刺には『ネルガル重工 会計士 プロスペクター』と書かれている。
「プロスペクターって本名なんですか?」
シンジが不思議に思って尋ねる。サイゾウとアキトも同じ事を考えていたらしく、揃ってプロスペクターの方を見る。
そんな三人に、そう聞かれる事はいつもの事なのか、プロスペクターは笑顔のまま答える。
「いえいえ、それはペンネームの様なものでして、縮めてプロスとでもお呼び下さい」
(ネルガルって……あの大企業のネルガル?)
ネルガル重工といえば、この世界の世情にあまり詳しくないシンジでも知っている程の大企業である。
そのネルガルの人間が、一体何のようでこの食堂に来たのかシンジには想像も付かない。
「それで……そのネルガルの人が一体家に何のようで?」
サイゾウもシンジと同じように不思議に思ったらしく、怪訝な表情をしてプロスに尋ねる。
「実はこの度、我が社が戦艦を飛ばす事になりまして、今そのクルーを集めているんです。
既にコックとウェイトレスを雇っているのですが、クルーの数を考えるといささかコックの数が厳しいんですよ。
もちろんそれなりのお給料は出します。……これくらいでどうでしょう?」
「いや、ちょっと……」
「おや、ちょっと少なかったですか? ……では、これくらいではどうでしょうか?」
プロスが電卓を取り出してサイゾウに見せる。電卓にはかなりの額が示されている。
だが、サイゾウは首を横に振ってスカウトの話を拒否する。
「いや、給料がどうのこうのって訳じゃないんだ。この店の料理を楽しみにしてくれる人がいる。
常連のお客もいるし……、どれだけ金を積まれても俺はこの店を畳むつもりはない。
その代わりと言っちゃぁなんだが、この二人はどうだ? 二人とも一人前とは言えないが、それでも十分良いものを作れるぞ?」
そう言ってサイゾウは後ろに立っていた二人を指さす。
突然話を振られて二人は驚いていた。二人とも自分に話が回ってくるとは思ってもいなかったからだ。
サイゾウの言う通り、アキトもシンジも十分に良いものを作る事が出来る
アキトは元々コック志望で、サイゾウの店に来る前から料理を学んでいたのでなかなかの腕前である。
シンジも前の世界で、同居人の食事を毎日作らされ、修行の時もレイの分まで作らされていたので、十分美味しいものを作れる。
アキトはもちろんの事、シンジもこの世界に来てサイゾウの世話になり始めてから、本格的に料理を学んでおり、益々料理の腕は上がっていた。
プロスは顎に手を当てて「ふむ」と頷くと、二人に尋ねた。
「そういう事だそうですが、お二人はどうしますか?」
「サイゾウさんがそう言うなら……でも、一人だったら行きません。アキトさんも一緒だったら僕は行きます。
僕にとってアキトさんは恩人ですから……」
シンジはプロスにそう答えて、アキトの方へと顔を向ける。
それに対してアキトは、少し困ったように答える。
「戦争する所で働くのは……ちょっと」
「いえ、確かに戦艦を飛ばすとは言いましたが、戦争をしに行くというわけではないんですよ。
今回のプロジェクトは火星の人々を助けに行く事なんです」
「か、火星ですか!?」
「え、ええ……」
火星へ行く事をプロスに聞き、思わずアキトは声を大にしてプロスに聞き返す。
アキトが突然大きな声を上げたので、プロスはどもりながら答えた。
(火星に行ける……火星のみんなを助けられるのか!?)
アキトは気づかないうちに手を強く握り締めていた。
プロスの話を聞いて、アキトは火星での事を──地球に来た時の事を思い出していた。
アキトは地球に来た時の事をあまりよく覚えていなかった
地下シェルターに突然侵入してきた一体の虫型機動兵器──『バッタ』
アキトはフォークリフトで攻撃を仕掛け、時間を稼ごうとしたがそれは無駄に終わった。
開いたシェルターの入り口から、さらに十数体以上のバッタが侵入して来たのだ。
攻撃を仕掛けたバッタも完全に破壊する事ができず、その機械仕掛けの赤い瞳にアキトは捕捉され──アキトは死を覚悟した。
だが、次に意識を取り戻した時、アキトは地球にいた。どうやって地球に来たのかは判らなかったが生き延びたのである。
そして、その時の事がトラウマとなり、戦闘が起きるとアキトはその時の事を思い出し、怯えるようになったのだ。
「プロスさん……俺、乗ります。乗らせてください!」
「では、ちょっとよろしいですか? 一応身元の確認をしなければならないので……」
プロスはそう言って、懐からペンの様な物が繋がったメモ帳を取り出した。
まず、アキトの方に近づいて、そのペンの先をアキトの右腕に当てた。
ペン先が触れるとアキトの腕に痛みが走り、アキトは僅かに顔を顰めた。
「あなたのお名前なんて〜の♪」
プロスが妙な歌を歌いながらメモ帳を見る。
数秒程時間が経つと、メモ帳の画面にアキトのプロフィールが表示される。
表示されたデータをプロスが声に出して読み上げる。
「テンカワ・アキト。火星の……『ユートピア・コロニー』出身!? 全滅したはずのコロニーからどうやって地球に……!?」
プロスが驚くのも無理はなく、ユートピア・コロニーは『第一次火星会戦』の時にチューリップが落ちた場所なのである。
その被害は計り知れず、落下地点にあったユートピア・コロニーの住人は全滅したと言われていた。
「その……よく判らないんです。気が付いたら火星から地球にいて……」
アキトが顔を俯かせ、表情が辛そうなものへと変わっていく。
それを見たプロスは、これ以上聞くべきでないと判断し、もう一人いるシンジの方を調べる事にした。
「あなたのお名前なんて〜の♪」
(それって歌わないと出来ないんですか……? イタッ!?)
シンジもアキトと同じように右腕にペン先を当てられた。
アキトと同じように痛みが走り顔を顰める。
データが表示されるのを待っていたプロスだが、メモ帳の画面に映ったのは『NOT FOUND』の文字だけだった。
アキトの時とは違う意味でプロスは驚いた。今の時代、遺伝子バンクにデータ登録されていない人間はほとんどいない。
「おかしいですね……。遺伝子バンクにデータが登録されていないなんて……」
プロスは顎に手を当てて考える。隣ではゴートも怪訝な顔をしている。
(やはり、非公式に造られたマシンチャイルドという事なのでしょうか?
それならば、一体どこが造ったのでしょう……。もしや、社長派の研究者が……それとも『クリムゾン』でしょうか?)
マシンチャイルドは遺伝子操作によって造られる子供達の事で、現在では禁止されている研究である。
成功例も少なく、その能力の高さから欲しがる者が多い。
だが、禁止されているとはいえ、非公式に研究を続けている者が全くいないわけではない。
そう言う場合、遺伝子データが登録されていないのが普通である。
「あの、あなたお名前は?」
「碇シンジです」
(遺伝子登録のされていない、しかもIFSを付けていないマシンチャイルド……。これが吉と出るか凶と出るか……)
プロスは少しの間考えたが、結局契約を結ぶ事にした。
「では、テンカワさんにシンジさん。これが契約書ですのでサインをお願いします」
渡された契約書には、細かい文字がビッシリと書かれていた。シンジは渡された契約書を一通り読むと、プロスに声をかける。
「あの、これとか消してもらっても構いませんか?」
シンジがいくつかの契約事項を指さしながらプロスに尋ねた。
プロスはシンジの指さした所が変更しても特に問題ない事を確かめると、そこにペンで斜線を引いていく。
「まぁ、これらは消してしまっても問題ないですからな。それにしてもシンジさん、若いのにしっかりしてますなぁ。
私は他の方もスカウトしたんですが、契約書をしっかり読んでサインした方はほとんどいませんでしたよ」
プロスが感心した声を上げ、それを見たアキトもシンジと同じ所を消してもらって契約は終了した。
プロスはメモ用紙を取り出すと、そこに簡単な地図と住所を書いて二人に渡した。
「では、お二人は二日後にその紙に書かれている場所に来てください」
プロスはそう言うと、ゴートと一緒に店を出て行った。
★
「ミスター」
ゴートは自分の前を歩くプロスに声をかけた。
相変わらずその顔は無表情で、表情を見ただけでは何を考えているのか判らない。
自分の名前を呼ばれて、プロスは歩みを止めて後ろを振り返った。
「なんですかな? ゴートさん」
「さっきの件について何だが……」
「さっきの件? ……ああ! お二人との契約の事ですか?
いやぁ、驚きましたなぁ。まさか、シンジさんが男性だったとは……てっきり女性かと思ってましたよ」
プロスが思い出したように声を上げゴートに返事をする。
ゴートはプロスがからかっている事が判っているが、それでも顔は無表情のままだ。
顔に笑みを浮かべているプロスに、ゴートは平坦な声で口を開く。
「私が聞きたいのはそんな事ではない。私が尋ねているのは、何故あの二人に企業秘密である目的地を教えたのかだ。
我々の目的地は、艦が出航してから教える事になっていたはずだが?」
「彼らがスカウトした最後のクルーになるわけですし、彼らに言ったとしても情報が漏れる事はほとんどないでしょう。
それに、戦艦といえば戦争という印象が強いですからな。救助を目的としている事を伝えれば、印象も少しは良くなりますし……」
「だが、テンカワはともかく、あの碇と言う者は怪しすぎる」
ここにきてゴートの表情が僅かに変わる。今回のプロジェクトに、シンジを参加させる事をゴートは賛成しかねるらしい。
プロスは薬指でメガネを押し上げると、さっきまでの笑みを消して真剣味を帯びた声で話す。
「まだ断定はしかねますが、仮に……碇シンジがマシンチャイルドであるとすると、その能力の高さはゴートさんも承知してますね?
本来マシンチャイルドは、IFSの作業に特化した能力を持つものですが、彼にはIFSが無かった……。
ですが、マシンチャイルド特有の瞳を彼は持っています。確かに怪しいかもしれませんが、艦の中でなら監視もしやすいでしょう。
それに、今回のプロジェクトの人材の条件……覚えてるでしょう?」
『人格や経歴に多少問題があっても、能力が一流の人材を!』が今回の人材の条件である。
それを思い出したゴートは、何も答える事が出来ず、また無表情に戻る。
シンジがマシンチャイルドだったならば、能力に関しては一流である可能性が高い。条件は満たしているとゴートは考えた。
「吉と出るか凶と出るか……二日後が楽しみですなぁ」
誰にも聞こえない声でプロスは呟くと、また歩き出した。
★
「サイゾウさん、今まで本当にお世話になりました」
「なぁに良いって事よ! それと、火星の人達助けて来たら、また戻ってきても構わないからな!」
「はい! その時は、またお世話になります!」
プロスと契約を結んでから二日が経ち、シンジとアキトの二人は、荷物を纏めて店の前で別れの挨拶をしていた。
二人ともサイゾウの店で住み込んでいたので、その荷物の量も割りと多く、二人とも自分の自転車に荷物を載せていた。
挨拶を済ませると、二人はプロスに渡されていた地図の場所──『サセボドック』へと向かった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「…………………………」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「…………………………」
商店街からサセボドックへの道のりは一本道で、微妙な上り坂になっている。
今、シンジとアキトはその上り坂を自転車でこぎながらのぼっている。
アキトの息が上がってきているのに対して、シンジの息はほとんど上がっていない。
すごい上り坂というわけではないが、距離が長く、二人とも大荷物なので、シンジはともかくアキトは疲れてきていた。
サセボドックまでの道のりが残り半分という時に、二人のすぐ横を一台の車が通り過ぎていった。
車のトランクの中には、荷物がパンパンに詰められている。そして、アキト達を抜いた所でそれは起こった。
トランクに入れられていた荷物の一つが落ち、凄い勢いでアキト達に向かって転がって来たのだ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!?」
「…………?」
アキトが慌てて自転車のハンドルを横に切ってカバンを避ける。
アキトの後ろをボーっとしながらついて来ていたシンジは、荷物が迫ってきた事に気づかない。
突然アキトがハンドルを横に切ったと思ったら、既にカバンはシンジの目の前に迫っていた。
「そ、そんなバカな! なんでカバンが!?」
こんなハプニングは、この世界に来た時のタライ以来だったため、咄嗟にフィールドを張る事も纏う事も出来ず、カバンがシンジに直撃した。
「ぐはっ!?」
カバンの中身が辺りに散乱し、カバンの直撃を受けたシンジは意識を失った。
アキトが意識を失ったシンジに駆け寄ると、さっきの車から藍色の髪を腰の辺りにまで伸ばした女性が降りてきた。
「すいません! あの……大丈夫ですか?」
心配そうな声で謝りながら近づいてくる。アキトはシンジの傷が特に問題ない事を確認すると、女性と一緒に散乱した荷物を片付け始める。
アキトが荷物の纏め方を注意しながらテキパキと片付けていく。しかし、女性物の下着を掴んでしまいアキトの顔が真っ赤に染まった。
自分を見る視線を感じて、顔を正面に向けるとさっきの女性がアキトの事を見ていた。
すぐに謝ろうとしたアキトだったが、それよりも先に女性が声をかけてきた。
「あの、ぶしつけな質問で申し訳ありませんが、どこかでお会いした事ありませんか?」
「そんな事ないと思うけど……」
「そうですか……」
「ユリカー、急がないと遅刻するよ!」
連れの男性に呼ばれて、ユリカと呼ばれた女性が車の方へと戻っていく。
「ご協力感謝します。では!」
女性は一度アキトの方に振り返り、敬礼をしながらお礼を言って車に乗り込んだ。
女性が乗り込むと、連れの男性も車に乗り込んで車は走り去っていった。
アキトは呆然とした様子で車を見送ると、自分の足元に何かが落ちているのに気づく。落ちていたのはフォトスタンドであった。
「また落としていきやがった……」
アキトはそう言いながらスタンドを拾い上げ、何気なく写真を見て固まってしまった。
「いたたたた……。こっちに来てからこんなんばっかな気が……。あれ? その写真に写ってるのってアキトさんですか?」
復活したシンジが、頭を押えながらアキトの持っている写真を覗きこむ。
そこに写っていたのは、間違いなく小さい頃のアキトとさっきの女性であった。
「お、思い出した! あいつは、ユリカ……『ミスマル・ユリカ』だ!」
アキトはそう叫ぶと、自転車に跨って勢い良く走り出す。シンジも慌てて倒れていた自転車を起こしてアキトを追いかける。
「ちょ、ちょっとアキトさん! 一体どうしたんですか!?」
シンジが声をかけるが、アキトは「ユリカ……ユリカ……」と呟きながら必死になって自転車をこいでいる。
何度声をかけても無駄だったので、シンジは大人しくアキトの後をついて行く。
さっきよりも速いスピードで、サセボドックへと二人は向かった。
★
「おや、テンカワさんにシンジさん。約束の時間よりも少し早かったですな?」
アキトが猛スピードで自転車を走らせたために、約束していた時間よりも早くサセボドックに到着した。
予定よりも早い時間であったが、ドックの入り口ではプロスが既に待っていた。
長い上り坂を猛スピードで走ったために、アキトの息は完全に上がってしまい、アキトは両膝に手を付いて肩を激しく上下させている。
プロスは、アキトの呼吸が落ち着くのを待つと、二人を連れて艦へと向かう。
「実はアキトさんが、『ユリカ、ユリカ』って名前を叫びながら猛スピードで自転車を走らせたんですよ」
ユリカと聞いて二人の前を歩いていたプロスが、顔を二人のいる方へ向けて尋ねる。
「テンカワさんは、ユリカさんとお知り合いで?」
「小さい頃に火星のコロニーで。あいつと、あいつの両親は俺の両親が何で死んだのか知っているはずなんだ……」
「そうでしたか……。ユリカさんとは、後で顔合わせする予定ですので……あ、着きましたよ」
プロスが立ち止まってアキト達の方へと身体の向きを変える。
プロスの後ろには、白い戦艦が鎮座している。連合軍の持つ戦艦とは随分と形が違う。
「今回のプロジェクトのために建造された機動戦艦──『ナデシコ』です! この艦は……」
プロスが興奮気味な声を上げ、ナデシコの性能について説明を始めた。
艦の説明を聞いていた二人だが、理解出来た事はほとんどない。唯一理解出来たのは、強力な主砲とバリアが搭載されている事ぐらいだった。
「説明はこれくらいにして、艦の中の案内を……と言いたいところですが、実はこの後用事がありまして……。
すみませんが、お二人だけで艦の見学をして下さい。あ……これをどうぞ『コミュニケ』です。
これがあれば、制限はありますがある程度の情報の閲覧は可能ですし、迷っても通信機能もありますので」
そう言ってプロスが二人に腕時計の様な物を渡す。
シンジが少しいじってみると、コミュニケに艦の地図が表示された。
プロスはコミュニケの使い方の説明と、シンジ達の部屋を教えると何処かへ行ってしまった。
プロスがいなくなり、シンジは改めてナデシコを見上げる。
艦の両脇にはブレードの様な物がある。プロスの説明によると、バリアを発生させるためにこういう形が取られているそうだ。
「……変な形」
それがナデシコを見たシンジの素直な感想だった。
つづく
あとがき
こんにちわ。アンタレスです。
やっと二話目を書き終える事が出来ました。出来たのですが、原作の一話分も終わっていません。
しかも、原作にシンジが出てきただけでほとんど内容に変化が無いです。
次の話で原作の一話分が完結する予定ですので、なるべく早く更新できるようにがんばります。
代理人の感想
素で木刀なんか持ち歩いていれば、それは絡まれて当然だと思いますがいかに(爆)。
つーか、シンジを絶世の美少年にしてどうするんですか。
ホモネタをやるためだけにそうしたとも思えませんが。