「うわぁっ!?」

目を覚ましたアキトは驚きの声を上げて身体を起こした。
身体を起こしたアキトは周りを見まわす。そこは多少散らかっているものの自分の部屋であった。
額に滲んだ汗を手の甲で拭い、気分を落ち着かせるために深く息を吐く。

「何であんな夢を? 十年以上も前のことなのに……」

多少気分が落ち着きアキトは唇に手をやってつぶやいた。
汗を掻いているのも僅かに呼吸が荒いのも、さっきまで見ていた夢が原因だった。
夢の内容はアキトが自分でつぶやいていた様に十年以上も前──まだ火星にいた頃の出来事である。

夢の中のアキトは酷く落ち込んでいた。その理由は覚えていなかったが、草むらの上に1人で膝を抱え込んで座っていた。
そんなアキトに近づこうとする者は誰もいなかった。陽も沈みかけていたので、友達も家に帰ってしまっていた。
夕陽で赤く染まった湖を1人眺めていると女の子が──ユリカがアキトに声をかけてきたのだ。
いろいろと話しかけてくるユリカをアキトは膝に顔を埋めて無視していた。すると、ユリカがこんなことを言いだした。

「元気の出るおまじない、教えてあげよっか?」

『おまじない』という言葉に子供であるアキトは興味を惹かれ顔を上げた。
アキトが顔を上げるのを見たユリカは笑顔になって告げた。

「じゃあアキト、目をつむって」

言われた通りに目を瞑ると唇に何か柔らかい感触を感じた。
何をされたのかと目を開くと、ユリカの顔が自分の目の前にあった。

…………………………

……………………

…………

「だあああああっ! 何でユリカとキスした夢なんか見たんだ俺はっ!?」

今まですっかりと忘れていた子供の頃の出来事。なぜ今になってそんな夢を見たのかとアキトは頭を抱えて叫ぶ。
しかし、叫んでみたところでその原因は何一つ思い至らない。それどころか夢の内容を思い出したせいでまた汗が滲んできた。
アキトは夢のことを忘れようと頭を何度か振り、心を落ち着かせるためにもう一度深く息を吐いた。

「はぁ、シャワー浴びよ」

普段朝は洗面だけであるが、今日はシャワーで汗を流す必要があった。
アキトは立ち上がって着替えを取ると、部屋に備え付けられているシャワーへと向かった。








そこは真っ暗で何もない空間だった。自分の身体すらそこには存在しなかった。
しかし、自分という存在──意識だけは確かにその空間に在った。
水か何かに溶けて自分という存在がどこまでも広がっていくような感覚がする。
その感覚は不思議でいて、しかしどこか懐かしい感覚だった。

(──マブシイ)

真っ暗だった空間に光が生まれ、その光は真っ暗だった空間を包み込んだ。自分の身体が広がっていくような感覚がなくなる。
その代わり、無限に広がっていた自分が集まり、一つの形を形成していくのが分かる。
最初に胴体。そして、腕、脚、頭部……。数秒と立たない内にヒトの形がその空間に出来上がった。
そして、ヒトが出来上がると今度は周りの景色に変化が起こった。白く眩しくなった空間に風景が生まれる。
剥き出しのコンクリート、血で汚れたベッドと枕。小さな冷蔵庫の横にはダンボール。その中には血で汚れた包帯が入っている。

(ここは……綾波の部屋だ)

その空間にいるヒト──碇シンジは目の前に広がる光景を見て声を出した。否、出そうとした。
声は出なかった。それどころか身体も自由に動かすことが出来ない。
一体自分はどうしたのか、と慌てたがそれも一瞬で、これが夢であるとすぐに気づいた。
今見ているのと似た夢をシンジは最近よく見ている。初めて見たのはリツコに似た人物に首を締められた夢だ。
それ以降に見た夢もあまり良い夢ではなく、大抵は酷い目にあう夢なのでこの手の夢を好きになることは出来なかった。

(最近こんなのばっかりだな……。これならまだ綾波の修行の方がマシだよ)

最近レイは忙しいのか夢の中に出てくることがない。最初はシンジも喜んでいた。
しかし、代わりにこの夢を見るようになってからは、逆に修行をしたいと思うようになっていた。
そんなことを考えていると自分の身体が動き出した。手を伸ばして棚に置いてあった物を手に取るシンジ。

(これは父さんの……? ま、まさかこの夢って……っ!?)

何となくこの後に起こることが予想出来てしまったシンジ。だらだらと嫌な汗が流れ出るのを感じる。
そして、後方から何かが開く音が聞こえた。ビクリ、とシンジの身体──精神の方と夢の身体の両方──が震える。
今回の夢は感覚こそ最近の夢と同じだが、決定的に違う事があった。この夢は実際に経験したことがあるということだ。

(後ろを向いちゃダメだ、後ろを向いちゃダメだ、後ろを向いちゃダメだ……逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃダメだぁぁっ!)

心の中で唱えてみる。が、やはり身体は思い通りには動かなかった。
シンジの身体は後ろを向こうとしているし、逃げようともしていない。
そして、後ろを向くと予想通りの人物──この部屋の住人である綾波レイが立っていた。

…………………………

……………………

…………

「あああああああああっ!?」

シンジは叫びながら勢いよく蒲団から起き上がった。その勢いで蒲団の上のイロウルが部屋の隅に転がっていったが気にしない。
身体全体に汗がびっしょりと浮かび、ぜえはあと肩で大きく息をしている。その上、顔色も少し悪い。
原因は──言うまでもないが──さっきまで見ていた夢である。結局はシンジの予想通りの結果が待っていた。
ほとんど裸で立っていたレイを──決して故意にではないが──押し倒してしまった。
しかも不運が重なったために持っていたカバンが棚に引っかかり、中の下着まで部屋にばら撒いてしまったのだ。

「何であんな……恐ろしい夢を?

シンジにとっては首を締められる夢よりもある意味恐ろしい夢だった。
昔のレイだったらそうでもないかもしれないが、今のレイの場合はお仕置き発動に繋がる。
そのことを一番理解しているシンジは汗を拭うこともなく立ち上がり、周囲を警戒する。

(今度は一体何を仕掛けてくるんだ、綾波っ!?)

シンジの脳裏に『これまでのお仕置きデータ』というシンジ自身にもよく分からないものが表示される。
これまで様々な物がお仕置きと称して襲ってきた。タライ、ボーリングの玉、野球ボール(硬式)、リリーちゃん。
今のところ合計四つ──数こそ少ないがどれもほぼ一撃でシンジの意識を刈り取ってきた。

「こんな朝早くからそんなバカなことをする奴なんていないだろう……?」

シンジのせいで睡眠を邪魔されたイロウルが、不機嫌そうな声音で言う。
レイのお仕置きを警戒しているシンジはイロウルには目をやらず、周りを見回しながら答える。

「バカは……もとい、綾波は必ず仕掛けてくる! イロウル、君は綾波のことを何も分かってないよ!」

確かな自信がその言葉には込められていた。ここまで自信に満ち溢れたシンジも珍しい。
いつもとは様子が違うシンジにイロウルは多少気後れしながらも、

「一応MAGIを通してリリスのことは理解しているつもりだが……」

と、返した。『一応』とつけたのはサードインパクト以降のレイの情報がほとんどなかったためだ。
そのことがシンジには何となく伝わったのか、シンジは首を横に振るとイロウルに目を向けて口を開く。

「イロウル、君の知ってる綾波と僕の知ってる綾波は少し……ううん、大分違うと思うよ」

そう言うとイロウルから視線を逸らし、目を閉じてサードインパクト以降のレイを思い出す。
すると、シンジは何故か口元に手をやって静かに、ううっと涙を流した。

「今の綾波は前と違って、こういうくだらないことにこそ全力を尽くすんだよ」

「そうなのか?」

「そうなんだよ。前なんか眠っている僕を起こすために……」

周囲を警戒するのも忘れてその時のことを話そうとするシンジ。
そんなシンジの首に音もなく細長い紐がかかった。電気がつけられていない部屋は暗く、シンジはそれに気づかない。
イロウルは──ネコだから夜目が効くのか──そのことに気づいてはいたが、シンジに教えようとはしない。
そして、輪の形に結ばれた紐が首のところで、きゅっと絞まり、シンジの身体が数センチほど床から離れた。

「ぐぎぁっ!?」

そんな声を上げてシンジの話しが途切れる。ともすれば、胴と首が離れかねない強さで紐が引かれたが紐は切れていない。
数秒ほど、バタバタと足を動かしてもがいていたがすぐに収まる。イロウルは一瞬、死んだか? とも思ったが意識を失っているだけのようだ。
シンジが意識を失うと、天井に展開されたディラックの海から伸びている紐が切れ、シンジの身体が、どさりと床に落ちた。

「確かに、リリスに関してはMAGIのデータはあまり役立ちそうにないな……」

イロウルはつぶやくと、大きくアクビをして蒲団に潜り込んだ。
眠っているイロウルと意識を失ったシンジ。そして、切れた紐だけがシンジの部屋に残っていた。















赤い世界から送られし者


第十話『親善大使×北極=グオ〜(?)』

「また僕は役に立たないわけか……これもシナリオ通りですか、綾波?」












「救出作戦……ですか?」

「そう、敵の目を掻い潜って某国の親善大使を救出してもらいたいのよ」

不思議そうな声を出したユリカに、ブリッジの中心に立っているムネタケが答えた。
ムネタケは広げた扇子を顎に当てて足元に目をやる。すると、床のモニターに世界地図が表示された。
その世界地図には赤い点──チューリップの数を示す点──がいくつも表示されている。

「場所は北極海域にあるウチャツラワトツスク島、ここに親善大使が取り残されているわ」

「……何でこんなところに」

島の地図が拡大表示されると誰かが小さくつぶやく声が聞こえた。ムネタケはその声の方に目をやり、露骨に嫌そうな顔をした。
ムネタケが見た先には、首筋に残った紐の跡をさすり、モニターに表示された島の地図を見ているシンジがいた。
視線を感じたシンジは顔を上げ、ムネタケが自分を見ていることに気づき少し驚いた表情になる。
聞こえているとは思わなかった、とシンジはそんな表情をしていた。

「大使は好奇心旺盛な方でねぇ。北極海の気象データ、余剰もろもろを調査していたらバッタに襲われちゃったのよ。
 それに、このウチャツラワトツスク島付近の海域はこの時期ほとんどブリザードで、通り過ぎるだけでも大変なの。
 それでナデシコに大使救出の命が出されたというわけよ、分かったかしら?」

「わ、分かりました」

ムネタケは扇子で口元を隠し、嫌そうな顔をしたまま、聞いていないことまでシンジに答えた。
露骨に嫌な顔をされては顔を合わせづらい。そう感じたシンジは適当に返事をして目を逸らした。
シンジはため息を吐き、なぜこうまで嫌われているのかと考える。ムネタケが話を続けているが聞いていない。

(何でそこまで嫌な顔をするんだろ……。僕がするならともかく)

考えてみるものの、シンジには特に理由が思い当たらない。それにシンジ自身、そこまでムネタケを嫌っているわけでもなかった。
格納庫で自分を殺すように命令された時は仕返ししようと考えていたが、今はそんな考えは特に浮かんでこない。
時間が解決したのか、それとも普段からレイに死ぬような目に合わされているからか、それはシンジにも分からない。
ただ、同じ艦にいるのだからこのままではいけない、とシンジは考えていた。──どうすればいいのかは分からなかったが。

「どうすればいいと思う、イロウル?」

シンジは頭の上にいるイロウルに尋ねた。口を動かしただけで聞き取れない様な声量だったが、イロウルは聞き取れたらしい。
ピクリ、と耳を動かして考え事をするように天井を見上げる。が、すぐに首を横に振って答えた。そんなことはわからない、と。
シンジはその返答にため息を吐き上を見上げた。頭の位置がずれてイロウルがシンジの頭から落ちる──が、上手く肩に着地した。

「イロウルって本当に役に立たないね……。一体何のためにこの世界に来たの?」

『さあ? 具体的に何をするのか教えられずに送られてきたからな。そもそも、人との付き合い方を私に聞くのが間違っている』

「うん、確かに……。ネコに人との付き合い方を聞くのは間違ってるかもしれないね」

『……そういう意味で言ったんじゃないんだが』

もともと人類を滅ぼそうとしていた使徒に、人との付き合い方を聞くのは間違っている、とイロウルは言ったのだ。
それに加え、イロウルはMAGIと共生するまで人間の言葉を使えなかった。実際使うのはこの姿になってからだ。
そのことを簡単に説明すると、シンジは顎に手を当てながら不思議そうに尋ねた。

「じゃあ、どうして今は人類を滅ぼそうとしないの?」

ネコの姿になったとはいえイロウルは使徒である。今も人類を滅ぼそうとしても不思議ではない。

『MAGIと共生したからか、リリスがこの身体を生み出した時に手を加えたからかはよく分からないが……。
 他者を排除しようとする衝動がほとんど起こらないのだ。起こったとしてもそれを押える理性が存在している』

『理性』──レイとカヲルを除いて、本能的に人類を滅ぼそうとしていた使徒にはなかったものだ。
サードインパクトが起こって使徒も少し変わったのかもしれない、とシンジが考えていると軽く肩を叩かれた。
イロウルとの会話に集中していたシンジは驚き、慌てて振り返る。後ろには少し驚いた様子のアキトが立っていた。

「ア、アキトさん?」

「ごめん、驚かしちゃったみたいで……。その、もう終わったんだけど……」

「……え?」

アキトの言う通り、話はすでに終わって解散していたらしい。自分とアキトを除いたパイロットは誰もいなかった。
そして、ブリッジに残ったクルーの視線がシンジに集まっていた。いつまでも、呆けていたシンジが気になったのだろう。

「し、失礼しました」

慌てて頭を下げ、ブリッジを後にするシンジ。置いていかれたアキトも慌ててシンジの後を追う。
二人が出て行った直後のブリッジは沈黙が支配していたが、その沈黙を破るようにルリが言った。

「碇さん、一体どうしたんでしょうか?」

ルリの表情は『心配』というよりも、『怪訝』という言葉の方が近かった。ルリにはシンジの行動があまりにも不可解だった。
他のクルーもルリと同じように感じていたらしい。ミナトはルリの言葉に同意するように頷き──

「うーん、ちょっと心配よね」

と、ルリの言葉にミナトは答えた。

「疲れてるのかな?」

と、顎に手を当ててユリカ。

「前回の遭難が堪えているのではないか?」

無表情な顔を僅かに顰めてゴート。

「だとしたら、休ませた方が良いですよね」

心配そうな顔をして言うジュン。

「今日は休んでもらいましょうか。今回はあまりパイロットの仕事はありませんし……」

懐から電卓を取り出し、シンジが休んだときの給料を計算し始めるプロス。

「私は疲れてるというより、憑かれてるって気がするんですけど」

顔を少し青ざめさせて口を挟むメグミ。

「憑かれてるなんてあるわけないじゃない! そもそも、何で戦艦にネコなんているのよ!?」

開いていた扇子を閉じて、ヒステリックな声を上げるムネタケ。
クルー達が感じていたシンジの不可解な行動──。それはイロウル──ネコに話しかけていたということだった。
シンジはイロウルに話しかけ、イロウルもそれに答えていた。しかし、イロウルはシンジにしか自分の声が聞こえないようにしていた。
そのため、シンジは会話をしているつもりであっても、傍から見ればネコに一方的に話しかけているようにしか見えなかったのである。

その後も色々と意見を出すクルー達。シンジは知らないところでクルー達に誤解されていた……。








宇宙空間を飛び交う2機のエステ。両機共同じフレームで同じライフルを使用しているが、カラーリングが違う。
片方はピンク、もう片方は紫でカラーリングされている。前者のエステにはアキトが、後者のエステにはシンジが乗っている。
現在、アキトとシンジの2人はシミュレーターを使って模擬戦を行なっていた。

(守るために……みんなを守るために少しでも強くなるんだっ!)

アキトはシンジの乗るエステにライフルを向けてトリガーを引く。が、撃った弾数に比べて命中した弾数はあまり多くない。
動いている標的に弾を当てるのは難しい。初めてエステに乗ったときよりも確実に上達しているが、アキトの射撃の腕はまだまだである。
アキトは射撃による戦闘よりも、どちらかといえば、ナイフなどを使った接近戦の方が向いているようだった。

(スラスターでの移動はもう大丈夫かな……多分)

胸中で自信無さげにつぶやきながら、シンジはライフルで攻撃を仕掛けた。シンジもアキトと同様、射撃での戦闘よりも接近戦の方が向いている。
だが、レイとの修行には射撃の訓練もあった。それに加え、使徒との戦いではライフルを使うこともあったので射撃の腕は悪いというわけではない。
シンジの撃った弾はアキトのエステに命中し、エステの損傷率を少しずつではあるが確実に上げていく。



(シ、シンジ君ってこんなに強かったのか……!?)

2人が模擬戦をするのは今回が初めてである。アキトはシンジと自分の腕がこれほど離れているとは思わなかった。
シンジが(前の世界で)戦闘訓練を受けたことがあるのを知らないアキトは、シンジの腕は自分と同じか少し上ぐらいだと考えていた。
これはシンジが戦闘に参加した時はほとんど役に立たなかった──というよりも遭難などして足を引っ張ってばかりいたのが原因である。
実際、これまでの戦いでシンジが役に立っていたのは初戦闘のとき、他には火星で陸戦フレームに乗ったときだけだ。

(……シンジ君って本当に何者なんだ?)

そんな疑問がアキトの脳裏に過ぎる。以前、ユートピアコロニー跡に行ったときにも過ぎった疑問。
自分と同じナデシコのコック兼パイロット、河原で意識を失って倒れていた、同い年のはずなのに年下にしか見えない、運が悪い……。
以上がアキトの知る『碇シンジ』である。それ以外のことはほとんど分からない──と、そこまで考えてアキトはため息を吐いた。

(悩んだってしょうがないよな……。そんなことシンジ君本人に聞かなきゃ分からないことなんだから)

自分の中でその問題を一応完結させたアキト。が、完結させたと同時に強い衝撃を受けた。その衝撃にアキトは思わず目を瞑ってしまう。
衝撃が収まり、アキトは瞑っていた目を開ける。と、モニターには宇宙空間ではなく『GAME OVER』という文字が表示されていた。

「……ま、負けた」

戦闘中に考え事などをしていては当然の結果である。ガックリとアキトは頭を垂れ、シミュレーターから出た。








シンジは壁に寄りかかり、ジュース片手にモニターを何ともなしに眺めていた。そのモニターにはシミュレーターでの戦闘の様子が流れている。
今モニターに映っているのは、アキトの乗っているピンクのエステとアカツキの乗っている蒼のエステ。2人は月面を模したステージで戦っていた。
シンジとアキトが模擬戦を終えてシミュレーターから出ると、アカツキがアキトと勝負したいと言ったので勝負することになったのである。

『スラスターでの移動、完全にこなせるようになったと自分で思うか?』

「多分だけどね」

肩に乗ったイロウルにシンジは答えた。言う通り確かに上達していた。前回の様に不意を突かれなければ十分に戦闘に参加できるほどだ。
その言葉を聞いたイロウルはシンジの肩から降りた。シンジから降りたイロウルは前足をペロペロと舐めると口を開いた。

『確かに移動だけは完璧だろうな……。だが、忘れてないか? 木星蜥蜴との戦いでは複数の敵と戦うんだぞ?』

「えっと……どういうこと?」

イロウルの言わんとしていることがよく分からずシンジは尋ね返す。
シンジのそんな様子にイロウルはため息を吐き、分かりやすい様に言葉を少し変えて言った。

『さっきの戦闘はテンカワ1人に集中していればよかったが、木星蜥蜴との戦いは全方位を注意しながら戦わなければならないということだ』

そう言われてシンジは気づいた。木星蜥蜴はバッタという機動兵器を一度の戦闘でかなりの数を出撃させる。
自分以外にもパイロットは出撃するが、常に自分を守ってくれるとは限らない。大ダメージを受けないよう常に注意を払う必要がある。
全四方を注意するだけでも大変なのに、使徒の力を使ってエステを動かすので精神的疲労も溜まりやすい。
不意を突かれる可能性はかなり高いだろう。その度に暴走してしまってはシャレにならない。

(スラスターを使いこなすことばかり考えてて、そのことを全然考えてなかった……)

ネルフで戦闘訓練を受けていたシンジだが、それは対使徒戦用の訓練である。複数の敵と戦う訓練はほとんどなかった。
どうすれば疲労を押えて注意を払えるか──シンジにはその方法が全く思い浮かばない。


そんな風に悩んでいるとトレーニングルームのドアが開いた。ドアの開く音を聞き、シンジはそちらに目を遣る。
入ってきた人物を見てシンジは不思議そうな顔を作る。その人物がトレーニングルームに来るとはシンジには意外だった。

「こんにちわ、メグミさん」

何も言うことが思いつかなかったので、とりあえず挨拶をすることにしたシンジ。
声をかけられたメグミは挨拶をして答えると、誰かを探すようにキョロキョロと部屋の中を見回した。
そんなメグミの様子を見て、何故メグミがトレーニングルームに来たのかシンジは理解した。

「アキトさんならアカツキさんと模擬戦をやってますよ。多分、もうすぐ終わると思いますけど……」

そう言っているうちにシミュレーターから2人が出てきた。どうやらアカツキが勝ったようである。
出てきたアキトにメグミは声をかけようとしたが、2人はシミュレーターに戻って再び模擬戦を始めてしまった。
模擬戦が始まった直後はシミュレーターの側に立っていたが、少し経つとメグミはシンジの方へとやってきた。

「シンジ君、イネスさんが医務室に来るようにって」

(医務室に……? どうして……?)

医務室に呼ばれる理由が全く思い浮かばない。一応メグミに尋ねてみたが、分からない、と言われて目を逸らされた。

「何でだと思う?」

無駄だと思いながらもシンジはイロウルに尋ねてみた。

『私に分かるわけがないだろう』

予想通りの答えが返ってきた。その答えを聞いてシンジが肩を竦めたその時、シンジはメグミからの視線を感じた。
視線を感じたシンジはメグミの方を見る。が、目が合うとまた目を逸らされた。シンジには訳が分からなかった。
とりあえず、メグミに言われた通り医務室に行くことにしたシンジはトレーニングルームを出た。








(本当に何だったんだろ……?)

疑問符を浮かべながら通路を進むシンジ。考えているのは先ほどのメグミのことだ。

(何で僕のことを……可哀想な人を見るような目で見てたんだろ?)

何故そんな視線を向けられなければならないのか? シンジにはそれが分からない。
イロウルに聞いてみようと思いシンジは足元に目を向けるが、イロウルはいつの間にかにいなくなっていた。
どこに行ったのだろう、と不思議に思いながら歩いていると医務室が見えてきた。医務室に入ろうとするシンジ。が、何となく足を止めた。
医務室に入ってはいけない、頭の中にある何かがシンジにそう告げていた。その『何か』が一体何なのか、それはシンジにも分からない。

(な、何だろう……? この綾波と修行するときのような感覚は……)

医務室の前で立ち尽くすシンジ。部屋に戻ろうかとも思ったが、イネスに呼ばれているのでそうもいかなかった。
呼び出しを無視したらまた薬を打たれるんじゃないか、そんな考えが頭の中を過ぎったからだ。

(まあ、いくらなんでも何もしてないのに薬を打たれるなんてこと……あるわけないよな)

以前薬を打たれたときはシンジの方に過失があった。しかし、今回は特に恨まれるような事はしていない。だから大丈夫だ、とシンジは考える。
数分程医務室の前で立ち尽くしていたシンジだが、頭を何度か振り、意を決して1歩踏み出した。空気の抜ける音がして医務室のドアが開き……




シンジは全力で逃げ出した




(裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったな! ……何となくそんな気がしないでもなかったけど僕の気持ちを裏切ったんだっ!!)

ちくしょう! ちくしょう! と心の中で繰り返し叫び続けるシンジ。そうやって叫び続けることで、医務室で見た光景をシンジは忘れようとしていた。
ドアの向こうの光景──それはいつもと変わらない医務室だった。イネスが怪しげな薬を注射器に注入していなければ──。
泡立つ紫色の液体を少しずつ注射器に注入していくイネス。シンジにはイネスが禍々しいオーラを発しているように見えた気がした。

…………………………

……………………

…………

ホバー移動しているかのように砂埃を上げながら爆走するシンジ。何度か人とぶつかりそうになりながらも、無事に自室へと辿り着いた。
シンジはカードキーを取り出して部屋のロックを外し、部屋の中へと入る。と、部屋の中に誰かがいることに気づく。
後ろを振り返るシンジ。後ろにはさっきまでロックされていたドアがある。シンジは手に持っていたカードキーを見る。

(部屋のロックはかかってた……。部屋のキーは僕が持っているし、マスターキーかスペアキーでもない限り部屋は開かないはず……)

至極当たり前なことを声には出さずに繰り返す。そうすることで、シンジは目の前にある現実から逃げ出そうとしていた。
しかし、そんなことをしたところで現実が変わるはずもない。今、シンジの目の前でお茶を飲んでいる人物がいなくなることはない。

「遅かったじゃない、シンジ君」

「何でイネスさんが僕の部屋にいるんですかっ!? さっきまで医務室にいたじゃないですか!」

指さしながら声を荒げるシンジには何も答えず、イネスは湯呑みをちゃぶ台の上に置くと立ち上がる。
立ち上がったイネスを見てシンジは1歩後ろに下がる。しかし、イネスが1歩近づいたので2人の距離は変わらない。
懐に手を差し入れ何かを取り出したイネス。それを見たシンジの身体がビクリと動き、ダラダラと顔中に汗を流し始めた。

「な、何をするつもりなのか説明してください……イネスさん」

「説明!?」

「あ、いや、その……できれば三文字ぐらいで簡潔にお願いします」

『説明』という言葉に異常な反応を示したイネス。その反応に危険を感じ取ったシンジは慌てて言い直した。
シンジが言い直したのを聞いて明らかに落胆した様子を見せたイネスだったが、言われた通り簡潔に何をするつもりか述べた。

「治療よ」

懐から取り出した物──注射器を構えながら(本当に三文字で)説明したイネス。
簡潔に教えられたことに何故か安堵の息を吐きながらも、シンジの頭の上には、何故? と疑問符が浮かんでいた。
イネスが何をするつもりなのかは分かったが、何故自分が治療を受けなければならないのかが全く分からなかった。

(どうして!? どこも悪いところなんてないのに、何であんな怪しげな薬を打たれなくちゃいけないんだよっ!)

胸中で叫んでいる間にもイネスは1歩ずつシンジに近づいていく。顔だけでなく、今では背中にも汗が滲んできているのをシンジは感じた。
レイと対峙しているような感覚。逃げなきゃダメだ、と頭の中では分かっているものの、シンジの身体は動かなかった。
イネスの手がシンジの肩に置かれ、注射器の針がシンジの首筋へと当てられる。それでもやはり、シンジの身体は動かない。

(もうここまで来たら逃げることなんて出来ない……。今の僕に出来るのはこれしかない……)

そう覚悟して大きく息を吸い込むシンジ。と同時に注射器に注入された薬が打ち込まれた。

「うわああああああぁぁぁぁぁっ!!」

薬が身体の中に入ってくるのをシンジは感じながら、今自分に出来ること──出来うる限り大きな声で悲鳴を上げる──をシンジは実行した。








「薬は嫌だ……薬は嫌だ……薬は嫌だ……薬は嫌だ……」

頭を抱えて力なくつぶやき続けるシンジ。目は開いているものの、その瞳には何も映っていない。
シンジは今医務室でも自室でもなく体育館の様な場所にいた。シンジはその体育館の舞台に置かれたパイプ椅子に座っている。
舞台の上にいるシンジにはスポットライトが当てられているが、カーテンが閉めきられているため屋内は暗かった。

「……」

そんなシンジを舞台の下から眺めているレイ。いつまでもつぶやき続けているシンジはレイがいることに気づいていない。
数分の間シンジのことを無言で見続けていたレイだったが、ふいに何かを取り出すように右手を後ろに遣った。
何か重たい物を掴んだのか、レイの肩が僅かに動く。レイが右手を元の位置に戻すとその手には槍が握り締められていた。
その槍は黒く、柄の部分が螺旋状になっている。先端部分は二股に分かれ、その全長はレイの二倍ほどある。
どこに隠し持っていたのか分からない──単に造り出したのかもしれない──その槍をレイはシンジ目掛けて投げた。

「薬は嫌だ……薬はい……っ!?」

何か──というより殺気──を感じ取ったシンジはゼルエルの力で身体能力を高め、その場から離れるように跳んだ。
一瞬の間をおいて轟く爆音。その衝撃から起こる風に目を細めながら、シンジはさっきまで自分がいた場所を振り返った。
さっきまでいた場所には黒い槍が突き刺さっていた。パイプ椅子は消し飛び、クレーターが出来上がっていた。
その威力を目の当たりにしたシンジは、ゴクリ、と音を立てて唾を飲み込む。辺りを見回し、槍を投げた人物を見つけたシンジは口を開く。

「な、何をするんだよ綾波っ!」

「あなたが悪いのよ。いつまでも呆けているから……」

「いくらなんでもロンギヌスの槍はないだろっ!?」

「問題ないわ。ロンギヌスの槍といってもコピーだから……」

「大ありだよ! コピーでも十分死ねるからっ!」

「そう、よかったわね」

その一言でシンジは口を噤む。シンジは悟ったのだ。これ以上何を言っても無駄である、と。
ため息を吐いてシンジはこめかみに手を当てる。槍のこともそうだが、シンジにはもう1つ気になることがあった。

「何で白衣? もしかして、その格好はリツコさん?」

「ばあさんは用済み……と言いたいところだけど、白衣に罪はないわ」

「綾波、君が何を言っているのか僕には分からないよ……」

とりあえず、ツッコムべきところをツッコンだシンジは首を巡らす。見ると、バスケットゴールやバレーボールが転がっている。
シンジの記憶通りならば、そこは通っていた中学校の体育館。レイがいることも考えれば、ここが自分の夢の中であることはすぐに分かる。
そこで1つ問題があった。現在ナデシコは親善大使の救出作戦を行なっている。予定通りならイズミ1人でこの作戦は十分であった。
だが、必ずしも予定通りにいくとは限らない。敵に発見された場合、シンジも出撃することになる。待機中であるシンジが夢の中にいるのはまずい。
そんな考えがシンジの顔に出ていたのか、もしくは力を使って心を読んだのかは分からないが、レイは現実世界の状況をシンジに教えた。

「現在ナデシコは敵に発見され、木星蜥蜴と戦闘中……」

「なっ!? だったらここにいる場合じゃないじゃないか!? 綾波、早く僕を戻して!」

今まで夢の中で修行を行なってきたが、実は現実世界への戻り方をシンジは知らない。
おかしな夢を見るときは自然に目が覚め、修行のときはレイに現実世界へと戻してもらっていた。
レイの言葉を聞いたシンジは焦りレイに現実世界に戻すように言うが、レイは首を横に振ってそれを拒否した。

「どうしてだよ、綾波っ!」

「あなたが行っても邪魔になるだけだもの」

その言葉を聞き、シンジはトレーニングルームでイロウルに言われたことを思い出す。
今のシンジには多数の敵に対し、疲労を押えて注意を払うことができない。最悪の場合、また暴走してしまう可能性もある。

「だから、今回は出撃を諦めなさい。その代わり、多数の敵と戦うための修行をしてもらうわ」

「方法があるの?」

「ええ、あなたにでもすぐに使えるようなのが。今から教える方法ならそんなに疲れないし」

そう言うとレイはATフィールドを展開させる。レイとシンジの間にオレンジ色の壁が現れるが、シンジは不思議そうな顔を作る。
何か特別なことをすると思っていたが、今レイがやっているのはATフィールドを扱う上でもっとも初歩的なものである。
頭に疑問符を浮かべているシンジ。それを見たレイは実演を踏まえながら説明を始めた。

「ATフィールドはこの様に壁──防御のためにも使えるけど、他にも様々な使い方があるわ」

レイの言葉に頷くシンジ。使い方によっては物質化させたり、身体能力の強化をすることもできる。
シンジがレイに渡された木刀やエアガンはATフィールドを物質化させたものであるし、ゼルエルの力は身体能力を高めることもできる。

「ラミエル……第五使徒と戦ったとき、敵に察知されていきなり加粒子砲で攻撃されたでしょ?」

尋ねられたシンジは無言で頷き、胸に手を当てた。レイの言う通りいきなり攻撃され、一度心臓が止まったのだ。
ラミエルは初号機が地上に出る前に攻撃準備を始めていた、とシンジはミサトから聞いた。

「あれはATフィールドを応用させたもの。目には見えなかったけど、広範囲にATフィールドが展開されていたのよ」

そう言うと目の前に展開されていたフィールドが消えた。が、目に見えなくなっただけで今も展開されているのがシンジには分かる。
不可視のATフィールドがまるで空気の様に体育館全体に広がっていく。以前はできなかったが、今のシンジにはそれを感じ取ることができた。
試しにシンジもレイがしたようにやってみた。壁をイメージし、それが広がっていく様子を思い浮かべる。と、意外なほど簡単にできた。
といっても、レイの様に体育館全体とはいかなかった。せいぜい半分より少し広いぐらいである。

「それぐらいできれば十分よ。言ったとおり、簡単だったでしょ?」

「うん、これならほとんど疲れないし」

シンジは戦闘のとき、バルディエルの他にATフィールドを拳に纏わせるなどして使っている。
タブリスやレリエルのように大きな力を同時に使うと倒れてしまうが、初歩的なものならば問題ない。
この方法ならほとんど疲労せずに敵を察知することができる。油断さえしなければ、不意を突かれる可能性も随分低くなる。

「じゃあ、実際にその力を使って攻撃を避けてみなさい」

白衣からレイは何かを取り出した。レイが取り出したのはボールの様な物。『様な』と付けたのはそれがボールとはシンジには思えなかったからだ。
レイはそのボールの様な物を右手に構えると、いつもの無表情な顔、平坦な声でボールの様な物の名前を口にした。

「これはカミカゼボール(髭)3号……。これをレリエルの力を使いながら投げるから、避けなさい」

「ほ、本当にボールなの、それ? な、生首じゃなくて……?」

確かにボールの形をしていたが、シンジには生首の様にしか見えなかった。
僅かに歪められた唇、鋭くシンジを睨みつける瞳、ビッシリと生えた髭にサングラス──どうみてもゲンドウの顔である。

「髭司令を完全再現……。今回は特別に髭の量を20%増量……」

疑問を口にしたシンジに、レイは聞いてもいないことを答える。その言葉──特に髭の部分──を聞いたシンジは頬を引き攣らせた。
そんなシンジにレイはボール(髭)を投げる。ボール(髭)はすぐに現れた影──ディラックの海──に飲み込まれて何処かに消えた。

「う、後ろ……っ!」

背後からボール(髭)が飛んでくるのを感じ取ったシンジ。すぐに横に跳んでボール(髭)を避けた。
ボール(髭)は床に当たって転がっていき、壁に当たって止まった。すると、ボール(髭)は顔をシンジの方へと向けて、

『ふっ、よくかわしたな。だが、次はない……っ!!』

わけの分からないことを告げてボール(髭)は盛大に爆発した。爆煙が晴れるとそこにはヒビ割れたサングラスだけが残っていた。
爆発跡を見るシンジ。槍の攻撃で出来たもの程ではないが小さなクレーターが出来ている。そのことから、威力はそれなりにあることが分かる。
無言でシンジはレイを見る──というより睨む。その目は「これは一体なんなんですか?」と訴えている。

「ちなみに、これは当たると一言告げて爆発するわ……。多分、大丈夫だから安心して……」







(安心できるかぁぁぁぁっ!!)













……言っても無駄だと分かっていたので、声には出さずシンジは心の中でほとんど叫びながらツッコンだ。




















シンジがカミカゼボール(髭)3号を使っての修行をしている頃、現実世界ではパイロット達が出撃準備をしていた。
敵襲を報せる警報を鳴り響き、エステの発進準備や最終点検などで格納庫は慌しくなっている。
夢の中にいる碇シンジを除いたパイロット達は既に各自のエステに乗り込み、後は作戦の最終確認だけを残すのみである。

「じゃあ、確認するぞ? テンカワとヤマダが大使を救出。オレ、ヒカル、イズミ、ロンゲはナデシコを守る。いいな?」

「OK、2人においしいところを持ってかれるのは癪だけどね……。ああ、リョーコ君? 出来れば名前で呼んでくれないかな?」

「猟師のおじさん猟銃持って何するの? 狩かい? 猟かい? 了解。ク、クク、ククク……」

「取り残された大使の救出! くぅ〜燃えるぜぇっ! ……っておい、リョーコ! 俺の名前はダイゴウジ・ガイだって言ってるだろ!?」

「まあまあ、ダイゴウジ・ジロウでもヤマダ・ガイでもどっちでもいいじゃない」

「全然よくねぇぞ、ヒカルっ! 何だその締りのない名前はっ!?」

確認するリョーコに名前で呼ばれず苦笑いを浮かべるアカツキ。
イズミはいつもの様に自分で言ったダジャレを何が面白いのか笑っている。
ガイは大使救出に燃えているが、魂の名前ではなく本名で呼ばれて声を荒げ、それをヒカルが宥めている。
戦闘前とは思えないほど軽い雰囲気の中、パイロットの中でただ1人──アキトは一言も喋っていなかった。

「おい、テンカワどうした? 大丈夫か?」

前回の様に戦闘に恐怖しているのかと心配になったリョーコが声をかける。
声をかけてきたリョーコにアキトは戸惑ったような声で尋ねる。

「シンジ君が見当たらないんだけど……」

シンジがイネスの元に行ったことを知らないアキトは、シンジの姿が見当たらないことに疑問を感じていた。
その声に戦闘に対する過剰な恐怖を感じ取れなかったので、リョーコはホッとした表情になる。

「彼なら今日は出ないよ。前回の遭難のこともあるし、今日は待機だよ」

「そ、そうなのか?」

「ああ、ドクターの所に行ったよ」

君がメグミ君や艦長と仲良くやっている時にね、と最後に付け加えるのをアカツキは忘れなかった。
その言葉に慌てた素振りを見せるアキトだったが、そんなことをしている内にブリッジから出撃要請が出た。
次々と重力カタパルトで出撃していくエステ。最後に出撃することになったのはアキトだった。



「テンカワ・アキト、出ます!」



空戦フレームに換装されたアキトのエステが、先に出撃したパイロット達を追いかけて発進した。












ブリザードが吹き荒れる中、ナデシコを離れて飛んでいる2機のエステ。アキトとガイは予定通り大使救出のために動いていた。
2機のエステの後方で大きな爆発が起こる。リョーコ、ヒカル、イズミの連携攻撃で多数の敵を同時に撃破したのだ。
アカツキは連携に加わってはいないが、1機ずつ確実に敵の数を減らし続けていた。

「くそ、こんな所にもいやがったかっ!」

順調に進んでいたガイとアキトだったが、敵が現れた。数は1機。しかし、意外に機動性があり攻撃が当たらない。
2人には余裕がなかった。ナデシコから離れてエステが行動すると、重力波ビームからのエネルギー供給がなくなるので長時間動けないのだ。

「アキトッ! こいつは俺が相手する! お前は先に行けっ!」

経験の差からいってアキトよりもガイの方が腕が上だ。短い時間内で敵を倒せる可能性はガイの方が高い。
そのことはアキト自身よく分かっていた。が、アキトは首を横に振って答えた。

「ガイ、お前が大使を救出してきてくれ……」

「なっ!? おい、アキト……っ!」

「ガイ、頼むっ!」

「あ〜、分かったよ! 絶対に死ぬなよ、アキトォォッ!」

アキトの目を見て、これ以上言っても無駄であるということがガイには嫌でも分かった。
仕方なくガイはアキトを残し、親善大使のいる島へと向かって飛んでいった。








(俺は火星のときからほとんど変わってない……っ!)


敵目掛けてライフルを撃つが、このブリザードの中では中々当たらない。が、それは敵も同じだった。


アキトは敵と戦いながら、ヴァーチャル・ルームでのことを思い出す。失敗をしてしまったユリカは落ち込み、泣いていた。
ユリカが泣いている姿を見たアキトは火星でのことを思い出した。助けられなかった人々。今度こそ守るため、強くなろうと思った。
そう思ってからまだそんなに日は経っていない。すぐに強くなれるわけではないことはアキトもよく分かっていた。
しかし、それでも火星の時からほとんど変わってないんじゃないか、と思うと気が沈んだ。

「だああああぁぁぁっ!!」


ナイフを構えて接近戦を仕掛けるアキト。ナイフが敵の装甲の一部を削り、僅かに動きが鈍くなる。


リョーコ、ヒカル、イズミ、ガイの腕は相変わらず良い。それに、火星の時に比べて4人とも腕が上がっている。
アカツキと模擬戦を行なったが1度も勝てなかった。そして、今まで一緒にいたシンジも明らかに自分より強い。
アキトの腕も確実に上がってきていたが、それでもアキトは自分だけ足手まといになっているように感じていた。


アキトはナイフをしまうと、動きの鈍った敵に目掛けてライフルを一斉射する。銃弾を受け、敵の動きが止まる。
アキトはその隙を逃さず、突き出した拳にフィールドを纏わせ敵に向かってスラスターを一気に全開にまで噴かした。

「ゲキガン・フレアァァァァァァァァッ!!」


…………………………

……………………

…………

アキトが敵を倒した頃、ガイはナデシコに向かって飛んでいた。既に、親善大使を救出することには成功していた。
しかし、親善大使を救出したというのにガイの表情は優れない。どこか納得いかないといった感じである。
エステの手の中にメインカメラを向ける。と、そこにはついさっき救出した親善大使がいる。

「……」

無言で親善大使を睨みつけるガイ。こめかみには青筋が浮かび、握り締めた拳がブルブルと震えている。
我慢の限界に達したガイはコントローラーパネルを叩きつけ、声を大にして叫んだ。





「何で親善大使が白熊なんだぁぁぁっ!?」





エステの手の中には『親善大使』というプレートを首に提げた白熊がいた。





「こんなの納得いかねぇぇぞぉぉぉっ!!」





ガイの叫び声がコックピットの中に虚しく響き渡っていた。








レイとカヲルが住んでいる一戸建て。その中にある無駄に広い和室にいつもの2人──綾波レイと渚カヲルがいた。
レイは天井から吊るされた人型のサンドバックを殴り続け、カヲルはせっせと食事の準備を進めている。
両手に持っていた皿をちゃぶ台に並べ終えると、カヲルは運動しているレイを呼んだ。

「リリス! そろそろ運動は終わりにして食事にしよう!」

「……そうね」

珍しく素直に返事をしたレイは、どこからか取り出したタオルで汗を拭う。
何やらサンドバックが──『レイ、私を裏切るのか!?』『私をユイのもとに導いてくれ』などと言っているが無視している。
断じてゲンドウ本人ではない。シンジの修行に使ったボール(髭)と同じでレイが造り出した物──『ストレス発散君(髭)28号』である。
サンドバックを始末したレイは自分がいつも座っている場所に座り、今日の食事の内容をざっと眺める。と、こめかみに青筋が浮かんだ。

「それじゃあ、食べよう」

「……」

「いただきます」

「……」

手を合わせたカヲルは食事を始める。皿からをとって鉄板の上に置く。
今日の食事は焼肉だった。が、焼肉は肉ばかりではなく野菜もある……はずだった。
ちゃぶ台に置かれた皿にはしかない。ナス、ピーマン、もやしなどの野菜が1つも見当たらない。
レイは無言のままちゃぶ台の上から鉄板と皿をどける。と、片足をちゃぶ台の上に乗せて片腕でカヲルの首を締め上げた。

「タブリス……これは一体どういうつもり?」

「リリス、君が何を言っているのか僕には分からないよ?」

首を締められているというのにその口調は淀みない。が、顔色は確りと青くなってきている。

「なぜ、肉しか、置いて、ないの?」

首を締める力を緩めないまま言葉を区切りながらもう一度尋ねるレイ。
カヲルは顔が紫色になりつつあると言うのにもかかわらず、確りとした口調で答えた。

「僕には力がない……。だからこそ、こういう方法でしか君に抗うことができなかったのさっ!」

「今日は特に何かした覚えはないわ……。ちゃんと遺跡を通じて碇君の様子を見せて上げたのに……」

その言葉に今度はカヲルがこめかみに青筋を浮かべる。何とか首からレイの手を外すと、ビシッと指差した。

「自分の胸に手を当ててみろ、リリス! 僕が遺跡でシンジ君の様子を見るだけで満足すると思ったのかっ!? 否、断じて否だ!!」

「……久しぶりに碇君が見れたってハンカチを17枚も赤く染めて喜んでたくせに何を言っているの?」

「ぐっ!? だが、リリス! 君はシンジ君の夢に干渉し、会いにいただろう!? 何故、僕を連れて行ってくれなかったんだっ!!」

カヲルに言われたレイは何故連れて行かなかったのだろう、と考えてみる。面倒臭い以外にもたしかあったはずだ、と。
今日の出来事を振り返り、レイはその理由に思い至った。ただ、自分の考えが正しいとすると、今回の過失はカヲルにある。

「思い出したわ。碇君の夢の中に行こうとした時、あなたは意識を失ってた……」

「そ、そんなバカなっ!?」

「そうよ……。血の出しすぎで貧血を起こしてたわ……」

「あ、あの時か……っ!?」

(裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったな! ……何となくそんな気がしないでもなかったけど僕の気持ちを裏切ったんだっ!!)

カヲルの脳裏に過ぎるあの時の場面。微妙に涙を浮かべながら走っていくシンジの姿にカヲルはノックアウトされていた。
その場面の後は気がつけば既にシンジは意識を失っていた、と今さらながらに思い出すカヲル。と同時に、嫌な汗が全身から滲み出る。
今カヲルの目の前にはレイがいる。そのレイの右手には鋼鉄のトゲ付きバットが握られている。ふっ……っと微笑するレイ。





「大丈夫よ、あなたは私が倒すもの……」








最後にカヲルが見たのは、トゲ付きバットを振りかぶるレイの無表情な顔だった。








つづく
































あとがき

こんにちは、アンタレスです。今回はかなり時間がかかってしまいました。
最近、シンジがギャグ(不幸)キャラになっていませんでしたが、今回久しぶりに不幸(?)キャラになった気がします。
今回の話は全体的に少しギャグっぽい感じです。が、相変わらず原作との違いがほとんどありません……大問題です。
次はもう少し早く更新できるようにしたいと思ってますが、多分また時間がかかると思います。では、代理人様、感想よろしくお願いします。











感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ちゃらら〜ちゃららら〜ら〜ちゃらら〜♪(「必殺!」のテーマ」)

 

つーか怖いよ、カミカゼボール(髭)3号!(爆笑)

爆発するボールってだけでもあれですが、デザインも極めつけ。しかも喋るし。

まぁ、「帰ら○るの森」とかがない分まだまし・・・・それでもやっぱ嫌だなぁ(笑)。

 

>見ると、バスケットゴールやバレーボールが転がっている。

バスケットのボールじゃなくてゴールが転がっている・・・・中々豪快な体育館ですね(爆)。