巨人バッタとの戦いが終わり、シンジとアキトはナデシコに帰艦した。
二人のエステは大きな損傷こそ無かったが、敵のバルカンを掠めたりなどして小さな損傷がいくつも出来ていた。

「そのまま、そのまま……ストープ! おーし、倒れないようにしっかりと固定しとけ!」

シンジが身体に走る痛みを堪えながらエステをハンガーに移動させると、ウリバタケの指示に従って整備班がエステを固定していった。
エステがしっかりと固定されたのを確認すると、シンジはエステとのシンクロをカットした。

「はぁ……はぁ……つ、疲れたぁ……」

シンクロをカットすると身体の痛みは消えたが、その代わりにひどい疲労感がシンジを襲った。
額には汗が浮かび、ゼイゼイと息をついていて呼吸も荒い。
その疲労感は、使徒の力を使ったために起こった精神的負荷による疲れであった。

使徒の力はそれぞれ能力こそ違うが、どの能力も心──精神的な力によってその力を使用する。
ATフィールドとその応用は、元々リリンも使う事が出来るため特に問題ない。
だが、バルディエルなどの他の使徒の力はリリンの力ではなく、レイに授けられた物であるため疲労の度合いが違う。
力を使っている間は問題ない。力を使っている間は、シンジの持つS2機関の活動が活発化するためである。
しかし、力を止めるとS2機関の活動は安定し落ち着いたものになるため、精神的な疲れが生じるのだ。
特に、神経接続によって肉体的にも負荷がかかるバルディエルと、別の空間を展開するレリエルの力は精神的負荷が酷いのだ。

何度か深呼吸を繰り返し、呼吸を落ち着かせてからシンジはコックピットを開いた。
コックピットを開いて下の方を見てみるとプロス、ゴート、アキトの三人が下にいた。どうやら、シンジを待っているらしい。
プロスとゴート──特にゴートの顔を見て、シンジは下に降りる事をためらってしまった。
いつもと変わらない無表情であるが、シンジにはその表情が怒っているように見えたからである。

(コックがロボットに乗るのって……やっぱり、まずいよなぁ。罰として独房入りとか……)

シンジは前の世界での事──ネルフにいた頃の事を思い出す。
ネルフで使徒と戦っていた頃、シンジは戦闘中に命令違反をしたために独房に入れられた事がある。
今回のは命令違反というわけではないが、コックがロボットに乗るなど越権行為も甚だしい。何らかの罰があって当然である。
そういう事はかつてネルフにいたのでシンジも理解している。理解しているが……

(独房入りなんて絶対に嫌だー!)

頭を抱えながらシンジは心の中で叫ぶ。そんな様子を下にいる三人は不思議そうに見ている。
それから数分、頭を抱えながら色々と言い訳を考えていたシンジだが、どう考えても処罰は免れそうも無いので仕方なく下に降りた。

「どこか調子が悪いんですか? 上で頭を抱えていらっしゃいましたが……」

降りてきたシンジに三人が近づき、さっきの様子を見ていたプロスがシンジに声をかける。
見ると、ゴートは無表情でわからないが、アキトは心配そうにシンジを見ている。

「あ、さっきのは少し疲れただけです……。それよりも、僕達はどうなるんですか? やっぱり、独房入り……とか」

シンジがプロスに尋ねる。最後の方はほとんど聞こえないくらいの声である。
声が小さいため、アキトには聞こえていないようだったが、プロスにはしっかりと聞こえていたようだ。

「いえいえ、独房入りなんて事はありませんよ。確かにナデシコは戦艦ですが、我々は軍人ではありませんので」

「そ、そうですか……」

プロスのその言葉にシンジはホッと安堵の息を吐いた。プロスの後ろでは、「独房入り」という言葉にアキトが僅かに表情を硬くしていた。

「ですが……」

「や、やっぱり何かあるんですか!?」

プロスがメガネを押し上げて言うと、その言葉にアキトが反応した。

「ええ。ヤマダさん……正規のパイロットの方なんですが、そのヤマダさんが怪我をしてしまいまして、今パイロットがいないんですよ」

「えっと、それって……」

「お二人にはコックとパイロットを兼任してもらいたいのですが……どうでしょうか?」

「どうでしょうか?」と尋ねてはいるが、既にその手には契約書を持っている。
プロスの話を聞き、先に疑問の声をあげたのはアキトだ。

「パイロットを兼任って……俺、素人ですよ!?」

「ですが、テンカワさん。素人にしては随分と上手く動けていましたよ? ナイフを投げるという判断もなかなかおもしろいですし」

「パイロットの方がコックよりも給料は上だ……」

アキトの動きをプロスが褒め、ゴートが平坦な声で給料という現実的な話を持ち出す。
確かにコックよりも、命懸けであるパイロットの方が給料が高いのは当然だ。

「シンジさんはどうですか?」

「ぼ、僕ですか? 僕はその、最初からコックとして乗艦したわけですし……」

今回はアキトが危険な目にあっていたからシンジは出撃したのだ。
元々戦争などする気がなかったシンジはプロスの話を断ろうとしたのだが、断ろうとしたその時、整備班の声が格納庫に響いた。

「あ、危ない!!」



整備班の声にシンジ達四人は一斉に顔を上に向けた。見ると、上からスパナが落ちてきていた。
アキトは慌ててその場を離れ、プロスとゴートはアキトの様に慌てる事はなく、落ち着いてその場から少し離れた。
シンジは落ち着いてその場から一歩後ろに下がった。レイと修行をしていたシンジが落ちてくるスパナを避けられないはずはなかった。

「なっ!?」

シンジが驚いて声を上げた。絶対に避けられると思ったスパナが、落下途中でシンジの方へと軌道を修正したのだ。
突然の事にシンジは反応する事が出来ず、シンジはその場で立ち止まってしまった。

「あ……あや…なみの……仕業……か……」

スパナは見事にシンジの頭部に直撃し、シンジは頭から血を流しながら意識を失った。

「シ、シンジ君、大丈夫か!?」

アキトがシンジに駆け寄って声をかけると、シンジはうめき声を上げていた。
どうやら咄嗟にATフィールドを纏ったらしく、死ぬ事はなかったようだ。

「碇さん大丈夫ですか!? 急いで医務室に運ばなければ!」

プロスは周りに居る整備班に声をかけ、担架を持ってくるように指示をだす。
不思議そうな表情をしたゴートは、シンジの頭部を直撃したスパナを手に持って眺めていた。

「むぅ、碇を狙ったように動いたのは気のせいか……?」

不思議そうに呟くゴートの声を聞いている者は、慌しくなった格納庫には一人もいなかった。















赤い世界から送られし者


第三話『神様との再会』

「もしかして、逢うたびに何かぶつけるつもりじゃないよね……綾波?」












「アキト〜」

自分の名前を呼ばれてアキトが後ろを振り返ると、そこには嬉しそうな顔をしたユリカがいた。
アキトが立ち止まると、ユリカはアキトの所へと駆け寄り、そのままの勢いでアキトに抱きつこうとしたが、アキトはそれを避けた。

「むぅ〜、どうして避けるの?」

「どうしてって言われても……」

頬を膨らませて怒っている姿は、とてもアキトよりも2つ年上には見えない。
アキトはそんなユリカの様子を見て、指で頬を掻きながら困ったような顔をしている。

(こいつが艦長だなんて、ホントに大丈夫なのか……?)

アキトが知っているのは子供の頃のユリカだけである。
ユリカが作戦を立てていた所を見ていないアキトは、本当にユリカが艦長で大丈夫なのかと疑ってしまう。
アキトがそんな事を考えている一方で、ユリカは機嫌が直ったのか、また嬉しそうな表情でアキトに声をかける。

「ねぇ、アキト! 久しぶりに会ったんだしお話ししよ!」

「あのなぁ、俺これから仕事なんだけど……」

アキトは今、ナデシコの黄色い制服の上にエプロンを着けている。
あの後、結局アキトはパイロットを引き受ける事になったが、本業はコックである。
戦闘待機などでない時は、コックとして働かなければならないのだ。

「でも、そっちは食堂じゃないでしょ?」

「食堂に行く前に、医務室に寄ろうと思って……」

「ええ!? アキト体の具合が悪いの!? やっぱり、囮役なんてやったから疲れたんだね……。ゴメンねアキト、私を助けるために……。
 でも、大丈夫! 私がしっかりと看病してあげるから!」

ユリカは大きな声でそう言うと、アキトの腕を掴んで医務室へと向かう。
アキトはユリカに何事か言っているが、アキトを看病している様子でも想像しているのか、ユリカには聞こえていない。

「人の話を聞けー!」

このままでは本当に看病されそうな勢いであったため、アキトは叫ぶ。
その声が聞こえたのか、ユリカはアキトの腕を掴んだまま顔だけをアキトの方へと向ける。

「あのなぁ、医務室に行くのは俺の具合が悪いからじゃなくて、シンジ君の様子を見に行くためなんだよ!」

「シンジ君って、私が荷物をぶつけちゃった人だよね? でも、どうして……?」

確かにカバンをぶつけてしまったが、シンジはエステで戦闘までやっていたからそれが原因ではないだろう。
エステにも大きな損傷が無かった事は報告されていた。ユリカには、何故シンジが医務室にいるのかわからなかった。
顎に指を当てて考えるユリカを見たアキトは、格納庫での出来事をユリカに話した。

「あ、頭にスパナ……!? 荷物の事もそうだけど、シンジ君ってついてないね……」

「確かに……。よく不良に絡まれてたし、初めて会った時は顔をぶつけて気を失ってたんだよな……」

アキトは初めてシンジを見つけた時の事を思い出しながら言う。
シンジが倒れていたのは近くの河原で、アキトは買出しの帰り道にシンジが倒れているのを見つけたのだ。
側にタライが落ちているのをアキトは不思議に思ったが、そのまま置いていく事も出来ず、シンジを雪谷食堂に連れ帰ったのだ。

「むぅ〜」

自分の事を忘れて考え事をしているアキトを見て、ユリカはまた頬を膨らませて不機嫌そうな声を上げる。

「シンジ君の話はいいから、アキトの事も話してよ。……そうだ! アキトのお父さんとお母さんは元気? 今はどうしてるの?」

「え、何?」

シンジとの事を思い返していたアキトは、ユリカが何を話しているのか聞こえていなかった。
アキトが聞き返すと、ユリカはさらに不機嫌そうな顔になってもう一度言う。

「もう、ユリカのお話し聞いてなかったの? アキトのお父さんとお母さんは元気なのかって聞いたの!」

「ユリカ、お前何も知らないのか……?」

ユリカの言葉にアキトが驚いて聞き返すが、ユリカはアキトの言っている事の意味がわからないらしく、きょとんとした顔をしている。
アキトは両親の事を思い出して一度顔を俯かせたが、顔を上げてユリカの目を見ながら口を開く。

「俺の親父とオフクロは、お前の一家が火星を離れた後すぐに、空港でテロに巻き込まれて……死んだんだ」









アキトとユリカが話をしている頃、シンジは夢を見ていた。
夕暮れの中を走る電車の中──その夢は、もう一人の自分と会うことが出来る唯一の場所だ。
シンジが最後にこの夢を見たのは、レイとの修行が始まる前である。シンジがこの夢を見るのは実に三年ぶりであった。

「久しぶりだね、三年ぶりかな?」

もう一人のシンジは、いつもと同じようにシンジの正面の座席に座っている。
その表情は柔らかく、少し古いボーダーの洋服に半ズボンを履いている。その服は、シンジがゲンドウに捨てられた時に着ていたものだ。

(あれ?)

シンジはもう一人の自分の姿がはっきりと見えている事に気づいた。今までは、もう一人の自分の顔や姿は影になっていてよく見えなかったのだ。
唯一顔が見えたのは、もう一人の自分が電車を降りた時の一瞬だけで、着ている服まではっきりと見える事は今までには無かった。

「僕の姿がはっきり見えるようになったのがそんなに不思議?」

「う、うん……。今までは影がかかっていてほとんど見えなかったのに……どうして?」

「君の心が少しだけマシになったって事だよ。僕は君の中にいるもう一人の碇シンジ──つまり、君の心の状態によって見え方が変わるんだ。
 前の君は「自分が要らない人間だ」とばかり考えていたから心に影がかかっていた。だから、僕の姿も影で見えづらかったんだよ」

「そ、そうなんだ。あと、もう一つ聞きたい事があるんだけど……」

「何故僕が君の前に現れたのか、でしょ?」

もう一人の自分が言っていた事は、シンジが今聞こうとしていた事だった。
今までもう一人の自分が現れた時には必ず何かがあった。今回も何か理由があるに違いなかった。

「今回の僕はただの案内人さ。君をある人の所に案内するために出てきたんだ」

「ある人、ね……」

もう一人の自分は誰に会わせるのかはっきりと言わなかったが、シンジは誰に会うのか何となくわかった。
格納庫での出来事と夢に干渉できる事を考えれば、誰の事を指しているのか簡単にわかる事だ。

「そろそろかな……」

もう一人の自分が呟くのと同時に景色が一変した。
さっきまでは電車の座席に座っていたが、今は暗くて広い部屋の中で立っており、いつの間にかにもう一人の自分もいなくなっていた。

「動きづらい……何で僕は手錠をかけられてるんだ?」

シンジの腕には何故か手錠が三重にしてかけられている。腕が使えないためかなり動きづらい。

「この絵は確か『セフィロトの樹』だ。それじゃあ、この部屋は……司令室かな?」

部屋の床一面に巨大な絵が描かれている事にシンジは気づいた。シンジはこの部屋に来た事は少ないがはっきりと覚えている。
この絵が描かれている部屋は、シンジの知る中ではネルフの司令室しかない。

「その通りよ」

シンジの目の前に突然レイが現れた。レイと一緒に机と椅子も現れ、レイはそこに座っている。

「あ、綾波……どうしてまたそんな格好をしてるの……?」

レイは机に肘をつき、手を組んで口元を隠している。それはゲンドウがよくとるポーズだ。
そのポーズに加えてレイはサングラスをかけ、手には白い手袋、さらに着ている服はゲンドウが着ていたのと全く同じである。
前回──火星での時はサングラスとポーズだけであったが、今回は完璧にゲンドウに扮装している。

「わからないかしら? あなたと髭が会った時の事を再現したつもりなんだけど……」

レイにそう言われて、シンジはレイが言っている場面の事を思い出した。
手錠を三重にかけられてゲンドウに会った事は一度しかない。
それは『ダミープラグ』を使って第十三使徒──バルディエルとの戦闘が終わった後の事である。
バルディエルとの戦闘でフォースチルドレン──友人であった『鈴原トウジ』の片足を奪ってしまった。
その事でシンジは怒り、初号機でネルフ本部を破壊しようとしたためにゲンドウに呼び出されたのだ。
はっきり言って、シンジにとっては思い出したくもない事である。

(その性格は相変わらずなんだな、綾波……)

決して「嫌な性格」や「歪んだ性格」などとは思わない。夢の中とはいえ、レイに心の中を覗かれていないとは言えないからだ。
もしそんな事を考えているのがばれたら、最悪の場合、加粒子砲が飛んでくる可能性がある。

「それより、どうして夢の中になんて出てきたの? 今までは、何かを落とすぐらいしかしなかったのにさ……」

こめかみの辺りに青筋を浮かべ、不機嫌をあらわにした声でシンジは尋ねる。
夢の中とはいえ、レイがこの世界に姿を見せたのは今回が初めてのことだ。
「この世界にあまり干渉出来ない」と渡された手紙に書いてあったので、会う事までは出来ないとシンジは思っていた。

「私はあなたと違って半年以上も遊んでいたわけではないわ。半年以上の間、私は遺跡を調べ、あなたと話しをする手段を考えていたのよ」

「別に遊んでいたわけじゃないんだけど……」

「じゃあ聞くけど、タブリスとバルディエル以外の力を使いこなせるようになったの?」

レイのその問いに、シンジは何も答える事が出来なかった。
シンジは一応レイに渡された使徒の力を使う事が出来るが、使いこなせるようになったのはレイの言っていた二つだけだ。
シンクロというエヴァの操縦に似たバルディエルと、親友になれたかもしれない渚カヲルの力は以外と早く使いこなせるようになった。
だが、それ以外の力はそうでもなかったのだ。

まず、シャムシエルの力だが、シンジは鞭を造り出して自在に操る事は出来るようになった。
しかし、造り出せる鞭は普通の鞭であり、第四使徒が使っていた光の鞭を造り出すことは出来ないでいた。

次にレリエルの力は、イメージがしっかりと出来ていればディラックの海を展開し、その場所に移動する事は出来る。
だが、レリエルの力は別の宇宙に繋げる事も可能であり、この力を使いこなせればいつまでもこの世界にいる必要はない。
今のシンジは、別の世界に空間を繋げられるほど力を使いこなせてはいなかった。

最後にゼルエルの力は、様々な物を強化する事ができるのである。
それこそエステの装甲を強化したり、ATフィールドの強度をさらに上げる事も可能だ。
しかし、シンジが強化出来るのは自分の身体能力だけであった。

「まぁ、今日はそんな事を言うために夢に出てきたわけじゃないわ。あなたに伝える事があるのよ……」

「伝える事って……何?」

「あなたをちゃんとした世界に送るための条件……」

「ほ、本当! それで、僕は一体どうすればいいの!?」

この世界に送られてきてから、シンジは何をすればいいのか教えられていなかった。
そのため、雪谷食堂で働く以外の事はほとんど何もしていなかったのだ。
しかし、今日からは違う。とうとうやるべき事を教えられるのだ。これでちゃんとした世界に送ってもらえる日が近くなったのだ。

「今日、チョビ髭メガネのおっさんからパイロットにならないかと誘われたわね?」

「う、うん……」

その話しを断ろうとしたところで、スパナの直撃を喰らって気絶したのだ。
レイは相変わらずゲンドウのポーズを保ったままでシンジに言った。

「その話を引き受けなさい」

「それが条件……?」

「そうよ。本当は全部の力を使いこなせるようになったら送ろうと思ったんだけど、イレギュラーが起こったのよ」

そう言うレイの眉間には縦皺が出来ていて、かなり不機嫌そうである。
自分の予定が狂わされた事に苛立っているのだろう。

「イレギュラーって、僕がこの世界に来た事自体がイレギュラーなんじゃ……」

「その事はどうでもいいの。問題は、あの戦いの時にコアもどきが出てきた事なのよ」

「コア……もどき?」

「そう。本物ほどの力はなかったけれど、かなりのエネルギーを内蔵していたわ」

コア──使徒の弱点といわれる物であるが、そのコアこそがS2機関と呼ばれる永久機関である。
リリンとして覚醒したシンジにも当然コアはあり、シンジにとってのコアは心臓の事だ。

(あのコアみたいなのを落としたのって、綾波じゃなかったのか……!?)

その話を聞いてシンジは驚いた。てっきり、あのコアを落としたのはレイだと思っていたからだ。
レイがコアで敵を強化して襲わせるような事をしても、シンジにとっては不思議な事ではない。

(いくらあの綾波でも、そこまでするわけないか。あんなのでも一応神様だし……はっ!?

気がついた時には、既にレイは椅子から立ちあがってシンジの目の前にまで来ていた。
そこまで接近してもシンジに気づかせないのは、流石神という所だろうか。

「痛だだっだだだだだ!? ゆ、夢なのに痛いぃぃぃ!」

レイは右手でシンジの頭を鷲掴みにしている。ゼルエルで握力を強化しているからか、シンジの頭からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
少しずつシンジの足が地面から離れていき、レイがニヤリと口の端を歪めて笑みを浮かべた。その笑みは、まるでゲンドウである。

「碇君、わかったわね? パイロットを引き受けなさい。私が出てこられるのは、今のところ夢の中だけだから。それと……」

レイがぼそぼそと小さな声でシンジに伝えるが、今のシンジに聞こえているかどうかは怪しい。
そうしている間に、シンジの頭を掴んでいる右手が赤く輝きだす。どうやら、サンダルフォンの力まで使っているようだ。

「ヒート・エンド……!」

某熱血格闘家が放つ必殺技の決め台詞と共に、シンジの意識は夢の世界から離れていった。










「痛だだだだ!?」

激しい痛みと熱さによってシンジは目を覚ました。シンジの頭には包帯が巻かれており、シンジはベッドに寝かされていた。
はじめ、自分がどこにいるのかわからなかったシンジだが、薬品の匂いなどがする事から医務室である事に気づいた。

「綾波のやつ、また何かのアニメにはまったな! いつも僕を技の実験台にするんだから……!」

文句を言いながらシンジは頭の包帯を解いていく、使徒であるシンジの再生能力は高い。
しかも、その再生のスピードは慣れのためか少しずつ上がってきている。すでにスパナによる傷は治っていた。

「はぁ、とりあえず食堂にでも行くかな……お腹も空いたし」

シンジは戦闘の後、スパナによって意識を失っていたため食事をとっていなかった。
傷を治すのにもエネルギーを使ったため、かなりの空腹を感じていた。

「動くな!」

シンジが医務室を出ようとしたその時、医務室のドアが突然開いた。
そして、開いたドアから銃を突きつけながら数人の人間が押し入ってきた。服装からすると、どうやら軍人のようである。

「え、ええ!?」

何が起こったのかわからないシンジは、両手をあげて降伏したのだった。










一体何が起こったのか? それはシンジが目を覚ます少し前の事だった。
医務室を訪れたアキトは、シンジの様子を見た後に食堂へ向かった。当然、仕事をするためである。
一緒にいたユリカは、メグミの呼び出しを受けてブリッジに行ってしまった。

「テンカワ・アキトです。今日から働く事になりました。よろしくお願いします!」

「私が料理長の『リュウ・ホウメイ』だ。よろしく頼むよ! それでこの子達が……」

「「「「「私達五人合わせて『ホウメイ・ガールズ』です! よろしくお願いしまーす!」」」」」

簡単な自己紹介を済ませると、食堂のモニターにブリッジの様子が映し出された。
モニターには艦長であるユリカも含め、プロスやゴート、パイロットであるガイなども集まっている。
どうやらコックを兼任しているアキトは呼ばれなかったようだ。

「今からナデシコの目的地を発表します! 我々が今まで目的地を明らかにしてこなかったのは、妨害者の目を欺く必要があったためなのです!」

コミュニケなども使って発表しているらしく、ナデシコの至る所でプロスの声が聞こえてくる。

「これより我々は、スキャパレリプロジェクトの一環として軍とは別行動をとります!」

「我々の目的地は火星だ!」

フクベが一歩前に出て目的地を宣言する。その目的地を聞いて、皆が少なからず驚いているようだ。
それを聞いて、ブリッジメンバーの中で一番驚いたのはジュンだった。

「では、現在地球が抱えている侵略は見過ごすというのですか!?」

声を荒げてジュンはプロスに詰め寄る。ジュンはナデシコが地球防衛のために使われると思っていたのだ。
軍出身のジュンが反対する事は予め予想していたのか、プロスは平静を保ったまま答える。

「多くの地球人が火星と月に移民していたというのに、連合軍はそれらを見捨て地球にのみ防衛線をひきました。
 火星に残された人々と資源はどうなったのでしょう?」

「どうせ死んでんでしょ……」

プロスの話しを聞いたルリは、頬杖をついてどうでもいいといった様子で答える。

「わかりません。ですが、確かめる価値は……」

ルリに答えようとしたプロスの言葉を遮って現れたのは、ムネタケと武装した兵士達であった。
ムネタケは顔に笑みを浮かべ、腕を組みながら前に出てくるとフクベに目を向けて口を開いた。

「提督、この艦はいただくわ!」

「血迷ったか、ムネタケ!」

ムネタケの暴挙に声を荒げるフクベであったが、何の抵抗もする事ができない。

「その人数で何ができる?」

いつもの無表情で言い放つゴートだったが、銃口を向けられていては動く事ができない。
ムネタケは懐から取り出した扇子で口元を隠しながら笑う。

「ほほほほほ……私がこの程度の人数でこんな事するとでも思ってるの? ほら、来たわよ……」

ムネタケが顎で前方を示すと、ナデシコの正面の海中から一隻の戦艦──『トビウメ』が現れた。
そして、現れた戦艦から通信が送られてきた。通信を開いて現れたのは、立派なカイゼル髭を生やした威厳のある男であった。

「こちらは連合宇宙軍 第三艦隊提督 ミスマルである!」

その男は『ミスマル・コウイチロウ』──名前からわかる通りユリカの父親である。
そして数分後、ナデシコの作動キーを持ったユリカ、プロス、ジュンがトビウメへと向かった。










シンジは昼食のピラフを食べながら食堂の中を見回していた。
そのピラフはホウメイ達との挨拶を済ませ、許可をもらってから厨房を借りて自分で作ったものだ。

「艦長とプロスさん、それにキノコ頭の人……はいなくて当然か。う〜ん、あと一人足りない気がするんだけど……」

作動キーを抜かれたためナデシコは動かなくなり、クルー達は食堂に軟禁状態にされていた。
今、食堂にいないのはトビウメに向かったユリカ、プロス、ジュン。そして、ナデシコを占拠したムネタケである。

「まぁ、どうでもいいか。それより、どうしてこんな状況の中であんなのを見てるんだろ……?」

ブリッジの様子を映していたモニターには、今はロボットアニメが流れている。
そのアニメは『ゲキガンガー3』というタイトルで、ガイが持っていたディスクの中身である。
シンジが食堂に連れてこられた時には、すでにアニメの上映が始まっていた。
それを楽しそうに見ているのはガイとアキトだけで、他の人達はつまらなそうにアニメを眺めている。

「シンジ君だっけ、隣いい?」

そう言って声をかけてきたのはミナトだ。その隣には、ジャンクフードを持ったルリがいる。

「どうぞ、えっと……」

「私はハルカ・ミナト、よろしくね。」

「ホシノ・ルリです」

簡単な自己紹介だけ済ませると二人は椅子に座り、ルリは持っていたジャンクフードを食べ始めた。
シンジは食事の手を止めて、ルリが食事をしている様子をじっと見ている。

「何ですか?」

「余計なお世話かもしれないけど、そういう食べ物ってあまりよくないよ?」

「栄養はちゃんと摂れてますから大丈夫です」

(綾波みたいだ……。もちろん、のじゃなくて、昔のだけど……)

ルリは昔のレイとどことなく似ていた。昔のレイも栄養剤やコンビニ弁当などで食事を済ませていた。

「ちょっと待ってて」

ルリの様子を見ていたシンジは立ち上がると、ルリにそう言って厨房へと入っていった。
数分も経たずにシンジは厨房から出てきた。その手には、シンジの作ったピラフがある。おかわりするために、シンジは多めに作っていたのだ。
主夫でありコックでもあるシンジには、そんな食事をとるルリを放っておく事ができなかった。

「ルリちゃん。食事ってさ、栄養補給のためだけとかそういうものじゃないと思うんだ。
 何て言ったらいいかよくわからないんだけど、やっぱりそういう食事はよくないよ。たまにはいいと思うけどさ……」

「はぁ……」

「だからさ、これ食べてくれるかな? 一応僕はコックだから、食べられないほど不味いって事はないと思うし……」

「もちろんタダだから」そう言ってシンジはルリにピラフを渡し、ルリが食べていたジャンクフードを取ってしまった。
突然の事に困惑していたルリだったが、いつまでもシンジが見ていたので仕方なく食べ始めた。

「そういえば、シンジ君はコックって言ってたけど、いつ頃から料理を始めたの?」

ルリが食事を始めてから沈黙が続いていたが、ミナトがシンジに尋ねる。

「十四歳の時ですよ、料理を始めたのは。同居していた人達が全く料理をしようとしませんでしたから」

同居していた人達とは、ミサトとアスカのことだ。はじめは当番制だったが、いつの間にかにシンジ一人が作るようになっていた。
というよりも、アスカは全く作ろうとしなかったし、ミサトが作るのはレトルトばかりで、レトルト以外の料理は危険極まりない味だった。
そのため、自然とシンジ一人が食事を作るようになってしまったのだ。他の家事も全てシンジが行なっていたが……。

「碇さん、ごちそうさまでした」

「どうだった? あまり、口に合わなかったかな……?」

「いえ、おいしかったです」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

シンジはルリから皿を受け取ると厨房へ入り、使い終わった食器を洗い始めた。

(おいしい……か。前の世界ではほとんど言われなかった言葉だよな……)

シンジはこの世界に来てから料理をする事が本当に楽しくなっていた。
雪谷食堂で料理を出した時も、今料理を出した時もそうだが、「おいしい」と言われるようになったからだ。

(ミサトさんは一応言ってくれてたけど、かなりの味音痴だったからな、ミサトさんは……。アスカと綾波は文句ばかり言ってたし……)

前の世界では、「おいしかった」と言われた事が少なかった。料理を作っても文句ばかり言われていれば、楽しくもなくなるだろう。
食器を洗うのが終わる。使った食器はシンジとルリのだけであったため直ぐに終わった。

(これからどうしよう。このままナデシコが軍に徴発されたら、民間人の僕は降ろされちゃうよな……)

シンジにとって一番困るのはそれだ。そうなってしまうと、レイにちゃんとした世界に送ってもらえなくなってしまう。

(いっそのこと、力を使って艦を取り戻しちゃおうかな……)

そんな事を考えながら厨房を出ると、アキトが中華鍋を持って扉に近づいていくのにシンジは気づいた。
シンジが声をかけようとしたところで、アキトは扉を開いて中華鍋で兵士を殴り倒した。
食堂の中が静まり、クルーのほとんどがアキトと気絶した兵士の間で何度も視線を往復させている。

「俺は火星に行って、火星にいるみんなを助けたい。俺に何が出来るかわからないけど、ここでなら、ナデシコでならきっと……。
 皆だって何か出来る事、やれる事を探しに来たんじゃないのか……な!?」

アキトが真話している途中で、ナデシコの船体が大きく揺れたため最後まで話す事が出来なかった。
実はこの時、海の底で活動を停止していたチューリップが動き出し、護衛艦である『クロッカス』と『パンジー』を飲み込んだのである。
外でそんな事が起きているなど知らないクルー達であったが、これは艦を取り戻すチャンスであった。
アキトの言葉に触発されたのか、クルー達が艦を取り戻すために動き始めた。

「チャーンス」

ニヤリと笑みを浮かべてシンジが呟く。

「どうしたんですか? 碇さん」

「あ、いや、なんでもないよルリちゃん。一度言ってみたかっただけだから……」

両手を振りながら言うシンジを見てルリは思う。やはり、ナデシコのクルーは変わっている人がたくさんいると……。










「今回碇さんは出撃しないんですか?」

ルリは後ろに立っているシンジに声をかける。今回シンジは出撃せず、ただ見守っているだけである。

「うん。後でするつもりだけど、まだパイロットとして契約をしてないからね。さすがに契約しないで二度も乗るのはまずいでしょ?
 それに、僕が乗るエステにはもう違う人が乗ってるし……」

二人の前で動いている青いエステを見ながらシンジは答える。
そう答えるシンジの表情はどこか不安そうである。

「前回はコック二人に活躍の場を取られたが、今度は俺が活躍する番だ!」

青いエステを動かしているのはガイだ。足を骨折しているにもかかわらず、ガイは出撃するつもりらしい。
エステはIFS対応なので考えただけで動くため、身体を動かす必要はほとんどない。しかし、それでも振動はある。 かなり痛いはずなのだが、まるで痛みを感じていないようにガイは動かしている。

「危ないですからみなさん離れて下さい!」

メグミの声が格納庫の中に響く。エステの周りやカタパルト周辺には、まだかなりの人が残っていた。
その声を聞いた兵士とナデシコのクルーは、争うのを止めて慌てて離れていく。

「艦が動かないので『マニュアル発進』でお願いします。位置について、よ〜い……どん」

ルリの抑揚のない合図でガイの乗るエステが走り始める。
普段は『重力波カタパルト』でエステは発進する。しかし、今は作動キーがないため重力波カタパルトを動かす事ができない。
そのために行なうマニュアル発進なのだが、マニュアル発進とはただエステを走らせるだけである。

《おい! 誰かあのバカ止めろ! あのバカ、まだ換装してないエステで行きやがった!》

ウリバタケがルリ達のいるところに通信を送ってきた。その声からかなり焦っている事がわかる。

「換装? それをしてないとどうなるんですか?」

そう尋ねたのはシンジだ。シンジはエステを動かす事はできるが、エステについて詳しくはない。
だから、何故ウリバタケがそんなに焦っているのかシンジにはわからない。

《今のあいつのフレームは『空戦フレーム』じゃなくて『陸戦フレーム』なんだ。だから、飛べないんだよ!

何故ウリバタケが焦っているのか、シンジはようやく理解する事ができた。
今ナデシコは海の上にいるのである。飛べなければそのまま海に落ちるしかない。
ガイを止めようと、シンジは慌てて通信を送ろうとしたがすでに遅かった。

「うぉぉぉぉぉー! ゲキガン・ウイング!」



気合の入った声でよくわからない事を言いながら、ガイの乗るエステがカタパルトから勢いよく飛び出す。
だが、ウリバタケの言っていたように陸戦フレームは空を飛べない。跳ぶ事は出来ても飛ぶ事は出来ないのだ。
バーニアが火を噴き、ある程度の高さまでエステは跳び上がると、大きな水の音をあげて海に落ちた。

「あんな人がパイロットで大丈夫なんですか……?」

心配そうな声で言うメグミ。

「バカ?」

と、呆れた声でルリ。

「は、ははは……」

二人の言葉を聞いても、ガイに対して何のフォローも言う事が出来ないシンジは、乾いた声で笑っているだけだった。










「追いますか?」

トビウメから離れ、小さくなっていくナデシコを見ながらコウイチロウの部下が尋ねる。

「いや、我々の艦では追いつけないだろう。それに、追いつけたとしても勝ち目はない。このまま帰投する」

それに対してコウイチロウは首を横に振って答えると、踵を返してブリッジを後にした。

ガイは陸戦フレームで出撃した後、そのまま陸戦フレームのままで囮を行なった。
バーニアを使って跳んだり落ちたりを繰り返してガイはチューリップを牽きつけ、その間にユリカ達はヘリでナデシコに戻った。
そして、作動キーの戻ったナデシコはチューリップの内部からグラビティ・ブラストを放ち、見事チューリップを倒したのである。

「ユリカ」

ユリカ達と一緒に来たジュンはトビウメに残っていた。
残っていた──と言うよりも、ユリカとプロスに置いていかれてしまったのである。
その呟きはユリカを心配してのものなのか? それとも自分を置いていった事に対するものなのか? もしかしたらその両方かもしれない。
ジュンはモニターに映るナデシコの姿をいつまでも眺めていた。








つづく
































あとがき



こんにちわ。アンタレスです。
代理人様に言われたにもかかわらず、話の内容的には原作とほとんど変わってないです。
そのため、今回はレイを出してみました。やはり、レイが出てくるとシンジはギャグか不幸キャラになってしまいます。
今回は更新がかなり遅くなりました。次はもう少し早く更新を──と思っているのですが遅くなると思います。……代理人様、感想よろしくお願いします。




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代理人の感想

ジャンクフードですけど、あれって栄養はちゃんと取れないんですよね。

錠剤もまたしかり。

短期的なものならともかく、長期間そればっかりだとやっぱり偏ります。

誰かそこらへん突っ込んでSS書いてくれないかな(笑)。